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■ ★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★

1 名前:★ぐっこ:2002/02/07(木) 00:41
はい。こんなの作っちゃいます。
要するに、正式なストーリーとして投稿するほどの長さでない、
小ネタ、ショートストーリー投稿スレッドです。(長文も構わないですが)
常連様、一見様問わず、ココにありったけの妄想をぶち込むべし!
投降原則として、

1.なるべく設定に沿ってくれたら嬉しいな。
2.該当キャラの過去ログ一応見て頂いたら幸せです。
3.isweb規約を踏み外さないでください…。
4.愛を込めて萌えちゃってください。
5.空気を読む…。

とりあえず、こんな具合でしょうか〜。
基本、読み切り1作品。なるべく引きは避けましょう。
だいたい50行を越すと自動省略表示になりますが、
容量自体はたしか一回10キロくらいまでオッケーのはず。
(※軽く100行ぶんくらい…(;^_^A)、安心して投稿を。
省略表示がダウトな方は、何回かに分けて投稿してください。
飛び入り思いつき一発ネタ等も大歓迎。

あと、援護挿絵職人募集(;^_^A  旧掲示板を仮アプロダにしますので、↓
http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi target=_blank>http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi
にアップして、画像URLを直接貼ってくださいませ〜。
作品に対する感想等もこのスレ内でオッケーですが、なるべくsage進行で
お願いいたします。

ではお約束ですが、またーりモードでゆきましょう!

501 名前:国重高暁:2004/08/31(火) 17:17
いかがでしたでしょうか。
僕としては約四ヶ月ぶりとなる学三小説、
今回のテーマは「于禁の最期」です。
年表に、彼女の転校は「夏侯淵のリタイアと
同時期」と記されていますが……
正史でも曹操より後に死んでいますので、
これは年表を修正してしかるべきでしょう。

      以上、国重でした。

502 名前:★ぐっこ@管理人:2004/09/05(日) 22:32
( ゚Д゚)!
曹丕たんのサディスティックな面が最も現れているエピソード!
降った于禁も于禁ならば、それを容赦なく辱める曹丕も曹丕と…
この件、誰にとっても後味悪いことになったでしょうね…

でも今回は、于禁が最後の意地を曹丕に返したと言うことで…救いには
ならないけど、ちょっと溜飲下がったカンジ。

503 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:17
こちらでは初書き込みの海月です。
やっとこさSSが仕上がったんで、もってきました。何気に全六話。
しかも詰め込みすぎて一話一話がバカみたいに長いので…全部見せるのにスレッドをいくつ消費するのやら…

というわけで今回は第一話のみを置いていきます。


「風を継ぐ者」
-第一部 鈴音の鎮魂歌-

「ええっ、叔武と義封が…!」
「はい…帰宅部連合の勢いは抑えがたく、早急に援軍を要するとの事です!」
揚州学園の中枢にして、長湖部の総本部がある建業棟に、その報がもたらされたのは孫桓出陣の二日目でのことだった。
その報を受け、まだ幼さの残る長湖部代表・孫権の表情が驚愕に染まる。集まった幹部達にも動揺は隠せない。
孫桓軍団の"三羽烏"こと李異、謝旌、譚雄のリタイア。
そして追い詰められた孫桓とお目付け役の朱然が夷陵棟に押し込められた格好で孤立しているという、最悪の戦況。前線からの報告から察するに、孫桓の類稀な指揮能力を百戦錬磨の朱然がサポートすることによって、辛うじて現状を維持しているという有様である。
そのとき、孫権の右側、廊下側の壁に腕組みしてもたれていた、ロングの黒髪をきちんと整えた眼鏡の少女…いや、年齢的には、女性というべきか…が、これ見よがしに溜め息をつく。
皆の注目を集めたその女性…既に学園から卒業したものの、いまだに長湖部の顧問を気取っているかつての功臣・張昭は孫権をたしなめるように、口を開く。
「言ったとおりでしょ、関羽を処断したことがどういうことを意味するかって」
「うぐっ…でも、でもあっちが悪いんだよ! ボクだけじゃなくて、お姉ちゃん達のことやみんなのことまでバカにするなんて…」
「………………」
その一言に、ロバの耳に見える特徴的な癖っ毛の少女−諸葛瑾は、バツが悪そうに視線を逸らした。先に関羽の元に使いにいって、その「暴言」を直に浴びせられ、せがむ孫権にそれを一言一句過たず伝えた張本人こそ、彼女であったからだ。
「確かにあの態度は頭に来るわね…あたしのことまで、散々馬鹿にしてくれたみたいだし。でも、荊州学区さえ手に入れれば十分にヤツの鼻もあかせるし、送還させたって勢力はこっちのほうが上になるから、仕返ししたくたって手出しできなくなるわよ」
「うう…でも、飛ばしておけば厄介事がひとつ減ると思ったから…」
「ええ、そりゃあひとつは減ったわよ、その意味では正解。その代わり、呂蒙は関羽軍団残党の闇討ちにあって飛ばされるし、今劉備の怒りも買っちゃった意味では、大失敗じゃない。収支はマイナスだわ」
「…うう…だってぇ…」
ほら見なさい、と言わんばかりの口調の張昭に、部長たる孫権は完全にやり込められ、半べそどころかもう完全に泣いている。張昭の言い方もどうか、と思う他の幹部達も、その言葉が正鵠を射ている以上フォローの言葉も出てこない。
一人息巻く張昭と、泣きべそをかいている孫権、いまだ視線を逸らしたままの諸葛瑾、そして現状の居辛さと事の深刻さに何の言葉も出てこない他の幹部達…普段は孫権以下和気藹々と進行していくはずの長湖部幹部会議は、ここ数日はそんな重苦しい空気に支配されていた。その理由は、既に学園を去りながらも、いまだにこうして首を突っ込んでくる"御意見番"張昭の存在だけでないことは、誰の目から見ても明らか…今、長湖部全体が置かれているのは、その存亡の危機だったからだ。
--------------------------------------------------------------------------------------------
事の発端は、荊州・益州の二学区を支配下に治めた劉備が、その統合生徒会長(←正史で言えば漢中王)の座に就いた事にあった。
かつては幽州近辺の非公認報道組織の長として、様々な実力者の庇護を受けながら各地区を流れ歩いていただけの少女が、遂に蒼天学園を三分する大勢力の一角を担うまでになったのだ。
早くから蒼天会の中枢部にいて、学園を動かす立場にあった曹操にすれば、実に面白くない話である。かつては自分の庇護の元に居たクセに、妙な野望をもって自分に歯向かい続けた挙句、自分と対等の勢力と権力を得る…曹操の性格を考えれば、黙って見ている筈がない。
だが、敵は劉備率いる帰宅部連合だけではない。それと手を結び、赤壁島で曹操の学園制覇の野望を頓挫させたもうひとつの勢力の存在が、劉備との全面戦争を躊躇わせていた。その存在こそ、今や孫姉妹の三女である孫権に受け継がれた長湖部である。
曹操はまず、長湖部を唆して帰宅部連合に当たらせることを考えた。
長湖部にしても、勢力拡大の為に荊州学区の領有、ひいては、益州学区までを制圧する遠大な戦略構想を抱いていた。だが、後に言う「赤壁島の戦い」のどさくさに紛れて荊州学区を抑えた帰宅部連合の為に、その戦略も大きな見直しを余儀なくされた。
曹操の蒼天会に対抗するために、劉備と結んだことが今や大きな癌となって、長湖部幹部を悩ませていたのだ。
曹操の申し出に議論百出する長湖部にあって、その重鎮の一人・諸葛瑾が一策を案じる。すなわち、劉備の名代として、荊州学区の生徒会長代行の座に収まっている関羽に個人的な友誼関係を持ちかけ、荊州学区併呑の布石にし、蒼天会に対抗する力をつけてからその申し出を受けるというものだった。
もし関羽がこれを突っぱねたら、それを口実に帰宅部連合との同盟を破棄し、このとき荊州を伺うために出張ってきていた曹仁をぶつけ、その隙に荊州を狙う…という二段構えの策だ。
その案が通り、言い出しっぺの諸葛瑾は関羽の元へと赴くが、関羽はそれ突っぱねるどころか長湖部を挑発するかのような暴言を吐く有様だった。口を渋る諸葛瑾からその口上を聴きだした孫権は、普段の彼女からはとても想像出来ないくらい激怒し、完全に頭に血が上った孫権の剣幕に押される形で、諸葛瑾が示した第二の策は決行された。
果たして曹仁と関羽の激戦が繰り広げられ、戦線は関羽軍有利の状況で進んでいた。蒼天会が送り込んできた大援軍も、関羽の水攻めによって壊滅、総大将の于禁は関羽の虜囚となり、名将(ホウ)徳を筆頭に多くの将が処断された。
それで勢いに乗ったことが仇となり、荊州学区は完全に手薄の状況となる。その一因には、荊州学区との境目に当たる陸口棟の責任者が、名将で名高い呂蒙から、その呂蒙の策謀で、当時学園全体ではまったくの無名だった陸遜にかわったこともあった。呂蒙はこの機を逃さず、荊州学区諸棟の責任者の調略にかかる。
関羽の勘気を被って後方支援を任されていた傅士仁、糜芳を筆頭に、長湖部の威容を恐れた各棟の責任者は先を争って帰順し、関羽の退路を断つことに成功する。
さらに曹仁の援軍として現れた徐晃の活躍もあり、関羽は荊州学区の外れにある、廃棄寸前の麦棟へ敗走した。そして長湖の大軍勢に包囲された関羽は、脱出に失敗してとらわれ、件の暴言に対する怒りの覚めやらぬ孫権の独断で、その部下もろとも処断されてしまったのだ。
その後、この復讐の機を劉備と共に伺っていたその義妹・張飛が、自身の不始末によって引退を余儀なくされたことで焦りを覚えた劉備は、学園生活最後のこの時期に、長湖部への復讐を遂げるための大号令をかけたのである。
関羽・張飛縁故の者達と、連合の荊州学区系構成員の意気は凄まじく、それを迎撃するために孫権の妹分の一人・孫桓が勇んで出陣していったのだが…その顛末は、冒頭のとおりである。
--------------------------------------------------------------------------------------------
「まぁ、過ぎたことを今更言っても仕方ないわ。向こうが烏合の衆でないことが解った以上、こちらも戦い慣れた古参の手練で対抗すれば良いだけの話でしょ」
「で…でも、ほとんどの人たちはもう、引退しちゃったんだよ?」
大学生にもなってこんなトコに顔出してるあなたを除いては、なんて言葉が喉まで出かかっていたが、孫権はぎりぎりのところでその言葉を飲み込んでいた。多少感情を乱していても、張昭を徒に刺激することの愚は承知していた。
後ろに控えた谷利から手渡されたハンカチで涙を拭うと、孫権はすがるような目で張昭を見つめた。
これまで部を支えてきた周瑜や魯粛、そして先に不慮の事故でリタイアした呂蒙といったメンバーが居ない以上、今この場にいるメンバーで一番頼りになるのは張昭しかいないこともまた、孫権は理解していた。
流石の張昭も、頼りにされるのは悪くないと見え、柄にもなくちょっと照れ臭そうに視線を逸らす。この甘え上手なところも、孫権の長所であり武器である。
「ん…まぁ、そうだけどさ。幸いにも韓当はまだ残っててくれてるし、周泰や凌統、徐盛だっているじゃないの。連中を駆り出して、当たらせるのが最善手ね。山越高や対蒼天会の護りは呂岱や賀斉で十分だし」
そこまで話し、急に普段どおりの真面目な顔に戻る。
「ただ、総指揮を任せるとなると適任は…」
「それだったら、俺様が引き受けるぜ」
そのとき、不意に会議室の扉が開け放たれ、全員の視線がそちらへ集まる。"御意見番"の完全な一人舞台状態に割って入ったのは、先に引退を表明したばかりの甘寧だった。

504 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:18
「甘寧…? 貴女、どうして此処に…?」
卒業生だから、という理由もあったが、呂蒙が不慮の事故で引退を余儀なくされた頃から、彼女も著しく体調を崩していた。
その理由については明らかではなかったが(その原因を聞いていたとしても、おそらく彼女のことだからそんなものをいちいち覚えてはいないだろう)、そのために風邪をこじらせていたのは事実である。
万全の状態なら誰も文句はつけないだろうが、今の甘寧はお世辞にも本調子とは言いがたい。
現に、甘寧はほんの数時間前まで病院のベッドの上にいたはずなのだ。顔は蒼白で、ほとんど気合だけで立っているふうに見え、今までの彼女を知るものから見れば、その姿にかつてのような覇気は感じ取れないだろう。だが…。
「公式にはまだ、俺の蒼天章も、階級章も返上されてないからな…それなら、問題ねぇハズだよな?」
「確かにそうだし、そりゃあ貴女が往ってくれるなら心強いけど…でもあんた、風邪こじらせて入院してたはずでしょう? そんな身体で…」
「引退直後に古巣がなくなりました、じゃ、寝覚めが悪すぎらぁ。理由(ワケ)なんざ、知ったこっちゃねぇが、これ以上、あんな山猿共にキャンキャン騒がれるのも…ムカつくんでな」
息は荒く、言葉も途切れ途切れだったが、そう言い切った甘寧の眼は未だ死んでいない。合肥で蒼天会の本陣に数名で奇襲をかける、と言い出したときの、そのままの眼光を保っていた。
そんな眼をしている以上、例え「駄目」と言ってベッドに無理やり寝かせつけようとしても、彼女は這ってでも独りで戦線へ突っ込んでいくだろう。その気迫に呑まれ、流石の張昭にも反対すべき言葉が出てこない。一息ついて、孫権の方を見る。
「…と、彼女は言っているようですけど…どうする部長?」
孫権も迷ったが、他に頼れる者も思い当たらない。悲痛な面持ちのまま甘寧を見つめ、断を下す。
「……………解った。興覇さん、お願い」
「へっ、そうこなくっちゃ…な」

「どうして、どうしてアンタがここにいるのよ、興覇ッ!?」
「なんでぇ、公績…俺様が、ここにいるのが、まぁだ気に喰わねぇのか…?」
その姿を認めるなり、手前にいた黒髪をショートにした少女…凌統は、思わず大声をあげた。
凌統以下、救援軍の編成に当たっていた諸将にとっても、彼女がそこにいることが信じられなかった。ましてや凌統は、先刻病室で甘寧を見舞っているのだ。
かつて姉を飛ばされたことで甘寧を激しく憎悪していた凌統だったが、先の合肥戦のさなか、楽進・曹休のタッグからの攻撃から身を呈して救った挙句、孫権を護って逃げるための殿軍(しんがり)まで買って出てくれた甘寧の行為に、その憎悪は彼女に対する尊敬へと変わっていた。
一方の甘寧にしてみても、相手が恨んでいない以上こちらからも恨む理由はない、ということで、ふたりはこれまでとはうって変わって、良き戦友と呼べる仲になっていた。
「そんなんじゃないわよ! アンタ絶対の安静だって、医者に言われてるんでしょ!? そんな身体で…」
「公績先輩の言う通りですよ!」
凌統の隣りに居た丁奉も声を挙げる。ポニーテールにまとめた、生来のものである狐色の髪が特徴的なこの少女は、中等部入学直後の夏休みに孫権直々のスカウトを受けた逸材である。並み居るの先輩部員を差し置いて、将として認められていることからも、その実力は明らかだろう。
彼女は現在潘璋の副将という立場にあったが、かつては甘寧の部下に配され、こき使われながらも一方で非常に可愛がられ、今では一番の妹分と言っても過言ではない。言うまでもなく、彼女の甘寧に対する尊敬の情も、ひとしおだ。
「ここで無理をしたら、大変なことになりますよ! ここはあたし達が…」
「やかましいッ!」
甘寧の大喝に、気圧されて黙り込むふたり。
蒼白の顔に、脂汗まで滲ませているその容貌にかつての精彩はない。だからこそなのか、その貌(かお)には鬼気迫る何かがあった。その勢いに、まだ中学二年生の丁奉は半泣き状態になり、気丈な凌統も言葉を失った。他の一般部員の中には、腰を抜かしてへたり込んでしまったものもいた。
「俺は…俺も、失いたくないんだ…! はみ出し者だった俺を"仲間"として扱ってくれた長湖部を…」
「…興覇」
「興覇先輩…」
甘寧の表情は、悲痛で、真剣だった。その心底を洗い浚い吐き出すような言葉は、少女達の心を打った。
「俺は、こういうカタチでしか、恩義を返せない、人間だから…だから、最期まで戦わせてくれ…頼むッ!」
そのとき、甘寧の身体がよろめく。しかし、その身体はすぐに背後から現れた人物に支えられる。
艶のある黒髪をショートに切り揃えた、整った顔立ちの少女。その少女は甘寧同様に卒業を控えた、初期長湖部からの功臣・韓当だった。
「義公…さん」
「いろんな意味であなたのその性格は、死んでも治りそうにないわね。居残り組最古参の私を差し置いて総大将に名乗りをあげたことの文句のひとつでも言ってやろうかと思ってたけどね…」
私だって有終の美を飾りたかったのに、とか言わんばかりの口調だが、これも悲痛な空気を少しでも紛らわそうとする韓当流の言い回しである。そろそろ付き合いも長い甘寧達にも、それはよく解っていた。
ふぅ、とひと息ついて、韓当は続ける。
「まぁ、部長の命令も出たことだし、今のを聞かされた以上、もう何も言わないわ。その代わり、承淵を副将に連れときなさい。文珪や上層部(うえ)には、私が話しとくから」
「すんません…恩にきります」
苦笑を浮かべる韓当に、何時もより弱々しくも、苦笑で返す甘寧。
「あなた達もいいわね?」
「そう仰られるなら…異存はありません」
「…任せてください! 全力でお守りします、先輩!」
「へっ、こいつ…ナマ言いやがって…」
もはやふたりにも反対の言葉は出てこなかった。苦笑して返す凌統と、涙を拭って極力笑顔で返す丁奉を軽く小突く甘寧を見て、韓当は「よろしい」と軽く呟いた。
それから数刻のうちに、編成を終えた総勢500名弱の夷陵棟救援軍は甘寧を総大将に、先手を潘璋、左右に周泰と韓当、後詰めに凌統、そして中軍の副将に丁奉といった錚々たるメンバーとともに建業棟を進発した。

505 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:19
夷陵棟に程近い(オウ)亭広場で、長湖部軍が帰宅部連合軍を迎撃する形で開かれたその戦況は、時間がたつにつれ長湖部にとって芳しくない状況になりつつあった。甘寧の想いとは裏腹に、帰宅部連合の勢いに押された長湖の精鋭たちはじりじりと後退を始めていた。
一説では、潘璋隊に帰宅部の"五虎(タイガー・ファイブ)"の一角として知られる黄忠が単騎で大立ち周りを演じ、自身は最終的に飛ばされてしまうものの、潘璋隊に壊滅的な打撃を与え、逃げる潘璋はその途上、関興に飛ばされた…などという説話もあったほどだ。
無論これは帰宅部寄りの誰かが言い出した俗説に過ぎず、黄忠はこのころ既に引退しており、潘璋が引退したのも夷陵回廊戦の翌年度である。しかしながらそんな俗説が飛び出るくらい、長湖部の孫桓救援軍が手痛い打撃を受けていた、ということなのだろう。
先に旗色悪しと見て、帰参を申し入れた傅士仁、糜芳の二人が、関興によって心ゆくまでぶちのめされた挙げくに処断されてしまったことも手伝い、荊州棟出身者で、関羽を裏切る形で長湖部についた者達は関興の姿を確認するや、その怒りを恐れて我先にと逃げ出す始末であった。
そのことが、長湖部軍全体に恐慌となって伝播し、さらには姉の復讐に燃える関興の働きもあって、先手は潘璋の奮戦空しく壊滅に近い状態となった。命からがら逃げてきた潘璋は、残存隊員をかき集めて既に退却を開始していた。
剛毅で無鉄砲な性格で知られる甘寧も、この状況にあっては流石に焦燥を隠せない。病状は会戦直前に飲んだ頓服薬のお陰で小康状態を保っていたが、今度はこの戦況のために顔色が変わる。
「くそっ…これじゃあ勝負にならねぇじゃねぇかよ!」
先鋒の潘璋隊壊滅の余波を受けて、恐慌は甘寧、凌統、丁奉のいる中軍にまで伝播してきていた。両翼に居た周泰や韓当の隊でも、副将を飛ばされて後退を始めている。勢いに乗った帰宅部期待の新星・関興、同じく張苞の隊が中軍に突っ込んでくるのも時間の問題だった。
「興覇先輩ッ、正面の敵本隊も進軍を開始しましたッ! このままじゃ三方向から挟み撃ちですよッ!?」
丁奉が悲痛な叫び声を挙げ、甘寧も舌打ちする。中軍の部隊も、外側では関興・張苞隊との戦闘が始まっていた。
「ええいッ、 引いて軍を整える! 俺らは後ろの凌統隊に合流し、来る連中を撃退しながら下がるぜ! 俺も戦闘に入る!」
「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ! "覇海"を寄越せ、来るぞッ!」
傍らに居た甘寧子飼いの親衛隊−かつて彼女を首領とした不良集団・銀幡あがりの少女が、ひときわ大きな木刀を甘寧に手渡したのと、正面の布陣が割れたのはほぼ同時だった。崩れた一角から、怒号とともに帰宅部の精鋭たちがなだれ込み…。
「いたぞッ!」
「甘寧を狙え! ヤツさえ飛ばせば軍は崩せるッ!」
「ヤツは半病人だ! 囲めば確実にとれるぞ!」
他には目もくれず、混乱する少女達を尻目に、甘寧をめがけて殺到する。
「興覇先輩!」
「しゃらくせぇ、やれるもんならやって見やがれっ! 承淵、遅れをとるんじゃねぇぞ!」
言うが早いか、銀幡時代からの愛刀・覇海を一閃し、群がってきた数名を吹き飛ばした。いくら病に体を蝕まれていても、やすやすと飛ばされるほど衰えてはいない。まさに鬼神の如き働きで、一時は帰宅部軍を押し返していた。
しかし、そのために彼女は、何時しか敵軍の深みに入り込み、孤立した状態になってしまっていた。
深入りを認識し、血路を開いて後退しようとする甘寧の前に、ひとりの少女が立ちふさがった。青みがかった髪を無造作にショートで切り、春先だと言うのに夏服を着ているその腕には無数の傷があり、頬にもバンドエイドを貼り付けている。
猛禽を思わせる鋭い目つきと言い、その雰囲気からも只者ではない気配を漂わせていた。
「甘興覇先輩とお見受けします…お手合わせ願います!」
「け、上等だッ! 病院送りにする前に名前だけ聞いといてやらぁ。かかって来な!」
「益州学区古武道同好会主将、沙摩柯。参るッ!」
言葉と同時に、沙摩柯と名乗った少女が、一陣の疾風に変わった。3メートルほどの間合いが、一瞬にして0になる。古武道の達人が成せるその驚異的な踏み込みに、甘寧の顔から一瞬にして笑みが消えた。
(! コイツ…っ)
一瞬にして間合いの中に斬り込み放った必殺の掌を、甘寧は恐るべきカンでぎりぎりかわしていた。それと同時に、逆手に構えていた覇海を振り上げる。スウェーでかわした沙摩可が反撃に出ようとした瞬間、即座に手首を返して全体重をかけた返しの一太刀を振り下ろす。
はっとして、沙摩可は即座にバックステップで回避した。仕留めるつもりで放った一撃をかわされた甘寧だったが、間合いを離してにらみ合った相手に対して、再びニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「ちっ…右か左にかわしてくれれば、ワキにヒザでもくれてやろうかって思ってたけどよ」
「流石です…合肥での風聞は、本物だったみたいですね。その剣…いえ、格闘術は我流ですね?」
「こちとら、生まれてこのかたキチンとした武道なんてのに手ぇ出したことがないんでね…暴走族(ゾク)仕込みの喧嘩殺法ってヤツだ、よ!」
言うや否や、鳩尾を狙っての独特な前蹴り…俗に「ヤクザキック」と呼ばれる蹴りを放つ。踏み込むと同時に、左拳と木刀の歪なワンツーが沙摩柯を襲う。
木刀をいなすことは出来ても、拳は辛うじてガードする。一撃の重さで彼女の全身に衝撃が走った。攻撃の隙を見出して反撃しようにも、衝撃に痺れた腕が上手く反応してくれない。
(くっ…一見出鱈目に見えて、思った以上に無駄がない…単純に喧嘩慣れしてるだけで、ここまで出来ると言うの…!?)
休むことない連続攻撃に、沙摩柯は防戦一方だった。しかも木刀だけでなく、単純な拳打の重さもハンパではない。ガードの上からでも、ダメージは蓄積されていく。
「そら、足元がお留守だぜッ!」
「あっ…!」
拳打を受けるのに精一杯で、足元から注意をそらしてしまったのが仇となった。強烈な左のローキックを軸足に受け、沙摩柯は大きくバランスを崩した。そこに、かつて甘寧が凌統の姉・凌操を飛ばしたときに使った、全力のアッパーがよろめく顔めがけて飛んできた。
(くっ…やられる!?)
だが、その必殺の一撃を放とうとした瞬間、これまで小康状態を保っていた高熱が、強烈な眩暈となって甘寧を襲った。
自分の体調について決して無関心でなかった甘寧だったが、この一騎打ちは当人の予想以上にその体力を奪い取り、薬の効き目を打ち消していたのだ。アッパーを放つためにとった体制のまま、甘寧の体が大きくよろめいた。
(ちぃっ…こんな、時にッ!)
「もらった!」
体制の崩れたその一瞬を、沙摩柯は逃さなかった。バランスを失って前のめりになった甘寧の顎を、何とか踏み止まって放った右の掌底が捉える。甘寧の意識が、もぎとられるように吹き飛んだ。
「嘘ッ……興覇先輩ッ!」
ゆっくりと崩れ落ちる甘寧には既に、丁奉の叫びも届かなかった。

506 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:20
倒れ伏した甘寧の姿を見つめ、沙摩柯は何の感慨もなく、呟いた。
「まさか…本調子ではなかった…?」
切れ長の双眸には、長湖部軍の筆頭将を打ち破ったことへの歓喜はない。沙摩柯にも解っていたのだろう、もし甘寧の体調が万全であれば、あのアッパーで自分が飛ばされていたことを。
古武道の達人である彼女の実力であれば、徒手であっても並の剣士など物の数ではない。しかしながら、今打ち倒した相手は、剣術の心得はないものの、合肥で「学園最強剣士」として名高い張遼と互角に戦ったといわれる学園屈指の喧嘩屋なのだ。
何でもありの「喧嘩」ということであれば、その戦闘能力は帰宅部の誇る"五虎"とほぼ同等とまで言う者さえいる。それが誇張だとしても、明らかに今の自分より格上であったことは間違いないことは、現実に手合わせして思い知っていた。
「でも、此処は戦場…悪く思わないでください」
そう割り切った沙摩柯は、気を失った甘寧の階級章にゆっくりと手を伸ばす。その刹那。
「やらせるもんですかぁー!」
怒号と共に、頭上から降って来る一撃を、軽くいなす。
降って来たのは狐色の髪の少女。いなされてもバランスを崩すことなく着地すると、間髪いれずに横凪ぎの一撃を繰り出す。
「ふん…甘いッ!」
その少女−丁奉の一撃を見切った沙摩柯は、右手で難なく木刀を掴み取る。反撃の一撃を加えようとして引き寄せるが、予想外の"軽さ"に違和感を覚える。そこにあったのは木刀だけだったのだ。
「何…!」
気づいたときには、倒れていた甘寧の姿がない。丁奉は自分の木刀の一撃を囮に、甘寧の救出を第一義としたのである。てっきり自分に向かってくるはずだと思っていた沙摩柯は、完全に裏をかかれた格好になった。
加えて、甘寧との戦いで受けたダメージが、反応をわずかに鈍らせていた。
甘寧を背負って既に駆け出していた丁奉は、落ちていた覇海を空いている手で拾い上げ、前方の長湖軍に兵が集中したことで完全に手薄になった、帰宅部本営の方向へと疾走していた。
「興覇先輩は返してもらったよっ! この借りは、絶ッ対返してやるからねッ!」
「味なマネを…くっ…誰か奴等を追え! 逃すな!」
追いかけようとするが、甘寧からもらったローキックが激痛となって、彼女を阻む。駆けつけた来た古武道同好会の部員に追撃の指示を出しながら、沙摩柯は甘寧を連れて逃げ去る少女にも感嘆の意を禁じえなかった。
人一人を背負ってあれだけの速さで走るなどと言うのは尋常なことではない。それを、自分よりも頭一個小柄な少女がやってのけているのだ。
「あの娘、良い資質を持ってる…上手く逃げおおせたなら、手合わせする機会が楽しみだわ…」
自分の指示で数名が追いかけていくのを、足を抑えて座り込んだ沙摩柯はじっと眺めていた。その顔には、大魚を逸した悔しさではなく、期待に満ちた笑みを浮かべていた。

反射的に人手の薄い方へ駆け出してしまったものの、自軍本陣からは反対方向であることは丁奉も理解していた。前方への敵に集中していた連中が自分達に気づけば、本営に控える連中と一斉包囲されて一巻の終わりだ。
彼女は、進行方向を直角に曲げると、南側に広がる林の中へ駆け込む。比較的手薄な、長湖に続く支流周辺まで出れば、そこを辿って本営まで帰ることもできるかもしれない…丁奉はそう考えた。
しかし、沙摩柯子飼いの古武道同好会の部員が迫ってくるのを見て、その考えが甘いことを悟った。彼女等の対処に手間取れば、おそらく本隊も駆けつけてくるに違いない。
たとえ人一人抱えていても、水泳部のホープで、揚州学区から赤壁島までの遠泳を毎日の日課とする丁奉なら、安全な対岸へ泳いでいく事もできるのだが…。
(駄目っ…興覇先輩の体調を考えれば、この季節の渡河は命取りになっちゃう…!)
木々が疎らになり、目指す河岸にたどり着いた。だが、その先どう逃げるかの結論が出ない。河を渡ろうにも、船代わりになるものもない。
(どうしよう…このままじゃ…)
「…承淵、か? 俺は…一体…」
そのとき、気を失っていた甘寧が眼を覚ました。
「興覇先輩! 気がついたんですね!」
丁奉は甘寧をゆっくりと背中からおろすと、適当な樹にもたれさせる。
そのとき、はっとして甘寧の左腕を見た。あの時無我夢中で気づかなかったが、敵将は甘寧の階級章に手をかけていたことを思い出したのだ。
だが、その心配は杞憂に終わる。木々の中を無理に走ってきたせいで上着はボロボロだったが、それでも左側は幸運にも無傷で、彼女の殊勲に比べればあまりに低いのではないかと思える硬貨章も、そこに顕在だった。丁奉は、ほっと胸をなでおろす。
「…へへっ…俺様としたことが、あんな三下に遅れを、取るなんてな…」
「そんな日だってありますよ」
力なく笑う甘寧に、丁奉も精一杯の笑顔で応える。だが、来た道から無数の足音が近づくにつれて、丁奉の顔にも焦りの色が濃くなってくる。意を決したように、彼女は今来た方向へ向き直る。
「此処まで、か…ちょっと待っててくださいね。あんな奴等、すぐに蹴散らして…」
「止めておけ…タイマンならともかく、多勢に無勢ってヤツだ。ましてやお前、丸腰だろ」
「でも、足止めくらいになります…地の利もこっちにあるし…」
「時間が経てば、不利な状況は増える…奴等も、バカじゃない…おっつけ、こっちにも本隊が、来るだろうよ…大将を、ふたりも、飛ばせば、どうなるか…言わなくたって、解るだろ…?」
無鉄砲な性格で、暴れん坊として知られた甘寧を、「勇猛無策」と評するものもいる。だが、幾度となく死線を潜り抜け、学園にその悪名を轟かせた銀幡の首領の座を保ってきたのは、その状況観察能力に裏打ちされたところも大きい。
長期戦略の面においても、初期から周瑜同様、荊州から益州までの侵攻計画を献策したことで知られている。だからこそ、この危難の局面で防衛軍の総大将を任されたのだ。丁奉は今更ながらも、感嘆の息をついた。
「…だから俺様を置いて…お前だけでも、さっさと、泳いで逃げろ。お前一人なら、問題ねぇだろ?」
丁奉の腕をつかんだまま、甘寧が厳しい口調で言う。まるで先ほどまでの自分の思考を読み取られたようで、丁奉ははっとして甘寧の顔を見た。

507 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:20
本来の病状に加え、先ほどのダメージの為に顔色は目に見えて悪く、息も荒い。触れた手からは、明らかに高熱を発していることも理解できた。表情には出さないが、今こうしていることも、甘寧にとっては辛いことなのかもしれない。
「でも…先輩を置いていくなんて…ッ」
「バカヤロウ、此処でお前までっ、飛ばされたら…お前のことを任された、部長に、申し訳たたねぇんだ!」
その一喝に、丁奉は二の句が告げない。泣きそうな表情の丁奉に、甘寧は不意に表情を緩めた。
「俺が…お前のこと、任されたとき…将来長湖部に、とって、必要な人材になるから、大切にしてあげて、って…部長が、言ってたよ。俺なんかの、せいで…そんなヤツを、さっさと、飛ばされるわけに…いかねぇ。ここは、逃げ延びるんだ…部長の、ためにも…俺の、ためにも…」
「でも…」
「俺のことなら、心配ない…奴らも…俺が、病人だと、わかれば…そう悪くは、扱わないだろ…ましてや、既に……飛ばされて、いるので、あれば…っ!」
「え!?」
言うが早いか、甘寧は自らの階級章に手を伸ばし、無造作に引きちぎった。そして、呆気に取られる丁奉の手に、それを握らせる。
「これで、文句は、ねぇだろ…さ、解ったら、さっさと…逃げろ」
「そんな…先輩!」
「…いいから…行けっつってんだよ!」
甘寧は最期の気力を振り絞って立ち上がると、小柄な丁奉の身体を河へと突き飛ばす。大きな水音と共に、丁奉の身体は河へと投げ出された。
不意の一撃で頭から突っ込んでしまった丁奉は、河の流れに一瞬抵抗できずそのまま流される。しかし流石に水泳部のホープとまで言われただけあって、すぐに体制を立て直して顔を出す。そして、突き飛ばされた岸へ戻ろうとする。
「せ…先輩、どうして…」
「この、バカ…戻るんじゃ、ねぇッ! 行けッ! 行くんだッ!」
「興覇…先輩」
「後は、頼んだぜ…コイツは、俺様からの…餞別だ」
岸から甘寧が投げてきたものを、丁奉は反射的に掴み取る。それは、逃げるときに一緒に掴んできた、甘寧の愛刀・覇海。それには何時の間に付けたのか、甘寧の腰につけられていた鈴飾りも括り付けられていた。
「大切に、使ってくれよ…じゃあな、承淵」
「…うぐぅ…っ…先輩…」
まだ春から遠いことを知らせる冷え切った流れに身を任せながら、その冷たさも忘れたように丁奉は何時までも、岸辺に残った甘寧のほうを見ていた。流れ落ちる涙を拭うこともせずに。
そして、意を決したかのように顔だけで小さく会釈すると、覇海を抱いたまま流れに乗って、下流へと泳いでいった。本隊が集結しているであろう、陸口の本営に向けて。
(そうだ…それでいい…絶対、逃げ切るんだぜ…)
それを見て、甘寧は満足げに、普段とは違う穏やかな笑みを浮かべた。その姿が視界から消え、甘寧が樹にもたれたとき、木々の間から帰宅部の追っ手が姿をあらわす。
「ふふ、遅かった、じゃ、ねぇか…」
「長湖部の甘寧先輩とお見受けします」
その言葉を気にした風もなく、その中の小隊長と思しき少女が、問い掛けてきた。
「上意により、階級章を貰い受けに参りました。観念してください」
「だから、遅ぇっての…よく見な、俺はもう、飛んでるんだ…からよ」
「え!?」
そういう甘寧の左腕には、確かにあるべきものが存在していなかった。呆気に取られる少女達。一体どうしたのか、の誰何の声を上げる前に、甘寧はつぶやく。
「理由は、どうあれ…これで、俺も"戦死"扱いの、脱落者だ…囲むだけ無駄、だぜ。だがもし…慈悲が、あるなら…早く搬送して、くれると…助かる……」
「あっ!?」
崩れ落ちた甘寧を反射的に抱きとめてしまった少女は、その事実に驚愕せざるを得なかった。
「すごい熱……ま、まさかこの人、こんな体調で沙摩柯さんをあそこまで追い詰めたって言うの!?」
「なんて人なの…」
その事実に、もう一人の少女が既に安全圏まで逃げおおせたことなど、彼女等には気づけるはずもなかった。眠りに落ちた甘寧の寝顔は…その息づかいこそ苦しげだったものの…満足げに微笑んでいた。


(第二部へ続く)

508 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:26
と、此処までで第一話終了です。
後の文章量もさほど、変わらんのですが…外見描写とか余計なんだろうか…。

史実どころか演義と比べてもなにやら無理のあるキャストになってます。
甘寧最期のシーン、実は横光三国志のオマージュなんですが…

…てか、承淵ちゃん活躍しすぎ?

