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■ ★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★

1 名前:★ぐっこ:2002/02/07(木) 00:41
はい。こんなの作っちゃいます。
要するに、正式なストーリーとして投稿するほどの長さでない、
小ネタ、ショートストーリー投稿スレッドです。(長文も構わないですが)
常連様、一見様問わず、ココにありったけの妄想をぶち込むべし!
投降原則として、

1.なるべく設定に沿ってくれたら嬉しいな。
2.該当キャラの過去ログ一応見て頂いたら幸せです。
3.isweb規約を踏み外さないでください…。
4.愛を込めて萌えちゃってください。
5.空気を読む…。

とりあえず、こんな具合でしょうか〜。
基本、読み切り1作品。なるべく引きは避けましょう。
だいたい50行を越すと自動省略表示になりますが、
容量自体はたしか一回10キロくらいまでオッケーのはず。
(※軽く100行ぶんくらい…(;^_^A)、安心して投稿を。
省略表示がダウトな方は、何回かに分けて投稿してください。
飛び入り思いつき一発ネタ等も大歓迎。

あと、援護挿絵職人募集(;^_^A  旧掲示板を仮アプロダにしますので、↓
http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi target=_blank>http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi
にアップして、画像URLを直接貼ってくださいませ〜。
作品に対する感想等もこのスレ内でオッケーですが、なるべくsage進行で
お願いいたします。

ではお約束ですが、またーりモードでゆきましょう!

528 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:00
-東興・冬の陣-(1)

「左回廊、弾幕薄いよ! 何やってんの!」
トランシーバーを左手に、蒼天学園公認のモデルガンを右手に、長身の少女が檄を飛ばす。
小さなお下げを作った黒髪を振り乱しながら、窓の外へモデルガンを乱射しつつ指示を飛ばすその少女の名は留略という。長湖水泳部の現部長・留賛の妹である。
長湖部次期部長選抜に伴う内輪もめ…後に「二宮の変」と呼ばれる事件を経て、孫権が引退した直後の混乱を突いた蒼天会の大侵攻作戦が実行に移されたのだ。それを、前線基地である東興棟で留略と、先に引退した全Nの妹・全端がその猛攻を食い止めている状態だ。
その形式は、蒼天会お得意のサバイバルゲーム形式。数だけでなく、その形式では戦闘経験も武器の質も勝る蒼天会にとって有利であったが、それでも留略達は地の利を活かしてぎりぎりで食い止めていた。
「主将! 向こうのほうが火力も上です! もう保ちませんよぅ!」
「泣き言なんて聞きたかないね! なんとかおしッ!」
隣りの少女の泣きそうな叫び声に叱咤を返し、空いた手にモデルガンをもう一丁構えた留略はそれも眼下の敵軍に打ち込んでいく。
留略とて不安でないわけではない。何しろ、ここを取り囲んでいる大軍とて、相手の先手に過ぎない。その背後には、名将で知られる諸葛誕の率いる第二陣が控えている。同時に南郡も王昶を総大将とする軍の大攻勢を受けており、近隣からの応援は期待できそうにない。
援軍として進発した長湖副部長・諸葛恪や水泳部副部長・丁奉らの到着が遅れたら…最悪のシナリオを頭から振り払うかのように、留略は叫んだ。
「皆ッ、元遜さん達が来るまでの辛抱だ! ここが踏ん張り所だよっ!」
不利な戦線を懸命に守り抜こうとする少女達への激励は、何よりもむしろ、挫けそうな自分に対する叱咤のようにも聞こえていたに違いない。
(正明姉さん…承淵…御願いだから早く来てぇ〜!)
それが偽らざる、今の留略の本心である。

「奇襲をかけろ、と?」
「ええ」
出陣を目前にして、総大将・諸葛恪に意見する少女が一人。狐色の髪をポニーテールに結った小柄な少女は、長湖部の最高実力者であるクセ毛の少女に、臆面も無く告げた。
「確かにあなたの威名は、蒼天会にもよく知られています。さらに王昶、胡遵らの輩はあなたに及ばず、あなたの親戚の諸葛誕さんも、才覚としてはあなたに一歩譲るところがあり、良く対抗できるものはいないでしょう」
少女の言葉に、諸葛恪は思わず顔を綻ばせた。諸葛恪というこの少女、確かに智謀機略に優れ、長湖部にも右に出るものが無いほどの天才である。しかし、やや性格に難があり、自信過剰で不遜な一面がある。
少女は諸葛恪のそうした性格を良く熟知しているらしく、先ずはその顔を立てて見せ、そしておもむろに思うところを述べた。
「しかしながら、相手は許昌、洛陽に詰めているほぼ全軍とも言える大軍を投入しています。負けることは無くとも、相当の苦戦は免れません。ここは機先を制し、我々の威を示すことが、戦略の妙かと思われます」
「ふふ…その言葉、尤もだわ。ならばあなた達水泳部員に先鋒軍を任せるわ。存分にやって頂戴、承淵」
「畏まりました」
上機嫌の諸葛恪の言葉に、恭しく礼をすると、その少女…丁奉は、本営のテントを退出した。
すると、そこには松葉杖をついたセミロングの少女が待っていた。
「承淵、首尾はどう?」
「バッチリですよ。季文にも教えて下さい、すぐに出ますよ正明部長」
「流石だわ」
にっと笑って見せる丁奉に、セミロングの少女…現水泳部長・留賛も笑顔で返した。
「で、先輩にも御願いがあります。あたしは集めた決死隊の連中引き連れて先に行くので、他の娘達と一緒に後で来て下さい」
「ちょ…どういう事よ?」
留賛はその言葉にちょっと気分を害した様子だった。
留賛はかつて初等部にいた頃、黄巾党の反乱に巻き込まれ、反抗的な態度をとった見せしめとして片足に大怪我を負い、後遺症で今でも杖無しで歩くことはままならない。それゆえ、水泳に青春をかけたことで知られている。
そのことを馬鹿にされたと思ったのだろう。しかし、
「いえ、あたしが先行して敵の目を惹きつけます。その間に、先輩達には蒼天会の連中が作り始めてる浮橋を始末して頂きたいと思いまして。アレを壊せば、勝敗の帰趨は決まると思いますから」
留賛はつまらない邪推をしたことに気付き、それを恥じた。だが、それでもなお、納得のいかない表情で、
「あ…で、でもアンタの子飼いだけじゃ、いくらなんでも兵力差があり過ぎるわ…危険よ」
「相手の先鋒は韓綜だって聞きました。アイツなら、寡兵で行けば相手にもしませんよ。その隙を突けばいくらでも時間は稼げます。任せといて下さいよ!」
自身満々の表情で言う少女に、その少女の経歴を知らないものなら危ぶんで止めに入るところである。
しかし、留賛は知っている。目の前の少女は、高校二年生にして、既に課外活動五年目に入ろうというベテラン中のベテランであるということを。
「ん…解った。妹のこと、宜しくね」
「はい!」
留賛がその肩に手を置いてやると、その小柄な少女は元気のいい笑顔で応えた。

529 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:01
-東興・冬の陣-(2)

そのやり取りから三十分ほど後、丁奉率いる奇襲部隊は、東興棟を対岸に臨む地点へ到達した。遠目に、未だ東興守備を任された少女達の奮戦も見て取れる。
「間に合ったみたいです、主将!」
「お〜、流石は略ちゃんだよ〜。頑張ってるわね〜」
三十に満たない人数の先頭に立ち、丁奉は感心したようにそう言った。
「感心してる場合じゃないですよ主将。それに、この人数で奇襲をかけるってもどうするつもりなんですか? 向こう、少なく見積もってもうち等の十倍は居ますよ?」
彼女達長湖部員が本陣を置く揚州学区では、校舎の棟と棟の間は幾つものクリークに分断されており、普段の移動には船やボートを利用するのが普通である。
まぁ中には、泳いで棟移動するツワモノもいるにはいるのだが…今は二月である。はっきり言って、この時期の渡河は命がけだ。この先遣隊を率いる丁奉も、かつてこの時期の渡河で死にかけた事があった。
だが…
「決まってるじゃん、泳いで渡るんだよ」
「うげ……………やっぱり」
あっけらかんと言い放つ丁奉に、少女達はげんなりした様子でうなだれた。
「ボートなんかで渡ったら狙い撃ちだからね〜、水の中なら治外法権よ?」
「いや、それはそうですけど…主将アンタ、いっぺん死にかけたこと忘れたんですか?」
そう言った少女も、又聞きの話なので大袈裟な表現ではなかったか、とも思っていた。だが、冬だけは熱帯から寒帯に気候が激変する長湖周辺である。
現に今、気温は10℃を割っている。水に入ったときはいいとして、上がった途端に地獄を見るのは容易に想像できた。
「あのときはあのときだよ。それに何のために、下に水着着て来てって言ったと思ってるの? まさか、気合入れるためとかそんなことだと思ってた?」
いや、むしろそうであって欲しかった…それが少女達の正直な感想だった。
うなだれる少女達を見て、丁奉は怒気を露に言い放った。
「こうしている間にも略ちゃん達は追い詰められてるんだよ!? 皆だってあの娘を助ける為に決死隊に参加したんじゃない! …もういいよっ、あたし一人で行くから!」
言うが早いかジャージの上下を脱ぎ捨て、いわゆる"競スク"一枚になった彼女は、傍らの少女から愛用の大木刀を引っ手繰ると、凍るような河へ飛び込み対岸へ向けて泳ぎ始めた。
「あ〜あ、行っちゃったよ…どうする?」
「どうするも何も、主将一人で行かせる訳にもいかないでしょうが」
「仕方ないなぁ…あたし達も行くよ、主将に遅れるな!」
主将の姿を眺め、少女達も意を決したように頷くと、各々ジャージを脱ぎ捨て水着一枚になると、次々と獲物を手に河へと飛び込んでいった。

その頃、対岸では…
「主将、対岸に敵の応援部隊が現れました! 数はおよそ三十!」
「…は?」
その報告に、寄せ手の先鋒を任された韓綜は首を傾げた。
この韓綜、長湖部の立ち上げからその重鎮として名を馳せた烈女・韓当の実の妹であり、元々は彼女も長湖部の幹部候補として優遇されていた少女である。
だが、生真面目で礼儀正しい人格者の姉と異なり、この妹は放蕩に耽り品行も悪く、自分を常にかばってくれた姉の引退後、わが身に危険を感じて蒼天会に寝返りを打ち、以来隣接する長湖部の勢力範囲内で散々悪行を重ねていた。それゆえ、前部長・孫権を筆頭とする長湖部員全員から恨みを買っていた。
「うちらの十分の一にも満たないわね…てゆーか、どうやって渡ってくるつもりかしら?」
「えっと…物見の報告では、何でも河に次々飛び込んでるらしいんですよ」
「マジ? ……あ、ホントだ」
韓綜は双眼鏡を手にとると、その光景を確認して唖然とした。そして、心底呆れたように、
「どうしようもないアホも居るモンねぇ。冬の長湖で寒中水泳なんて、正気の沙汰じゃないわね」
「どうします主将? もし泳ぎ着けば、ここを強襲されそうですが…」
「…放っといていいんじゃない? あんな自殺行為して、もしここまで辿り着いてもマトモに動けないでしょうし…来たところで数も少ないし、せいぜい好きにやらせときなさいな」
「それもそうですね」
そうやって取り巻きと時々その様子を眺めては嘲笑し、その姿が水面から消えると、その侮蔑の笑い声はさらに大きくなった。
韓綜以下、これが命取りになろうとは、誰も想像できなかったに違いない。

530 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:03
-東興・冬の陣-(3)

対岸からここまでゆうに300メートルある。先に報告が入ってから僅か3分で、丁奉率いる先遣隊は韓綜のいる辺りに上陸を果たした。
対岸まで数十メートルというところで少女達はわざと水中に身を隠し、その恐るべき肺活量でまったく水面へ顔を出すことなく、残りを泳ぎきったのだ。
「ぷはっ…よ〜し、到着〜」
丁奉の能天気な声とともに、冷たい河の流れの中で潜泳を敢行した少女達が、一度に顔を出した。
その水音に驚いた韓綜達を尻目に、一番に河から上がった丁奉は、唖然とした蒼天会軍の少女達の目の前で、まるで子犬のように顔を震わせると、満面の笑顔で小さく手を振りながら、
「は〜い、お元気ぃ?」
と、やってみせた。目の前の少女達は、呆気に取られてぽかんとそれを眺めていた。
「う、ノリ悪いなぁ…挨拶は?」
「駄目ですよ主将〜、韓綜程度のバカにそんなユーモア通じませんって」
「そ、そ。コイツ等、オツムの血の巡り悪いから」
「むぅ…それもそうか」
続々と泳ぎ着いた少女達が、ちょっとむっとした丁奉にそんなことを言った。
「…はッ! て、敵しゅ…」
「遅いッ!」
正気に戻ったが早いか、少女は叫ぼうとした。その刹那の間に、木刀を構えた丁奉が駆け抜けざまに次々と少女達を打ち据え、昏倒させていく。
北辰一刀流の極意、"仏捨刀"である。
夷陵回廊戦で垣間見せた見様見真似の剣技は、その後に水泳の片手間に入門した剣術道場での修行の成果があって、二年経った現在では見違えるほど洗練されていた。
「皆、主将に続けッ! 寒けりゃその分動き回りゃいいんだよっ!」
「応よ!」
丘へ上がってきた少女達も、獲物を手に取り、四方八方の敵を打ち崩していく。蒼天会先鋒軍は、瞬く間に恐慌を来たし、大混乱に陥った。
そして、恐怖にかられ逃げようとする韓綜の前に、丁奉が立ちふさがった。
「あなただけは許さないから…覚悟しろ、この裏切り者ッ!」
「く、くそッ! 承淵の分際でぇ!」
「あなた如きに分際呼ばわりされる義理はないわよッ!」
丁奉は韓綜の繰り出した一撃を無造作に弾き飛ばすと、先ず肩口に強烈な一撃を見舞う。さらに間髪入れず、逆風に放たれた太刀を左脇腹に叩き込むと、韓綜は呻き声を上げることなくその場に崩れ落ちた。

蒼天会の軍勢をあらかた追い散らし、戦況も落ち着いてきたその時。
「…あ、お〜い、正明せんぱ〜いっ!」
ノーテンキな笑顔でぶんぶんと手を振る丁奉の姿を認めた留賛は、一瞬呆気に取られた。と同時に、丁奉が何を仕出かしたかを理解した。
早足をするかのように杖をつき、そちらへ向かっていくと…
「くぉのおバカ! この寒い時期になんつーカッコしとるんじゃあ!」
ごきん!
「あうっ!」
ややフック気味に振り下ろした拳骨を、その狐色髪の天辺に叩き込んだ。
「…う〜…痛いですぅ〜…時間稼ぎはちゃんと成功したじゃないですかぁ…」
「やかましい! 皆にまで迷惑かけやがって…そういう馬鹿にはこうしてやるッ!」
「あうぅぅ! なんでぇ? どうしてぇぇ!?」
留賛は丁奉を小脇に抱え、額にウメボシを食らわせつつ東興棟へ歩を返す。
その光景に苦笑した少女達も、それに続いていった。

531 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:14
-東興・冬の陣-(4)

その後、後続の諸葛恪率いる本軍が到着し、蒼天会本隊の胡遵軍は壊滅状態となった。更に朱異らの手によって、蒼天会軍が作成中だった浮橋が壊されたことで、諸葛誕率いる蒼天会軍第二波の侵攻も食い止められたのである。王昶率いる南郡棟攻略中の別働軍も、南郡棟守備隊の奮戦に攻めあぐね、東興侵攻軍の敗北の報を受けて退却した。
とりあえず、当面の危機は去ったのである。
ついでに言えば、丁奉達の脱ぎ捨てたジャージやらなにやらは、後から来た諸葛恪達が回収して東興棟に届けたくれたのだそうな。
で、その翌日…丁奉の寮部屋では。
「くしゅん!」
「…八度五分…文句つけようも無く、風邪ね。馬鹿も風邪ひくなんて、意外だわ」
体温計の表示を見て、陸凱は呆れたように呟いた。その脇では、先に引退した陸遜の妹・陸抗も心配そうにその様子を眺めていた。
「しょーちゃん、大丈夫…?」
「あぅ〜…頭痛いよぅ〜…寒いよぅ〜」
「ったく、アンタ何時か死にかけたの忘れたの? それとも、馬鹿は死ななきゃ治んないって?」
「ふーちゃん、言い過ぎだよぅ…しょーちゃんだって、頑張ったんだから…」
「甘い、甘いよ幼節! 一度きちんと思い知らせておいた方が、この馬鹿の為だ! 喰らいやがれッ!」
怒り心頭に達したらしい陸凱は丁奉を無理やり起こすと、こめかみの両サイドにウメボシを仕掛けた。
「あうぅぅ〜……勘弁してぇ敬風ぅ〜…」
「駄目だよぅふーちゃん…病人にそんなことしたら…」
おろおろしながらそれを宥める陸抗。
後に、その場は違えど、一致団結して斜日の長湖部を支えていく少女達の、ささやかな平和のひとコマがそこにあった。

余談だが、この時丁奉とともに寒中水泳に望んだ少女達は、やはり皆風邪をひいたという話である。
さらに言えば、一番酷い症状を出した丁奉は、その後一週間ほど寝込んだという。
その悪化の裏に陸凱や留賛のウメボシ攻撃が作用していたかどうか…知る術は無い。

(終劇)
------------------------------------------------------------
というわけで、東興戦役・承淵ちゃん薄着突撃のお話…ってか、寒中水泳やってますな(w
演義とかだと渡河中に鎧を脱ぎだしたとかそんな話だったので、そちらを参考にしたのやらしてないのやら(どっちだよ
あと…拙作「風を継ぐ者」でもやった仏捨刀→逆風の太刀コンボとか、丁奉の口癖とか、冒頭の留略の台詞とか…悪ふざけしすぎてます。
平にご容赦の程を…_| ̄|○

532 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:48
>海月 亮様
こちらこそよろしくお願いします〜。
ちなみに昜は足蹴にしようと思ってそのシーン、書くには書いたんですけど……
あまりにも救いようがなくて……えぇ(ノ_・。

そして東興・冬の陣はお見事! 丁奉かわいいなぁ(ぇー

さてんじゃあこっちももいっこ投下ですよ〜。
最近のログ見ると海月様と私のリレーになってますか!?
かまうもんか!(ぇー

ってわけでまだ誰も語ってない(っぽい?)夏侯惇の隻眼ストーリーです。

533 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:49
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(1/3)-

「叔母様、準備はいいですか?」
「その名前で呼ばないでっていってるでしょ!」
「こちらも準備はできたぞ」
「あらあらあら、もう死ぬ準備ができたんですの? 賈ク様のことですからきっと素晴らしい遺言を聞かせてくださるんでしょうね♪」
「はっ、おもしろい冗談ですな、荀攸殿」
明るいざわめき、というには多少とげとげしいものがある。
そんな声を聞きながら隻眼の少女は苦笑しながら手を叩いて注目を自分に集めた。
「はいはいはい、今日はいい日なんだから2人ともいがみ合うの禁止」
少女……夏侯惇が話をはじめただけでざわめきはぴたっとおさまりその言葉にみなが聞き入る。
「みんな、準備はいい? じゃあ烏丸・袁姉妹連合留守番部隊の打ち上げはじめるよー」
打ち上げとはいっても名目は反省会であり、ここで飲み食いしたお金は経費で落とされる。
冀州校区ではそれなりに名前の知られた中華レストラン『鳳陽』を借り切って反省会、とは名ばかりの宴がはじまろうとしていた。

みながハメをはずさぬように、ドリンクバーで持ってきたメロンソーダを飲みながら夏侯惇は少し離れた場所でぼ〜っと喧騒を眺めていた。
「ふぅ……」
最近、前線に立っていない。
現地で祝勝会に参加している許チョや張遼たちに嫉妬すら感じる。
なぜ孟徳は私を後方に残しておくかなぁ……
夏侯惇はくしゃりと髪をかきあげた。
まぁ、理由は自分以外に世話係がいない、というだけなのだが。
理由も自分でわかっているだけに夏侯惇の口元からは苦笑しか漏れてこない。
「夏侯惇さん、もっと真ん中にきてくださいよ。そんな隅っこに貴女みたいなひとがいるってのも落ち着きません」
苦笑を浮かべながら韓浩が夏侯惇に近寄ってくる。
「貴女みたいなひと、って私はどんなのだよ」
韓浩の言葉に苦笑を浮かべ、またメロンソーダを一口。
韓浩も夏侯惇にそれ以上真ん中にくることを薦めることもなく口の端に笑いを見せた。
「隣、いいですか?」
「あぁ……」
そのまま2人で人の流れを眺める。

「夏侯惇さ〜ん☆」
しばらくぼ〜っとしていると夏侯惇に黄色い声がかかった。
それを見て韓浩は顔色を変えた。
「いっぱい食べて楽しまなきゃいけませんよぉ☆ これ、おいしいですよぉ☆」
娘の手にはアップルパイがあった。
「離れて!」
夏侯惇に声をかけてきた娘に注意するよりも早く夏侯惇の手が娘の手にあったアップルパイを叩き落す。
そして娘を睨みつけた。
「ひ……」
そのあまりの迫力に娘はへたり込み、泣きそうな顔になっている。
「どうしたんですか、夏侯惇さん……元嗣?」
騒ぎを聞きつけて史渙が近寄ってきた。
「どうもこうもないわ、公劉。この子が夏侯惇にりんごを見せただけ」
韓浩の簡潔な説明に史渙は手で顔を覆って天を見上げた。
「あちゃ〜……」
「ホント、あちゃ〜、ね。公劉、この子のことお願いできる? 私は……」
ちょいちょい、と夏侯惇を指差しながら苦笑する。
「ん、おっけ……はいはい、もう大丈夫だからちょっと外いこうね〜」

534 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:50
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(2/3)-

娘を離れた場所に連れて行く史渙をちら、と見やってから韓浩は夏侯惇に視線を戻した。
「まぁ、『りんご』ってのは夏侯惇さんのNG品目だから仕方ないんですけどね。あの子にだって悪気があったわけじゃないんだし許してやってください」
幾分落ち着いたか、それでも興奮の冷め遣らぬように夏侯惇は椅子に乱暴に腰を下ろした。
「あの子に悪気がないのはわかってる。あとで謝らなきゃね」
そんな怖い顔で謝っても逆効果だよ、という本音をちら、とも見せることなく韓浩は頷いた。
「夏侯惇さんのりんご嫌いは有名ですからみんな知ってると思ったんですけどね」
「有名ってのもあんまり嬉しくないわね」
夏侯惇はメロンソーダに再び口をつけ、ようとしてやめた。
「でも私だって夏侯惇さんがりんご嫌いな理由までは知らないんですから、もしかしたらあの子が知らなかったのも当然かもしれませんよ」
夏侯惇は韓浩の言葉にぎこちない笑みを浮かべる。
「あんまりおもしろくない話よ? それにどれだけいっても孟徳のバカ話だしね」
そして夏侯惇はゆっくり口を開いた。

シャギャア、シャギャア……
モケケケケケケケケ……
よく密林の探検隊とか動物番組とかで聞かれるようなよくわからない動物の声があたりに響いている。
足元に多い茂る草をかきわけ、木の間に道を見出し2人の少女は前へ前へと進んでいた。
正確に言えば小柄な少女に大柄な少女が引っ張られていた。
2人ともエン州校区初等部の制服に身を包み、いかがわしい幼女マニアが見れば一発で役満に振り込むこと間違いなしだ。
「孟徳〜、ほんとにこんなとこなの?」
「間違いないよぉ。元譲だってりんご好きでしょ〜?」
いやまぁ、好きなのは好きなんだけどさぁ……
元譲と呼ばれた少女、夏侯惇は口ごもる。
夏侯惇と小柄な少女、曹操は交州校区の片隅の密林を歩いていた。
なぜこんなところに2人の少女が歩いているのか……
話せば長くなる。
だが語れば短い。
要するにテレビを見ていた夏侯惇が『りんごおいしそう』と言ったのを聞きつけた曹操が夏侯惇をりんご狩りに誘ったのだ。
交州に。
ばさばさばさばさ……
頭上を極彩色の鳥が飛んでいく。
ここは本当に中華市なんだろうか……
夏侯惇の頭に至極真っ当な疑問が浮かんだ。
しかし夏侯惇はりんごがどんなところに生息する植物なのか知らない。
だから少し怖いがこんなもんかも、と思っていた。
りんご狩りって命がけなんだなぁ〜、と少し的外れなことを思いながら。

535 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:52
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(3/3)-

「う〜ん……」
「ど、どうしたの、孟徳」
「いや、ここに来る前にね、おばあちゃんに聞いたの」
おばあちゃん……曹騰である。
現在の蒼天会長である桓さまこと劉志の3代前の蒼天会長、順さま、劉保の親友にして学園の伝説的カムロ。AAAカップの守護者、と呼ばれ学園史に巨名を轟かせた鬼才である。
そして曹操はおばあちゃん子であった。
「おばあちゃん言ってたもの。『りんごは交州校区のような危険な場所にできるものなんだよ。怖いんだよ。1人でいっちゃいけないよ』って」
夏侯惇はしばらく考えて口を開いた。
「……あんた、それは……あんた1人で勝手にいかないように怖がらせようとしただけじゃないのか……?」
「あ〜、夏侯惇もそう思う? 私もそんな気がしてきたよー」
「ッ!!!!!!??????」
夏侯惇の声鳴き悲鳴が密林にこだました。
モケケケケケケケケケケケケ……
こだまはしたがすぐにかき消された。

「元譲〜、機嫌直してよ〜」
「……」
あからさまに不機嫌な夏侯惇とあまり誠心誠意とはいえない態度で謝る曹操。
2人は今、遭難中であった。
とにかく帰り道がわからないのである。
当たり前な気はするが。
なぜ帰り道の目印の一つもるけておかなかったか。
曹操曰く『あ、そっか。帰んなきゃいけないんだっけ』とのこと。
バカ丸出しである。
「帰ったらりんご食べたいねー」
ヒトゴトのように言う。
誰のせいでこうなったんだ! という言葉を夏侯惇は口に出さない。
曹操がどんなヤツかってことは昔から身にしみている。
「とにかく帰ろう」
憮然と呟いて歩いてきた方向……と思われる方向に向かって歩き出す。
「あぁ! 元譲まってよ〜」
待ってやる自分がいじらしいな、と夏侯惇は足を止め、曹操のほうに振り返る。
そして両目を見開いた。
「も、孟徳! 後ろッ!」
「ふぇ?」
トラが唸り声を上げて2人の方向を見ていた。
「はぁい♪」
手を振ってみた。
トラは飛び掛ってきた。
「バカ孟徳ーッ! 逃げろーッ!」
「ごめんよー! ごめんよー!」
2人は全力で逃げ出した。

「……んで2人で全力で逃げて。ふ、と気付いたら片目がなかった」
中華レストラン『鳳陽』の片隅。
夏侯惇の腕組みしながらの告白に韓浩は口元を引きつらせた。
隻眼に関してはなんらかの武勇伝があると思っていたが想像以上の武勇伝だった。
しかも想像の上斜め50度くらいを横切っていくような予想外っぷりである。
「そ、それは大変でしたね」
それしか言えない。
そしてしばらく2人は見つめあい……
やがて韓浩はなにかに気付いたように口を開いた。
「りんごがトラウマなのはなんとなく理解できましたけど……その話を聞いてると私が当事者だったらりんごよりも曹操さんに対してのトラウマが出来そうな気がするんですが……」
夏侯惇は韓浩を呆然と見やった。
「……そ」
「そ?」
「そんなこと考えたこともなかった……」
「か、考えてくださいッ! 重要重要!」
そんなあらゆる意味で平和な日のことだった。

---------------------------------------------------------------------------------------
カムロ設定は岡本様の『十常侍の乱』より。百万の感謝を。
ちなみに実際に目を失ったシーンは私が書くとどうやってもグロにしかならないのでぼかさせていただきました^^;
もう、いろいろぐだぐだなんで許してやってくださいけぷ☆(吐血

536 名前:海月 亮:2005/01/28(金) 19:44
おお、今度は惇姉の隻眼秘話ですな。
確か人物設定のところでも、課外活動とは無関係の所で、恐らくは曹操が原因で片目を失った、とあったと思いましたし。
しかし、トラですか。片目で済んだのが奇跡みたいな話で笑えるなぁA^^)

>ログがリレーに…
なってますね…まぁ、私もですけど、きっと皆様こないだの祭(←旭記念日スレ)で萌え尽きてるor現在も奮闘中でしょうから…。

537 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 20:08
>こないだの祭
ちょうどおわったあとくらい(ROMを含めたらもうちょい前からこのHPにいましたが)に
カキコはじめた私にはお祭りに混じれなくてはふんorz
もうどうしたもんか、って感じですprz<スネ夫

>片目で済んだのが奇跡みたいな話
今、思いついたのはそこを救ったのが許チョとか(笑
蒼天航路リスペクト! なのですよ〜(笑

538 名前:★ぐっこ@管理人:2005/01/30(日) 00:54
正直スマンカッタ( ゚Д゚)!
あらためましてはじめまして、北畠蒼陽さま!
旭祭に夢中なあまり、素で>>520に気付きませんでした_| ̄|○
このバカを存分に罵り辱めてくださいませ(;´Д`)ハァハァ…

>覇者と英雄
(゚∀゚)! 蒼天テイスト!
そんでもって、やはり背伸びしても袁紹の王者っぷりには届かない曹操!
これイイ!袁紹ってなんだかんだいって、曹操のお姉さまですから!

