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■ ★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★

1 名前:★ぐっこ:2002/02/07(木) 00:41
はい。こんなの作っちゃいます。
要するに、正式なストーリーとして投稿するほどの長さでない、
小ネタ、ショートストーリー投稿スレッドです。(長文も構わないですが)
常連様、一見様問わず、ココにありったけの妄想をぶち込むべし!
投降原則として、

1.なるべく設定に沿ってくれたら嬉しいな。
2.該当キャラの過去ログ一応見て頂いたら幸せです。
3.isweb規約を踏み外さないでください…。
4.愛を込めて萌えちゃってください。
5.空気を読む…。

とりあえず、こんな具合でしょうか〜。
基本、読み切り1作品。なるべく引きは避けましょう。
だいたい50行を越すと自動省略表示になりますが、
容量自体はたしか一回10キロくらいまでオッケーのはず。
(※軽く100行ぶんくらい…(;^_^A)、安心して投稿を。
省略表示がダウトな方は、何回かに分けて投稿してください。
飛び入り思いつき一発ネタ等も大歓迎。

あと、援護挿絵職人募集(;^_^A  旧掲示板を仮アプロダにしますので、↓
http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi target=_blank>http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi
にアップして、画像URLを直接貼ってくださいませ〜。
作品に対する感想等もこのスレ内でオッケーですが、なるべくsage進行で
お願いいたします。

ではお約束ですが、またーりモードでゆきましょう!

583 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:40
-Sakura-
第6話:雨情枝垂

「はぁ?」
人を小ばかにしたような表情と態度に曹騰の怒りが急速にたまっていく。
江京……
蒼天会秘書室長。
良識人であり、学園の総鎮守たる搴Mが現役だったころにはカムロも常識人、と呼べる人間ばかりが登用され、江京は歯牙にもかけられないような小物であったが今では……
その蒼天会秘書室長が……
なぜこいつがこんなところにいるのか。
病気療養のために引退した……そのはずの安サマの病院の前にこいつがいるのか。
あまつさえ……
「安サマがあんたがたのような下賎の人間にお会いになるわけがないでしょう?」
……きれそうになる。
一歩前に出……ようとして劉保に袖口をつかまれて止められた。
「季興さん、だめです」
ちょっと涙目。出ていけない。
「あらあら。負け犬同士、仲のよろしいこと」
おほほ、と笑う。
似合ってない。
というかむかつく。
「あんたになんでそこまで言われなきゃいかんのか理解しかねるとこはあるけど、それはともかくなんであんたに一個人の見舞いの面会の可否まで許可を取らなきゃいけないんだ」
曹騰は額に青筋を浮かべながら精一杯丁寧な言葉で言う。
言い方は丁寧ではないが、普通だったら怒鳴り散らしてる。
そういう意味では十分丁寧。
「はッ」
しかし曹騰の内心の葛藤もむなしく江京は鼻で笑う。
「バカじゃない? 今の私は秘書室長様なわけ。つまりあんたがたのようなゴクツブシよりもはるかに偉いわけ。もう雲泥なわけ」
『雲泥』を『ウンディー』と発音するところがまたむかつく。
「あんたがたのようなザコと話してたら気品が腐るわ」
おほほ、と笑う。
それにこいつに気品なんてない。
断じてない。
「だめです、季興さん。いけません」
肩口で劉保の声がする。
どうやらそうとう力が入っていたらしい……
劉保のほうがもっと怒っていいはずなのに……
「そうそう、済陰の君閣下。そうやって権力者におもねっておけばいずれは中央に戻ることができるかもしれませんよ……気が向けばねぇ」
ふん、と笑う。
むかついた。

584 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:41
「ごめんかった!」
結局、安サマには一目も会えず……
そして意気消沈して帰ろうとする2人の足を止めたのはそんな明らかに間違っている日本語だった。
孫程……
「そっか。あんた、秘書室に残ってたんだっけ……」
曹騰は劉保と一緒に野に下った。
孫程は秘書室に残った。
野に下ったほうが精神的には楽だったろうな……
心労だろうか。少しやせ……
やせ……
やせ……
「あんまりやせてないね」
「まぁ、食べるもんは食べてるからね」
これ以上やせたら困る、とでも言いたげに孫程は苦笑する。そりゃそうだ。
「まぁ、それはともかく……」
孫程は済陰の君……劉保に向き直る。
「本当にごめんでした」
深々と頭を下げる。
こんな場面、他のやつらに見つかったらまた大問題であろう。
「あの、頭を上げてください」
「日本語間違ってるから」
曹騰と劉保は苦笑を浮かべながら同時に発言する。発言の方向性はまったく違うが。
「いや、なんつか……秘書室に愛想が尽きそうです」
悔しそうな顔になって言う。
良識人は中にもいたか、よかったよかった……というのは曹騰たちの側から見た感想であり、実際に内部の腐敗していく様子をまざまざと見せ付けられる孫程にしてみればこれ以上に悔しいものはないだろう。
「まぁまぁ……」
なだめてみる。
なだめてはみるがさっきの江京を思い出し……あれと一緒にいて自分だったら『まぁまぁ』程度じゃ落ち着かないなぁ、と思ってやめた。
「とにかく!」
孫程は急に頭を上げた。
なだめていた曹騰のあごに孫程の後頭部がジャストヒットした。
「お、ぉぉぉ……」
「く、くぁぁ……」
2人とも患部を抑えて倒れこむ。
これは痛いですよ、実際。
「きゅ、急に立ち上がらないでよ! 私のあごがバカになったらどうするの!」
「わ、私が悪いのぉ!?」
「そりゃそうよ! あごがだめになったらガラスのあごなんていわれて世界が狙えなくなっちゃうじゃない!」
なんの世界だ。
「そ、そうか。ごめん」
納得したらしい。
それを見て……
「……くす」
劉保の張り詰めていたものが緩んだ。
今日、初めて口からこぼれた笑みだった。

585 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:41
劉保と初めて会ったのが4月……
……そして劉保が次期生徒会長でなくなったのが4月の終わり。
5月終わりには安サマがリタイアし……
「……」
曹騰は窓の外の雨を眺めていた。
手に持っているのは蒼天通信。
世界は移り変わっていく……
自分たちを置いていくように……

新しい蒼天会長に抜擢されたのはわずか初等部2年の少サマである。
このあまりにも年若い蒼天会長が治世を取り仕切ることなど当然できはしないことは自明の理である。
つまり学園は閻姫とその姉妹たちによって私物化されつつあった。

あの伝説の孔子に並び称され『関西の孔子』とまで呼ばれ、この後、孫の楊彪に至るまで4人の連合三長を排出し……また教授の推薦のための賄賂を贈り、『誰も見てないんだから受け取ってくださいよ』と言った少女に対し『天が見てる。神様が見てる。貴女が見てる。私が見てる。誰も見てないなんてとんでもないわ』と言い賄賂をはねつけた仁者、生徒会執行本部と全校評議会の長を歴任した客員教授(こののち洛陽大学に招かれ名誉教授となる)楊震は安サマの在職中にすでにとばされていた。

晁ォの後を継ぎ連合生徒会会長になった耿宝……
耿宝の派閥であり江京とともに劉保を陥れたカムロ、樊豊……
蒼天会長ボディガードの謝ヲとその妹の謝篤……

閻姉妹に逆らうものがどんどんととばされていった。

「〜……♪」
曹騰は雨を見ながら鼻歌を歌っていた。
陽気な歌、というわけではないが暗い、というほど暗いわけではない。

学園は大変みたいだ。

「〜♪」
曹騰はぼんやりと窓の外を眺めながら鼻歌を口ずさむ。
正直、もうどうでもよかった。
いや、それは正確な言い方ではない。
劉保がいて梁商がいて……
他にはなにもないけどそれで十分に思えた。
それ以外のことなんてどうでもいい。

雷が鳴った。
曹騰は鼻歌をやめて空を見上げる。
ゴロゴロゴロゴロ……
遠雷。
「ん〜、落ちてきそうだな……」
再び雷。今度は近い。
「近くに……落ちたなぁ?」
窓の外を見回し……そして曹騰は窓の外の雨の中にたたずむ人影を見つけた。

586 名前:北畠蒼陽:2005/02/28(月) 16:42
部屋に招き入れると人影はぶるっと大きく震えた。
梅雨といっても濡れれば寒いに決まっている。

服から雨雫がたれる。
こんな雨の中、コートも傘も差さずにずっと立ってたのか……
「やぁやぁ……」
人影……孫程は弱弱しく笑った。
弱弱しい……
まさにそのとおりであった。
あれほどのバイタリティの塊であった孫程も心労によってか見る影もなく……
「……やせ、たね」
そしてやせていた。
「いやぁ、ははは。ダイエットの手間省けちゃったよ」
普段の孫程であれば絶対に口にしないようなタイプの冗談……
それほど……
中央はそれほどに腐りきっているのだろう。
「いやぁ……あはは」
孫程は笑いながらうなだれる。
曹騰は黙って孫程のぬれた体をタオルで拭いた。
孫程は拭かれるに任せるかのように黙って目を閉じる。
しばらくは布がこすれる音だけが室内に響いた。

「ふぅ」
ようやく服が乾き始めたころ……
孫程がため息のような声を漏らした。
「なに?」
「いや、さ……」
苦笑の雰囲気。
「曹騰に見つけてもらえなかったらそのまま帰ろうと思ってたんだよ、ほんとはね」
「……」
再び沈黙。しかし今度はそれほど長くかからなかった。
「曹騰……済陰の君閣下に会わせてくれないかな」
「……会ってどうするの?」
決意を込めた声。
「言いたいこととか言わなきゃいけないこととか言うだけだよ」

587 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:51
-Sakura-
第7話:墨染

「……」
部屋の中には沈黙が落ちていた。
曹騰、梁商にとって孫程の言葉は悪い話ではない。
もはや失うものなどなにもない。
しかし……
「孫程、さんとおっしゃいましたね」
「……はい」
劉保は静かに孫程に語りかける。
「私に……お姉さまの指名なさった後継者と争え、とおっしゃるの?」
窓の外では雨が降っていた。