509 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:49
第一部 >>503>>507

風を継ぐ者」
-第二章 その涙は誰が為に-

「…そう…興覇のヤツ、最後の最後までカッコつけて…もうっ…」
すっかり落ち込んで、何時もの調子がない丁奉を慰めるかのように、凌統はそんな軽口を叩いた。その眼にも、かすかに涙が滲んでいる。
完全な濡れ鼠になって、陸口にある長湖軍の本営に丁奉がたどり着いたのはすっかり日が落ちてからだった。甘寧と沙摩柯の一騎打ちの決着から既に5時間以上が経過し、何とか敗走する本隊をまとめながら、凌統や韓当たちは此処まで退却して来ていた。
凍りつくような河の流れの中で、半ば意識を失いかけていたところを、ライフセーバーの卵である凌統が見つけてくれなければ、丁奉の身もただでは済まなかっただろう。
意識を失いながらも、丁奉は甘寧の階級章と、覇海をずっと離さなかった。
それから丸一日眠りつづけた彼女は、目を覚まして凌統の姿を認めるや否や、大声をあげて泣き出した。
何度も何度も、甘寧の綽名を呼びながら。
その様子から、凌統も甘寧の身に何が起きたかを悟った。かつては恨み骨髄の相手ではあったが、わだかまりを解いた今は、大切な仲間であり、尊敬できる先輩だ。それを思い、彼女も泣いた。
そして今、ようやく落ち着きを取り戻したところだった。揚州学区のはずれにある学生寮の丁奉の部屋には、凌統の連絡を受けた周泰と潘璋もやってきていた。
「さっき荊州学区の病院から連絡があったんだ、峠を越えたってさ。てことは、帰宅部の奴等もその辺のことは、ちゃんとわきまえててくれたんだな」
「まぁ、キミが無事だったのは、不幸中の幸いだったわね。興覇だけじゃなくて、キミまで飛ばされてたらどうしようかって思ったけど」
普段は寡黙な周泰や、口の悪い潘璋も、そう言って励まそうとする。しかし、そのことが責任感の強い丁奉にとっては、かえって耐えられないことだったに違いない。潘璋が甘寧の綽名を言ったあたりで、丁奉の眼には再び涙が溢れる。
「でも…でもっ…あたしは先輩を護ることが出来なかった…っ」
「……承淵」
居合わせた諸将に、返す言葉もない。
甘寧を護る事が出来なかったと言うなら、中軍を無防備に晒した左翼の周泰、先鋒軍の潘璋、そしてその危機を救うことを出来なかった後詰めの凌統にも共通した無念の感情である。
だが危地から上手く逃げおおせたとはいえ、最後の最後で結果的に甘寧を見捨てる形になった丁奉の心痛とは比べるべくもない。
赤壁後の南軍攻略戦以後、ずっと副将として付き従い、妹分として可愛がられた彼女を知る諸将にも、その気持ちは痛いほど伝わってきていた。
「そうね、確かにあなたは、副将としての役目を完遂できなかった」
「!」
沈黙を切り裂いたのは、部屋に入ってきた韓当だった。
総大将・甘寧リタイアの報を受け、最高学年生として臨時に軍の総指揮に当たっていた彼女も、丁奉回復の報告を受け駆けつけてきたのだ。
彼女自身も乱戦の中無数の傷を受け、手足や額に巻いた包帯にはわずかに血が滲んでいる。
「私の副将はね、私を護るため身代わりになって張苞に飛ばされたわ。もうすぐ卒業する私をかばって、これからも長湖部の一員として働かなきゃいけないあの娘が」
そう言って丁奉を見つめる韓当の表情は、一見普段と変わらない様に見えた。
しかし、その瞳はどこまでも深い哀惜を湛えている。
「あの娘は確かに副将の役目を果たしたわ…でも、あたら若い才能を潰してしまった私の気持ちはどうなるのよ…あの娘を目の前で飛ばされてしまった、私の気持ちは!」
「…先輩」
長湖部設立から部を支えつづけてきた、その少女の双眸からは何時しかとめどなく涙が零れていた。流れる涙を拭おうともせず、韓当はなおも続ける。
「あなたも興覇も幸せ者よ…あなたは彼女の意思を、継ぐことが出来た。何時までもめそめそしてるヒマがあるなら、これから何をなすべきか、それを考えなさい…彼女のことを思うなら、尚更のことよ…!」
「…………はい」
何時しか、居合わせた全員の目から、涙が流れ落ちていた。
だが、最初に泣き出した少女の表情に明るさが戻ったのを見ると、韓当も満足そうに頷いた。
その一方で、彼女の心の片隅で、これからの展望への不安は依然渦巻いていた。
(でも…興覇やあたし達総出でも支えきれなかったあの勢いを止めるなんて…せめて、せめて公瑾や子明…あるいは、それに匹敵する将帥がいてくれれば…)
敗戦に沈む少女の涙は晴れても、長湖部にかかる暗雲は、未だ晴れ間を見せる事はなかった…。

510 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:50
(や〜れやれ…まさか、興覇までやられちゃうなんてねぇ…)
この日…甘寧脱落の報を受け、さらに沈み込んだ長湖部本営の会議室を一番最初に出てきたのは、ボリュームのある色素の薄い髪を、無造作に二つ括りにした少女だった。
どこか人を食ったような細いタレ眼が特徴的なその少女の名は(カン)沢、綽名を徳潤という。
苦学生であったが、記憶力に優れた明晰な頭脳と、かつて赤壁島戦役において曹操に黄蓋の偽降を信じ込ませたといわれるほどの能弁を認められ、長湖部の重鎮に登りつめた一人である。
実家が寺であったことから仏教関係の事跡に特に詳しく、のちに揚州学区の外れにある古寺を改修した際、一言一句過たずに書き上げられた経典を奉納したことで知られることとなる…それは、さておき。
(カン)沢の明晰な頭脳は、先ほどの会議のあらましを正確にリピードしていた。
喧喧囂囂と意見のまとまらない幹部達。中には、先に協力関係を結んだ蒼天会に援助を求めるべき、などという意見を吐くものもいる。
(どいつもこいつも、わかってねぇよなぁ…表面上は友好関係にあるたぁはいえ、曹丕のやることなんざ信用できねぇだろ…そんなことを申し入れれば、どんな無理難題を吹っかけてくることか…でももし、このまま何もせずにいて、義公先輩達まで崩される事になれば…)
「…ぱい、徳潤先輩!」
考えながら歩く(カン)沢は、はっとして自分を呼ぶ少女に振り向いた。
光のあたり具合では緑がかって見える髪をショートボブに切り揃えた、利発そうな少女だ。制服の着こなしからも、その真面目な性格が読み取れる。
「あ…なんだ、伯言か」
「なんだ、とは酷いですよ。考え事しながら歩いていると、階段から落ちますよ? ただでさえ、徳潤先輩は熱中すると周りが見えなくなるんだから」
大げさなくらいぷーっとむくれてみせるその少女−陸遜をなだめるように、(カン)沢は笑った。「伯言」は陸遜の綽名である。
「悪ぃ悪ぃ…オマケに待ち合わせの時間もオーバーしちまったしな」
「…仕方ないです…こんな状況ですからね…」
「こんな時に転院だなんて、公瑾さんも複雑だろうなぁ。課外活動から退いたうえ、病院暮らしも長ぇのに、ずっと部長のこと、気にかけていたからなぁ」
公瑾こと、元長湖部副部長・周瑜は、かつて長湖部二代目部長・孫策の親友として、孫策のリタイア後も現部長・孫権を補佐し、圧倒的不利といわれた蒼天会の攻勢を赤壁島で撃退してのけた知将だ。
才色兼備の人物だったが、激情家としての一面があり、それゆえに南郡攻略戦で回復不能に近い大怪我を負い、今なお病院暮らしを余儀なくされている。
その周瑜は此度、現在入院中の揚州学区の病院から、より設備の整った司隷特別校区の大病院へと転院することになった。彼女の才能を惜しんだ学校側の配慮により、個人授業などで卒業単位を稼げるように配慮し、それを受けた周瑜の両親の勧めに従ったものである。
しかし、それは同じ学園に居ながらにして、場合によっては永劫の別れになる可能性があることも示している。司隷特別校区は、現在曹丕が支配する「蒼天生徒会」の本拠地…課外活動に参加できないリタイア組はともかく、現長湖部員がおいそれと踏み込める場所ではなかった。
そのことを鑑みて、陸遜の発案と呼びかけにより、周瑜の歓送パーティを開催することになった。もっとも、時期が時期だけに、幹部のほとんどは不参加で、参加者は後輩だらけになってしまったが。
不意に、その眼差しが真剣な光を帯びる。
「情けない話さ…これから部をどうこうしていくってヤツが雁首そろえて、なんの役にも立てねぇときてやがる。あたしにそんな力があれば、こんな気持ちになることもないのに」
この現状に際して、何も出来ないことに対する悔しさが、言葉に満ちていた。握り締めた拳が、まるで泣いているかのように、震えていた。
「…それは私だって、同じです。伯符先輩や公瑾先輩、そして部長やみんなの思い出が詰まった場所ですから…失いたくない気持ちは一緒ですよ」
陸遜の笑顔は、ひどく悲しげな笑顔だ。本当は泣きたいのだろうが、その感情を無理に押し込んでいるような、そんな悲しい笑顔だった。
「何も出来ないでいる自分が、悔しいです…赤壁島で蒼天会を打ち破った公瑾先輩のように、なれない自分が」
不意にその笑顔が、悲痛なものに変わった。これから行うことを考えて、その気持ちを解きほぐそうとしたのか、(カン)沢はあえて茶化すように言った。
「まぁ、なんつーか…あんたも健気だねぇ…あれだけあしらわれてても、その公瑾さんのこととなると真っ先に気を使ってさ。今回の件の為に、ヒマな連中をかき集めたり、プレゼントとか用意したり、病院に便宜を図ってもらうよう動いたのはあんたらしいじゃん」
「え…え〜と…」
「こんなときだからこそ、余計な心配をかけさせまいとするあんたの心がけは立派だよ。どーして公瑾さんは、そういうところを解ってくれないのかねぇ」
「………」
陸遜はちょっと困った表情で、俯いてしまった。
周瑜の陸遜に対する風当たりは厳しい、というのが長湖部構成員、特に幹部クラスの人間にとってはほぼ常識といって良かった。
周瑜が対応にてこずっていた山越高校の荒くれを手なづけて、協定を結んで後背の憂いを絶ち、しかもそのときに作った対応マニュアルは賀斉や鍾離牧といった後任者に「これじゃああたし達が新しい方策をわざわざ考える必要ないわよね〜」と絶賛される出来だった。
この完ぺきな仕事振りに、周瑜が嫉妬している…というのが、表向きの評判だった。
だが実際は、赤壁直前に行われた強化合宿の朝に起きた出来事が原因となって、周瑜が陸遜を一方的に嫌っているのだが…この事は、長湖部の幹部級の者たちで、そこに居合わせた者と孫権しか知らない。
(カン)沢も、その数少ない一人である。
「まぁ、そんなこと言ってても仕方ないか。早く行かないと、それを理由にまたどやされるかもしれないな…行くぜ、伯言っ」
「あ…待ってくださいよ〜」
困ったように黙り込んだ陸遜の様子に「余計なこと言ったかな?」と思った(カン)沢は、陸遜の肩を軽く叩くと、視界に映りこんだ病院の建物に向かって駆け出し、陸遜も慌ててそれに続いた。

511 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:50
「どうして、あんなに伯言に冷たくあたるんです、公瑾さん?」
群がっていた後輩達と陸遜を帰したあと、(カン)沢は周瑜と1対1になった個室の病室でこう切り出した。普段は飄々とした(カン)沢が、柄にもなく真顔で問い掛けてくるのを見て、周瑜は苦笑した。
「なにを言い出すかと思えば…まさか徳潤、そんなことを聴く為に残ったの?」
「…真面目な話ですよ。まさか去年の合宿の一件、まだ根に持ってるんですか?(「長湖部強化合宿〜ひと夏の思い出」参照のこと)」
この、ささやかな歓送パーティの際もやはり周瑜は、陸遜とまともに取り合おうとさえしなかった。
他の若手部員の手前、あからさまに無視するようなことはしなかったが、一瞥した程度ですぐに別の後輩達の相手をする。
それを何時しか一歩離れて見ていた(カン)沢には、なんともやりきれない気分になった。周瑜の表情を見る限り、このイベントを迷惑がっている風はなかった。
「仲…いえ、部長も、こんな気を遣わなくたって…」と声を詰まらせていたのは、芝居には思えなかったし、心からの一言に思えたからこそ、(カン)沢は横から、これは陸遜の仕業だ、とわざと茶化した風に言ってみせた。
だが、それを受けても周瑜は「部長が来れないから、代わりに来てくれたんでしょ? 無理しなくてもいいのにねぇ」なんて言い出す始末だ。
一見、陸遜に対する労いにも聞こえなくないが、これでは立役者の陸遜も浮かばれない。(カン)沢は、それが哀れでならない。
そんな周瑜の態度を気にした風もなく、輪から外れて言葉をかけかねている後輩を促して歩き、満座に気を遣う陸遜の姿を見れば、ひとしおだ。
分かれゆく陸遜にも、一言も声をかけない周瑜の態度を見かねたからこそ、(カン)沢は周瑜にその訳を問い詰めるつもりでいた。
「言ってる意味が解らないわよ…そんなことに付き合ってられる程ヒマじゃないわよ、私」
「とぼけないでください!」
あくまではぐらかそうとする周瑜の態度に(カン)沢は思わず手を壁に叩きつけた。その視線には、らしくなく怒気を含んでさえいる。
「伯言の力量(ちから)は、既にあなたの後継者として十分でした! 聞けば、子敬ねぇさんが引退するときに、わざわざ口を出して、伯言をその後継にすることを邪魔したなんて話も聞いてます! どうして、そんなことをしたんですか!? あいつは…あいつはあんなに、公瑾さんのことを…」
「…いい加減にして徳潤…誰か聞いていたらどうするの?」
そう言って(カン)沢の言葉を途切れさせようとする周瑜だったが、無駄なことだと悟っていたかもしれない。おそらく(カン)沢は、あらかじめ人払いくらいはしているだろう。この少女の抜け目ないところは、周瑜もよく知っていた。
「構うもんですか! それにあなただって今の長湖部がどういう状況だってわかっているでしょう!? せめて置き土産として、伯言を推挙してあげてもバチは…」
「……わかった風な……こと言わないで……」
興奮気味だった(カン)沢は、消え入りそうな声にはっとして周瑜を見つめなおした。何時しか目の前の少女は耳をふさぐようにして俯き、かすかに震えている。その表情はわからないが、声は泣き声だった。
「あなたに…あなたに、私とあの娘の何がわかるって言うのよ…!」
「解りますとも! 少なくとも、あの合宿から、あなたがそれとなく伯言を避けている位は…いえ、あなたがあの娘のことを嫌っているくらいは!」
「馬鹿言わないでッ!」
周瑜の凛とした、そしてトーンの高い怒声が、夕日の差し込む病室に響いた。眦を引き裂き、涙で真っ赤に腫れ上がった瞳で、キッと(カン)沢を睨みつけた。
その迫力は、かつて赤壁直前に黄蓋とやらかした芝居の喧嘩のときに見せた表情に似て、それにはない鬼気迫るものがあった。その迫力に、(カン)沢は思わず倒れそうになり、なんとかふんばって見せた。
あまりの剣幕に呆気に取られた(カン)沢が周瑜の方へ向き直ると、当の周瑜は俯き、泣いていた。
「公瑾…さん」
「馬鹿なこと…言わないでよ…私はあの娘のこと、嫌いじゃない…嫌いなんかじゃない……っ」
それこそ、それまでずっと彼女が抱きつづけていた、本音なのだと(カン)沢は悟った。
それと同時に、自分はそれを知らず、彼女の心の、決して他人が土足で踏み込んではいけないところに、自分が踏み込んでしまっただろう事にも、気がついた。
でも、だからこそ聞きたかった。聞かずにはいられなかった。わざと陸遜を避ける、その理由を。
「だったら…何故」
「徳潤、もうそのくらいにしてあげて」
不意に別の声が聞こえ、此処には自分と周瑜しか居ないと思い込んでいた(カン)沢はぎょっとしてそちらを振り向いた。そこには孫権の姿がある。
前線に駐屯している周泰ならいざ知らず、いつもちょこまかと後ろについてきている谷利の姿もなく、一人でそこにいた。

512 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:51
「部長…どうして、ここに?」
「…ボクも公瑾さんに、ちゃんと挨拶しときたかったから。子布さんを撒くのは大変だったけど」
必死に感情を抑えようとしているみたいだったが、眼と声は嘘をつけない。その声は、今にも泣きだしそうなくらい、震えていた。
「みんなには内緒だったんだよ…」
そう言って席につくと、孫権は懐から一枚の写真を取り出した。それを手にとった(カン)沢は怪訝な表情をして孫権に問い掛けた。
「これは…」
「ボク達が毎年、赤壁島でキャンプしてるの、知ってるよね? それが今年のヤツだよ。今年は、公瑾さんが入院中だったから、これは出発前に此処で撮ったんだけど」
その写真には、やや後ろで斜に構えた孫堅と、ベッドの傍らの椅子に座る孫権と、それぞれの両サイドに、ベッドから体を起こした笑顔の周瑜を孫策ともう一人、見覚えのある狐色の髪の少女が肩を組むように、ちょっとバランスを崩した真ん中の人物を抱き寄せている。
はにかみ笑顔のその人物は…。
「これは……どうして、伯言が…それに、この娘は承淵じゃないか? 何でこのふたりが」
そう、孫姉妹が身内だけで毎年の如く敢行している赤壁島キャンプに、孫策と義姉妹の関係である周瑜はともかく、陸遜や丁奉が参加しているのは意外なことであった。
ただ孫権と仲がいいだけの理由なら、ここに谷利と周泰が居てもおかしくないが、(カン)沢はちょうどその時期に、ふたりと揚州校区近くの繁華街でよく会っていたのだ。
谷利が「キャンプにまた連れてってもらえなかった」と、会うたびに愚痴っていたのを(カン)沢はよく覚えていた。
「……去年はね、一緒に過ごしてたのよ、ふたりと。だから、仲謀ちゃんが誘ったのよ」
俯いて肩を震わせていた周瑜が、少し落ち着いたと見えてかすかに、顔を上げる。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
病院暮らしが長かったせいでやや、やせこけて見えたが、その顔はかつての美貌の面影をとどめている。
「…あの一件が子敬たちの悪戯だったってことは、合宿の後に直接、子敬から聞いたわ…そうでなかったら、少なくとも夏の間だけは、絶対あの娘と口なんか利いてやるもんか、って思ってた…我ながら、大人気ないとは、思ったけどね」
涙を拭って、周瑜はまるで、その日のことを思い返すかのように視線を中空へ投げた。目には相変わらず涙が溢れ、一言紡ぐたびに、とめどなく流れてくる。
「その次の日、だったかな。文台姉様から"今年もキャンプするぞ"って連絡があって。知っての通り、あの年は休み明けに蒼天生徒会との決戦があったでしょ? だから、最初は何とか取りやめてもらおうかと思ってた…まぁ、結局、押し切られちゃったけどね」
「……」
「次の日、だったかな。たまたま自主トレの遠泳にやってきていた承淵と出会って…そしたら、伯言ったら、途中でボートをひっくり返してね、溺れてたみたいなのよ…承淵が見つけてくれなかったら、あの娘本当に、長湖の藻屑になるトコだったわね…」
「そうだったね…たしかあゆみちゃんが、じゃれて伯言のボートをひっくり返したんだってね」
泣きながらも、周瑜は微かに微笑んだ。孫権も相槌を打つ。あゆみちゃん、というのは、一昨年のキャンプのときに赤壁島で孫権が孵した首長竜のことだ。長湖部幹部は皆その存在を知っており、誰が言い出したか、今では「長湖さん」の方がとおりがいい。(カン)沢も見た…もとい、「会った」ことがある。
「あの娘ね、ずうっと私に謝りたくて、追っかけてきたって言うの。真剣な顔してさ、泣きながらそう言うから…子敬に事の顛末を聞いてなくても、きっと許してたと思う。そのときはいつもどおり過酷で、でも賑やかで楽しいキャンプだった」
(カン)沢はこのときになってようやく、去年の夏明けに陸遜が恐ろしくやつれていたことの本当の理由を知った。
それまでは、ずっと周瑜との一件で大げさに悩みつづけてたんだろう、としか思っていなかったのだ。そのあとに紹介された丁奉はけろっとしていたが。
「そうだったよね…伯言と承淵が仲良くなったのも、あのキャンプがきっかけだったかも。それに…」
「私だってそう。でも、仲良くなって、あの娘の才能を知って、でもそれ以上にあの娘の優しいところを一杯知ったわ…だから」
そこで、聞き入っていた(カン)沢の方へ向き直った。悲痛な眼だった。
「私がリタイアするときに、あの娘に長湖の副部長になれ、なんて言えなかった…確かにあの娘の才能なら、申し分はない…だけど、あの真面目で優しい伯言に、そんな重荷を背負わせたくなかったのよっ!」

513 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:52
日はすっかり落ち、何時しか、病室の電灯に明かりが灯っていた。時計は、5時半を少しまわっていたので、本来ならとっくに面会時間は過ぎていたはずだ。恐らくは、孫権が入ってくる時に職員に頼み込んだか何かしたのかもしれない。
そこには少女三人を中心に、沈黙があるだけだった。いったい最後の言葉から、どのくらいの時間が経っていたのだろう。その沈黙を突き破るように、(カン)沢は心なしか重くなったような、自分の口をようやく開いた。
「そうだったんですか…」
まるで独り言のように、そう言うのが精一杯だった。彼女の聡明さは、総てを聞かずとも、その真相を完全に解き明かしていた。
陸遜のことを大切に思っていたからこそ…その才能を知りながら…自分の後継者として申し分ないと思っていたからこそ、自分と同じ道を歩ませたくなかったのだ。
おそらくは自分と魯粛の跡目についた呂蒙の末路を聞き及び、その想いを一層強くしていたのだろう。
写真に写る、この笑顔を失わせたくないと思って。
孫権は当然として、おそらくは丁奉も、このときに言い含められていたのだろう。普段丁奉が陸遜のことを「仲のいい先輩」程度にしか言っていないのが、その証拠だ。
誰もがその実力を知る周瑜が皆の前で大げさに陸遜を避けて、その才能を大仰に過小評価しておけば、そんな辛い道へ引き込ませずに済む。陸遜もそんな周瑜の優しさを知って、あえて昼行灯を演じていたのかもしれない。思い返してみれば…。
「だからこそ、荊州攻略の後、かえって伯言は沈んでいたんですね…あなたを悲しませたことを、気に病んでいたから…あなたの心に反して、自分の名を高めてしまったと思ったからこそ」
だからこそ、しつこいくらいにへりくだって、それを呂蒙の功績として称えていたのだろう。
一瞬の沈黙をおいて、周瑜も口を開いた。
「…問題は他にもあるわ…ウチの娘達は、荒くればかりだと思えば、実は目敏い娘も結構いるでしょ? 子敬とか、あなたのように」
そう言って上げた周瑜の顔は、泣き腫らしたと見えて何時もの凛とした表情は何処にもない。
「そういった人たちが、あの娘の真の才能を見抜いてしまうのが怖かった。山越の連中との折衝云々にしても、本当は見事な外交手腕だと思っていた。でも、それをあえてひどい言葉で濁したのは、辛かったわ…でも子敬の場合、私のそんなところまで見抜いていたみたい」
ありうるかもしれない、と(カン)沢は思った。彼女の考えでは、長湖部で一番の目利きは、多分魯粛であろう。
ましてや魯粛は周瑜と仲が良い。気心の知れた友人の心の機微を読むとなれば、朝飯前だろう。
「だから子敬が、自分も伯言の名前を出さない、って言ってくれた時、正直ほっとした。子布先輩に仲翔、子瑜、元歎にすら、騙せ遂せたと思ってから」
確かに、一癖も二癖もあるが、張昭や虞翻、諸葛瑾に顧雍といった連中は、人を見る目は確かである。
もし周瑜が何もしていなければ、いずれその中の誰かしらが陸遜の類稀な才能に気づき、強く推挙したかも知れない。
特に、発言力の強い(というか、言い返せるものが居ない)張昭が言い出せば、即決定事項だ。
何も起こらないままなら陸遜は、以降もうだつのあがらない長湖部のいちマネージャーとして平凡に学園生活を送り、卒業していくのかもしれない。それが、周瑜や孫権の願いでもあったのだろう。
「だから…徳潤。あなたにも黙っていて欲しいの…御願いだから…あの娘に、そんな過酷な道を歩ませないで…」
その言葉の最後は、嗚咽に霞む。縋り付くように懇願する周瑜の姿に、(カン)沢は胸が締め付けられるようになった。
できるなら、彼女の懇願を受け入れ、自分も知らん顔をしていたいと、そう思った。これが普段の平穏な長湖部における、次期副部長を決めるとか言う話であれば、(カン)沢は一も二もなく、それを受け入れたことだろう。
でも、今は違う。多くの先人達の血と汗と涙で築きあげ、以降も陸遜がその一員として過ごしていくだろう長湖部存続の危機だ。その窮地を救える者もまた、彼女しか居ないのならば…彼女が、それを望んでいることを、知っているから。
(カン)沢は、周瑜の体をそっと立て直すと、その目を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「でも…それでも、今の長湖部には伯言の力が必要なんだと思います。あいつも言っていましたよ…あなたや他の先輩達が築き上げてきた長湖部を、失いたくないって…そのために、何も出来ない自分が悔しい…って」
「!」
「上手くいえないけど…あいつはあいつなりに、自分が何も出来ずにいる現状を、歯噛みしているんだと思いますよ…あなたや部長を、本当に大切な仲間だって…思っているから。それを、護りたいと思ってるから」
「徳潤…」
「だから…恨んでくれても構いません、公瑾さん、部長…あたしは、明日の会議で、伯言を推挙する。あの娘の決意を、無駄にしないためにも」
決意を秘めた視線が、二人の視線と交錯する。ここにいる彼女だけでなく、この場にはいない陸遜の想いさえも、その眼差しに込められているように思えた。孫権と周瑜は、一瞬視線を交わし、覚悟を決めたように頷いた。
「………………時がきた、ということかしらね。それが、あの娘の宿命だというなら」
「ボクの心も決まったよ…徳潤、キミの良いようにはからって頂戴」
悲しげに満ちた、決意の表情だった。
(カン)沢は、そんなふたりに対して、深々と一礼した。
その瞳から零れた一滴の涙は、まるで彼女の心の痛みをあらわしているかのようだった。