>鍾会と昜
これもキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
鍾会の性悪さより、昜たんのうろたえっぷりにときめきました。
存外、二人ともプライド高いので、水面かでの張り合いが激しかったのでは
と推測。萌える…

>-隻眼の小娘とりんごの悪夢
(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
そうだったんだ( ゚Д゚)! いや私も全く考えてなくて、なんとなく曹操のせい
だろうな…とか思ったたのでマジ採用! 交州校区にて夏侯惇隻眼!
そして許褚の登場!?うわははは!これいいッ!
北畠蒼陽さま!ありがとうございますっ!

>海月 亮さま
うお、丁奉たんの寒中水泳( ゚Д゚)! で、韓当たんの不詳の妹の始末と!
相変わらず学三はレアなキャラが出てくるなあ…留姉妹あたりが出てくるとは。
(゚∀゚)GJ! そういや留賛も、最後は結構壮絶な散りざまでしたやね(´Д⊂

539 名前:北畠蒼陽:2005/01/30(日) 01:25
>ぐっこ様
拙作に過大な評価痛み入ります。1億の感謝を。
ただすべての作品でいろいろミスってるのが難点といえば難点orz
曹操&袁紹はサバゲ決戦だってことを知らずに書いてるし
鍾会&昜はあだ名を名前の後ろに書いてるし
曹操&夏侯惇は3/3で「あ〜、夏侯惇もそう思う?」って……
元譲って呼んであげて(ノ_・。

あと曹騰は従姉妹のお姉ちゃん、ってことで正式に後漢話を
書き出しました。
新参者のクセにすげぇ長編になりそうでそれはそれでへこみorz
「読みたくねぇ」とか言われると地の底までへこむので
心の中で思うだけにしといてください(笑

それはともかくこれからよろしくお願いします! なのですよ〜。

540 名前:★教授:2005/01/30(日) 14:52
■■ 合肥の戦 〜凌統vs楽進〜 ■■

「このままくたばれっかよ!」
「きゃあっ!!!」
 凌統は襲い来る敵に自慢のヌンチャクを振るいながら自身の置かれている状況を再確認する。周囲には傷付き倒れた自分の部下、そして敵が無造作に横たわっていた。そして凌統自身もまた全身に痣や切り傷を作り大きく肩で息をしている。勇猛果敢の遜色に少しずつ翳りが見えていた。
 その姿を小高い丘の上で見ている少女がいた。最近、長湖部では『泣く子が更に泣く』やら『鬼道娘』で恐怖の的とされている蒼天会屈指の実力者――張遼、その人であった。マウンテンバイクに跨り双眼鏡で戦況を確認しつつ、手に握る模造刀に力が篭る。
「意外と頑張るわね…あの娘」
「そうみたいだな…見た目はフツーなのにな」
 感嘆の声を漏らしてにやりと口端を歪める張遼に相槌を打つのは楽進だった。こちらは少し難しい顔をして望遠鏡を覗き込んでいた。ちらちらと張遼を見ながら不満の声を挙げる。
「ねぇ…何で、私は望遠鏡で見てるのかな…。近すぎて見えたり見えなかったりなんだけど…」
「仕方ないじゃない。双眼鏡はこれしかなかったんだし…あ、その望遠鏡は壊したら弁償って徐州天文部が言ってたからね」
「分かってるよ…流石にこんな高い代物は経費で落ちないだろうしな…。つーか、何で望遠鏡なんて借りてきたのさ…これなら肉眼の方が…」
「なら、李典を叱らなきゃね…それ借りてきたのはアレなんだし」
「ごめんなさい…我侭言いませんからケンカはしないで…」
 溜息を吐きながら楽進は再び望遠鏡を覗き込んだ。恐らく胃も痛くなってることだろう。
「……まあ、あの調子だと長くは持ちそうにないわね。私はその辺りに潜伏してるかうろついてる長湖部の残党を制圧してくるか…。ここは任せたわよ」
 双眼鏡を楽進に投げて寄越す張遼。楽進はそれを振り返る事なく片手でキャッチして頷いていた――

「はぁ…はぁ…………もう終わりかっ! 怖気付いたのなら…そこを退けぇっ!!!」
 息が上がり疲労困憊が誰の目から見ても明らかな凌統。しかし、檄する声には気迫――いや、ここは鬼迫とも言うべき殺気が濃縮されている。その鬼の咆哮に張遼軍の生徒達が息を呑み、間合いを取りはじめた。鬼腕張遼の直属の配下、死をも恐れぬ狂戦士の隊。通称『羅刹隊』がたじろいだのだ。これには遠くで見ていた張遼と楽進も驚きの色を隠しきれなかった。
 しかし、凌統の敗色を秒刻みで濃くなっている。彼女の周囲に味方は誰一人として残ってはいなかったのだ。凌統の配下は唯の一人として生き残ってはおらず、全員見事に飛ばされていたからだ。唯一の救いは降伏した者がいなかった事くらいだろう。
「怯むな! あの姿を見ろ! あれで満足に戦えるはずもないだろう!」
 羅刹隊の一人が凌統を指差し、周囲を見る。しかし、自分で発した言葉に誰も頷く事はなかった。全身青痣だらけ、そして自身の血と返り血で赤く染まった制服。大きく肩で息をしているその姿に戦える余地は何処にも見えない。だが、それでも羅刹の軍は動けずにいた。目が――全く死んでいないのだ。それどころか襲い掛かれば襲い掛かるほどに満ちていく殺気に彼女達も慎重にならざるを得なかった。
「来ないのかよ……来ないなら…こっちが行ってやるよ!」
「ひぃっ!」
 じりじりと間合いを詰め始める凌統に明らかな怯えを見せる羅刹隊。死への心構えが出来ているとはいえ、こんな魔界の生物を相手にしてしまった事を後悔しつつあったのだ。
 ――と、羅刹隊の後方に砂煙を立てながら迫ってくるマウンテンバイクが凌統の目に映った。
「どけどけぇっ!」
 羅刹隊が何事かと振り返った瞬間、その姿は宙を舞っていた。その軌道はスローモーションの様に目に映り、ゆっくりとトレースするような不思議な感覚に陥っていた。そして、その人は激しい音を立てて着地する。無造作に切った髪、傷だらけの顔、体操服に身を包んで身の丈はある棍を手にした堂々たる姿に羅刹隊も喚声を上げた。凌統もその威風堂々たる姿に一瞬呑まれそうになる程であった。
「私は楽進。アンタに引導を渡しに来た! いざ勝負されよ!」
 マウンテンバイクから降りると羅刹隊に下がるよう指示を出す楽進。
「ふん…勇ましい事だね。気に入った…私は凌統、いざ尋常に!」
 凌統は口元を吊り上げ、構えと間合いを取る。楽進もまた棍を中段に構え出方を窺う。
 互いに隙を見せる事なく一歩、また一歩とその間合いを詰めていく。冷たく重い空気が漂う二人の周囲に固唾を飲んで見据える羅刹隊。どの少女を見ても瞬き一つしていない。そして二人の間合いは2メートル弱にまで詰まる――

 
 ――――――刹那の瞬き、空気を裂く乾いた鉄音と縫う様な深く重い鈍音が戦場に轟いた――――――



「ふぅ……」
 孫権は船上で深い溜息を吐いていた。彼女の周りには甘寧や周泰達が控えており、散々たる戦況を思い返し怒りとも悔恨とも付かない表情を浮かべていた。
「本当に拙い戦にしてしまったわ……赤壁で一度勝ったくらいで何を浮かれていたの…私」
 ぎゅっと船縁を握り自分への怒りを露にする。飛ばされた部員や幹部の数は数えても数え切れない、全ては自分の慢心がさせた事。悔いても仕方ない事だが、悔わずにはいられなかった。
 そして、一番気掛かりなのは自分を助ける為に戦場に残った凌統だった。まだこれから伸びる可能性を秘めた長湖部のホープの一人…こんな所で飛ばす訳にはいかなかった。しかし、それでも自分には生き延びなければならない責任があった。姉二人に託された長湖部、それをこんな形で終わらせるわけにはいかない。まだ何も成し得ていない。飛ばされる訳には行かない、慕って徒いてきてくれる部員達の為にも―――
 悲しみと怒りを抑え付け、前を見据える孫権。その視線の先には先ほどまで居た戦場があった。そして、船に近づいてくるマウンテンバイクが一台。近づけば近づくほどに見覚えのある姿、そして孫権が目を凝らしその姿を確認した時、驚嘆と驚喜が入り混じった。
「あれは…公績! 助けに行って! 早く!」
「御意!」
 孫権が言うや否や、周泰が直属の部員を引き連れ船を飛び降りた――

「公績…」
 長湖に帰る船上。凌統に掛ける言葉が見つからず涙ぐむ孫権と満身創痍の凌統が船縁にもたれかかって寝息を立てて、そこにいた。その胸には血塗れの階級章が鈍く赤黒い光をぬらぬらと放ち、その傍らに砕けた愛用のヌンチャクと誰の物か分からないマウンテンバイクがあった。彼女は飛ばされていなかったのだ。生きてこの場にいるのであった。
「公績……ごめんね…そして、ありがとう…。私は…もう今までの私じゃない、安心して」
 孫権は目元をごしごしと拭うと船頭に振り返る。そこにいた甘寧、そして周泰や徐盛は主の姿に迷いが無い事を悟った。先ほどまでの幼さが残っていたその風貌には、最早それは無かった。精悍な表情、そして統率力という名の気勢を全身から放つその姿は正しく姉である偉大なる初代、孫堅。そして長湖の覇者、二代目孫策にも勝るとも劣らないほどであった。
「部長……」
 凌統は孫権の大きく成長した後姿を薄目でしっかりと見ていた。そして、ゆっくり双眸を閉じて戦場を振り返る――


「ぐふ…」
「く……」
 ヌンチャクの鎖が引き千切れ、四散していく。そして凌統の右肩の横で棍が小刻みに震えていた。
 楽進の渾身の棍撃は凌統に命中する事はなかった。そして自身の胸に凌統のヌンチャクの柄が減り込んでいた。
 紙一重の世界だった。楽進の棍の僅かな狂いに凌統が一撃を合わせたのだ。それは達人の域ではなく、神の領域が為せる潜在的なものに近かった。
 楽進の口元から赤い雫が零れ落ちる。確かな手応えを凌統は感じていた、恐らく肋骨の数本は持っていったはず――だが、楽進は倒れなかった。震える膝を懸命に踏ん張り、棍を落とす事無く凌統に満足げな笑みを浮かべていたのだ。
「…み、見事……まさか…あの一撃にカウンターを入れるなんて…」
「偶然…だよ。正直…やられるかと思ってたから…。……これ、借りるな」
 壊れたヌンチャクを懐に入れると、ふらりと振り返り…重い足を引き摺って楽進のマウンテンバイクに跨る凌統。そして楽進も黙って頷きバイクを凌統に委ねた。
 今まで唖然としていた羅刹隊は、楽進が敗れた事に大きなショックを隠しきれないでいた。しかし、ふと我に返った。このままあの娘を長湖に帰してはいけない…いずれ必ず大きな災厄となる…。そう思った時には既にモデルガンを握り締めて凌統にその銃口を向けていた。
 ――が
「行かせて…やんな」
「楽進…さん? しかし…」
「指揮を任された私が負けたんだ。これ以上は恥の上塗りだよ…」
 息も絶え絶えの楽進がそれを制したのだ。その言葉に二の声も上げられなくなる。
 遠ざかる凌統の危なっかしい運転を見ながら楽進は満ち足りていた。真剣勝負の中で倒れられる事は彼女に取って喜ばしい事だったから――ゆっくりと目を閉じるとうつ伏せに倒れた――
「楽進さん!」
 羅刹隊が駆け寄った時には、既に楽進の意識は無かった。

 後日、楽進はこの時の怪我が元で課外活動から退く事になる。曹操、夏候淳、夏候淵、李典、張遼、除晃らの必死の呼びかけに気丈な返事を返していたが、傷は思ったよりも深く致命的でドクターストップが掛かったのだ。
 その後、病室で楽進は紫の髪の少女を思い返していた。満足な戦い、そして苦くない敗北の味。いつか、またリベンジしたいものだ、と――

541 名前:★教授:2005/01/30(日) 14:56
はい、お粗末様でした。いや、ホントに粗末なんですけど(T_T)
時間に猶予も無く死兆星を見ながら書いてましたが…いやぁ、読み返すと短い短い…。
もう少し内容詰めて書きたかったというのが本音です。

その内、リメイクするかもしれません。つーか、する(断言)

542 名前:北畠蒼陽:2005/01/30(日) 18:18
>教授様
(゜V+゜)b
素晴らしいSS、眼福でございます。
一騎打ち、というか戦闘シーンがあまり書けない人間なのでうらやましいなぁ。すごいなぁ。

自分もがんばらなきゅあ……

543 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:25
>教授様
凌統vs楽進ですか! しかも凌統のエモノがヌンチャクですと!
何気に三国無双新作で凌統登場という情報に、嬉しさのあまり魂抜けかけてたタイミングにこれを読むことになろうとは…
お見事でございます(´ー`)b
…ぬう…書きかけだった甘寧と凌統の仲直りの話、書き直さねば…(え?

それでは私めもひとつ。
毎度毎度長湖部員ネタで恐縮ながら、投下の機会を得ずにお蔵入り寸前だった子瑜さん話を。

544 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:27
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのいち

電子音のベルが鳴り、少女は枕元の時計に手を伸ばす。
デジタル時計の表示は八時。少女はゆっくりと体を起こし、伸びをする。
のそりと布団から出て、眠たい目をこすりながら洗面台に向かい、大して乱れてもいない髪を梳かし始める…すると、
「…………………え?」
少女は何故か唖然として、洗面台の姿見に映る自身の顔を、始めて見る物のように覗き込んだ。
ややツリ目がちな、見慣れた自分の顔。
その頭には、艶のある栗色のロングヘアー。
しかし、そこにはあるべきものが存在していなかった。
「アレが…ない?!」
そう呟く少女…諸葛瑾は、何度も自分の頭の両サイドを触り、呆気に取られていた。

「いやゴメン、マジで気ぃつかなかった」
「…別にいいんだけどね」
放課後の揚州学区のカフェテラスで、見慣れたクセ毛のない諸葛瑾と、魯粛は向かい合って座っている。
諸葛瑾にとって親友である魯粛でさえ、初めはその少女が諸葛瑾だと気付けなかった。
「でもさ、いったいどうしたってのかねぇ…突然"ロバの耳"がなくなるなんて」
"ロバの耳"…それは、諸葛瑾のトレードマークといっても過言ではない、彼女の頭の左右両サイドに、普段存在するクセっ毛のことである。その形がロバの耳のように見えることから、友人達からはその名で親しまれていた。
幼い頃、ある日突然出現したそれは、長い間彼女のコンプレックスでもあった。どんな整髪料を使おうとも、その部分を逐一切り落としても、やがては元通りになってしまうのだ。
諸葛瑾もやがて諦め、かれこれ十年以上この"ロバの耳"と付き合ってきた。何時しか、彼女もそれに愛着を持つようになり、毎日念入りに手入れしていたりもしていた。
「そんなの、むしろ私が訊きたいわよ」
「心当たりは? 例えば、何か違うシャンプーか何か使ったとか」
「朝起きて、一番に鏡を見て、その時にはもう無かったのよ。ついでに言えば、昨日使ったシャンプーもトリートメントも、何時もと同じモノだし…濡れてる間にタオルで締め付けたってなくなるようなモノじゃない事だって、子敬も知ってるでしょ?」
「そりゃあ、まぁ…」
「どうしたらいいかなぁ…これじゃ、誰も私だって解んないだろうし…第一落ち着かない」
諸葛瑾は本気で困っている様子だった。誰だか解らない、というのも、そもそも魯粛にも解らなかったんだから、多分他の長湖部員も目の前の少女が諸葛瑾だと解る者は居ないだろう。
現にこの日、多くの幹部仲間とすれ違ったが、誰も気付かなかった。たまりかねた諸葛瑾が、魯粛に話し掛けたからからこそ、やっと気づいてもらえたようなものだった。
何だか気の毒に思えてきた魯粛も、真剣な顔になって考えていた。ふと、周りを見回すと、様々なヘアースタイルの少女の姿が目に飛び込んできて…。
「!…そうだ、子瑜。ちょっとここで待ってて」
「え?」
魯粛は何を思い立ったのか、席を立つと、そのまま何処へとも知れず駆け出していった。

545 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:28
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのに

よ〜し…こんなもんですかね。目、開けて」
「ん…」
言われるがまま、ゆっくり目を開けると…そこには、両サイドの丁度"ロバの耳"があったあたりに、根元を紅いヘアゴムで結ばれた、小さなツイン・テールが出来ていた。
「ちょっと感じが違うけど…まぁ、見えなくはないんじゃないかと思う」
魯粛はあの時、カフェテラスの隣りにある購買へ駆け込み、ヘアゴムを買ってくると諸葛瑾をトイレに連れ込み、その髪を"ロバの耳"っぽく結い上げることにしたのだ。
「う〜ん…なんか、子供っぽくない?」
「いいじゃないの。結構似合ってるよ、子瑜」
「でもなぁ…」
「何時までも気にしないの! さ、そろそろ幹部会の時間だよ、行こっ」
様相をいつもと違えた"ロバの耳"モドキを弾いたり摘んだりしながら、尚渋った様子の諸葛瑾を引きずり、魯粛はその場を後にした。

「あはははは! そ、それ傑作! 傑作ですよ子瑜先輩っ!」
こくこくこくこくっ。
「…………………煩い」
爆笑する歩隲と、表情を動かさないものの普段より明らかに勢いよく頷く顧雍の姿に、諸葛瑾はむすっとした表情でそっぽを向いた。
その様子を見、傍らの魯粛が「あっちゃ〜…」といわんばかりに首を振った。
案の定、幹部会で誰もそれが諸葛瑾と気付くものは居なかった。傍にいた魯粛が逐一説明し、その都度皆同じような反応を示していた。
ほとんど表情の解らない顧雍以外は、皆笑いをこらえているのが見え見えだ。中でも歩隲に至っては、この有様である。
「え?…えっと、可愛らしい感じでいいですね…あはは…」
「あ〜、なんて言いますか、そういうのも悪くは…ないっスね、うん」
メンバーの中でも比較的気を遣ってくれる部類に入る駱統や吾粲ですら、言葉とは裏腹に必死で笑いをこらえている有様だった。
メンバーが姿をあらわすたびに諸葛瑾は不機嫌になっていくのも自然な反応と言えた。
そして…
「みんな揃った?…って、あれ? あなたは…えっと…どなたでしたっけ?」
孫権のその一言に、笑いをこらえていた顧雍以外の幹部会メンバーは遂に我慢の限界を迎え、どっと笑い声が上がり、たちまちの内に大爆笑になる。
慌てて魯粛が耳打ちをすると、孫権は慌てて、
「あ…え、えっと、髪型、変えたんだね?」
と取り繕おうとしたが、むしろ、それは逆効果であった。
再び、満座がどっと沸き、それが止めになった。
「……っ!」
「あ…!」
「お…おい、子瑜っ!」
諸葛瑾は立ち上がると、倒した椅子を直すこともせず会議室を飛び出していってしまった。
慌ててそれを追って孫権が飛び出していったのと、満座から一名を除いて笑いが消えたのは同時だったと言っていい。
魯粛はその唯一の音源…歩隲の頭に拳骨を一発見舞って黙らせると、会議室を飛び出していった二人の後を追いかけていった。

屋上に続く踊り場に座り込み、彼女は泣いていた。
愛着のあった"ロバの耳"がなくなったということもショックだったが、何より、孫権すら自分が誰かを理解してくれなかったことが、一番ショックだった。
荊州学区返還交渉の際、相手の参謀に自分の妹が居る、ということで随分陰口を叩かれたが、孫権はその都度「子瑜がボクを裏切らないのは、ボクが子瑜を裏切らないのと一緒だよ!」と、彼女をかばってくれていた。
それ程の信頼を寄せてくれた人が、ハプニングのためとはいえ髪形が変わってしまった自分に気づいてくれなかった…それが、悲しかった。
「…あ、こんなトコにいた」
「子瑜っ!」
後ろから抱き付かれた感覚にはっとして振り向くと、そこには孫権の姿があった。階下には、魯粛の姿もある。
「ごめんね、ボクが無神経すぎたよ…何時もとちょっと感じが違ったから、からかってみようと思ったんだ…」
「……え…じゃあ…私の事」
「ちゃんと解ってたから…その髪型も、似合ってるよ、子瑜」
そう言って、笑って見せた孫権の目の端にも、うっすらと涙の跡があった。
「…ありがとう…部長」
涙を拭うことも忘れ、諸葛瑾は孫権を強く抱きしめていた。

546 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:29
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのさん

「……ふむ…まさか、こんな長い間効き目があるとは思わなかったが…」
「やっぱり、テメェの仕業だったのか、孔明」
荊州学区・公安棟。かつては江夏棟の名で呼ばれたそこは、帰宅部連合と長湖部の勢力範囲の境目にあたり、その二勢力の中立地帯となっていた。
魯粛は今回の事件の原因が諸葛瑾の妹・諸葛亮にあると考え、渋る彼女を無理やりに引きずってきたのである。
「勘違いしないで頂きたいな。私がやったのは、"ロバの耳"を作り出したことだ」
「はぁ?」
「何ですって!?」
諸葛亮のしれっとした一言に、二人は唖然とした。
「お姉様も知っての通り、お母様の寝癖は相当に酷かっただろう。毎朝、何十分もかけて髪を梳かすその姿を見て、幼いながらも私は心を痛めていた…」
そう言って、視線を遠くへ投げる。
「そこで私は毛根に作用し、決まった髪形を維持する髪質に変える整髪料を開発したのだ。実際の効能がどれほどのものか試すため、私はある日、お姉様と元遜が寝入ったところを見計らい…」
「…………………………ようするに、貴様の仕業か」
妙にドスの利いた声。普段聞きなれないその少女の声に、魯粛は愚か、諸葛亮でさえ思わず息を飲んだ。
言うまでもなく、その声の主は諸葛瑾である。
諸葛瑾がゆらりと立ち上がると、その背後は怒りのオーラで景色が歪んでいる。
「お、お姉様落ち着いて…まさか私も、効果が10年も持続するなんて考えても…ひぃッ!」
その言葉か聞こえていないかのように、壁際に追い詰めた妹の襟首を、諸葛瑾は千切りとらんばかりにねじ上げた。
「し、子瑜…アンタが怒るのも解るけど、そいつ殺したらヤバい事になるから…いろんな意味で」
「………直せ」
魯粛の言葉も無視し、諸葛瑾は普段より数段トーンの低い声で、妹に命令した。
「え? でもこれでお姉様の髪型は元通り…」
「いいから、私の髪型を普段通りに戻せと言っている…ッ!」
何故か目深になった前髪から、殺気立った目が覗く。
その形相に恐れをなしたらしい諸葛亮は、まるで壊れた人形のようにがくがくと首を縦に振った。

かくして一週間後、その特徴的な"ロバの耳"は再び元通りになった。
「いや〜、ホンッと良かったですねぇ、先輩。あの髪型もキマってたのに残念ですね〜」
こくこくっ。
「……黙れ、子山。元歎も同意すんな」
先日の一件で一番大笑いしてた張本人の一言に、直前まで上機嫌だった諸葛瑾はむっとした顔で二人を睨んだ。
「でもやっぱり、その髪型のほうが子瑜らしくていいと思うよ。可愛いし」
「それもそうですねぇ…いっそ、その根元にリボンでも結ってみます? もっと可愛くなるかも知れないですよ」
こくこくっ。
孫権の言葉に冗談とも本気ともつかない提案を投げてくる二人(?)。
「お前等なぁ…それより、今回は孔明のヤツも災難だったかもな」
「いいのよあのくらい。たまにはいい薬だわ」
そうである。
何せその薬そのものが残っていなかったため、諸葛亮はかつて自分が作った試作品のレシピをほじくり返し、急遽作ることになったのだ。
しかも、材料も入手困難なものばかりらしい。
その内訳が明かされることはなかったが、材料をかき集めて帰ってきた諸葛亮の白衣は見るも無残な状態で、しかも供をしたらしい趙雲たちに至ってはそれ以上の有様だったことを鑑みれば…。
「…………なんてーか、いろんな犠牲を払ったんだなぁ…その"ロバの耳"は」
孫権の言葉に再び上機嫌となった諸葛瑾の姿を眺めながら、魯粛はしみじみとそう言った。
そして、成都棟の(元)科学部部室では…
「!………う〜む、まさか、また何年後かに同じ事が起こるんではなかろうな………」
姉の見慣れない形相を思い出し、思わず身震いした諸葛亮であった。
ちなみに、諸葛姉妹の母親にこの薬が使われたか否か、定かではない……。

(終劇)

547 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:38
以上でござる(゚∀゚)>
「風を継ぐ者」の閑話休題的に書いたお話なのですが…出来上がってみるとまったく無関係に(オイ
時期的には長湖部&蒼天会が合肥と濡須でドンパチやる直前くらいになるでしょうか。

>ぐっこ様
留賛。そうなんですよ、彼女の散り様はいずれ書かねばならぬと思っておるのですよo(>ω<o)
でも先に審配さんの散り際やっちゃいそうです。何気に、キャラデザがないのをいい事にイメージだけで描いていたら、その光景が脳裏に(ry
とりあえず、それもうぷろだに置いて帰ります。

548 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:26
ご無沙汰です。
えっと、まだ未完成の作品なんですが前に言ってた曹騰の話です。
実は今週引越し予定でして、しかもまだ引越し先にネット環境が整ってない、いつ復帰できるかもわからない状況なのでとりあえず出来ているところまで投下です。
ちなみに全8話の予定。ちょい長いですな……

549 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:27
-Sakura-
第1話:紅華

時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる。
曹騰はうららかな昼下がり、1人で縁側に正座し緑茶をすすっていた。
すごくおばさんくさい。
しかし普段着ではなくぱりっとスーツを着ているのは違和感がある。
茹でた青菜のようにはんなりとした時間が過ぎていく。
自分の学生時代の激動からは考えられないようなゼイタクな時間に曹騰は人知れず笑みを浮かべた。
「あつつ……」
お茶の熱さに舌を火傷しそうになり苦笑する。
あの頃の熱さにもう一度戻ってきてもらいたいとは思わないが懐かしく感じることは事実だ。
「ただいま〜!」
静寂のときを破る声。
曹騰はぼんやりと時計を見た。
(あぁ、ほんと、学校の終わる時間だわ)
かなり長い間、ぼ〜っとしていたことに気付き、少し赤面しながら曹騰は立ち上が……ろうとしてこけた。
足が痺れていた。
上半身を床に突っ伏したまま、ひくひくとうごめく。
虫みたいだった。
「お姉ちゃ〜……って、う……えっと……どうしたの?」
曹騰の頭上で本気で心配する声がした。
心配しなくていいから見ない振りをしてほしい。
「な、なんでもないわ、孟徳ちゃん。おかえり」
脂汗をかきながら必死で笑顔を浮かべる。
痛々しい。
「……!」
孟徳……自分を実の姉のように慕ってくれている従姉妹の曹操。今はエン州校区の小学校に通っている……に微笑みかけた曹騰の目に飛び込んだのは泥にまみれた服と無数の擦り傷だった。
「孟徳ちゃん、どうしたの!?」
「え、あ……なんでもない! なんでもないよっ!」
曹操は焦りながらぶんぶんと手を振った。
あからさまになにかある、という態度である。
曹騰は片ヒザ立ちで座り……足の指を両手でほぐして痺れを取ろうとちょっと必死になりながら……真剣な顔を曹操に向ける。
「孟徳ちゃん、ちょっとそこに座りなさい」
ちょっとホンキ。
こうなると曹操は弱い。
まず年齢が一回りも違うのだからその潜り抜けてきた修羅場の回数も当然のようにまったく違う。
その従姉妹の『ホンキ』に曹操の小学校レベルのキャリアが太刀打ちできるわけがない。
まるで『曹騰に怒られる曹操』のようにしゅん、となって曹騰の前に正座する。
比喩じゃなくてそのままである。
「孟徳ちゃん、いじめられたのね」
「……」
「返事は『はい』。それ以外認めません」
『はい』しか認めないんだったら聞く意味ないだろう! と、ちょっとだけ曹操は思ったが反論できない。
「……はい」
「私が『カムロ』だから『カムロの従姉妹』って言っていじめられたの?」
「……言いたくない」
とたんに曹操のほっぺたが曹騰に掴まれた。