孫程の話は単純なものだった。
今の学園は秩序を失いつつある。
また劉保はなんらかの罪があって次期蒼天会長の座から降格されたわけではなく、前会長、安サマが閻姉妹の悪口を信じたために降格されただけにすぎない。
本来であれば蒼天会長は劉保が継いでもいいはずなのである。
秩序回復のために劉保に蒼天会長になってほしい。

孫程の話は本当に単純なものだった。

「お姉さまの意思に逆らうのは私の本意ではありません。申し訳ありませんが聞かなかったことにさせてもらいます」

蒼天会の内外で閻姉妹の横暴に対する批判の声は根強く残っていた。
劉保が一声発すれば理解あるものの賛同が得られるであろう。
ただ……
劉保本人だけがそれに反対していた。

「済陰の君閣下……学生たちはみな秩序を求めています。貴女が一声発すればそれに賛同し、貴女を蒼天会長の座へと導くことでしょう。決して勝ち目のない戦いではありません」
孫程の言葉に劉保はゆっくり首を横に振る。
「勝ち目のあるない、が問題ではないです。ただお姉さまと争いたくないだけなのです……孫程さん、これ以上なにもおっしゃらないでください」
曹騰、梁商にとって劉保の今の状況は当然、納得できるものではない。
しかし劉保がそう考えているのであれば反論することなどできはしない。

劉保は奥に下がり、部屋に曹騰、梁商、孫程だけが残された。

588 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:51
「……」
「……」
曹騰も梁商も無言だった。
本音を言えば孫程の言葉どおり劉保が蒼天会長になること以上に望むことはない。
だが劉保があそこまできっぱりと意思を口にした以上、無理強いすることもできない。
「つまりは……この考えは無理だってこと」
肩をすくめて曹騰が呟く。
劉保が部屋から出て行ってなお無表情だった孫程の顔にようやく表情らしい表情が浮かんだ。
「……まぁ、本音をはなしたわけじゃなかったしね。さて……お次は済陰の君閣下の側近中の側近の2人に聞いてもらおうかな」
「どういうことです?」
梁商の言葉に孫程も笑みを浮かべる。
「いや、つまりさっきの私の言葉だけが本音じゃないってことです……いや、さっきのも本音ではあるんだけどそれがすべてじゃない」
孫程は窓の外に目を向ける。
梅雨が窓を濡らしている。
「……私は本当は学園なんてどうでもいいです。自分が身動きできるちっぽけな範囲内が平和であればいい」
曹騰も梁商も黙って孫程の言葉に耳を傾ける。
「ほとんどの生徒がそういう考えなんだと思いますよ? 自分が不幸にならなきゃいい……みんながそう思うからまずは自分の身近が幸せであるように……それが積み重なって全員の幸せにつながるんだと思います」
雨は音もなく降りしきり、孫程の言葉だけが静まり返った室内に響く。
「だから私は自分のちっぽけな領域を幸せにするために蒼天会長をかえようとしています。まぁ、済陰の君閣下を利用しようとしている、なんていわれちゃあ返す言葉もないんですけどね」
苦笑。
しかし曹騰も梁商も黙ったまま。
「これが……」
孫程は黙って懐から書類を取り出した。
「済陰の君閣下が蒼天会長になってくれれば幸せになってくれる人間の署名です」
そのリストはカムロからも実力者の王康や王国といった政権の中枢部にいるような名前も見受けられた。
「……すごいね」
曹騰が正直な感想を漏らす。
「それ集めるの、ちょっと苦労したんだからね」
孫程はにっこりと笑った。

589 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:52
「済陰の君閣下の安サマを思う気持ちはわかるつもりですがこれだけの人間が貴女の発する言葉を望んでいます、とそんだけ伝えてくれないかな」
孫程はすべて伝えきった、という顔で笑う。
梁商はリストを一瞥し……
ボールペンでその最後尾に自分の名前を書き足す。
「済陰の君閣下の説得は私たちが承りました」
ボールペンを指先でくるり、と回してから胸ポケットにしまう。
曹騰は……
腑に落ちない顔をして孫程のほうに顔を向けた。
「……あんたの気持ちはわかったけど……なんでそれをさっき直接、劉保に言わないかなぁ?」
「そんなん決まってんじゃん」
曹騰の至極当然の疑問に孫程も当然のような顔で答える。
「あんたらのほうが今の私の気持ちを私以上にしゃべることができる、ってそんだけ」
にやりと笑いながら言う。
「私は体育会系だからね。体育会系には体育会系の仕事があるってこと」
カバンから分厚い本を取り出す。
本のタイトルはマルクス全集と書かれていた。

「劉保、はいるよ〜」
孫程を送り出し、先に奥の部屋に閉じこもった劉保を追って曹騰、梁商はドアをノックする。
……返事がない。
ただのしかばねのようかどうかは別としてまったくのノーリアクションだった。
「……?」
曹騰と梁商は顔を見合わせてからドアノブをひねる。
カチャ、と軽い音を立ててドアは開いた。

部屋の中は真っ暗だった。

「劉保? 目が悪くなるよ〜」
「電気はつけないでください」
茶化して電気をつけようとする曹騰を劉保の言葉が止めた。
「私にはわからなくなってきてしまいました」
ぽつり、と暗い部屋の中、劉保は独白する。
「私はただお姉さまと仲良くしたかっただけなのに……」
雨はまだやまない。

590 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 01:53
お姉さま……
安サマ……
前蒼天会長、劉祐……
劉保の実の姉であり劉保を失脚させた張本人。
だから曹騰にとっても梁商にとってもあまりいい印象のある人物ではない。しかし……
「お姉さま、子供のころは本当に優しかったんです」
遠い過去を懐かしむ口調で劉保が呟く。
今はないもの……
だからこそ人は過去をいとおしく思うのだろう。
「お姉さまはいつかわかってくれると思います。だから私はお姉さまが許してくれるまでずっと雨宿りしようと思います……やまない雨はないのですから」
劉保の言葉が窓の外の雨にかき消される。
「やまない雨、ってずっと待ち続けるの?」
曹騰の言葉に劉保は頷く。
曹騰は黙って窓を開けた。
雨が降っている。
雨が降っている。
雨が降っている……
「やまない雨はないかもしれないけどやむまで時間のかかる雨ばっかりだよ、この世は」
梁商が劉保にリストを差し出す。
「貴女が一声かけるだけでこれだけの……いえ、これ以上の人が幸せになれるんです」
「……」
劉保は肩を震わせて、それでもリストを受け取る。
「雨がやむのを待つのもいいかもしれない。でも雨に濡れる覚悟ってのもたまには必要だと思う」
「……雨に濡れる、覚悟?」
劉保が初めて聴く言葉に顔を上げた。
「雨って冷たいよ。だから濡れたくなんてない。でもいつまでもやまない雨を呪って空を見上げるより一歩を踏み出すのも大事なことなんじゃないかな、ってそう思う」
「……覚悟」
劉保は曹騰の言葉を繰り返す。
「覚悟のためにお姉さまを裏切れ、というの?」
「裏切る裏切らない、じゃないよ。劉保が劉保でいるために必要なことなんだと思う」
劉保はゆっくり考える。
そして……
「私が雨に濡れて……幸せになれる人がこれだけいるんですね?」
曹騰、梁商は力強く頷く。
「わかりました。傘を持たずに出かけましょう」
歌うような劉保の言葉。それは曹騰がはじめて出会ったころの響きだった。
「行きましょう、司隷特別校区へ!」

591 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:00
-Sakura-
最終話:染井吉野

「うん、うん……わかった……ありがとう……うん、それじゃまたあとで」
孫程は携帯電話をゆっくり置いた。
やはりあの2人に済陰の君の説得を頼んでよかった。
自分であればなせなかったであろうことをあの2人はこんなにも短時間で成し遂げてくれた。
……さて……
机の上に置いた携帯電話を指でもてあそぶ。
これで終わった、といえないのが体育会系のつらいところ。
「むしろこれからが本番、ってね〜」
左手で携帯電話をくるくると回しながら器用に右手に皮のグローブをつける。
ぱちん……最後にバタンを留める。
グローブが手になじむのを……自分の手と同化していくのを感じる。
「ふぅ……」
さぁ、これから、だ……

このとき、孫程すらも知らなかったことだが少サマは喘息で入院しており、明日にも蒼天章を返上するかもしれない、という状況であった。
少サマはわずか初等部2年生……
もちろん政治がどういうものか、ということはわかりもしないし後継者を指名するなどできようはずもない。
密室政治により後継の蒼天会長は河間の君、劉簡と決まっていた。
もはや一刻の猶予すらなかった。

孫程は肩をぐるぐる回しながらそこに立っていた。
風が身にしみる。
目線を少し上にやると司隷特別校区の名物校舎、3号館、通称西鐘校舎が見える。
無機質に校舎を眺めてから孫程は再び体をほぐしにかかる。
孫程はいつものカムロの服を脱ぎ去っていた。
かといってスカートなどをはいていたわけではない。
孫程はその身に拳法着をまとっていた。
これは動きやすい。
動きやすいが目立つ。
だが目立とうと目立つまいと孫程にはまったく関係なかった。

(とりあえず……うん……)

心の中で手順の確認。
そして腕時計を見る。

592 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:02
(そろそろ頃合かな……)

孫程はディパックからただ1冊……
マルクス全集を取り出す。

(この本もかなり読んだよね……)

本にすら愛しさを感じる。
だから今日、この場に持ってこようと思ったのだ。
「ふぅ……」
ディパックを肩に背負い、屈伸を2回してから孫程は西鐘校舎を背に歩き出した。

(次にこの校舎を見るとき、私は逆賊かな? 英雄かな?)