514 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:59
その翌日のこと。
会議はいまだ紛糾の様相を呈していた。先に停戦和議の為に赴いた程秉も、傅士仁・糜芳が関興によってぶちのめされる様を記録したビデオを上映しながら、劉備のドスが利いた「宣言」を聞かされたショックで寝込んでしまう始末だった。
いわゆる「文官系幹部」の中でも、肝っ玉の据わった程秉がそんな有様なのは、いかにそれが凄惨な有様だったかをよく物語っていた。和議が叶わないと言う事は、劉備の態度を鑑みれば帰順を申し入れても無駄だということと同義といっていい。
「まぁ、これで張昭大先輩お得意の"降伏ー!"は使えないわよね〜」
「聞こえてるわよ歩隲ッ! それどういう意味よ!」
「あ!い、いえ、これはただのジョークでして…」
「言って良い事と悪い事と、状況ってモンがあるでしょうが! だいったいねぇ……」
聞こえないくらいの小声で言った皮肉を聞き取られ、怒る張昭に慌てて弁明する歩隲を尻目に、それこそ誰にも聞こえないくらいか細い声で「言葉通りです」と顧雍が呟く。それを地獄耳で聞きつけた張昭は、今度は顧雍にも怒声を飛ばす。
まくし立てるうちに感情をヒートアップさせ、怒り心頭に達した張昭が歩隲と顧雍に飛び掛ろうとするに至って、流石に傍観していられなくなった諸葛瑾や陸績、虞翻等は張昭をなだめに入った。
その喧騒の外、孫権の後ろに侍立しながらその様子を困ったような苦笑いを浮かべて見ていたた谷利は、ふと、主・孫権に目をやった。
そんな喧騒さえ聞こえないかのように、孫権は俯いたままだった。
いまだ救出の目処が立ってない孫桓のこと、先にリタイアした甘寧のことなどが、彼女の心に重くのしかかって、不安で押しつぶされそうになっているのであろうか…。
孫権の悲痛に歪んだ表情と、何処か中空の一点を見つめて動かない瞳から、谷利はそんなことを考えていた。そこには、孫権第一の側近であると自負して憚らない彼女も知りえない感情があることなど、気付く筈もなく。
そのとき、不意に会議室のドアが開いた。おどろいた少女達の脳裏に、先日甘寧が入ってきたときの光景がオーバーラップする…が、そこに立っていたのは、本日大幅に遅刻してやってきた(カン)沢だった。
「なんでぇ諸君、あたしの顔になんかついてるかい?」
「なんだじゃないわよ! 貴女一体どこほっつき歩いてたのよ!?」
咎める張昭の口調は、先程からのテンションそのままに、その怒りを今度は(カン)沢に向けてきた。いつのまにか怒りの矛先が変わったことに胸をなでおろす歩隲と顧雍を他所に、その剣幕を気にした風もなく、彼女は飄々とした体を崩すことなく後ろ手に扉を閉め、部屋の中心に歩み出る。
「ヒデェなぁ子布先輩、あたしゃ一応、吉報ってヤツをお届けにきたのさ。ちょっとくらい大目に見てくれよなぁ」
「はぁ? 吉報ですって!?」
「あぁ。今もなお病床の身にありながら、部の行く末を案じて止まない公瑾大明神の有難いご神託だ」
公瑾、の名を聞いたとたん、満座の面々がお互いの顔を見合わせ、にわかに座はざわめく。俯いていた孫権がいつのまにか顔を上げ、ふたりの視線が交差する。(カン)沢は小さく頷くと、息を整えておもむろに口を開いた。
「どいつもコイツもあまりにも"人"ってヤツを見ていねぇ。確かに公瑾さんや子明とか、先日リタイアした興覇とか、こういう危難に頼りになる連中はどんどんいなくなっちまった。でも、そうして失ったものの大きさが解るくせに、残ったあたしらの中にとびっきりの大物が隠れていることに気づきもしない」
「馬鹿な事言わないで(カン)沢…それとも自分が、それに当たるとでも言うの!?」
「それこそ"馬鹿なこと"だよ。あたしがそんなんだったら、既に興覇の代わりに出撃(でて)るって」
「じゃあ貴女は…」
食って掛かる張昭を制し、孫権が割ってはいる。
「…言って、徳潤…キミの言う通り、その娘の力を用いるべき時が…来たのかもしれない」
幹部達は、その孫権の台詞に、一瞬怪訝なところを感じた。だが、真剣そのものの孫権の表情に並々ならぬ決意が現れているのを見て、先ほどの(カン)沢の発言に応えた揶揄程度のもの、と考えていた。居並ぶ幹部達の注目も集まる。(カン)沢は一度目を閉じ、一拍置いてから、口を開いた。
「それは他でもない…いま呂蒙の後釜として、臨時に陸口棟の指揮をとってる陸遜だよ」


(第三部に続く)
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ここまででようやく第二部。
何気に雪月華さまの作品のネタを引用させてもらっています…
この場をお借りして、お詫びいたします。できるなら、以降も容認していただければ…(おい

515 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:03
「風を継ぐ者」
-第三部 風を待った日-

一体どれほどの者か…と期待していた幹部達にとって、それはあまりに意外すぎる人物の名前だったに違いない。満座、呆気にとられて開いた口が塞がらない様子であったが、皆一様に「何を言ってるんだ、コイツは」と言う表情をしている。
ただ一人、孫権を除いては。
「なんですって!!」
「ちょっと徳潤、あんた正気なの!?」
「………………!!」
満座の沈黙が発する圧力をなんとか押しのけた張昭、歩隲、顧雍が同時に非難の声をあげる。もっとも、顧雍の声は相変わらず、聞き取れないほどだったが。
「元歎ですら、何か悪いものでも食べたの、って言いた気よ…徳潤、いくらなんでも悪い冗談は止めたほうがいいわ」
そんな諸葛瑾の一言に、顧雍は少しむくれた表情に変わる。実は顧雍は「熱でもあるの?」と言っていたのだ。その表情は、正確に聞き取ってくれ、という非難の意味合いであるらしい。
「冗談? 子瑜さんまでんなこと言うとは心外だな。冗談や酔狂でこんなこと言うかい?」
それを受けて、虞翻も続ける。
「そう聞こえたからだ。もし仮に、陸遜にそれだけの才能があったとしよう。でも、あの娘が公瑾に相手にもされてなかったことを知ってる者は多い…彼女と仲が良かった承淵ならまだしも、とてもじゃないがあそこにいる連中を統率できるとは思えない。舐められて戦う前に軍団が四分五裂が関の山だ」
「まぁ…あれはな、子敬ねぇさんや興覇にも原因があるんだけどな…それに、子明は常日頃から2つも年下の伯言を尊敬してた。陸口棟長に仕立てたのは計略のせいもあっただろうが、計略とはいえ本当にどうでもいいヤツを自分の代わりにするなんて、子明がするとも思えない」
「でも、あの娘はこんな血なまぐさいことに向かない優しい娘よ! 危険だわ!」
議論の俎上に上がった陸遜にとっては従姉妹に当たる陸績すらそんなことを言い出す。それを受けて幹部達も孫権に対し、口々に「危険だ」だとか「自殺行為はするべきでない」と声を挙げる。
その様子を見ながら頬を掻き、苛立つような仕草をしていた(カン)沢は、おもむろに息を吸い込み「やかましい!」と一喝した。
その瞬間、幹部達の口の動きは一斉に止まった。今まさに何か言おうとしていた張昭すら、それに面食らって口を噤んだほどだったので、よほどの剣幕であったことが伺えるだろう。
「危険は承知! どうせ負ければ長湖部は終わりだ! 失敗したら階級章と言わず、あたしの命もくれてやる! 満座の中で腹でも首でも、リクエストどおりにかっさばいてやるよ!」
眼をかっと見開き、物騒な宣言をしてのける(カン)沢の気迫に満座は呑まれた。いつも飄々とした(カン)沢しか知らない幹部達は、半ば呆気にとられているようにも見えた。
何しろ、普段表情の読み取り難い顧雍でさえ、それと解るくらいに目を見開いて、きょとんとした表情をしていたほどだ。
「…徳潤の言う通りだよ…どのみち、このままじゃ長湖部がなくなっちゃうだけ…」
そのやり取りを真剣な目で黙って見ていた孫権は、意を決したように言葉を紡ぐ。その顔は、真剣を通り越して既に悲痛な表情だった…だが、その真意を知るのは、この場に当人と(カン)沢しか居なかった。
孫権の顔が、不意に厳しい表情に変わる。
「ボクは、伯言に賭ける。谷利、伯言を呼んで来て…すぐにッ!」
「は、はいっ、ただ今!」
主の放つ聞きなれないトーンの声に吃驚した谷利は、矢の如く会議室を飛び出していった。
もっとも、指示通りに陸遜を伴って連れて来るまで、三回ほど帰ってきては、張昭に怒鳴られていたが。

「現時点を以って…陸遜、キミ…いえ、あなたを長湖部実働部隊の総司令官に任命します」
「…長湖部存亡の時、辞すべき理由はありません…大役、謹んでお受けいたします」
こんな日は、来て欲しくないと願っていた。
でも、荊州学区を力ずくで取り戻し、そのために呂蒙が不慮の事故でリタイアの憂き目にあったことで、陸遜自身にも何となく予感はあったのかもしれない。
前任者の魯粛、呂蒙の時の例に倣い、長湖部創始者たる孫堅が陣頭で用いた大将旗を孫権は、何処か釈然としない表情で、それでも整然と並ぶ幹部達の列の間に立つ陸遜へと手渡す。
「畏れながら、部長」
それを恭しく両手で受け取り、一礼した陸遜はそう切り出した。
「私は未だ名声無き弱輩の身…恐らくは、前線の諸将はただ私が出向いたところで容易に諾する事は無いでしょう。そして、鬼才・諸葛亮や名将・趙雲を欠くとはいえ、相手は強敵です。更なる大将の増援と、信頼できる副将を頂きたいと思います」
「承知します。副将には駱統と、既に前線に居る丁奉を命じ、部長権限において宋謙、徐盛、鮮于丹らに出陣命令を通達し、駱統以外の諸将には陸口棟にて合流の手筈としましょう。駱統、いいですね?」
「は、はいっ、畏まりました!」
幹部列の最後尾にいた、亜麻色のロングヘアーに青のリボンをあしらった、大人しめの少女が進み出て、緊張した面持ちで深々と一礼する。
その少女…駱統は綽名を公緒といい、陸遜とは同い年の親友であったが、お互いにその才能を認め尊敬し合う関係にある。早くから文理にその頭角を顕し、一年生ながら既に幹部会の末席を与えられている俊才である。
若手の中では、丁奉や朱桓の武に対して文の逸材として期待されている存在だ。温和な性格は先輩受けも良く、見た目に反して芯が強く弁も立ち、しかも合気道の達人でもある。腕っ節の強い荒くれを制するにはもってこいの人物だ。
「では以上にて、総司令官任命の式を終了とします…伯言、公緒、直ぐに出立して」

516 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:04
ところ変わって、陸口棟。
「何ですって? それ本当なの?」
「ええ…今通達が来ました。もうすぐ、到着するそうです」
陸遜、前線総司令の任に就く……その命令を受け、諸将は困惑の色を隠せない。
ただ一人、丁奉を除いては。
「部長も人が悪い…こんな時に新手の冗談を試さなくてもいいものを」
「あんな文学少女にこんな大役、勤まるわけないじゃん。部長も何考えてるんだか…」
仏頂面をさらに難しい顔に変える周泰、そして不満一杯の表情で毒吐く潘璋。陸遜に先立って棟の幹部室に来ていた宋謙や徐盛にとっても「とてもあの娘なんかじゃ…」というのが本音である。
長湖部に参画する数少ない文化部のひとつである軽音部のマネージャーで、賀斉の所属するビーチバレー部のマネージャーを兼任する陸遜は、経理の才能などは「そこそこできる」程度の認識はされていた。
だが当然ながら、そこからはとてもこの局面に総大将として用いるに足りる才能があるとは思われていなかった。
潘璋の揶揄も、普段から陸績と一緒に所構わず文庫小説を読み漁っている姿を目撃されていることに起因する。陸遜(と陸績)の「本の虫」ぶりはある意味では語り草になっているほどだった。
だが、丁奉だけは違う。去年赤壁島キャンプに紛れ込み、陸遜と仲良くなったことでその才覚をよく知っている彼女は、この局面をひっくり返せるだけの能力が、陸遜に備わっていることを信じて疑わない。
そのキャンプの後、周瑜にきつく言われていた彼女は、いつかうっかりそのことを話してしまった呂蒙以外にそのことを話していない。
「冗談じゃない…あの娘に止められるようなら、あたし達が既にやってるよ!」
「まぁまぁ…みんな、そこまでにしましょ。今までの印象はそうかもしれないけど、もしかした本当に何かあるのかもしれない…ここは、彼女の戦略方針を聞いてから判断しても、遅くは無いわ」
凌統をなだめ、最高学年として表面上取り繕ってみせる韓当にしてみても、不満の色は隠せない。諸将も彼女の顔を立て、渋々納得してみせたという顔つきだ。
そのことから見ても、此処での実質のまとめ役は韓当であることに間違いなく、韓当が陸遜の展望に不満を示せば、暴発は必至だろう。
しかし、丁奉はそれすらも、陸遜なら多分変えてしまえると確信していた。
恐らく、慎重な性格の陸遜なら、初めはいろいろ言われるかもしれない。その分、この戦いが終焉したときには、陸遜へ寄せる信頼や尊敬は揺ぎ無い物となるだろう。
(伯言先輩なら、きっと大丈夫…でも…本当にこれで良かったんですか?…部長、公瑾先輩…)
その一方で、丁奉はどこか、酷く寂しいモノを感じていた。
もう二度と戻らない、彼女達が願ったひとつの小さな幸せは、今ここに終わってしまったのだから。

「…という訳で、菲才ながら私、陸遜が此度の大役を任されることになりました。宜しく、御願いします」
諸将を幹部室に集め、命令文書を読み上げた陸遜は、手短にそう挨拶した。
丁奉、駱統以外の諸将の顔はなおも不満そのもの、韓当は「お手並み拝見」といった感じで、表面上は涼しい顔をしている。
「それでは、これからの戦略方針についてですが…公緒、近隣の地図を」
「はいっ、只今」
控えていた駱統が、あわただしくも手際良い動きで鞄から地図を取り出し、黒板に貼り付ける。そして陸遜の指示に従って、地図にマグネットの部隊マークを配置する。
赤のマグネットは帰宅部連合、青のマグネットは長湖部の布陣を表していた。
「現在、オウ亭を最終防衛ラインとして、既に韓当先輩が完璧な布陣を終えてくださいました。現状、この布陣において特に付け加えるべき点はございません。宋謙先輩、徐盛先輩は、それぞれ左翼、右翼の中核に配し、後は遊撃軍として、本陣に置きます」
それを聞くと、一部の者は明らかに小馬鹿にしたようにクスクスと笑った。「コイツ、やっぱりわかってないなぁ」といった感じのあからさまな嘲笑である。
「えと、お静かに。御意見がある方はお伺いします」
「では、僭越ながら一言、具申させて頂く」
座の中から、周泰が進み出た。
「先に出陣し、やむなく夷陵棟にて篭城を余儀なくされている孫桓殿と朱然殿のことだ。知っての通り、孫桓殿は部長の従姉妹であり、部長の一家の中では、もっとも部長の寵愛を受けている。その方の危難を一刻も早く救い、部長の心痛を安堵させることが重要と思われるが」
普段無口な周泰が、こうも饒舌になるのは珍しいことである。諸将も思わず、聞き入ってしまっていた。しかし陸遜は、気にした風も無く、彼女が言い終わるのを待ってから、おもむろに己の見解を述べる。
「確かに、それも重要です。しかしながら夷陵は堅牢な地であり、そこには非常食の蓄えなども十分との報告を頂いています。その上で、恐らくは若手随一の指揮能力をお持ちである孫桓さんと、実戦経験豊富な朱然さんがサポートについているのであれば、落ちる事はほぼ無いでしょう。むしろ、そこを包囲している帰宅部連合の精鋭を釘付けに出来ている意味では、現状のままにしておくのがベストです」
人物評価に誇張せず、その上で現状を踏まえた、これまた見事な答弁であった。この一言を吐いたのが周瑜や呂蒙であれば、諸将はみな感服して、大人しくその指示に従っただろう。
しかしながら、これまで歯牙にもかけていなかった一書生の意見、として諸将は見ている。ましてや、彼女等は先の敗戦の恥を雪ぐため、血気にはやる風をみせているだけに尚更であった。
「よって、現状で特に大きな変化が無い限り、我々も特に動いてみせることもありません。各員、指示があるまで防御を固めて待機といたします。軍議は、以上とします」

517 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:05
「馬鹿なことを!」
解散の指示を出そうとした刹那、諸将から一斉に不満の声があがる。誰も皆、満面に怒気を浮かべ、もし後ろに立てかけてある大将旗が無ければ今にも飛び掛ってきそうな勢いである。突然のこの勢いにおろおろする駱統を他所に、卓に着いたままの陸遜は、何の表情も無くそれを眺めている。
怒気を露に不満をぶちまける諸将を制し、今まで事態を静観していた韓当が進み出た。
「伯言…あえて、こう呼ばせてもらうわ」
本来なら総司令ともなれば、「都督」の尊称で呼ばなくてはならない。いくら相手が下級生といえども、例外ではないはずで、まして韓当であればそのあたりの礼儀をきちんと弁えている。
それがあえて綽名を呼び捨てるという行為に及んでいるあたり、彼女もかなり腹に据えかねているものがあるとわかる。
「ここに居るのは、皆一様に長湖部の命運を賭け、一身を顧みない覚悟でやってきている娘たちよ。ましてや私や幼平、文珪なんかは、緒戦の恥を雪ぐため、玉砕も辞さない覚悟で居る。特に計略も無く、待機せよなんて言われて、収まりがつくと思う?」
「お気持ちは解りますが先輩、良くお考えになってください。ここで私達が無策のまま玉砕覚悟で決戦を挑み、僥倖にも勝利を得ればそれで良いかもしれませんし、そのほうが簡単でしょう。しかし、敗北は破滅に直結します。こちらで我々が持ちこたえ、その間に相手の破綻を見出し、そこを突く事が出来れば一戦にして、より安全に勝利を得ることが出来ます」
「しかし、その間に劉備たちが兵を引けば?」
「ありえないことだとは思いますが、そうなればこれ以上ない幸運です」
その一言に、場はどよめく。駄目だ、コイツはといわんばかりの嘲笑もあがる。陸遜の表情は相変わらずだったが、傍に立っていた駱統と、意見の為に正面に立っていた韓当はその変化に気付いた。
何かメモを取ろうとしていたのか、持っていたボールペンが…いやその根元、陸遜の両拳が震えていた。
次の瞬間、ボールペンは派手な音を立てて真っ二つに折れ、陸遜の形相は夜叉の如く豹変した。
「お黙りなさいッ!」
卓を叩いて立ち上がり、そう叫んで凄まじい形相で睨み付ける少女の迫力の前に、呆気に取られた諸将は思わずそちらを振り向いた。普段の彼女を知るものであれば、尚更にそのギャップで固まっている。
キャンプ以来、陸遜と親しくしている丁奉も、親友である駱統も、陸遜のそんな表情を見るのは初めてのことだった。
「私は一書生の身ながら、此度大命を拝して部長に代わって貴女方に令を下す立場にあります! これ以上の"異論"に対しては、何者であろうと、この大将旗の元に処断し軍律を明らかとします!」
凛とした良く通る声と、毅然とした態度には「虎の威を借る狐」なんて形容は出て来そうにない。その迫力に不覚にも怯んだ諸将は、未だ釈然としない表情をしながら、静かに退出していった。
ただ、陸遜当人と駱統、そして韓当の三名を除いて。
机に叩きつけていた右の掌からは、既に血が滲んできていた。慌てた駱統が薬箱を取りに部屋を飛び出したところで、ようやく韓当が口を開いた。
「…あなたにも、あんな表情(かお)が出来たのね」
「……まだ何か、御用ですか?」
昂ぶった感情がいまだに収まらないのか、陸遜の表情は険しい。陸遜の警戒はまだ解けない…そう感じた韓当は、不意に表情を緩めた。
「正直、納得がいかないのは確かよ。あなたが去年の夏合宿の一件以来、公瑾に嫌われていたのを知らないわけじゃない。でも、この局面においてあえてあなたの名前が出てきたことを考えれば…公覆も徳謀も、去年の赤壁の時にあえて公瑾に歯向かってみせて大略を成し遂げたことを思い出したのよ」
「えっ…?」
「最後の最後になって、やっと私にもそのお鉢が回ってきた、と受け取るべきなのかしらね」
韓当は自分のポケットからハンカチを取り出し、彼女の右手にそれを巻いた。戸惑う陸遜だったが、彼女の真意を察して、ようやく表情を緩めた。
目の端には僅かに涙も滲んでいたが、それは掌の痛みからではない。
「…ごめんなさい、です。私みたいな娘が来たことで…」
「そんなこと、言うものじゃないわ。で、私は…何をすればいい?」
「このままで構いません。私に対して諸将が不満を抱きつづけ、先輩を中心にしてまとまりを持っている状態を見れば、劉備さんの油断を確実に誘えます。その後は…」
「…勝算は、あるのね?」
小さく頷く。その目には、己のプランに対する絶対的な自信と、確信があった。
「かつて関羽さんが使おうとした発煙筒と、"風"を使います。この時期、必ず吹いてくる、春を呼ぶ嵐を」
陸遜の告げた一言に、韓当は納得のいった表情で頷く。
「!…そういう事…解ったわ。なら私は、あなたの思惑通りに動いてみる。このことはもちろん、口外無用よね?」
「はい…ご迷惑をお掛けします」
「いいのよ。けど、本当に"来る"の?」
韓当は、当然の疑問をぶつけた。微妙なずれはあるが、この時期にもお決まりの自然現象が起こる。それが長湖部にとって、確実な"春を呼ぶもの"になるだろう。
しかし、自然というものは気まぐれである。人間の小賢しい頭でコントロールできるようなものでないことは、ウォータースポーツに勤しむ彼女等にとってはわかりきったことであるが…。
「雲の流れ、長湖の波の動きを見る限り、間違いないと思います。流石にこればかりは、孔明さんといえども手出しできないと思いますから…期日は、来月の頭」
「一週間か…永いわねぇ」
冬と春の微妙な境目にあるこの時期の、まだ多分に寒々とした色を湛える茜空を眺めながら、韓当はそう呟いた。

518 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:07
「陸遜? 誰や、ソイツは」
長湖部の総大将が代わった、と言う報告は、夷陵に程近い馬鞍山に仮設テントを張る帰宅部連合の本陣にも届いていた。その総大将の名を聞き、帰宅部連合総帥・劉備は首をかしげた。
この局面において、わざわざ総大将に抜擢するほどなのだから、それなりに出来た人物だとは思うのだが…幕中の帰宅部連合幹部達も、誰一人として知らないようだった。
「まぁ、だぁれも名前知らへんようなヤツなら、どうせ大したモンやないやろなぁ」
「そんなことありません! 孫権さんは、思い切った人選をしてきたようです」
本陣の大きなテントの幕を開けて飛び込んできたのは、南郡の実力者達の調略に動いていた馬良であった。
「お、季常やんか。いつ戻ったん?」
「たった今です。長湖の司令官が代わったと聞いて、慌てて戻ってきたんですが」
「へぇ…あんたが慌てるくらいなら、相当なモンなんやろな。でも、まったくそんな名前、聞いたことあらへんけど」
「確かに陸遜さんは、今までは長湖部のいちマネージャーでしかありませんでした。どういう経緯からかは存じませんが、周瑜さんからは随分と嫌われていたようです。そのために、あまり重用はされなかったそうですが」
「ふ〜ん…あ、そや思い出した。もしかして、ウチが長湖部に遊び行ったとき、そんな名前のヤツが公瑾はんの傍をウロチョロしとったかも知れへん。確か…こんな感じの娘やなかったかな?」
劉備ははっと思い出したように、手を打った。周瑜の謀略で長湖部に招待されたときに見た、周瑜に睨まれて退散していた気の弱そうな少女の顔が、彼女の脳裏に浮かんだ。
置いてあった紙の裏に、彼女が3年間の同人生活で培った画力は、そこに正確な陸遜の似顔絵を描いていく。それを見た馬良は、何時もながらの劉備の腕に感服し、頷いた。
「ええ、その娘です。私が江陵で面会した人相と一致します」
「そないなヤツなら、尚更大したこっちゃないんやないか?」
「いいえ、早くから山越高校との折衝術において長湖幹部でも彼女に一目置くものは多いです。そして何より、呂蒙さんは彼女の才覚を見抜き、実は荊州学区攻略の際の戦略は呂蒙さんの立案というより、陸遜さんの知嚢から出たものといっても、決して過言ではないのです。私にとっても、不覚でした」
「なんやて…!」
いままで軽く聞き流していた劉備だったが、それを聞いたとたんに、わずかに眦を吊り上げた。
「せや何か、その陸遜こそが、関さん追い落とした真犯人とちゃうねんか!?」
「そう考えても、宜しいかも知れません」
「何で早よそれを言わんのや! せやったら、即座に出てヒネリ潰したるモンを…」
「それは早計です。彼女の才能は、決して周瑜さん、呂蒙さんに劣りません…いえむしろ、この二人以上の強敵です。軽々しく出ては…」
「ふん! いくら能力がおっても、実際他の連中に舐められて、統率出来てへんゆうやないか。そんなん恐れるに足らんわい!」
興奮して息巻く劉備の姿に、もはや馬良にも止めるべき言葉が出てこない。劉備は今までの経験からしっかり相手の陣に間諜を放っており、敵陣の様子をうかがわせていたようだが、今回はそれが見事に裏目に出ているようだった。
その翌日、劉備の号令の元、先陣は長湖部の先陣近くまで移動した。しかし、相手の陣があまりにも静か過ぎ、挑発にも乗ってこない。流石の劉備も、相手の異常な静けさに不気味なモノを感じたらしい。
「ち…そっちがそのつもりなら、こっちも持久戦や。思いっきり威圧してくれて、ビビッて出てきたところを粉砕してやろやないか…!」
しかし、長湖部の陣はまったく動きを見せない。いや、正確には周泰、潘璋などといった血の気の多い連中が、時折陸遜のもとへ駆け込んで、ひと悶着起こしているという報告が入ってきている。
それにすっかり安心したのか、劉備は諸将の言葉を容れ、まだ春の遠いことを示す冷たい風を避ける場所へ陣を動かすことを許可した。
なんとも言えぬ不安を抱いた馬良は、たまらず劉備に進言した。
「今の陣立てにしてしまっては、敵に何かしらの計があった場合反応が鈍くなるのでは?」
「敵も寒いんは一緒や。せやったらこっちはそれをなるべく避け、鋭気を養おってコトや」
「それも一理ありますが…なにか嫌な予感がしてなりません。今、孔明さんが漢中アスレチックに出張ってきているそうなので、現状に対する意見を聞いておこうと思うのですが」
劉備はふっと、溜め息をついた。
「心配性やな、季常は。まぁええわ、孔明が近くにおるなら、近況を教えてやっといてもええかもな」
「ありがとうございます」
一例をして退出した馬良は、地図に敵味方の陣立てを書き込み、なにやら一筆したためるとそれ一式を封筒に詰め、呼びつけた少女にそれを手渡した。
「一刻も早く、孔明に届けて。なんだか嫌な予感がする」
「はい」
そのやり取りは、まさに陸遜が決行を予言した、その当日の出来事であった。
風はないが、雲の流れは速い。同じ空を陸口の空から眺めていた陸遜は、力強く頷いた。
「公緒、皆を呼んで。かねてからの計画を実行にうつす時が来たわ」
傍らの駱統に振り向いたその表情は、自信に満ちながらも、微塵の油断もない。長湖部の命運を背負って立つ、総大将としての威厳が、そこにあった。

519 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:13
なんだかミョーな歌を大音響でたれ流しながら、漢中アスレチックの管理人棟の一室にソイツはいた。
目鼻の整った顔、軽くウェーブのかかったセミロングの髪、そして白衣をまとった上からでもわかる、高校生離れしたプロポーション。
黙ってさえいればほとんどの人間が「美人」と呼ぶだろうその人は、しかして蒼天学園"最凶"の名をほしいままにする奇人、帰宅部連合ナンバー2の鬼才・諸葛亮、綽名を孔明である。
彼女の趣味でその部屋に取り付けられた、部屋の殺風景さから見るとどう考えても不似合いな、豪華なダブル・ベッドに寝転びながら、その脇に山と積まれたアニメ雑誌、ゲーム雑誌の類を貪るように読んでいた。
恐らくは、次のイベントで描く同人誌のネタを、そこから探しているのだろう。既存の人気作品にこだわらず、常に新しいところから読者のニーズに応える作品を生み出す…これが、彼女や劉備のポリシーでもある…と、考えているのは恐らく当人だけではなかろうか。
そんな彼女の一時をぶち壊しにしたのは、前線からやってきた一通の封筒だった。
「ふむふむ、これはまいすてでぃ・季常からのラブレターというわけだな。我輩との関係であれば、メールのひとつでも事足りるというのに…」
やれやれ、と肩を竦めて、少女から封筒を受け取る。先ずは、手紙に目を通す。手紙にいわく。
 長湖部の総大将は陸遜が抜擢されている。
 長湖諸将は弱輩の彼女を侮っており、我が総帥以下殆どの者がまるで無警戒の状態だ。
 恐らくは、これこそが彼女の狙いだと思われる。
 乞う、総帥は君の忠告にならば耳を貸すかもしれない。
 あわせて、敵味方の現状の陣図も送る。
そのとき、諸葛亮の顔が一変する。封筒から乱暴に地図を引っ張り出し、広げ…
「……何よ、これ…っ」
諸葛亮の顔が、これとわかるくらいに青ざめた。
「マズい、これはマズすぎる! 一体何処のどいつよ、こんな陣立て献策した大馬鹿は!」
「え?…えっとこれは、総帥自らのご立案で…」
その言葉を聞いていたのかいないのか、諸葛亮は窓から劉備たちのいるあたりを眺めた。雲の流れが速い。その向きを見れば、長湖部の陣から劉備たちのいる陣に向けて流れている。その顔は何時になく真面目で、悲嘆の色が伺える。
「これでは…あぁ、我等の大望も、此処までなのかもしれない」
「え…あの、孔明さん…どうしてそんなコトを仰るんですか? 見たところ、相手は与し易く…」
「そこが大問題なのよ。私が長湖部に遊びに行ってたとき、あの娘に直に会って、その人となりはよく知ってるわ…確かに彼女は一見周瑜に詰られるだけのつまんない娘に見える…けど、あれは多分見せかけだわ。あの娘が山越折衝で開花させた能力は本物よ」
先程の諸葛亮の絶叫を耳にしたのか、彼女にくっついて漢中に来ていた楊儀が口をはさむ。
「あたしにはそんな、大騒ぎするような娘には思えませんけどねぇ…荊州の一件だって、ほとんどは呂蒙の手柄でしょ?」
「理由は知らないけど、そう見せかけているだけよ。あの娘はもう多分、行動を開始している。恐らくは一部の連中が陸遜の考えを読み取って、あえて陣内に不和を掻き立てているかもしれない。それに、この陣立て、相手がこれから来る"モノ"を戦略に練りこんでいたなら、多分一人として無事に戻ってこれない…今から止めに行っても、多分手遅れだわ」
そこまで言われて、楊儀も気付いた。
「まさか…今年の春一番」
「それに雲長さんが緊急連絡用に残した大量の発煙筒…多分、気づいてるでしょうね」
かつて関羽が荊州学区に君臨していた頃、彼女は陸口に詰めていた呂蒙の侵攻を警戒し、狼煙による連絡網を完備していた。その設備がそっくり、長湖部に接収されていることは、想像に難くない。
それに発煙筒の使い道は、連絡のためだけではない。数が集まれば、立派な目くらましになる。長湖部は風上から風下に攻めれば煙の影響を受けにくいので、有利になるのだ。
そこまでいわれ、連絡係を仰せつかった少女は、ようやく事の重大さに気付いた。
「…そんな…じゃあもし、私が戻ったときに本陣が崩れていたら」
「戻る必要はないわ…多分、今から戻っても無駄。あなたはすぐに江州棟の子龍のトコへいって、玄徳様を迎えに行くように指示して」
「で、でも、相手がそこまで追って来たら」
「大丈夫。多分、それ以上は踏み込んでこれない…それどころか、上手くいけば頭痛の種がひとつ消える」
「え? どうして?」
妙に確信に満ちた顔で、諸葛亮は笑みを浮かべる。その顔には、いつのまにか普段の表情が戻り…そしていかにも絵に描いたような、悪代官の笑みを浮かべていた。
「そのときが来れば解る…ニヤソ」
釈然としない少女だったが、不意にまた真面目な顔に戻った諸葛亮に命令書を託され、少女は自転車に飛び乗ると江州棟を目指した。日は大きく西に傾いている。
ふと、劉備の陣の方向を見ると、うっすらと黒煙があがっているのが見える。事態の異常さを再確認した少女は、自転車をこぐスピードをあげていた。皮肉なことに、吹き始めた強烈な春一番が、彼女の助けとなった。

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ここまでが、現時点で推敲が終わった部分です。六部構成の前半部分が丁度終わってますね。
何気にここから玉川様の「春の嵐」へ読み継いで貰った方が無難かも…

実は三部の主役は、陸遜と見せかけて韓当とかいうウワサ(w

520 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:30
-覇者と英雄(1/4)-

「あら、おいしい」
袁紹が少し驚いたように箸を止めた。
世界有数の名門、袁ファミリーお抱えの料理人の手によるものである。不味いわけがない。ないのだが……
「なかなか上質の和牛が手に入りましたもので……」
慇懃に料理人が頭を下げる。
袁ファミリーの厨房を預かる人間をして『上質』と言わしめるその素材の味はいかばかりか。
もちろん値段も庶民的なものではないであろう。
「ふ、ん」
袁紹は少し感心したように皿の上の料理を見た。
料理人のセンスをうかがわせる上品なもりつけに袁紹好みの薄味。
不意に袁紹は箸を置いて立ち上がった。
「え、袁紹様。なにかお気に召さないことでも……?」
狼狽する料理人に袁紹は大輪の笑顔を見せる。
「その逆。すごくおいしい。すごくおいしいから……」
袁紹は言葉を切り、傍らに控える張コウに声をかけた。
「車を出してちょうだい。曹操にこれを食べさせてやりたくなったから」