550 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:28
「そんなことを言うのはこの口? この口?」
むにむにと引っ張る。
「ひ、ひたい! ひたいよぉ〜!」
むにむにむに。
ほっぺたをむにむにと引っ張っているとまた足の痺れが襲ってきて曹騰は再び突っ伏した。
「うぐ……と、とにかく孟徳ちゃんはそんなことを気にすることはないの! みんなに嫌われたら私がその分、愛してあげる。そして本当に友達、って言える人たちができるまでずっとずっと守っていてあげる」
曹騰はいいことを言った。
いいことを言ったのだがいかんせん上半身を床に預けたまま、お尻を上に向ける、といういかんせんはしたないポーズのためまったく威厳はない。
「……トモダチ」
そんなポーズながら曹騰の言葉は曹操の心に響いたようだ。
人間わからないもんである。
「トモダチ……よくわかんないよ」
従姉妹の夏侯惇や夏侯淵、曹仁や曹洪らは友達、と言えるかもしれないが、それ以外に自分が『カムロの従姉妹』と知っても付き合ってくれるようなトモダチなど曹操に心当たりはなかった。
「……」
曹騰は溜め息をつき再び足指をほぐしだした。
もうしばらく立ち上がれそうにない。
「『カムロの従姉妹』どころか『カムロ』にだって友達は出来るものよ。私にも高校の頃、とっても素敵な友達がいた」
「……え!?」
従姉妹の言葉に素っ頓狂な声をあげる曹操。
「失礼ねぇ……私が友達できないくらい性格悪いって?」
やや憮然とした声で曹騰が曹操を睨む。
もちろんそういう意味ではなく『カムロ』というものがそれくらい忌み嫌われている、という意味の驚きである。
曹騰は仕方がない、という顔をし短い髪をかきあげた。
「じゃあ……私の高校の頃の話……とても素晴らしい友達の話でもしてあげる」
どちらにしろ足の血行が戻るまでまだまだ時間がかかるだろう。
それに今日は……
まぁ、それまでの暇潰しに話をするのも悪くない。

そして曹騰は語りだした。

……彼女たちは本当に輝いていた。
そして私の人生は彼女たちによって鮮やかに彩られた……

551 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:28
……

とても目立つ少女だった。
遠目にもつややかな髪をばっさりとオカッパにまとめ、さらなる特徴として誰が見ても明らかな胸のふくらみのなさ。
そして制服も膝がちょうど隠れるくらいのショートパンツ。
典型的なカムロである。

解説しよう。
カムロとは髪をショートボブまで切り詰め、少年と見まがうばかりに胸がないブラジャーいらずの
もののことである。
なぜそのような存在が学園に存在するか、についてはいろいろある、としか答えようがない。
答えたくとも説明が長くて答えるのが面倒だ、というのが本音である。
とりあえず今は話を少女に戻そう。

「なんでこの私の……曹騰の名前がないわけぇ〜ッ!?」
「さぁ、そんなことを私に言われてもねぇ……困るんですよ、とにかく。あなたの名前はこの名簿にありません。つまり入寮は許されません」
学生課……
そう書かれた看板の下で曹騰と係員が言い争っていた。
正確には言い争っている、と感じているのは曹騰だけであり、係員にとってはうるさいハエをつぶすことすら面倒だから放っておいている程度のことだろう。

「だいたいカムロごときが、この司隷特別校区にというのも、ねぇ」
係員の言い草に曹騰の怒りゲージは急速に溜まっていく。
今の曹騰であれば水温94度くらいでお湯が沸騰する。

『カムロ』というのはつまり学園の象徴である『学園都市女子高等学校連合生徒会代表会議』……通称、蒼天会の会長にはべり、連合生徒会との連絡、調整役を勤めるのが役目なのである。
もう少し世代交代すればそうでもなくなるが、現時点では勉強の成績もあまりよくない人間が多く、無教養で軟弱、と見られることが多かった。
曹騰とてあまり勉強ができるわけではないが、それでもこの言い方はあんまりだと思う。
だいたい曹騰なりにがんばって、ようやく掴み取った司隷特別校区……そう、蒼天会、生徒会などの全管理機能が集中している学園都市最大の『首都』への切符をこんな係員ごときにバカにされなければならないのか。
しかも入寮名簿に名前を書き漏らしたのはそっちだろうに……!
「とにかく本日の入寮は認められません。後日、書面で入寮申請をお願いします」
『お願いします』などとは言っているが明確な拒否である。

552 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:30
「……ッ!」
「それは酷くないですか?」
曹騰が口を開こうとした、まさにその瞬間、後ろからの涼やかな声がやんわりと割って入る。
「それに彼女だって遊んでここまでこれたわけではないはず。先ほどの『カムロごとき』という言葉は取り消すべきだと思います」
係員はぱくぱくと金魚のように口を開け閉めさせて顔を青ざめさせている。
いい気味、と思いながら曹騰は天使の声の持ち主を見た。

天使だった。

腰まで届くような長い髪。
優しげな顔。
曹騰は今まで『美人』に会ったことならあったが『天使』に出会ったのは初めてだった。
惜しむらくは胸の大きさが曹騰と比べても遜色ないところだが……まぁ、これは好みが別れるところであろう。
天地がひっくり返ってもこんな娘にはなれない……曹騰は人知れず敗北感に浸った。
「なんとか彼女を寮に入れることはできないのですか?」
「し、しかし……規則は規則ですので……」
抗弁を試みる係員。
「わかりました。もう頼みません。彼女は私と同じ部屋に来ていただきます。私もちょうど1人部屋でしたからちょうどいいですわ」
「あぁーッ!? そ、それはいけません!」
「もう決めました」
真っ青になる係員。
彼女ってば……こんな傍若無人な係員が一発で恐れ入っちゃうくらい良家のお嬢様なのかな? 曹騰はそっと彼女の顔を盗み見る。
目があった。
恥ずかしくなって顔を伏せる曹騰に彼女はにっこりと笑いかけ、手を差し伸べる。
「これからよろしくお願いしますね……私は劉保、と言います」
劉……
蒼天会長の家柄……この娘が誰だかよくわからないけどいいとこのお嬢さん、という推測は間違っていなかったようだ。
「りゅうほ……劉保ね。私は曹騰! 季興って呼んでね。これからよろしく!」

曹騰が彼女の差し出した手を握り締める。
そのときの彼女のなぜか、曹騰に対して驚いたような表情が印象的だった。

553 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:32
-Sakura-
第2話:琴平

「劉保ってお嬢様なんだよねぇ〜?」
「りゅ、りゅうほ……!?」
曹騰の言葉に劉保は目を白黒させた。
曹騰はくるくると逢魔が時の薄暗闇の中を回転しながら……
そして劉保はそれを楽しそうに眺めながらしずしずと、2人は並んで歩いていた。
「あっれ? 劉保って名前じゃなかったっけ? 違った?」
心底、不思議そうに曹騰が劉保に問う。
「いえ、劉保であってます。ただ……」
「ただ……?」
不思議そうな顔を浮かべる曹騰に劉保は苦笑を浮かべる。
「あまりそう呼ばれ慣れなかったものですから」
「呼ばれ慣れなかったって……」
自分の名前だろうに、と思いはしたがそれも家庭の事情なのだろうと思って言葉を飲み込む。
どういう事情だかはよくわからないが。
「……で、お嬢様なんだよね?」
露骨な曹騰の言葉に劉保は再び苦笑。
「そう、かもしれませんね」

思えば子供の頃から大事にされすぎて同年代の友達を得ることも出来なかった。
周りがみな自分の名前を知っているのだ。
近づいてくるのは自分の名前を利用して出世しようとするやつらばかり……

だから劉保にとって自分のことを知らないでいてくれる曹騰ははじめての興味深い存在だった。
「ねぇねぇ、劉保ってあだ名ってないの? あだ名」
「あ、あだ名!?」
劉保は一瞬、呆然としたがすぐににっこりと笑った。
「あだ名、というのはありません。私のことは劉保とだけ呼んでくれればそれで十分です」
「ふ〜ん……あ、そうそう……」
何気ない会話。
曹騰が振ってくる……彼女にとっては本当に何気ない話題なのだろうが……それは劉保にとってはとてつもなく新鮮な時間だった。

「……ってば! 劉保ってば!」
少しぼんやりしていたのだろう。
ふ、と気付くと曹騰の顔がほんの目の前にあった。
「は、はい?」
「あ〜、びっくりした。劉保ってば急に立ち止まるんだもん」
屈託なく笑う。
「ちょっと考え事をしちゃいました」
「わかるわかる」
なにがわかるというのか、曹騰は劉保の言葉にしきりに頷いてみせる。
それもまた……なにか嬉しかった。

554 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:33
「で、どうかしましたか?」
劉保の言葉に曹騰は『あぁ、そうそう』と言った。手をポン、と打つアクション込みで。
芸の細かい娘である。
「劉保って何年生なの?」
曹騰は学生課の係員を明らかに圧倒する存在感から自分よりも1歳か2歳は年上だと思っていた。
胸は……まぁ、成長期には個人差がある。きっとこれからだ。大丈夫。
「今年から高等部です。曹騰さんと同い年ですね」
劉保の言葉に曹騰はぴしっ、と石化した。
「あ、あの……えっと……季興さん?」
まるまる30秒固まってから曹騰は目をぐるぐるさせながら喚いた。
「お嬢様で、キレイで、私よりも年上かと思ったら実は同い年でーッ!? 完璧超人か、あんたはーッ!?」
「え、えぇッ!?」
劉保にとっては……まぁ、当たり前であろうが……はじめてこんなことで怒られているわけである。
「天は二物どころか森羅万象をあんたに与えたかーッ!?」
「そ、そんなッ!?」
理不尽である。
目をぐるぐるさせていた曹騰は……しかし、ある一点を見やってからふむ、と考えこんだ。
「き、季興さ……わひゃあ?」
劉保が変な声をあげた。
曹騰が劉保の胸を前から揉みはじめたからだ。
「ごめんごめん。完璧超人じゃなかったね」
「あ、いや。やめてください……季興さん」
ふにふにふに。
顔を真っ赤にして悶える劉保。
「これが劉保の完璧超人っぷりを阻害してる、と思うと愛しく思えるねぇ」
「あ、だめ。そこ……や、やめて、ください」
ふにふにふに。
ちっちゃいが感度はいいようだ。いいからどうだ、というわけでもないが。
不意に曹騰の手が止まる。
「あ、ん……え?」
「へへ〜、劉保ちゃん、感じちゃった? 可愛かったよ〜」
胸を揉まれたときとは違う気恥ずかしさで再び劉保の顔が朱に染まる。
「もう、季興さんなんて知りません!」
ぷいっ、とそっぽを向く。
「ごめんごめん」
へらへらと笑いながら劉保に謝る曹騰。
「許しません」
しかし劉保の口元はその言葉とは裏腹に笑みを形作っていた。
……こんな友達なんてはじめてだったからだ。

555 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:34
「うっわぁ」
曹騰はその巨大な建物に驚きの声をあげた。
司州蒼天女子寮。
さすが学園都市の首都の寮である。
その威容はまだこの司隷特別校区に到着して間もない曹騰を驚かせるに十分なものだった。
「ふふ、どうしました?」
曹騰の驚いた顔を見て劉保はくすり、と笑った。
「びっくりしたよ〜。こんな大きいんだねぇ」
心の底からの驚きに劉保はまた笑みを漏らす。
「さ、お姫様。こちらが女子寮になりますわ」
「うん、苦しゅうない」
劉保の言葉に曹騰は尊大に頷き……吹き出した。
「く、くくく……劉保っておもしろいんだね」
「そんなことはありませんわ……さ、司州蒼天女子寮へようこそ」
劉保が曹騰を招き入れる。
そこも……曹騰が見たことがない別世界だった。
「ほぇ〜」
感嘆にもならないような声をあげる曹騰。
それを微笑ましげに見ていた劉保の顔が不意にこわばる。
「ここにおられたんですか」
「あ、えぇ……ただいま帰りました」
曹騰は劉保に声をかけてきた女性を横目で観察する。
背の高い、しかし目の細い女性である。

竹刀を片手に持っていることから恐らくは軍人なのであろう。
ぽわぽわとした喋り口調ながら劉保には礼儀を尽くしているようだ。
しかし……そう、親しそう、という言い方は少し違うような気がする。
どこかに遠慮が感じられる口調。
まぁ、無遠慮よりはいいだろう……
自分のことを棚に上げて(曹騰の心には棚が108個ある)曹騰は女性の胸を見た。

でかい! いや、そうじゃない!
女性の胸には燦然と輝く二千円札階級章。
カムロの自分にとっては雲の上のひとである。
思わずびしっと気をつけをしてしまう。
というか……
「劉保……ねぇ、このひと……」
誰? と聞こうとする曹騰の目の前になにかが突き出された。
目で追うと……女性の手元に……って、竹刀!?
「うわぁッ!」
跳び退る曹騰。
女性はにこにこと笑みを浮かべたまま竹刀を曹騰に向けたまま……
(こ、こあい……)
目の前の女性はとりあえず名前がまだわからないので曹騰の中で『ぽわぽわ暴力的二千円』と命名された。
そのまんまである。そうでもないか。
「そこのカムロ……この方を誰だと考えているのかは知りませんが呼び捨てにする所見をぜひとも伺いたい」
「え? ……えぇ?」
呼び捨てにする所見、ってあんた……
「梁商さん、季興さんは……このひとはなにも知らないの!」
慌てて女性……梁商と呼ばれたか……の腕にすがる劉保。それでも竹刀の切っ先はピクリとも動かず曹騰に突きつけられたまま。
「なにも? ……なにも、とはどういうことです?」
劉保は梁商に答えず曹騰に向き直り、少し痛々しい笑みを浮かべた。
「隠していたわけじゃないんですけど……私、次期蒼天会長に指名されているんです」
劉保の言葉に曹騰は意識が遠くなりそうになった。
雲の上どころか大気圏の上のひとだ。すでに人間ではない……

556 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:34
蒼天会……
正式には『夏学園都市女子高等学校連合生徒会代表会議』。校祖である劉邦からはじまって以後、数十年もの伝統をもつ組織。
学園の学園であるための象徴的組織、そしてその頂点に……5万余にも及ぶ学生たちの頂点に君臨する存在こそ蒼天会長であった。

次期蒼天会長、ということは……

曹騰は前を歩く劉保のあとをとぼとぼ歩く。
その後ろを牽制するように歩く梁商が怖いわけではない。
梁商のことは多少しか怖くない。
それよりも……

ぴたっ、と劉保が足を止めた。
びくっ、と曹騰も足を止める。

「なんで……隣を歩いてくれないんですか……?」
劉保の声は悲しみに満ちていた。
しかし曹騰にとってはもう取り繕うだけで精一杯である。
「え、いや、だって、ほら、次期会長サマの横を歩くなんて恐れ多い……」
「サマなんて呼ばないでッ!」
曹騰の言葉を切り裂くような劉保の悲鳴。
曹騰は梁商と一瞬、顔を見合わせる。
「季興さん……私のことを呼び捨てにしてくれたじゃない……それははじめてのことで……とても嬉しかったのに……」
劉保は泣いていた。
「いつだってみんな私のことを知っていた……だからなにも知らないでいてくれたあなたのことがすごく嬉しかった……でも、もうそれもおしまい」
歌うように呟く劉保。曹騰もカムロであるから差別を受けてずっと生きてきた。
無視される辛さはこの身に染みているはずだ、なのに……今、自分が劉保を傷つけてしまった……
「ごめん、劉保」
悲しみに彩られたその口調に償いの言葉はすんなりと口の端に乗せられた。
この子を悲しませるくらいなら地獄の業火に焼かれてしまえ、とそう思った。
「申し訳ありませんでした。次期会長がそんなことを思い煩わされていたとは露知らず……しかしわたくしはもうずっとこの態度で慣れてしまいました。いずれお名前を呼び捨てにさせていただきますので今はこれでご勘弁を」
梁商も首をたれる。
「曹騰さん、さっきはごめんなさいね」
首をたれながら梁商は曹騰にもそっと呟く。
いいひとなんだな、と曹騰は漠然と思った。
「ホントにごめん。もうサマなんて言わない。ごめんね」
曹騰の言葉に劉保はようやく涙を流しながら笑顔を見せた。
「今度、サマなんて言ったら絶交、ですよ……」

557 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:36
とりあえずあんまり連投もあれなので2話までです。
復帰したら続投の方向性でお願いします。

まぁ、引越しは土曜なのでそれまでに3話くらいまで投下するかもですが^^;

558 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:50
>北畠蒼陽様
(;;゚Д゚)曹騰キタ―――――!!!
とか言いながら、実は党錮事件以前(しかも第二次以前)の知識はさっぱりな私_| ̄|○
とすれば今の私に残された道はひとつ、話そのもののよさに浸るしか…続きが楽しみであります!
一刻も早いオンライン復帰を心よりお待ち申し上げる!

では、今度は私めが北畠様の後を追っかける形になりますな。
実は個人的に好きな人物である審配の最期SS、僭越ながら上梓致します。

559 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:55
-邯鄲の幻想(まぼろし)-

冀州校区、ギョウ棟。かつては邯鄲棟と呼ばれ、先代、先々代の学園混乱時代から、この地屈指の堅城として知られる棟だ。袁氏生徒会役員の残党と、曹操率いる蒼天会との戦いも、この地の陥落をもって一区切りのついた形だ。
「ようやく、落ちたな」
「そうね〜、こんなに梃子摺るなんて、思ってもみなかったなぁ」
そのギョウ棟がよく見渡せる小高い丘の上に、二人の少女が立っていた。その腕には、蒼天会役員であることを表す腕章と、その身分を表す紙幣章をつけている。片一方の、小柄で赤みがかった髪の少女のつけているのは、学園組織の中でも数名しか存在しない一万円章だ。
小柄な少女は、いまや蒼天生徒会を掌握する、蒼天会長の曹操。
その傍らに立つのは曹操幕下きっての参謀・郭嘉。
「会長、ギョウ棟の主将、ご命令通り捕縛いたしました」
「ん、ご苦労様」
報告に駆けつけた少女に労いの言葉をかけ、
「でさ、何人か集めて棟の執務室を掃除しといて。例の娘は、別の部屋で待ってて貰うように…くれぐれも、丁重にね」
「畏まりました」
命令を受けた少女は再び、本陣のほうへ駆け戻っていく。
「…会長、あんたマジであいつを口説き落とすつもりか?」
「もっちろん。アレだけの逸材、放っとく手は無いでしょ」
「…きっと無駄だと思うけどなぁ…」
呆れ顔の郭嘉を他所に、曹操はこれから会いに行く少女にどんな言葉をかけようか、どう用いようかと、そのことで頭が一杯になっているように見えた。

宛がわれた部屋で、少女は椅子に腰掛けたまま項垂れていた。
飴色の光沢がある髪を、スタンダートなツインテールに纏めている髪型は幼い印象を与えるが、その幼い顔立ちのせいか良く似合っている。笑えばかなりの美少女のように思えるが、その鳶色の瞳は虚ろで、何の表情もみせていない。
手は布で戒められているが、その布は手触りこそ柔らかだが恐ろしく丈夫な、学園の制服にも使用されている特殊素材だ。かつて「鬼姫」と恐れられた呂布の力を以ってしても、紐状に捻ってあるこの布を引き千切ることが出来なかったと言うウワサがある。
その少女の名は審配、綽名して正南。かつてこの地を治めていた実力者で、曹操との戦いに敗れて失意のうちに引退した袁紹の専属メイドのひとりであった。袁紹が学園に覇を唱えるべく動き出すと、その才覚を見出され、参謀として抜擢された逸材だ。自分を認めてくれた袁紹への忠誠心は正に鉄石、その遺志を奉じ袁尚の副将としてギョウ棟の守備を任されていた。
そう、「いた」のだ。
彼女はギョウ棟を追われてしまった主・袁尚の留守を護り、迎え入れるために必死に棟を護ってきた。曹操の腹心・荀揩ネどは彼女を「我が強くて智謀に欠ける」なんて酷評していたが、その指揮能力の高さは曹操も舌を巻くほどだった。
攻めあぐねた曹操は、審配が従姉妹の審栄をはじめとした同僚達と不仲であったことを利用し、離間の計で内部から切り崩したのだ。ギョウ棟を守った忠義の名将は、哀れにも身内の手によって戒めを受けることとなった。
「いい様ね、正南先輩」
不意に扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。
黒髪をポニーテールに結った、真面目そうな雰囲気の少女。先に袁氏を見限り、曹操の傘下についた辛(田比)、綽名して佐治である。邯鄲陥落の直前に、審配とも顔見知りだったことから、降伏勧告を呼びかけてきた少女だ。
審配は一瞥し、再び視線を戻す。
「知ってますか? あなたがあの時投げ捨ててくれたティーセット、アレは私の宝物だったんですよ?」
審配は何の反応も示さない。
「此処の初等部に入学した際、記念に祖母が贈ってくれた大事なものだったんです」
独白を続ける辛(田比)の顔にも表情は無い。いや、正確にいえば、感情を努めて押し殺しているように見える。
「…だから…何」
一拍置いて、審配はようやく口を開いた。
「宝物を壊された仕返しに、私をこの窓から放り投げてやるとでも?」
「…!」
相変わらず表情は無いが、抑揚の無い声には、明らかな蔑みの響きがある。辛(田比)の表情は、見る間に険しくなっていった。
「折角あんたの頭を狙ってやったのに、外したのが残念…」
「貴様ぁぁー!」
刹那、辛(田比)は怒りで顔を紅に染め、審配を無理やり立たせると、その顔面へ向けて思いっきり拳を振り下ろそうとする。
「はい、そこまで」
その拳が、寸前で止まる。手首を捕まれた辛(田比)が振り向くと、曹操を始めとした蒼天会幹部の面々が何時の間にか立っていた。手首を掴んでいるのは、曹操が最も信頼するボディーガード・許チョ。この緊迫した事態にあってもぽやんとした表情を崩さないあたりは、流石は許チョといったところか。
「曹操…会長」
「駄目だよさっちゃん。どんな事情があっても、捕虜の私刑はご法度なんだからね!」
そんな一連の事態の渦中にあっても、審配の表情は相変わらず、虚ろなままだった。

560 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:58
整然と片付けられた執務室。
部屋の壇上、曹操が卓に着き、その後ろには、ぼんやりした表情の許チョが立っている。
その左には夏候惇、張遼ら曹操幕下きっての猛将たちが揃い踏み、右には郭嘉、荀攸、程Gといった鬼謀の知者がずらりと並ぶ。その片隅には、先程揉め事を起こした辛(田比)の姿もあった。
壮観な風景である。この中央に立たせられ、曹操と面と向かい合って立つものの殆どは、その威風に居竦み、あるいはその名誉に打ち震え、あるいは己にもたらされる末路に恐怖する。
しかし、審配はそのどれにも当てはまらない。席を与えられ、腰掛けている彼女の表情は虚ろなままだ。
「っと、さっきのはごめんね。理由はどうあれ、あたしの監督不行き届きが招いたことだから」
気を取り直すように、曹操は努めて明るい口調でそう言った。
「いやぁ、この邯鄲棟を落とすのにそりゃあもう苦労させてもらったわよ。いくら棟内部を知り尽くしてるからって、あそこまで護りきれる人なんて滅多に居るもんじゃないよ」
「…何が…言いたいの?」
ようやく、沈黙を守っていた審配が口を開いた。相変わらず表情は無く、声に抑揚も無い。
学園で袁紹を見かけると、顔良や文醜といった輩に混じって、明るい笑顔を振り撒くこの少女の姿をよく見ていた曹操は、少し寂しい気持ちになった。しかし、それをおくびにも出さず、なおも明るい口調を崩さず、
「ようするにあたし、キミのこと気に入ったんだ…どうかな、蒼天会に協力してくれないかな?」
「…部下になれ、と?」
「ぶっちゃけて言えば、そういう事になるのかな。もちろん、ただでとは言わないよ。何か条件があれば…あ、もしかして袁尚たちのことが心配なら、可能な限りその立場は保障する。キミが彼女達を説得してくれるならそれでも…」
「ふざけた事言わないでッ!」
その瞬間、審配は怒声をあげ立ち上がった。ギョウ陥落以降、彼女が見せた初めての感情は、怒り。
「私は腐っても袁家の…ううん、袁本初の遺志に殉じる臣よ! そこの辛(田比)みたいな日和見主義者と一緒にされるなんて侮辱以外の何者でもないわ!」
その言葉に、辛(田比)の顔色が変わる。曹操は目配せをして、その両隣りに立たせていた徐晃と夏候淵に辛比を制させた。激昂する審配は、自分の階級章に手をかけると、それを無造作に引きちぎり…
「虚しく虜囚となった今、本初様に合わせる顔も無い…私の答えは、これだッ!」
「!」
ほんの一瞬前、曹操の顔があったあたりに何かが飛んできて、背後の黒板に当たって跳ねた。
床に落ちたそれは、審配のつけていた貨幣章だった。袁紹の寵を受けながら、富貴を求めず、ただ誠心誠意仕えたことを示す、その重責に似合わない低い階級章は、まこと彼女らしいといえる。
曹操の表情から、笑みが消えた。居並ぶ諸将の表情にも、緊張の色が浮かぶ。
「さぁ…放校だろうが、退学だろうが、好きになさい! もう、未練は無いわ!」
「そう…なら、キミに相応しい罰を受けてもらうよ…」
静かだが、内面に沸き起こる憤怒をこめた曹操の視線が、審配を射抜く。しかし、審配は気丈にも、それを睨み返していた。

どの位時間が経っただろうか。
あのあと審配は、最初に居た部屋に戻されていた。その手に、戒めはない。
(終わったのね…すべて)
彼女は、ジャージのズボンのポケットから何かを取り出し、手の上に載せた。それは小さなロザリオの着いた、銀のネックレス。
官渡公園での決戦が行われる直前、兵卒を預かる将の証として袁紹から下賜されたものだ。審配にとっては、敬愛する袁紹に認めてもらえた確かな証。殆どの袁氏生徒会役員達が自身の保身の為に打ち捨て、あるいは討たれて戦利品代わりに持ち去られていってしまった。
恐らくは、これを保持しているのは彼女のほかは、今なお戦い続けているであろう袁尚、袁熙姉妹か、高幹といった袁紹の身内連中くらい…いや、それも怪しい所だ。
(…申し訳ありません…私は、あなたの遺志を守ることは出来なかった…)
手の中のそれを、強く握り締めた。
彼女が見つめる窓の先には、リタイアしてのち、一般生徒として生活する袁紹が居るだろう学生寮が見えた。その瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
(私は学園を、あなたの元を去ります…これで、さよならです…二度と、お会いすることは…)
「お待たせ〜」
先程とはうって変わって、実に能天気な調子の曹操と、郭嘉のふたりが部屋に入ってきた。慌てて涙を払い、再び気丈な表情で、曹操と向き合う。
「まぁ…いろいろ考えさせてもらったんだけどね。やっぱりこれしかないと思ってわざわざ来て貰う事にしたんだ。入って」
「えっ…?」
曹操が促すと、ひとりの少女が部屋に入ってきた。その人物を見た瞬間、審配の表情が凍る。
山吹色のヘアバンドで留めた、流れるような光沢のあるストレートの黒髪。多少やつれてはいるが、目鼻の整った気品のある美貌と、制服の上からでも解るスタイルの良い長身。その雰囲気は、深窓の令嬢という表現以外に出て来そうに無い。
彼女こそ、袁紹そのひとだった。
「たっぷり、叱って貰うといいわ…後は、彼女にキミの処遇を任せるから…じゃあね」
それだけ言うと、曹操たちは二人を残し、部屋を後にした。
閉じた扉の音が、何よりも残酷なものに、審配には思えていた。

