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■ ★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★

236 名前:雪月華:2003/03/18(火) 16:30
Departure -First Half-

曲の中盤に差し掛かったとき、喉に奇妙な痺れを覚えた。
突然、喉のあたりで何かが破れる感じがし、灼熱感と共に凄まじい激痛が喉を襲った。喉からの血が気管支に拒絶され、咳の衝動が襲いかかり、左手で口を押さえて咳き込んだ。肘まであるレースの手袋の掌が鮮やかな赤に染まり、猛烈な息苦しさが襲ってきたが、息を吸おうとすると血が気管に流れ込み、咳こんでしまう。苦痛と息苦しさに耐えかねて膝をつき、声を出そうとしたが掠れた唸り声となるだけだった。肌身離さず身につけているママに貰った黄色いスカーフに点々と赤い染みがついているのが見えた。左手は既に手首まで赤く染まっている。
不意に、目の前が深紅に染まり、暗転した。影のように何者かが覆い被さり、それの触れたところから感覚が消えうせてゆく…
覆い被さってきたものは「死」だろうか。楽になれる…解放される…そこまで思った時、意識の最後の断片が闇に沈んだ。
 …また、あの時の事を思い出した。
上半身を起こして辺りを見回し、冀州校区総合病院の大部屋に居ることを思い出した。室内に自分以外の入院患者は居らず、8つあるベッドのうち、7つがマットレスを剥き出しにしている。時刻は…午後4時少し前。
「ん?目が覚めたか?」
窓の傍の花瓶に名残の紫陽花を活けていた白衣の女性が振り向く。校医の華陀先生。まだ20代だが、ありとあらゆる医道に通じ、日本医師会では「神医」と呼ばれるほどの存在らしい。性格に多少、難があるが…
「腹が減ったか?そろそろ、流動食をとってもいい頃だな。6時には運ばせるから、それまで読書でもしておけ。面会者があるかもしれんが、疲れたら遠慮せず追い出すこと。いいな。」
そろそろ会議がある、と言ってハイヒールを音高く鳴らし、華陀先生は出て行った。
壁の日めくりカレンダーを見て、入院、手術から5日が経っているのに気づいた。今までは点滴で栄養補給をしていたが、そろそろ胃が無為の休暇に飽きはじめていたことに気がついた。
 初めて目を覚ましたのは手術後2日してからだった。つきそっていてくれた華陀先生は長湖部のところへ行き、入れ違いに、峻厳な雰囲気を漂わせた、黒髪の背の高い女生徒が面会に来た。生徒会の大物、皇甫嵩だった。学年は同じだが面識はほとんどない。立場からすれば憎むべき敵のはずだが不思議と恨みや怒りは湧いてこなかった。自分が原因となった学園の混乱を収めてくれたことで、いっそ感謝の気持ちすら湧いてきたほどだった。部下を伴わずに一人で来た事も、好感をもてた。きつめの雰囲気はあるが、根は優しい人なのだ。
無言の短いやり取りの後、それほど高額でもない階級章と、あの舞台の前に書いておいた退学届を、皇甫嵩は預かってくれた。それを見届けると猛烈に眠くなり、目を閉じるとそのまま眠った。
夢は相変わらず見ることができず、眠ると、辛い思い出ばかりが脳裏に浮かんだ。金銀妖瞳に対する執行部からの蔑視。異能の声ゆえに自分を追い出した合唱部。自分の制御を離れ、暴走した妹達。最後に見た夢。そして最後の舞台のこと…
 3日目から何人かが面会に来た。多少、面識のある同級生。まだ熱心さを失わない親衛隊。彼女達とのコミュニケーションのために、携帯用のワープロを使っていた。目を覚ました時、華陀先生が貸してくれたのだ。
『筆談という手もあるが、君は面会者が多いだろうからな。紙とペンでは資源の浪費になる。』
ナスのような体型をしたオレンジ色の猫のような動物のマスコットがデザインされており、不思議とそのキャラクターに親近感を覚えた。
張宝と張梁は顔を見せなかった。伝え聞くところによると、相次いで飛ばされた彼女達は、ほとんど廃人同様になっているらしい。とくに張梁はまともに授業にも出席できず、寮で寝込んだままであると言う。