曹操と袁紹が対立を始めて久しい。
学園最大手新聞『蒼天通信』を掌握した曹操と冀州校区の覇者でありまさに最強の勢力を誇る袁紹。
その対立こそ学園の事実上の最高峰へと登る道であった。

521 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:31
-覇者と英雄(2/4)-

「も、孟徳ッ!」
「……う、にゃあ!?」
夢の中で泣きながら電子レンジの塩焼きを食べることを強制されていた曹操はその慌てたような声に叩き起こされた。
時計を見る。
……布団にはいってから1時間ほどである。
曹操は恨めしげに自分を叩き起こした隻眼の少女……夏侯惇にいった。
「いい夢見てたのに……それに寝てから1時間って起こされると一番つらいんだけど……」
本当に『いい夢』だったのかはよく思い出せないが。
「ばッ……! それどころじゃない! 袁紹が今、本陣のすぐそばまでやってきてるんだッ!」
「……ふぇ?」
曹操はぼ〜っと瞬きをした。

「久しぶり」
夜闇を照らす月明かりの中の袁紹の笑顔に曹操は苦笑する。
袁紹が今、いるのは自分の陣の前だ。
今、自分が『かかれ』と一言言えばいかに袁紹といえどもひとたまりもないだろう。
現に曹操側の面々は曹操のその『ヒトコト』を待ってじりじりしている様子が見て取れる。
今は敵味方に別れてはいるが曹操と袁紹は幼馴染だった。袁紹のその口調はまったくその当時のままだった。
今のこんな現状でも昔のままでいる袁紹を曹操はほんのちょっとだけすごいと思った。
「今日はうちの料理人がいい素材、手に入れたんでね。おすそ分け」
曹操は不審を顔に浮かべた。
「まさか電子レンジ?」
「……は?」
「いや、なんでもない。忘れて」
袁紹はなにを言っているのかわからない、という顔をしばらくしていたがすぐに肩をすくめてぱちん、と指を鳴らす。
曹操側の面々が『おぉ〜』と控えめな歓声を上げた。
「おすそ分け……昔はよくやったでしょ」
袁紹はくすり、と笑う。

522 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:32
-覇者と英雄(3/4)-

運び込まれる肉の塊をちら、と横目で見て曹操は袁紹になんとなく、の疑問をぶつけた。
「袁紹は私が憎くないの?」
月が雲に隠れ、完全な闇があたりを包み込む。
一瞬の無言。
そして……
「……ぷっ」
袁紹の吹き出すような声。
「なッ……まじめに聞いたんだぞー!」
「ごめんごめん」
そう言いながらも袁紹はおかしそうに目じりをぬぐいながら……
「バカね、孟徳。あなたのことが憎いわけなんかない」

曹操はその言葉に衝撃を受けたように黙り込む。
その様子に気付いているのか気付いていないのか、袁紹は微笑みながら言葉を継いだ。
「私は次期蒼天会長になる。そして孟徳、あなたは私が誤ったらそれを正しい方向へと導く大事な人間。憎むはずがないじゃない」
「じゃあ……今は……」
呆然と声を震わせながら曹操が問いを口に乗せる。
「そうね……」
袁紹が少し考えこみ……そして悪戯っぽく微笑んだ。
「かわいい部下との武力を使ったレクリエーション、ってところかしら」
曹操は完全に黙り込んだ。
そして袁紹がその場を立ち去るまで身動き一つしなかった。

523 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:35
-覇者と英雄(4/4)-

曹操は夜闇の中、立ち尽くす。
「孟徳……夜風は体に悪い。風邪を引くぞ」
夏侯惇の言葉に……曹操は火がついたように……
苛烈に地団太を踏んだ。
「う、うああああああああッ!」
獣のような声を上げ、あたりかまわず殴りつけようとする曹操を……
「やめろ、孟徳!」
少し驚いたように、しかし慌てずに夏侯惇が曹操を背中から抱きすくめ止める。
曹操は……人目をはばからずに泣いていた。
泣き、わめいても発散できないストレスを押さえつけるように暴れた。
「元譲……私、いったん許に帰るから……蒼天会長にいろいろ報告もあるし」
曹操は夏侯惇に抱きかかえられたまましゃくりあげながらそれでもしっかりと言葉を刻んだ。
「再び私がカントに帰ってきたとき、本初お姉ちゃんを全力でつぶす」

「袁紹様、よかったのですか?」
張コウが車内で袁紹に声をかけた。
袁紹は、曹操とあったことで明らかに憔悴していた。
(無理もない)
張コウは心の中でそう思う。
袁紹が生まれついての『覇者』なら曹操も生まれついての『英雄』だ。
むしろあの曹操を相手に内心はともかくまったく表情を変えなかった自分の主君を誇りに思った。
「……張コウ」
袁紹は目を閉じながらがぐったりと口を開く。
「私は孟徳との勝負に勝つかもしれない。負けるかもしれない」
張コウが口を開こうとするのを手で制し、袁紹はそのまま言葉を紡ぐ。
「もし私が負けたら蒼天学園は孟徳のものよ……でも長湖部をはじめとしてまだまだたくさん敵はいる」
張コウは黙って袁紹の言葉を聴く。
「あなたは顔良、文醜すらがリタイアしたこの戦いで生き残っている。これからも生き残りなさい。そして孟徳軍の要になりなさい」
目を閉じ、月明かりに身を任す。
張コウはその主君の横顔を見つめ、そしてハンドルを握りなおした。

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というわけではじめてこういう形式のbbsにカキコして、しかもはじめてのSS投稿です。
泣きそうです。泣きませんけど(ぇー
大目に見ながら宍道湖くらい広い気持ち(中途半端)で読んでやってください。
お目汚し失礼いたしました。

524 名前:★惟新:2005/01/26(水) 07:34
むしろ田沢湖並の深さでキュンキュンしてしまいました(;´Д`)ハァハァ
軽妙な流れの中、グッと引き締まる、宿敵となった幼馴染同士!
二人とも優れていればこその複雑な心境…くぅ!
それにしても袁紹さまの大物っぷりにやられました〜(=´∇`=)

525 名前:北畠蒼陽:2005/01/26(水) 14:49
>惟新様
ぇ〜、こんなモノに過大な評価、光栄の至りです。
またなんか思いついたら投下しますねー。

526 名前:北畠蒼陽:2005/01/26(水) 23:16
-或る少女の最後の日-

「うふふっふ〜♪」
少女はうかれていた。
子供の頃からずっといじめられてきた自分が今、この場に立っていることが信じられなかった。
自分は一生、地虫のようにはいつくばって生きていかなければならないのだと思っていた。
それが……
今の状態はどうだ!
これだけの戦功を打ちたて!
あの才能の塊のような少女を出し抜いた!
この自分が、だ!
それがなによりも嬉しく、だからこそ少女は有頂天になっていた。
「や、やっと荊州校区に錦が飾れるかな」
少女の名前は昜士載。漢中アスレチック攻略戦の最大の功労者であり……

……そしてこれから悲惨な末路をたどる、そんな少女。

「おきろ、田舎モノ」
「……へ?」
いつの間にか寝入ってしまったのだろう、昜を起こしたのは冷たい声だった。
「え……? 鍾会、さん?」
冷たく自分を見下ろすその少女と少女が引き連れる部下たちに周りを囲まれている状況に昜は目を白黒させた。
鐘会士季。
生徒会の大功労者、鍾ヨウ元常の実の妹にして生徒会の次代を担う、と期待される逸材。
子供の頃からずっといじめられてきた昜とは正反対の陽光のあたる場所をずっと歩いてきた才能の塊。
そしてともに漢中アスレチック攻略戦を任された戦友……

だったはずだった……

パシッ!
鋭い音が室内に響く。
昜はなにが起こったのか理解できないような顔をする。
事実、彼女にはなにが起こったのかわからなかった。
いや、なにが起こったのかはわかったがなぜそうなったのかがわからなかった。
鐘会が昜の頬を打ったのだ。
「え……あ、え? 鐘会、さん?」
「うるさいぞ、田舎モノ。私の名前を呼ぶな、汚らわしい」
鐘会の冷たい言葉に昜は魂が抜けたように黙り込む。
なぜこんなことになったのか……
少なくとも攻略に挑む前はこんなことは言われなかった。
昜の言葉も認めてくれたし、だから昜も彼女のことが嫌いではなかった。
なのに、なぜ……
「昜士載、生徒会からの辞令だ。あんたのどもりはうざいから階級章剥奪とする」
鐘会が昜の目の前に紙を突きつける。
確かにそれは昜の階級章剥奪の辞令だった。
もっとも反乱を企てたことによる命令であり、決してどもりが理由ではなかったが。
「そ、そ、そんなこと考えてません! 鐘会さん、お、お願いです! 生徒会に抗弁の機会をください!」
しかし鐘会はその昜を鼻で笑う。

「バカか、あんたは。抗弁なんかさせたらあんたが反乱を企ててないことがばれるだろうが」
なにを言われたのかわからなかった。
わかりたくなかったのかもしれない。
「い、今、なんと……?」
「田舎モノは理解も遅いなぁ」
鐘会が酷薄な笑みを浮かべる。
普段は小悪魔的な少女であるだけに凄みがある。
「つまり、ね」
鐘会が昜の階級章に指をかけながら優しく諭すように言う。
「私よりも才能のある人間は許さない!」
昜はもう疲れたような表情をして鐘会のほうを見ることしか出来なかった。
「鐘会さん、わ、私は……あなたのこと、ダイスキだったんですよ……」
「奇遇ね、昜。私もあなたのこと好きだったわ。この漢中アスレチックであなたがそんな煌くものをひけらかさなければもっと好きでいられたのにね」
ぴっ……
音を立てて昜の胸から階級章がはずされた。

-------------------------------------------------------
完全に救われない話を書いてみました。
いや、鐘会・イン・ザ・ダークはこんな感じじゃないかな〜、と。
鐘会ファンのみなさん、ごめんなさい ><
でも頭の中で考えてた段階では昜のこと足蹴にしてたんです ><

527 名前:海月 亮:2005/01/26(水) 23:58
>北畠蒼陽様
お初にお目にかかります、半年ほど前から入り浸って、このサイトで狼藉の限りを尽くしている海月という者です。
考えてみれば1/20の時点で、SSスレに最期の投稿やらかしてたのは私だったから、本来は私が一番最初に気づいていなければいけなかったとか何とか…
_| ̄|○無礼の段、何卒お許しを。

っと、昜&鍾会ですな。
私めも鍾会なら他人を足蹴にすることくらいなんとも思ってないとは思ってましたが…。
救われないなぁ…昜。

さすれば私めもひとつ。祭のテンションを引きずる形で、長湖部・東興戦役SSを放り込んでおきますね。

528 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:00
-東興・冬の陣-(1)

「左回廊、弾幕薄いよ! 何やってんの!」
トランシーバーを左手に、蒼天学園公認のモデルガンを右手に、長身の少女が檄を飛ばす。
小さなお下げを作った黒髪を振り乱しながら、窓の外へモデルガンを乱射しつつ指示を飛ばすその少女の名は留略という。長湖水泳部の現部長・留賛の妹である。
長湖部次期部長選抜に伴う内輪もめ…後に「二宮の変」と呼ばれる事件を経て、孫権が引退した直後の混乱を突いた蒼天会の大侵攻作戦が実行に移されたのだ。それを、前線基地である東興棟で留略と、先に引退した全Nの妹・全端がその猛攻を食い止めている状態だ。
その形式は、蒼天会お得意のサバイバルゲーム形式。数だけでなく、その形式では戦闘経験も武器の質も勝る蒼天会にとって有利であったが、それでも留略達は地の利を活かしてぎりぎりで食い止めていた。
「主将! 向こうのほうが火力も上です! もう保ちませんよぅ!」
「泣き言なんて聞きたかないね! なんとかおしッ!」
隣りの少女の泣きそうな叫び声に叱咤を返し、空いた手にモデルガンをもう一丁構えた留略はそれも眼下の敵軍に打ち込んでいく。
留略とて不安でないわけではない。何しろ、ここを取り囲んでいる大軍とて、相手の先手に過ぎない。その背後には、名将で知られる諸葛誕の率いる第二陣が控えている。同時に南郡も王昶を総大将とする軍の大攻勢を受けており、近隣からの応援は期待できそうにない。
援軍として進発した長湖副部長・諸葛恪や水泳部副部長・丁奉らの到着が遅れたら…最悪のシナリオを頭から振り払うかのように、留略は叫んだ。
「皆ッ、元遜さん達が来るまでの辛抱だ! ここが踏ん張り所だよっ!」
不利な戦線を懸命に守り抜こうとする少女達への激励は、何よりもむしろ、挫けそうな自分に対する叱咤のようにも聞こえていたに違いない。
(正明姉さん…承淵…御願いだから早く来てぇ〜!)
それが偽らざる、今の留略の本心である。

「奇襲をかけろ、と?」
「ええ」
出陣を目前にして、総大将・諸葛恪に意見する少女が一人。狐色の髪をポニーテールに結った小柄な少女は、長湖部の最高実力者であるクセ毛の少女に、臆面も無く告げた。
「確かにあなたの威名は、蒼天会にもよく知られています。さらに王昶、胡遵らの輩はあなたに及ばず、あなたの親戚の諸葛誕さんも、才覚としてはあなたに一歩譲るところがあり、良く対抗できるものはいないでしょう」
少女の言葉に、諸葛恪は思わず顔を綻ばせた。諸葛恪というこの少女、確かに智謀機略に優れ、長湖部にも右に出るものが無いほどの天才である。しかし、やや性格に難があり、自信過剰で不遜な一面がある。
少女は諸葛恪のそうした性格を良く熟知しているらしく、先ずはその顔を立てて見せ、そしておもむろに思うところを述べた。
「しかしながら、相手は許昌、洛陽に詰めているほぼ全軍とも言える大軍を投入しています。負けることは無くとも、相当の苦戦は免れません。ここは機先を制し、我々の威を示すことが、戦略の妙かと思われます」
「ふふ…その言葉、尤もだわ。ならばあなた達水泳部員に先鋒軍を任せるわ。存分にやって頂戴、承淵」
「畏まりました」
上機嫌の諸葛恪の言葉に、恭しく礼をすると、その少女…丁奉は、本営のテントを退出した。
すると、そこには松葉杖をついたセミロングの少女が待っていた。
「承淵、首尾はどう?」
「バッチリですよ。季文にも教えて下さい、すぐに出ますよ正明部長」
「流石だわ」
にっと笑って見せる丁奉に、セミロングの少女…現水泳部長・留賛も笑顔で返した。
「で、先輩にも御願いがあります。あたしは集めた決死隊の連中引き連れて先に行くので、他の娘達と一緒に後で来て下さい」
「ちょ…どういう事よ?」
留賛はその言葉にちょっと気分を害した様子だった。
留賛はかつて初等部にいた頃、黄巾党の反乱に巻き込まれ、反抗的な態度をとった見せしめとして片足に大怪我を負い、後遺症で今でも杖無しで歩くことはままならない。それゆえ、水泳に青春をかけたことで知られている。
そのことを馬鹿にされたと思ったのだろう。しかし、
「いえ、あたしが先行して敵の目を惹きつけます。その間に、先輩達には蒼天会の連中が作り始めてる浮橋を始末して頂きたいと思いまして。アレを壊せば、勝敗の帰趨は決まると思いますから」
留賛はつまらない邪推をしたことに気付き、それを恥じた。だが、それでもなお、納得のいかない表情で、
「あ…で、でもアンタの子飼いだけじゃ、いくらなんでも兵力差があり過ぎるわ…危険よ」
「相手の先鋒は韓綜だって聞きました。アイツなら、寡兵で行けば相手にもしませんよ。その隙を突けばいくらでも時間は稼げます。任せといて下さいよ!」
自身満々の表情で言う少女に、その少女の経歴を知らないものなら危ぶんで止めに入るところである。
しかし、留賛は知っている。目の前の少女は、高校二年生にして、既に課外活動五年目に入ろうというベテラン中のベテランであるということを。
「ん…解った。妹のこと、宜しくね」
「はい!」
留賛がその肩に手を置いてやると、その小柄な少女は元気のいい笑顔で応えた。

529 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:01
-東興・冬の陣-(2)

そのやり取りから三十分ほど後、丁奉率いる奇襲部隊は、東興棟を対岸に臨む地点へ到達した。遠目に、未だ東興守備を任された少女達の奮戦も見て取れる。
「間に合ったみたいです、主将!」
「お〜、流石は略ちゃんだよ〜。頑張ってるわね〜」
三十に満たない人数の先頭に立ち、丁奉は感心したようにそう言った。
「感心してる場合じゃないですよ主将。それに、この人数で奇襲をかけるってもどうするつもりなんですか? 向こう、少なく見積もってもうち等の十倍は居ますよ?」
彼女達長湖部員が本陣を置く揚州学区では、校舎の棟と棟の間は幾つものクリークに分断されており、普段の移動には船やボートを利用するのが普通である。
まぁ中には、泳いで棟移動するツワモノもいるにはいるのだが…今は二月である。はっきり言って、この時期の渡河は命がけだ。この先遣隊を率いる丁奉も、かつてこの時期の渡河で死にかけた事があった。
だが…
「決まってるじゃん、泳いで渡るんだよ」
「うげ……………やっぱり」
あっけらかんと言い放つ丁奉に、少女達はげんなりした様子でうなだれた。
「ボートなんかで渡ったら狙い撃ちだからね〜、水の中なら治外法権よ?」
「いや、それはそうですけど…主将アンタ、いっぺん死にかけたこと忘れたんですか?」
そう言った少女も、又聞きの話なので大袈裟な表現ではなかったか、とも思っていた。だが、冬だけは熱帯から寒帯に気候が激変する長湖周辺である。
現に今、気温は10℃を割っている。水に入ったときはいいとして、上がった途端に地獄を見るのは容易に想像できた。
「あのときはあのときだよ。それに何のために、下に水着着て来てって言ったと思ってるの? まさか、気合入れるためとかそんなことだと思ってた?」
いや、むしろそうであって欲しかった…それが少女達の正直な感想だった。
うなだれる少女達を見て、丁奉は怒気を露に言い放った。
「こうしている間にも略ちゃん達は追い詰められてるんだよ!? 皆だってあの娘を助ける為に決死隊に参加したんじゃない! …もういいよっ、あたし一人で行くから!」
言うが早いかジャージの上下を脱ぎ捨て、いわゆる"競スク"一枚になった彼女は、傍らの少女から愛用の大木刀を引っ手繰ると、凍るような河へ飛び込み対岸へ向けて泳ぎ始めた。
「あ〜あ、行っちゃったよ…どうする?」
「どうするも何も、主将一人で行かせる訳にもいかないでしょうが」
「仕方ないなぁ…あたし達も行くよ、主将に遅れるな!」
主将の姿を眺め、少女達も意を決したように頷くと、各々ジャージを脱ぎ捨て水着一枚になると、次々と獲物を手に河へと飛び込んでいった。

その頃、対岸では…
「主将、対岸に敵の応援部隊が現れました! 数はおよそ三十!」
「…は?」
その報告に、寄せ手の先鋒を任された韓綜は首を傾げた。
この韓綜、長湖部の立ち上げからその重鎮として名を馳せた烈女・韓当の実の妹であり、元々は彼女も長湖部の幹部候補として優遇されていた少女である。
だが、生真面目で礼儀正しい人格者の姉と異なり、この妹は放蕩に耽り品行も悪く、自分を常にかばってくれた姉の引退後、わが身に危険を感じて蒼天会に寝返りを打ち、以来隣接する長湖部の勢力範囲内で散々悪行を重ねていた。それゆえ、前部長・孫権を筆頭とする長湖部員全員から恨みを買っていた。
「うちらの十分の一にも満たないわね…てゆーか、どうやって渡ってくるつもりかしら?」
「えっと…物見の報告では、何でも河に次々飛び込んでるらしいんですよ」
「マジ? ……あ、ホントだ」
韓綜は双眼鏡を手にとると、その光景を確認して唖然とした。そして、心底呆れたように、
「どうしようもないアホも居るモンねぇ。冬の長湖で寒中水泳なんて、正気の沙汰じゃないわね」
「どうします主将? もし泳ぎ着けば、ここを強襲されそうですが…」
「…放っといていいんじゃない? あんな自殺行為して、もしここまで辿り着いてもマトモに動けないでしょうし…来たところで数も少ないし、せいぜい好きにやらせときなさいな」
「それもそうですね」
そうやって取り巻きと時々その様子を眺めては嘲笑し、その姿が水面から消えると、その侮蔑の笑い声はさらに大きくなった。
韓綜以下、これが命取りになろうとは、誰も想像できなかったに違いない。

530 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:03
-東興・冬の陣-(3)

対岸からここまでゆうに300メートルある。先に報告が入ってから僅か3分で、丁奉率いる先遣隊は韓綜のいる辺りに上陸を果たした。
対岸まで数十メートルというところで少女達はわざと水中に身を隠し、その恐るべき肺活量でまったく水面へ顔を出すことなく、残りを泳ぎきったのだ。
「ぷはっ…よ〜し、到着〜」
丁奉の能天気な声とともに、冷たい河の流れの中で潜泳を敢行した少女達が、一度に顔を出した。
その水音に驚いた韓綜達を尻目に、一番に河から上がった丁奉は、唖然とした蒼天会軍の少女達の目の前で、まるで子犬のように顔を震わせると、満面の笑顔で小さく手を振りながら、
「は〜い、お元気ぃ?」
と、やってみせた。目の前の少女達は、呆気に取られてぽかんとそれを眺めていた。
「う、ノリ悪いなぁ…挨拶は?」
「駄目ですよ主将〜、韓綜程度のバカにそんなユーモア通じませんって」
「そ、そ。コイツ等、オツムの血の巡り悪いから」
「むぅ…それもそうか」
続々と泳ぎ着いた少女達が、ちょっとむっとした丁奉にそんなことを言った。
「…はッ! て、敵しゅ…」
「遅いッ!」
正気に戻ったが早いか、少女は叫ぼうとした。その刹那の間に、木刀を構えた丁奉が駆け抜けざまに次々と少女達を打ち据え、昏倒させていく。
北辰一刀流の極意、"仏捨刀"である。
夷陵回廊戦で垣間見せた見様見真似の剣技は、その後に水泳の片手間に入門した剣術道場での修行の成果があって、二年経った現在では見違えるほど洗練されていた。
「皆、主将に続けッ! 寒けりゃその分動き回りゃいいんだよっ!」
「応よ!」
丘へ上がってきた少女達も、獲物を手に取り、四方八方の敵を打ち崩していく。蒼天会先鋒軍は、瞬く間に恐慌を来たし、大混乱に陥った。
そして、恐怖にかられ逃げようとする韓綜の前に、丁奉が立ちふさがった。
「あなただけは許さないから…覚悟しろ、この裏切り者ッ!」
「く、くそッ! 承淵の分際でぇ!」
「あなた如きに分際呼ばわりされる義理はないわよッ!」
丁奉は韓綜の繰り出した一撃を無造作に弾き飛ばすと、先ず肩口に強烈な一撃を見舞う。さらに間髪入れず、逆風に放たれた太刀を左脇腹に叩き込むと、韓綜は呻き声を上げることなくその場に崩れ落ちた。

蒼天会の軍勢をあらかた追い散らし、戦況も落ち着いてきたその時。
「…あ、お〜い、正明せんぱ〜いっ!」
ノーテンキな笑顔でぶんぶんと手を振る丁奉の姿を認めた留賛は、一瞬呆気に取られた。と同時に、丁奉が何を仕出かしたかを理解した。
早足をするかのように杖をつき、そちらへ向かっていくと…
「くぉのおバカ! この寒い時期になんつーカッコしとるんじゃあ!」
ごきん!
「あうっ!」
ややフック気味に振り下ろした拳骨を、その狐色髪の天辺に叩き込んだ。
「…う〜…痛いですぅ〜…時間稼ぎはちゃんと成功したじゃないですかぁ…」
「やかましい! 皆にまで迷惑かけやがって…そういう馬鹿にはこうしてやるッ!」
「あうぅぅ! なんでぇ? どうしてぇぇ!?」
留賛は丁奉を小脇に抱え、額にウメボシを食らわせつつ東興棟へ歩を返す。
その光景に苦笑した少女達も、それに続いていった。

531 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:14
-東興・冬の陣-(4)

その後、後続の諸葛恪率いる本軍が到着し、蒼天会本隊の胡遵軍は壊滅状態となった。更に朱異らの手によって、蒼天会軍が作成中だった浮橋が壊されたことで、諸葛誕率いる蒼天会軍第二波の侵攻も食い止められたのである。王昶率いる南郡棟攻略中の別働軍も、南郡棟守備隊の奮戦に攻めあぐね、東興侵攻軍の敗北の報を受けて退却した。
とりあえず、当面の危機は去ったのである。
ついでに言えば、丁奉達の脱ぎ捨てたジャージやらなにやらは、後から来た諸葛恪達が回収して東興棟に届けたくれたのだそうな。
で、その翌日…丁奉の寮部屋では。
「くしゅん!」
「…八度五分…文句つけようも無く、風邪ね。馬鹿も風邪ひくなんて、意外だわ」
体温計の表示を見て、陸凱は呆れたように呟いた。その脇では、先に引退した陸遜の妹・陸抗も心配そうにその様子を眺めていた。
「しょーちゃん、大丈夫…?」
「あぅ〜…頭痛いよぅ〜…寒いよぅ〜」
「ったく、アンタ何時か死にかけたの忘れたの? それとも、馬鹿は死ななきゃ治んないって?」
「ふーちゃん、言い過ぎだよぅ…しょーちゃんだって、頑張ったんだから…」
「甘い、甘いよ幼節! 一度きちんと思い知らせておいた方が、この馬鹿の為だ! 喰らいやがれッ!」
怒り心頭に達したらしい陸凱は丁奉を無理やり起こすと、こめかみの両サイドにウメボシを仕掛けた。
「あうぅぅ〜……勘弁してぇ敬風ぅ〜…」
「駄目だよぅふーちゃん…病人にそんなことしたら…」
おろおろしながらそれを宥める陸抗。
後に、その場は違えど、一致団結して斜日の長湖部を支えていく少女達の、ささやかな平和のひとコマがそこにあった。

余談だが、この時丁奉とともに寒中水泳に望んだ少女達は、やはり皆風邪をひいたという話である。
さらに言えば、一番酷い症状を出した丁奉は、その後一週間ほど寝込んだという。
その悪化の裏に陸凱や留賛のウメボシ攻撃が作用していたかどうか…知る術は無い。

(終劇)
------------------------------------------------------------
というわけで、東興戦役・承淵ちゃん薄着突撃のお話…ってか、寒中水泳やってますな(w
演義とかだと渡河中に鎧を脱ぎだしたとかそんな話だったので、そちらを参考にしたのやらしてないのやら(どっちだよ
あと…拙作「風を継ぐ者」でもやった仏捨刀→逆風の太刀コンボとか、丁奉の口癖とか、冒頭の留略の台詞とか…悪ふざけしすぎてます。
平にご容赦の程を…_| ̄|○

532 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:48
>海月 亮様
こちらこそよろしくお願いします〜。
ちなみに昜は足蹴にしようと思ってそのシーン、書くには書いたんですけど……
あまりにも救いようがなくて……えぇ(ノ_・。

そして東興・冬の陣はお見事! 丁奉かわいいなぁ(ぇー

さてんじゃあこっちももいっこ投下ですよ〜。
最近のログ見ると海月様と私のリレーになってますか!?
かまうもんか!(ぇー

ってわけでまだ誰も語ってない(っぽい?)夏侯惇の隻眼ストーリーです。

533 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:49
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(1/3)-

「叔母様、準備はいいですか?」
「その名前で呼ばないでっていってるでしょ!」
「こちらも準備はできたぞ」
「あらあらあら、もう死ぬ準備ができたんですの? 賈ク様のことですからきっと素晴らしい遺言を聞かせてくださるんでしょうね♪」
「はっ、おもしろい冗談ですな、荀攸殿」
明るいざわめき、というには多少とげとげしいものがある。
そんな声を聞きながら隻眼の少女は苦笑しながら手を叩いて注目を自分に集めた。
「はいはいはい、今日はいい日なんだから2人ともいがみ合うの禁止」
少女……夏侯惇が話をはじめただけでざわめきはぴたっとおさまりその言葉にみなが聞き入る。
「みんな、準備はいい? じゃあ烏丸・袁姉妹連合留守番部隊の打ち上げはじめるよー」
打ち上げとはいっても名目は反省会であり、ここで飲み食いしたお金は経費で落とされる。
冀州校区ではそれなりに名前の知られた中華レストラン『鳳陽』を借り切って反省会、とは名ばかりの宴がはじまろうとしていた。

みながハメをはずさぬように、ドリンクバーで持ってきたメロンソーダを飲みながら夏侯惇は少し離れた場所でぼ〜っと喧騒を眺めていた。
「ふぅ……」
最近、前線に立っていない。
現地で祝勝会に参加している許チョや張遼たちに嫉妬すら感じる。
なぜ孟徳は私を後方に残しておくかなぁ……
夏侯惇はくしゃりと髪をかきあげた。
まぁ、理由は自分以外に世話係がいない、というだけなのだが。
理由も自分でわかっているだけに夏侯惇の口元からは苦笑しか漏れてこない。
「夏侯惇さん、もっと真ん中にきてくださいよ。そんな隅っこに貴女みたいなひとがいるってのも落ち着きません」
苦笑を浮かべながら韓浩が夏侯惇に近寄ってくる。
「貴女みたいなひと、って私はどんなのだよ」
韓浩の言葉に苦笑を浮かべ、またメロンソーダを一口。
韓浩も夏侯惇にそれ以上真ん中にくることを薦めることもなく口の端に笑いを見せた。
「隣、いいですか?」
「あぁ……」
そのまま2人で人の流れを眺める。

「夏侯惇さ〜ん☆」
しばらくぼ〜っとしていると夏侯惇に黄色い声がかかった。
それを見て韓浩は顔色を変えた。
「いっぱい食べて楽しまなきゃいけませんよぉ☆ これ、おいしいですよぉ☆」
娘の手にはアップルパイがあった。
「離れて!」
夏侯惇に声をかけてきた娘に注意するよりも早く夏侯惇の手が娘の手にあったアップルパイを叩き落す。
そして娘を睨みつけた。
「ひ……」
そのあまりの迫力に娘はへたり込み、泣きそうな顔になっている。
「どうしたんですか、夏侯惇さん……元嗣?」
騒ぎを聞きつけて史渙が近寄ってきた。
「どうもこうもないわ、公劉。この子が夏侯惇にりんごを見せただけ」
韓浩の簡潔な説明に史渙は手で顔を覆って天を見上げた。
「あちゃ〜……」
「ホント、あちゃ〜、ね。公劉、この子のことお願いできる? 私は……」
ちょいちょい、と夏侯惇を指差しながら苦笑する。
「ん、おっけ……はいはい、もう大丈夫だからちょっと外いこうね〜」

534 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:50
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(2/3)-

娘を離れた場所に連れて行く史渙をちら、と見やってから韓浩は夏侯惇に視線を戻した。
「まぁ、『りんご』ってのは夏侯惇さんのNG品目だから仕方ないんですけどね。あの子にだって悪気があったわけじゃないんだし許してやってください」
幾分落ち着いたか、それでも興奮の冷め遣らぬように夏侯惇は椅子に乱暴に腰を下ろした。
「あの子に悪気がないのはわかってる。あとで謝らなきゃね」
そんな怖い顔で謝っても逆効果だよ、という本音をちら、とも見せることなく韓浩は頷いた。
「夏侯惇さんのりんご嫌いは有名ですからみんな知ってると思ったんですけどね」
「有名ってのもあんまり嬉しくないわね」
夏侯惇はメロンソーダに再び口をつけ、ようとしてやめた。
「でも私だって夏侯惇さんがりんご嫌いな理由までは知らないんですから、もしかしたらあの子が知らなかったのも当然かもしれませんよ」
夏侯惇は韓浩の言葉にぎこちない笑みを浮かべる。
「あんまりおもしろくない話よ? それにどれだけいっても孟徳のバカ話だしね」
そして夏侯惇はゆっくり口を開いた。