561 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 21:58
「…あ…あの、私…」
沈黙を破ったのは審配だった。
「私…何も出来ませんでした…顕甫お嬢様を護るどころか、曹氏蒼天会に一矢報いることさえ」
袁紹は黙ったままだ。その沈黙が、自分を責めたてているように思えた。
「私にそんな力は無いのに…いきがってつまらない意地張って…こんなことに」
俯いた瞳から、涙が零れる。
不意に、抱き寄せられる感覚に審配は驚き、顔を上げた。
「…え…」
「御免ね…私が愚かなばかりに、あなたをこんなに苦しませてしまうなんて…」
「そ…そんなっ! 本初様は何も悪くないです!」
袁紹は頭を振る。表情はわからないが、その声は涙声だった。
「…私は、たくさんの娘達を…私を信じてついて来てくれたみんなを…裏切ったのよ。そして、残ったあなたたちに、すべてを押し付けて逃げた卑怯者よ…」
「本初…様」
「許してなんて言えないわ…本当に…ごめんね…」
審配は思い返していた。
この部屋に入ってきた袁紹の顔は、酷くやつれていた。官渡の決戦に敗れ、失意の引退宣言をした時よりもずっと、やつれているのが解った。覇道を断たれ、一線を退かなくてはならなかった無念がそうさせたのだと、審配は最初思っていた。
しかし、彼女はそれが間違いだったことを理解した。袁紹はずっと、自分の不明によって失ったかつての仲間達や、残った自分達の事を思い、それに罪の意識を抱き、苦しみつづけていたのだろう。恐らくは、ひとりで。
だから、彼女は思った。
「…大丈夫ですよ…みんなきっと、あなたの事を恨んでなんか居ません」
「…え?」
「考えたプロセスが違ったかもしれないけど、みんな同じ未来を目指して、あなたについてきたんですから」
自分は心底、この人のことが好きだからこそ、この人を見捨てることが出来ないから。
「だから、もうそんなに、ご自分を責めないで下さい…それでもあなたが、ご自分を許せないと言うなら」
それが自分の償いの道であると、そう思ったから。泣き笑いのその表情は、何処か吹っ切れたように見えた。
「私にも、その苦しみを、背負わせてください」
「…正南、さん」
泣き崩れた大切なひとの身体を、審配は強く、抱きしめていた。

部屋を立ち去り、屋上に上った曹操は、振り向きもせずに呟く。
「…どうして、なんだろうね」
「あん?」
「公台も、雲長も、あの娘も…どうして、あそこまでひとりのひとについて行けるんだろうね」
その背中は、酷く寂しそうに見えた。元々小柄な少女だが、郭嘉にはそれが一層小さく見えるように思えていた。
郭嘉は、口にくわえた煙草に火をつけ、その味を一度確かめる。そして、おもむろに言った。
「…そりゃあな、きっとあたし達があんたにくっついていくのと変わらないんだと思うぜ」
「え?」
「あいつ等にはあいつ等の信じたヤツと同じ未来しか見てないように、あたし達は曹孟徳と同じ未来しか見てないんだ…そういうもんさね」
「…そっか」
振り向いた曹操の笑顔は、何処か寂しげだった。
「さ、もう往っちまった連中は放っておいて、これからのことを考えようぜ。まだまだ、先は長いんだからな」
「ん…そだね」
眼下には、棟から去って行く二人の姿が見えた。
かつて課外活動で己の覇道を貫こうとした少女と、それを支えた名臣は、今や只の一生徒でしかない。しかし、彼女等はそれでも、よき友で在り続けることを選んだようだった。
いや、多分、これからふたりは本当の"友達"になるのかもしれない。
曹操の目には、それがあまりに寂しくも見え、羨ましくも見えた。
「ね、奉孝」
「何だ?」
「もし…もしもだよ、あたしが本初みたいになったら、キミはあたしについてきてくれるかな?」
一瞬、呆気に取られる郭嘉。次の瞬間、さも可笑しそうに笑う。
曹操は少し不機嫌そうに、
「な、なんだよ〜、あたしは真面目に話してるんだよっ!」
「ははは…そんなこと、させねぇよ…あたしの命に賭けても、会長を袁紹みたいな目に合わせやしないさ」
「もしもだって言ったじゃん」
「…その、もしも、もありえないさ。絶対に」
微笑んだ彼女が見上げる空は、何処までも青く澄みきっていた。
最期の言葉は、その身に待ち受ける、あまりに過酷な未来をも覆せるようにと…そんな彼女の願いもこめられているようだった。

(終わり)

562 名前:海月 亮:2005/02/10(木) 22:09
以上です。
主役は審配のハズですが、実は最後で、雪月華様の「烏丸反省会、懊悩」への微妙な複線になってるとかなんとか。

あと、袁紹との絡みは完全にドリーム(つーか妄想?)です。
審配(&逢紀&郭図)もオフィシャルがなかったみたいなので、またしても勝手に描いてしまいました…
それものちほど持ってきます。

563 名前:北畠蒼陽:2005/02/11(金) 00:05
>海月 亮様
くはぁ……
さすがのヒトコトですな……

思えば私が審配ってヒトを意識したのは中学生の頃、市立図書館で読んだ三国志の小説。
誰が書いたものかは忘れてしまいましたがちょうどこのSSのように辛ピがでてきて……
辛ピの兄、辛評の仇の審配を号泣しながら責め立てようとするシーンがありまして、それが三国志を人間ドラマとして見る一番最初の理由だったような気がします。
曹操にとっても審配をとるか辛ピをとるか、ってんですごい悩んだでしょうね、実際のとこ。

とりあえず眼福で御座いました(笑

564 名前:海月 亮:2005/02/11(金) 22:25
>北畠蒼陽様
なんですと!(;;゚Д゚)そんな素晴らしい小説があるなんて…!
私が審配を知るきっかけになったのは吉川栄治「三国志」なんですよ。アレだとそのシーンの描写も素っ気無いんですけどね。
それはさておき、実は審配や、(異論はあるかもしれないですが)日本でいえば真田幸村とか島左近とか山中鹿之助とかのように、忠義に殉じて散った人物が大好きなのですよ。

565 名前:岡本:2005/02/13(日) 16:58
海月亮様、北畠蒼陽様 岡本と申します。
こちらに貢献できなくなって久しいですが、閲覧は続けております。
活気を呼び込んでいただいてありがたいです。

>海月亮様
文章はお見事ですが、なまじ私も正史を読んでいるだけに、
”そこは解釈が違うんじゃないか””あまりにも主人公側を持ち上げ、
敵役を(背景を考えずに)安易に貶めすぎてはいまいか”と気になってしまいますね。
まあ、そこは各執筆者様ごとの見解の違いであって云々すべきところ
ではないかも知れませんが。

丁奉=個人的には”三国で見ても最後の豪勇”ですね。そういう意味では興味深い
一人ではあります。ただ、切り込み隊長的スタンスから最後まで抜け出せなかった
のが惜しまれますが。この人は最終的に大将軍や大司馬までなっていますが、多大な
功績はともかく政略眼や将帥としての才幹が乏しい人間がこういう地位にいるのは
国としてはある意味不幸だったかも...。攻撃型君主待望論にのって孫皓を皇帝に推挙した
人間の一人でもあるんですよね...(そういう意味では孫皓は末期まで軍官からは以外に悪く言われていません)

韓綜=初期の元勲の不肖の息子(ここでは妹)という立ち位置ですが、そう単純な話でも
なさそうなんですよ、これが。韓当の葬儀にかこつけて一族郎党を国外逃亡させ、その際にも部下に親族の娘を
娶わせて離反を防ごうとしています。突発的に反抗したのでなく、かなりの計画性を感じます。
わざと不評を流すことで、処罰を恐れた部下の踏ん切りをつけさせたという説も聞いたことがあります。
結局、20年近く対呉戦線で暴れていたことを考えると軍人としてもこの時期では優秀な部類に入ります。
周瑜の息子が優遇されなかったことに関して、孫権はもっともらしいことをいっていますが、
豪族連合体で権力基盤の弱い孫家を脅かしかねない大姓を一つ一つ牽制していた可能性があります。
程普・黄蓋の息子が優遇されていない、甘寧の息子は交州送りという事柄を考えると、勢力基盤が0に近い一代目は
他の大姓を牽制するために優遇しますが、2代目以降になると逆に彼らが大姓化して孫家を脅かす可能性が無視できなくなり
勢力を削るようになっていたという考え方もできます。

審配=忠魂烈士と評がある人物ですが、彼(彼女)が忠義を尽くしたのは袁紹というよりむしろ袁尚という気がしてます。
かなりきついタイプの人ですね。袁譚と袁尚の仲たがいで決定的に袁家勢力が弱まったことを考えると、果たして
本当に忠義の人物だったか?といわれると首をすこし捻りますね。ギョウ攻防戦で見せた防戦指揮はすばらしいものでしたが、
こと際まる直前に袁譚派の辛評の家族を抹殺したのは、”曹操を手引きした”という問題を追求した結果にせよ、人間として超えては
いけない一線を越えた人物という印象のほうが強いです。私は独善性の強い激情家と解釈しています。

以上、長々とあら捜しのような発言で失礼いたしました。

566 名前:海月 亮:2005/02/13(日) 21:18
>岡本様
お初にお目にかかります、昨年末よりこちらにお邪魔させていただいている海月でございます。
こちらこそ、私めの瑣末な文章に対し、ご丁寧な指摘の数々、恐れ入ります。

仰る通り、私が話を書く場合、どうしても話の主役(この場合は丁奉と審配ですな)に重点を置いてしまい、その他の登場人物を軽く扱ったり、それが敵対者であれば主役を引き立てるために必要以上に貶めて書いてしまうのです。
これが性分だ、と言ってしまえば簡単ですが、こうやって人様の目に触れる場所に拙作を上梓する以上、キチンと考えなければならない問題だと思いました。
確かに、物事には複雑に絡み合った事情があるわけで、そういったものを巧く書き出せば、より良い作品が出来るのも道理です。
実際、呉の凋落を招いたのは孫氏と配下にある有力豪族との関係に齟齬を生じていたことに遠因があったわけですし、韓綜出奔の事情も、そこに求めることだって出来るわけですし…それを無視していたことは、大きな失敗でした。

ここはこのご指摘を心に留めて素直に己の未熟を猛省し、更なる精進を積み、岡本様始め参画者の皆様方に納得して戴ける作品を上梓することで、お詫びに代えさせていただきたく存じますm(__)m
と、いうわけで、お目汚し失礼いたしました&未熟者ですがこれからもよろしく御願いいたします。では。

567 名前:★ぐっこ@管理人:2005/02/13(日) 21:42
あー、私出遅れすぎ。

>>540
教授様GJ( ゚Д゚)!
凌統。・゚・(ノД`)・゚・いや、楽進の方か。・゚・(ノД`)・゚・
このシーンで飛ばされるということは蒼天テイスト込み…
そういや無双でも出てくるんですね、凌統…つうことはアレか、
甘寧とのカラミが増えて呉スキーたちはハァハァなんだろうな…

>ロバミミモード
うわははははは!海月様!イイ!
何がいいといって、顧雍たんや歩隲たんの反応がっ!
海月様はこのへんの脇キャラが特にうまいなあ…。
あのロバ耳の原因は、やはり孔明だったか(;´Д`)

>曹騰初登場( ゚Д゚)
北畠蒼陽さま!キタ!キタ!キましたよ!?
あっ、何かが降りてきた!Σ(・∀・)ピキーン
チクショウ、もっと早く熟読しておけば!東鳩2なんかやってるんじゃなかった!
曹騰姉さん、キャラのディテールとかはこちらの脳内騰たんと多少違うとはいえ、
順サマとの関係とか、梁商とか、イイ感じに降りてきましたよ!?
リヨみてとかリヨみて外伝とかの、更に源流になる物語!
むう、双璧祭と兼ねて何かできそう…(;´Д`)ハァハァ

>審配
(´Д⊂…!
いや、彼女の場合、なんつうか姜維と似通った暴走癖みたいなのが印象
に残ってますが、それでも当代の人物には違いない。郭図もそうですが
リヨみて的世界観でいえば、袁紹お嬢様の側近として「ごきげんよう」
の世界を守ろうと頑張っていたに違いない…

そういやBSでやってたドラマでも、辛[田比]が審配を鞭で叩いてました(;´Д`)

568 名前:海月 亮:2005/02/15(火) 00:30
>ロバ耳誕生秘話
なんでもかんでも孔明に帰結させるのは正直、安直な気もしましたが…。
まぁ、孔明ですから、何しててもおかしくないってことで、どうかひとつ。

>BSのドラマ
…ってあの人形劇のヤツでしたっけ?
何気にそのシーン、観たかも知れない…。

先日は申し述べることを忘れていたので、ここでひとつ審配のことについて。
海月の解釈は、審配が袁尚に忠義を尽くしたのは、袁紹が袁尚を後継者にしたいと思っていたことを汲んでのことだと思ってます。
袁紹に対する忠誠心ゆえに、袁尚に尽くしたという解釈です。袁紹が袁尚を後継者にしたいと思っていたことについては、袁紹伝にも記載されてましたし。
もっとも審配が「独善性の強い激情家」ということについては、私も同意見ですが。

それと郭図。
何気にぐっこ様の一言で、イメージがうまく固まりそうです。
何かいい味が出せそうな予感が…(;´Д`)

569 名前:北畠蒼陽@ネットカフェ:2005/02/17(木) 19:48
ネットカフェからこんばんは。
明日がお休みであることをいいことに今日は徹夜でネッカです。

それはともかくまだネット環境復活しません。
しばらく復活しないかもしれません。
なので投下もできません。
5話まで完成してるのにぃ(ノ_・。

まぁ、岡本様のおっしゃる活気からは程遠い人間ですがもうしばらくお待ちを^^;

570 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:17
えっと……
昨日の19時にネッカから復帰できないと書き込んでおいて家に帰ってみたらネットがつながっていたすごいかっこ悪いメルヘンです。
復帰記念に第3話投下させていただきますよぐすん(ノ_・。

571 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:17
-Sakura-
第3話:平野突羽根

劉保、曹騰、梁商の3人は劉保の部屋でくつろいでいた。
……広い。
広すぎる……
これが特権階級というものなのか……
曹騰は唖然としたが、よく考えたら自分もこの部屋に住むことになるのだ。
さらに唖然。

「……わたくし? 2年生ですわ」
ファーストインパクトは恐怖しか感じなかった梁商も話してみるとやけにいいひとだった。
劉保はお茶を入れると言って(本当は梁商が『わたくしがやります』と言ったのだけど劉保が自分がお茶を入れたい、と言って譲らなかったのである)
「梁商さんは〜……じゃあ劉保のおつきかなにかなの?」
「えぇ、そうお考えください」
よかった。もう呼び捨てても怒られない。
曹騰はない胸をなでおろす。
「曹騰さんはどうしてカムロに?」
「え〜と……私のお姉ちゃん、曹節っていうんだけど『一流の人間になるためには一流のものに触れ続けるのが一番だ』ってのが持論で。この学園都市の『一流』ってやっぱり司州だからどうしてもここにきたくて。でも私、カムロになるくらいしかここにくる方法がなかったの」
私、頭が悪いから、と言ってえへへ、と笑う。
「なるほど……」
正直な曹騰の答えに梁商も苦笑をもらした。
「……だったらこうしてはどうかしら」
台所でお茶を入れていた劉保がティーカップを手に持ちながら話に加わる。
「私と一緒の先生に勉強を教えてもらう、というのは……はい、梁商さん、どうぞ」
「ありがとうございます、次期生徒会長……なるほど、『一流』に触れる、という観点から見るとそれもいいかもしれませんね。班昭先生をはじめとして学園の頭脳と呼べる方々に教わることができますから」
細い目をさらに細めてティーカップに顔を近づけお茶の香りを楽し……もうとして梁商は固まりつく。
なんで緑茶なんだろう……
まぁ、飲めるからいいか。梁商はにこにこと笑みを顔に貼り付けたままなにも言わない。
「はい、季興さんもどうぞ」
「ありがとう……でも私なんかが一緒に教えてもらってもいいの?」
「えぇ、かまいません」
にっこりと微笑む劉保につられて笑いかけながら曹騰はティーカップの中身を指差した。
「ところでなんでこれりょ……」
その瞬間、風圧にも似た強大な『気』が曹騰を襲う。
にこにこと笑顔の梁商。
その目は『次期生徒会長が入れてくださったお茶だ。黙って飲め』と語っていた。
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ」
冷や汗を隠しながら曹騰は笑みを浮かべ、ティーカップを傾けた。

緑茶はおいしかった。

572 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:18
蒼天会長、安サマの治世はおおむね平穏に過ぎていた。次期蒼天会長である実の妹、劉保もおり、後継も万全と言えるだろう。
しかし安サマは小、中等部の頃から英才教育を受けてはいたもののまだ学園の裁量を取り仕切るには力量不足であり、先々代蒼天会長、和サマの頃からの副会長、搴Mが実際の政務を取り仕切っているのが現状であった。
搴Mは成績向上を推進し、また蒼天会内部の経費節約につとめた。
だが匈奴高校をはじめとする他校とのトラブルが絶えず、完全に安定している、とは言いがたい。
しかしそれらは対外的な問題であり、搴Mの欠点ではない。
搴Mにはただ一点、本当に困った面があったのである。
一般学生の前には決してその姿を現さなかったのだ。
先々代蒼天会長のパートナーであり、優秀な学園都市の牽引役ともいえる彼女はそれだけで学園のアイドルとも呼べる存在であったが、姿を表さなかっただけでミステリアスというよりも不気味さをまとい学生を引かせてしまった観は否めない。
一般学生の前に姿を現さなかった、ということは一般学生と彼女との橋渡しをする役目が当然のように必要になってくる。
それをおこなったのが蒼天会秘書室のカムロたちであった。
これによってもともとただ蒼天会の事務を司り、ハンコを捺すだけの庶務部署であったはずの秘書室は権力を増大させていったのである。

「……へぇ〜、そうなんだぁ」
「そうなんだ……って」
梁商が困ったような顔で曹騰を見る。
現在の蒼天学園についてあまりにも無知すぎる曹騰に現状を教えようとした梁商は眉を八の字にした。
「曹騰さん……一流に近づきたくてカムロになったのではなかったの?」
「うん、そうだよ」
屈託なく答える曹騰。
「……だったらなぜカムロが一流に近い位置にいるのか、ということを知らなかったのはなぜ?」
「知らないものは知らないよ〜」
知ろうとしろ、と思ったが口には出さない。
「仕方ないですよ、梁商さん。季興さんはまだ司州に到着したばかりなんですから」
劉保までも曹騰にフォローを入れてくる。
到着したばかり、なのが問題ではなく到着するまでに下調べをしておかなかった、ことが問題のように思えるのは梁商の考えすぎだろうか。

573 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:19
翌朝、曹騰は眠い目をこすりながら劉保の後ろについて歩いていた。
梁商はいない。
彼女は彼女で忙しいのである。
「劉保〜? どこいくの〜?」
あくびをしながら声を出すので『ううほ』と聞こえた。
「えぇ、これから季興さんには私と一緒にあるひとにあってもらいます。忙しいひとですからあまり時間は取れませんでしたが」
忙しい、と言っても劉保ほどではないはずである。
しかしだからといってあんまり偉いひとにあって、その目の前で劉保のことを呼び捨てにしてもいいもんだろうか……
昨日、竹刀を目の前に突きつけられたばかりだし……
曹騰が控えめにそれを劉保に伝えると劉保はしばらく考え、そして笑いながら言った。
「大丈夫だと思います。あのひとは大雑把なひとですから」
大雑把なひと、って……
「それに……どんな場所であれ、私にサマなんてつけて呼んだら絶交ですからね」
悪戯っぽい表情。
曹騰は苦笑しながら素直に両手を挙げて降参の意思表示をした。

劉保より忙しいひとはそうはいない。
それは正確な言葉である。
次期蒼天会長である劉保が忙しいことについてはなんの異論もないからだ。
しかし『そうはいない』ということは『まれにいる』ということの裏返しである。

曹騰は緊張にこわばった顔でそのひとを見た。
背は曹騰より少し高いくらいだろうか。曹騰自身の背がかなり低いので彼女も世間一般的に見てもそれほど身長があるわけではない。
一見すると美人、と言っても差し支えないような顔つきだが目つきは鋭く、一概に美人と呼ばれることを拒否しているようにも見える。
髪は後ろでゆるく三つ編みを結んでいる。
そしてその胸に光るのは一万円札階級章。

蒼天会副会長、搴Mの実の姉であり連合生徒会会長、晁ォ。
超オオモノであった。

「晁ォ会長、ご無沙汰しておりました」
劉保が優雅に一礼する。
その瞬間、ずっと睨むような表情だった晁ォの顔に笑みが広がった。
「よ〜。どうだった、次期会長。体とか壊してねぇ?」
けらけらと笑う。
気難しいひとかと思ったら、ただのとらえどころのないひとだったようだ。

574 名前:北畠蒼陽:2005/02/18(金) 13:19
「妹が副会長なんかになるから私がこんなとこに座んなきゃいけなくなるんだっつの。まったく……どっかに優秀な人間がいれば喜んで階級章返上するのになぁ」
ぴん、と指で自分の胸の一万円をはじいてみせる。
「困ります。晁ォ会長は私の下でも生徒会長として指導していただかなくては」
「あっはっは。次期会長には梁商ちゃんがいるじゃねぇの。大丈夫大丈夫。あの子にだったら今すぐにでも階級章を譲ってかまわないね」
他愛ない世間話、というにはいささか庶民的ではない時空の話が続く。
「……で、その子は?」
笑顔のまま晁ォが曹騰のほうへ顔を向ける。
「きこ……曹騰さんといいます。昨日から私のルームメイトになりました」
「あ、あの! 曹騰です! 劉保のルームメイトになりました! よろしくお願いします!」
かちこちになりながら慌てて頭を下げる。
頭を下げる瞬間に見えたのは晁ォの獲物を見定める鷹のような目。
……このひと……ただの豪快なひとじゃない……
下を向いているが冷や汗が止まらない。
「……劉保、ね」
やがて晁ォは呟く。
その口調は先ほどの笑顔の表情と同じものだ。
「よかったじゃん、次期会長。友達が見つかったな」
「……そんな」
劉保の照れくさそうな声。
多分、真っ赤になっているのだろうな、と曹騰は下を向いたままで思う。
「っと、曹騰ちゃん。いつまでも下向いてるこたぁねぇ」
晁ォの明るい声。
曹騰は頭を再びあげる。
「曹騰ちゃん、ね」
晁ォのどこか底の知れない、だが不快ではない笑顔。
「あんたがどっからきた誰なのか、私には興味がない。だけど次期会長があんたのことを信頼している以上、私もあんたのことを信頼してやる」
晁ォは言葉を切り、窓の外を眺めた。
鳥が飛んでいる。
一層笑みを深くし、晁ォは言葉を続ける。
「秘書室に入るためには誰かの推薦が必要になる。私があんたを秘書室に推薦してやろう」
劉保は笑みを曹騰に向けた。
「ただし……この信頼を裏切ったら私があんたをぶっ殺す」
笑顔のままさらっと言ってのける。
しかし曹騰の答えは決まっていた。
「失礼ですが晁ォ会長は劉保のことをよくわかってません」
疑問を顔に浮かべる晁ォ。
「私がそんなことをしたら……」
曹騰は劉保の顔を一瞬見てから笑って言った。
「絶交されちゃうじゃないですか」
晁ォは曹騰の言葉に爆笑した。

晁ォに見えないように曹騰と劉保は手をつないでいた。
この手が離れることがありませんように……

575 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:49
-Sakura-
第4話:千里香

それからしばらくは勉強の日々だった。
劉保の教師は確かに一流であった。
明らかに学力の劣っていた曹騰にもわかりやすい、しかも高度な授業、というのはそうあるものではないだろう。
自分が補完されていく感覚は曹騰にとって嬉しいものだったし、それになにより劉保も一緒にいてくれたことが曹騰にとってのなによりの支えだった。

講義後の部屋。
たった2人を教えるために教室を使う、というのも妙な話ではあるので寮の私室を使っている。
つまり教師を寮まで来させているわけだ。
VIPってすごい……
「季興さんって覚えが早いんですね。先生も褒めてましたよ」
劉保がにこにこと笑いながら湯飲みを差し出してくる。
中身はチャイだった。
もう慣れた。
「覚え……早いのかな」
曹騰は苦笑する。
苦笑の主な原因はチャイなのだが。
「早いですよー。私がずっと教わってきたことにもう追いつかれちゃいましたから」
そう言いながら劉保は嬉しそうだ。
追いつかれて喜ぶ性格かと一瞬思ったがそうではないだろう、多分。
「私が蒼天会長になったら政務は全部、季興さんに任せて大丈夫そうですね」
悪戯っぽく笑いながらとんでもない発言をする劉保の顔めがけて曹騰は思い切り飲んでいたチャイを吹き出した。
「汚ーッ!」
「わぁ! ごめん!」
劉保が半泣きで制服の濡れた部分を指でつまんだ。
「うぅ、クリーニング代がもったいないなぁ」
意外とけちくさい。
「劉保がいきなり変なこというからビックリしたじゃないのさ」
心臓がばくばくいっている。
「変なこと……先生も褒めてました?」
「そのあとそのあと」
劉保は形のいいあごに指を当てて考える。
「クリーニング代?」
それは吹いたあとの発言である。
「ん〜と……政務全部?」
こくこく頷く。
「変かな?」
自覚がない。
「私、そんな権力なんていらないよ〜」
曹騰はたった1人、劉保と一緒にいられる、というだけで幸せを感じていた。
だから権力など必要ない。

「権力なぁ。まぁ、私もいらねぇなぁ」

いきなり後ろから声がした。

576 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:50
「よぉ」
曹騰は声の主を目で確認すると同時に背筋を伸ばす。
連合生徒会会長……
「晁ォ会長……」
……であった。
劉保が困ったような顔で晁ォの名を呼ぶ。
「どした?」
「ノックくらいしてください。いきなりはビックリするじゃないですか」
晁ォは劉保の言葉に初めて気付いたように手を打った。
「おぉ、すまんすまん。じゃあ……」
部屋から出て行く。
コンコン。
ノックしてからまた入ってきた。
「これでいいか?」
いいわけがない。
「えぇ、結構ですわ」
劉保はにっこり笑った。
……曹騰には理解できない感情だった。
「で、だ……」
晁ォは気をつけの姿勢をとったままの曹騰に普通の姿勢でいるよう促すように手をひらひらさせる。
「楽にしていいぞ。取って食やしねぇよ」
別に食べられることを心配しているわけではない。
しかしまぁ、言われて休まないのも失礼な話ではあるので曹騰はまたチャイを飲む姿勢に戻った。
「うん……前に言ったあれだけど覚えてるか?」
あれ、と言われても困る。
「秘書室に推薦してやる、ってやつだ」
忘れていた。
「秘書室を極めれば蒼天会長の側近に行き着く……ま、お前の望みどおりじゃねぇか?」
忘れていたとはいえ確かに望みどおりであることは確かである。
曹騰はチャイで口を湿らせてる。

カムロになったときにいずれは蒼天会長の側近になりたい、という思いがあったことは確かだ。
蒼天会長の側近になり権力の座につきたい、という思いが昔はあったことは確かだ。
昔は、である。
今、権力がほしいか……
そう聞かれれば即答できる。
権力などいらない。
その意味では秘書室に入り込むのは望みどおりなどではない。
でも……
曹騰は横を見る。
劉保は曹騰の秘書室への推薦を心から喜んでいるように見える。
だったら……
劉保のために権力を使うのも悪くない。

答えなど最初から決まっていた。

577 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:50
……と、簡単に秘書室入りを決めたわけではなかった。
内心、十分に考えてから決めたことのはずなのだが……

秘書室初日の感想は『早まったかな〜?』だった。

秘書室長、江京や実力者の李閏を中心にいつも集団行動。
ちらちらとこっちを見てはくすくす笑い。
非常に殴ってやりたくなる。
もっとも曹騰にとっても居心地が悪いことこの上ないが、江京たちにとっても連合生徒会会長の推薦というのは目の仇にされるものらしく曹騰は初日から孤立状態であった。

しかしそんな状況であれ仕事はあるらしく(もっとも秘書室長らは仕事などしていないが)曹騰もデスクにつき資料のまとめをしていく。
劉保と一緒に勉強したことが役に立っているようで、それだけが今のところほぼ唯一の秘書室での収穫だった。

