30.第三次長安攻略戦

第三次長安攻略戦

  

 ――建安11年、10月。南蛮公呂布は3度目の長安攻略戦を開始する。
 戦象部隊を含めた約一七万という未曾有の大軍団が行軍する以上、その侵攻ルートは桟道を経ないものに限られる。
 すなわち、陳倉道である。
 狭隘な山麓の間を縫うように続く回廊状の地形であり、長安へと続くその中間地点に、小振りだが堅固な城塞群が確認されていた。

呂 布:しかし狭いところだなー…

陳 宮:これでも一番広いルートですよ? 最短の斜谷道なんか、人ひとりしか通れないんだから。


 二人にとって、「VIII」シリーズでは初の長安攻めである。
 その戦場名もそのまま「陳倉」であり、史実では蜀漢の右将軍・諸葛亮が苦戦を強いられた「第二次北伐」の舞台でもある。

 数において圧倒的な優勢を誇る南蛮軍だが、それでも陳倉城を抜く困難を考え「速攻」を選んだ。
 天水との連絡は未だ回復せず、援軍要請も無駄な状況であった。やはり敵正規軍をさっさと全滅させるのが最も確実な戦法であろう。
 やがて先鋒の公孫楼軍から敵の大部隊発見の第一報が入り、まもなく戦闘開始の報がもたらされた。 

呂 布:よーし数で圧倒する! 一部隊ずつ虱潰しにしろ!

陳 宮:いや、陳倉は狭い。もう少し敵に出てきて貰いましょうか。


 陳宮の指示は悪辣であった。白馬義従を敢えて後退させ、陳倉の城兵を誘き寄せようと言うのだ。


黄 権:――公孫将軍、気を悪くしないでしょうか?

呂 布:あっはっは! 楼ちゃんに限ってそれはないぞ!

 黄権の妙な心配も当然で、いわば囮役を押しつけられたカタチの公孫楼は、どういう顔をするだろうか。
 が、この点に関して呂布は何ら心配していない。
 ――思えばこの公孫楼と言う女性武将は、南蛮の中でも極めて特殊な位置にいる。
 ふてぶてしい「悪役」らしく、全軍、漆黒の甲冑で統一されている南蛮軍にあって、唯一の例外として存在する白一色の騎馬軍団「白馬義従」。…その総司令官たる公孫楼は、実は無位無冠であった。
 いちおう後漢王朝の大司馬・儀同三司・公爵である呂布は、自分の権限が及ぶ限りの官位を発行し、部下どもに着せてやっている。
 が、この長髪長身の美女だけは、如何なる顕官も受け取ってくれないのである。
 ある夜など、呂布はコトのどさくさにまぎれて封爵を承知させようとしたのだが、どんなに乱れようとも彼女は決してうんと頷いてくれず、呂布の自信を喪失させる事になったという。
 …文字通り「義によって従う」。公孫楼とは、そういう女性であった。
 

公孫楼:……(こく)。

 公孫楼は顔色一つ変えず陳宮の指示に従い、僚友の呉班とともに、併せて3万4千という大部隊をほとんど損なうことな後退させた。
 その手腕だけでも非凡を謳われるに足るものであったが、本来格上である曹洪や徐晃などという名将たちまでもが吊られて突出を始めたあたり、呉班も公孫楼も十分戦に錬られてきたと言えるであろう。
 数ターンにわたって根気強い追撃戦を繰り広げた二将は、とうとう呂布本軍との合流を果たす。
 ――曹操軍前衛は完全に、袋状に展開している呂布軍の縦深陣地へ引きずり込まれたのである。

陳 宮:…勝ったな。


  陳宮の号令一下、陳倉の山々に次々のろしが上がり、曹操軍があっと気付いたときには、四囲の山すべてに南蛮の旌旗が翻っていた。

 

曹 洪:おやおや…! 俺としたことが… 

李 典:申し訳ございません! 私の注意が足りぬばかりに…

曹 洪:いや、俺が熱くなりすぎたな。どうせ戻れん、派手にやるか。 

徐 晃:――はっ!