シャギャア、シャギャア……
モケケケケケケケケ……
よく密林の探検隊とか動物番組とかで聞かれるようなよくわからない動物の声があたりに響いている。
足元に多い茂る草をかきわけ、木の間に道を見出し2人の少女は前へ前へと進んでいた。
正確に言えば小柄な少女に大柄な少女が引っ張られていた。
2人ともエン州校区初等部の制服に身を包み、いかがわしい幼女マニアが見れば一発で役満に振り込むこと間違いなしだ。
「孟徳〜、ほんとにこんなとこなの?」
「間違いないよぉ。元譲だってりんご好きでしょ〜?」
いやまぁ、好きなのは好きなんだけどさぁ……
元譲と呼ばれた少女、夏侯惇は口ごもる。
夏侯惇と小柄な少女、曹操は交州校区の片隅の密林を歩いていた。
なぜこんなところに2人の少女が歩いているのか……
話せば長くなる。
だが語れば短い。
要するにテレビを見ていた夏侯惇が『りんごおいしそう』と言ったのを聞きつけた曹操が夏侯惇をりんご狩りに誘ったのだ。
交州に。
ばさばさばさばさ……
頭上を極彩色の鳥が飛んでいく。
ここは本当に中華市なんだろうか……
夏侯惇の頭に至極真っ当な疑問が浮かんだ。
しかし夏侯惇はりんごがどんなところに生息する植物なのか知らない。
だから少し怖いがこんなもんかも、と思っていた。
りんご狩りって命がけなんだなぁ〜、と少し的外れなことを思いながら。

535 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:52
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(3/3)-

「う〜ん……」
「ど、どうしたの、孟徳」
「いや、ここに来る前にね、おばあちゃんに聞いたの」
おばあちゃん……曹騰である。
現在の蒼天会長である桓さまこと劉志の3代前の蒼天会長、順さま、劉保の親友にして学園の伝説的カムロ。AAAカップの守護者、と呼ばれ学園史に巨名を轟かせた鬼才である。
そして曹操はおばあちゃん子であった。
「おばあちゃん言ってたもの。『りんごは交州校区のような危険な場所にできるものなんだよ。怖いんだよ。1人でいっちゃいけないよ』って」
夏侯惇はしばらく考えて口を開いた。
「……あんた、それは……あんた1人で勝手にいかないように怖がらせようとしただけじゃないのか……?」
「あ〜、夏侯惇もそう思う? 私もそんな気がしてきたよー」
「ッ!!!!!!??????」
夏侯惇の声鳴き悲鳴が密林にこだました。
モケケケケケケケケケケケケ……
こだまはしたがすぐにかき消された。

「元譲〜、機嫌直してよ〜」
「……」
あからさまに不機嫌な夏侯惇とあまり誠心誠意とはいえない態度で謝る曹操。
2人は今、遭難中であった。
とにかく帰り道がわからないのである。
当たり前な気はするが。
なぜ帰り道の目印の一つもるけておかなかったか。
曹操曰く『あ、そっか。帰んなきゃいけないんだっけ』とのこと。
バカ丸出しである。
「帰ったらりんご食べたいねー」
ヒトゴトのように言う。
誰のせいでこうなったんだ! という言葉を夏侯惇は口に出さない。
曹操がどんなヤツかってことは昔から身にしみている。
「とにかく帰ろう」
憮然と呟いて歩いてきた方向……と思われる方向に向かって歩き出す。
「あぁ! 元譲まってよ〜」
待ってやる自分がいじらしいな、と夏侯惇は足を止め、曹操のほうに振り返る。
そして両目を見開いた。
「も、孟徳! 後ろッ!」
「ふぇ?」
トラが唸り声を上げて2人の方向を見ていた。
「はぁい♪」
手を振ってみた。
トラは飛び掛ってきた。
「バカ孟徳ーッ! 逃げろーッ!」
「ごめんよー! ごめんよー!」
2人は全力で逃げ出した。

「……んで2人で全力で逃げて。ふ、と気付いたら片目がなかった」
中華レストラン『鳳陽』の片隅。
夏侯惇の腕組みしながらの告白に韓浩は口元を引きつらせた。
隻眼に関してはなんらかの武勇伝があると思っていたが想像以上の武勇伝だった。
しかも想像の上斜め50度くらいを横切っていくような予想外っぷりである。
「そ、それは大変でしたね」
それしか言えない。
そしてしばらく2人は見つめあい……
やがて韓浩はなにかに気付いたように口を開いた。
「りんごがトラウマなのはなんとなく理解できましたけど……その話を聞いてると私が当事者だったらりんごよりも曹操さんに対してのトラウマが出来そうな気がするんですが……」
夏侯惇は韓浩を呆然と見やった。
「……そ」
「そ?」
「そんなこと考えたこともなかった……」
「か、考えてくださいッ! 重要重要!」
そんなあらゆる意味で平和な日のことだった。

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カムロ設定は岡本様の『十常侍の乱』より。百万の感謝を。
ちなみに実際に目を失ったシーンは私が書くとどうやってもグロにしかならないのでぼかさせていただきました^^;
もう、いろいろぐだぐだなんで許してやってくださいけぷ☆(吐血

536 名前:海月 亮:2005/01/28(金) 19:44
おお、今度は惇姉の隻眼秘話ですな。
確か人物設定のところでも、課外活動とは無関係の所で、恐らくは曹操が原因で片目を失った、とあったと思いましたし。
しかし、トラですか。片目で済んだのが奇跡みたいな話で笑えるなぁA^^)

>ログがリレーに…
なってますね…まぁ、私もですけど、きっと皆様こないだの祭(←旭記念日スレ)で萌え尽きてるor現在も奮闘中でしょうから…。

537 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 20:08
>こないだの祭
ちょうどおわったあとくらい(ROMを含めたらもうちょい前からこのHPにいましたが)に
カキコはじめた私にはお祭りに混じれなくてはふんorz
もうどうしたもんか、って感じですprz<スネ夫

>片目で済んだのが奇跡みたいな話
今、思いついたのはそこを救ったのが許チョとか(笑
蒼天航路リスペクト! なのですよ〜(笑

538 名前:★ぐっこ@管理人:2005/01/30(日) 00:54
正直スマンカッタ( ゚Д゚)!
あらためましてはじめまして、北畠蒼陽さま!
旭祭に夢中なあまり、素で>>520に気付きませんでした_| ̄|○
このバカを存分に罵り辱めてくださいませ(;´Д`)ハァハァ…

>覇者と英雄
(゚∀゚)! 蒼天テイスト!
そんでもって、やはり背伸びしても袁紹の王者っぷりには届かない曹操!
これイイ!袁紹ってなんだかんだいって、曹操のお姉さまですから!

>鍾会と昜
これもキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
鍾会の性悪さより、昜たんのうろたえっぷりにときめきました。
存外、二人ともプライド高いので、水面かでの張り合いが激しかったのでは
と推測。萌える…

>-隻眼の小娘とりんごの悪夢
(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
そうだったんだ( ゚Д゚)! いや私も全く考えてなくて、なんとなく曹操のせい
だろうな…とか思ったたのでマジ採用! 交州校区にて夏侯惇隻眼!
そして許褚の登場!?うわははは!これいいッ!
北畠蒼陽さま!ありがとうございますっ!

>海月 亮さま
うお、丁奉たんの寒中水泳( ゚Д゚)! で、韓当たんの不詳の妹の始末と!
相変わらず学三はレアなキャラが出てくるなあ…留姉妹あたりが出てくるとは。
(゚∀゚)GJ! そういや留賛も、最後は結構壮絶な散りざまでしたやね(´Д⊂

539 名前:北畠蒼陽:2005/01/30(日) 01:25
>ぐっこ様
拙作に過大な評価痛み入ります。1億の感謝を。
ただすべての作品でいろいろミスってるのが難点といえば難点orz
曹操&袁紹はサバゲ決戦だってことを知らずに書いてるし
鍾会&昜はあだ名を名前の後ろに書いてるし
曹操&夏侯惇は3/3で「あ〜、夏侯惇もそう思う?」って……
元譲って呼んであげて(ノ_・。

あと曹騰は従姉妹のお姉ちゃん、ってことで正式に後漢話を
書き出しました。
新参者のクセにすげぇ長編になりそうでそれはそれでへこみorz
「読みたくねぇ」とか言われると地の底までへこむので
心の中で思うだけにしといてください(笑

それはともかくこれからよろしくお願いします! なのですよ〜。

540 名前:★教授:2005/01/30(日) 14:52
■■ 合肥の戦 〜凌統vs楽進〜 ■■

「このままくたばれっかよ!」
「きゃあっ!!!」
 凌統は襲い来る敵に自慢のヌンチャクを振るいながら自身の置かれている状況を再確認する。周囲には傷付き倒れた自分の部下、そして敵が無造作に横たわっていた。そして凌統自身もまた全身に痣や切り傷を作り大きく肩で息をしている。勇猛果敢の遜色に少しずつ翳りが見えていた。
 その姿を小高い丘の上で見ている少女がいた。最近、長湖部では『泣く子が更に泣く』やら『鬼道娘』で恐怖の的とされている蒼天会屈指の実力者――張遼、その人であった。マウンテンバイクに跨り双眼鏡で戦況を確認しつつ、手に握る模造刀に力が篭る。
「意外と頑張るわね…あの娘」
「そうみたいだな…見た目はフツーなのにな」
 感嘆の声を漏らしてにやりと口端を歪める張遼に相槌を打つのは楽進だった。こちらは少し難しい顔をして望遠鏡を覗き込んでいた。ちらちらと張遼を見ながら不満の声を挙げる。
「ねぇ…何で、私は望遠鏡で見てるのかな…。近すぎて見えたり見えなかったりなんだけど…」
「仕方ないじゃない。双眼鏡はこれしかなかったんだし…あ、その望遠鏡は壊したら弁償って徐州天文部が言ってたからね」
「分かってるよ…流石にこんな高い代物は経費で落ちないだろうしな…。つーか、何で望遠鏡なんて借りてきたのさ…これなら肉眼の方が…」
「なら、李典を叱らなきゃね…それ借りてきたのはアレなんだし」
「ごめんなさい…我侭言いませんからケンカはしないで…」
 溜息を吐きながら楽進は再び望遠鏡を覗き込んだ。恐らく胃も痛くなってることだろう。
「……まあ、あの調子だと長くは持ちそうにないわね。私はその辺りに潜伏してるかうろついてる長湖部の残党を制圧してくるか…。ここは任せたわよ」
 双眼鏡を楽進に投げて寄越す張遼。楽進はそれを振り返る事なく片手でキャッチして頷いていた――

「はぁ…はぁ…………もう終わりかっ! 怖気付いたのなら…そこを退けぇっ!!!」
 息が上がり疲労困憊が誰の目から見ても明らかな凌統。しかし、檄する声には気迫――いや、ここは鬼迫とも言うべき殺気が濃縮されている。その鬼の咆哮に張遼軍の生徒達が息を呑み、間合いを取りはじめた。鬼腕張遼の直属の配下、死をも恐れぬ狂戦士の隊。通称『羅刹隊』がたじろいだのだ。これには遠くで見ていた張遼と楽進も驚きの色を隠しきれなかった。
 しかし、凌統の敗色を秒刻みで濃くなっている。彼女の周囲に味方は誰一人として残ってはいなかったのだ。凌統の配下は唯の一人として生き残ってはおらず、全員見事に飛ばされていたからだ。唯一の救いは降伏した者がいなかった事くらいだろう。
「怯むな! あの姿を見ろ! あれで満足に戦えるはずもないだろう!」
 羅刹隊の一人が凌統を指差し、周囲を見る。しかし、自分で発した言葉に誰も頷く事はなかった。全身青痣だらけ、そして自身の血と返り血で赤く染まった制服。大きく肩で息をしているその姿に戦える余地は何処にも見えない。だが、それでも羅刹の軍は動けずにいた。目が――全く死んでいないのだ。それどころか襲い掛かれば襲い掛かるほどに満ちていく殺気に彼女達も慎重にならざるを得なかった。
「来ないのかよ……来ないなら…こっちが行ってやるよ!」
「ひぃっ!」
 じりじりと間合いを詰め始める凌統に明らかな怯えを見せる羅刹隊。死への心構えが出来ているとはいえ、こんな魔界の生物を相手にしてしまった事を後悔しつつあったのだ。
 ――と、羅刹隊の後方に砂煙を立てながら迫ってくるマウンテンバイクが凌統の目に映った。
「どけどけぇっ!」
 羅刹隊が何事かと振り返った瞬間、その姿は宙を舞っていた。その軌道はスローモーションの様に目に映り、ゆっくりとトレースするような不思議な感覚に陥っていた。そして、その人は激しい音を立てて着地する。無造作に切った髪、傷だらけの顔、体操服に身を包んで身の丈はある棍を手にした堂々たる姿に羅刹隊も喚声を上げた。凌統もその威風堂々たる姿に一瞬呑まれそうになる程であった。
「私は楽進。アンタに引導を渡しに来た! いざ勝負されよ!」
 マウンテンバイクから降りると羅刹隊に下がるよう指示を出す楽進。
「ふん…勇ましい事だね。気に入った…私は凌統、いざ尋常に!」
 凌統は口元を吊り上げ、構えと間合いを取る。楽進もまた棍を中段に構え出方を窺う。
 互いに隙を見せる事なく一歩、また一歩とその間合いを詰めていく。冷たく重い空気が漂う二人の周囲に固唾を飲んで見据える羅刹隊。どの少女を見ても瞬き一つしていない。そして二人の間合いは2メートル弱にまで詰まる――

 
 ――――――刹那の瞬き、空気を裂く乾いた鉄音と縫う様な深く重い鈍音が戦場に轟いた――――――



「ふぅ……」
 孫権は船上で深い溜息を吐いていた。彼女の周りには甘寧や周泰達が控えており、散々たる戦況を思い返し怒りとも悔恨とも付かない表情を浮かべていた。
「本当に拙い戦にしてしまったわ……赤壁で一度勝ったくらいで何を浮かれていたの…私」
 ぎゅっと船縁を握り自分への怒りを露にする。飛ばされた部員や幹部の数は数えても数え切れない、全ては自分の慢心がさせた事。悔いても仕方ない事だが、悔わずにはいられなかった。
 そして、一番気掛かりなのは自分を助ける為に戦場に残った凌統だった。まだこれから伸びる可能性を秘めた長湖部のホープの一人…こんな所で飛ばす訳にはいかなかった。しかし、それでも自分には生き延びなければならない責任があった。姉二人に託された長湖部、それをこんな形で終わらせるわけにはいかない。まだ何も成し得ていない。飛ばされる訳には行かない、慕って徒いてきてくれる部員達の為にも―――
 悲しみと怒りを抑え付け、前を見据える孫権。その視線の先には先ほどまで居た戦場があった。そして、船に近づいてくるマウンテンバイクが一台。近づけば近づくほどに見覚えのある姿、そして孫権が目を凝らしその姿を確認した時、驚嘆と驚喜が入り混じった。
「あれは…公績! 助けに行って! 早く!」
「御意!」
 孫権が言うや否や、周泰が直属の部員を引き連れ船を飛び降りた――

「公績…」
 長湖に帰る船上。凌統に掛ける言葉が見つからず涙ぐむ孫権と満身創痍の凌統が船縁にもたれかかって寝息を立てて、そこにいた。その胸には血塗れの階級章が鈍く赤黒い光をぬらぬらと放ち、その傍らに砕けた愛用のヌンチャクと誰の物か分からないマウンテンバイクがあった。彼女は飛ばされていなかったのだ。生きてこの場にいるのであった。
「公績……ごめんね…そして、ありがとう…。私は…もう今までの私じゃない、安心して」
 孫権は目元をごしごしと拭うと船頭に振り返る。そこにいた甘寧、そして周泰や徐盛は主の姿に迷いが無い事を悟った。先ほどまでの幼さが残っていたその風貌には、最早それは無かった。精悍な表情、そして統率力という名の気勢を全身から放つその姿は正しく姉である偉大なる初代、孫堅。そして長湖の覇者、二代目孫策にも勝るとも劣らないほどであった。
「部長……」
 凌統は孫権の大きく成長した後姿を薄目でしっかりと見ていた。そして、ゆっくり双眸を閉じて戦場を振り返る――


「ぐふ…」
「く……」
 ヌンチャクの鎖が引き千切れ、四散していく。そして凌統の右肩の横で棍が小刻みに震えていた。
 楽進の渾身の棍撃は凌統に命中する事はなかった。そして自身の胸に凌統のヌンチャクの柄が減り込んでいた。
 紙一重の世界だった。楽進の棍の僅かな狂いに凌統が一撃を合わせたのだ。それは達人の域ではなく、神の領域が為せる潜在的なものに近かった。
 楽進の口元から赤い雫が零れ落ちる。確かな手応えを凌統は感じていた、恐らく肋骨の数本は持っていったはず――だが、楽進は倒れなかった。震える膝を懸命に踏ん張り、棍を落とす事無く凌統に満足げな笑みを浮かべていたのだ。
「…み、見事……まさか…あの一撃にカウンターを入れるなんて…」
「偶然…だよ。正直…やられるかと思ってたから…。……これ、借りるな」
 壊れたヌンチャクを懐に入れると、ふらりと振り返り…重い足を引き摺って楽進のマウンテンバイクに跨る凌統。そして楽進も黙って頷きバイクを凌統に委ねた。
 今まで唖然としていた羅刹隊は、楽進が敗れた事に大きなショックを隠しきれないでいた。しかし、ふと我に返った。このままあの娘を長湖に帰してはいけない…いずれ必ず大きな災厄となる…。そう思った時には既にモデルガンを握り締めて凌統にその銃口を向けていた。
 ――が
「行かせて…やんな」
「楽進…さん? しかし…」
「指揮を任された私が負けたんだ。これ以上は恥の上塗りだよ…」
 息も絶え絶えの楽進がそれを制したのだ。その言葉に二の声も上げられなくなる。
 遠ざかる凌統の危なっかしい運転を見ながら楽進は満ち足りていた。真剣勝負の中で倒れられる事は彼女に取って喜ばしい事だったから――ゆっくりと目を閉じるとうつ伏せに倒れた――
「楽進さん!」
 羅刹隊が駆け寄った時には、既に楽進の意識は無かった。

 後日、楽進はこの時の怪我が元で課外活動から退く事になる。曹操、夏候淳、夏候淵、李典、張遼、除晃らの必死の呼びかけに気丈な返事を返していたが、傷は思ったよりも深く致命的でドクターストップが掛かったのだ。
 その後、病室で楽進は紫の髪の少女を思い返していた。満足な戦い、そして苦くない敗北の味。いつか、またリベンジしたいものだ、と――

541 名前:★教授:2005/01/30(日) 14:56
はい、お粗末様でした。いや、ホントに粗末なんですけど(T_T)
時間に猶予も無く死兆星を見ながら書いてましたが…いやぁ、読み返すと短い短い…。
もう少し内容詰めて書きたかったというのが本音です。

その内、リメイクするかもしれません。つーか、する(断言)

542 名前:北畠蒼陽:2005/01/30(日) 18:18
>教授様
(゜V+゜)b
素晴らしいSS、眼福でございます。
一騎打ち、というか戦闘シーンがあまり書けない人間なのでうらやましいなぁ。すごいなぁ。

自分もがんばらなきゅあ……

543 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:25
>教授様
凌統vs楽進ですか! しかも凌統のエモノがヌンチャクですと!
何気に三国無双新作で凌統登場という情報に、嬉しさのあまり魂抜けかけてたタイミングにこれを読むことになろうとは…
お見事でございます(´ー`)b
…ぬう…書きかけだった甘寧と凌統の仲直りの話、書き直さねば…(え?

それでは私めもひとつ。
毎度毎度長湖部員ネタで恐縮ながら、投下の機会を得ずにお蔵入り寸前だった子瑜さん話を。

544 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:27
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのいち

電子音のベルが鳴り、少女は枕元の時計に手を伸ばす。
デジタル時計の表示は八時。少女はゆっくりと体を起こし、伸びをする。
のそりと布団から出て、眠たい目をこすりながら洗面台に向かい、大して乱れてもいない髪を梳かし始める…すると、
「…………………え?」
少女は何故か唖然として、洗面台の姿見に映る自身の顔を、始めて見る物のように覗き込んだ。
ややツリ目がちな、見慣れた自分の顔。
その頭には、艶のある栗色のロングヘアー。
しかし、そこにはあるべきものが存在していなかった。
「アレが…ない?!」
そう呟く少女…諸葛瑾は、何度も自分の頭の両サイドを触り、呆気に取られていた。

「いやゴメン、マジで気ぃつかなかった」
「…別にいいんだけどね」
放課後の揚州学区のカフェテラスで、見慣れたクセ毛のない諸葛瑾と、魯粛は向かい合って座っている。
諸葛瑾にとって親友である魯粛でさえ、初めはその少女が諸葛瑾だと気付けなかった。
「でもさ、いったいどうしたってのかねぇ…突然"ロバの耳"がなくなるなんて」
"ロバの耳"…それは、諸葛瑾のトレードマークといっても過言ではない、彼女の頭の左右両サイドに、普段存在するクセっ毛のことである。その形がロバの耳のように見えることから、友人達からはその名で親しまれていた。
幼い頃、ある日突然出現したそれは、長い間彼女のコンプレックスでもあった。どんな整髪料を使おうとも、その部分を逐一切り落としても、やがては元通りになってしまうのだ。
諸葛瑾もやがて諦め、かれこれ十年以上この"ロバの耳"と付き合ってきた。何時しか、彼女もそれに愛着を持つようになり、毎日念入りに手入れしていたりもしていた。
「そんなの、むしろ私が訊きたいわよ」
「心当たりは? 例えば、何か違うシャンプーか何か使ったとか」
「朝起きて、一番に鏡を見て、その時にはもう無かったのよ。ついでに言えば、昨日使ったシャンプーもトリートメントも、何時もと同じモノだし…濡れてる間にタオルで締め付けたってなくなるようなモノじゃない事だって、子敬も知ってるでしょ?」
「そりゃあ、まぁ…」
「どうしたらいいかなぁ…これじゃ、誰も私だって解んないだろうし…第一落ち着かない」
諸葛瑾は本気で困っている様子だった。誰だか解らない、というのも、そもそも魯粛にも解らなかったんだから、多分他の長湖部員も目の前の少女が諸葛瑾だと解る者は居ないだろう。
現にこの日、多くの幹部仲間とすれ違ったが、誰も気付かなかった。たまりかねた諸葛瑾が、魯粛に話し掛けたからからこそ、やっと気づいてもらえたようなものだった。
何だか気の毒に思えてきた魯粛も、真剣な顔になって考えていた。ふと、周りを見回すと、様々なヘアースタイルの少女の姿が目に飛び込んできて…。
「!…そうだ、子瑜。ちょっとここで待ってて」
「え?」
魯粛は何を思い立ったのか、席を立つと、そのまま何処へとも知れず駆け出していった。

545 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:28
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのに

よ〜し…こんなもんですかね。目、開けて」
「ん…」
言われるがまま、ゆっくり目を開けると…そこには、両サイドの丁度"ロバの耳"があったあたりに、根元を紅いヘアゴムで結ばれた、小さなツイン・テールが出来ていた。
「ちょっと感じが違うけど…まぁ、見えなくはないんじゃないかと思う」
魯粛はあの時、カフェテラスの隣りにある購買へ駆け込み、ヘアゴムを買ってくると諸葛瑾をトイレに連れ込み、その髪を"ロバの耳"っぽく結い上げることにしたのだ。
「う〜ん…なんか、子供っぽくない?」
「いいじゃないの。結構似合ってるよ、子瑜」
「でもなぁ…」
「何時までも気にしないの! さ、そろそろ幹部会の時間だよ、行こっ」
様相をいつもと違えた"ロバの耳"モドキを弾いたり摘んだりしながら、尚渋った様子の諸葛瑾を引きずり、魯粛はその場を後にした。

「あはははは! そ、それ傑作! 傑作ですよ子瑜先輩っ!」
こくこくこくこくっ。
「…………………煩い」
爆笑する歩隲と、表情を動かさないものの普段より明らかに勢いよく頷く顧雍の姿に、諸葛瑾はむすっとした表情でそっぽを向いた。
その様子を見、傍らの魯粛が「あっちゃ〜…」といわんばかりに首を振った。
案の定、幹部会で誰もそれが諸葛瑾と気付くものは居なかった。傍にいた魯粛が逐一説明し、その都度皆同じような反応を示していた。
ほとんど表情の解らない顧雍以外は、皆笑いをこらえているのが見え見えだ。中でも歩隲に至っては、この有様である。
「え?…えっと、可愛らしい感じでいいですね…あはは…」
「あ〜、なんて言いますか、そういうのも悪くは…ないっスね、うん」
メンバーの中でも比較的気を遣ってくれる部類に入る駱統や吾粲ですら、言葉とは裏腹に必死で笑いをこらえている有様だった。
メンバーが姿をあらわすたびに諸葛瑾は不機嫌になっていくのも自然な反応と言えた。
そして…
「みんな揃った?…って、あれ? あなたは…えっと…どなたでしたっけ?」
孫権のその一言に、笑いをこらえていた顧雍以外の幹部会メンバーは遂に我慢の限界を迎え、どっと笑い声が上がり、たちまちの内に大爆笑になる。
慌てて魯粛が耳打ちをすると、孫権は慌てて、
「あ…え、えっと、髪型、変えたんだね?」
と取り繕おうとしたが、むしろ、それは逆効果であった。
再び、満座がどっと沸き、それが止めになった。
「……っ!」
「あ…!」
「お…おい、子瑜っ!」
諸葛瑾は立ち上がると、倒した椅子を直すこともせず会議室を飛び出していってしまった。
慌ててそれを追って孫権が飛び出していったのと、満座から一名を除いて笑いが消えたのは同時だったと言っていい。
魯粛はその唯一の音源…歩隲の頭に拳骨を一発見舞って黙らせると、会議室を飛び出していった二人の後を追いかけていった。

屋上に続く踊り場に座り込み、彼女は泣いていた。
愛着のあった"ロバの耳"がなくなったということもショックだったが、何より、孫権すら自分が誰かを理解してくれなかったことが、一番ショックだった。
荊州学区返還交渉の際、相手の参謀に自分の妹が居る、ということで随分陰口を叩かれたが、孫権はその都度「子瑜がボクを裏切らないのは、ボクが子瑜を裏切らないのと一緒だよ!」と、彼女をかばってくれていた。
それ程の信頼を寄せてくれた人が、ハプニングのためとはいえ髪形が変わってしまった自分に気づいてくれなかった…それが、悲しかった。
「…あ、こんなトコにいた」
「子瑜っ!」
後ろから抱き付かれた感覚にはっとして振り向くと、そこには孫権の姿があった。階下には、魯粛の姿もある。
「ごめんね、ボクが無神経すぎたよ…何時もとちょっと感じが違ったから、からかってみようと思ったんだ…」
「……え…じゃあ…私の事」
「ちゃんと解ってたから…その髪型も、似合ってるよ、子瑜」
そう言って、笑って見せた孫権の目の端にも、うっすらと涙の跡があった。
「…ありがとう…部長」
涙を拭うことも忘れ、諸葛瑾は孫権を強く抱きしめていた。

546 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:29
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのさん

「……ふむ…まさか、こんな長い間効き目があるとは思わなかったが…」
「やっぱり、テメェの仕業だったのか、孔明」
荊州学区・公安棟。かつては江夏棟の名で呼ばれたそこは、帰宅部連合と長湖部の勢力範囲の境目にあたり、その二勢力の中立地帯となっていた。
魯粛は今回の事件の原因が諸葛瑾の妹・諸葛亮にあると考え、渋る彼女を無理やりに引きずってきたのである。
「勘違いしないで頂きたいな。私がやったのは、"ロバの耳"を作り出したことだ」
「はぁ?」
「何ですって!?」
諸葛亮のしれっとした一言に、二人は唖然とした。
「お姉様も知っての通り、お母様の寝癖は相当に酷かっただろう。毎朝、何十分もかけて髪を梳かすその姿を見て、幼いながらも私は心を痛めていた…」
そう言って、視線を遠くへ投げる。
「そこで私は毛根に作用し、決まった髪形を維持する髪質に変える整髪料を開発したのだ。実際の効能がどれほどのものか試すため、私はある日、お姉様と元遜が寝入ったところを見計らい…」
「…………………………ようするに、貴様の仕業か」
妙にドスの利いた声。普段聞きなれないその少女の声に、魯粛は愚か、諸葛亮でさえ思わず息を飲んだ。
言うまでもなく、その声の主は諸葛瑾である。
諸葛瑾がゆらりと立ち上がると、その背後は怒りのオーラで景色が歪んでいる。
「お、お姉様落ち着いて…まさか私も、効果が10年も持続するなんて考えても…ひぃッ!」
その言葉か聞こえていないかのように、壁際に追い詰めた妹の襟首を、諸葛瑾は千切りとらんばかりにねじ上げた。
「し、子瑜…アンタが怒るのも解るけど、そいつ殺したらヤバい事になるから…いろんな意味で」
「………直せ」
魯粛の言葉も無視し、諸葛瑾は普段より数段トーンの低い声で、妹に命令した。
「え? でもこれでお姉様の髪型は元通り…」
「いいから、私の髪型を普段通りに戻せと言っている…ッ!」
何故か目深になった前髪から、殺気立った目が覗く。
その形相に恐れをなしたらしい諸葛亮は、まるで壊れた人形のようにがくがくと首を縦に振った。

かくして一週間後、その特徴的な"ロバの耳"は再び元通りになった。
「いや〜、ホンッと良かったですねぇ、先輩。あの髪型もキマってたのに残念ですね〜」
こくこくっ。
「……黙れ、子山。元歎も同意すんな」
先日の一件で一番大笑いしてた張本人の一言に、直前まで上機嫌だった諸葛瑾はむっとした顔で二人を睨んだ。
「でもやっぱり、その髪型のほうが子瑜らしくていいと思うよ。可愛いし」
「それもそうですねぇ…いっそ、その根元にリボンでも結ってみます? もっと可愛くなるかも知れないですよ」
こくこくっ。
孫権の言葉に冗談とも本気ともつかない提案を投げてくる二人(?)。
「お前等なぁ…それより、今回は孔明のヤツも災難だったかもな」
「いいのよあのくらい。たまにはいい薬だわ」
そうである。
何せその薬そのものが残っていなかったため、諸葛亮はかつて自分が作った試作品のレシピをほじくり返し、急遽作ることになったのだ。
しかも、材料も入手困難なものばかりらしい。
その内訳が明かされることはなかったが、材料をかき集めて帰ってきた諸葛亮の白衣は見るも無残な状態で、しかも供をしたらしい趙雲たちに至ってはそれ以上の有様だったことを鑑みれば…。
「…………なんてーか、いろんな犠牲を払ったんだなぁ…その"ロバの耳"は」
孫権の言葉に再び上機嫌となった諸葛瑾の姿を眺めながら、魯粛はしみじみとそう言った。
そして、成都棟の(元)科学部部室では…
「!………う〜む、まさか、また何年後かに同じ事が起こるんではなかろうな………」
姉の見慣れない形相を思い出し、思わず身震いした諸葛亮であった。
ちなみに、諸葛姉妹の母親にこの薬が使われたか否か、定かではない……。

(終劇)

547 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:38
以上でござる(゚∀゚)>
「風を継ぐ者」の閑話休題的に書いたお話なのですが…出来上がってみるとまったく無関係に(オイ
時期的には長湖部&蒼天会が合肥と濡須でドンパチやる直前くらいになるでしょうか。

>ぐっこ様
留賛。そうなんですよ、彼女の散り様はいずれ書かねばならぬと思っておるのですよo(>ω<o)
でも先に審配さんの散り際やっちゃいそうです。何気に、キャラデザがないのをいい事にイメージだけで描いていたら、その光景が脳裏に(ry
とりあえず、それもうぷろだに置いて帰ります。

548 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:26
ご無沙汰です。
えっと、まだ未完成の作品なんですが前に言ってた曹騰の話です。
実は今週引越し予定でして、しかもまだ引越し先にネット環境が整ってない、いつ復帰できるかもわからない状況なのでとりあえず出来ているところまで投下です。
ちなみに全8話の予定。ちょい長いですな……