ぺしっ。
なにかが頬に当たる。
……というか痛い。
ころころと書類の上を転がるそれはシャーペンの折れた芯だった。
指でつまんで折れた芯を眺める。
シャーペンの芯というのは曹騰の知っている限り、折れることはあっても顔に跳んでくることはめったになかったはずだ。
つまり……
……いやがらせ?
不機嫌な顔で芯が飛んできた方向を睨みつけてやる。

いやがらせではなかったらしくメガネをかけた同僚が声は出さずに、それでも口の動きと雰囲気で謝っている。

まぁ、どんな場所でも追従するやつらばかりじゃないってことか……
曹騰はそんなことをぼんやりと考えつつ、まだ必死で謝っている少女に『いいよ』と手の動きをしてみせる。
少女は頭を下げることこそやめたがそれでも手のひらを合わせたままウィンクしてくる。
そのポーズがやけにかわいくて……
曹騰は内心の思いに修正を加えた。

唯二の秘書室での収穫だな。

578 名前:北畠蒼陽:2005/02/19(土) 22:51
「いや〜、ごめんね、さっきは〜」
孫程と名乗った少女と照れ笑いを浮かべていた。
「ホント、気にしなくていいから」
ここまで謝られると曹騰のほうが恐縮してしまう。

2人は屋上で弁当を広げていた。
孫程も『集団行動』というやつは苦手らしい。
その意味でも収穫、という言い方は正しそうだ。

「いや、私、今でこそカムロやってるけどもともと体育会系だからね〜」
タコさんウィンナーをぱくつきながら、いかにも図書委員的な外見の少女はさらっと体制批判して見せた。
ここまで素直に言われると逆に心配になってくる。

しかし……曹騰は孫程の頭からつま先までをゆっくり見つめた。
カムロの象徴であるオカッパ。
フレームなしのメガネの下のちょっとタレ気味の目。
ほんのちょっとでも力を入れたら折れそうなくらいに細い首。
曹騰よりも小さいのじゃないか、と思わせる胸。
華奢、という言葉以外で言い表せそうにない腕。
すらりと伸びた、といえば聞こえはいいがやせっぽち、とも言いかえられる足。
曹騰はゆっくりと孫程の全身を眺めてから目線をもう一度合わせた。
「体育会系ってうそでしょ?」
「たは〜。まいったなぁ」
孫程は自分の後頭部をぺしん、と叩いて見せた。

体育会系かどうかはともかくとして図書委員ではありえないことだけは納得できた。

「本当ですか!?」
『ただいま〜』の声よりも先に部屋の中から劉保の叫び声にも似たような声が響く。
クエスチョンマークを頭に浮かべながら曹騰は室内に入った。
劉保は少し顔を青ざめさせて電話に向かっていた。
受話器をぎゅっと握り締めている。
「えぇ……えぇ、わかっています」
顔を青ざめさせながら、それでも普通に対応している。
明らかにまずい案件だ……
曹騰はそう判断し劉保の邪魔にならないよう部屋の隅で着替える。
着替えがようやく終わる頃、劉保の電話がようやく終わった。
電話が終わった瞬間、劉保はソファに倒れこむように座り込んだ。
相当まずい案件であることが伺える。
「ただいま。どうしたの?」
劉保はちらっと曹騰の顔を見て、再びうなだれた。
「おかえりなさい……」
そして意を決したように、それでも目を伏せたままぼそぼそと言った。
「摯實長がご病気で副会長を辞任なさるそうよ。階級章もすでに返上なさったんだって……」
予想以上にとびっきりまずい案件だった。

579 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:50
-Sakura-
第5話:白妙

「……で、お前たちはなぜここにいる?」
にこやかな笑みを浮かべたまま連合生徒会会長の椅子に深く腰をかけ晁ォは自分を取り囲む生徒会執行本部の面々を睥睨した。
そう、睥睨である。
晁ォはそれほど背が高いわけではなく、また座っているため見下ろしていられるわけがない。
それでも場を支配し、圧迫しているのは晁ォだった。
「と、晁ォ会長。あなたを解任します……私たちも手荒な真似はしたくありませんから階級章の自主返上をお願いしま……」
執行本部員たちの中でも一番偉いのであろう晁ォの目の前に立った娘が発言しようとし……しかし言葉の途中で晁ォの闘気とも呼べる異常なまでの気配をもろに浴び、最後まで発言することすらできずにへたりこんだ。
「あぁ? ……返上、だと?」
ゆっくりと執行本部員たちを見渡す。
執行本部員たちは青ざめ、まともに話ができる状態ではない。
「私は聞いてるんだ……いいか? 返上なのか? と聞いている」
デスクをはさみ、へたり込んだ娘のあごをゆっくりとなでながら優しく晁ォは尋ねた。
もう執行本部員たちは戦意を喪失していた。
「まったく……あまり彼女らをいじめないでほしいものですね。彼女らは貴女と違って前途ある若者なのですから」
その声に晁ォは執行本部員のあごをなでる手を止め、入り口の方向を睨みつけた。
執行本部員の人垣がわれ、その向こう側からおかっぱの女が姿を現す。
不健康なほどやせた体。
ひとを小バカにしたような目。
「……江京、てめぇか」

安サマは小、中等部の頃から英才教育を受けており昔は神童と呼ばれたものだった。
しかし実際に政務を取り仕切ることはない。
なぜならそこに蒼天会副会長、搴Mがいたから。連合生徒会会長、晁ォがいたから。
あまりにも優秀な人間に囲まれたため自分がなにもすることができなかったのだ。
もちろん彼女らがいなければ自分1人でどうする、というビジョンも持ち合わせていなかった。
ただ自分でなにかやりたかったのだ。
その安サマにとってこの搦o妹は本当に邪魔な存在だった。
彼女らがいなければどうなる、ということも考えもせずにただ邪魔だったのだ。

その反動はこの搴M引退の日にすべて降り注いだ。

580 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:51
「へッ」
晁ォは鼻を鳴らして笑った。
江京の姿を見た瞬間、すべてを理解した。
安サマがどれだけ自分を邪魔に思っているか、そしてどれだけ自分を憎んでいるか……

やってられるか。

正直な感想はそれだった。
搴Mと自分がいなければ何一つ満足に出来ないような小娘に自分の運命を左右されるのは癪だった。
ふむ……
腰に右手を当てて周りを見回す。
執行本部員は15人……
少ないな。
こいつらは血祭りにしてやろう。
その後、江京を人質にとってクラウドタワーを占領する……人質の役に立たなくなるのも困るから江京は半殺しで勘弁してやろう。
連合生徒会会長として子飼いの委員たちも数多い。
また各校区の総代の中にも彼女が目をかけてやったものも数多くいる。
時間が経てば経つほどこっちに有利になるのか……
しかも自分の元のポストは蒼天会長のボディガードだ。
もちろん元のポストなだけに自分のあとを継いだ後輩も自分がなにかをする、といえば力を貸してくれるだろう。
……おぉ、クーデターすら起こせそうじゃないか?
そのまま安サマをとばして自分が蒼天会長になってやるのも悪くはないな……

「く、くくッ」
自分の考えについつい笑いがもれる。
バカバカしい。
権力など自分には無用のものだったはずだ。
ましてこんなくだらない学校組織のために指一本分の労力を使うことすらお断りだ。
「どうしました? いきなり笑い出して……おかしくなってしまいましたか?」
自分のことを嘲笑する江京に逆にバカにするような笑みを浮かべる。
「いや? べぇ〜つにぃ〜」
あからさまにバカにした晁ォの言葉に江京はむっとした顔を浮かべた。
……自分がバカにされるのは耐えられないってか。心底小物だな。
「これだけの数の執行本部員を前にいつまでその余裕が続けられるのかしら!? 私が命令すれば貴女をいつでもとばせるんですよ!」
「少ねぇよ。私にかすり傷を負わせたかったらこの二乗倍の人数は用意しな」
江京は絶句した。それはそうだろう、15人を少ない、と言い切れる実力を江京は想像すらできない。
「……あ、安サマは寛大にも階級章のみの返上で貴女を許して差し上げよう、と仰っておいでです」
「ありがたい。ありがたいねぇ」
へッ、と鼻を鳴らす。
「ありがたすぎて反吐が出る」

晁ォは階級章と蒼天章を投げ捨てた。

581 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:52
劉保のことを一番に気に入っていたのは搦o妹だった。
劉保はその庇護下での次期会長であったのだ。
安サマのパートナーであり、搴Mのあとを継いで副会長になった閻姫は安サマの恨みにつけこむ。
その耳元でこう囁くのだ。
「次期会長は……あなたの妹は『あの』搦o妹の息がかかってるんですよ」

劉保の運命が決定した。

「なんだってッ!?」
劉保は諦めたようにうなだれたまま。
梁商はなにも言わず竹刀を片手に握り締めたままでティーカップからはと麦茶を飲む。
全校評議会からの使者の言葉に激昂したのは曹騰だった。
「もう一回言ってみろ!」
「か、カムロ風情がいきがらないで貰おう。私は蒼天会の正規の使者だ」
使者を名乗る女性の胸倉をつかみ、犬歯をむき出しにする曹騰。
「使者がなんだッ! もう一回言えと言ってるんだッ!」
「う、うあ……」
あまりの迫力に使者が口をぱくつかせる。
「曹騰さん、離してあげなさい。苦しそうですよ」
梁商がやんわりとたしなめる。
「……」
曹騰は使者を睨みつけながら、それでも梁商に従って手を緩める。
「はぁ……た、助かった」
息をつく使者に……その目の前に竹刀が突き出された。
「助かってはいないです。わたくしも『もう一度』言ってほしいのですから……今度は命をかけて内容を伝達していただきましょう」
使者が泣きそうな顔になる。
しかしどこにも助けなどない。
意を決し、そして使者はゆっくりとその内容を伝えた。

「劉保様を次期蒼天会長から解任します」

空気が重くなるのを感じる。
梁商がゆっくりと立ち上がった。
「ひ……わ、私はただの使者です! た、助けて……」
しかしその言葉に曹騰は冷たい目を向け、梁商は竹刀をふりかぶる……
「やめてあげて」
凛とした声で制止が入った。
……劉保。
「彼女はただ言われたことをこなしただけ。なにも悪くない」

582 名前:北畠蒼陽:2005/02/25(金) 20:52
「劉保、それは間違ってるよ。彼女は決定的に悪い」
曹騰が劉保のほうに視線も向けずに使者を睨みつけながら言い捨てる。
「決定的に『運』が悪いんだ。梁商さんも私も……機嫌の悪いところにこの部屋に来てしまったんだから」
「曹騰さんの仰るとおりですね。今ならどんなに無様に土下座されても許さない自信がありますよ」
曹騰と梁商、2人の腹心の言葉に……それでも劉保は言った。
「お願い。やめてあげて」
部屋を沈黙が支配する。
「2人がなにに怒っているのか、わかるつもりです。でも、やめて、あげて」
曹騰は憎々しそうに目線を落とした。
梁商は竹刀を床に叩きつけた。
そして……

劉保はただの劉保になった。

次期蒼天会長から済陰の君、というなんの権限もないただの名誉職に格下げされた劉保は、それでも表面上だけでも明るく振舞っていた。
曹騰も梁商もその明るさにずいぶんと助けられた。
くる日もくる日も好きなだけ勉強をし、好きなだけ体を動かし……
権力という鎖から解き放たれ……
それはそれで楽しい日々だった。

1ヶ月が過ぎた。
安サマが急病のために引退を宣言した。

「……蒼天会長の引退を新聞で知る羽目になるとはね」
曹騰が苦笑しながら蒼天通信を梁商に放った。
「まぁ、1ヶ月前であれば考えられないことですね」
肩をすくめながら新聞を受け取り、トップページを開く。
「ふ〜ん、ヘルニアですか」
どうでもよさそうに新聞をナナメ読みして梁商が呟く。
「腰痛い、とか言われてもねぇ」
曹騰が苦笑を返す。
制服を着た劉保が奥の部屋から姿を現したのはそのときだった。
「おや? 劉保、どっかいくの?」
曹騰が見咎める。
梁商も不思議そうな顔を劉保に向けた。
「えぇ……季興さんもついてきてください」
「いいけど……どこいくん?」
不思議そうな曹騰に……決心をこめて劉保は言い切った。
「安サマの……お姉さまのお見舞いに行きます」

583 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:40
-Sakura-
第6話:雨情枝垂

「はぁ?」
人を小ばかにしたような表情と態度に曹騰の怒りが急速にたまっていく。
江京……
蒼天会秘書室長。
良識人であり、学園の総鎮守たる搴Mが現役だったころにはカムロも常識人、と呼べる人間ばかりが登用され、江京は歯牙にもかけられないような小物であったが今では……
その蒼天会秘書室長が……
なぜこいつがこんなところにいるのか。
病気療養のために引退した……そのはずの安サマの病院の前にこいつがいるのか。
あまつさえ……
「安サマがあんたがたのような下賎の人間にお会いになるわけがないでしょう?」
……きれそうになる。
一歩前に出……ようとして劉保に袖口をつかまれて止められた。
「季興さん、だめです」
ちょっと涙目。出ていけない。
「あらあら。負け犬同士、仲のよろしいこと」
おほほ、と笑う。
似合ってない。
というかむかつく。
「あんたになんでそこまで言われなきゃいかんのか理解しかねるとこはあるけど、それはともかくなんであんたに一個人の見舞いの面会の可否まで許可を取らなきゃいけないんだ」
曹騰は額に青筋を浮かべながら精一杯丁寧な言葉で言う。
言い方は丁寧ではないが、普通だったら怒鳴り散らしてる。
そういう意味では十分丁寧。
「はッ」
しかし曹騰の内心の葛藤もむなしく江京は鼻で笑う。
「バカじゃない? 今の私は秘書室長様なわけ。つまりあんたがたのようなゴクツブシよりもはるかに偉いわけ。もう雲泥なわけ」
『雲泥』を『ウンディー』と発音するところがまたむかつく。
「あんたがたのようなザコと話してたら気品が腐るわ」
おほほ、と笑う。
それにこいつに気品なんてない。
断じてない。
「だめです、季興さん。いけません」
肩口で劉保の声がする。
どうやらそうとう力が入っていたらしい……
劉保のほうがもっと怒っていいはずなのに……
「そうそう、済陰の君閣下。そうやって権力者におもねっておけばいずれは中央に戻ることができるかもしれませんよ……気が向けばねぇ」
ふん、と笑う。
むかついた。

584 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:41
「ごめんかった!」
結局、安サマには一目も会えず……
そして意気消沈して帰ろうとする2人の足を止めたのはそんな明らかに間違っている日本語だった。
孫程……
「そっか。あんた、秘書室に残ってたんだっけ……」
曹騰は劉保と一緒に野に下った。
孫程は秘書室に残った。
野に下ったほうが精神的には楽だったろうな……
心労だろうか。少しやせ……
やせ……
やせ……
「あんまりやせてないね」
「まぁ、食べるもんは食べてるからね」
これ以上やせたら困る、とでも言いたげに孫程は苦笑する。そりゃそうだ。
「まぁ、それはともかく……」
孫程は済陰の君……劉保に向き直る。
「本当にごめんでした」
深々と頭を下げる。
こんな場面、他のやつらに見つかったらまた大問題であろう。
「あの、頭を上げてください」
「日本語間違ってるから」
曹騰と劉保は苦笑を浮かべながら同時に発言する。発言の方向性はまったく違うが。
「いや、なんつか……秘書室に愛想が尽きそうです」
悔しそうな顔になって言う。
良識人は中にもいたか、よかったよかった……というのは曹騰たちの側から見た感想であり、実際に内部の腐敗していく様子をまざまざと見せ付けられる孫程にしてみればこれ以上に悔しいものはないだろう。
「まぁまぁ……」
なだめてみる。
なだめてはみるがさっきの江京を思い出し……あれと一緒にいて自分だったら『まぁまぁ』程度じゃ落ち着かないなぁ、と思ってやめた。
「とにかく!」
孫程は急に頭を上げた。
なだめていた曹騰のあごに孫程の後頭部がジャストヒットした。
「お、ぉぉぉ……」
「く、くぁぁ……」
2人とも患部を抑えて倒れこむ。
これは痛いですよ、実際。
「きゅ、急に立ち上がらないでよ! 私のあごがバカになったらどうするの!」
「わ、私が悪いのぉ!?」
「そりゃそうよ! あごがだめになったらガラスのあごなんていわれて世界が狙えなくなっちゃうじゃない!」
なんの世界だ。
「そ、そうか。ごめん」
納得したらしい。
それを見て……
「……くす」
劉保の張り詰めていたものが緩んだ。
今日、初めて口からこぼれた笑みだった。

585 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:41
劉保と初めて会ったのが4月……
……そして劉保が次期生徒会長でなくなったのが4月の終わり。
5月終わりには安サマがリタイアし……
「……」
曹騰は窓の外の雨を眺めていた。
手に持っているのは蒼天通信。
世界は移り変わっていく……
自分たちを置いていくように……

新しい蒼天会長に抜擢されたのはわずか初等部2年の少サマである。
このあまりにも年若い蒼天会長が治世を取り仕切ることなど当然できはしないことは自明の理である。
つまり学園は閻姫とその姉妹たちによって私物化されつつあった。

あの伝説の孔子に並び称され『関西の孔子』とまで呼ばれ、この後、孫の楊彪に至るまで4人の連合三長を排出し……また教授の推薦のための賄賂を贈り、『誰も見てないんだから受け取ってくださいよ』と言った少女に対し『天が見てる。神様が見てる。貴女が見てる。私が見てる。誰も見てないなんてとんでもないわ』と言い賄賂をはねつけた仁者、生徒会執行本部と全校評議会の長を歴任した客員教授(こののち洛陽大学に招かれ名誉教授となる)楊震は安サマの在職中にすでにとばされていた。

晁ォの後を継ぎ連合生徒会会長になった耿宝……
耿宝の派閥であり江京とともに劉保を陥れたカムロ、樊豊……
蒼天会長ボディガードの謝ヲとその妹の謝篤……

閻姉妹に逆らうものがどんどんととばされていった。

「〜……♪」
曹騰は雨を見ながら鼻歌を歌っていた。
陽気な歌、というわけではないが暗い、というほど暗いわけではない。

学園は大変みたいだ。

「〜♪」
曹騰はぼんやりと窓の外を眺めながら鼻歌を口ずさむ。
正直、もうどうでもよかった。
いや、それは正確な言い方ではない。
劉保がいて梁商がいて……
他にはなにもないけどそれで十分に思えた。
それ以外のことなんてどうでもいい。

雷が鳴った。
曹騰は鼻歌をやめて空を見上げる。
ゴロゴロゴロゴロ……
遠雷。
「ん〜、落ちてきそうだな……」
再び雷。今度は近い。
「近くに……落ちたなぁ?」
窓の外を見回し……そして曹騰は窓の外の雨の中にたたずむ人影を見つけた。

586 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:42
部屋に招き入れると人影はぶるっと大きく震えた。
梅雨といっても濡れれば寒いに決まっている。

服から雨雫がたれる。
こんな雨の中、コートも傘も差さずにずっと立ってたのか……
「やぁやぁ……」
人影……孫程は弱弱しく笑った。
弱弱しい……
まさにそのとおりであった。
あれほどのバイタリティの塊であった孫程も心労によってか見る影もなく……
「……やせ、たね」
そしてやせていた。
「いやぁ、ははは。ダイエットの手間省けちゃったよ」
普段の孫程であれば絶対に口にしないようなタイプの冗談……
それほど……
中央はそれほどに腐りきっているのだろう。
「いやぁ……あはは」
孫程は笑いながらうなだれる。
曹騰は黙って孫程のぬれた体をタオルで拭いた。
孫程は拭かれるに任せるかのように黙って目を閉じる。
しばらくは布がこすれる音だけが室内に響いた。

「ふぅ」
ようやく服が乾き始めたころ……
孫程がため息のような声を漏らした。
「なに?」
「いや、さ……」
苦笑の雰囲気。
「曹騰に見つけてもらえなかったらそのまま帰ろうと思ってたんだよ、ほんとはね」
「……」
再び沈黙。しかし今度はそれほど長くかからなかった。
「曹騰……済陰の君閣下に会わせてくれないかな」
「……会ってどうするの?」
決意を込めた声。
「言いたいこととか言わなきゃいけないこととか言うだけだよ」

587 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:51
-Sakura-
第7話:墨染

「……」
部屋の中には沈黙が落ちていた。
曹騰、梁商にとって孫程の言葉は悪い話ではない。
もはや失うものなどなにもない。
しかし……
「孫程、さんとおっしゃいましたね」
「……はい」
劉保は静かに孫程に語りかける。
「私に……お姉さまの指名なさった後継者と争え、とおっしゃるの?」
窓の外では雨が降っていた。

孫程の話は単純なものだった。
今の学園は秩序を失いつつある。
また劉保はなんらかの罪があって次期蒼天会長の座から降格されたわけではなく、前会長、安サマが閻姉妹の悪口を信じたために降格されただけにすぎない。
本来であれば蒼天会長は劉保が継いでもいいはずなのである。
秩序回復のために劉保に蒼天会長になってほしい。

孫程の話は本当に単純なものだった。

「お姉さまの意思に逆らうのは私の本意ではありません。申し訳ありませんが聞かなかったことにさせてもらいます」

蒼天会の内外で閻姉妹の横暴に対する批判の声は根強く残っていた。
劉保が一声発すれば理解あるものの賛同が得られるであろう。
ただ……
劉保本人だけがそれに反対していた。

「済陰の君閣下……学生たちはみな秩序を求めています。貴女が一声発すればそれに賛同し、貴女を蒼天会長の座へと導くことでしょう。決して勝ち目のない戦いではありません」
孫程の言葉に劉保はゆっくり首を横に振る。
「勝ち目のあるない、が問題ではないです。ただお姉さまと争いたくないだけなのです……孫程さん、これ以上なにもおっしゃらないでください」
曹騰、梁商にとって劉保の今の状況は当然、納得できるものではない。
しかし劉保がそう考えているのであれば反論することなどできはしない。

劉保は奥に下がり、部屋に曹騰、梁商、孫程だけが残された。

588 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:51
「……」
「……」
曹騰も梁商も無言だった。
本音を言えば孫程の言葉どおり劉保が蒼天会長になること以上に望むことはない。
だが劉保があそこまできっぱりと意思を口にした以上、無理強いすることもできない。
「つまりは……この考えは無理だってこと」
肩をすくめて曹騰が呟く。
劉保が部屋から出て行ってなお無表情だった孫程の顔にようやく表情らしい表情が浮かんだ。
「……まぁ、本音をはなしたわけじゃなかったしね。さて……お次は済陰の君閣下の側近中の側近の2人に聞いてもらおうかな」
「どういうことです?」
梁商の言葉に孫程も笑みを浮かべる。
「いや、つまりさっきの私の言葉だけが本音じゃないってことです……いや、さっきのも本音ではあるんだけどそれがすべてじゃない」
孫程は窓の外に目を向ける。
梅雨が窓を濡らしている。
「……私は本当は学園なんてどうでもいいです。自分が身動きできるちっぽけな範囲内が平和であればいい」
曹騰も梁商も黙って孫程の言葉に耳を傾ける。
「ほとんどの生徒がそういう考えなんだと思いますよ? 自分が不幸にならなきゃいい……みんながそう思うからまずは自分の身近が幸せであるように……それが積み重なって全員の幸せにつながるんだと思います」
雨は音もなく降りしきり、孫程の言葉だけが静まり返った室内に響く。
「だから私は自分のちっぽけな領域を幸せにするために蒼天会長をかえようとしています。まぁ、済陰の君閣下を利用しようとしている、なんていわれちゃあ返す言葉もないんですけどね」
苦笑。
しかし曹騰も梁商も黙ったまま。
「これが……」
孫程は黙って懐から書類を取り出した。
「済陰の君閣下が蒼天会長になってくれれば幸せになってくれる人間の署名です」
そのリストはカムロからも実力者の王康や王国といった政権の中枢部にいるような名前も見受けられた。
「……すごいね」
曹騰が正直な感想を漏らす。
「それ集めるの、ちょっと苦労したんだからね」
孫程はにっこりと笑った。

589 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:52
「済陰の君閣下の安サマを思う気持ちはわかるつもりですがこれだけの人間が貴女の発する言葉を望んでいます、とそんだけ伝えてくれないかな」
孫程はすべて伝えきった、という顔で笑う。
梁商はリストを一瞥し……
ボールペンでその最後尾に自分の名前を書き足す。
「済陰の君閣下の説得は私たちが承りました」
ボールペンを指先でくるり、と回してから胸ポケットにしまう。
曹騰は……
腑に落ちない顔をして孫程のほうに顔を向けた。
「……あんたの気持ちはわかったけど……なんでそれをさっき直接、劉保に言わないかなぁ?」
「そんなん決まってんじゃん」
曹騰の至極当然の疑問に孫程も当然のような顔で答える。
「あんたらのほうが今の私の気持ちを私以上にしゃべることができる、ってそんだけ」
にやりと笑いながら言う。
「私は体育会系だからね。体育会系には体育会系の仕事があるってこと」
カバンから分厚い本を取り出す。
本のタイトルはマルクス全集と書かれていた。

「劉保、はいるよ〜」
孫程を送り出し、先に奥の部屋に閉じこもった劉保を追って曹騰、梁商はドアをノックする。
……返事がない。
ただのしかばねのようかどうかは別としてまったくのノーリアクションだった。
「……?」
曹騰と梁商は顔を見合わせてからドアノブをひねる。
カチャ、と軽い音を立ててドアは開いた。

部屋の中は真っ暗だった。

「劉保? 目が悪くなるよ〜」
「電気はつけないでください」
茶化して電気をつけようとする曹騰を劉保の言葉が止めた。
「私にはわからなくなってきてしまいました」
ぽつり、と暗い部屋の中、劉保は独白する。
「私はただお姉さまと仲良くしたかっただけなのに……」
雨はまだやまない。

590 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:53
お姉さま……
安サマ……
前蒼天会長、劉祐……
劉保の実の姉であり劉保を失脚させた張本人。
だから曹騰にとっても梁商にとってもあまりいい印象のある人物ではない。しかし……
「お姉さま、子供のころは本当に優しかったんです」
遠い過去を懐かしむ口調で劉保が呟く。
今はないもの……
だからこそ人は過去をいとおしく思うのだろう。
「お姉さまはいつかわかってくれると思います。だから私はお姉さまが許してくれるまでずっと雨宿りしようと思います……やまない雨はないのですから」
劉保の言葉が窓の外の雨にかき消される。
「やまない雨、ってずっと待ち続けるの?」
曹騰の言葉に劉保は頷く。
曹騰は黙って窓を開けた。
雨が降っている。
雨が降っている。
雨が降っている……
「やまない雨はないかもしれないけどやむまで時間のかかる雨ばっかりだよ、この世は」
梁商が劉保にリストを差し出す。
「貴女が一声かけるだけでこれだけの……いえ、これ以上の人が幸せになれるんです」
「……」
劉保は肩を震わせて、それでもリストを受け取る。
「雨がやむのを待つのもいいかもしれない。でも雨に濡れる覚悟ってのもたまには必要だと思う」
「……雨に濡れる、覚悟?」
劉保が初めて聴く言葉に顔を上げた。
「雨って冷たいよ。だから濡れたくなんてない。でもいつまでもやまない雨を呪って空を見上げるより一歩を踏み出すのも大事なことなんじゃないかな、ってそう思う」
「……覚悟」
劉保は曹騰の言葉を繰り返す。
「覚悟のためにお姉さまを裏切れ、というの?」
「裏切る裏切らない、じゃないよ。劉保が劉保でいるために必要なことなんだと思う」
劉保はゆっくり考える。
そして……
「私が雨に濡れて……幸せになれる人がこれだけいるんですね?」
曹騰、梁商は力強く頷く。
「わかりました。傘を持たずに出かけましょう」
歌うような劉保の言葉。それは曹騰がはじめて出会ったころの響きだった。
「行きましょう、司隷特別校区へ!」

591 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:00
-Sakura-
最終話:染井吉野

「うん、うん……わかった……ありがとう……うん、それじゃまたあとで」
孫程は携帯電話をゆっくり置いた。
やはりあの2人に済陰の君の説得を頼んでよかった。
自分であればなせなかったであろうことをあの2人はこんなにも短時間で成し遂げてくれた。
……さて……
机の上に置いた携帯電話を指でもてあそぶ。
これで終わった、といえないのが体育会系のつらいところ。
「むしろこれからが本番、ってね〜」
左手で携帯電話をくるくると回しながら器用に右手に皮のグローブをつける。
ぱちん……最後にバタンを留める。
グローブが手になじむのを……自分の手と同化していくのを感じる。
「ふぅ……」
さぁ、これから、だ……

このとき、孫程すらも知らなかったことだが少サマは喘息で入院しており、明日にも蒼天章を返上するかもしれない、という状況であった。
少サマはわずか初等部2年生……
もちろん政治がどういうものか、ということはわかりもしないし後継者を指名するなどできようはずもない。
密室政治により後継の蒼天会長は河間の君、劉簡と決まっていた。
もはや一刻の猶予すらなかった。

孫程は肩をぐるぐる回しながらそこに立っていた。
風が身にしみる。
目線を少し上にやると司隷特別校区の名物校舎、3号館、通称西鐘校舎が見える。
無機質に校舎を眺めてから孫程は再び体をほぐしにかかる。
孫程はいつものカムロの服を脱ぎ去っていた。
かといってスカートなどをはいていたわけではない。
孫程はその身に拳法着をまとっていた。
これは動きやすい。
動きやすいが目立つ。
だが目立とうと目立つまいと孫程にはまったく関係なかった。

(とりあえず……うん……)

心の中で手順の確認。
そして腕時計を見る。

592 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:02
(そろそろ頃合かな……)

孫程はディパックからただ1冊……
マルクス全集を取り出す。

(この本もかなり読んだよね……)

本にすら愛しさを感じる。
だから今日、この場に持ってこようと思ったのだ。
「ふぅ……」
ディパックを肩に背負い、屈伸を2回してから孫程は西鐘校舎を背に歩き出した。

(次にこの校舎を見るとき、私は逆賊かな? 英雄かな?)

