39.合従・反呂布連合
あまねく天下に、反呂・反南蛮の気勢が漂っている。
ここ数年にわたる南蛮王の侵略っぷりに、東方諸国がおびえているというほうが、表現として正しい。南中から始まり、涼・雍・益・荊を押さえ、今や関中をも完全に掌握した超大国の南蛮に対し、残る三国はそれぞれ1~3州を押さえる程度である。
――もはや、東方諸将を挙って会盟し、兵を従(縦)に合わせるより活路無し。
袁紹、曹操、そして孫策の思慮は完全に合致している。
反呂布連合発足は、ごく自然の成り行きであると言えた。
…冀州・城。
黄河より北の天下を統べる北覇の城だ。呂布に逆転されたとはいえ、地味豊かな河北三州を押さえ、袁紹の勢力は天下第二というべきである。
――その一室。
袁家の跡取り候補と言うべき若将軍たちが、仄かな燭火に灯され、激論を交わしていた。
袁 尚:やっぱ兄上、絶対連合組むしかないって!
袁 煕:その通り! いったい何を躊躇われるのですか!
袁 譚:だから短慮はよせと言っている。
むすっとした顔の長子・袁譚を囲んで、次兄・袁煕と末弟・袁尚が畳みかけている。袁譚は孤立していた。
師父とも仰ぐ筆頭会員・呂布と戦う――「無口っ娘倶楽部」幹部候補生の袁譚にとっては、血よりも濃ゆいアレな絆を絶たねばならず、まさに生涯の決断を迫られていると言ってよい。
袁譚は、眉間に深い翳を落としながら、何とか反論を試みている。
袁 譚:まあ待て。呂氏春秋にもあるが、急いては事を子孫汁といって、思慮無しに結果を急ぐと子孫繁栄に関する汁とかで大変な責任を負う羽目になると言う戒めがあってだな…
袁 尚:ゲー帝ネタかよ!
袁 煕:あー、あったなー。
袁 譚:…とにかくそんなわけで、すぐに結論を急ぐなと言うことだ。
袁 尚:詭弁だな、兄上! さては呂布と黙契でもあるのか?
袁 譚:な…に…?
袁 尚:俺は知っているぞ! 兄上は数年前から呂布と個人的な友誼を結んでいると言うことをな!――既に袁家を売ったのか!
袁 譚:尚ッ!ことばが過ぎるぞ!
袁譚は蒼白になって立ち上がった。剣把を掴んでいる。
袁尚も俊敏な若武者らしく、兄の抜き撃ちに備えて素早く距離をとる。二人の危険な火花を頭上に見て、次男の袁煕が慌てて二人を宥めにまわった。
剣呑な火種をくすぶらせて着席しなおす二人。
袁 譚:…俺が南蛮王と誼のあることは事実だ。だがそれは個人的な嗜好が一致しているからであって、天下大計のこととは何の関わりもない。
袁 尚:ふん。無口っ娘嗜好か!俺に言わせれば、フラグに一喜一憂する愚者の幻想だな。
袁 譚:きっ…貴様こそいい年をしてオパイ星人ではないか!
袁 尚:ははッ! また兄上の美乳論が始まるのか!
袁 譚:黙れ尚!貴様のように大きさだけを追い求める人間には解らぬ世界があるのだ。サイズ、形、弾力、全てを備えてこそのオパイではないのか!
袁 尚:ふん、九〇点狙いの兄上らしい論法だな。現実のチョイスならともかく、萌えにおいて「大きいか小さいか」以外、つまり真ん中は無い!萌え…あるいは指向性のある嗜好・フェティズムは、大か小かの二つしかないぞ!
袁 譚:遠い!まだ遠いぞ尚! “大きい”とか“小さい”とか“要するに”とか、何でも無理矢理分かりやすいものにするでない。“萌え”とは、己の愛を極限まで注ぐこと。美乳であることに100%の愛を注ぐ以上、そのポイントはオパイの大小というレールからすれば両端のみにしか存在しえないという道理はない!
袁 尚:兄上、違う! 「美乳」は、「巨乳」「微乳」と違い、「一般論」だ…!「万人を納得させ得る」代わりに「フェティストにそっぽを向かれる」という、「多数派の理論」だ!形のよいオパイ! ちょうど手で包めるくらいのふくらみ!見てよし、触ってよし! それは理想には違いあるまい! だが、そのオパイではダメだ! そのオパイには 心の闇がない。
袁 紹:――それまで!
一 同:父上っ!