549 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:27
-Sakura-
第1話:紅華

時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる。
曹騰はうららかな昼下がり、1人で縁側に正座し緑茶をすすっていた。
すごくおばさんくさい。
しかし普段着ではなくぱりっとスーツを着ているのは違和感がある。
茹でた青菜のようにはんなりとした時間が過ぎていく。
自分の学生時代の激動からは考えられないようなゼイタクな時間に曹騰は人知れず笑みを浮かべた。
「あつつ……」
お茶の熱さに舌を火傷しそうになり苦笑する。
あの頃の熱さにもう一度戻ってきてもらいたいとは思わないが懐かしく感じることは事実だ。
「ただいま〜!」
静寂のときを破る声。
曹騰はぼんやりと時計を見た。
(あぁ、ほんと、学校の終わる時間だわ)
かなり長い間、ぼ〜っとしていたことに気付き、少し赤面しながら曹騰は立ち上が……ろうとしてこけた。
足が痺れていた。
上半身を床に突っ伏したまま、ひくひくとうごめく。
虫みたいだった。
「お姉ちゃ〜……って、う……えっと……どうしたの?」
曹騰の頭上で本気で心配する声がした。
心配しなくていいから見ない振りをしてほしい。
「な、なんでもないわ、孟徳ちゃん。おかえり」
脂汗をかきながら必死で笑顔を浮かべる。
痛々しい。
「……!」
孟徳……自分を実の姉のように慕ってくれている従姉妹の曹操。今はエン州校区の小学校に通っている……に微笑みかけた曹騰の目に飛び込んだのは泥にまみれた服と無数の擦り傷だった。
「孟徳ちゃん、どうしたの!?」
「え、あ……なんでもない! なんでもないよっ!」
曹操は焦りながらぶんぶんと手を振った。
あからさまになにかある、という態度である。
曹騰は片ヒザ立ちで座り……足の指を両手でほぐして痺れを取ろうとちょっと必死になりながら……真剣な顔を曹操に向ける。
「孟徳ちゃん、ちょっとそこに座りなさい」
ちょっとホンキ。
こうなると曹操は弱い。
まず年齢が一回りも違うのだからその潜り抜けてきた修羅場の回数も当然のようにまったく違う。
その従姉妹の『ホンキ』に曹操の小学校レベルのキャリアが太刀打ちできるわけがない。
まるで『曹騰に怒られる曹操』のようにしゅん、となって曹騰の前に正座する。
比喩じゃなくてそのままである。
「孟徳ちゃん、いじめられたのね」
「……」
「返事は『はい』。それ以外認めません」
『はい』しか認めないんだったら聞く意味ないだろう! と、ちょっとだけ曹操は思ったが反論できない。
「……はい」
「私が『カムロ』だから『カムロの従姉妹』って言っていじめられたの?」
「……言いたくない」
とたんに曹操のほっぺたが曹騰に掴まれた。

550 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:28
「そんなことを言うのはこの口? この口?」
むにむにと引っ張る。
「ひ、ひたい! ひたいよぉ〜!」
むにむにむに。
ほっぺたをむにむにと引っ張っているとまた足の痺れが襲ってきて曹騰は再び突っ伏した。
「うぐ……と、とにかく孟徳ちゃんはそんなことを気にすることはないの! みんなに嫌われたら私がその分、愛してあげる。そして本当に友達、って言える人たちができるまでずっとずっと守っていてあげる」
曹騰はいいことを言った。
いいことを言ったのだがいかんせん上半身を床に預けたまま、お尻を上に向ける、といういかんせんはしたないポーズのためまったく威厳はない。
「……トモダチ」
そんなポーズながら曹騰の言葉は曹操の心に響いたようだ。
人間わからないもんである。
「トモダチ……よくわかんないよ」
従姉妹の夏侯惇や夏侯淵、曹仁や曹洪らは友達、と言えるかもしれないが、それ以外に自分が『カムロの従姉妹』と知っても付き合ってくれるようなトモダチなど曹操に心当たりはなかった。
「……」
曹騰は溜め息をつき再び足指をほぐしだした。
もうしばらく立ち上がれそうにない。
「『カムロの従姉妹』どころか『カムロ』にだって友達は出来るものよ。私にも高校の頃、とっても素敵な友達がいた」
「……え!?」
従姉妹の言葉に素っ頓狂な声をあげる曹操。
「失礼ねぇ……私が友達できないくらい性格悪いって?」
やや憮然とした声で曹騰が曹操を睨む。
もちろんそういう意味ではなく『カムロ』というものがそれくらい忌み嫌われている、という意味の驚きである。
曹騰は仕方がない、という顔をし短い髪をかきあげた。
「じゃあ……私の高校の頃の話……とても素晴らしい友達の話でもしてあげる」
どちらにしろ足の血行が戻るまでまだまだ時間がかかるだろう。
それに今日は……
まぁ、それまでの暇潰しに話をするのも悪くない。

そして曹騰は語りだした。

……彼女たちは本当に輝いていた。
そして私の人生は彼女たちによって鮮やかに彩られた……

551 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:28
……

とても目立つ少女だった。
遠目にもつややかな髪をばっさりとオカッパにまとめ、さらなる特徴として誰が見ても明らかな胸のふくらみのなさ。
そして制服も膝がちょうど隠れるくらいのショートパンツ。
典型的なカムロである。

解説しよう。
カムロとは髪をショートボブまで切り詰め、少年と見まがうばかりに胸がないブラジャーいらずの
もののことである。
なぜそのような存在が学園に存在するか、についてはいろいろある、としか答えようがない。
答えたくとも説明が長くて答えるのが面倒だ、というのが本音である。
とりあえず今は話を少女に戻そう。

「なんでこの私の……曹騰の名前がないわけぇ〜ッ!?」
「さぁ、そんなことを私に言われてもねぇ……困るんですよ、とにかく。あなたの名前はこの名簿にありません。つまり入寮は許されません」
学生課……
そう書かれた看板の下で曹騰と係員が言い争っていた。
正確には言い争っている、と感じているのは曹騰だけであり、係員にとってはうるさいハエをつぶすことすら面倒だから放っておいている程度のことだろう。

「だいたいカムロごときが、この司隷特別校区にというのも、ねぇ」
係員の言い草に曹騰の怒りゲージは急速に溜まっていく。
今の曹騰であれば水温94度くらいでお湯が沸騰する。

『カムロ』というのはつまり学園の象徴である『学園都市女子高等学校連合生徒会代表会議』……通称、蒼天会の会長にはべり、連合生徒会との連絡、調整役を勤めるのが役目なのである。
もう少し世代交代すればそうでもなくなるが、現時点では勉強の成績もあまりよくない人間が多く、無教養で軟弱、と見られることが多かった。
曹騰とてあまり勉強ができるわけではないが、それでもこの言い方はあんまりだと思う。
だいたい曹騰なりにがんばって、ようやく掴み取った司隷特別校区……そう、蒼天会、生徒会などの全管理機能が集中している学園都市最大の『首都』への切符をこんな係員ごときにバカにされなければならないのか。
しかも入寮名簿に名前を書き漏らしたのはそっちだろうに……!
「とにかく本日の入寮は認められません。後日、書面で入寮申請をお願いします」
『お願いします』などとは言っているが明確な拒否である。

552 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:30
「……ッ!」
「それは酷くないですか?」
曹騰が口を開こうとした、まさにその瞬間、後ろからの涼やかな声がやんわりと割って入る。
「それに彼女だって遊んでここまでこれたわけではないはず。先ほどの『カムロごとき』という言葉は取り消すべきだと思います」
係員はぱくぱくと金魚のように口を開け閉めさせて顔を青ざめさせている。
いい気味、と思いながら曹騰は天使の声の持ち主を見た。

天使だった。

腰まで届くような長い髪。
優しげな顔。
曹騰は今まで『美人』に会ったことならあったが『天使』に出会ったのは初めてだった。
惜しむらくは胸の大きさが曹騰と比べても遜色ないところだが……まぁ、これは好みが別れるところであろう。
天地がひっくり返ってもこんな娘にはなれない……曹騰は人知れず敗北感に浸った。
「なんとか彼女を寮に入れることはできないのですか?」
「し、しかし……規則は規則ですので……」
抗弁を試みる係員。
「わかりました。もう頼みません。彼女は私と同じ部屋に来ていただきます。私もちょうど1人部屋でしたからちょうどいいですわ」
「あぁーッ!? そ、それはいけません!」
「もう決めました」
真っ青になる係員。
彼女ってば……こんな傍若無人な係員が一発で恐れ入っちゃうくらい良家のお嬢様なのかな? 曹騰はそっと彼女の顔を盗み見る。
目があった。
恥ずかしくなって顔を伏せる曹騰に彼女はにっこりと笑いかけ、手を差し伸べる。
「これからよろしくお願いしますね……私は劉保、と言います」
劉……
蒼天会長の家柄……この娘が誰だかよくわからないけどいいとこのお嬢さん、という推測は間違っていなかったようだ。
「りゅうほ……劉保ね。私は曹騰! 季興って呼んでね。これからよろしく!」

曹騰が彼女の差し出した手を握り締める。
そのときの彼女のなぜか、曹騰に対して驚いたような表情が印象的だった。

553 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:32
-Sakura-
第2話:琴平

「劉保ってお嬢様なんだよねぇ〜?」
「りゅ、りゅうほ……!?」
曹騰の言葉に劉保は目を白黒させた。
曹騰はくるくると逢魔が時の薄暗闇の中を回転しながら……
そして劉保はそれを楽しそうに眺めながらしずしずと、2人は並んで歩いていた。
「あっれ? 劉保って名前じゃなかったっけ? 違った?」
心底、不思議そうに曹騰が劉保に問う。
「いえ、劉保であってます。ただ……」
「ただ……?」
不思議そうな顔を浮かべる曹騰に劉保は苦笑を浮かべる。
「あまりそう呼ばれ慣れなかったものですから」
「呼ばれ慣れなかったって……」
自分の名前だろうに、と思いはしたがそれも家庭の事情なのだろうと思って言葉を飲み込む。
どういう事情だかはよくわからないが。
「……で、お嬢様なんだよね?」
露骨な曹騰の言葉に劉保は再び苦笑。
「そう、かもしれませんね」

思えば子供の頃から大事にされすぎて同年代の友達を得ることも出来なかった。
周りがみな自分の名前を知っているのだ。
近づいてくるのは自分の名前を利用して出世しようとするやつらばかり……

だから劉保にとって自分のことを知らないでいてくれる曹騰ははじめての興味深い存在だった。
「ねぇねぇ、劉保ってあだ名ってないの? あだ名」
「あ、あだ名!?」
劉保は一瞬、呆然としたがすぐににっこりと笑った。
「あだ名、というのはありません。私のことは劉保とだけ呼んでくれればそれで十分です」
「ふ〜ん……あ、そうそう……」
何気ない会話。
曹騰が振ってくる……彼女にとっては本当に何気ない話題なのだろうが……それは劉保にとってはとてつもなく新鮮な時間だった。

「……ってば! 劉保ってば!」
少しぼんやりしていたのだろう。
ふ、と気付くと曹騰の顔がほんの目の前にあった。
「は、はい?」
「あ〜、びっくりした。劉保ってば急に立ち止まるんだもん」
屈託なく笑う。
「ちょっと考え事をしちゃいました」
「わかるわかる」
なにがわかるというのか、曹騰は劉保の言葉にしきりに頷いてみせる。
それもまた……なにか嬉しかった。

554 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:33
「で、どうかしましたか?」
劉保の言葉に曹騰は『あぁ、そうそう』と言った。手をポン、と打つアクション込みで。
芸の細かい娘である。
「劉保って何年生なの?」
曹騰は学生課の係員を明らかに圧倒する存在感から自分よりも1歳か2歳は年上だと思っていた。
胸は……まぁ、成長期には個人差がある。きっとこれからだ。大丈夫。
「今年から高等部です。曹騰さんと同い年ですね」
劉保の言葉に曹騰はぴしっ、と石化した。
「あ、あの……えっと……季興さん?」
まるまる30秒固まってから曹騰は目をぐるぐるさせながら喚いた。
「お嬢様で、キレイで、私よりも年上かと思ったら実は同い年でーッ!? 完璧超人か、あんたはーッ!?」
「え、えぇッ!?」
劉保にとっては……まぁ、当たり前であろうが……はじめてこんなことで怒られているわけである。
「天は二物どころか森羅万象をあんたに与えたかーッ!?」
「そ、そんなッ!?」
理不尽である。
目をぐるぐるさせていた曹騰は……しかし、ある一点を見やってからふむ、と考えこんだ。
「き、季興さ……わひゃあ?」
劉保が変な声をあげた。
曹騰が劉保の胸を前から揉みはじめたからだ。
「ごめんごめん。完璧超人じゃなかったね」
「あ、いや。やめてください……季興さん」
ふにふにふに。
顔を真っ赤にして悶える劉保。
「これが劉保の完璧超人っぷりを阻害してる、と思うと愛しく思えるねぇ」
「あ、だめ。そこ……や、やめて、ください」
ふにふにふに。
ちっちゃいが感度はいいようだ。いいからどうだ、というわけでもないが。
不意に曹騰の手が止まる。
「あ、ん……え?」
「へへ〜、劉保ちゃん、感じちゃった? 可愛かったよ〜」
胸を揉まれたときとは違う気恥ずかしさで再び劉保の顔が朱に染まる。
「もう、季興さんなんて知りません!」
ぷいっ、とそっぽを向く。
「ごめんごめん」
へらへらと笑いながら劉保に謝る曹騰。
「許しません」
しかし劉保の口元はその言葉とは裏腹に笑みを形作っていた。
……こんな友達なんてはじめてだったからだ。

555 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:34
「うっわぁ」
曹騰はその巨大な建物に驚きの声をあげた。
司州蒼天女子寮。
さすが学園都市の首都の寮である。
その威容はまだこの司隷特別校区に到着して間もない曹騰を驚かせるに十分なものだった。
「ふふ、どうしました?」
曹騰の驚いた顔を見て劉保はくすり、と笑った。
「びっくりしたよ〜。こんな大きいんだねぇ」
心の底からの驚きに劉保はまた笑みを漏らす。
「さ、お姫様。こちらが女子寮になりますわ」
「うん、苦しゅうない」
劉保の言葉に曹騰は尊大に頷き……吹き出した。
「く、くくく……劉保っておもしろいんだね」
「そんなことはありませんわ……さ、司州蒼天女子寮へようこそ」
劉保が曹騰を招き入れる。
そこも……曹騰が見たことがない別世界だった。
「ほぇ〜」
感嘆にもならないような声をあげる曹騰。
それを微笑ましげに見ていた劉保の顔が不意にこわばる。
「ここにおられたんですか」
「あ、えぇ……ただいま帰りました」
曹騰は劉保に声をかけてきた女性を横目で観察する。
背の高い、しかし目の細い女性である。

竹刀を片手に持っていることから恐らくは軍人なのであろう。
ぽわぽわとした喋り口調ながら劉保には礼儀を尽くしているようだ。
しかし……そう、親しそう、という言い方は少し違うような気がする。
どこかに遠慮が感じられる口調。
まぁ、無遠慮よりはいいだろう……
自分のことを棚に上げて(曹騰の心には棚が108個ある)曹騰は女性の胸を見た。

でかい! いや、そうじゃない!
女性の胸には燦然と輝く二千円札階級章。
カムロの自分にとっては雲の上のひとである。
思わずびしっと気をつけをしてしまう。
というか……
「劉保……ねぇ、このひと……」
誰? と聞こうとする曹騰の目の前になにかが突き出された。
目で追うと……女性の手元に……って、竹刀!?
「うわぁッ!」
跳び退る曹騰。
女性はにこにこと笑みを浮かべたまま竹刀を曹騰に向けたまま……
(こ、こあい……)
目の前の女性はとりあえず名前がまだわからないので曹騰の中で『ぽわぽわ暴力的二千円』と命名された。
そのまんまである。そうでもないか。
「そこのカムロ……この方を誰だと考えているのかは知りませんが呼び捨てにする所見をぜひとも伺いたい」
「え? ……えぇ?」
呼び捨てにする所見、ってあんた……
「梁商さん、季興さんは……このひとはなにも知らないの!」
慌てて女性……梁商と呼ばれたか……の腕にすがる劉保。それでも竹刀の切っ先はピクリとも動かず曹騰に突きつけられたまま。
「なにも? ……なにも、とはどういうことです?」
劉保は梁商に答えず曹騰に向き直り、少し痛々しい笑みを浮かべた。
「隠していたわけじゃないんですけど……私、次期蒼天会長に指名されているんです」
劉保の言葉に曹騰は意識が遠くなりそうになった。
雲の上どころか大気圏の上のひとだ。すでに人間ではない……

556 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:34
蒼天会……
正式には『夏学園都市女子高等学校連合生徒会代表会議』。校祖である劉邦からはじまって以後、数十年もの伝統をもつ組織。
学園の学園であるための象徴的組織、そしてその頂点に……5万余にも及ぶ学生たちの頂点に君臨する存在こそ蒼天会長であった。

次期蒼天会長、ということは……

曹騰は前を歩く劉保のあとをとぼとぼ歩く。
その後ろを牽制するように歩く梁商が怖いわけではない。
梁商のことは多少しか怖くない。
それよりも……

ぴたっ、と劉保が足を止めた。
びくっ、と曹騰も足を止める。

「なんで……隣を歩いてくれないんですか……?」
劉保の声は悲しみに満ちていた。
しかし曹騰にとってはもう取り繕うだけで精一杯である。
「え、いや、だって、ほら、次期会長サマの横を歩くなんて恐れ多い……」
「サマなんて呼ばないでッ!」
曹騰の言葉を切り裂くような劉保の悲鳴。
曹騰は梁商と一瞬、顔を見合わせる。
「季興さん……私のことを呼び捨てにしてくれたじゃない……それははじめてのことで……とても嬉しかったのに……」
劉保は泣いていた。
「いつだってみんな私のことを知っていた……だからなにも知らないでいてくれたあなたのことがすごく嬉しかった……でも、もうそれもおしまい」
歌うように呟く劉保。曹騰もカムロであるから差別を受けてずっと生きてきた。
無視される辛さはこの身に染みているはずだ、なのに……今、自分が劉保を傷つけてしまった……
「ごめん、劉保」
悲しみに彩られたその口調に償いの言葉はすんなりと口の端に乗せられた。
この子を悲しませるくらいなら地獄の業火に焼かれてしまえ、とそう思った。
「申し訳ありませんでした。次期会長がそんなことを思い煩わされていたとは露知らず……しかしわたくしはもうずっとこの態度で慣れてしまいました。いずれお名前を呼び捨てにさせていただきますので今はこれでご勘弁を」
梁商も首をたれる。
「曹騰さん、さっきはごめんなさいね」
首をたれながら梁商は曹騰にもそっと呟く。
いいひとなんだな、と曹騰は漠然と思った。
「ホントにごめん。もうサマなんて言わない。ごめんね」
曹騰の言葉に劉保はようやく涙を流しながら笑顔を見せた。
「今度、サマなんて言ったら絶交、ですよ……」

557 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:36
とりあえずあんまり連投もあれなので2話までです。
復帰したら続投の方向性でお願いします。

まぁ、引越しは土曜なのでそれまでに3話くらいまで投下するかもですが^^;

558 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:50
>北畠蒼陽様
(;;゚Д゚)曹騰キタ―――――!!!
とか言いながら、実は党錮事件以前(しかも第二次以前)の知識はさっぱりな私_| ̄|○
とすれば今の私に残された道はひとつ、話そのもののよさに浸るしか…続きが楽しみであります!
一刻も早いオンライン復帰を心よりお待ち申し上げる!

では、今度は私めが北畠様の後を追っかける形になりますな。
実は個人的に好きな人物である審配の最期SS、僭越ながら上梓致します。

559 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:55
-邯鄲の幻想(まぼろし)-

冀州校区、ギョウ棟。かつては邯鄲棟と呼ばれ、先代、先々代の学園混乱時代から、この地屈指の堅城として知られる棟だ。袁氏生徒会役員の残党と、曹操率いる蒼天会との戦いも、この地の陥落をもって一区切りのついた形だ。
「ようやく、落ちたな」
「そうね〜、こんなに梃子摺るなんて、思ってもみなかったなぁ」
そのギョウ棟がよく見渡せる小高い丘の上に、二人の少女が立っていた。その腕には、蒼天会役員であることを表す腕章と、その身分を表す紙幣章をつけている。片一方の、小柄で赤みがかった髪の少女のつけているのは、学園組織の中でも数名しか存在しない一万円章だ。
小柄な少女は、いまや蒼天生徒会を掌握する、蒼天会長の曹操。
その傍らに立つのは曹操幕下きっての参謀・郭嘉。
「会長、ギョウ棟の主将、ご命令通り捕縛いたしました」
「ん、ご苦労様」
報告に駆けつけた少女に労いの言葉をかけ、
「でさ、何人か集めて棟の執務室を掃除しといて。例の娘は、別の部屋で待ってて貰うように…くれぐれも、丁重にね」
「畏まりました」
命令を受けた少女は再び、本陣のほうへ駆け戻っていく。
「…会長、あんたマジであいつを口説き落とすつもりか?」
「もっちろん。アレだけの逸材、放っとく手は無いでしょ」
「…きっと無駄だと思うけどなぁ…」
呆れ顔の郭嘉を他所に、曹操はこれから会いに行く少女にどんな言葉をかけようか、どう用いようかと、そのことで頭が一杯になっているように見えた。

宛がわれた部屋で、少女は椅子に腰掛けたまま項垂れていた。
飴色の光沢がある髪を、スタンダートなツインテールに纏めている髪型は幼い印象を与えるが、その幼い顔立ちのせいか良く似合っている。笑えばかなりの美少女のように思えるが、その鳶色の瞳は虚ろで、何の表情もみせていない。
手は布で戒められているが、その布は手触りこそ柔らかだが恐ろしく丈夫な、学園の制服にも使用されている特殊素材だ。かつて「鬼姫」と恐れられた呂布の力を以ってしても、紐状に捻ってあるこの布を引き千切ることが出来なかったと言うウワサがある。
その少女の名は審配、綽名して正南。かつてこの地を治めていた実力者で、曹操との戦いに敗れて失意のうちに引退した袁紹の専属メイドのひとりであった。袁紹が学園に覇を唱えるべく動き出すと、その才覚を見出され、参謀として抜擢された逸材だ。自分を認めてくれた袁紹への忠誠心は正に鉄石、その遺志を奉じ袁尚の副将としてギョウ棟の守備を任されていた。
そう、「いた」のだ。
彼女はギョウ棟を追われてしまった主・袁尚の留守を護り、迎え入れるために必死に棟を護ってきた。曹操の腹心・荀揩ネどは彼女を「我が強くて智謀に欠ける」なんて酷評していたが、その指揮能力の高さは曹操も舌を巻くほどだった。
攻めあぐねた曹操は、審配が従姉妹の審栄をはじめとした同僚達と不仲であったことを利用し、離間の計で内部から切り崩したのだ。ギョウ棟を守った忠義の名将は、哀れにも身内の手によって戒めを受けることとなった。
「いい様ね、正南先輩」
不意に扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。
黒髪をポニーテールに結った、真面目そうな雰囲気の少女。先に袁氏を見限り、曹操の傘下についた辛(田比)、綽名して佐治である。邯鄲陥落の直前に、審配とも顔見知りだったことから、降伏勧告を呼びかけてきた少女だ。
審配は一瞥し、再び視線を戻す。
「知ってますか? あなたがあの時投げ捨ててくれたティーセット、アレは私の宝物だったんですよ?」
審配は何の反応も示さない。
「此処の初等部に入学した際、記念に祖母が贈ってくれた大事なものだったんです」
独白を続ける辛(田比)の顔にも表情は無い。いや、正確にいえば、感情を努めて押し殺しているように見える。
「…だから…何」
一拍置いて、審配はようやく口を開いた。
「宝物を壊された仕返しに、私をこの窓から放り投げてやるとでも?」
「…!」
相変わらず表情は無いが、抑揚の無い声には、明らかな蔑みの響きがある。辛(田比)の表情は、見る間に険しくなっていった。
「折角あんたの頭を狙ってやったのに、外したのが残念…」
「貴様ぁぁー!」
刹那、辛(田比)は怒りで顔を紅に染め、審配を無理やり立たせると、その顔面へ向けて思いっきり拳を振り下ろそうとする。
「はい、そこまで」
その拳が、寸前で止まる。手首を捕まれた辛(田比)が振り向くと、曹操を始めとした蒼天会幹部の面々が何時の間にか立っていた。手首を掴んでいるのは、曹操が最も信頼するボディーガード・許チョ。この緊迫した事態にあってもぽやんとした表情を崩さないあたりは、流石は許チョといったところか。
「曹操…会長」
「駄目だよさっちゃん。どんな事情があっても、捕虜の私刑はご法度なんだからね!」
そんな一連の事態の渦中にあっても、審配の表情は相変わらず、虚ろなままだった。

560 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:58
整然と片付けられた執務室。
部屋の壇上、曹操が卓に着き、その後ろには、ぼんやりした表情の許チョが立っている。
その左には夏候惇、張遼ら曹操幕下きっての猛将たちが揃い踏み、右には郭嘉、荀攸、程Gといった鬼謀の知者がずらりと並ぶ。その片隅には、先程揉め事を起こした辛(田比)の姿もあった。
壮観な風景である。この中央に立たせられ、曹操と面と向かい合って立つものの殆どは、その威風に居竦み、あるいはその名誉に打ち震え、あるいは己にもたらされる末路に恐怖する。
しかし、審配はそのどれにも当てはまらない。席を与えられ、腰掛けている彼女の表情は虚ろなままだ。
「っと、さっきのはごめんね。理由はどうあれ、あたしの監督不行き届きが招いたことだから」
気を取り直すように、曹操は努めて明るい口調でそう言った。
「いやぁ、この邯鄲棟を落とすのにそりゃあもう苦労させてもらったわよ。いくら棟内部を知り尽くしてるからって、あそこまで護りきれる人なんて滅多に居るもんじゃないよ」
「…何が…言いたいの?」
ようやく、沈黙を守っていた審配が口を開いた。相変わらず表情は無く、声に抑揚も無い。
学園で袁紹を見かけると、顔良や文醜といった輩に混じって、明るい笑顔を振り撒くこの少女の姿をよく見ていた曹操は、少し寂しい気持ちになった。しかし、それをおくびにも出さず、なおも明るい口調を崩さず、
「ようするにあたし、キミのこと気に入ったんだ…どうかな、蒼天会に協力してくれないかな?」
「…部下になれ、と?」
「ぶっちゃけて言えば、そういう事になるのかな。もちろん、ただでとは言わないよ。何か条件があれば…あ、もしかして袁尚たちのことが心配なら、可能な限りその立場は保障する。キミが彼女達を説得してくれるならそれでも…」
「ふざけた事言わないでッ!」
その瞬間、審配は怒声をあげ立ち上がった。ギョウ陥落以降、彼女が見せた初めての感情は、怒り。
「私は腐っても袁家の…ううん、袁本初の遺志に殉じる臣よ! そこの辛(田比)みたいな日和見主義者と一緒にされるなんて侮辱以外の何者でもないわ!」
その言葉に、辛(田比)の顔色が変わる。曹操は目配せをして、その両隣りに立たせていた徐晃と夏候淵に辛比を制させた。激昂する審配は、自分の階級章に手をかけると、それを無造作に引きちぎり…
「虚しく虜囚となった今、本初様に合わせる顔も無い…私の答えは、これだッ!」
「!」
ほんの一瞬前、曹操の顔があったあたりに何かが飛んできて、背後の黒板に当たって跳ねた。
床に落ちたそれは、審配のつけていた貨幣章だった。袁紹の寵を受けながら、富貴を求めず、ただ誠心誠意仕えたことを示す、その重責に似合わない低い階級章は、まこと彼女らしいといえる。
曹操の表情から、笑みが消えた。居並ぶ諸将の表情にも、緊張の色が浮かぶ。
「さぁ…放校だろうが、退学だろうが、好きになさい! もう、未練は無いわ!」
「そう…なら、キミに相応しい罰を受けてもらうよ…」
静かだが、内面に沸き起こる憤怒をこめた曹操の視線が、審配を射抜く。しかし、審配は気丈にも、それを睨み返していた。

どの位時間が経っただろうか。
あのあと審配は、最初に居た部屋に戻されていた。その手に、戒めはない。
(終わったのね…すべて)
彼女は、ジャージのズボンのポケットから何かを取り出し、手の上に載せた。それは小さなロザリオの着いた、銀のネックレス。
官渡公園での決戦が行われる直前、兵卒を預かる将の証として袁紹から下賜されたものだ。審配にとっては、敬愛する袁紹に認めてもらえた確かな証。殆どの袁氏生徒会役員達が自身の保身の為に打ち捨て、あるいは討たれて戦利品代わりに持ち去られていってしまった。
恐らくは、これを保持しているのは彼女のほかは、今なお戦い続けているであろう袁尚、袁熙姉妹か、高幹といった袁紹の身内連中くらい…いや、それも怪しい所だ。
(…申し訳ありません…私は、あなたの遺志を守ることは出来なかった…)
手の中のそれを、強く握り締めた。
彼女が見つめる窓の先には、リタイアしてのち、一般生徒として生活する袁紹が居るだろう学生寮が見えた。その瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
(私は学園を、あなたの元を去ります…これで、さよならです…二度と、お会いすることは…)
「お待たせ〜」
先程とはうって変わって、実に能天気な調子の曹操と、郭嘉のふたりが部屋に入ってきた。慌てて涙を払い、再び気丈な表情で、曹操と向き合う。
「まぁ…いろいろ考えさせてもらったんだけどね。やっぱりこれしかないと思ってわざわざ来て貰う事にしたんだ。入って」
「えっ…?」
曹操が促すと、ひとりの少女が部屋に入ってきた。その人物を見た瞬間、審配の表情が凍る。
山吹色のヘアバンドで留めた、流れるような光沢のあるストレートの黒髪。多少やつれてはいるが、目鼻の整った気品のある美貌と、制服の上からでも解るスタイルの良い長身。その雰囲気は、深窓の令嬢という表現以外に出て来そうに無い。
彼女こそ、袁紹そのひとだった。
「たっぷり、叱って貰うといいわ…後は、彼女にキミの処遇を任せるから…じゃあね」
それだけ言うと、曹操たちは二人を残し、部屋を後にした。
閉じた扉の音が、何よりも残酷なものに、審配には思えていた。

561 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:58
「…あ…あの、私…」
沈黙を破ったのは審配だった。
「私…何も出来ませんでした…顕甫お嬢様を護るどころか、曹氏蒼天会に一矢報いることさえ」
袁紹は黙ったままだ。その沈黙が、自分を責めたてているように思えた。
「私にそんな力は無いのに…いきがってつまらない意地張って…こんなことに」
俯いた瞳から、涙が零れる。
不意に、抱き寄せられる感覚に審配は驚き、顔を上げた。
「…え…」
「御免ね…私が愚かなばかりに、あなたをこんなに苦しませてしまうなんて…」
「そ…そんなっ! 本初様は何も悪くないです!」
袁紹は頭を振る。表情はわからないが、その声は涙声だった。
「…私は、たくさんの娘達を…私を信じてついて来てくれたみんなを…裏切ったのよ。そして、残ったあなたたちに、すべてを押し付けて逃げた卑怯者よ…」
「本初…様」
「許してなんて言えないわ…本当に…ごめんね…」
審配は思い返していた。
この部屋に入ってきた袁紹の顔は、酷くやつれていた。官渡の決戦に敗れ、失意の引退宣言をした時よりもずっと、やつれているのが解った。覇道を断たれ、一線を退かなくてはならなかった無念がそうさせたのだと、審配は最初思っていた。
しかし、彼女はそれが間違いだったことを理解した。袁紹はずっと、自分の不明によって失ったかつての仲間達や、残った自分達の事を思い、それに罪の意識を抱き、苦しみつづけていたのだろう。恐らくは、ひとりで。
だから、彼女は思った。
「…大丈夫ですよ…みんなきっと、あなたの事を恨んでなんか居ません」
「…え?」
「考えたプロセスが違ったかもしれないけど、みんな同じ未来を目指して、あなたについてきたんですから」
自分は心底、この人のことが好きだからこそ、この人を見捨てることが出来ないから。
「だから、もうそんなに、ご自分を責めないで下さい…それでもあなたが、ご自分を許せないと言うなら」
それが自分の償いの道であると、そう思ったから。泣き笑いのその表情は、何処か吹っ切れたように見えた。
「私にも、その苦しみを、背負わせてください」
「…正南、さん」
泣き崩れた大切なひとの身体を、審配は強く、抱きしめていた。

部屋を立ち去り、屋上に上った曹操は、振り向きもせずに呟く。
「…どうして、なんだろうね」
「あん?」
「公台も、雲長も、あの娘も…どうして、あそこまでひとりのひとについて行けるんだろうね」
その背中は、酷く寂しそうに見えた。元々小柄な少女だが、郭嘉にはそれが一層小さく見えるように思えていた。
郭嘉は、口にくわえた煙草に火をつけ、その味を一度確かめる。そして、おもむろに言った。
「…そりゃあな、きっとあたし達があんたにくっついていくのと変わらないんだと思うぜ」
「え?」
「あいつ等にはあいつ等の信じたヤツと同じ未来しか見てないように、あたし達は曹孟徳と同じ未来しか見てないんだ…そういうもんさね」
「…そっか」
振り向いた曹操の笑顔は、何処か寂しげだった。
「さ、もう往っちまった連中は放っておいて、これからのことを考えようぜ。まだまだ、先は長いんだからな」
「ん…そだね」
眼下には、棟から去って行く二人の姿が見えた。
かつて課外活動で己の覇道を貫こうとした少女と、それを支えた名臣は、今や只の一生徒でしかない。しかし、彼女等はそれでも、よき友で在り続けることを選んだようだった。
いや、多分、これからふたりは本当の"友達"になるのかもしれない。
曹操の目には、それがあまりに寂しくも見え、羨ましくも見えた。
「ね、奉孝」
「何だ?」
「もし…もしもだよ、あたしが本初みたいになったら、キミはあたしについてきてくれるかな?」
一瞬、呆気に取られる郭嘉。次の瞬間、さも可笑しそうに笑う。
曹操は少し不機嫌そうに、
「な、なんだよ〜、あたしは真面目に話してるんだよっ!」
「ははは…そんなこと、させねぇよ…あたしの命に賭けても、会長を袁紹みたいな目に合わせやしないさ」
「もしもだって言ったじゃん」
「…その、もしも、もありえないさ。絶対に」
微笑んだ彼女が見上げる空は、何処までも青く澄みきっていた。
最期の言葉は、その身に待ち受ける、あまりに過酷な未来をも覆せるようにと…そんな彼女の願いもこめられているようだった。