「江京様の悪知恵の働かれること、まったく鬼謀とはよくいったものですねぇ」
「こらこら、誰が鬼ですか」
そして笑い声。
秘書室の有力者たち、江京、劉安、陳達、李閏がまとまって帰宅しようとしていた。

(まだ仕事が残っているはずなのに……部下に任せて自分らはさっさと帰宅かぁ)

ふぅ、と溜め息をひとつついてから孫程はそのまま足を進める。
最初に孫程に気づいたのは江京だった。

「あぁ、孫程……あんた今日、サボったわね。クビよ、クビ。明日から来なくていいわ」
江京の言葉に左右からどっと笑い声が漏れる。
孫程は目を伏せたまま近づき、20歩の距離を残して立ち止まる。
「……」
「なぁにぃ? 聞こえないわ?」
孫程が口の中でぼそぼそと呟くのを見て江京がはやし立てる。
また笑い声が上がる。
劉安が孫程の手に持ってるものに目を止めた。
「こいつ、マルクス全集!? 共産主義なんてバカみたい!」
共産主義がバカのように見えるのは民主主義が共産主義を駆逐した現在の歴史を知っているからだ。
ディパックを左手で捨てながら孫程は笑顔を江京たちに向ける。
「先輩、こんな言葉って知ってます?」
「……?」
孫程は笑いながら言葉を接ぐ。
「イギリスの元首相、チャーチルの言葉です……20歳をすぎて共産主義を信奉するようなヤツは知能が足りない。でも……」
孫程は笑みをたたえたまま……
「20歳までに共産主義にかぶれないヤツは情熱が足りない。先輩たちに足りないものは……まさにそれ」
孫程はマルクス全集を空高く放り投げ、そして江京たちに向かって声も上げずに突進した。

593 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:02
李閏は目の前で何が起こったのかわからなかった。
孫程がすすす、と近寄ってきたかと思ったら先頭の劉安がいきなり吹っ飛んだ。
なにをされたのかわからなかった。
孫程が手の甲を江京に向ける。江京は自分をかばおうとしてカバンを盾にした。そして次の瞬間、孫程のひじから先が消えたかと思うと江京が白目をむいてひざから崩れ落ちる。
なにをされたのかわからなかった。
そのまま回転するように孫程は陳達に近づく。陳達は逃げようとして……孫程が回転したかと思うと陳達は顔から地面に突っ込んでぴくりとも動かなくなった。
なにをされたのかわからなかった。
そして孫程はそのまま右手を高々と上げる。
空を舞っていたマルクス全集はまるでそこが安住の地であるかのように孫程の手の中にぴたり、と収まる。
まるでなにかのショーを見ているようだった。
ショーと違う点は次に襲われるのは自分だ、ということ。
李閏は左右を見回す。
江京、劉安、陳達……微動だにしない。
今、これだけの武威を見せ付けられ、抵抗してもどうにかなるとは思えない。
生き残ることは出来ない……
絶望すら感じることが出来ずに李閏はぺたり、と座り込んだ。
目の前の今までバカにしていた孫程、という少女が怖くて仕方なかった。
「……さて」
李閏が息をすることすら忘れたようにじっと孫程のことを凝視している。

孫程は心の中だけで苦笑する。
自分、それほど怖くないのになぁ……
しかし相手が自分のことを怖がっているのならそれも武器には違いない。

李閏にマルクス全集が突きつけられる。
それを手にしているのはもちろん孫程。
「李閏先輩、あなたは秘書室内の諸先輩方の中でも『多少はまとも』と思われていますからあなただけは生かしておいて差し上げます」
孫程はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「次期蒼天会長に……済陰の君閣下を推薦する、といえば良識人であるあなたのこと、当然賛成してくれるでしょうね?」
李閏はゼンマイの壊れたおもちゃのようにがくがくと頷いた。

594 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:03
……

「……あの日、1日だけでそりゃ大変だったねぇ」
懐かしそうな目で曹騰が語る。
西鐘校舎の前で済陰の君の即位式をやった。
たった何人か、だけの即位式。
しかしそのうわさを聞きつけ、多くの人々が新蒼天会長の下に集まってくれた。
もちろん閻姉妹がそれを放っておくはずがない。
それに対して戦って……戦って……
何度、自分もリタイアするかと思ったことか……
そして戦いも終わって……
劉保とは友達のままでずっといられたと思う。
梁商も約束どおり最後には劉保のことを『劉保』と呼んでいた。
そして3人は本当に友達、だったのだと思う。
曹騰は懐かしさに目を細め、ながらふ、と時計に目をやった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん……続きは〜?」
「ぎゃ!」
続きを催促する曹操に意味不明の叫びが浴びせかけられた。
叫びだけじゃなくて唾もちょっとだけ飛んだ。
「もうこんな時間じゃない!?」
「え、えぇッ!?」
意味不明にあわてる曹騰を見て曹操もあたふたした。
曹操はあたふたしなくてもいいと思う。
「ごめんね、孟徳ちゃん! 私、今日は同窓会だから続きはまた今度ね!」
曹操は苦笑する。
なるほど、同窓会だからそんなよそ行きの服を着てたのか……
同窓会……
同窓会……
「! ……お姉ちゃん、もしかして!?」
気づいたように顔を上げる曹操に曹騰は親指を立ててウィンクした。

桜が舞っている。
あのころの熱さがうそのようだ。
こんな静けさがこの世に存在するなんてあのころは気づきもしなかった。
歩を進めながら思う。
彼女たちを友達に持つことができて本当によかった。
彼女たちが友達でいてくれたことに誇りを感じる。
だから……
桜の花冠の向こうで小柄な影が大きく手を振った。
その横には少し大柄な女性が会釈してみせる。
曹騰も小柄な、その人影に負けずに大きく手を振り返しながら大声で叫んだ。
「劉保! 梁商さん! 久しぶりーッ!」

  〜了〜

595 名前:北畠蒼陽:2005/03/04(金) 21:12
ってわけで終了です。
なんか、こう、打ち切りチックですね。
まぁ、それはそれ。

なんかまったく反響のない中つらつら書いてしまいましたがまぁ、まったく意味のない作品、という単語すらおこがましいものになってしまったので……そんでも途中で止めるのはあれだなぁ、と思ってここまで書きましたが、まぁ、その意地もここまで、ってことで。
なんというか……まぁ、自分の文章力のなさを痛感するとともに、ぐっこ様にはこのような駄文でサーバーに負担をかけてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。このHPにきておられる諸氏にとってもこのようなモノがTOPにある、というのは見苦しさを感じておられたと思いますし、本当に私の意地だけでここまで引っ張ってしまったことに謝罪の言葉すらありません。
もう一足早く桜を散らせときましたのであとはROMに戻らせていただきみなさんのすばらしい作品を楽しませてもらおうと思います。
今まで本当にでしゃばってすいませんでした。

596 名前:海月 亮:2005/03/04(金) 23:19
・゚・(ノД`)・゚・
いや、お見事ですよ! 久しぶりに良いものを観させていただきましたとも!
立場を超えた友情、よくぞここまで書き上げられました…脱帽であります!
…うぐぅ、なんだか上手く感想をまとめきれない我が文章力の貧困さが恨めしい_| ̄|○

>反響が無い
大丈夫ですってば…少なくとも私めは感想を言うの、全て終わってからだと決めてましたから…
きっと誰もが続きどうなるのか楽しみにしてたのではないかと…

惜しむらくは私がこのあたりの史実を知らないと云ふ事…_| ̄|○

597 名前:岡本:2005/03/05(土) 14:28
北畠様
宦官であった曹騰のエピソードを絡めて、宦官が政権決定に力を示していた
時期を記述された作品ですね。楽しんで読ませていただきました。
宦官・外戚・官僚・地方豪族が絡んでいく政争の変遷を考える上でも興味深い
作品です。これが、党コ・何進との闘争・董卓の専横とつながるわけですね。
また歴史の裏面というべき私生活ですが、私はそういうのを書くのが
苦手ですので、ただただ感心させられました。

>反響が無かった
レスが着かなかったことが作品の質・内容に原因があるのではと
判断されたようですが、そのようなことは当然ありません。
時期が時期であったことが(決算期・新作三国志系ゲームの発売)
最大の理由かと思います。

何より、歴史を調べて自分なりに解釈し形にして公表したことは
よほど脱線して自己陶酔しないかぎり、コメントという形の批評を
受けはしますが評価こそされ非難されることはありえません。

598 名前:北畠蒼陽:2005/03/05(土) 19:33
……???

ぎにゃーーーーーーーーーーーーーーーーッ!
ち、違うんです! 違うんです!
まず謝罪を! 次に謝罪を! 最後に謝罪を!

……595番目の北畠蒼陽名義の書き込みは無視でお願いします、違うんです。
繰り返します。595番目のやつは無視でお願いします。

えっと……事情説明ですね、私も理解できてるわけじゃないですけど……

昨日、最終話を書き上げまして、まだ推敲もしてなかったんですがそれなりに満足してシャワー浴びて寝たわけですね。
今日、推敲して投稿させていただくつもりだったんです。

えっと……

同居人が推敲前の文章をそのまま投稿してやがった……
しかもオリジナリティあふれる文章を添えて……

同居人は今日の朝から旅行に出かけてるため真意を問いただすことは出来ませんが私にも意味不明です。

とりあえずみなさまがたには辛気臭い文章を(私の本意ではないにせよ)お目にかけてしまったことと海月 亮様と岡本様には温かい言葉をかけていただき30年間はご飯を食べなくてもおなかいっぱいです。
とりあえず同居人にはすげぇ怒っておくつもりですんでなにとぞご寛恕のほどを〜。
えぇ、あんな笑いどころのない文章を書いたことを怒っときますよ!(そっちか!(そっちさ!

みなさまがたには微妙な心境にさせてしまって申し訳ありませんでした。1億5000万の謝罪を(ノ_・。


とりあえず北畠個人は反響があると逆に照れて書けなくなっちゃうんで^^;
595番目のヤツと本当に正反対です^^;

599 名前:海月 亮:2005/03/05(土) 21:31
>595の件
ぬわんだとぉぉぉ━━━━━━( ゚Д゚)!
つーかアレで推敲前だったと! マジですか!?
じゃあなにか、実はアレよりも洗練されたモノがあると…!