「江京様の悪知恵の働かれること、まったく鬼謀とはよくいったものですねぇ」
「こらこら、誰が鬼ですか」
そして笑い声。
秘書室の有力者たち、江京、劉安、陳達、李閏がまとまって帰宅しようとしていた。

(まだ仕事が残っているはずなのに……部下に任せて自分らはさっさと帰宅かぁ)

ふぅ、と溜め息をひとつついてから孫程はそのまま足を進める。
最初に孫程に気づいたのは江京だった。

「あぁ、孫程……あんた今日、サボったわね。クビよ、クビ。明日から来なくていいわ」
江京の言葉に左右からどっと笑い声が漏れる。
孫程は目を伏せたまま近づき、20歩の距離を残して立ち止まる。
「……」
「なぁにぃ? 聞こえないわ?」
孫程が口の中でぼそぼそと呟くのを見て江京がはやし立てる。
また笑い声が上がる。
劉安が孫程の手に持ってるものに目を止めた。
「こいつ、マルクス全集!? 共産主義なんてバカみたい!」
共産主義がバカのように見えるのは民主主義が共産主義を駆逐した現在の歴史を知っているからだ。
ディパックを左手で捨てながら孫程は笑顔を江京たちに向ける。
「先輩、こんな言葉って知ってます?」
「……?」
孫程は笑いながら言葉を接ぐ。
「イギリスの元首相、チャーチルの言葉です……20歳をすぎて共産主義を信奉するようなヤツは知能が足りない。でも……」
孫程は笑みをたたえたまま……
「20歳までに共産主義にかぶれないヤツは情熱が足りない。先輩たちに足りないものは……まさにそれ」
孫程はマルクス全集を空高く放り投げ、そして江京たちに向かって声も上げずに突進した。

593 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:02
李閏は目の前で何が起こったのかわからなかった。
孫程がすすす、と近寄ってきたかと思ったら先頭の劉安がいきなり吹っ飛んだ。
なにをされたのかわからなかった。
孫程が手の甲を江京に向ける。江京は自分をかばおうとしてカバンを盾にした。そして次の瞬間、孫程のひじから先が消えたかと思うと江京が白目をむいてひざから崩れ落ちる。
なにをされたのかわからなかった。
そのまま回転するように孫程は陳達に近づく。陳達は逃げようとして……孫程が回転したかと思うと陳達は顔から地面に突っ込んでぴくりとも動かなくなった。
なにをされたのかわからなかった。
そして孫程はそのまま右手を高々と上げる。
空を舞っていたマルクス全集はまるでそこが安住の地であるかのように孫程の手の中にぴたり、と収まる。
まるでなにかのショーを見ているようだった。
ショーと違う点は次に襲われるのは自分だ、ということ。
李閏は左右を見回す。
江京、劉安、陳達……微動だにしない。
今、これだけの武威を見せ付けられ、抵抗してもどうにかなるとは思えない。
生き残ることは出来ない……
絶望すら感じることが出来ずに李閏はぺたり、と座り込んだ。
目の前の今までバカにしていた孫程、という少女が怖くて仕方なかった。
「……さて」
李閏が息をすることすら忘れたようにじっと孫程のことを凝視している。

孫程は心の中だけで苦笑する。
自分、それほど怖くないのになぁ……
しかし相手が自分のことを怖がっているのならそれも武器には違いない。

李閏にマルクス全集が突きつけられる。
それを手にしているのはもちろん孫程。
「李閏先輩、あなたは秘書室内の諸先輩方の中でも『多少はまとも』と思われていますからあなただけは生かしておいて差し上げます」
孫程はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「次期蒼天会長に……済陰の君閣下を推薦する、といえば良識人であるあなたのこと、当然賛成してくれるでしょうね?」
李閏はゼンマイの壊れたおもちゃのようにがくがくと頷いた。

594 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:03
……

「……あの日、1日だけでそりゃ大変だったねぇ」
懐かしそうな目で曹騰が語る。
西鐘校舎の前で済陰の君の即位式をやった。
たった何人か、だけの即位式。
しかしそのうわさを聞きつけ、多くの人々が新蒼天会長の下に集まってくれた。
もちろん閻姉妹がそれを放っておくはずがない。
それに対して戦って……戦って……
何度、自分もリタイアするかと思ったことか……
そして戦いも終わって……
劉保とは友達のままでずっといられたと思う。
梁商も約束どおり最後には劉保のことを『劉保』と呼んでいた。
そして3人は本当に友達、だったのだと思う。
曹騰は懐かしさに目を細め、ながらふ、と時計に目をやった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん……続きは〜?」
「ぎゃ!」
続きを催促する曹操に意味不明の叫びが浴びせかけられた。
叫びだけじゃなくて唾もちょっとだけ飛んだ。
「もうこんな時間じゃない!?」
「え、えぇッ!?」
意味不明にあわてる曹騰を見て曹操もあたふたした。
曹操はあたふたしなくてもいいと思う。
「ごめんね、孟徳ちゃん! 私、今日は同窓会だから続きはまた今度ね!」
曹操は苦笑する。
なるほど、同窓会だからそんなよそ行きの服を着てたのか……
同窓会……
同窓会……
「! ……お姉ちゃん、もしかして!?」
気づいたように顔を上げる曹操に曹騰は親指を立ててウィンクした。

桜が舞っている。
あのころの熱さがうそのようだ。
こんな静けさがこの世に存在するなんてあのころは気づきもしなかった。
歩を進めながら思う。
彼女たちを友達に持つことができて本当によかった。
彼女たちが友達でいてくれたことに誇りを感じる。
だから……
桜の花冠の向こうで小柄な影が大きく手を振った。
その横には少し大柄な女性が会釈してみせる。
曹騰も小柄な、その人影に負けずに大きく手を振り返しながら大声で叫んだ。
「劉保! 梁商さん! 久しぶりーッ!」

  〜了〜

595 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:12
ってわけで終了です。
なんか、こう、打ち切りチックですね。
まぁ、それはそれ。

なんかまったく反響のない中つらつら書いてしまいましたがまぁ、まったく意味のない作品、という単語すらおこがましいものになってしまったので……そんでも途中で止めるのはあれだなぁ、と思ってここまで書きましたが、まぁ、その意地もここまで、ってことで。
なんというか……まぁ、自分の文章力のなさを痛感するとともに、ぐっこ様にはこのような駄文でサーバーに負担をかけてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。このHPにきておられる諸氏にとってもこのようなモノがTOPにある、というのは見苦しさを感じておられたと思いますし、本当に私の意地だけでここまで引っ張ってしまったことに謝罪の言葉すらありません。
もう一足早く桜を散らせときましたのであとはROMに戻らせていただきみなさんのすばらしい作品を楽しませてもらおうと思います。
今まで本当にでしゃばってすいませんでした。

596 名前:海月 亮:2005/03/04(金) 23:19
・゚・(ノД`)・゚・
いや、お見事ですよ! 久しぶりに良いものを観させていただきましたとも!
立場を超えた友情、よくぞここまで書き上げられました…脱帽であります!
…うぐぅ、なんだか上手く感想をまとめきれない我が文章力の貧困さが恨めしい_| ̄|○

>反響が無い
大丈夫ですってば…少なくとも私めは感想を言うの、全て終わってからだと決めてましたから…
きっと誰もが続きどうなるのか楽しみにしてたのではないかと…

惜しむらくは私がこのあたりの史実を知らないと云ふ事…_| ̄|○

597 名前:岡本:2005/03/05(土) 14:28
北畠様
宦官であった曹騰のエピソードを絡めて、宦官が政権決定に力を示していた
時期を記述された作品ですね。楽しんで読ませていただきました。
宦官・外戚・官僚・地方豪族が絡んでいく政争の変遷を考える上でも興味深い
作品です。これが、党コ・何進との闘争・董卓の専横とつながるわけですね。
また歴史の裏面というべき私生活ですが、私はそういうのを書くのが
苦手ですので、ただただ感心させられました。

>反響が無かった
レスが着かなかったことが作品の質・内容に原因があるのではと
判断されたようですが、そのようなことは当然ありません。
時期が時期であったことが(決算期・新作三国志系ゲームの発売)
最大の理由かと思います。

何より、歴史を調べて自分なりに解釈し形にして公表したことは
よほど脱線して自己陶酔しないかぎり、コメントという形の批評を
受けはしますが評価こそされ非難されることはありえません。

598 名前:北畠蒼陽:2005/03/05(土) 19:33
……???

ぎにゃーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
ち、違うんです! 違うんです!
まず謝罪を! 次に謝罪を! 最後に謝罪を!

……595番目の北畠蒼陽名義の書き込みは無視でお願いします、違うんです。
繰り返します。595番目のやつは無視でお願いします。

えっと……事情説明ですね、私も理解できてるわけじゃないですけど……

昨日、最終話を書き上げまして、まだ推敲もしてなかったんですがそれなりに満足してシャワー浴びて寝たわけですね。
今日、推敲して投稿させていただくつもりだったんです。

えっと……

同居人が推敲前の文章をそのまま投稿してやがった……
しかもオリジナリティあふれる文章を添えて……

同居人は今日の朝から旅行に出かけてるため真意を問いただすことは出来ませんが私にも意味不明です。

とりあえずみなさまがたには辛気臭い文章を(私の本意ではないにせよ)お目にかけてしまったことと海月 亮様と岡本様には温かい言葉をかけていただき30年間はご飯を食べなくてもおなかいっぱいです。
とりあえず同居人にはすげぇ怒っておくつもりですんでなにとぞご寛恕のほどを〜。
えぇ、あんな笑いどころのない文章を書いたことを怒っときますよ!(そっちか!(そっちさ!

みなさまがたには微妙な心境にさせてしまって申し訳ありませんでした。1億5000万の謝罪を(ノ_・。


とりあえず北畠個人は反響があると逆に照れて書けなくなっちゃうんで^^;
595番目のヤツと本当に正反対です^^;

599 名前:海月 亮:2005/03/05(土) 21:31
>595の件
ぬわんだとぉぉぉ━━━━━━( ゚Д゚)!
つーかアレで推敲前だったと! マジですか!?
じゃあなにか、実はアレよりも洗練されたモノがあると…!

なんたることだ…これ以上のものがあるというなら、私感動のあまり死にますよ!?(w
ただでさえ続きが気になって、自分のSS製作ほったらかしにしてたってのに…(え?

600 名前:★ぐっこ@管理人:2005/03/07(月) 00:05
キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!

北畠蒼陽さま! GJ杉!
いやさ、このへんモロストライクですがな私( ゚Д゚)!
本家ラウンジの四方山スレに書いた通りの事情で、長期間ネット断ち
続けておりますもので、レスが遅れに遅れてしまいましたが…
とにかく、順さまと曹騰の友情、そして孫程らカコイイ秘書連中の活躍!
そういや蔡倫もいたっけか…仲悪かったようですけど…

むう!やるやると口で言いながら全然進んでない党錮事変の、更にベース
なっているこの孫程のクーデター!貴重な情報源ありがとうございます!

601 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:46
-あおいそら-

その日……
彼女は桜の並木道を歩いていた。
もちろん桜の季節にはまだ早い。
葉もない桜などただ物悲しいだけである。
彼女はそんな道を歩いていた。

向こうに見知った顔を見つけはっとする。
その少女は大勢の少女に囲まれ楽しそうに話をしていた。
「……でん」
声をかけようとして思いとどまる。
いまさらどんな顔をして会え、というのか。
少女の胸には誇らしげにコサージュがゆれている。
そして親友、なのだろう……
4月に学園生活の転機が訪れて……そして彼女にはすでに親友とも呼べるひとがいる。

自分の隣には誰もいない……

彼女は伸ばした手を下ろし……
そして軽くこぶしで自分の額をこつん、と打ちつけた。
彼女……袁紹は1人だった。

学園の卒業式は通常、校区ごとに行われる。
そして冀州学院校区……
この場所において袁紹は卒業式を迎えようとしていた。

式も単調に進められていく。
その中でも袁紹はたった1人だった。
一般学生たちが袁紹のほうを見て、なにかを囁きあい、そして笑っている声が聞こえる。
仕方がない、と思う。
自分はそれだけのことをやってしまった。
多くの人を……自分を信じてついてきてくれた人を裏切ってしまった。そう思う。
卒業式という行事の中、袁紹は一人ぼっちだった。

「……続いて連合生徒会会長よりの祝辞です」
退屈な式を聞き飛ば、そうとして袁紹ははっ、と顔を上げた。
連合生徒会会長!?
まさか、と思った。
彼女がこんなところに来るわけがない……
彼女を魏会長に推す動きがあることは袁紹も風の噂で聞いていた。
そんな大事な時期に彼女がこんなただの一般行事にくるわけがない……!

小柄な少女がステージの壇上に姿を現した。

602 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:47
「みなさん、連合生徒会会長の曹操です。まずは先輩がたの卒業をお祝いします。
さて……本来であれば私はここに来るつもりはありませんでした。私も忙しい身ですし卒業式程度、私が出席しなくても進行することは知っているからです。代理人を立てようと思えばいくらでも立てられる……私にとってはその程度のものでしかありません。
でも、それでも私がここにきたのには理由があります。
それは……みなさんには申し訳ないのですが諸先輩がたを祝福するためではありません。

たった1人の人を見送るためです。

その人はいつも毅然とした人でした。
その態度のりりしさに私は憧れを抱いていました。
私はいつしかその人のことを『姉』と呼んでいました。
『姉』のしゃべり方に憧れていました。
『姉』の立ち振る舞いに憧れていました。
『姉』の……そう、すべてに憧れていました。
私はその人のことを好きだった……いえ、今でも好きです。

『姉』とは結局、いろいろあって別れることになってしまいました。
そのことをご存知の人もいると思います。
『姉』のことをリタイアさせた私がこの場に立っていることをこっけいに思う人もいるかもしれません。
でも私はあのとき、一生懸命考えて、そして自分で選んだ道を間違っているとは思っていません。
『姉』とは進路が別たれてしまったけれど、それは『姉』が悪い、ということではなくただ立場が違っていただけです。
私が彼女を敬愛しているのは今でも間違いありませんし、まぁ、彼女のほうが私をどう思っているかは知りませんが……とにかく他人からどうこう言われたくはない、というのが本音です。

『姉』は世界でも有数の財閥の次期当主です。
卒業したらさらに帝王学を身につけ、そしてきっと本当に世界でも有数の経営者になることでしょう。
私が今後、どうなるかはわかりませんが私は何年かして『姉』とあのころの話を笑って話すことができればいい、心からそう思っています。

……すいません。もう時間のようです。
忙しくていけませんね、この立場というやつは。
最後にもう一度だけ……
ありがとう! そしてこれからもがんばってね、本初お姉ちゃん!」
小柄な少女がステージを降りた。

603 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:48
「……」
誰もいなくなった式場。
そこに袁紹はたった1人で座っていた。
曹操が自分のことをあれほどまでに思っていてくれたのが嬉しかった。
誰の祝福よりも胸を張って受け取れる、とそう思った。
ことり……
後ろから物音。
「おめでとうございます、袁紹先輩」
袁紹がゆっくり振り返る……

夏侯惇。曹操の腹心。
「孟徳も本当に忙しくて……今日、アレだけの時間をとるのも精一杯でした。先輩に直接、お祝いを言うんだ、って3日徹夜で政務を片付けてましたけど……すいません」
隻眼の少女が本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
袁紹は微笑みながら首を横に振った。
「そんなことはない。むしろ孟徳が挨拶に来るとは思わなかったからびっくりしたわ」
来る、と知っていたら心構えも出来たのに、と苦笑する。
「それに『隻眼の鬼主将』様が忙しい孟徳の代理を務めてくれてるわけじゃない? 光栄に思わないわけがないわ」
夏侯惇が憮然とした顔をする。
それがおかしくて袁紹はまた笑った。

「さて、そろそろいかなきゃね……」
袁紹が立ち上がる。
「寮まで送りますよ」
その夏侯惇の言葉に袁紹は首を横に振る。
「……ここも私にとって馴染み深い場所だからね。最後に1人でゆっくりと歩いて回りたいの」

明日からはもう、この場所に帰ってきてはいけないんだよ。

「そうですか……」
目線をふ、と下に向けた夏侯惇に袁紹の手が差し伸べられる。
その手には……
「袁紹先輩……?」
その手には今まで袁紹の髪に結ばれていたトレードマークとも言うべき黄色いヘアバンドが握られていた。
「これを孟徳に渡してくれないかな? 私はこの学園になにも残すことが出来なかったからこんなものしかないけど……ほんとにちっぽけなものだけど私からの礼だ、って」
「ありがとうございます。孟徳もきっと喜びます」
笑顔の袁紹に泣き笑いのような顔になって夏侯惇はヘアバンドを受け取った。
「じゃあ、そろそろいくね。見送りありがとう、夏侯惇」
夏侯惇は袁紹に頭を下げる。

袁紹は心地よい気分のまま式場をあとにする。
見上げれば3月の青い空。
その日差しに袁紹は眩しそうに目を細めながら笑った。

604 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:53
というわけで学三参加1週間後に書きたくて書きたくてでも書けなくて、これって恋?
いや、ただ時期ものだったから書けなかっただけです、というものがようやっと書けました。
あと書きたい人物は……王允、かなぁ?
王允書きたいかなぁ?

>ぐっこ様
本家HPのほうには伺ってなかったので状況を今日、初めて知りました。
心痛お察しします、と言葉で言うのは簡単ですが私にはなにもわからないんですよね。
ただぐっこ様やご家族の方が苦しんでおられる状況でなにもわからずのほほんとしている自分が悔しいです。

今はただご家族の一刻も早いご回復をお祈りいたします。

605 名前:海月 亮:2005/03/07(月) 19:21
>ぐっこ様
重い…重過ぎますよこれは。何というか、本当にシャレにならない事情の中で奮戦されて居られたのですね…。
何の事情も存じあげず、好き放題振舞う毎日を送る私めなど、この件について何か言うべき資格はなさそうですが…それでも、なにとぞご自愛の程を。
そして此方に戻って来られる日を心待ちにしております。

>北畠蒼陽様
ああ、卒業かッ! そういやもうそんなシーズンになってたんだなぁ…(しみじみ)
しかし、何というか北畠様の曹操と袁紹って、表面上はともかく心の何処かで繋がっている、っていう雰囲気が良いですね。


私めのSS製作もそろそろ佳境です…もうじき、持って来れるかもしれません。

606 名前:北畠蒼陽:2005/03/11(金) 16:34
-王允の亡霊-

「お久しぶりです、お姉さま〜♪……って、なんであんたがッ!?」
「……それはこっちのセリフ」
喫茶店に回るようにくるくると踊りながら駆け込んできたロングヘアーを無造作に後ろに流した少女をすでに席についていた肩のラインで髪をそろえた少女が紅茶を傾けながら冷静にツッコんだ。
「なんであんたがここにいるのよ、伯輿!」
「……多分、文舒と同じ理由。あなたの『お姉さま』に呼ばれただけ」
文舒……王昶。
曹丕にその才能を見出され、エン州校区総代に抜擢され功績を挙げた。また荊・予校区兵団長となり司馬懿に学園人事について意見を求められた際にも意見状を提出し事務員の賞罰の基準を定めさせた。
のちに学園都市運営会議議長までのぼりつめることになる。
伯輿……王基。
孤児だったが叔母の王翁に引き取られて育つ。安平棟長として順当に出世街道を歩むかに見えたが、一時期曹爽の副官だったことが災いし、その失脚時に免職となる。だがつい最近、ようやく復帰し荊州校区総代に就任した。
のちにリタイア後、学園都市運営会議議長を贈られる。
「いやだわ、お姉さまったら。伯輿の前で私たちのラヴラヴっぷりを見せ付けるつもりなのかしら」
「……見ててもいいけどね。どうせ慰めることになるのは私だし」
頬に手を当てて考え込むようにした王昶にやはり冷静に王基がツッコむ。
「まてぇ。誰が慰められることになるんだぁ!」
「……恋愛運占ってあげようか?」
「あんたの占い、当たらないからいいわ」
「……失敬な」
憮然とした顔で紅茶を傾ける王基。
しかしそれ以上薦めないということは占いが当たらない自覚だけはあるらしい。
しかしこの2人は一見、口ゲンカしているように見えるが実は仲がいい。まぁ、どうでもいいことだが。
「あ、ルイボスティーね……で、なんであんたがお姉さまに呼ばれたの?」
ウェイトレスに注文しながら王昶は王基に尋ねる。
「……さぁ?」
「ふ〜ん」
口数少ない王基に王昶は気を悪くした風もない。
長い付き合いで親友がどういうやつかは大体わかっている。

「待たせたわね」
しばらくして喫茶店に涼やかな声が響いた。
「お姉さま♪ ……と、公治? ……いやだわ、お姉さま。ギャラリーが多いほうが萌える性癖なのかしら」
喫茶店に入ってきたのが1人ではなかったことで混乱する王昶。
「お久しぶりです、王凌先輩。おかわりはありませんか」
丁重な王基の挨拶をにっこりと笑いながら王凌は優雅に会釈をした。

607 名前:北畠蒼陽:2005/03/11(金) 16:36
王凌……あだ名は彦雲。
かの王允の従妹。後に各地の棟長を務め、曹丕によってエン州校区総代に任命された。その後は揚、予校区の総代を歴任し、いずれも生徒から好評を得る。揚州校区兵団長に転じ、校区総代を引き継いだ孫礼とともに長湖部の全Nの攻勢を撃退した。
現在は生徒会の生徒会執行本部本部長として辣腕を振るっている。
……ちなみに王昶とプティスールの契りを交わしている。
また王基の才能を一番最初に見出したのも彼女であった。
王昶が公治と呼んだのは令狐愚。
王凌の姪であり、各地の棟長を勤めた令狐邵の妹。曹爽に才能を見出され現在はエン州校区総代を勤めている。
「で、どうしたんです、お姉さま?」
王昶の質問に王基も王凌のほうを見る。
「えぇ……その、そう。王基の復帰記念パーティってとこかな」
歯切れが悪そうに答える王凌。
令狐愚は一瞬なにかを言いたそうに口を開こうとしたが結局、なにも言わなかった。
「王基の! 復帰記念パーティ!」
くぎりながら王昶が叫ぶ。
「いいですね、伯輿パーティ! じゃ、あんたはここで公治と2人でパーティしてなさい! 私はお姉さまとどっかいってくるから!」
「……趣旨違うから、それ」
王昶のムチャクチャな言葉に王基は、しかしまんざら気分を悪くした風もなく言った。

そして4人は楽しいひと時を過ごした。
王凌は王昶と王基の掛け合いをずっと楽しそうに聞いていた。

王昶と王基が帰宅して……
喫茶店に王凌と令狐愚だけが残る。
「彦雲姉、あの2人をなんで誘わなかったの?」
恨めしそうに令狐愚が王凌に言った。
「彦雲姉、このまま曹芳サマが蒼天会長にいたんじゃ司馬姉妹の思うつぼだ、って。だから曹彪サマを担ぐんだ、って言ってたじゃん。あの2人なら彦雲姉が誘えばついてきてくれたのに……」
「そうね、そのとおり。あの2人ならついてきてくれたかもね……でもね、少なくとも司馬懿は悪政をしてるわけじゃない。子師姉さまのときは董卓という絶対悪のために反乱、と位置づけられたけど今は少なくともそうじゃない。私は子師姉さまの亡霊に衝き動かされてるだけ」
王凌は力なく微笑む。
「そんな無意味なクーデターにあの前途有望な2人を巻き込むことは出来ない……公治、あなたもそろそろ私から離れたほうがいいわ」
「もう肩までどっぷり浸かっちゃったんだ。いまさら離れてももう遅いよ」
王凌の言葉に令狐愚は冷めた紅茶を不味そうに飲み干しながら吐き捨てた。

608 名前:北畠蒼陽:2005/03/11(金) 16:43
わぁお、王允の話を書くつもりだったのにー!
まぁ、王昶の話しもいずれ書きたかったので、その前準備と割り切りました。
ちなみに王昶&王基は玉川様イラストの外見とちょっと違うような性格ですが私の脳内ではあの外見でこういう性格です。

令狐愚は……もうちょっとバカのような気がします。

>海月 亮様
そんなシーズンですよ、いつの間にか。
本当はこの2人に許攸とかも絡ませられればいいんでしょうけど3人友情ストーリーってなかなかずるずると長くなるばっかりで書きにくいですからねぇ。
精進精進。

609 名前:北畠蒼陽:2005/03/13(日) 21:10
-晋の系譜-

東晋ハイスクールの誕生……
それは落日の司馬蒼天会の意地、といっても過言ではないだろう。
生き残りのための共学化。
後漢市南部の荊、揚、廣、交をおさえるのみではあるが、しかしそれでもその誕生に多くの少女が期待を胸に抱いた。
そして東晋ハイスクール初代蒼天会長、司馬睿が就任したその日、そのブレーン、王導のもとを1人の少女が訪れた。

「な……!」
少女……いや、もう少女と呼べる年齢ではない。
毋丘倹、文欽の叛乱鎮圧で功績を挙げ、曹髦のクーデターに対し司馬昭の名を汚さぬよう自らすべての汚名を引き受け、また長湖部にとどめを刺す、その戦いの総指揮官であった女性。
すでに学園を卒業したが司馬蒼天会の基礎を築いた大元勲であり王導にとっては伝説、とも呼べるレベルにある女性。
……賈充。
その言葉に王導は驚愕で口をパクパクとさせた。
「あなたは司馬睿……元サマの親友なんでしょ? だったら知っておかなければいけないわね」
賈充は……幾多の修羅場を真っ向からねじ伏せたその女性は顔色一つ変えることなく王導に諭すように語り掛ける。
「もう一度言うわ……元サマは司馬家の血を引いていない」

……

「納得できねぇな」
つるつるに頭を剃りあげたスキンヘッドの少女が目の前の少女を睨みつけた。
後主将、牛金……もともとは曹仁指揮下の暴走族、『薔苦烈痛弾』の特攻隊だったが曹仁のチーム解散宣言により更正……だがスキンヘッドは変わらない……し、その後は司馬懿に属し馬岱や公孫淵と戦った。
今は自らが最前線に立つことはないとはいえ気の弱いものであればそれだけで失神するであろうほどの威圧を受け、それでもなおその目の前に立つ少女は不思議そうに小首をかしげた。
「敵対者を打ち倒して……なにが悪いの……?」
司馬懿……あだ名は仲達。
現蒼天会の最高権力者。
一時期、曹爽との政争に敗れたものの今、再び勢力を盛り返し……そして今まさしくその曹爽を捕らえる命令を牛金にくだしたところであった。

610 名前:北畠蒼陽:2005/03/13(日) 21:11
「確かに敵対者を叩き潰すのは反対しねぇ。だがそうなると曹仁の姉御から続くピンクパンサーズヘッドの……曹真の姉御の妹をトばす、ってことになる。アタシにゃあそんな義理を欠くようなまねはできねぇな」
力強く言い切る牛金に……
司馬懿は再び少し考えるようにして……そして執務机から乗り出すようにして牛金の胸元の蒼天章をつまんだ。
司馬懿が少し力を入れれば簡単に蒼天章は牛金の胸元からはずされることだろう。
だが牛金は司馬懿を睨みつけたまま微動だにしない。
「……義理のために蒼天章を失っても……いいというの?」
「蒼天会はあんたにのっとられるかもしれない。だがそんな滅びていくものに殉じるバカがいても悪くない」
司馬懿の言葉に、しかし一片の感情すらも浮かべることなく牛金は言い切った。
「……牛金には確か、妹がいたよね?」
「? あぁ、まだ初等部だけどな」
突然の司馬懿の話題転換に牛金は不審そうな顔を浮かべる。
「剛毅なる猛将、牛金に最大限の敬意を。あなたの妹は私が引き取るわ……私にトばされた牛家の人間となれば世間の風当たりはきついかもしれないけど私の従妹、司馬覲の妹ぐらいに書類を書き換えてしまえばいいわ」
「好きにしろ」
司馬懿の言葉に牛金は苦笑にも似た笑みを浮かべる。

牛金の蒼天章は失われた。

……

「……そ、そんなことって……」
「そんなこと。確かにバカな話よね」
絶句する王導に賈充は面白くもなさそうに応じた。
「でもあなたは元サマの親友として……またこの東晋ハイスクールの重鎮として知っておかなければならないの」
賈充の言葉に弱弱しそうに眉を寄せて王導は呟く。
「……このことが一般学生に知れたら……司馬一族の血を引いてない人間が蒼天会長になってることに不満を持ち、また『自分が』って思う生徒だって出てくるでしょう……」
「そうね。だからこのことが一般学生に知られたら他の誰でもない、私があなたを殺すわ」
賈充の明確な殺意。
それはあくまで自分への信頼である。
王導はそれを知って、なお呟かずにはいられなかった。
「……知らないほうが幸せなことって……あるんですね」

611 名前:北畠蒼陽:2005/03/13(日) 21:12
えと、その……
北魏正史の司馬睿伝で『司馬睿は牛金の子である』とか書かれてるんで想像を逞しくしてしまいました。
まぁ、ぶっちゃけ年齢的にありえない話ではあるんですけど、年齢の垣根が低いこの学三だったらやれるかのぁ〜、と。
とりあえず参考文献、というか早稲田大学三国志研究会による『三国志大研究』という本において以下のような仮説があるためそれに準じてみましたー。

以下、引用。

牛金は何らかの重大な原因により司馬仲達に粛清され、晋の人陳寿はその功績を記録することが許されなかった。《玄石図》は金徳の晋が土徳の魏に代わる権威付けとして作られたが、北魏に至り東晋を貶めるために牛金粛清事件ともからめて、司馬睿牛氏説が流された。――時期的に見て、仲達のクーデターと何らかの関連が想像できる。

以上!
連投ダイスキ(ぇー)北畠蒼陽でした!