(終わり)

562 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 22:09
以上です。
主役は審配のハズですが、実は最後で、雪月華様の「烏丸反省会、懊悩」への微妙な複線になってるとかなんとか。

あと、袁紹との絡みは完全にドリーム(つーか妄想?)です。
審配(&逢紀&郭図)もオフィシャルがなかったみたいなので、またしても勝手に描いてしまいました…
それものちほど持ってきます。

563 名前:北畠蒼陽:2005/02/11(金) 00:05
>海月 亮様
くはぁ……
さすがのヒトコトですな……

思えば私が審配ってヒトを意識したのは中学生の頃、市立図書館で読んだ三国志の小説。
誰が書いたものかは忘れてしまいましたがちょうどこのSSのように辛ピがでてきて……
辛ピの兄、辛評の仇の審配を号泣しながら責め立てようとするシーンがありまして、それが三国志を人間ドラマとして見る一番最初の理由だったような気がします。
曹操にとっても審配をとるか辛ピをとるか、ってんですごい悩んだでしょうね、実際のとこ。

とりあえず眼福で御座いました(笑

564 名前:海月 亮:2005/02/11(金) 22:25
>北畠蒼陽様
なんですと!(;;゚Д゚)そんな素晴らしい小説があるなんて…!
私が審配を知るきっかけになったのは吉川栄治「三国志」なんですよ。アレだとそのシーンの描写も素っ気無いんですけどね。
それはさておき、実は審配や、(異論はあるかもしれないですが)日本でいえば真田幸村とか島左近とか山中鹿之助とかのように、忠義に殉じて散った人物が大好きなのですよ。

565 名前:岡本:2005/02/13(日) 16:58
海月亮様、北畠蒼陽様 岡本と申します。
こちらに貢献できなくなって久しいですが、閲覧は続けております。
活気を呼び込んでいただいてありがたいです。

>海月亮様
文章はお見事ですが、なまじ私も正史を読んでいるだけに、
”そこは解釈が違うんじゃないか””あまりにも主人公側を持ち上げ、
敵役を(背景を考えずに)安易に貶めすぎてはいまいか”と気になってしまいますね。
まあ、そこは各執筆者様ごとの見解の違いであって云々すべきところ
ではないかも知れませんが。

丁奉=個人的には”三国で見ても最後の豪勇”ですね。そういう意味では興味深い
一人ではあります。ただ、切り込み隊長的スタンスから最後まで抜け出せなかった
のが惜しまれますが。この人は最終的に大将軍や大司馬までなっていますが、多大な
功績はともかく政略眼や将帥としての才幹が乏しい人間がこういう地位にいるのは
国としてはある意味不幸だったかも...。攻撃型君主待望論にのって孫皓を皇帝に推挙した
人間の一人でもあるんですよね...(そういう意味では孫皓は末期まで軍官からは以外に悪く言われていません)

韓綜=初期の元勲の不肖の息子(ここでは妹)という立ち位置ですが、そう単純な話でも
なさそうなんですよ、これが。韓当の葬儀にかこつけて一族郎党を国外逃亡させ、その際にも部下に親族の娘を
娶わせて離反を防ごうとしています。突発的に反抗したのでなく、かなりの計画性を感じます。
わざと不評を流すことで、処罰を恐れた部下の踏ん切りをつけさせたという説も聞いたことがあります。
結局、20年近く対呉戦線で暴れていたことを考えると軍人としてもこの時期では優秀な部類に入ります。
周瑜の息子が優遇されなかったことに関して、孫権はもっともらしいことをいっていますが、
豪族連合体で権力基盤の弱い孫家を脅かしかねない大姓を一つ一つ牽制していた可能性があります。
程普・黄蓋の息子が優遇されていない、甘寧の息子は交州送りという事柄を考えると、勢力基盤が0に近い一代目は
他の大姓を牽制するために優遇しますが、2代目以降になると逆に彼らが大姓化して孫家を脅かす可能性が無視できなくなり
勢力を削るようになっていたという考え方もできます。

審配=忠魂烈士と評がある人物ですが、彼(彼女)が忠義を尽くしたのは袁紹というよりむしろ袁尚という気がしてます。
かなりきついタイプの人ですね。袁譚と袁尚の仲たがいで決定的に袁家勢力が弱まったことを考えると、果たして
本当に忠義の人物だったか?といわれると首をすこし捻りますね。ギョウ攻防戦で見せた防戦指揮はすばらしいものでしたが、
こと際まる直前に袁譚派の辛評の家族を抹殺したのは、”曹操を手引きした”という問題を追求した結果にせよ、人間として超えては
いけない一線を越えた人物という印象のほうが強いです。私は独善性の強い激情家と解釈しています。

以上、長々とあら捜しのような発言で失礼いたしました。

566 名前:海月 亮:2005/02/13(日) 21:18
>岡本様
お初にお目にかかります、昨年末よりこちらにお邪魔させていただいている海月でございます。
こちらこそ、私めの瑣末な文章に対し、ご丁寧な指摘の数々、恐れ入ります。

仰る通り、私が話を書く場合、どうしても話の主役(この場合は丁奉と審配ですな)に重点を置いてしまい、その他の登場人物を軽く扱ったり、それが敵対者であれば主役を引き立てるために必要以上に貶めて書いてしまうのです。
これが性分だ、と言ってしまえば簡単ですが、こうやって人様の目に触れる場所に拙作を上梓する以上、キチンと考えなければならない問題だと思いました。
確かに、物事には複雑に絡み合った事情があるわけで、そういったものを巧く書き出せば、より良い作品が出来るのも道理です。
実際、呉の凋落を招いたのは孫氏と配下にある有力豪族との関係に齟齬を生じていたことに遠因があったわけですし、韓綜出奔の事情も、そこに求めることだって出来るわけですし…それを無視していたことは、大きな失敗でした。

ここはこのご指摘を心に留めて素直に己の未熟を猛省し、更なる精進を積み、岡本様始め参画者の皆様方に納得して戴ける作品を上梓することで、お詫びに代えさせていただきたく存じますm(__)m
と、いうわけで、お目汚し失礼いたしました&未熟者ですがこれからもよろしく御願いいたします。では。

567 名前:★ぐっこ@管理人:2005/02/13(日) 21:42
あー、私出遅れすぎ。

>>540
教授様GJ( ゚Д゚)!
凌統。・゚・(ノД`)・゚・いや、楽進の方か。・゚・(ノД`)・゚・
このシーンで飛ばされるということは蒼天テイスト込み…
そういや無双でも出てくるんですね、凌統…つうことはアレか、
甘寧とのカラミが増えて呉スキーたちはハァハァなんだろうな…

>ロバミミモード
うわははははは!海月様!イイ!
何がいいといって、顧雍たんや歩隲たんの反応がっ!
海月様はこのへんの脇キャラが特にうまいなあ…。
あのロバ耳の原因は、やはり孔明だったか(;´Д`)

>曹騰初登場( ゚Д゚)
北畠蒼陽さま!キタ!キタ!キましたよ!?
あっ、何かが降りてきた!Σ(・∀・)ピキーン
チクショウ、もっと早く熟読しておけば!東鳩2なんかやってるんじゃなかった!
曹騰姉さん、キャラのディテールとかはこちらの脳内騰たんと多少違うとはいえ、
順サマとの関係とか、梁商とか、イイ感じに降りてきましたよ!?
リヨみてとかリヨみて外伝とかの、更に源流になる物語!
むう、双璧祭と兼ねて何かできそう…(;´Д`)ハァハァ

>審配
(´Д⊂…!
いや、彼女の場合、なんつうか姜維と似通った暴走癖みたいなのが印象
に残ってますが、それでも当代の人物には違いない。郭図もそうですが
リヨみて的世界観でいえば、袁紹お嬢様の側近として「ごきげんよう」
の世界を守ろうと頑張っていたに違いない…

そういやBSでやってたドラマでも、辛[田比]が審配を鞭で叩いてました(;´Д`)

568 名前:海月 亮:2005/02/15(火) 00:30
>ロバ耳誕生秘話
なんでもかんでも孔明に帰結させるのは正直、安直な気もしましたが…。
まぁ、孔明ですから、何しててもおかしくないってことで、どうかひとつ。

>BSのドラマ
…ってあの人形劇のヤツでしたっけ?
何気にそのシーン、観たかも知れない…。

先日は申し述べることを忘れていたので、ここでひとつ審配のことについて。
海月の解釈は、審配が袁尚に忠義を尽くしたのは、袁紹が袁尚を後継者にしたいと思っていたことを汲んでのことだと思ってます。
袁紹に対する忠誠心ゆえに、袁尚に尽くしたという解釈です。袁紹が袁尚を後継者にしたいと思っていたことについては、袁紹伝にも記載されてましたし。
もっとも審配が「独善性の強い激情家」ということについては、私も同意見ですが。

それと郭図。
何気にぐっこ様の一言で、イメージがうまく固まりそうです。
何かいい味が出せそうな予感が…(;´Д`)

569 名前:北畠蒼陽@ネットカフェ:2005/02/17(木) 19:48
ネットカフェからこんばんは。
明日がお休みであることをいいことに今日は徹夜でネッカです。

それはともかくまだネット環境復活しません。
しばらく復活しないかもしれません。
なので投下もできません。
5話まで完成してるのにぃ(ノ_・。

まぁ、岡本様のおっしゃる活気からは程遠い人間ですがもうしばらくお待ちを^^;

570 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:17
えっと……
昨日の19時にネッカから復帰できないと書き込んでおいて家に帰ってみたらネットがつながっていたすごいかっこ悪いメルヘンです。
復帰記念に第3話投下させていただきますよぐすん(ノ_・。

571 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:17
-Sakura-
第3話:平野突羽根

劉保、曹騰、梁商の3人は劉保の部屋でくつろいでいた。
……広い。
広すぎる……
これが特権階級というものなのか……
曹騰は唖然としたが、よく考えたら自分もこの部屋に住むことになるのだ。
さらに唖然。

「……わたくし? 2年生ですわ」
ファーストインパクトは恐怖しか感じなかった梁商も話してみるとやけにいいひとだった。
劉保はお茶を入れると言って(本当は梁商が『わたくしがやります』と言ったのだけど劉保が自分がお茶を入れたい、と言って譲らなかったのである)
「梁商さんは〜……じゃあ劉保のおつきかなにかなの?」
「えぇ、そうお考えください」
よかった。もう呼び捨てても怒られない。
曹騰はない胸をなでおろす。
「曹騰さんはどうしてカムロに?」
「え〜と……私のお姉ちゃん、曹節っていうんだけど『一流の人間になるためには一流のものに触れ続けるのが一番だ』ってのが持論で。この学園都市の『一流』ってやっぱり司州だからどうしてもここにきたくて。でも私、カムロになるくらいしかここにくる方法がなかったの」
私、頭が悪いから、と言ってえへへ、と笑う。
「なるほど……」
正直な曹騰の答えに梁商も苦笑をもらした。
「……だったらこうしてはどうかしら」
台所でお茶を入れていた劉保がティーカップを手に持ちながら話に加わる。
「私と一緒の先生に勉強を教えてもらう、というのは……はい、梁商さん、どうぞ」
「ありがとうございます、次期生徒会長……なるほど、『一流』に触れる、という観点から見るとそれもいいかもしれませんね。班昭先生をはじめとして学園の頭脳と呼べる方々に教わることができますから」
細い目をさらに細めてティーカップに顔を近づけお茶の香りを楽し……もうとして梁商は固まりつく。
なんで緑茶なんだろう……
まぁ、飲めるからいいか。梁商はにこにこと笑みを顔に貼り付けたままなにも言わない。
「はい、季興さんもどうぞ」
「ありがとう……でも私なんかが一緒に教えてもらってもいいの?」
「えぇ、かまいません」
にっこりと微笑む劉保につられて笑いかけながら曹騰はティーカップの中身を指差した。
「ところでなんでこれりょ……」
その瞬間、風圧にも似た強大な『気』が曹騰を襲う。
にこにこと笑顔の梁商。
その目は『次期生徒会長が入れてくださったお茶だ。黙って飲め』と語っていた。
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ」
冷や汗を隠しながら曹騰は笑みを浮かべ、ティーカップを傾けた。

緑茶はおいしかった。

572 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:18
蒼天会長、安サマの治世はおおむね平穏に過ぎていた。次期蒼天会長である実の妹、劉保もおり、後継も万全と言えるだろう。
しかし安サマは小、中等部の頃から英才教育を受けてはいたもののまだ学園の裁量を取り仕切るには力量不足であり、先々代蒼天会長、和サマの頃からの副会長、搴Mが実際の政務を取り仕切っているのが現状であった。
搴Mは成績向上を推進し、また蒼天会内部の経費節約につとめた。
だが匈奴高校をはじめとする他校とのトラブルが絶えず、完全に安定している、とは言いがたい。
しかしそれらは対外的な問題であり、搴Mの欠点ではない。
搴Mにはただ一点、本当に困った面があったのである。
一般学生の前には決してその姿を現さなかったのだ。
先々代蒼天会長のパートナーであり、優秀な学園都市の牽引役ともいえる彼女はそれだけで学園のアイドルとも呼べる存在であったが、姿を表さなかっただけでミステリアスというよりも不気味さをまとい学生を引かせてしまった観は否めない。
一般学生の前に姿を現さなかった、ということは一般学生と彼女との橋渡しをする役目が当然のように必要になってくる。
それをおこなったのが蒼天会秘書室のカムロたちであった。
これによってもともとただ蒼天会の事務を司り、ハンコを捺すだけの庶務部署であったはずの秘書室は権力を増大させていったのである。

「……へぇ〜、そうなんだぁ」
「そうなんだ……って」
梁商が困ったような顔で曹騰を見る。
現在の蒼天学園についてあまりにも無知すぎる曹騰に現状を教えようとした梁商は眉を八の字にした。
「曹騰さん……一流に近づきたくてカムロになったのではなかったの?」
「うん、そうだよ」
屈託なく答える曹騰。
「……だったらなぜカムロが一流に近い位置にいるのか、ということを知らなかったのはなぜ?」
「知らないものは知らないよ〜」
知ろうとしろ、と思ったが口には出さない。
「仕方ないですよ、梁商さん。季興さんはまだ司州に到着したばかりなんですから」
劉保までも曹騰にフォローを入れてくる。
到着したばかり、なのが問題ではなく到着するまでに下調べをしておかなかった、ことが問題のように思えるのは梁商の考えすぎだろうか。

573 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:19
翌朝、曹騰は眠い目をこすりながら劉保の後ろについて歩いていた。
梁商はいない。
彼女は彼女で忙しいのである。
「劉保〜? どこいくの〜?」
あくびをしながら声を出すので『ううほ』と聞こえた。
「えぇ、これから季興さんには私と一緒にあるひとにあってもらいます。忙しいひとですからあまり時間は取れませんでしたが」
忙しい、と言っても劉保ほどではないはずである。
しかしだからといってあんまり偉いひとにあって、その目の前で劉保のことを呼び捨てにしてもいいもんだろうか……
昨日、竹刀を目の前に突きつけられたばかりだし……
曹騰が控えめにそれを劉保に伝えると劉保はしばらく考え、そして笑いながら言った。
「大丈夫だと思います。あのひとは大雑把なひとですから」
大雑把なひと、って……
「それに……どんな場所であれ、私にサマなんてつけて呼んだら絶交ですからね」
悪戯っぽい表情。
曹騰は苦笑しながら素直に両手を挙げて降参の意思表示をした。

劉保より忙しいひとはそうはいない。
それは正確な言葉である。
次期蒼天会長である劉保が忙しいことについてはなんの異論もないからだ。
しかし『そうはいない』ということは『まれにいる』ということの裏返しである。

曹騰は緊張にこわばった顔でそのひとを見た。
背は曹騰より少し高いくらいだろうか。曹騰自身の背がかなり低いので彼女も世間一般的に見てもそれほど身長があるわけではない。
一見すると美人、と言っても差し支えないような顔つきだが目つきは鋭く、一概に美人と呼ばれることを拒否しているようにも見える。
髪は後ろでゆるく三つ編みを結んでいる。
そしてその胸に光るのは一万円札階級章。

蒼天会副会長、搴Mの実の姉であり連合生徒会会長、晁ォ。
超オオモノであった。

「晁ォ会長、ご無沙汰しておりました」
劉保が優雅に一礼する。
その瞬間、ずっと睨むような表情だった晁ォの顔に笑みが広がった。
「よ〜。どうだった、次期会長。体とか壊してねぇ?」
けらけらと笑う。
気難しいひとかと思ったら、ただのとらえどころのないひとだったようだ。

574 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:19
「妹が副会長なんかになるから私がこんなとこに座んなきゃいけなくなるんだっつの。まったく……どっかに優秀な人間がいれば喜んで階級章返上するのになぁ」
ぴん、と指で自分の胸の一万円をはじいてみせる。
「困ります。晁ォ会長は私の下でも生徒会長として指導していただかなくては」
「あっはっは。次期会長には梁商ちゃんがいるじゃねぇの。大丈夫大丈夫。あの子にだったら今すぐにでも階級章を譲ってかまわないね」
他愛ない世間話、というにはいささか庶民的ではない時空の話が続く。
「……で、その子は?」
笑顔のまま晁ォが曹騰のほうへ顔を向ける。
「きこ……曹騰さんといいます。昨日から私のルームメイトになりました」
「あ、あの! 曹騰です! 劉保のルームメイトになりました! よろしくお願いします!」
かちこちになりながら慌てて頭を下げる。
頭を下げる瞬間に見えたのは晁ォの獲物を見定める鷹のような目。
……このひと……ただの豪快なひとじゃない……
下を向いているが冷や汗が止まらない。
「……劉保、ね」
やがて晁ォは呟く。
その口調は先ほどの笑顔の表情と同じものだ。
「よかったじゃん、次期会長。友達が見つかったな」
「……そんな」
劉保の照れくさそうな声。
多分、真っ赤になっているのだろうな、と曹騰は下を向いたままで思う。
「っと、曹騰ちゃん。いつまでも下向いてるこたぁねぇ」
晁ォの明るい声。
曹騰は頭を再びあげる。
「曹騰ちゃん、ね」
晁ォのどこか底の知れない、だが不快ではない笑顔。
「あんたがどっからきた誰なのか、私には興味がない。だけど次期会長があんたのことを信頼している以上、私もあんたのことを信頼してやる」
晁ォは言葉を切り、窓の外を眺めた。
鳥が飛んでいる。
一層笑みを深くし、晁ォは言葉を続ける。
「秘書室に入るためには誰かの推薦が必要になる。私があんたを秘書室に推薦してやろう」
劉保は笑みを曹騰に向けた。
「ただし……この信頼を裏切ったら私があんたをぶっ殺す」
笑顔のままさらっと言ってのける。
しかし曹騰の答えは決まっていた。
「失礼ですが晁ォ会長は劉保のことをよくわかってません」
疑問を顔に浮かべる晁ォ。
「私がそんなことをしたら……」
曹騰は劉保の顔を一瞬見てから笑って言った。
「絶交されちゃうじゃないですか」
晁ォは曹騰の言葉に爆笑した。

晁ォに見えないように曹騰と劉保は手をつないでいた。
この手が離れることがありませんように……

575 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:49
-Sakura-
第4話:千里香

それからしばらくは勉強の日々だった。
劉保の教師は確かに一流であった。
明らかに学力の劣っていた曹騰にもわかりやすい、しかも高度な授業、というのはそうあるものではないだろう。
自分が補完されていく感覚は曹騰にとって嬉しいものだったし、それになにより劉保も一緒にいてくれたことが曹騰にとってのなによりの支えだった。

講義後の部屋。
たった2人を教えるために教室を使う、というのも妙な話ではあるので寮の私室を使っている。
つまり教師を寮まで来させているわけだ。
VIPってすごい……
「季興さんって覚えが早いんですね。先生も褒めてましたよ」
劉保がにこにこと笑いながら湯飲みを差し出してくる。
中身はチャイだった。
もう慣れた。
「覚え……早いのかな」
曹騰は苦笑する。
苦笑の主な原因はチャイなのだが。
「早いですよー。私がずっと教わってきたことにもう追いつかれちゃいましたから」
そう言いながら劉保は嬉しそうだ。
追いつかれて喜ぶ性格かと一瞬思ったがそうではないだろう、多分。
「私が蒼天会長になったら政務は全部、季興さんに任せて大丈夫そうですね」
悪戯っぽく笑いながらとんでもない発言をする劉保の顔めがけて曹騰は思い切り飲んでいたチャイを吹き出した。
「汚ーッ!」
「わぁ! ごめん!」
劉保が半泣きで制服の濡れた部分を指でつまんだ。
「うぅ、クリーニング代がもったいないなぁ」
意外とけちくさい。
「劉保がいきなり変なこというからビックリしたじゃないのさ」
心臓がばくばくいっている。
「変なこと……先生も褒めてました?」
「そのあとそのあと」
劉保は形のいいあごに指を当てて考える。
「クリーニング代?」
それは吹いたあとの発言である。
「ん〜と……政務全部?」
こくこく頷く。
「変かな?」
自覚がない。
「私、そんな権力なんていらないよ〜」
曹騰はたった1人、劉保と一緒にいられる、というだけで幸せを感じていた。
だから権力など必要ない。

「権力なぁ。まぁ、私もいらねぇなぁ」

いきなり後ろから声がした。

576 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:50
「よぉ」
曹騰は声の主を目で確認すると同時に背筋を伸ばす。
連合生徒会会長……
「晁ォ会長……」
……であった。
劉保が困ったような顔で晁ォの名を呼ぶ。
「どした?」
「ノックくらいしてください。いきなりはビックリするじゃないですか」
晁ォは劉保の言葉に初めて気付いたように手を打った。
「おぉ、すまんすまん。じゃあ……」
部屋から出て行く。
コンコン。
ノックしてからまた入ってきた。
「これでいいか?」
いいわけがない。
「えぇ、結構ですわ」
劉保はにっこり笑った。
……曹騰には理解できない感情だった。
「で、だ……」
晁ォは気をつけの姿勢をとったままの曹騰に普通の姿勢でいるよう促すように手をひらひらさせる。
「楽にしていいぞ。取って食やしねぇよ」
別に食べられることを心配しているわけではない。
しかしまぁ、言われて休まないのも失礼な話ではあるので曹騰はまたチャイを飲む姿勢に戻った。
「うん……前に言ったあれだけど覚えてるか?」
あれ、と言われても困る。
「秘書室に推薦してやる、ってやつだ」
忘れていた。
「秘書室を極めれば蒼天会長の側近に行き着く……ま、お前の望みどおりじゃねぇか?」
忘れていたとはいえ確かに望みどおりであることは確かである。
曹騰はチャイで口を湿らせてる。

カムロになったときにいずれは蒼天会長の側近になりたい、という思いがあったことは確かだ。
蒼天会長の側近になり権力の座につきたい、という思いが昔はあったことは確かだ。
昔は、である。
今、権力がほしいか……
そう聞かれれば即答できる。
権力などいらない。
その意味では秘書室に入り込むのは望みどおりなどではない。
でも……
曹騰は横を見る。
劉保は曹騰の秘書室への推薦を心から喜んでいるように見える。
だったら……
劉保のために権力を使うのも悪くない。

答えなど最初から決まっていた。

577 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:50
……と、簡単に秘書室入りを決めたわけではなかった。
内心、十分に考えてから決めたことのはずなのだが……

秘書室初日の感想は『早まったかな〜?』だった。

秘書室長、江京や実力者の李閏を中心にいつも集団行動。
ちらちらとこっちを見てはくすくす笑い。
非常に殴ってやりたくなる。
もっとも曹騰にとっても居心地が悪いことこの上ないが、江京たちにとっても連合生徒会会長の推薦というのは目の仇にされるものらしく曹騰は初日から孤立状態であった。

しかしそんな状況であれ仕事はあるらしく(もっとも秘書室長らは仕事などしていないが)曹騰もデスクにつき資料のまとめをしていく。
劉保と一緒に勉強したことが役に立っているようで、それだけが今のところほぼ唯一の秘書室での収穫だった。

ぺしっ。
なにかが頬に当たる。
……というか痛い。
ころころと書類の上を転がるそれはシャーペンの折れた芯だった。
指でつまんで折れた芯を眺める。
シャーペンの芯というのは曹騰の知っている限り、折れることはあっても顔に跳んでくることはめったになかったはずだ。
つまり……
……いやがらせ?
不機嫌な顔で芯が飛んできた方向を睨みつけてやる。

いやがらせではなかったらしくメガネをかけた同僚が声は出さずに、それでも口の動きと雰囲気で謝っている。

まぁ、どんな場所でも追従するやつらばかりじゃないってことか……
曹騰はそんなことをぼんやりと考えつつ、まだ必死で謝っている少女に『いいよ』と手の動きをしてみせる。
少女は頭を下げることこそやめたがそれでも手のひらを合わせたままウィンクしてくる。
そのポーズがやけにかわいくて……
曹騰は内心の思いに修正を加えた。

唯二の秘書室での収穫だな。

578 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:51
「いや〜、ごめんね、さっきは〜」
孫程と名乗った少女と照れ笑いを浮かべていた。
「ホント、気にしなくていいから」
ここまで謝られると曹騰のほうが恐縮してしまう。

2人は屋上で弁当を広げていた。
孫程も『集団行動』というやつは苦手らしい。
その意味でも収穫、という言い方は正しそうだ。

「いや、私、今でこそカムロやってるけどもともと体育会系だからね〜」
タコさんウィンナーをぱくつきながら、いかにも図書委員的な外見の少女はさらっと体制批判して見せた。
ここまで素直に言われると逆に心配になってくる。

しかし……曹騰は孫程の頭からつま先までをゆっくり見つめた。
カムロの象徴であるオカッパ。
フレームなしのメガネの下のちょっとタレ気味の目。
ほんのちょっとでも力を入れたら折れそうなくらいに細い首。
曹騰よりも小さいのじゃないか、と思わせる胸。
華奢、という言葉以外で言い表せそうにない腕。
すらりと伸びた、といえば聞こえはいいがやせっぽち、とも言いかえられる足。
曹騰はゆっくりと孫程の全身を眺めてから目線をもう一度合わせた。
「体育会系ってうそでしょ?」
「たは〜。まいったなぁ」
孫程は自分の後頭部をぺしん、と叩いて見せた。

体育会系かどうかはともかくとして図書委員ではありえないことだけは納得できた。

「本当ですか!?」
『ただいま〜』の声よりも先に部屋の中から劉保の叫び声にも似たような声が響く。
クエスチョンマークを頭に浮かべながら曹騰は室内に入った。
劉保は少し顔を青ざめさせて電話に向かっていた。
受話器をぎゅっと握り締めている。
「えぇ……えぇ、わかっています」
顔を青ざめさせながら、それでも普通に対応している。
明らかにまずい案件だ……
曹騰はそう判断し劉保の邪魔にならないよう部屋の隅で着替える。
着替えがようやく終わる頃、劉保の電話がようやく終わった。
電話が終わった瞬間、劉保はソファに倒れこむように座り込んだ。
相当まずい案件であることが伺える。
「ただいま。どうしたの?」
劉保はちらっと曹騰の顔を見て、再びうなだれた。
「おかえりなさい……」
そして意を決したように、それでも目を伏せたままぼそぼそと言った。
「摯實長がご病気で副会長を辞任なさるそうよ。階級章もすでに返上なさったんだって……」
予想以上にとびっきりまずい案件だった。

579 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:50
-Sakura-
第5話:白妙

「……で、お前たちはなぜここにいる?」
にこやかな笑みを浮かべたまま連合生徒会会長の椅子に深く腰をかけ晁ォは自分を取り囲む生徒会執行本部の面々を睥睨した。
そう、睥睨である。
晁ォはそれほど背が高いわけではなく、また座っているため見下ろしていられるわけがない。
それでも場を支配し、圧迫しているのは晁ォだった。
「と、晁ォ会長。あなたを解任します……私たちも手荒な真似はしたくありませんから階級章の自主返上をお願いしま……」
執行本部員たちの中でも一番偉いのであろう晁ォの目の前に立った娘が発言しようとし……しかし言葉の途中で晁ォの闘気とも呼べる異常なまでの気配をもろに浴び、最後まで発言することすらできずにへたりこんだ。
「あぁ? ……返上、だと?」
ゆっくりと執行本部員たちを見渡す。
執行本部員たちは青ざめ、まともに話ができる状態ではない。
「私は聞いてるんだ……いいか? 返上なのか? と聞いている」
デスクをはさみ、へたり込んだ娘のあごをゆっくりとなでながら優しく晁ォは尋ねた。
もう執行本部員たちは戦意を喪失していた。
「まったく……あまり彼女らをいじめないでほしいものですね。彼女らは貴女と違って前途ある若者なのですから」
その声に晁ォは執行本部員のあごをなでる手を止め、入り口の方向を睨みつけた。
執行本部員の人垣がわれ、その向こう側からおかっぱの女が姿を現す。
不健康なほどやせた体。
ひとを小バカにしたような目。
「……江京、てめぇか」

安サマは小、中等部の頃から英才教育を受けており昔は神童と呼ばれたものだった。
しかし実際に政務を取り仕切ることはない。
なぜならそこに蒼天会副会長、搴Mがいたから。連合生徒会会長、晁ォがいたから。
あまりにも優秀な人間に囲まれたため自分がなにもすることができなかったのだ。
もちろん彼女らがいなければ自分1人でどうする、というビジョンも持ち合わせていなかった。
ただ自分でなにかやりたかったのだ。
その安サマにとってこの搦o妹は本当に邪魔な存在だった。
彼女らがいなければどうなる、ということも考えもせずにただ邪魔だったのだ。

その反動はこの搴M引退の日にすべて降り注いだ。

580 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:51
「へッ」
晁ォは鼻を鳴らして笑った。
江京の姿を見た瞬間、すべてを理解した。
安サマがどれだけ自分を邪魔に思っているか、そしてどれだけ自分を憎んでいるか……

やってられるか。

正直な感想はそれだった。
搴Mと自分がいなければ何一つ満足に出来ないような小娘に自分の運命を左右されるのは癪だった。
ふむ……
腰に右手を当てて周りを見回す。
執行本部員は15人……
少ないな。
こいつらは血祭りにしてやろう。
その後、江京を人質にとってクラウドタワーを占領する……人質の役に立たなくなるのも困るから江京は半殺しで勘弁してやろう。
連合生徒会会長として子飼いの委員たちも数多い。
また各校区の総代の中にも彼女が目をかけてやったものも数多くいる。
時間が経てば経つほどこっちに有利になるのか……
しかも自分の元のポストは蒼天会長のボディガードだ。
もちろん元のポストなだけに自分のあとを継いだ後輩も自分がなにかをする、といえば力を貸してくれるだろう。
……おぉ、クーデターすら起こせそうじゃないか?
そのまま安サマをとばして自分が蒼天会長になってやるのも悪くはないな……

「く、くくッ」
自分の考えについつい笑いがもれる。
バカバカしい。
権力など自分には無用のものだったはずだ。
ましてこんなくだらない学校組織のために指一本分の労力を使うことすらお断りだ。
「どうしました? いきなり笑い出して……おかしくなってしまいましたか?」
自分のことを嘲笑する江京に逆にバカにするような笑みを浮かべる。
「いや? べぇ〜つにぃ〜」
あからさまにバカにした晁ォの言葉に江京はむっとした顔を浮かべた。
……自分がバカにされるのは耐えられないってか。心底小物だな。
「これだけの数の執行本部員を前にいつまでその余裕が続けられるのかしら!? 私が命令すれば貴女をいつでもとばせるんですよ!」
「少ねぇよ。私にかすり傷を負わせたかったらこの二乗倍の人数は用意しな」
江京は絶句した。それはそうだろう、15人を少ない、と言い切れる実力を江京は想像すらできない。
「……あ、安サマは寛大にも階級章のみの返上で貴女を許して差し上げよう、と仰っておいでです」
「ありがたい。ありがたいねぇ」
へッ、と鼻を鳴らす。
「ありがたすぎて反吐が出る」