なんたることだ…これ以上のものがあるというなら、私感動のあまり死にますよ!?(w
ただでさえ続きが気になって、自分のSS製作ほったらかしにしてたってのに…(え?

600 名前:★ぐっこ@管理人:2005/03/07(月) 00:05
キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!

北畠蒼陽さま! GJ杉!
いやさ、このへんモロストライクですがな私( ゚Д゚)!
本家ラウンジの四方山スレに書いた通りの事情で、長期間ネット断ち
続けておりますもので、レスが遅れに遅れてしまいましたが…
とにかく、順さまと曹騰の友情、そして孫程らカコイイ秘書連中の活躍!
そういや蔡倫もいたっけか…仲悪かったようですけど…

むう!やるやると口で言いながら全然進んでない党錮事変の、更にベース
なっているこの孫程のクーデター!貴重な情報源ありがとうございます!

601 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:46
-あおいそら-

その日……
彼女は桜の並木道を歩いていた。
もちろん桜の季節にはまだ早い。
葉もない桜などただ物悲しいだけである。
彼女はそんな道を歩いていた。

向こうに見知った顔を見つけはっとする。
その少女は大勢の少女に囲まれ楽しそうに話をしていた。
「……でん」
声をかけようとして思いとどまる。
いまさらどんな顔をして会え、というのか。
少女の胸には誇らしげにコサージュがゆれている。
そして親友、なのだろう……
4月に学園生活の転機が訪れて……そして彼女にはすでに親友とも呼べるひとがいる。

自分の隣には誰もいない……

彼女は伸ばした手を下ろし……
そして軽くこぶしで自分の額をこつん、と打ちつけた。
彼女……袁紹は1人だった。

学園の卒業式は通常、校区ごとに行われる。
そして冀州学院校区……
この場所において袁紹は卒業式を迎えようとしていた。

式も単調に進められていく。
その中でも袁紹はたった1人だった。
一般学生たちが袁紹のほうを見て、なにかを囁きあい、そして笑っている声が聞こえる。
仕方がない、と思う。
自分はそれだけのことをやってしまった。
多くの人を……自分を信じてついてきてくれた人を裏切ってしまった。そう思う。
卒業式という行事の中、袁紹は一人ぼっちだった。

「……続いて連合生徒会会長よりの祝辞です」
退屈な式を聞き飛ば、そうとして袁紹ははっ、と顔を上げた。
連合生徒会会長!?
まさか、と思った。
彼女がこんなところに来るわけがない……
彼女を魏会長に推す動きがあることは袁紹も風の噂で聞いていた。
そんな大事な時期に彼女がこんなただの一般行事にくるわけがない……!

小柄な少女がステージの壇上に姿を現した。

602 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:47
「みなさん、連合生徒会会長の曹操です。まずは先輩がたの卒業をお祝いします。
さて……本来であれば私はここに来るつもりはありませんでした。私も忙しい身ですし卒業式程度、私が出席しなくても進行することは知っているからです。代理人を立てようと思えばいくらでも立てられる……私にとってはその程度のものでしかありません。
でも、それでも私がここにきたのには理由があります。
それは……みなさんには申し訳ないのですが諸先輩がたを祝福するためではありません。

たった1人の人を見送るためです。

その人はいつも毅然とした人でした。
その態度のりりしさに私は憧れを抱いていました。
私はいつしかその人のことを『姉』と呼んでいました。
『姉』のしゃべり方に憧れていました。
『姉』の立ち振る舞いに憧れていました。
『姉』の……そう、すべてに憧れていました。
私はその人のことを好きだった……いえ、今でも好きです。

『姉』とは結局、いろいろあって別れることになってしまいました。
そのことをご存知の人もいると思います。
『姉』のことをリタイアさせた私がこの場に立っていることをこっけいに思う人もいるかもしれません。
でも私はあのとき、一生懸命考えて、そして自分で選んだ道を間違っているとは思っていません。
『姉』とは進路が別たれてしまったけれど、それは『姉』が悪い、ということではなくただ立場が違っていただけです。
私が彼女を敬愛しているのは今でも間違いありませんし、まぁ、彼女のほうが私をどう思っているかは知りませんが……とにかく他人からどうこう言われたくはない、というのが本音です。

『姉』は世界でも有数の財閥の次期当主です。
卒業したらさらに帝王学を身につけ、そしてきっと本当に世界でも有数の経営者になることでしょう。
私が今後、どうなるかはわかりませんが私は何年かして『姉』とあのころの話を笑って話すことができればいい、心からそう思っています。

……すいません。もう時間のようです。
忙しくていけませんね、この立場というやつは。
最後にもう一度だけ……
ありがとう! そしてこれからもがんばってね、本初お姉ちゃん!」
小柄な少女がステージを降りた。

603 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:48
「……」
誰もいなくなった式場。
そこに袁紹はたった1人で座っていた。
曹操が自分のことをあれほどまでに思っていてくれたのが嬉しかった。
誰の祝福よりも胸を張って受け取れる、とそう思った。
ことり……
後ろから物音。
「おめでとうございます、袁紹先輩」
袁紹がゆっくり振り返る……

夏侯惇。曹操の腹心。
「孟徳も本当に忙しくて……今日、アレだけの時間をとるのも精一杯でした。先輩に直接、お祝いを言うんだ、って3日徹夜で政務を片付けてましたけど……すいません」
隻眼の少女が本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
袁紹は微笑みながら首を横に振った。
「そんなことはない。むしろ孟徳が挨拶に来るとは思わなかったからびっくりしたわ」
来る、と知っていたら心構えも出来たのに、と苦笑する。
「それに『隻眼の鬼主将』様が忙しい孟徳の代理を務めてくれてるわけじゃない? 光栄に思わないわけがないわ」
夏侯惇が憮然とした顔をする。
それがおかしくて袁紹はまた笑った。

「さて、そろそろいかなきゃね……」
袁紹が立ち上がる。
「寮まで送りますよ」
その夏侯惇の言葉に袁紹は首を横に振る。
「……ここも私にとって馴染み深い場所だからね。最後に1人でゆっくりと歩いて回りたいの」

明日からはもう、この場所に帰ってきてはいけないんだよ。

「そうですか……」
目線をふ、と下に向けた夏侯惇に袁紹の手が差し伸べられる。
その手には……
「袁紹先輩……?」
その手には今まで袁紹の髪に結ばれていたトレードマークとも言うべき黄色いヘアバンドが握られていた。
「これを孟徳に渡してくれないかな? 私はこの学園になにも残すことが出来なかったからこんなものしかないけど……ほんとにちっぽけなものだけど私からの礼だ、って」
「ありがとうございます。孟徳もきっと喜びます」
笑顔の袁紹に泣き笑いのような顔になって夏侯惇はヘアバンドを受け取った。
「じゃあ、そろそろいくね。見送りありがとう、夏侯惇」
夏侯惇は袁紹に頭を下げる。

袁紹は心地よい気分のまま式場をあとにする。
見上げれば3月の青い空。
その日差しに袁紹は眩しそうに目を細めながら笑った。

604 名前:北畠蒼陽:2005/03/07(月) 02:53
というわけで学三参加1週間後に書きたくて書きたくてでも書けなくて、これって恋?
いや、ただ時期ものだったから書けなかっただけです、というものがようやっと書けました。
あと書きたい人物は……王允、かなぁ?
王允書きたいかなぁ?

>ぐっこ様
本家HPのほうには伺ってなかったので状況を今日、初めて知りました。
心痛お察しします、と言葉で言うのは簡単ですが私にはなにもわからないんですよね。
ただぐっこ様やご家族の方が苦しんでおられる状況でなにもわからずのほほんとしている自分が悔しいです。

今はただご家族の一刻も早いご回復をお祈りいたします。

605 名前:海月 亮:2005/03/07(月) 19:21
>ぐっこ様
重い…重過ぎますよこれは。何というか、本当にシャレにならない事情の中で奮戦されて居られたのですね…。
何の事情も存じあげず、好き放題振舞う毎日を送る私めなど、この件について何か言うべき資格はなさそうですが…それでも、なにとぞご自愛の程を。
そして此方に戻って来られる日を心待ちにしております。

>北畠蒼陽様
ああ、卒業かッ! そういやもうそんなシーズンになってたんだなぁ…(しみじみ)
しかし、何というか北畠様の曹操と袁紹って、表面上はともかく心の何処かで繋がっている、っていう雰囲気が良いですね。


私めのSS製作もそろそろ佳境です…もうじき、持って来れるかもしれません。

606 名前:北畠蒼陽:2005/03/11(金) 16:34
-王允の亡霊-

「お久しぶりです、お姉さま〜♪……って、なんであんたがッ!?」
「……それはこっちのセリフ」
喫茶店に回るようにくるくると踊りながら駆け込んできたロングヘアーを無造作に後ろに流した少女をすでに席についていた肩のラインで髪をそろえた少女が紅茶を傾けながら冷静にツッコんだ。
「なんであんたがここにいるのよ、伯輿!」
「……多分、文舒と同じ理由。あなたの『お姉さま』に呼ばれただけ」
文舒……王昶。
曹丕にその才能を見出され、エン州校区総代に抜擢され功績を挙げた。また荊・予校区兵団長となり司馬懿に学園人事について意見を求められた際にも意見状を提出し事務員の賞罰の基準を定めさせた。
のちに学園都市運営会議議長までのぼりつめることになる。
伯輿……王基。
孤児だったが叔母の王翁に引き取られて育つ。安平棟長として順当に出世街道を歩むかに見えたが、一時期曹爽の副官だったことが災いし、その失脚時に免職となる。だがつい最近、ようやく復帰し荊州校区総代に就任した。
のちにリタイア後、学園都市運営会議議長を贈られる。
「いやだわ、お姉さまったら。伯輿の前で私たちのラヴラヴっぷりを見せ付けるつもりなのかしら」
「……見ててもいいけどね。どうせ慰めることになるのは私だし」
頬に手を当てて考え込むようにした王昶にやはり冷静に王基がツッコむ。
「まてぇ。誰が慰められることになるんだぁ!」
「……恋愛運占ってあげようか?」
「あんたの占い、当たらないからいいわ」
「……失敬な」
憮然とした顔で紅茶を傾ける王基。
しかしそれ以上薦めないということは占いが当たらない自覚だけはあるらしい。
しかしこの2人は一見、口ゲンカしているように見えるが実は仲がいい。まぁ、どうでもいいことだが。
「あ、ルイボスティーね……で、なんであんたがお姉さまに呼ばれたの?」
ウェイトレスに注文しながら王昶は王基に尋ねる。
「……さぁ?」
「ふ〜ん」
口数少ない王基に王昶は気を悪くした風もない。
長い付き合いで親友がどういうやつかは大体わかっている。