 仰ぎ見る山肌に、完全に突撃準備を整えている南蛮軍が、チラチラ見え隠れしていた。
 曹操軍の中幹ともいうべき勇将は、自分たちに勝ちが無いことを瞬時に悟ったらしい。
 ――一瞬の停滞の後、呂布子飼いの南蛮軍団が、いっせいにその牙を剥いた!

   

曹 洪:――な、な、なんだ、あのバケモノは!?   

朱 霊:ま、魔獣だ! 夷蛮に巣喰う魔獣だ!  


 呂布軍の突撃は、ほとんど天変地異に等しい。
 山岳の斜面へ向けて弩を構えていた曹操軍は、バキバキバキッと木々をへし折りながら駆け下りてくる、悪夢のような黒い肉塊の大群を見て、呆然とするしかなかった。
 そして、逃げるのを忘れて立ちつくす曹操軍の真っ直なかへ、世界最強の攻撃力を誇る戦象部隊が、遠慮容赦なく乗り入れた。
 骨ごと踏み砕かれる者、牙に貫かれる者、鼻で吹き飛ばされる者――象使いの秘術で極度に興奮している象たちは、普段の穏和さから想像も出来ない残忍性を剥き出しにして、目に映る人間という人間を殺し尽くした。

孟 獲:よ、弱い…!。

 象上、さすがに眉をひそめて惨状を眺めていた孟獲は、むしろ敵のために呟いた。
 この場合、戦象が強すぎるというべきだろう。マップ全域が山地とは言え、実際の戦場は荒野部であり、彼の四レベル突撃・乱撃を邪魔する遮蔽物は存在しない。一度の突撃で、戦象の被害100弱に対し、曹操軍は3000近くを失うのだ。
 
 ――曹操軍の名将達は、その高能力を満足に発揮する暇を与えられず、方々で崩れはじめた。
 が、タダでは崩れないのが中原最強の曹操軍というべきもので、こうなってからの奮戦は凄まじかった。

曹 洪:後ろへ逃げようと思うな! 死にたくなくば固まれ!  

徐 晃:一斉射開始! バケモノの上の兵を狙え! 

 朶思大王が曹洪との一騎討ちに敗れて手捕りにされたほか、真っ先に曹操軍と交戦状態に入った公孫楼・呉班軍も、敵の猛反撃で壊滅状態にあり、敵真っ直中で奮戦していた張遼軍も残り四千を切っている。


陳 宮:敵正規軍はあと何部隊だ!?

 陳宮は確認を急がせた。敵正規部隊はほぼ殲滅したハズであるが、敵の援軍はすでに長安城へ到着しており、油断しているとこちらが飲み込まれてしまう。
 敵が放棄した陳倉城を占拠した呂布軍は、さらに軍団を長安へ進めた。
 敵の正規軍は、残り一部隊。しかし太守の鍾が率いる二、万という大部隊である。

高 順:漢中の時と同じだそうだな。次は私にやらせて貰おうか。

陳 宮:いや、もう敵は合流を済ませている。全軍でひたすら鍾軍を追い回すとしよう。

 敵援軍がたとえ数十万いたとしても、正規軍が全滅すればこちらの勝ちなのだ。COMは、基本的に塞が抜かれると援軍正規軍ともども城門前に整列し、最後の抵抗を行ってくる。
 その中で、正規軍の鍾だけを選んで攻撃しようと言うのだ。

 すでに一〇万の大台を割り込んだとはいえ、まだまだ余裕のある呂布軍は戦線を長安直前に展開した。曹操軍、ここで何らかの策を講じればいいものの、じっと待ちかまえて動かず。
 戦闘開始から18ターン目。 
 ――呂布の総攻撃の命令が、長安周辺の沃野に響き渡った。

呂 布全軍ッ! 俺様に続きやがれ――っ!

陳 宮:だからあんたは後ろにいなさい!

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……………………………………


陳 宮:では、長安奪還を祝して!

一 同:乾杯――! 