晁ォは階級章と蒼天章を投げ捨てた。

581 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:52
劉保のことを一番に気に入っていたのは搦o妹だった。
劉保はその庇護下での次期会長であったのだ。
安サマのパートナーであり、搴Mのあとを継いで副会長になった閻姫は安サマの恨みにつけこむ。
その耳元でこう囁くのだ。
「次期会長は……あなたの妹は『あの』搦o妹の息がかかってるんですよ」

劉保の運命が決定した。

「なんだってッ!?」
劉保は諦めたようにうなだれたまま。
梁商はなにも言わず竹刀を片手に握り締めたままでティーカップからはと麦茶を飲む。
全校評議会からの使者の言葉に激昂したのは曹騰だった。
「もう一回言ってみろ!」
「か、カムロ風情がいきがらないで貰おう。私は蒼天会の正規の使者だ」
使者を名乗る女性の胸倉をつかみ、犬歯をむき出しにする曹騰。
「使者がなんだッ! もう一回言えと言ってるんだッ!」
「う、うあ……」
あまりの迫力に使者が口をぱくつかせる。
「曹騰さん、離してあげなさい。苦しそうですよ」
梁商がやんわりとたしなめる。
「……」
曹騰は使者を睨みつけながら、それでも梁商に従って手を緩める。
「はぁ……た、助かった」
息をつく使者に……その目の前に竹刀が突き出された。
「助かってはいないです。わたくしも『もう一度』言ってほしいのですから……今度は命をかけて内容を伝達していただきましょう」
使者が泣きそうな顔になる。
しかしどこにも助けなどない。
意を決し、そして使者はゆっくりとその内容を伝えた。

「劉保様を次期蒼天会長から解任します」

空気が重くなるのを感じる。
梁商がゆっくりと立ち上がった。
「ひ……わ、私はただの使者です! た、助けて……」
しかしその言葉に曹騰は冷たい目を向け、梁商は竹刀をふりかぶる……
「やめてあげて」
凛とした声で制止が入った。
……劉保。
「彼女はただ言われたことをこなしただけ。なにも悪くない」

582 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:52
「劉保、それは間違ってるよ。彼女は決定的に悪い」
曹騰が劉保のほうに視線も向けずに使者を睨みつけながら言い捨てる。
「決定的に『運』が悪いんだ。梁商さんも私も……機嫌の悪いところにこの部屋に来てしまったんだから」
「曹騰さんの仰るとおりですね。今ならどんなに無様に土下座されても許さない自信がありますよ」
曹騰と梁商、2人の腹心の言葉に……それでも劉保は言った。
「お願い。やめてあげて」
部屋を沈黙が支配する。
「2人がなにに怒っているのか、わかるつもりです。でも、やめて、あげて」
曹騰は憎々しそうに目線を落とした。
梁商は竹刀を床に叩きつけた。
そして……

劉保はただの劉保になった。

次期蒼天会長から済陰の君、というなんの権限もないただの名誉職に格下げされた劉保は、それでも表面上だけでも明るく振舞っていた。
曹騰も梁商もその明るさにずいぶんと助けられた。
くる日もくる日も好きなだけ勉強をし、好きなだけ体を動かし……
権力という鎖から解き放たれ……
それはそれで楽しい日々だった。

1ヶ月が過ぎた。
安サマが急病のために引退を宣言した。

「……蒼天会長の引退を新聞で知る羽目になるとはね」
曹騰が苦笑しながら蒼天通信を梁商に放った。
「まぁ、1ヶ月前であれば考えられないことですね」
肩をすくめながら新聞を受け取り、トップページを開く。
「ふ〜ん、ヘルニアですか」
どうでもよさそうに新聞をナナメ読みして梁商が呟く。
「腰痛い、とか言われてもねぇ」
曹騰が苦笑を返す。
制服を着た劉保が奥の部屋から姿を現したのはそのときだった。
「おや? 劉保、どっかいくの?」
曹騰が見咎める。
梁商も不思議そうな顔を劉保に向けた。
「えぇ……季興さんもついてきてください」
「いいけど……どこいくん?」
不思議そうな曹騰に……決心をこめて劉保は言い切った。
「安サマの……お姉さまのお見舞いに行きます」

583 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:40
-Sakura-
第6話:雨情枝垂

「はぁ?」
人を小ばかにしたような表情と態度に曹騰の怒りが急速にたまっていく。
江京……
蒼天会秘書室長。
良識人であり、学園の総鎮守たる搴Mが現役だったころにはカムロも常識人、と呼べる人間ばかりが登用され、江京は歯牙にもかけられないような小物であったが今では……
その蒼天会秘書室長が……
なぜこいつがこんなところにいるのか。
病気療養のために引退した……そのはずの安サマの病院の前にこいつがいるのか。
あまつさえ……
「安サマがあんたがたのような下賎の人間にお会いになるわけがないでしょう?」
……きれそうになる。
一歩前に出……ようとして劉保に袖口をつかまれて止められた。
「季興さん、だめです」
ちょっと涙目。出ていけない。
「あらあら。負け犬同士、仲のよろしいこと」
おほほ、と笑う。
似合ってない。
というかむかつく。
「あんたになんでそこまで言われなきゃいかんのか理解しかねるとこはあるけど、それはともかくなんであんたに一個人の見舞いの面会の可否まで許可を取らなきゃいけないんだ」
曹騰は額に青筋を浮かべながら精一杯丁寧な言葉で言う。
言い方は丁寧ではないが、普通だったら怒鳴り散らしてる。
そういう意味では十分丁寧。
「はッ」
しかし曹騰の内心の葛藤もむなしく江京は鼻で笑う。
「バカじゃない? 今の私は秘書室長様なわけ。つまりあんたがたのようなゴクツブシよりもはるかに偉いわけ。もう雲泥なわけ」
『雲泥』を『ウンディー』と発音するところがまたむかつく。
「あんたがたのようなザコと話してたら気品が腐るわ」
おほほ、と笑う。
それにこいつに気品なんてない。
断じてない。
「だめです、季興さん。いけません」
肩口で劉保の声がする。
どうやらそうとう力が入っていたらしい……
劉保のほうがもっと怒っていいはずなのに……
「そうそう、済陰の君閣下。そうやって権力者におもねっておけばいずれは中央に戻ることができるかもしれませんよ……気が向けばねぇ」
ふん、と笑う。
むかついた。

584 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:41
「ごめんかった!」
結局、安サマには一目も会えず……
そして意気消沈して帰ろうとする2人の足を止めたのはそんな明らかに間違っている日本語だった。
孫程……
「そっか。あんた、秘書室に残ってたんだっけ……」
曹騰は劉保と一緒に野に下った。
孫程は秘書室に残った。
野に下ったほうが精神的には楽だったろうな……
心労だろうか。少しやせ……
やせ……
やせ……
「あんまりやせてないね」
「まぁ、食べるもんは食べてるからね」
これ以上やせたら困る、とでも言いたげに孫程は苦笑する。そりゃそうだ。
「まぁ、それはともかく……」
孫程は済陰の君……劉保に向き直る。
「本当にごめんでした」
深々と頭を下げる。
こんな場面、他のやつらに見つかったらまた大問題であろう。
「あの、頭を上げてください」
「日本語間違ってるから」
曹騰と劉保は苦笑を浮かべながら同時に発言する。発言の方向性はまったく違うが。
「いや、なんつか……秘書室に愛想が尽きそうです」
悔しそうな顔になって言う。
良識人は中にもいたか、よかったよかった……というのは曹騰たちの側から見た感想であり、実際に内部の腐敗していく様子をまざまざと見せ付けられる孫程にしてみればこれ以上に悔しいものはないだろう。
「まぁまぁ……」
なだめてみる。
なだめてはみるがさっきの江京を思い出し……あれと一緒にいて自分だったら『まぁまぁ』程度じゃ落ち着かないなぁ、と思ってやめた。
「とにかく!」
孫程は急に頭を上げた。
なだめていた曹騰のあごに孫程の後頭部がジャストヒットした。
「お、ぉぉぉ……」
「く、くぁぁ……」
2人とも患部を抑えて倒れこむ。
これは痛いですよ、実際。
「きゅ、急に立ち上がらないでよ! 私のあごがバカになったらどうするの!」
「わ、私が悪いのぉ!?」
「そりゃそうよ! あごがだめになったらガラスのあごなんていわれて世界が狙えなくなっちゃうじゃない!」
なんの世界だ。
「そ、そうか。ごめん」
納得したらしい。
それを見て……
「……くす」
劉保の張り詰めていたものが緩んだ。
今日、初めて口からこぼれた笑みだった。

585 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:41
劉保と初めて会ったのが4月……
……そして劉保が次期生徒会長でなくなったのが4月の終わり。
5月終わりには安サマがリタイアし……
「……」
曹騰は窓の外の雨を眺めていた。
手に持っているのは蒼天通信。
世界は移り変わっていく……
自分たちを置いていくように……

新しい蒼天会長に抜擢されたのはわずか初等部2年の少サマである。
このあまりにも年若い蒼天会長が治世を取り仕切ることなど当然できはしないことは自明の理である。
つまり学園は閻姫とその姉妹たちによって私物化されつつあった。

あの伝説の孔子に並び称され『関西の孔子』とまで呼ばれ、この後、孫の楊彪に至るまで4人の連合三長を排出し……また教授の推薦のための賄賂を贈り、『誰も見てないんだから受け取ってくださいよ』と言った少女に対し『天が見てる。神様が見てる。貴女が見てる。私が見てる。誰も見てないなんてとんでもないわ』と言い賄賂をはねつけた仁者、生徒会執行本部と全校評議会の長を歴任した客員教授(こののち洛陽大学に招かれ名誉教授となる)楊震は安サマの在職中にすでにとばされていた。

晁ォの後を継ぎ連合生徒会会長になった耿宝……
耿宝の派閥であり江京とともに劉保を陥れたカムロ、樊豊……
蒼天会長ボディガードの謝ヲとその妹の謝篤……

閻姉妹に逆らうものがどんどんととばされていった。

「〜……♪」
曹騰は雨を見ながら鼻歌を歌っていた。
陽気な歌、というわけではないが暗い、というほど暗いわけではない。

学園は大変みたいだ。

「〜♪」
曹騰はぼんやりと窓の外を眺めながら鼻歌を口ずさむ。
正直、もうどうでもよかった。
いや、それは正確な言い方ではない。
劉保がいて梁商がいて……
他にはなにもないけどそれで十分に思えた。
それ以外のことなんてどうでもいい。

雷が鳴った。
曹騰は鼻歌をやめて空を見上げる。
ゴロゴロゴロゴロ……
遠雷。
「ん〜、落ちてきそうだな……」
再び雷。今度は近い。
「近くに……落ちたなぁ?」
窓の外を見回し……そして曹騰は窓の外の雨の中にたたずむ人影を見つけた。

586 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:42
部屋に招き入れると人影はぶるっと大きく震えた。
梅雨といっても濡れれば寒いに決まっている。

服から雨雫がたれる。
こんな雨の中、コートも傘も差さずにずっと立ってたのか……
「やぁやぁ……」
人影……孫程は弱弱しく笑った。
弱弱しい……
まさにそのとおりであった。
あれほどのバイタリティの塊であった孫程も心労によってか見る影もなく……
「……やせ、たね」
そしてやせていた。
「いやぁ、ははは。ダイエットの手間省けちゃったよ」
普段の孫程であれば絶対に口にしないようなタイプの冗談……
それほど……
中央はそれほどに腐りきっているのだろう。
「いやぁ……あはは」
孫程は笑いながらうなだれる。
曹騰は黙って孫程のぬれた体をタオルで拭いた。
孫程は拭かれるに任せるかのように黙って目を閉じる。
しばらくは布がこすれる音だけが室内に響いた。

「ふぅ」
ようやく服が乾き始めたころ……
孫程がため息のような声を漏らした。
「なに?」
「いや、さ……」
苦笑の雰囲気。
「曹騰に見つけてもらえなかったらそのまま帰ろうと思ってたんだよ、ほんとはね」
「……」
再び沈黙。しかし今度はそれほど長くかからなかった。
「曹騰……済陰の君閣下に会わせてくれないかな」
「……会ってどうするの?」
決意を込めた声。
「言いたいこととか言わなきゃいけないこととか言うだけだよ」

587 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:51
-Sakura-
第7話:墨染

「……」
部屋の中には沈黙が落ちていた。
曹騰、梁商にとって孫程の言葉は悪い話ではない。
もはや失うものなどなにもない。
しかし……
「孫程、さんとおっしゃいましたね」
「……はい」
劉保は静かに孫程に語りかける。
「私に……お姉さまの指名なさった後継者と争え、とおっしゃるの?」
窓の外では雨が降っていた。

孫程の話は単純なものだった。
今の学園は秩序を失いつつある。
また劉保はなんらかの罪があって次期蒼天会長の座から降格されたわけではなく、前会長、安サマが閻姉妹の悪口を信じたために降格されただけにすぎない。
本来であれば蒼天会長は劉保が継いでもいいはずなのである。
秩序回復のために劉保に蒼天会長になってほしい。

孫程の話は本当に単純なものだった。

「お姉さまの意思に逆らうのは私の本意ではありません。申し訳ありませんが聞かなかったことにさせてもらいます」

蒼天会の内外で閻姉妹の横暴に対する批判の声は根強く残っていた。
劉保が一声発すれば理解あるものの賛同が得られるであろう。
ただ……
劉保本人だけがそれに反対していた。

「済陰の君閣下……学生たちはみな秩序を求めています。貴女が一声発すればそれに賛同し、貴女を蒼天会長の座へと導くことでしょう。決して勝ち目のない戦いではありません」
孫程の言葉に劉保はゆっくり首を横に振る。
「勝ち目のあるない、が問題ではないです。ただお姉さまと争いたくないだけなのです……孫程さん、これ以上なにもおっしゃらないでください」
曹騰、梁商にとって劉保の今の状況は当然、納得できるものではない。
しかし劉保がそう考えているのであれば反論することなどできはしない。

劉保は奥に下がり、部屋に曹騰、梁商、孫程だけが残された。

588 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:51
「……」
「……」
曹騰も梁商も無言だった。
本音を言えば孫程の言葉どおり劉保が蒼天会長になること以上に望むことはない。
だが劉保があそこまできっぱりと意思を口にした以上、無理強いすることもできない。
「つまりは……この考えは無理だってこと」
肩をすくめて曹騰が呟く。
劉保が部屋から出て行ってなお無表情だった孫程の顔にようやく表情らしい表情が浮かんだ。
「……まぁ、本音をはなしたわけじゃなかったしね。さて……お次は済陰の君閣下の側近中の側近の2人に聞いてもらおうかな」
「どういうことです?」
梁商の言葉に孫程も笑みを浮かべる。
「いや、つまりさっきの私の言葉だけが本音じゃないってことです……いや、さっきのも本音ではあるんだけどそれがすべてじゃない」
孫程は窓の外に目を向ける。
梅雨が窓を濡らしている。
「……私は本当は学園なんてどうでもいいです。自分が身動きできるちっぽけな範囲内が平和であればいい」
曹騰も梁商も黙って孫程の言葉に耳を傾ける。
「ほとんどの生徒がそういう考えなんだと思いますよ? 自分が不幸にならなきゃいい……みんながそう思うからまずは自分の身近が幸せであるように……それが積み重なって全員の幸せにつながるんだと思います」
雨は音もなく降りしきり、孫程の言葉だけが静まり返った室内に響く。
「だから私は自分のちっぽけな領域を幸せにするために蒼天会長をかえようとしています。まぁ、済陰の君閣下を利用しようとしている、なんていわれちゃあ返す言葉もないんですけどね」
苦笑。
しかし曹騰も梁商も黙ったまま。
「これが……」
孫程は黙って懐から書類を取り出した。
「済陰の君閣下が蒼天会長になってくれれば幸せになってくれる人間の署名です」
そのリストはカムロからも実力者の王康や王国といった政権の中枢部にいるような名前も見受けられた。
「……すごいね」
曹騰が正直な感想を漏らす。
「それ集めるの、ちょっと苦労したんだからね」
孫程はにっこりと笑った。

589 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:52
「済陰の君閣下の安サマを思う気持ちはわかるつもりですがこれだけの人間が貴女の発する言葉を望んでいます、とそんだけ伝えてくれないかな」
孫程はすべて伝えきった、という顔で笑う。
梁商はリストを一瞥し……
ボールペンでその最後尾に自分の名前を書き足す。
「済陰の君閣下の説得は私たちが承りました」
ボールペンを指先でくるり、と回してから胸ポケットにしまう。
曹騰は……
腑に落ちない顔をして孫程のほうに顔を向けた。
「……あんたの気持ちはわかったけど……なんでそれをさっき直接、劉保に言わないかなぁ?」
「そんなん決まってんじゃん」
曹騰の至極当然の疑問に孫程も当然のような顔で答える。
「あんたらのほうが今の私の気持ちを私以上にしゃべることができる、ってそんだけ」
にやりと笑いながら言う。
「私は体育会系だからね。体育会系には体育会系の仕事があるってこと」
カバンから分厚い本を取り出す。
本のタイトルはマルクス全集と書かれていた。

「劉保、はいるよ〜」
孫程を送り出し、先に奥の部屋に閉じこもった劉保を追って曹騰、梁商はドアをノックする。
……返事がない。
ただのしかばねのようかどうかは別としてまったくのノーリアクションだった。
「……?」
曹騰と梁商は顔を見合わせてからドアノブをひねる。
カチャ、と軽い音を立ててドアは開いた。

部屋の中は真っ暗だった。

「劉保? 目が悪くなるよ〜」
「電気はつけないでください」
茶化して電気をつけようとする曹騰を劉保の言葉が止めた。
「私にはわからなくなってきてしまいました」
ぽつり、と暗い部屋の中、劉保は独白する。
「私はただお姉さまと仲良くしたかっただけなのに……」
雨はまだやまない。

590 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:53
お姉さま……
安サマ……
前蒼天会長、劉祐……
劉保の実の姉であり劉保を失脚させた張本人。
だから曹騰にとっても梁商にとってもあまりいい印象のある人物ではない。しかし……
「お姉さま、子供のころは本当に優しかったんです」
遠い過去を懐かしむ口調で劉保が呟く。
今はないもの……
だからこそ人は過去をいとおしく思うのだろう。
「お姉さまはいつかわかってくれると思います。だから私はお姉さまが許してくれるまでずっと雨宿りしようと思います……やまない雨はないのですから」
劉保の言葉が窓の外の雨にかき消される。
「やまない雨、ってずっと待ち続けるの?」
曹騰の言葉に劉保は頷く。
曹騰は黙って窓を開けた。
雨が降っている。
雨が降っている。
雨が降っている……
「やまない雨はないかもしれないけどやむまで時間のかかる雨ばっかりだよ、この世は」
梁商が劉保にリストを差し出す。
「貴女が一声かけるだけでこれだけの……いえ、これ以上の人が幸せになれるんです」
「……」
劉保は肩を震わせて、それでもリストを受け取る。
「雨がやむのを待つのもいいかもしれない。でも雨に濡れる覚悟ってのもたまには必要だと思う」
「……雨に濡れる、覚悟?」
劉保が初めて聴く言葉に顔を上げた。
「雨って冷たいよ。だから濡れたくなんてない。でもいつまでもやまない雨を呪って空を見上げるより一歩を踏み出すのも大事なことなんじゃないかな、ってそう思う」
「……覚悟」
劉保は曹騰の言葉を繰り返す。
「覚悟のためにお姉さまを裏切れ、というの?」
「裏切る裏切らない、じゃないよ。劉保が劉保でいるために必要なことなんだと思う」
劉保はゆっくり考える。
そして……
「私が雨に濡れて……幸せになれる人がこれだけいるんですね?」
曹騰、梁商は力強く頷く。
「わかりました。傘を持たずに出かけましょう」
歌うような劉保の言葉。それは曹騰がはじめて出会ったころの響きだった。
「行きましょう、司隷特別校区へ!」

591 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:00
-Sakura-
最終話:染井吉野

「うん、うん……わかった……ありがとう……うん、それじゃまたあとで」
孫程は携帯電話をゆっくり置いた。
やはりあの2人に済陰の君の説得を頼んでよかった。
自分であればなせなかったであろうことをあの2人はこんなにも短時間で成し遂げてくれた。
……さて……
机の上に置いた携帯電話を指でもてあそぶ。
これで終わった、といえないのが体育会系のつらいところ。
「むしろこれからが本番、ってね〜」
左手で携帯電話をくるくると回しながら器用に右手に皮のグローブをつける。
ぱちん……最後にバタンを留める。
グローブが手になじむのを……自分の手と同化していくのを感じる。
「ふぅ……」
さぁ、これから、だ……

このとき、孫程すらも知らなかったことだが少サマは喘息で入院しており、明日にも蒼天章を返上するかもしれない、という状況であった。
少サマはわずか初等部2年生……
もちろん政治がどういうものか、ということはわかりもしないし後継者を指名するなどできようはずもない。
密室政治により後継の蒼天会長は河間の君、劉簡と決まっていた。
もはや一刻の猶予すらなかった。

孫程は肩をぐるぐる回しながらそこに立っていた。
風が身にしみる。
目線を少し上にやると司隷特別校区の名物校舎、3号館、通称西鐘校舎が見える。
無機質に校舎を眺めてから孫程は再び体をほぐしにかかる。
孫程はいつものカムロの服を脱ぎ去っていた。
かといってスカートなどをはいていたわけではない。
孫程はその身に拳法着をまとっていた。
これは動きやすい。
動きやすいが目立つ。
だが目立とうと目立つまいと孫程にはまったく関係なかった。

(とりあえず……うん……)

心の中で手順の確認。
そして腕時計を見る。

592 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:02
(そろそろ頃合かな……)

孫程はディパックからただ1冊……
マルクス全集を取り出す。

(この本もかなり読んだよね……)

本にすら愛しさを感じる。
だから今日、この場に持ってこようと思ったのだ。
「ふぅ……」
ディパックを肩に背負い、屈伸を2回してから孫程は西鐘校舎を背に歩き出した。

(次にこの校舎を見るとき、私は逆賊かな? 英雄かな?)

「江京様の悪知恵の働かれること、まったく鬼謀とはよくいったものですねぇ」
「こらこら、誰が鬼ですか」
そして笑い声。
秘書室の有力者たち、江京、劉安、陳達、李閏がまとまって帰宅しようとしていた。

(まだ仕事が残っているはずなのに……部下に任せて自分らはさっさと帰宅かぁ)

ふぅ、と溜め息をひとつついてから孫程はそのまま足を進める。
最初に孫程に気づいたのは江京だった。

「あぁ、孫程……あんた今日、サボったわね。クビよ、クビ。明日から来なくていいわ」
江京の言葉に左右からどっと笑い声が漏れる。
孫程は目を伏せたまま近づき、20歩の距離を残して立ち止まる。
「……」
「なぁにぃ? 聞こえないわ?」
孫程が口の中でぼそぼそと呟くのを見て江京がはやし立てる。
また笑い声が上がる。
劉安が孫程の手に持ってるものに目を止めた。
「こいつ、マルクス全集!? 共産主義なんてバカみたい!」
共産主義がバカのように見えるのは民主主義が共産主義を駆逐した現在の歴史を知っているからだ。
ディパックを左手で捨てながら孫程は笑顔を江京たちに向ける。
「先輩、こんな言葉って知ってます?」
「……?」
孫程は笑いながら言葉を接ぐ。
「イギリスの元首相、チャーチルの言葉です……20歳をすぎて共産主義を信奉するようなヤツは知能が足りない。でも……」
孫程は笑みをたたえたまま……
「20歳までに共産主義にかぶれないヤツは情熱が足りない。先輩たちに足りないものは……まさにそれ」
孫程はマルクス全集を空高く放り投げ、そして江京たちに向かって声も上げずに突進した。

593 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:02
李閏は目の前で何が起こったのかわからなかった。
孫程がすすす、と近寄ってきたかと思ったら先頭の劉安がいきなり吹っ飛んだ。
なにをされたのかわからなかった。
孫程が手の甲を江京に向ける。江京は自分をかばおうとしてカバンを盾にした。そして次の瞬間、孫程のひじから先が消えたかと思うと江京が白目をむいてひざから崩れ落ちる。
なにをされたのかわからなかった。
そのまま回転するように孫程は陳達に近づく。陳達は逃げようとして……孫程が回転したかと思うと陳達は顔から地面に突っ込んでぴくりとも動かなくなった。
なにをされたのかわからなかった。
そして孫程はそのまま右手を高々と上げる。
空を舞っていたマルクス全集はまるでそこが安住の地であるかのように孫程の手の中にぴたり、と収まる。
まるでなにかのショーを見ているようだった。
ショーと違う点は次に襲われるのは自分だ、ということ。
李閏は左右を見回す。
江京、劉安、陳達……微動だにしない。
今、これだけの武威を見せ付けられ、抵抗してもどうにかなるとは思えない。
生き残ることは出来ない……
絶望すら感じることが出来ずに李閏はぺたり、と座り込んだ。
目の前の今までバカにしていた孫程、という少女が怖くて仕方なかった。
「……さて」
李閏が息をすることすら忘れたようにじっと孫程のことを凝視している。

孫程は心の中だけで苦笑する。
自分、それほど怖くないのになぁ……
しかし相手が自分のことを怖がっているのならそれも武器には違いない。

李閏にマルクス全集が突きつけられる。
それを手にしているのはもちろん孫程。
「李閏先輩、あなたは秘書室内の諸先輩方の中でも『多少はまとも』と思われていますからあなただけは生かしておいて差し上げます」
孫程はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「次期蒼天会長に……済陰の君閣下を推薦する、といえば良識人であるあなたのこと、当然賛成してくれるでしょうね?」
李閏はゼンマイの壊れたおもちゃのようにがくがくと頷いた。

594 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:03
……

「……あの日、1日だけでそりゃ大変だったねぇ」
懐かしそうな目で曹騰が語る。
西鐘校舎の前で済陰の君の即位式をやった。
たった何人か、だけの即位式。
しかしそのうわさを聞きつけ、多くの人々が新蒼天会長の下に集まってくれた。
もちろん閻姉妹がそれを放っておくはずがない。
それに対して戦って……戦って……
何度、自分もリタイアするかと思ったことか……
そして戦いも終わって……
劉保とは友達のままでずっといられたと思う。
梁商も約束どおり最後には劉保のことを『劉保』と呼んでいた。
そして3人は本当に友達、だったのだと思う。
曹騰は懐かしさに目を細め、ながらふ、と時計に目をやった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん……続きは〜?」
「ぎゃ!」
続きを催促する曹操に意味不明の叫びが浴びせかけられた。
叫びだけじゃなくて唾もちょっとだけ飛んだ。
「もうこんな時間じゃない!?」
「え、えぇッ!?」
意味不明にあわてる曹騰を見て曹操もあたふたした。
曹操はあたふたしなくてもいいと思う。
「ごめんね、孟徳ちゃん! 私、今日は同窓会だから続きはまた今度ね!」
曹操は苦笑する。
なるほど、同窓会だからそんなよそ行きの服を着てたのか……
同窓会……
同窓会……
「! ……お姉ちゃん、もしかして!?」
気づいたように顔を上げる曹操に曹騰は親指を立ててウィンクした。

桜が舞っている。
あのころの熱さがうそのようだ。
こんな静けさがこの世に存在するなんてあのころは気づきもしなかった。
歩を進めながら思う。
彼女たちを友達に持つことができて本当によかった。
彼女たちが友達でいてくれたことに誇りを感じる。
だから……
桜の花冠の向こうで小柄な影が大きく手を振った。
その横には少し大柄な女性が会釈してみせる。
曹騰も小柄な、その人影に負けずに大きく手を振り返しながら大声で叫んだ。
「劉保! 梁商さん! 久しぶりーッ!」

  〜了〜

595 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:12
ってわけで終了です。
なんか、こう、打ち切りチックですね。
まぁ、それはそれ。

なんかまったく反響のない中つらつら書いてしまいましたがまぁ、まったく意味のない作品、という単語すらおこがましいものになってしまったので……そんでも途中で止めるのはあれだなぁ、と思ってここまで書きましたが、まぁ、その意地もここまで、ってことで。
なんというか……まぁ、自分の文章力のなさを痛感するとともに、ぐっこ様にはこのような駄文でサーバーに負担をかけてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。このHPにきておられる諸氏にとってもこのようなモノがTOPにある、というのは見苦しさを感じておられたと思いますし、本当に私の意地だけでここまで引っ張ってしまったことに謝罪の言葉すらありません。
もう一足早く桜を散らせときましたのであとはROMに戻らせていただきみなさんのすばらしい作品を楽しませてもらおうと思います。
今まで本当にでしゃばってすいませんでした。

596 名前:海月 亮:2005/03/04(金) 23:19
・゚・(ノД`)・゚・
いや、お見事ですよ! 久しぶりに良いものを観させていただきましたとも!
立場を超えた友情、よくぞここまで書き上げられました…脱帽であります!
…うぐぅ、なんだか上手く感想をまとめきれない我が文章力の貧困さが恨めしい_| ̄|○

>反響が無い
大丈夫ですってば…少なくとも私めは感想を言うの、全て終わってからだと決めてましたから…
きっと誰もが続きどうなるのか楽しみにしてたのではないかと…

惜しむらくは私がこのあたりの史実を知らないと云ふ事…_| ̄|○

597 名前:岡本:2005/03/05(土) 14:28
北畠様
宦官であった曹騰のエピソードを絡めて、宦官が政権決定に力を示していた
時期を記述された作品ですね。楽しんで読ませていただきました。
宦官・外戚・官僚・地方豪族が絡んでいく政争の変遷を考える上でも興味深い
作品です。これが、党コ・何進との闘争・董卓の専横とつながるわけですね。
また歴史の裏面というべき私生活ですが、私はそういうのを書くのが
苦手ですので、ただただ感心させられました。

>反響が無かった
レスが着かなかったことが作品の質・内容に原因があるのではと
判断されたようですが、そのようなことは当然ありません。
時期が時期であったことが(決算期・新作三国志系ゲームの発売)
最大の理由かと思います。

何より、歴史を調べて自分なりに解釈し形にして公表したことは
よほど脱線して自己陶酔しないかぎり、コメントという形の批評を
受けはしますが評価こそされ非難されることはありえません。

598 名前:北畠蒼陽:2005/03/05(土) 19:33
……???

ぎにゃーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
ち、違うんです! 違うんです!
まず謝罪を! 次に謝罪を! 最後に謝罪を!

……595番目の北畠蒼陽名義の書き込みは無視でお願いします、違うんです。
繰り返します。595番目のやつは無視でお願いします。

えっと……事情説明ですね、私も理解できてるわけじゃないですけど……

昨日、最終話を書き上げまして、まだ推敲もしてなかったんですがそれなりに満足してシャワー浴びて寝たわけですね。
今日、推敲して投稿させていただくつもりだったんです。

えっと……

同居人が推敲前の文章をそのまま投稿してやがった……
しかもオリジナリティあふれる文章を添えて……

同居人は今日の朝から旅行に出かけてるため真意を問いただすことは出来ませんが私にも意味不明です。

とりあえずみなさまがたには辛気臭い文章を(私の本意ではないにせよ)お目にかけてしまったことと海月 亮様と岡本様には温かい言葉をかけていただき30年間はご飯を食べなくてもおなかいっぱいです。
とりあえず同居人にはすげぇ怒っておくつもりですんでなにとぞご寛恕のほどを〜。
えぇ、あんな笑いどころのない文章を書いたことを怒っときますよ!(そっちか!(そっちさ!

みなさまがたには微妙な心境にさせてしまって申し訳ありませんでした。1億5000万の謝罪を(ノ_・。


とりあえず北畠個人は反響があると逆に照れて書けなくなっちゃうんで^^;
595番目のヤツと本当に正反対です^^;

599 名前:海月 亮:2005/03/05(土) 21:31
>595の件
ぬわんだとぉぉぉ━━━━━━( ゚Д゚)!
つーかアレで推敲前だったと! マジですか!?
じゃあなにか、実はアレよりも洗練されたモノがあると…!

なんたることだ…これ以上のものがあるというなら、私感動のあまり死にますよ!?(w
ただでさえ続きが気になって、自分のSS製作ほったらかしにしてたってのに…(え?

600 名前:★ぐっこ@管理人:2005/03/07(月) 00:05
キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!

北畠蒼陽さま! GJ杉!
いやさ、このへんモロストライクですがな私( ゚Д゚)!
本家ラウンジの四方山スレに書いた通りの事情で、長期間ネット断ち
続けておりますもので、レスが遅れに遅れてしまいましたが…
とにかく、順さまと曹騰の友情、そして孫程らカコイイ秘書連中の活躍!
そういや蔡倫もいたっけか…仲悪かったようですけど…

むう!やるやると口で言いながら全然進んでない党錮事変の、更にベース
なっているこの孫程のクーデター!貴重な情報源ありがとうございます!

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