612 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:20
-銀幡流儀-
そのいち 「夜襲、銀幡軍団」

「ええええ!? たった10人で曹操会長の本陣に〜!」
「ああ…やらせてくれ、部長」
濡須棟の棟長室、その机を蹴倒さんばかりに驚いて仰け反る孫権を目の前にして、甘寧は内心の怒りを最大限に抑えた表情で、そう告げた。
「悪いが俺は、あんな屈辱を喰らって、指咥えて済ませられるほど大人じゃねぇ。張遼がかましてくれた上等の礼をくれてやりたいんだよ…ッ!」
「で…でもでもっ、こないだ公績さんだって酷い目にあってきたばかり…」
「な〜に、なにも奴等を潰しにいくんじゃねぇ、からかってくるだけだ。もし一人でも飛ばされるようなことがあれば、好きなように処断してくれてかまわねぇ」
孫権は少し考えた。
この孫権という少女、普段は温和で大人しい少女なのだが、その根っこのほうはかなりの負けず嫌いだ。
本音を言うと先の合肥における学園無双において、長湖運動部の精鋭500が、合肥を護る張遼率いる僅か50足らずのMTB隊に蹴散らされ、自分も壊された橋の上をママチャリで跳んで危難を脱する羽目に陥ったことをとにかく悔しがっていたのだ。
それに、甘寧の言葉は一見すると無謀なものに聞こえるが、この甘寧という少女もまた、何の考えもなく無茶をやるような人間ではないことを、孫権は知っていた。
「…勝算は、あるの?」
「当っ然、必ず連中の鼻をあかしてやるさ」
「じゃあ、御願いしようかな。メンバーは、興覇さんの好きに決めていいよ」
「流石は部長、話がわかるぜ」
甘寧は不敵な笑みで応えると、背に飾った羽飾りを翻し、部屋を後にした。

「お〜い承淵、興覇さんが呼んでるぜ〜。あたし先行ってるからな〜」
「あ、は〜い、すぐ行きま〜すっ!」
髪の色を派手な金髪に染めたちょっと柄の悪い先輩に呼ばれ、承淵と呼ばれた狐色髪の少女はストレッチを済ませ、ぱたぱたと駆けだした。言葉使いは真面目そうだが、その明るい髪の色に木刀なんてモノを持っていたら、何処からどう見てもヤンキーの妹分にしか見えない。
いや、実際この少女−丁奉は、現時点では長湖部最凶の問題児・甘寧の妹分である。髪の色云々ではなく、この底抜けに人当たりのいい性格で、問題児集団である"銀幡"の先輩達から何気に可愛がられ、何の違和感もなく溶け込んでいる感がある。
やがて校庭の一角、甘寧の羽飾りを見つけた丁奉。よく見れば、"銀幡"軍団の何人かと軽くチューハイをあおってるらしい。先刻彼女を呼びつけた少女も、その中にいた。
「先輩っ、呼びました?」
「おぅ承淵、待ってたぜぇ。まぁ、お前も一杯やっとけや。あ、お前はまだ酒駄目だからこっちだけど」
そう言って甘寧はジュースの缶を投げて寄越す。見回せば、学区周辺の名店から取り寄せたオードブルが円陣の中を埋め尽くしている。
「え、いただいていいんですか?」
「もち、部長のおごりだ。いっちょパーッとやってくれや」
「わぁ…!」
円座の中に混じって、丁奉も並べられたご馳走に舌鼓を打った。
その後、何が起こるのか夢想だにもせずに…。

日も暮れ落ち、学園無双終了の規定時間が近づき、宴もたけなわになった頃、甘寧はおもむろにこう告げた。
「さぁ、景気良くやれよ! これからこの10人で、曹操の本陣に上等くれてくるんだからな!」
「!!」
その一言に、何人かが酒を吹いた。丁奉も鶏のから揚げを喉に詰まらせたらしく、目を白黒させている。その背中を叩いてやりながら、少女の一人が問い返した。
「ちょ…マジですかリーダー?」
「冗談でしょう? いくらなんでも10人ってアンタ」
「冗談でンなコト言うか。まぁ、酔狂ではあるだろうが」
何を今更、といった感じで返す甘寧に、他の9人は目を見合わせた。はっきり言って無茶もいいところである。これでは、無駄に飛ばされに行くだけじゃないか…。
そんな部下達の感情を読み取った甘寧、傍らに置いた愛用の大木刀"覇海"を掴んで立ち上がり、それを少女達に突きつけて、怒色を露に言い放った。
「てめぇら、甘えたこと言ってんじゃねぇ! 大体お前等悔しくないのか!? 張遼の野郎に我が物顔でうち等の目の前に上等くれられてよ! 俺等"銀幡"のモットーは何だ!」
その言葉に少女達は目の色を変えた。
「…そうよ、リーダーの言う通りだわ」
「あんな上等かまされて、泣き寝入りはアタシ等の流儀じゃないね…!」
「目には目を、だな。よ〜し、一丁やってやろうじゃねぇか」
「それでこそ"銀幡"特隊だぜ…ん、承淵どうした?」
満足げに少女達を見回す甘寧、傍らに座らせていた丁奉がなにやら不安と期待に満ちた目でこちらを見ているのに気がついた。
「あたしも、あたしも連れてってくれるんですか!?」
「何言ってやがる、その為に呼んだんだぜ?」
その言葉に満面の笑みをこぼす妹分の頭を、甘寧は乱雑に撫でてやった。

613 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:21
「てめぇら、準備はいいな?」
「オッケー、何時でも往けるぜ、リーダー」
目印に羽飾りをつけた鉢巻を身に付けた、"銀幡"軍団は合肥棟入り口正面の草陰に潜んでいる。
「よし…先ずお前、ブレーカーの位置はわかっているな?」
「もちろん、任せといて下さいよ!」
「おう…行けっ!」
甘寧の指示を受け、少女は物影から物影へ駆けていく。
「よぉしお前ら、電源が落ちたら…解ってるな?」
少女達が頷く。
「…あと、承淵」
「! あ、はいっ、なんですか先輩っ」
唐突に名を呼ばれ、ちょっと面食らった丁奉に、甘寧はなにやら耳打ちする。その内容に、少女は目を丸くした。
「えええ! 本当にやるんですか!?」
「たりめーだ、戦利品も必要だからな。それを奪われたとあっちゃ、奴等の面目丸つぶれだぜ? 奴等の目は俺たちでひきつけるから安心しな」
暗がりだが、他の少女達も「任せろ」と言わんばかりに親指を立てているのが解る。丁奉も、俄然やる気になった。
「…解りました、必ず取って来ます!」
「よし、いい返事だぜ…ん!」
その瞬間、合肥棟は暗闇に包まれ、少女達の悲鳴が上がる。
「行くぜ野郎共、目に物みせてやれッ!」
甘寧以下、"銀幡"選りすぐりの猛者たちは、怒号とともに合肥棟へ突っ込んでいった。

「敵だ! 敵が侵入ーッ!」
瞬く間に合肥棟内は大混乱に陥った。日もどっぷり暮れた午後七時半、終了間際のロスタイムを狙っての奇襲はまんまと図にあたり、合肥棟守備軍は次々に同士討ちを開始する。
執務室の曹操も大慌てだった。
「もうっ、何だよいったい!? いきなり停電ってどーゆーことだよっ!」
「…多分…ブレーカーを落とされてる…」
「んなこたぁわかってるっつーの!」
傍らに立っていた司馬懿の呟きに、鋭くツッコミをいれる曹操。気にした風もなく、何かの気配を敏感に感じ取った司馬懿はぼそっと呟く。
「会長…誰か、来る」
「無視すんなー…って、えっ?」
曹操も気付いた。執務室の前に、人の気配を感じる。
「誰? そこに居るのッ!」
「…いよぅ会長サン、気分はどうだい?」
「!」
扉の前に居たのは言うまでもなく甘寧。曹操は怒気を露に、かつ静かな語調で言う。
「なめた真似してくれるじゃん…どうせ執務室(このなか)が手薄だってコト、知っててやってるんでしょ?」
「さぁ…どうだかねぇ?」
お互い暗闇の中で、しかも扉越しだったが、お互いどんな顔をしているのかはよく解っていた。
そのまま、どの位経っただろうか。その雰囲気に場違いなくらいの軽い足音と、明るい声が響く。
「せんぱ〜い、例のモノ、手に入りましたよ〜! あと、残ってるのあたし達だけです!」
「おしッ、良くやった! じゃあな会長サン、俺たちゃこれでずらからせてもらうぜ!」
「…! ちょっと、待ちなさいよぅ!」
慌てて執務室を飛び出す曹操。開け放たれた窓から階下を覗けば、其処には既に走り去る少女達の姿しか見えない。良く見ると、一人の少女が何かを手に持っている。街頭の下、その正体が見えると曹操は絶句した。
「…んな!」
「…蒼天生徒会の生徒会旗…」
その時、電源が復旧する。時計は既に八時を指していた…。

甘寧が10名で奇襲を敢行した翌日。
「ほい、コイツは戦利品ですぜ。承淵!」
「はいっ、こちらですっ!」
「わぁ…!」
合肥棟から奪われてきた生徒会旗を手渡され、満面の笑みを浮かべる孫権。それを見ると居並ぶ長湖部幹部、主将達も感嘆の声を挙げた。ただ一人、隅っこで面白くない顔をしている凌統以外はだが。
「すごいっ、すごいよ興覇さん!」
「こういうことやらせると、やっぱアンタは一流だねぇ…」
この間の溜飲はすっかり下がって上機嫌の孫権、その隣りにいた長湖部実働部隊総括の呂蒙も、呆れ半分にそう言った。
「しかし10人、誰一人として飛ばさずに戻ってくるなんてね」
「本当だよ〜、承淵まで連れ出してるとは思わなかったけど…」
「あったりまえですよ。暗がりを利用して押しかけるなら、少人数のほうが却って安全なんですよ。それにコイツにも、どんどん経験を積ませてやらなきゃいけねぇし」
甘寧はそう言って、傍らの少女の背を軽く叩いた。
「まぁ、そういう事解ってそうだったから止めなかったんだけどね。とはいえ、お見事だわ」
「いやぁ…」
呂蒙の言葉に、普段は不遜な甘寧も少し照れたようだった。
だが、沸き立つ長湖部幹部・主将陣の片隅、それを眺めながら凌統が悔しそうに歯軋りをしていたのを、甘寧と孫権は見逃さなかった。
(続く)

614 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:21
-銀幡流儀-
そのに 「混沌の中の純潔」

「…くっ!」
執務室から離れて一人、凌統は壁に拳を打ち付けた。
惨めだった。
蒼天生徒会が誇る"鬼姫"張遼が、その威名だけで戦場を引っ掻き回していたあの日。凌統はすべての部下を戦闘で失い、蒼天生徒会五主将の一角・楽進を破るもその階級章を手にしたわけでもない。
残ったのは、全治一ヶ月の大怪我で戦える状態にない自分自身と…尊敬する姉から課外活動の舞台を奪い去った怨敵・甘寧の功績に対する見苦しいまでの嫉妬心。
「ちくしょう…ちくしょぉぉッ!」
獣の如き雄叫び…いや、慟哭の叫び声とともに繰り出される拳が、壁に自身の血を染め付けていく。
それでも、彼女はその行為を止めようとしない。拳は既に血にまみれ、一振りするごとに鮮血が舞う。
不意に、その手が掴まれた。
「………止めとけ」
「…ッ!」
振り向くと、其処には甘寧が居た。
振り解こうとするが、怪我の為に身体に巧く力が入らない。もっとも、万全の状態でも凌統が甘寧の力でねじ伏せられた場合抜け出すことはほぼ不可能だった。
「離せッ!」
もう片方の拳で甘寧の顔を殴りつけようとするが、それもあっさり止められてしまう。
そんな凌統を見つめる甘寧の眼は、何時ものそれではなく…酷く、哀しい眼だった。
その眼が、まるで自分を哀れんでいるように思えた。
その眼差しに、心の中を満たした悔しさと嫉妬が、暴れ狂うのがわかった。
「ちくしょう…さぞかし気分がいいだろうな! あたしはこの有様で、貴様は立派に面目を躍如して見せた! どうせこの負け犬みたいなあたしを嘲笑いに来たんだろうが!」
甘寧は無言だ。普段なら嫌味のひとつでも返してきそうな彼女がそんな態度をみせているのが、激昂した凌統をさらに苛立たせていた。
「何とか云えよッ!」
「なぁ凌…いや、公績」
不意に、自分のことを字で呼ばれ、凌統は驚いた。
本名でなく、字で呼ぶのは一種の礼儀である。自分のことを煙たがっていると思っていた甘寧が、自分に対して礼儀を払ってくれたことが、凌統には意外なことだった。
「お前が俺の行動に対して何思おうが勝手だ。確かに何時も何時もお前が突っかかってくるのは面倒じゃあったが…本音、嬉しくもあった」
「…え?」
「知っての通り、俺は不良上がりのはみ出し者だ。チームの頃からの仲間ならともかく、どいつもこいつも俺のことを怖がりこそすれ、親しく付き合ってくれるヤツなんて殆ど居なかったし、俺が不良上がりってことで馬鹿にするヤツだっていた」
甘寧の眼差しは、変わらない。凌統も、こんな甘寧を見るのは初めてのことだ。
「俺も俺で、そうやって意味なく怖がったり馬鹿にしたりするヤツ…お前のことだってうぜぇと思ってたのは確かだよ。だがな、思い返してみれば、それでも俺をかまってくれたのは子明さんと子敬と承淵、あとはお前くらいだって、気づいたんだ」
そう言って、寂しそうに微笑んでみせる甘寧。何時しか、凌統の心を満たしていたはずの負の感情は消え失せ、その一言一言に聞き入っていた。
「公績…お前が俺のことを嫌いだというなら、それでも構わない。でも、お前にもしものことがあって、俺に突っかかってこれなくなったら…やっぱり寂しいんだ」
甘寧は掴んでいた凌統の両腕を解放する。凌統は、自身の血で濡れた拳を、所在無さ気に下ろした。
「…言いたい事は以上だ。その怪我、ちゃんと診て貰えよ。じゃな」
それだけ言うと、甘寧は羽飾りを翻し、その場を立ち去っていった。
凌統には、その背中が、何時もよりずっと弱々しいものに見えていた。
「…公績さん」
はっとして振り返ると、そこには孫権の姿があった。どうやら、孫権も凌統の様子にただならぬものを感じ取って後を追ってきたようだった。
「公績さんの気持ちも、よく解るよ…でもね、興覇さんの気持ちも、すこし考えてあげて…」
泣きそうな顔でそう告げる孫権に、凌統は俯いたまま、無言でその場を立ち去っていった。

あの後、凌統は部屋の中で、今日あったことをずっと思い返していた。
姉の仇。不倶戴天の敵。打ち倒すべき相手。今日、自暴自棄になっていた自分を止めてくれた甘寧は、それまで自分が抱いていたどんな甘寧のイメージにも当てはまらないものだった。
(あいつは…あたしのことを純粋に心配してくれていた)
一番遠いところに居たと思っていた存在が、実は一番近いところに居たことを知って、正直、凌統は戸惑っていた。包帯の巻かれた両拳を見つめると、甘寧と孫権の言葉が、頭の中で繰り返される。
-お前にもしものことがあって、俺に突っかかってこれなくなったら…やっぱり寂しいんだ-
-興覇さんの気持ちも、少し考えてあげて-
何時もなら、顔を思い浮かべるたびに不快感を覚えるというのに。
(あいつの力なら、何時でもあたし一人潰すくらいわけないのに…あいつが、あんなふうに考えてたなんて…なのに、あたしは…!)
初めて相対した舞台は、去年の年明けにあった長湖部体験入部。その大舞台で、"銀幡"の演舞に踊りこんだ自分が、衆人環視の前で敵対宣言したのが初め。それ以来、凌統は甘寧を敵視し、逆もまた然りだった…はずだった。
何時から、甘寧の中でそれが違ってきたんだろう。
自分は、変わることがなかったというのに…
(違う…あたしは、最初はそんなこと、思ってなかった)
(あたしは…彼女を…甘興覇を超えようと、そう思ったんじゃないか…)
凌統は、そんな自分の愚かしさに、ただ涙を流すのだった。

翌日。
「こぉの恥知らずの外道どもがぁぁ! あたし達の怒り、思い知れぇぇ!」
先鋒軍の先頭に、普段はバットを持つ手で竹刀をぶん回しながら、長湖部の軍勢に突っ込んでいくのは満寵。何時ものぽやんとした温和そのものの表情は何処にもなく、こめかみに青筋すら浮かばせ、憤怒を露に次々と長湖部員を薙ぎ払っていく。
「旗なんて飾りに過ぎねぇけどなぁぁ! ヤツらの奪ったのはあたし達の魂だぁぁ!」
「このあたしがついていながら! このザマは何事だぁぁ!」
その左翼から曹仁、右翼から夏候惇も怒号とともに突撃をかける。
蒼天会旗を奪われたことは、やはりというか、蒼天会の主将たちにも大きな衝撃を与えていた。もっとも彼女達の怒りは、「会旗を奪われた」と言うことではなく、むしろ「会旗の近くにいた曹操を危険に晒してしまった」ことによるものである。
更に言えば、曹操に危害らしい危害を与えず、自分達を小馬鹿にするかのような、そんな行為に対する怒りでもあった。
「あ〜むっかつく〜! 大体ブレーカー周りを無防備にさらしすぎだっつーの!」
蒼天会本陣・合肥棟の屋上で戦況を眺める曹操も、悔しそうに地団駄を踏んだ。後ろに侍した劉曄がぼんやりした表情で呟く。
「…今回の件が帰宅部連合へ知られれば、彼女達も何処かの局面で使ってくるかもしれません」
「解ってるわよそんなことっ。ねぇ子揚、何か対策とかできない?」
「前々から申し上げていると思いますが…やはり本来の電源とは別に存在する、各棟の予備電源の復旧作業を早めるべきでしょう」
「そ〜ね〜…」
曹操はふと、怪訝そうな表情で劉曄のほうを振り向いた。
「…ちょっと待て…何時言ったんだよ、そんなコト? てかそんなのあったの?」
「…………ごめんなさい、知ってると思ってました」
ぼんやりした顔のまま、劉曄は悪びれることなくさらっと言った。
実は蒼天学園の各学区には、棟ごとに緊急時の予備電源が存在するのだが…黄巾党蜂起のドサクサで学園全体にある八割以上の棟で予備電源が壊され、二年以上経った現在もそのままである。メイン電源の安全性が良過ぎる為にほとんど支障は出ず、それゆえに直されもせず放っておかれたのだ。
そんな説明を受けた曹操は、
「そんなの初めて聞いたよ…つーか何で誰もそんなこと言わなかったのよぅ?」
「さぁ…」
同じ表情のまま小首を傾げる劉曄に、曹操も呆れ顔になる。
「まぁいいや、知ったからにはどうにかしなきゃなんないわね。次の生徒会会議で優先事項として審議にかけないと…とりあえず勢力境界線にある合肥や襄陽、長安あたりのを速攻で直しておきたいわね〜」
なにやら懐からメモ帳を取り出し、メモをとりだした曹操の姿を見ながら、劉曄は相も変わらずぼんやりと突っ立っていた。

615 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:22
曹操と劉曄がなにやらやり取りしていた、同じ頃。
「ええ!? ちゃんと探したの!?」
「すいませんッ! あたし達がちょっと目を離した隙に…」
狼狽した表情で濡須棟執務室から飛び出した孫権。その後ろ、数人の少女達が後を追って出てくる。
「公績さん、絶対安静の大怪我なんだよ? …それに、武器だって壊れちゃったんでしょ?」
「え、ええ…確かに凌統先輩愛用の"波涛"は前の戦闘で壊れましたが…」
「…じ、実は凌操先輩の"怒涛"を持ち出したみたいで…」
「嘘ッ!?」
少女の言葉に、孫権は狼狽の表情を強める。
"波涛"とは、凌統の愛用していた両節棍(ヌンチャク)の名前で、先に凌統が楽進と戦った際、最後の一撃を繰り出した時に破壊されたモノだ。"怒涛"は凌統の姉・凌操が愛用していたもので、"波涛"よりも重く、棍の部分も長めなので、取りまわしが難しい。
凌統は、それゆえこれまでに参加した戦闘で一度も"怒涛"を使ったことがなかったのだ。
「無茶だよ! 普段だって使わなかったものなのに…」
「部長!」
正面から駆けて来たのは甘寧と、数人の"銀幡"の少女達だった。
「興覇さん! 公績さんが…!」
「解ってる、承淵のヤツが一度止めたらしいんだが…今あいつに後を追わせてる。俺もヤツを連れ戻しに出るが…」
どうやら甘寧も甘寧で、丁奉らに凌統の様子を見張らせていた様である。待機命令の出ている甘寧のことなので、恐らくここへは出撃許可を取りにきたというところであろう。
「御願い! 早く、早く連れ戻して!」
「承知ッ!」
言うが早いか、甘寧は窓を開け放つと、そこから一気に一階へと飛び降りた。

「はぁ…はぁ…」
戦場の一角、小さな林の中に、彼女はいた。
年季の入った大振りの両節棍をしっかりと掴んだ手の包帯は、紅い染みをつけている。
「やっぱり…まだあたしには早かった…かな?」
肩で息をしながら、自嘲気味に呟く。
顔は蒼白で、体中の包帯や湿布の存在が痛々しい。この満身創痍の状態のまま、凌統はこっそりと寮部屋を抜け出し、合肥と濡須の間にある戦場へと舞い戻ってきていた。
壊れた"波涛"の代わりに持ち出してきた"怒涛"の重さと長さは、傷ついた彼女の身体に予想以上の負担を強いていた。数人を薙ぎ払うだけで、かえって自分の体力を大きく奪われていったのだ。
「公績先輩っ!」
林の中に人影が飛び込んできて、凌統は弱った身体を叱咤して身構える。それが丁奉であることに気づくと、凌統は再び背後の木にもたれかかった。
「承淵か…」
「先輩、御願いですから戻ってくださいっ! 皆さん、先輩のこと心配してるんですよ! 部長だって…それに…興覇先輩だって!」
凌統の服に取りすがって、丁奉はなおも叫ぶ。
「先輩…先輩は御存知ないかもしれませんけど…興覇先輩、ずっと公績先輩のこと心配していて…今回、あえて出撃を辞退して待機しているのだって、公績先輩が戦えないって事を知ってたから…公績先輩と一緒に戦えないのが嫌だ、って言って…」
「解ってる…解ってるんだ、そんなコトは」
「…え」
丁奉はきょとんとした表情で、凌統を見た。
「つまらないことに固執して…あの人を…興覇のことを解ろうともしなかったのは、あたしのほうだったんだ…あたしは興覇を越えたい…そのために、この程度の怪我で寝てるワケにいかない…」
よろめきながら、凌統は再び立ち上がった。その表情からは、鬼気さえ漂い始めていた。
「…あたしの命に代えても…張遼を飛ばしてみせる!」
「いい心がけだ」
ふたりが振り向くと、そこにはひとりの少女が立っていた。
口元にはわずかに笑みがあるが、その瞳はあくまで冷たい。冷たいながらも、その瞳の奥には確かに憤怒の炎が燃え盛っているように思えた。
その正体に気づいた瞬間、丁奉の表情が恐怖に凍る。
(張遼さん! そんな…こんなところで…!)
ふたりはまるで金縛りにあったかのように、微動だにせずその少女−張遼を見つめていた。
「ここで討つのは惜しい気がするが、文謙を倒すほどの力量を持った貴様をただで帰すつもりはない…手負いといえど加減は無いぞ!」
突きつけた竹刀を八相に構えると、張遼の周囲の木々が、僅かに揺れて音を立てた。まるで、その鬼気から逃れるかのように。
「…願ってもない相手だ」
「先輩!?」
震える足を、よろめく身体になんとか気合を入れなおして、凌統は構えをとった。
「承淵…あんたは逃げろ。張遼の狙いもあたしだ。あんたには関係ない」
そんな凌統に触発されたのか、丁奉も持っていた木刀を正眼に構える。恐怖のためか顔は強張っているが、それでも何とか、腹を括って踏ん張ってみせた…そんな感じだ。
「先輩を、置いてはいけません…それが、あたしの役目ですから」
「バカっ! そんなことはどうだって…」
「それに、ふたりがかりでも…あたしも、挑戦してみたい」
「承淵…あんた」
「いい根性だ…張文遠、参る!」
一瞬笑みを浮かべた張遼の形相は、次の瞬間、鬼のそれに変わった。

「くそっ…あいつら、いったい何処まで行きやがったんだよ…!」
甘寧は数名の“銀幡”メンバーとともに戦場を駆けていた。その表情には焦りの色も見える。
「多分ですけど、あいつ蒼天会の本陣にでも向かってるかもしれませんよ? あいつがリーダーに対抗意識を燃やしてること考えれば…」
「ちっ…他の奴等ならいざ知らず、公績なら十分有り得る! だが、承淵のヤツが何処で食いついたかさえ解れば…」
そして、数分前まで凌統たちがいたあたりに辿り着く。
そこには凄まじい戦闘の跡があった。細い木は悉く折れ、太い木の幹にも何かで抉り取られたような痕が生々しく残っている。折れた木の様子から、そうたいした時間が経っていない事も読み取れた。
「な、何これ…!」
「いったい…ここで何が…」
その時、木々の折れる音が聞こえる。その中にはかすかに…。
「居た! あいつ等だ!」
「って、ちょっと待って、まさか戦ってるの…」
その相手を類推し、少女達の顔から笑みが消えた。
「は…ははは…マジか、オイ」
甘寧も流石に苦笑するしかない。手負いの凌統と、素質はあってもまだまだ発展途上の丁奉の二人が、どのくらいの時間かは知らないが、あの張遼を相手に戦っているらしいことなど、考えもつかないことだった。
「…どうします? 向こうもひとりだと思うんですが…」
「どうしますもこうしますもねぇだろ…俺が張遼を食い止めるから、おまえ等は公績と承淵を抱えて逃げろ、いいな?」
少女達は一度、互いの顔を見合わせて、頷いた。
傍らの少女から愛用の大木刀“覇海”を受け取り、一振りする甘寧。
「いくぞおまえ等! 目的履き違えるなよ!」
「応ッ!」
甘寧が林の奥へと飛び込むとともに、少女達も次々と藪の中へ突っ込んでいった。