 
 ――呂布軍は、勝った。
 第二次攻略戦に較べて、少しは楽な戦いができたというものだが、それでも死傷者は10万近くに及び、損耗率は50%を超す。曹操軍の抵抗のすさまじさが伺える数字であろう。

 が、この惨状にあってなお磊落であり続けるのが、呂布軍団の救いがたい特性であった。
 呂布の「野外で盛大な打ち上げをやろうぜ~!」という提案に、みな一も二もなく飛びつき、嬉々としてその準備をめ、その日のうちに盛大な酒宴を開いてしまうあたり、主将の人格的影響力というものは計り知れない。

呂 布:オイ! 俺様の盃が空いているぞ!どういうことだ!

陳 宮:ハイハイ。お注ぎしますよ。

呂 布:このど阿呆! オトコに注がれるくらいなら瓶から直接飲むわ!あっち行け!ぺっぺっぺっ!

陳 宮:汚っ!お返し!ぺっぺっぺっぺ!

呂 布:ええい! 喰らえっ、おしぼり爆弾!

呉 懿:ああもう!…小学生の喧嘩ですか! ふたりとも…ぶわっぷ!

呂 布:ぶわっはははははは! 誤爆誤爆!

呉 懿:……!たとえ殿といえどこのような無礼は許しませぬ!それがしのおしぼり爆弾を避けられますかな!

呉 班:あ、族兄上! 堪えられよ! 呂布どのは我らが主上ですぞ!

呉 懿:は、放せ――!以前から、コイツには一度ガツンと…! 

呂 布:はっはっは! 何なら二人同時でもかまわんぞ、俺は!

張 遼:……都督、今日はお疲れさまでした。公孫楼どのも。

高 順:…ああ、すまんな。

公孫楼:……(ふるふる)。

孟 獲:お、おまえも、よ、よく頑張った。

張 遼:そりゃどうも。――ホラ、空けてくれないと次が注げませんぜ…。


   天を焦がすほどの盛大な篝火の中、車座になって酒を注ぎ合う呂布軍。
 まだ始まって一刻も経たないと言うのに、一角(※呂布近辺)では早くも王様ゲームが始まり、打ち上げ会場は二次会状態を呈していた。

呂 布:だから酒が足らんぞっ! ひっく…はやく瓶ごと持ってこい…!

陳 宮:そんなん、殿が自分で持ってきなはれ…げふう…。 

 もうへべれけである。呂布、さっきからめぼしい給仕の娘をひっつかまえてはエッチなゲームを挑み、ある種のオヤジぶりを発揮しているのだが、もはや泥酔したというべきであった。
 ――そこへ。
 一人の少女が、清水の入った瑠璃杯を片手に呂布の隣にさり気なく腰をおろした。
 呂布、少女に気付かず、まだ他の女の子に声をかけようと上体を揺らしている。

 

少 女:あの…。

呂 布:じゃあ次はB地区当てゲームら~。ルールは簡単らおー! 

 嬌声をあげて逃げ回る娘たちに、だらしなく声をかけている呂布。
 少女は辛抱強く隣で気付かれるのを待っていたが、やがて堪忍袋の緒でも切れたのか、いきなり呂布の後襟をつかんでぐいっとくつろげ、手に持つ水を呂布の背中に流し込んだ。
 さすがの呂布も悲鳴を上げて、地べたへ転がった。
 そして初めて少女に気付き、驚きの声を上げた。

呂 布:う、雲緑ちゃん! な、なんれココへ!?

馬雲緑:――相変わらずね…!がっかりした…!

 少女は、怒ったような口調で呂布を睨み据えている。
 その潔癖そうな声は、馬騰の娘、馬雲緑のものに他ならぬ。呂布は酔いが一瞬で醒めたらしく、まじまじと少女を見返した。

 

馬雲緑:…せっかく、お礼を言おうと思ったのに…言う気が失せたわよっ!。

呂 布:ふん、来るなら来るっていってくれれば、盛大に歓迎してやったぞ!

 
 と、さらに何か言い返そうとする呂布の前に、こんどは長身の青年が立ちはだかった。
 

呂 布:おおお!? 久しぶりだなあー!