「待たせたわね」
しばらくして喫茶店に涼やかな声が響いた。
「お姉さま♪ ……と、公治? ……いやだわ、お姉さま。ギャラリーが多いほうが萌える性癖なのかしら」
喫茶店に入ってきたのが1人ではなかったことで混乱する王昶。
「お久しぶりです、王凌先輩。おかわりはありませんか」
丁重な王基の挨拶をにっこりと笑いながら王凌は優雅に会釈をした。

607 名前:北畠蒼陽:2005/03/11(金) 16:36
王凌……あだ名は彦雲。
かの王允の従妹。後に各地の棟長を務め、曹丕によってエン州校区総代に任命された。その後は揚、予校区の総代を歴任し、いずれも生徒から好評を得る。揚州校区兵団長に転じ、校区総代を引き継いだ孫礼とともに長湖部の全Nの攻勢を撃退した。
現在は生徒会の生徒会執行本部本部長として辣腕を振るっている。
……ちなみに王昶とプティスールの契りを交わしている。
また王基の才能を一番最初に見出したのも彼女であった。
王昶が公治と呼んだのは令狐愚。
王凌の姪であり、各地の棟長を勤めた令狐邵の妹。曹爽に才能を見出され現在はエン州校区総代を勤めている。
「で、どうしたんです、お姉さま?」
王昶の質問に王基も王凌のほうを見る。
「えぇ……その、そう。王基の復帰記念パーティってとこかな」
歯切れが悪そうに答える王凌。
令狐愚は一瞬なにかを言いたそうに口を開こうとしたが結局、なにも言わなかった。
「王基の! 復帰記念パーティ!」
くぎりながら王昶が叫ぶ。
「いいですね、伯輿パーティ! じゃ、あんたはここで公治と2人でパーティしてなさい! 私はお姉さまとどっかいってくるから!」
「……趣旨違うから、それ」
王昶のムチャクチャな言葉に王基は、しかしまんざら気分を悪くした風もなく言った。

そして4人は楽しいひと時を過ごした。
王凌は王昶と王基の掛け合いをずっと楽しそうに聞いていた。

王昶と王基が帰宅して……
喫茶店に王凌と令狐愚だけが残る。
「彦雲姉、あの2人をなんで誘わなかったの?」
恨めしそうに令狐愚が王凌に言った。
「彦雲姉、このまま曹芳サマが蒼天会長にいたんじゃ司馬姉妹の思うつぼだ、って。だから曹彪サマを担ぐんだ、って言ってたじゃん。あの2人なら彦雲姉が誘えばついてきてくれたのに……」
「そうね、そのとおり。あの2人ならついてきてくれたかもね……でもね、少なくとも司馬懿は悪政をしてるわけじゃない。子師姉さまのときは董卓という絶対悪のために反乱、と位置づけられたけど今は少なくともそうじゃない。私は子師姉さまの亡霊に衝き動かされてるだけ」
王凌は力なく微笑む。
「そんな無意味なクーデターにあの前途有望な2人を巻き込むことは出来ない……公治、あなたもそろそろ私から離れたほうがいいわ」
「もう肩までどっぷり浸かっちゃったんだ。いまさら離れてももう遅いよ」
王凌の言葉に令狐愚は冷めた紅茶を不味そうに飲み干しながら吐き捨てた。

608 名前:北畠蒼陽:2005/03/11(金) 16:43
わぁお、王允の話を書くつもりだったのにー!
まぁ、王昶の話しもいずれ書きたかったので、その前準備と割り切りました。
ちなみに王昶&王基は玉川様イラストの外見とちょっと違うような性格ですが私の脳内ではあの外見でこういう性格です。

令狐愚は……もうちょっとバカのような気がします。

>海月 亮様
そんなシーズンですよ、いつの間にか。
本当はこの2人に許攸とかも絡ませられればいいんでしょうけど3人友情ストーリーってなかなかずるずると長くなるばっかりで書きにくいですからねぇ。
精進精進。

609 名前:北畠蒼陽:2005/03/13(日) 21:10
-晋の系譜-

東晋ハイスクールの誕生……
それは落日の司馬蒼天会の意地、といっても過言ではないだろう。
生き残りのための共学化。
後漢市南部の荊、揚、廣、交をおさえるのみではあるが、しかしそれでもその誕生に多くの少女が期待を胸に抱いた。
そして東晋ハイスクール初代蒼天会長、司馬睿が就任したその日、そのブレーン、王導のもとを1人の少女が訪れた。

「な……!」
少女……いや、もう少女と呼べる年齢ではない。
毋丘倹、文欽の叛乱鎮圧で功績を挙げ、曹髦のクーデターに対し司馬昭の名を汚さぬよう自らすべての汚名を引き受け、また長湖部にとどめを刺す、その戦いの総指揮官であった女性。
すでに学園を卒業したが司馬蒼天会の基礎を築いた大元勲であり王導にとっては伝説、とも呼べるレベルにある女性。
……賈充。
その言葉に王導は驚愕で口をパクパクとさせた。
「あなたは司馬睿……元サマの親友なんでしょ? だったら知っておかなければいけないわね」
賈充は……幾多の修羅場を真っ向からねじ伏せたその女性は顔色一つ変えることなく王導に諭すように語り掛ける。
「もう一度言うわ……元サマは司馬家の血を引いていない」

……

「納得できねぇな」
つるつるに頭を剃りあげたスキンヘッドの少女が目の前の少女を睨みつけた。
後主将、牛金……もともとは曹仁指揮下の暴走族、『薔苦烈痛弾』の特攻隊だったが曹仁のチーム解散宣言により更正……だがスキンヘッドは変わらない……し、その後は司馬懿に属し馬岱や公孫淵と戦った。
今は自らが最前線に立つことはないとはいえ気の弱いものであればそれだけで失神するであろうほどの威圧を受け、それでもなおその目の前に立つ少女は不思議そうに小首をかしげた。
「敵対者を打ち倒して……なにが悪いの……?」
司馬懿……あだ名は仲達。
現蒼天会の最高権力者。
一時期、曹爽との政争に敗れたものの今、再び勢力を盛り返し……そして今まさしくその曹爽を捕らえる命令を牛金にくだしたところであった。

610 名前:北畠蒼陽:2005/03/13(日) 21:11
「確かに敵対者を叩き潰すのは反対しねぇ。だがそうなると曹仁の姉御から続くピンクパンサーズヘッドの……曹真の姉御の妹をトばす、ってことになる。アタシにゃあそんな義理を欠くようなまねはできねぇな」
力強く言い切る牛金に……
司馬懿は再び少し考えるようにして……そして執務机から乗り出すようにして牛金の胸元の蒼天章をつまんだ。
司馬懿が少し力を入れれば簡単に蒼天章は牛金の胸元からはずされることだろう。
だが牛金は司馬懿を睨みつけたまま微動だにしない。
「……義理のために蒼天章を失っても……いいというの?」
「蒼天会はあんたにのっとられるかもしれない。だがそんな滅びていくものに殉じるバカがいても悪くない」
司馬懿の言葉に、しかし一片の感情すらも浮かべることなく牛金は言い切った。
「……牛金には確か、妹がいたよね?」
「? あぁ、まだ初等部だけどな」
突然の司馬懿の話題転換に牛金は不審そうな顔を浮かべる。
「剛毅なる猛将、牛金に最大限の敬意を。あなたの妹は私が引き取るわ……私にトばされた牛家の人間となれば世間の風当たりはきついかもしれないけど私の従妹、司馬覲の妹ぐらいに書類を書き換えてしまえばいいわ」
「好きにしろ」
司馬懿の言葉に牛金は苦笑にも似た笑みを浮かべる。

牛金の蒼天章は失われた。

……

「……そ、そんなことって……」
「そんなこと。確かにバカな話よね」
絶句する王導に賈充は面白くもなさそうに応じた。
「でもあなたは元サマの親友として……またこの東晋ハイスクールの重鎮として知っておかなければならないの」
賈充の言葉に弱弱しそうに眉を寄せて王導は呟く。
「……このことが一般学生に知れたら……司馬一族の血を引いてない人間が蒼天会長になってることに不満を持ち、また『自分が』って思う生徒だって出てくるでしょう……」
「そうね。だからこのことが一般学生に知られたら他の誰でもない、私があなたを殺すわ」
賈充の明確な殺意。
それはあくまで自分への信頼である。
王導はそれを知って、なお呟かずにはいられなかった。
「……知らないほうが幸せなことって……あるんですね」

611 名前:北畠蒼陽:2005/03/13(日) 21:12
えと、その……
北魏正史の司馬睿伝で『司馬睿は牛金の子である』とか書かれてるんで想像を逞しくしてしまいました。
まぁ、ぶっちゃけ年齢的にありえない話ではあるんですけど、年齢の垣根が低いこの学三だったらやれるかのぁ〜、と。
とりあえず参考文献、というか早稲田大学三国志研究会による『三国志大研究』という本において以下のような仮説があるためそれに準じてみましたー。

以下、引用。

牛金は何らかの重大な原因により司馬仲達に粛清され、晋の人陳寿はその功績を記録することが許されなかった。《玄石図》は金徳の晋が土徳の魏に代わる権威付けとして作られたが、北魏に至り東晋を貶めるために牛金粛清事件ともからめて、司馬睿牛氏説が流された。――時期的に見て、仲達のクーデターと何らかの関連が想像できる。

以上!
連投ダイスキ(ぇー)北畠蒼陽でした!