何度目だろうか。
張遼の鋭い一撃が、一瞬前まで自分の頭があったあたりを掠め、大木の幹に痕をつける。エモノが竹刀であるにもかかわらず、「学園最強剣士」の名をほしいままにする張遼が繰り出す一撃は、まるで鋼鉄の棒で殴りつけたような衝撃を生むものらしい。
ふたりは、その恐怖の一撃をカンと偶然だけでかわしていた。林という地の利が無ければ、恐らく一番最初に放ってきた一撃だけでふたりは飛ばされていたかもしれない。凌統も丁奉も、相手の力量と自分達の力量の差を読み違えていた愚を悟り、何時しか逃げることに専念していた。
走っているうち、不意に目の前が開けた。合肥棟の裏山、その反対側であるのだが、凌統たちにはそんなコトは解るはずも無い。しかし、自分達が絶体絶命の窮地に追い込まれたことは理解できた。
「…鬼ごっこは終わりだ。ここなら、遮るものは何も無いぞ」
振り返った先に姿をあらわした張遼は、まったく息を切らしている様子は無い。満身創痍の凌統は言わずもがな、その凌統を庇いつつ逃げてきた丁奉も完全に息が上がっている。
「覚悟しろ…貴様等の健闘に免じて、痛いと思う前に意識を飛ばしてやる」
踏み込みとともに剣閃が飛んでくるのが見えた。
ふたりは無意識のうちに、互いを庇いあうようにして目を閉じた。
(続く)

616 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:23
-銀幡流儀-
そのさん 「果てしない青空に誓う」

まるで雷鳴のような音がした。
しかし、痛みのようなものは何処にもない。目を開けたふたりが見たのは、鮮やかな一対の羽飾り。
「…間一髪、だな」
「興覇先輩!」
甘寧は振り向いてふたりの無事な姿を確認し、口元を緩めた。次の瞬間、猛獣のような咆哮とともに、力任せに張遼の身体を後方へ突き飛ばした。
「…ぐ…!」
不意を突かれた張遼は大きく間合いを離されたが、それでも難なく踏ん張ってみせていた。
間髪いれず、茂みの中から飛び出してきた"銀幡"の少女達が、凌統と丁奉のふたりを護るように集まってきた。
「よし、そのまま行けッ!」
「おのれッ…!」
甘寧の合図とともに少女達が凌統と丁奉を抱えて逃げ出すのと、体制を立て直した張遼が再び踏み込んできたのはほぼ同時だった。
甘寧はその前に立ち塞がるように滑り込むと、再び覇海を縦に構えてその剣を受け止めた。
「そうはいかねぇぜ大将、ここからは俺様が相手だ」
「ふ…そう言えば貴様にも、蒼天会旗奪取の屈辱の件で、叩きのめす理由があったな…甘寧!」
「報恩と報復、それが俺達"銀幡"のモットーだ…てめぇがかましてくれた上等の礼、気にいったか?」
「ほざいてくれる…」
膂力は互角。少女同士の立ち合いとは思えない鍔迫り合いは、張遼が不意に力を緩めて後方へ飛びのいたことで均衡が崩れた。
「…!?」
勢い余ってバランスを失った甘寧。
その隙を逃すことなく、張遼は踏み込みと同時に袈裟懸けの一撃を繰り出してきた。
茂みの中でその様子を見た丁奉が堪らずに叫んだ。
「先輩!」
「ちっ…甘ぇんだよ!」
驚異的なバランス感覚で踏み止まった甘寧は辛うじてその一撃を払い返した。
しかし張遼は怯むことなく、その刹那の間に剣を柳生天に構え直す。
(!)
甘寧の背筋に一瞬、悪寒が走った。
先に放った"仏捨刀"はオトリ。本命は、この構えから繰り出される"逆風の太刀"。
「これで、終わりだッ!」
火の点くような速度と勢いで、逆風に切り上げられた竹刀の一撃が、甘寧のがら空きになった左脇腹へと吸い込まれていった。

かしゃん、と音をたてて、グラスが床で砕けた。
「わ! 仲謀様っ、大丈夫ですか!?」
「あ…う、ううん」
谷利が慌てて箒と塵取りを持ってきて、破片を手際よく片付ける。
「ダメですよぼーっとして…仲謀様、どうかなさったんですか? 顔色、良くないです」
孫権のただならぬ様子に気づいた谷利が、心配そうに主の顔を覗き込む。
「あ、えと…大丈夫だよ…ごめんね阿利」
「…そうです、大丈夫ですよ…興覇さんだったら、きっと巧くやってくださいますよ」
あわてて取り繕ってみせる孫権の心中を悟ったのか、谷利はそう言って元気付けようとする。
「うん…」
しかし、孫権の胸騒ぎは収まる気配を見せようとしない。
窓の外を眺める孫権の表情は、今にも泣き出しそうなくらい、不安に満ちていた。

ふたりは技の極まった体制で、ピクリとも動かない。
少女達も茂みの中で立ち止まり、その光景に釘付けにされている。
「…捕まえたぜ」
「な…!」
見れば、甘寧は技を極められた状態で、脇腹と肘で竹刀を受け止めている。
甘寧は技の極まる一瞬、僅かに前へ踏み込んで、鍔元を受けたことでダメージを減殺したのだ。
「今度は、こっちの番だ…喰らえッ!」
甘寧は張遼が見せた隙を逃さず、その肩口を掴んで思いっきり頭突きを食らわせた。
「ぐあ…!」
直接、脳へダイレクトに伝わった強烈な衝撃に、さしもの張遼も大きく体制を崩した。
軽い脳震盪を起こした彼女の膝が地に付く。
「よし、今のうちにずらかるぞ!」
「くっ…待てッ!」
「待てと言われて待つバカはいねぇよ! あばよ、張遼!」
甘寧が茂みに飛び込み、少女達とともに逃げ去るのを、張遼はただ眺めていることしか出来なかった。

それから数刻、凌統と丁奉の救出に成功した甘寧ら"銀幡"軍団は、引き上げにかかっていた周泰の軍団と合流し、誰一人欠けることなく濡須棟へ帰還してきた。その際、甘寧は帰路に立ちふさがった蒼天会の一軍を散々なまでに討ち散らし、その将と思しき少女を負傷させるという活躍を見せた。
その討ち漏らした少女が何者だったかなどと言うことは、甘寧以下誰も知ることはなかった。ただこの日の一戦で、蒼天会でも夙に名の知られた良将・李典が帰還中の長湖部軍と遭遇し、それとの戦闘によって受けた怪我が元で引退を余儀なくされたという記録が残っている。
この二つの記録に整合性があるのか否か、はっきりはしていない…何しろ、その記録もいわゆる風説の類であり、その根拠として信用できる史料がないのだから。

617 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:23
「公績さんッ!」
抱えられていた凌統の姿を認めると、棟の昇降口で待っていたらしい孫権が泣き顔で駆け寄り、その傷ついた身体を抱き寄せた。
「ばかばかっ! なんでこんな無茶なことしたんだよっ! どれだけ、どれだけ心配したと思ってるんだよっ…!」
「…すいません、部長」
その様子を見ていた甘寧が呟いた。
「部長…差し出がましいことかも知れねぇけど、公績の気持ちも酌んでやってください。コイツはコイツなりに、必死に考えた末の事だと思いますから」
そして、しゃがみこんで凌統の肩を叩く。
「無茶をやらかすのは結構だが、せめて怪我してるときくらいは大人しくしてな。お前が万全なら、張遼のタコに負ける要素なんて何処にもねぇんだからな?」
「…うん。た…助けてくれて、ありがと…先輩」
恥ずかしそうに俯いて、呟くように言う凌統に、甘寧は苦笑した。
「ああ…でも先輩は止せ、そんなの承淵だけでたくさんだ」
「…わかったよ、興覇」
そうやって笑いあう二人には、もうこれまでのようなわだかまりはすっかり消え去っていた。
だが、異変が起きたのはそのときだった。
「っと、これで…俺様の……仕事、は…」
立ち上がろうとした甘寧の体が、突如力を失ったようによろめく。
動かない世界の中で、まるでスローモーションを見ているかのように、その体が大地に倒れた。
「興覇さんッ!?」
「先輩!?」
一瞬置いて、孫権と丁奉の悲鳴が上がる。
慌てて身体を抱き起こす少女達。
「ちょっと、リーダー! しっかりしてくださいっ!」
「先輩っ! 先輩っ!」
「ちぃっ、救急車だッ…誰か救急車呼んで来いッ!」
その騒ぎに、帰還してきた呂蒙、潘璋、徐盛も慌てて駆け寄ってきた。
「そんな……」
その光景を眺めていた凌統は、呆然と呟いた。

それから一週間の時が過ぎた。
合肥・濡須の攻防戦は、秋口からの風邪の流行のせいもあり、合肥棟と濡須棟の中間点を長湖部・蒼天生徒会双方の勢力境界線とすることで和議が成立し、束の間の平和が訪れた。
凌統の怪我も、彼女の強い自己治癒力のせいもあってかほぼ平癒し、日常生活には殆ど支障がなくなっていた。
しかし、甘寧の容態は予想以上に深刻で、未だに揚州学区の総合病院の集中治療室にいるらしい。
総大将不在という事もあり、丁奉を含めた"銀幡"軍団は臨時に潘璋預かりになった。
濡須棟の屋上で、孫権と凌統は互いに顔を合わせることなく、戦場となった大地を見下ろしていた。
「…肋骨を2本、折ってたんだって。内臓も少し傷つけてるって…全治六ヶ月って、お医者様は言ってた」
「そうですか…」
凌統には、その原因はわかっていた。
(もし、あれを受けたのがあたしなら…今頃は土の下か)
凌統は、甘寧が張遼の逆風の太刀を受けたシーンを思い返していた。
やはり、いくら技の威力を減殺したとはいえ、受けた場所が悪かったのだ。
それでも、やはり甘寧だったからこそ、こうして生き延びることが出来たのだろう。
「あたしは…あいつが、興覇がいなければ、今此処に居られなかったんですね」
「え?」
自嘲気味に呟く凌統に、初めて孫権は振り返った。
「もしかしたら、あたしがそれと気づいていないだけで…もっと何回も、興覇に助けられていたような、そんな気がします」
「…うん」
「あたしがもっと素直に彼女のことを理解することができていれば、こんな気持ちになる事だって…」
「公績さん…」
凌統の目から涙が溢れ、俯いたその頬を流れ落ちる。
「…まだ、決着だって…つけてないのに…」
「縁起でもない事言わないでくださいッ!」
その時、屋上のドアを勢いよく跳ね飛ばし、丁奉がそこから踊り出た。
「興覇先輩はあんな程度でまいるほどヤワな人じゃないです! そんな言い方、先輩に失礼ですよっ!」
そう言って、ぷーっと膨れてみせる。
呆気にとられた孫権と凌統だったが、そんな丁奉の様子がおかしかったのか、つい噴き出してしまった。
「う、うん、そうだよ。承淵の言う通りだよ」
「…そうだな…こんな程度でどうにかなるようなヤツじゃないよな、興覇は」
「そうですよ」
ふたりが笑顔に戻ったことを確認し、丁奉も少し笑った。
「そうそう、今日ようやく…先輩と面会ができるようになったんです」
「本当!?」
「ええ…そんな長い時間は無理だったんですけど…それで公績先輩に、届け物を預かってきたんです」
そうして差し出されたのは、一通の手紙だった。
凌統がそれを開くと、そこには、
-じきにこんなトコ抜け出て来てやるから、そうしたらお前との勝負、受けてやるから覚悟しとけ!-
そう簡潔に、勢いの良い字で書かれている。
「有難いこった…今からちゃんと技を磨いて、今度こそあっと言わせてみせるさ…」
どこか吹っ切れたように、凌統は手紙を握り締め、何処までも蒼く広がる空を見上げる。
その先で、苦笑する甘寧の顔が見えたように、彼女には思えていた。

余談になるが、公式記録では、この戦いののちにあった荊州攻略戦の参加主将の中に、甘寧の名を見ることはない。甘寧の武を誰よりも評価し、彼女を活かしてきた呂蒙が指揮していたハズのこの戦いにおいて、その名が見られないのは不思議である。
そのため、合肥・濡須攻防戦において華々しい戦績を挙げた甘寧は、その理由も定かならぬまま突如引退したとも囁かれたが…ある記録によれば、長湖部存続の危機とも言われた夷陵回廊戦の前哨戦にて、病に冒された身で出陣し、激戦の中で散ったとも伝えられている…。
(終わり)

618 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:42
なんだかSSを持ってくるのがえらい久方ぶりになってしまいました…ってなわけで、海月です。
まぁ、一話ずつ上がり次第持ってくれば良いような気もしましたけど、そうすると、多分完成しないような気がしたんで…所詮、人間失格ですので_| ̄|○

前々から甘&凌の和解話を書こう書こうと思ってたんですが、なかなか構想がまとまらなくて(楽進も別件で飛ばされてしまいましたし;w)最終的にこの形になるまで随分かかりました。
甘寧の百人夜襲(ここでは十人ですが)もセットで。あと、「玉屋歴史館」(玉川様のページのコーナーですな)に取り上げられていた甘寧の最期に関する記事も取り入れてみたり。

でも出来上がってみると、拙作「風を継ぐ者」の冒頭展開につながってるようで居て、微妙につながってないような。
毎度の如く歴史考証もさっぱりだし…相変わらず承淵嬢ちゃんの出番むだに多いし…むぅぅ…いずれ書き直すかなぁ。

619 名前:岡本:2005/03/17(木) 15:49
海月様
>久方ぶりのSS
私から見れば驚異的なハイペースですが。お話としては、甘寧&凌統の魏呉激突
前後の諍いと和解ですね。凌統の無双W登場もあって学三の気運を高めるには
効果的な話題ですね。

>楽進
個々人によって解釈や膨らませ方は違いますので、無理に先人の作品に
こだわる必要はないと思いますよ。納得できない解釈がなされている作品例
も多々ありますし。異説によると...が蔓延しているのが学三ですから。
>丁奉の出番
呉の趨勢を長年見ていた人物としてはむしろ最適では。
そういえば蜀では廖化がいましたが、魏には該当する人物がいましたっけ?
私も関羽に比重が恐ろしく偏っていて、なんとか釣り合いをとらねばと
考えています。
気にされていると思われる、”贔屓がすぎて読者にひかれるのでは?”という
事に関しては、各筆者の常識と良識に任せるとしか申し上げれられません。

>痛い三国迷のコメント
私個人として、(張遼を持ち上げるためだけに)
逍遥津で凌統が楽進を倒したのと甘寧が李典を倒した設定は
蒼天航路の数あるミスでも容認できないものです。
魏書を読めば、李典や楽進は凌統や甘寧程度で釣り合う相手ではないと分かります。
(甘寧に関しては、限られた条件内では戦術能力で五覇に匹敵しえますが、将としてのトータルで
考えると大きく劣ると考えています。)
そもそも、水戦ならいざ知らず、陸戦で呉が魏と互角に戦えるはずがありませんから。
逆も真なりですが。合肥・濡須を巡る戦いでは双方共に強化された防御線と兵科特性の相性の
悪さで決め手に欠いていたのが実状ではないかと。
大体、キャラ数を三国でそろえるためだけに、どう考えても”三国無双”にはほどとおい連中の
比率が呉では魏・蜀よりも圧倒的に高いです。
もちろん、呉で上から拾っていけば凌統は無視できる存在ではありません。

620 名前:海月 亮:2005/03/17(木) 18:47
>異説
そいつを言われてしまうと…
ただ、楽進vs凌統の展開は活かしたうえで話を書きたかったってだけでして。
満寵達がキレて突っ込んでいくのも、何気に「蒼天航路」のオマージュですからね。

>「蒼天航路」逍遥津
仰られる事、確かに一理あると思います。
将器そのものに釣り合いが取れているかどうかの解釈は、人それぞれではないかとは思いますが、少なくとも張遼、李典、楽進の三人に関しては、そこまで差があるのかとは思いますし。
というより、むしろ「張遼がそこまで抜きん出ていたのか?」というところでしょうか。
甘寧の百人夜襲もですが、騎馬八百で孫権の本陣を急襲した件のインパクトが強すぎるせいもあるかと。
結局、目立ったもの勝ちなんですかね?

621 名前:北畠蒼陽:2005/03/17(木) 20:38
>海月 亮様
まずはわけのわからん名前でメールを出してしまったことに10万の謝罪を……
いや、あれ、私がネットゲームで使ってるキャラの名前なもので^^;

んで感想ですけどまぁ、私はシーンが最初に頭の中に思い浮かんでそのシーンを描くためにストーリーを作っていく、っていう邪道1207%(約12倍の邪道)な人間なんで
『あ、このシーンいいな!』とかそういうこと思いながら読んでました!
えぇ、孫権のばかばかっ!とか、ばかばかっ!とか、ばかばかっ!とか。

まぁ、全部の作品の設定をすべて包括しつつ描ければそれがベストなんでしょうけど、そげなこと難しいけぇ(方言)逆に学三、という世界の設定に幅が出て面白いんじゃないでしょうかね。
『この人はこう書いたけど自分はこう書くよー!』みたいな感じでしょうか。

そうでも思わなきゃ自分は……自分は……(ノ_・。

>今週の蒼天航路を読んでのご感想
……牛金の話を書いた直後に……_| ̄|○
近所のコンビニまで旅に出ます。探さないでください。

622 名前:岡本:2005/03/17(木) 22:06
>結局目立った者勝ち?
大抵の人が三国志に足を踏み入れる原因が三国志演義であり横光であり人形劇
であったり三国無双であったりするわけです。客引きができないとお話にならないわけです。
目立った活躍をした人物に光があたり、さらにファンが煽って尾ひれをつけて
新たなファンを生むという構造上、目だった活躍をする人間のファンが持ち上げられる傾向
にあるのは必然でしょう。
受け入れられる裾野を広げる意味では当然の流れでしょうね。

ただ、よりこの時代に興味を持つと単なる荒唐無稽な英雄譚に飽き足らなくなって
実状はどうであったのか個人的に調べるようになり、新たな見方を見つけていくのだと思います。
三国迷の誕生ですね。そしてマイナーといわれる人物に目をむけ、彼らも決して
メジャーな人物に引けをとるわけではないと見るようになるわけです。
学三で、”演義でメジャーな人物の登場が遅れる”というのもその例です。

ですが、最初っからそういう人物を好む傾向が現れるのは不気味でもありますよ。
例えば張遼の活躍する合肥戦役以前にも2,3回、孫権の10万の軍による襲来を合肥城は撃退
しています。これらの戦いには張遼は全く関係有りません。殊勲甲は揚州をにらむ上で合肥の重要性に
着目し廃城と化していた合肥城を整備して周辺の豪族を慰撫した劉馥です。
彼のような有能な人物が多数いたことが曹魏の強さの一つですね。
こういった人物の存在に気づくことで、張遼がいたから(もちろん、彼の果した役割も大きいですが)
合肥戦役で孫権を撃退できたわけではないと理解を深めていくことができるわけです。

けれども、蒼天航路で劉馥ファンになったならいざ知らず、最初から
「劉馥サイコー」といっている三国志ファンがいたらかなり怖いですよ。

623 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:35
-どおきのきづな-

……同級生は仲がいいものだ、とか世間では思われているようだ。
……確かに私にだって仲がいい人がいないわけじゃない。
……でも、なぁ、とか思う。

「んあ?」
……本当に同年代ってのは仲がいいものなんだろうか、そういったことを尋ねたとき彼女の第一声がそれだった。
……私の同級生といえば彼女……寮でも同室の王昶……文舒のほかに諸葛誕、胡遵、昜、司馬姉妹。それから今、眼前の寿春棟に自分の妹、カン丘秀とともに立てこもる彼女、カン丘倹……
……別働隊を率いている文欽、といったところだろう。
……彼女は叛乱を起こし、私たちはそれを鎮圧に来ていた。
……彼女がなぜ叛乱を起こしたか、ということはわからなくもないつもりだ。
……年下ながらひときわ強い光を放つ夏侯玄に魅せられながら、同じく彼女の未来に夢を見ていた李豊が司馬師を失脚させ、夏侯玄をトップに据えよう、などと考えたことから夏侯玄もトばされ……
……カン丘倹は夢を失った。
……今、カン丘倹には司馬師に復讐することしか考えてないんだろうなぁ、と思う。
……でも私には特にそれ以外の感慨も沸いてこない。
……しょせんヒトゴトなんだろうな、と思う。
……そんな関係の同級生が仲がいい、とかいわれてもぴんと来ないのである。
……文舒にそう言うと……
「伯輿ってば難しいこと考えてんね」
……んっと、あなたは考えないの? あっそう……

……私は王基、あだ名は伯輿。
……荊州校区総代として王昶と一緒に長湖部を攻めたりしている。
……自画自賛だけど文舒とのコンビプレーだったらそうそう負ける気はしない。
……今回もそれを買われてカン丘倹の反乱鎮圧に送り込まれた、わけだ。

……客観的に見てカン丘倹の叛乱は成功することはないだろう。
……司馬師を筆頭に文舒、昜、諸葛誕、胡遵……そして私。
……同年代のほとんどを敵に回したこの戦いで勝機など万に3つしかありはしない。
……1つ、戦いの長期化とこの叛乱に呼応する長湖部の援軍。
……2つ、戦いの長期化と病気なのに強行してこの戦いに参加している司馬師の病状悪化。
……3つ、カン丘倹と一緒に叛乱を起こした文欽は寿春棟から出ているので、その別働隊としての動き。
……まぁ、そういったことに気をつけていればほぼ負けはありえない。
……だから逆にかわいそうなんだよね、カン丘倹。
……滅びの美学、ってのは私も持ち合わせてるつもりだから。

624 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:35
「戦場で余計なこと考えてるとトばされるよ、伯輿。今は同級生がどう、って話じゃない。私たちが戦ってるのは同級生、カン丘倹じゃない。ただの敵」
……文舒に叱られた。
……反省。確かに王昶の言うとおり。迷いは戦いのあとに置いておくものだ。
……
……? 文舒?
「ん? なに?」
……その拡声器はなに?
「いや、これで投降促すの。戦いがなければそれに越したことはないしね」
……戦いがなければそれに越したことはない、という彼女の言葉は正論だ。
……でも、なぜか私は言い知れない不安を感じた。

「あー、あー……カン丘倹のとこのみなさ〜ん。毎度おなじみの生徒会ですー。あんたがたは完全に包囲されてまーす!」
……拡声器を通して文舒の声が響き渡る。
「みなさんが叛乱起こしてー、故郷のお母さん、泣いてるんじゃないかなぁ! きっとお母さん、涙流しながらこう言うんじゃないかなー? 『人生に絶対はない。でも人に迷惑かけたらあかん』……お母さんそう言ってあんたがたのことを育ててきたんじゃないかー!?」
……不安的中。文舒は説得に向いてない。それも致命的に。
……しかもなんでお母さん、関西弁?
「うぅ……お母さん!」
「まてまて、秀! あれは敵の誘降の策略だ!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……あれでなんで泣けるか。
「危ない危ない! 敵の策略に引っかかるところだった!」
……危なかったのか。

「私は生徒会の胡遵です! みなさんを説得しにやってきました!」
文舒の次に拡声器を持ったのは胡遵だった。堂々としてる、声だけは。
「みなさんの叛乱に一般学生は迷惑を被っています! 一般学生にこれ以上の圧力をかけないためにも矛を収めてもらえないでしょうか!」
言うことは立派だ、言うことは。
「うぅ……ごめんよ、一般学生!」
「まてまて、秀! そういったこと前もってわかってただろうが!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……面白いなぁ、棟内。
「このようなあなたがたの暴虐に対し……」
「うるさいぞ! 地味っ子、胡遵!」
……あ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! 地味なんて酷いーッ!」
胡遵は拡声器を捨てて泣きながら走っていった。
「ウィークポイントをついた一言。敵ながら見事だね」
……うん、お見事。
……いつの間にか役目を終えて私の隣に来ていた文舒に私も深く頷いた。
……文舒がやけにすっきりした顔をしていたのが気になった。そんなにお母さん話をできて満足なんだろうか。

625 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:36
「カン丘倹! なんで私に相談してくれなかったの!?」
……次に拡声器を持ったのは諸葛誕。
……うん、それだったら期待できそう。
「私に相談してくれればもっといい方法だって思いつくことが出来たのに! ……文欽ね!? 文欽でしょ!? あの女狐がカン丘倹をそそのかしたんでしょ! 文欽めー! 曹爽とかと同系列のくせにー! 死んじゃえー!」
……うーわ。まともだと思った私が早計だった。
「うぅ……そうだ、文欽が悪い!」
「まてまて、秀! あれ、もう説得になってないから!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……よくいえば感受性が強い、とかそういう感じなんだろうな。
「危ない危ない! 敵の策略に引っかかるところだった!」
……カン丘倹、大変だなぁ。

「えっと、あの……う、あ……えー、えっと……そ、その……あの……えっと、えー……あー、その……うん、あの……」
……次に拡声器を持ったのは……昜。
……ここでようやく私は気づいた。
……やばい、司馬師面白がってる。
「えっと……あの、えっと……み、みなさん……だから、その、あー……うん、と……あの、だから……えー、や、やめたほうがいいと思います、けど……えっと、な、なんでかっていうと、あ、あの、つまり……えっと……あの、や、やめたほうがいいと思います」
……どもるにも程があるだろう。
「うぅ……どもってるよぅ!」
「まてまて、秀! いや、だからなんでそうなるんだよ!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……カン丘倹のことを思うと涙が出てくる。
「危ない危ない! 敵の策略に引っかかるところだった!」
……かわいそうなカン丘倹。

……私は司馬師のところにいこうとしていた。
……こんな説得ショーで時間つぶすより、今は速攻で片付けるべきだと思ったからだ。
……司馬師は、いた。そしてサイコロを振っていた。
「あ、王基、ちょうどよかった。今、2が出たから次、貴女が説得してきて」
……サイコロで決めてたのか。
「ね? 説得任せたから」
……私、口下手だから。
「あらそう、残念……んじゃショータイムも終わりってことでそろそろ動きますか」
……了解。その言葉を最初から聞きたかったけどね。

「イッツァショーターイム♪」
……嬉しそうに司馬師は叫んだ。

626 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:42
学園モノなんだから同級生モノってことでやっちゃいました……_| ̄|○
まぁ、王昶&王基がこの中じゃ一番仲いいんでしょうけどね。

ちなみにツッコまれる前に補足。
カン丘倹が立てこもってたのは寿春じゃないですね。
まぁ、学園における『棟』って単語をどこまで使っていいかわかんなかったのでこうなりました。
これは私の設定知識の不足ってことで反省してきます。
反省して三国志大戦してきますひゃっほう。

627 名前:海月 亮:2005/03/18(金) 18:16
自作品について、泣き言をひとつ。
結局のところ、初心者スレで呉派を宣言して入って来た以上、どうしても作品の方向性が呉に偏らざるを得ないのですよ、ワタクシ。
ただ、それだけですから。ええ。

でも次はそろそろ、蒼天会で何か書きたい気分…陳矯か、陳泰&昜あたりで。

北畠様へ。
>メール
つかこちらこそ、返信が随分遅れて面目次第も(以下略
もしかしたら、おいらのは宛名が本名になってる可能性が(オイ
>孫権たん
海月のなかでは大体、(シラフのときは)あんなイメージなんですよ。
あれが二宮の変の頃になるとどうコワれていくか、想像するだけでも萌えると思いませんか?
>毋丘倹と毋丘秀
仲恭ねーさん哀れすぎ…。
個人的には泣きながら走り去る胡遵がツボです。なんか、絵ぇ描けそうなくらいはっきり想像できました(w
あと、どもり昜と暴走諸葛誕もいい味出てますなぁ〜。

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