いつまでも平行線を辿るかと思われたこっぱずかしい論争を中断させたのは、三人にとっての父親で、冀州牧を領し、車騎将軍を拝領し、いまや国公にまで迫ろうという天下の棟梁のひとり、袁紹字は本初そのひとであった。
袁 紹:まずお前達三人。相当キモイ。
袁 譚:はっ!短慮でした!
袁 尚:申し訳ありません!父上!
袁 煕:…私、見てただけなんですけど。
袁 紹:三人のオパイ論を聞く限り、尚は智勇を、煕は武勇を、譚はいわば蛮勇を、それぞれにくわえる必要がある!
一 同:はっ!
袁 紹:では結論は、女性を胸の大きさで判断してはいけません、ということで異存はないな!
一 同:御意!
袁 紹:で、もともと何の話をしていたのだ?
袁 尚:……何だったっけ?
袁 譚:無口っ娘についてだったか?
袁 煕:違います。
合従・反呂布連合
陳 宮:組まれましたね。
呂 布:組まれたなあ…。
憮然として報告に目を通している呂布。
――反呂布連合
今や天下の第一勢力となった南蛮王国に対し、諸侯が挙って反呂の旗印を掲げ、合力して南蛮王国の侵略主義を打倒すると盟い合ったのである。
盟主は河北の覇者袁紹であり、その元に曹操・孫策という顔ぶれが続く。この三カ国連合の兵力を併せれば、呂布の正規軍を遙かに凌ぐのだ。
呂 布:どうでもいいけど、叩きスレ立てられるのってこんな気分なんだろうな。
陳 宮:ヤな例えだな。
呂布は地図を見やった。こうしてみると、見事に東西対決のカタチが出来上がっている。この三カ国の軍勢がそれぞれ別方面から南蛮へ侵攻してくるとなると、いよいよ由々しい。
呂 布:つーか、早いところ、刀姫の軍団をこっちに戻さんといかんな。数が足りん。
陳 宮:御意。それにしても急に忙しくなるなあ…
ちなみにこの時点では、まだ呂刀姫は本格的に羌族と交戦しておらず、その壊滅的な敗報が届くのは一月後のことだ。
呂布は、荊州方面にかなりの手当を施した。
正直言って、怖いのは孫策である。比較的交戦ポイントが絞られる曹操・袁紹と較べて、孫策軍は荊州のどのポイントに現れるか予測がつかぬ。
それ故に、荊州方面には高順軍を中核とする十万近い大部隊を送り込み、襄陽を拠点として防備に当たらせる。この方面の軍師は、相変わらず諸葛亮だ。
呂 布:さてと、洛陽は俺様がいるからいいとして、問題は許だな。
陳 宮:ですな。なんか突出してますし。防衛する関もない。
呂 布:どうも潁川のあたりって不安になるよな~。近くに城塞でも作るか?
陳 宮:無意味ですよ。平野の真ん中に作っても防御対象が分散するだけです。
二人があれこれ言いながら地図を眺めていると、急報を携えた劉循が飛び込んでくる。
劉 循:袁紹軍が動きました! 渡河の準備を進めているそうです!
呂布と陳宮は顔を見合わせた。
袁紹軍は黄河対岸の前衛都市上党から、いきなり洛陽のお膝元である孟津を攻めようというのだ。
ちなみに孟津の港湾設備は初期配備の状態のまま放置されており、兵力は300である。袁紹が狙うのも無理はない。
陳 宮:…上党からだと、もうそんなに時間がないなあ…。洛陽の軍を一部孟津へ。殿下はどうされます?
呂 布:虎牢関があるから、洛陽はしばらく大丈夫だろ。俺様も出よう――ていうか、全軍出陣させよう。
陳 宮:はぁ?
呂 布:逆にこちらから攻めていって、河内港を落とすというのだ。
陳 宮:あ、いきなりですか?
陳宮は驚いて呂布を見た。
呂布、見掛けによらず慎重なところがある。実は南中で兵を挙げて以来、敵よりも少ない兵力で出陣した試しがないのだ。まず勝ち、後に戦いを求める――と、案外セオリーに従っている。呂布が無茶をやるのは、いつも戦場に到着してからであった。
陳 宮:――つうわけで、大丈夫ですかね?