612 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:20
-銀幡流儀-
そのいち 「夜襲、銀幡軍団」

「ええええ!? たった10人で曹操会長の本陣に〜!」
「ああ…やらせてくれ、部長」
濡須棟の棟長室、その机を蹴倒さんばかりに驚いて仰け反る孫権を目の前にして、甘寧は内心の怒りを最大限に抑えた表情で、そう告げた。
「悪いが俺は、あんな屈辱を喰らって、指咥えて済ませられるほど大人じゃねぇ。張遼がかましてくれた上等の礼をくれてやりたいんだよ…ッ!」
「で…でもでもっ、こないだ公績さんだって酷い目にあってきたばかり…」
「な〜に、なにも奴等を潰しにいくんじゃねぇ、からかってくるだけだ。もし一人でも飛ばされるようなことがあれば、好きなように処断してくれてかまわねぇ」
孫権は少し考えた。
この孫権という少女、普段は温和で大人しい少女なのだが、その根っこのほうはかなりの負けず嫌いだ。
本音を言うと先の合肥における学園無双において、長湖運動部の精鋭500が、合肥を護る張遼率いる僅か50足らずのMTB隊に蹴散らされ、自分も壊された橋の上をママチャリで跳んで危難を脱する羽目に陥ったことをとにかく悔しがっていたのだ。
それに、甘寧の言葉は一見すると無謀なものに聞こえるが、この甘寧という少女もまた、何の考えもなく無茶をやるような人間ではないことを、孫権は知っていた。
「…勝算は、あるの?」
「当っ然、必ず連中の鼻をあかしてやるさ」
「じゃあ、御願いしようかな。メンバーは、興覇さんの好きに決めていいよ」
「流石は部長、話がわかるぜ」
甘寧は不敵な笑みで応えると、背に飾った羽飾りを翻し、部屋を後にした。

「お〜い承淵、興覇さんが呼んでるぜ〜。あたし先行ってるからな〜」
「あ、は〜い、すぐ行きま〜すっ!」
髪の色を派手な金髪に染めたちょっと柄の悪い先輩に呼ばれ、承淵と呼ばれた狐色髪の少女はストレッチを済ませ、ぱたぱたと駆けだした。言葉使いは真面目そうだが、その明るい髪の色に木刀なんてモノを持っていたら、何処からどう見てもヤンキーの妹分にしか見えない。
いや、実際この少女−丁奉は、現時点では長湖部最凶の問題児・甘寧の妹分である。髪の色云々ではなく、この底抜けに人当たりのいい性格で、問題児集団である"銀幡"の先輩達から何気に可愛がられ、何の違和感もなく溶け込んでいる感がある。
やがて校庭の一角、甘寧の羽飾りを見つけた丁奉。よく見れば、"銀幡"軍団の何人かと軽くチューハイをあおってるらしい。先刻彼女を呼びつけた少女も、その中にいた。
「先輩っ、呼びました?」
「おぅ承淵、待ってたぜぇ。まぁ、お前も一杯やっとけや。あ、お前はまだ酒駄目だからこっちだけど」
そう言って甘寧はジュースの缶を投げて寄越す。見回せば、学区周辺の名店から取り寄せたオードブルが円陣の中を埋め尽くしている。
「え、いただいていいんですか?」
「もち、部長のおごりだ。いっちょパーッとやってくれや」
「わぁ…!」
円座の中に混じって、丁奉も並べられたご馳走に舌鼓を打った。
その後、何が起こるのか夢想だにもせずに…。

日も暮れ落ち、学園無双終了の規定時間が近づき、宴もたけなわになった頃、甘寧はおもむろにこう告げた。
「さぁ、景気良くやれよ! これからこの10人で、曹操の本陣に上等くれてくるんだからな!」
「!!」
その一言に、何人かが酒を吹いた。丁奉も鶏のから揚げを喉に詰まらせたらしく、目を白黒させている。その背中を叩いてやりながら、少女の一人が問い返した。
「ちょ…マジですかリーダー?」
「冗談でしょう? いくらなんでも10人ってアンタ」
「冗談でンなコト言うか。まぁ、酔狂ではあるだろうが」
何を今更、といった感じで返す甘寧に、他の9人は目を見合わせた。はっきり言って無茶もいいところである。これでは、無駄に飛ばされに行くだけじゃないか…。
そんな部下達の感情を読み取った甘寧、傍らに置いた愛用の大木刀"覇海"を掴んで立ち上がり、それを少女達に突きつけて、怒色を露に言い放った。
「てめぇら、甘えたこと言ってんじゃねぇ! 大体お前等悔しくないのか!? 張遼の野郎に我が物顔でうち等の目の前に上等くれられてよ! 俺等"銀幡"のモットーは何だ!」
その言葉に少女達は目の色を変えた。
「…そうよ、リーダーの言う通りだわ」
「あんな上等かまされて、泣き寝入りはアタシ等の流儀じゃないね…!」
「目には目を、だな。よ〜し、一丁やってやろうじゃねぇか」
「それでこそ"銀幡"特隊だぜ…ん、承淵どうした?」
満足げに少女達を見回す甘寧、傍らに座らせていた丁奉がなにやら不安と期待に満ちた目でこちらを見ているのに気がついた。
「あたしも、あたしも連れてってくれるんですか!?」
「何言ってやがる、その為に呼んだんだぜ?」
その言葉に満面の笑みをこぼす妹分の頭を、甘寧は乱雑に撫でてやった。

613 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:21
「てめぇら、準備はいいな?」
「オッケー、何時でも往けるぜ、リーダー」
目印に羽飾りをつけた鉢巻を身に付けた、"銀幡"軍団は合肥棟入り口正面の草陰に潜んでいる。
「よし…先ずお前、ブレーカーの位置はわかっているな?」
「もちろん、任せといて下さいよ!」
「おう…行けっ!」
甘寧の指示を受け、少女は物影から物影へ駆けていく。
「よぉしお前ら、電源が落ちたら…解ってるな?」
少女達が頷く。
「…あと、承淵」
「! あ、はいっ、なんですか先輩っ」
唐突に名を呼ばれ、ちょっと面食らった丁奉に、甘寧はなにやら耳打ちする。その内容に、少女は目を丸くした。
「えええ! 本当にやるんですか!?」
「たりめーだ、戦利品も必要だからな。それを奪われたとあっちゃ、奴等の面目丸つぶれだぜ? 奴等の目は俺たちでひきつけるから安心しな」
暗がりだが、他の少女達も「任せろ」と言わんばかりに親指を立てているのが解る。丁奉も、俄然やる気になった。
「…解りました、必ず取って来ます!」
「よし、いい返事だぜ…ん!」
その瞬間、合肥棟は暗闇に包まれ、少女達の悲鳴が上がる。
「行くぜ野郎共、目に物みせてやれッ!」
甘寧以下、"銀幡"選りすぐりの猛者たちは、怒号とともに合肥棟へ突っ込んでいった。

「敵だ! 敵が侵入ーッ!」
瞬く間に合肥棟内は大混乱に陥った。日もどっぷり暮れた午後七時半、終了間際のロスタイムを狙っての奇襲はまんまと図にあたり、合肥棟守備軍は次々に同士討ちを開始する。
執務室の曹操も大慌てだった。
「もうっ、何だよいったい!? いきなり停電ってどーゆーことだよっ!」
「…多分…ブレーカーを落とされてる…」
「んなこたぁわかってるっつーの!」
傍らに立っていた司馬懿の呟きに、鋭くツッコミをいれる曹操。気にした風もなく、何かの気配を敏感に感じ取った司馬懿はぼそっと呟く。
「会長…誰か、来る」
「無視すんなー…って、えっ?」
曹操も気付いた。執務室の前に、人の気配を感じる。
「誰? そこに居るのッ!」
「…いよぅ会長サン、気分はどうだい?」
「!」
扉の前に居たのは言うまでもなく甘寧。曹操は怒気を露に、かつ静かな語調で言う。
「なめた真似してくれるじゃん…どうせ執務室(このなか)が手薄だってコト、知っててやってるんでしょ?」
「さぁ…どうだかねぇ?」
お互い暗闇の中で、しかも扉越しだったが、お互いどんな顔をしているのかはよく解っていた。
そのまま、どの位経っただろうか。その雰囲気に場違いなくらいの軽い足音と、明るい声が響く。
「せんぱ〜い、例のモノ、手に入りましたよ〜! あと、残ってるのあたし達だけです!」
「おしッ、良くやった! じゃあな会長サン、俺たちゃこれでずらからせてもらうぜ!」
「…! ちょっと、待ちなさいよぅ!」
慌てて執務室を飛び出す曹操。開け放たれた窓から階下を覗けば、其処には既に走り去る少女達の姿しか見えない。良く見ると、一人の少女が何かを手に持っている。街頭の下、その正体が見えると曹操は絶句した。
「…んな!」
「…蒼天生徒会の生徒会旗…」
その時、電源が復旧する。時計は既に八時を指していた…。