「失礼仕る。」
古風な言葉づかいの一人の女生徒が入ってきた。はっ、とした。女性にしてはずば抜けて高い身長。艶やかな長い黒髪、何度目かの舞台の後の握手会で会った一人だった。確か名前を関羽と言った。自分の視線をまともに受け止めた初めての人物。あの時は一言二言で別れたが、できればゆっくり話してみたいと思っていた。無意識に胸が高鳴る。
「お加減はいかがでしょうか?」
ベッドの傍の丸イスに腰掛けた関羽が躊躇いがちに尋ねた。すぐさまパタパタとキーボードに指を走らせる。
『まだ立ち上がることはできませんが、悪くはありません。関羽さん、でしたね。』
「覚えていてくださったのですか?」
『私の視線をまともに受け止めることができた人に会ったのは初めてでしたので。』
「優しい、綺麗な目です。もっと自信を持たれると良い。そんなことより…」
関羽が居住まいを正した。
「退学なさると人づてに聞きましたが、真実ですか?」
『この学園に居るとかつての私を応援してくれた人達と嫌でも顔をあわせることになります。もう彼女達の期待には応えることができない。それが辛いのです。すでに階級章は返還し、退学届も然るべき人に渡してあります。退院すれば、そのまま学園を去ることになります。』
「それほどの才を持ちながら…惜しいことです。」
しばらく二人とも黙った。
「…拙者を恨みに思っておられないのですか?」
『何故、恨まねばならないのです?』
「貴女の妹御を我らは、飛ばしました。」
『あの子達は罪に対する報いを受けたのです。残念だ、という思いはあっても、恨みには思っていません。そして何より、誰よりも罪深いのは私自身なのですから。』
「解せませんな。貴女は広告塔として担がれただけということになっているのですが…」
『冀州校区合唱祭の折、私は妹達の暴走を止めることができたはずなのです。しかし、みんなの前で歌うという小さな幸せに拘ったせいで、学園中を混乱に陥れてしまい、結果的に妹達をはじめとする多くの人達の青春を奪ってしまった。誰が一番罪深いか、聡明なあなたならおわかりになるでしょう?』
「む…」
 溌剌とした足音が病室の前を通り過ぎ、戻ってきた。
「姉者!こっちこっち。関姉がいたぜ!」
「どうも騒がしゅうしてしまって、えろうすんまへん。翼徳!病室に入る時はアイサツぐらいしいや!」
小柄だが元気の塊と言った感じの女生徒に続いて、制服の上から赤いパーカーを羽織り、眼鏡をかけた女生徒が恐縮しながら入ってきた。
「そないなことより、関さん。ずるいで〜。抜け駆けして学園のとっぷあいどるに単独インタビューなんかしよって。」
「インタビューなどと、拙者はただ、見舞いに…」
「ま、ええわ。…あ、えろうすんまへん、自己紹介がまだでしたな。ウチは劉備玄徳。」
「それでは改めて、拙者は関羽雲長。」
「オレは張飛翼徳!張飛の飛は「飛ばし」の飛…」
「それはええっちゅうねん。」
大見得を切った張飛に、すかさず劉備がツッコミを入れる。この劉備も、張飛も、恐れる風も無く自分の金銀妖瞳を見据えて話す。そこに好感が持てた。
「ウチら3人、血縁はあらへんけど、気が合うたんで心の姉妹っちゅうことになっとります。」
『関羽さんとは面識があります。いつかの舞台の後、サインを貰いに来ましたね。それも4人分。』
「せやった。あのあとウチら用事があったんで関さんに頼んだんでしたわ。ウチと翼徳と、憲和の分…」
『その憲和という方は?』
「あたしのこと。簡雍憲和、よろしくね。劉備とは小学校からの付き合いで…」
「おわっ!憲和いつのまに!」
「相変わらず神出鬼没なことですな、簡雍殿。」
見るからにルーズそうな女生徒がいつのまにか劉備の隣に立っていた。少しアルコールの匂いがする。関羽ですら入ってきたことに気がつかなかったらしく、驚いた表情をしていた。
『仲のよろしいことで。』
「かしましいだけですがな。とくに翼徳は色々面倒を起こしますさかい。」