呂 布:はっはっは。河内港の防衛兵力は2万ちょっとだ。10万もあれば、水上戦闘でも矢戦だけで陥とせるだろう。
劉 循:うわ、先手必勝ですか。
呂 布:うむ、アレだ。こういう出会い頭の作戦はオープニングのテンションで一気にいくべきだよな。耳に余韻が残っている間に。
劉 循:はあ。
呂 布:それで思い出したが、結局『巫女みこナース』ってどんなストーリーなんだ?オープニングだけはやたらと有名なんだが。
陳 宮:あー、そういえば。結構売れたはずなのに、あんまり中身は知られてないですな。
呂 布:うむ。――つまりはそういうことだ、劉循。オープニングのノリは大事なんだぞ。
相変わらず不可思議な例えで煙に巻かれる劉循。
とにかく、呂布軍の反応は早い。
呂布を総大将とする四万五千を中心に、徐晃、関羽、陳宮、張遼らがそれぞれ二万ほどを引き連れ、総勢十万を越す軍勢は孟津を発した。
兵法を斉射に特化し、楼船を含めた火力重視の大艦隊だ。
やや上流にある河内を射程に収めるや、呂布軍は猛烈な攻撃を開始する。
連鎖こそ少ないものの、確実に兵法が炸裂し、河内の守備は面白いほど簡単に削られてゆく。
呂 布:怖いなー。逆に言えば、港ってのは守りづらいということか。
陳 宮:みたいですねえ。余程大部隊を入れておかないと…
呂 布:それにしても、袁紹軍は何でこないんだろう?
と艦上で呟く呂布の眼前を、袁紹軍の艦隊がスイスイと通過してゆく。
呂 布:へ?
陳 宮:あー。そうか、河内じゃなくて、もうちょい向こうの平陽港から出港したみたいですね、彼ら。
呂 布:あほう!
呂布艦隊は慌てて反転し、迎撃に転じる。
ちなみに袁紹軍の指揮官は、黒山の猛将固(※殺し忘れ)であった。張燕や張楊の下で十分に戦慣れしているはずの彼だが、まさか、自国の河内港に群がる大艦隊を、呂布自ら率いる殴り込み艦隊とは思わなかったのだろう。
数にして七倍というおそるべき敵に正面からぶつかり、ほとんど一瞬で潰走してしまった。
後続が無いのを見ると、単純に手薄の孟津を攻撃するだけの強襲部隊であったようだ。
ほどなく、河内は呂布の手に落ちた。河北への、文字通り橋頭堡ともいうべき地点である。
呂 布:ようし!せっかくだ! もうちょい遡ってその平陽港も攻め落とすぞ!
陳 宮:だからあ。あんまりメリットないんですってば!
攻略の最中呂布が呟いたとおり、津の防衛能力というものはあまり頼りにならず、その維持が難しい。河内を陥とした以上、上党の至近にある平陽港を無理して陥とす必要は無い。
本格的に高幹と戦端を開くのならばともかく、今は曹操や孫策の動向にも気を配らねばならず、本腰入れての渡河作戦は控えるべきであった。
そしておそらく――この方面の作戦を呂刀姫に委ねると、呂布は内定しているのではないか。陳宮はそこまで推測した上で、呂布を説いた。
呂布、不承不承ながら、洛陽へ引き上げる事を承知する。
翌日、呂布の搭乗する旗艦を先頭に、南蛮軍は順次撤収を開始した。
目と鼻の先とはいえ、貴重な河北への足がかりである。河内の守備には五万余が残されることになった。これでしばらくは袁紹も手が出せないであろう。
…そして、鼻歌交じりで黄河下りを楽しみ、孟津を経て洛陽へ凱旋した呂布を待っていたのは、呂刀姫軍団壊滅の報であった。
さすがの呂布も、一瞬蒼白となり、黙って兵の損失状況を聞いていたが、やがて怒気を押さえきれなくなったか、途中で大喝して刀姫の使者を追い返してしまった。
すぐさま、呂布は人をやって、虎牢関から義弟の馬超を呼び戻した。
呂 布:馬超!すぐに長安へ行って、羌の蛮族どもを皆殺しにしてこい!
馬 超:…善処しよう。で、姫様はどうする?指揮権は?
呂 布:最終的に王命に刃向かうならば、この剣で斬れ。
呂布は腰間の剣を無造作に投げ与えた。
それは、漢室の宝でもあり、今や呂氏の家宝とも言うべき、七星の剣であった。
馬超は怪訝な顔で、七宝のあしらわれた宝剣を見つめたが、やがて念を押すように呂布を見た。
馬 超:…いいのか、義兄上。前に言ってた通りにしても。
呂 布:もう俺様と胡姫が決めた事だ。…予定より早いけどな。
馬 超:後悔はするなよ。
呂 布:するか、バカ。これも燕のためだ。
呂布は、馬超から目をそらし、遙か西方を眺めている。
馬超は黙礼すると、七星剣を抱いて退室した。
建安16年、2月のことである。