甘寧が10名で奇襲を敢行した翌日。
「ほい、コイツは戦利品ですぜ。承淵!」
「はいっ、こちらですっ!」
「わぁ…!」
合肥棟から奪われてきた生徒会旗を手渡され、満面の笑みを浮かべる孫権。それを見ると居並ぶ長湖部幹部、主将達も感嘆の声を挙げた。ただ一人、隅っこで面白くない顔をしている凌統以外はだが。
「すごいっ、すごいよ興覇さん!」
「こういうことやらせると、やっぱアンタは一流だねぇ…」
この間の溜飲はすっかり下がって上機嫌の孫権、その隣りにいた長湖部実働部隊総括の呂蒙も、呆れ半分にそう言った。
「しかし10人、誰一人として飛ばさずに戻ってくるなんてね」
「本当だよ〜、承淵まで連れ出してるとは思わなかったけど…」
「あったりまえですよ。暗がりを利用して押しかけるなら、少人数のほうが却って安全なんですよ。それにコイツにも、どんどん経験を積ませてやらなきゃいけねぇし」
甘寧はそう言って、傍らの少女の背を軽く叩いた。
「まぁ、そういう事解ってそうだったから止めなかったんだけどね。とはいえ、お見事だわ」
「いやぁ…」
呂蒙の言葉に、普段は不遜な甘寧も少し照れたようだった。
だが、沸き立つ長湖部幹部・主将陣の片隅、それを眺めながら凌統が悔しそうに歯軋りをしていたのを、甘寧と孫権は見逃さなかった。
(続く)

614 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:21
-銀幡流儀-
そのに 「混沌の中の純潔」

「…くっ!」
執務室から離れて一人、凌統は壁に拳を打ち付けた。
惨めだった。
蒼天生徒会が誇る"鬼姫"張遼が、その威名だけで戦場を引っ掻き回していたあの日。凌統はすべての部下を戦闘で失い、蒼天生徒会五主将の一角・楽進を破るもその階級章を手にしたわけでもない。
残ったのは、全治一ヶ月の大怪我で戦える状態にない自分自身と…尊敬する姉から課外活動の舞台を奪い去った怨敵・甘寧の功績に対する見苦しいまでの嫉妬心。
「ちくしょう…ちくしょぉぉッ!」
獣の如き雄叫び…いや、慟哭の叫び声とともに繰り出される拳が、壁に自身の血を染め付けていく。
それでも、彼女はその行為を止めようとしない。拳は既に血にまみれ、一振りするごとに鮮血が舞う。
不意に、その手が掴まれた。
「………止めとけ」
「…ッ!」
振り向くと、其処には甘寧が居た。
振り解こうとするが、怪我の為に身体に巧く力が入らない。もっとも、万全の状態でも凌統が甘寧の力でねじ伏せられた場合抜け出すことはほぼ不可能だった。
「離せッ!」
もう片方の拳で甘寧の顔を殴りつけようとするが、それもあっさり止められてしまう。
そんな凌統を見つめる甘寧の眼は、何時ものそれではなく…酷く、哀しい眼だった。
その眼が、まるで自分を哀れんでいるように思えた。
その眼差しに、心の中を満たした悔しさと嫉妬が、暴れ狂うのがわかった。
「ちくしょう…さぞかし気分がいいだろうな! あたしはこの有様で、貴様は立派に面目を躍如して見せた! どうせこの負け犬みたいなあたしを嘲笑いに来たんだろうが!」
甘寧は無言だ。普段なら嫌味のひとつでも返してきそうな彼女がそんな態度をみせているのが、激昂した凌統をさらに苛立たせていた。
「何とか云えよッ!」
「なぁ凌…いや、公績」
不意に、自分のことを字で呼ばれ、凌統は驚いた。
本名でなく、字で呼ぶのは一種の礼儀である。自分のことを煙たがっていると思っていた甘寧が、自分に対して礼儀を払ってくれたことが、凌統には意外なことだった。
「お前が俺の行動に対して何思おうが勝手だ。確かに何時も何時もお前が突っかかってくるのは面倒じゃあったが…本音、嬉しくもあった」
「…え?」
「知っての通り、俺は不良上がりのはみ出し者だ。チームの頃からの仲間ならともかく、どいつもこいつも俺のことを怖がりこそすれ、親しく付き合ってくれるヤツなんて殆ど居なかったし、俺が不良上がりってことで馬鹿にするヤツだっていた」
甘寧の眼差しは、変わらない。凌統も、こんな甘寧を見るのは初めてのことだ。
「俺も俺で、そうやって意味なく怖がったり馬鹿にしたりするヤツ…お前のことだってうぜぇと思ってたのは確かだよ。だがな、思い返してみれば、それでも俺をかまってくれたのは子明さんと子敬と承淵、あとはお前くらいだって、気づいたんだ」
そう言って、寂しそうに微笑んでみせる甘寧。何時しか、凌統の心を満たしていたはずの負の感情は消え失せ、その一言一言に聞き入っていた。
「公績…お前が俺のことを嫌いだというなら、それでも構わない。でも、お前にもしものことがあって、俺に突っかかってこれなくなったら…やっぱり寂しいんだ」
甘寧は掴んでいた凌統の両腕を解放する。凌統は、自身の血で濡れた拳を、所在無さ気に下ろした。
「…言いたい事は以上だ。その怪我、ちゃんと診て貰えよ。じゃな」
それだけ言うと、甘寧は羽飾りを翻し、その場を立ち去っていった。
凌統には、その背中が、何時もよりずっと弱々しいものに見えていた。
「…公績さん」
はっとして振り返ると、そこには孫権の姿があった。どうやら、孫権も凌統の様子にただならぬものを感じ取って後を追ってきたようだった。
「公績さんの気持ちも、よく解るよ…でもね、興覇さんの気持ちも、すこし考えてあげて…」
泣きそうな顔でそう告げる孫権に、凌統は俯いたまま、無言でその場を立ち去っていった。

あの後、凌統は部屋の中で、今日あったことをずっと思い返していた。
姉の仇。不倶戴天の敵。打ち倒すべき相手。今日、自暴自棄になっていた自分を止めてくれた甘寧は、それまで自分が抱いていたどんな甘寧のイメージにも当てはまらないものだった。
(あいつは…あたしのことを純粋に心配してくれていた)
一番遠いところに居たと思っていた存在が、実は一番近いところに居たことを知って、正直、凌統は戸惑っていた。包帯の巻かれた両拳を見つめると、甘寧と孫権の言葉が、頭の中で繰り返される。
-お前にもしものことがあって、俺に突っかかってこれなくなったら…やっぱり寂しいんだ-
-興覇さんの気持ちも、少し考えてあげて-
何時もなら、顔を思い浮かべるたびに不快感を覚えるというのに。
(あいつの力なら、何時でもあたし一人潰すくらいわけないのに…あいつが、あんなふうに考えてたなんて…なのに、あたしは…!)
初めて相対した舞台は、去年の年明けにあった長湖部体験入部。その大舞台で、"銀幡"の演舞に踊りこんだ自分が、衆人環視の前で敵対宣言したのが初め。それ以来、凌統は甘寧を敵視し、逆もまた然りだった…はずだった。
何時から、甘寧の中でそれが違ってきたんだろう。
自分は、変わることがなかったというのに…
(違う…あたしは、最初はそんなこと、思ってなかった)
(あたしは…彼女を…甘興覇を超えようと、そう思ったんじゃないか…)
凌統は、そんな自分の愚かしさに、ただ涙を流すのだった。

翌日。
「こぉの恥知らずの外道どもがぁぁ! あたし達の怒り、思い知れぇぇ!」
先鋒軍の先頭に、普段はバットを持つ手で竹刀をぶん回しながら、長湖部の軍勢に突っ込んでいくのは満寵。何時ものぽやんとした温和そのものの表情は何処にもなく、こめかみに青筋すら浮かばせ、憤怒を露に次々と長湖部員を薙ぎ払っていく。
「旗なんて飾りに過ぎねぇけどなぁぁ! ヤツらの奪ったのはあたし達の魂だぁぁ!」
「このあたしがついていながら! このザマは何事だぁぁ!」
その左翼から曹仁、右翼から夏候惇も怒号とともに突撃をかける。
蒼天会旗を奪われたことは、やはりというか、蒼天会の主将たちにも大きな衝撃を与えていた。もっとも彼女達の怒りは、「会旗を奪われた」と言うことではなく、むしろ「会旗の近くにいた曹操を危険に晒してしまった」ことによるものである。
更に言えば、曹操に危害らしい危害を与えず、自分達を小馬鹿にするかのような、そんな行為に対する怒りでもあった。
「あ〜むっかつく〜! 大体ブレーカー周りを無防備にさらしすぎだっつーの!」
蒼天会本陣・合肥棟の屋上で戦況を眺める曹操も、悔しそうに地団駄を踏んだ。後ろに侍した劉曄がぼんやりした表情で呟く。
「…今回の件が帰宅部連合へ知られれば、彼女達も何処かの局面で使ってくるかもしれません」
「解ってるわよそんなことっ。ねぇ子揚、何か対策とかできない?」
「前々から申し上げていると思いますが…やはり本来の電源とは別に存在する、各棟の予備電源の復旧作業を早めるべきでしょう」
「そ〜ね〜…」
曹操はふと、怪訝そうな表情で劉曄のほうを振り向いた。
「…ちょっと待て…何時言ったんだよ、そんなコト? てかそんなのあったの?」
「…………ごめんなさい、知ってると思ってました」
ぼんやりした顔のまま、劉曄は悪びれることなくさらっと言った。
実は蒼天学園の各学区には、棟ごとに緊急時の予備電源が存在するのだが…黄巾党蜂起のドサクサで学園全体にある八割以上の棟で予備電源が壊され、二年以上経った現在もそのままである。メイン電源の安全性が良過ぎる為にほとんど支障は出ず、それゆえに直されもせず放っておかれたのだ。
そんな説明を受けた曹操は、
「そんなの初めて聞いたよ…つーか何で誰もそんなこと言わなかったのよぅ?」
「さぁ…」
同じ表情のまま小首を傾げる劉曄に、曹操も呆れ顔になる。
「まぁいいや、知ったからにはどうにかしなきゃなんないわね。次の生徒会会議で優先事項として審議にかけないと…とりあえず勢力境界線にある合肥や襄陽、長安あたりのを速攻で直しておきたいわね〜」
なにやら懐からメモ帳を取り出し、メモをとりだした曹操の姿を見ながら、劉曄は相も変わらずぼんやりと突っ立っていた。