『いえ、羨ましいことです。笑い、悩み、楽しみ、泣く。それを共有できる友人がいるのが青春でしょう。』
「いやいや…張角はんにもそういう友人はおらはるでしょう?」
『私には…親友と呼べる存在はいませんでした。』
「…さいですか…失礼なこと聞いてすんまへん。せや!ウチら4人が親友になったげるわ!それでええでっしゃろ?」
『ですが、私は後1、2週間でここを去ることになっています』
「たとえ数日でも友人は友人や!そういうのも青春の1ページになるんやで!な、関さん、翼徳、憲和。」
「そうですな。たとえ一瞬でもいい友人が増えるのは良きことです。」
「あたしも大賛成!」
「やれやれ、まるで小学生みたいだな。」
「なんやて!?行動原理が小学生以下の翼徳がなにえらそーなこと言うとんねん!」
「なにおう!?」
劉備と張飛が凄まじい勢いで口喧嘩を始めた。関羽と簡雍はあきれ返っている。なんとなく楽しい気分になり、笑いの衝動がこみ上げてきた。
突然、戸口のあたりから閃光が走り、10cmの距離までに近づいた劉備と張飛の顔の間を縫い、しかーん、と音を立てて壁に突き立った。それがメスの形をとったとき、冷ややかな女性の声が聞こえた。
「君たち、日本語が読めたら、そこの張り紙の内容を復唱してみたまえ。」
「…病室では静かに。」
「わかっているようだな。では、面会時間は終わりだ。帰りたまえ。それとも全員全治2週間でそこのベッドに並ぶか?私は一向に構わんぞ。新薬の臨床試験にはうってつけだからな。」
右手にはさらに4本のメスが光っている。噂では白衣の下には常にメスを20本近く仕込んでいるらしい。
「…か、帰ります。」
劉備たちはそそくさと去っていった。
「…さて、喉以外には異常は無いのだから明日あたりから少し歩き回っても構わんぞ。そろそろ疲れも取れただろうし、これ以上寝っぱなしでは足が萎えるばかりだからな。」
華陀先生も出て行き、病室は私一人になった。六時まで英字新聞を読み、運ばれてきたお粥を食べるとそのまま眠った。
2年間の胸のつかえが取れたような気がし、不思議と、その日からまた楽しい夢を見ることができた。
 劉備たちは2日に1度はやってきた。そのつど病院の中庭まで一緒に歩き、ベンチに座って一時間ほど歓談した。やりたいことが見つからないので幽州、冀州校区のサークルをはしごする毎日らしい。
気の置けない仲間との会話。一時的にせよ、こういう時間をもてたことを誰かに感謝したい気分だった。
 入院して2週間が過ぎ、退院の許可が出た。…つまり退学の日。
「経過は順調だ。もう声を出してもいいかもしれん。やれることはすべてやったが、以前と同じ声が出せる確率は35.94%位だな。もちろんあの超音波は二度と出せないことは確かだ。」
それでよかった。もともと2度と欲しい力でもない。
午前10時、身支度を済ませ、華陀先生一人に見送られて病院を出ると、そのまま寮に向かう。平日であるため、他の生徒の姿は無い。階段を上り、自分の部屋に入る。もともと殺風景な部屋は机と本棚を運び出したおかげで一段と殺風景になっていた。私服に着替え、制服を手提げバッグにしまい、部屋を出て鍵をかけた。鍵を舎監の孟嘗君さんに返し、寮を出ると、中原市場で購入した自転車に跨った。
振り返って冀州校区鉅鹿棟の建物をしばらく眺めた。今ごろは二時間目の半ばだろうか。入学からの2年と少しの学園生活が脳裏をよぎる。その中で一番印象に残った思い出が、ここ数ヶ月であったことを改めて感じた。
頭を振って迷いを払い、父さんの待つ外界、青州校区の東の端へ向けてペダルを踏み込んだ。
−−−−−−−−−−−
黄巾の乱完結編の前半です。
ち○ちちと張角の関連がわからない人は…金銀妖瞳つながり(w。
それでもわからない人は、あ○まんがと銀○伝を観…いや聴いてください。
しかし霧○聖先生や、か○み先生等、女医っていい性格してる人が多いような(w

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