馬 超:はっはっは! 義兄上も酒癖女癖は変わってないな!雲緑が凄い殺気だったぞ。

 今度は、馬超であった。
 呂布の義弟にして、南蛮軍一の豪傑。涼州牧を兼ね、西涼軍団十万の総帥である。
 長安奪還と聞き、妹を伴って真っ先に馬を飛ばしてきたのだろう。
 二年半ぶりの再会に、呂布のはしゃぎぶりは並でなかった。


呂 布:とにかく、よく来てくれた! 皆、馬超が来たから、城内で二次会に移るぞ!

馬 超:まだ一次会だったのか!?

 宴はまだ始まったばかり、というヤツだ。
 付き合わされた大将たちこそ迷惑であろう…。

 

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 その翌日、二日酔いで頭を痛めている呂布たちの元へ、急報が入る。
 呂布が漢中へ出向いている間に、とうとう江夏の孫策軍が襄陽を攻めたというのである。この荊州戦線の報は、呂布の体内からアルコール分を吹き飛ばした。
 荊州に関しては「早い者勝ち」であり、正直、盟友である孫策こそが、最も邪魔なライバルでもあるのだ。
 いちばん恐れていたことが起こったわけである。
 

呂 布:ヤバイぞオイ!どうしてくれるんだ!

陳 宮:…お、大きな声…出さないで…。

呂 布:もし荊州先に取られたらお前のせいだぞ!

陳 宮:とにかく…続報待ちましょうよ…ね…?

公孫楼:軍師、これ……(お酒を差し出している)。

陳 宮:…何? もお飲めない…

呂 布:阿呆。迎え酒だ!

 軍師の思わぬ不調で、対応がいつになく鈍い首脳部。一応出動準備は整えたまま、長安城の修復に過ごすだけの時間を送る。
 …が、翌週に入りだした報は、意外なところで二転、三転していた。
 圧倒的優勢であった孫策軍は、結局のところ襄陽を破れず後退したという。

呂 布:なんじゃそりゃ?

陳 宮:孫策軍も案外たいしたことありませんな。

馬 超:――荊州には強いヤツが居るのか!?

呂 布:そうだなあ…おお、お前とタメ張るくらいのジジイがいたぞ!

馬 超:ジジイ!?


 しばらくして、襄陽方面から詳報が入った。実際に戦闘に立ち会った冷苞、劉の口頭説明により、自体は余計に訳がわからなくなっている。
 ――荊州の援軍に、人間とは思えぬほどの豪傑が三名おり、ほとんどその三人だけで孫策軍を潰走させた――などというのである。

 

法 正:嘘くさいな…。敗戦の責を逃れるつもりでは無かろうな?

冷 苞:副軍師! 咎によって首を刎ねるのは結構。じゃが武人へ無用の侮辱は許しませぬぞ。

呂 布:まあまあ落ち着け。――劉、貴様もだてに顔が上から潰されてるわけではなかろう。詳しく申せ。

 劉の説明は、いよいよ荒唐無稽であった。
 陳宮は「阿呆らしい」一笑に付しただけだが、呂布は珍しく考え込む顔になっていた。

馬雲緑:……。

 …こういう思慮顔をしていると、存外いい男になる呂布。ぽーっと自分を見つめている少女の視線に全く気付かず、空間を睨み付けている。

陳 宮:荊州へ戻りますか?――それともあちらは姫に任せて、このまま五斗米道を攻め潰すなりなんなりするか、潼関を出て中原に攻め入るか…。

呂 布:…今それを考えている。

馬 超:何なら、俺達が義兄上の代わりに荊州へ行ってもよいが。

 思案の結果、呂布は荊州に起こった事件の意味を見切った。
 いよいよ、流浪の劉備軍団が、呂布の視野に入ってきた、と言うことなのだ。

  連載も三十回に突入し、ようやく出てきた劉備軍団! 馬超軍団と再会し、旧都長安を手中に収めた南蛮王。明日は風雲急を告げる荊州へ!次回、急展開!