615 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:22
曹操と劉曄がなにやらやり取りしていた、同じ頃。
「ええ!? ちゃんと探したの!?」
「すいませんッ! あたし達がちょっと目を離した隙に…」
狼狽した表情で濡須棟執務室から飛び出した孫権。その後ろ、数人の少女達が後を追って出てくる。
「公績さん、絶対安静の大怪我なんだよ? …それに、武器だって壊れちゃったんでしょ?」
「え、ええ…確かに凌統先輩愛用の"波涛"は前の戦闘で壊れましたが…」
「…じ、実は凌操先輩の"怒涛"を持ち出したみたいで…」
「嘘ッ!?」
少女の言葉に、孫権は狼狽の表情を強める。
"波涛"とは、凌統の愛用していた両節棍(ヌンチャク)の名前で、先に凌統が楽進と戦った際、最後の一撃を繰り出した時に破壊されたモノだ。"怒涛"は凌統の姉・凌操が愛用していたもので、"波涛"よりも重く、棍の部分も長めなので、取りまわしが難しい。
凌統は、それゆえこれまでに参加した戦闘で一度も"怒涛"を使ったことがなかったのだ。
「無茶だよ! 普段だって使わなかったものなのに…」
「部長!」
正面から駆けて来たのは甘寧と、数人の"銀幡"の少女達だった。
「興覇さん! 公績さんが…!」
「解ってる、承淵のヤツが一度止めたらしいんだが…今あいつに後を追わせてる。俺もヤツを連れ戻しに出るが…」
どうやら甘寧も甘寧で、丁奉らに凌統の様子を見張らせていた様である。待機命令の出ている甘寧のことなので、恐らくここへは出撃許可を取りにきたというところであろう。
「御願い! 早く、早く連れ戻して!」
「承知ッ!」
言うが早いか、甘寧は窓を開け放つと、そこから一気に一階へと飛び降りた。

「はぁ…はぁ…」
戦場の一角、小さな林の中に、彼女はいた。
年季の入った大振りの両節棍をしっかりと掴んだ手の包帯は、紅い染みをつけている。
「やっぱり…まだあたしには早かった…かな?」
肩で息をしながら、自嘲気味に呟く。
顔は蒼白で、体中の包帯や湿布の存在が痛々しい。この満身創痍の状態のまま、凌統はこっそりと寮部屋を抜け出し、合肥と濡須の間にある戦場へと舞い戻ってきていた。
壊れた"波涛"の代わりに持ち出してきた"怒涛"の重さと長さは、傷ついた彼女の身体に予想以上の負担を強いていた。数人を薙ぎ払うだけで、かえって自分の体力を大きく奪われていったのだ。
「公績先輩っ!」
林の中に人影が飛び込んできて、凌統は弱った身体を叱咤して身構える。それが丁奉であることに気づくと、凌統は再び背後の木にもたれかかった。
「承淵か…」
「先輩、御願いですから戻ってくださいっ! 皆さん、先輩のこと心配してるんですよ! 部長だって…それに…興覇先輩だって!」
凌統の服に取りすがって、丁奉はなおも叫ぶ。
「先輩…先輩は御存知ないかもしれませんけど…興覇先輩、ずっと公績先輩のこと心配していて…今回、あえて出撃を辞退して待機しているのだって、公績先輩が戦えないって事を知ってたから…公績先輩と一緒に戦えないのが嫌だ、って言って…」
「解ってる…解ってるんだ、そんなコトは」
「…え」
丁奉はきょとんとした表情で、凌統を見た。
「つまらないことに固執して…あの人を…興覇のことを解ろうともしなかったのは、あたしのほうだったんだ…あたしは興覇を越えたい…そのために、この程度の怪我で寝てるワケにいかない…」
よろめきながら、凌統は再び立ち上がった。その表情からは、鬼気さえ漂い始めていた。
「…あたしの命に代えても…張遼を飛ばしてみせる!」
「いい心がけだ」
ふたりが振り向くと、そこにはひとりの少女が立っていた。
口元にはわずかに笑みがあるが、その瞳はあくまで冷たい。冷たいながらも、その瞳の奥には確かに憤怒の炎が燃え盛っているように思えた。
その正体に気づいた瞬間、丁奉の表情が恐怖に凍る。
(張遼さん! そんな…こんなところで…!)
ふたりはまるで金縛りにあったかのように、微動だにせずその少女−張遼を見つめていた。
「ここで討つのは惜しい気がするが、文謙を倒すほどの力量を持った貴様をただで帰すつもりはない…手負いといえど加減は無いぞ!」
突きつけた竹刀を八相に構えると、張遼の周囲の木々が、僅かに揺れて音を立てた。まるで、その鬼気から逃れるかのように。
「…願ってもない相手だ」
「先輩!?」
震える足を、よろめく身体になんとか気合を入れなおして、凌統は構えをとった。
「承淵…あんたは逃げろ。張遼の狙いもあたしだ。あんたには関係ない」
そんな凌統に触発されたのか、丁奉も持っていた木刀を正眼に構える。恐怖のためか顔は強張っているが、それでも何とか、腹を括って踏ん張ってみせた…そんな感じだ。
「先輩を、置いてはいけません…それが、あたしの役目ですから」
「バカっ! そんなことはどうだって…」
「それに、ふたりがかりでも…あたしも、挑戦してみたい」
「承淵…あんた」
「いい根性だ…張文遠、参る!」
一瞬笑みを浮かべた張遼の形相は、次の瞬間、鬼のそれに変わった。

「くそっ…あいつら、いったい何処まで行きやがったんだよ…!」
甘寧は数名の“銀幡”メンバーとともに戦場を駆けていた。その表情には焦りの色も見える。
「多分ですけど、あいつ蒼天会の本陣にでも向かってるかもしれませんよ? あいつがリーダーに対抗意識を燃やしてること考えれば…」
「ちっ…他の奴等ならいざ知らず、公績なら十分有り得る! だが、承淵のヤツが何処で食いついたかさえ解れば…」
そして、数分前まで凌統たちがいたあたりに辿り着く。
そこには凄まじい戦闘の跡があった。細い木は悉く折れ、太い木の幹にも何かで抉り取られたような痕が生々しく残っている。折れた木の様子から、そうたいした時間が経っていない事も読み取れた。
「な、何これ…!」
「いったい…ここで何が…」
その時、木々の折れる音が聞こえる。その中にはかすかに…。
「居た! あいつ等だ!」
「って、ちょっと待って、まさか戦ってるの…」
その相手を類推し、少女達の顔から笑みが消えた。
「は…ははは…マジか、オイ」
甘寧も流石に苦笑するしかない。手負いの凌統と、素質はあってもまだまだ発展途上の丁奉の二人が、どのくらいの時間かは知らないが、あの張遼を相手に戦っているらしいことなど、考えもつかないことだった。
「…どうします? 向こうもひとりだと思うんですが…」
「どうしますもこうしますもねぇだろ…俺が張遼を食い止めるから、おまえ等は公績と承淵を抱えて逃げろ、いいな?」
少女達は一度、互いの顔を見合わせて、頷いた。
傍らの少女から愛用の大木刀“覇海”を受け取り、一振りする甘寧。
「いくぞおまえ等! 目的履き違えるなよ!」
「応ッ!」
甘寧が林の奥へと飛び込むとともに、少女達も次々と藪の中へ突っ込んでいった。

何度目だろうか。
張遼の鋭い一撃が、一瞬前まで自分の頭があったあたりを掠め、大木の幹に痕をつける。エモノが竹刀であるにもかかわらず、「学園最強剣士」の名をほしいままにする張遼が繰り出す一撃は、まるで鋼鉄の棒で殴りつけたような衝撃を生むものらしい。
ふたりは、その恐怖の一撃をカンと偶然だけでかわしていた。林という地の利が無ければ、恐らく一番最初に放ってきた一撃だけでふたりは飛ばされていたかもしれない。凌統も丁奉も、相手の力量と自分達の力量の差を読み違えていた愚を悟り、何時しか逃げることに専念していた。
走っているうち、不意に目の前が開けた。合肥棟の裏山、その反対側であるのだが、凌統たちにはそんなコトは解るはずも無い。しかし、自分達が絶体絶命の窮地に追い込まれたことは理解できた。
「…鬼ごっこは終わりだ。ここなら、遮るものは何も無いぞ」
振り返った先に姿をあらわした張遼は、まったく息を切らしている様子は無い。満身創痍の凌統は言わずもがな、その凌統を庇いつつ逃げてきた丁奉も完全に息が上がっている。
「覚悟しろ…貴様等の健闘に免じて、痛いと思う前に意識を飛ばしてやる」
踏み込みとともに剣閃が飛んでくるのが見えた。
ふたりは無意識のうちに、互いを庇いあうようにして目を閉じた。
(続く)

616 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:23
-銀幡流儀-
そのさん 「果てしない青空に誓う」

まるで雷鳴のような音がした。
しかし、痛みのようなものは何処にもない。目を開けたふたりが見たのは、鮮やかな一対の羽飾り。
「…間一髪、だな」
「興覇先輩!」
甘寧は振り向いてふたりの無事な姿を確認し、口元を緩めた。次の瞬間、猛獣のような咆哮とともに、力任せに張遼の身体を後方へ突き飛ばした。
「…ぐ…!」
不意を突かれた張遼は大きく間合いを離されたが、それでも難なく踏ん張ってみせていた。
間髪いれず、茂みの中から飛び出してきた"銀幡"の少女達が、凌統と丁奉のふたりを護るように集まってきた。
「よし、そのまま行けッ!」
「おのれッ…!」
甘寧の合図とともに少女達が凌統と丁奉を抱えて逃げ出すのと、体制を立て直した張遼が再び踏み込んできたのはほぼ同時だった。
甘寧はその前に立ち塞がるように滑り込むと、再び覇海を縦に構えてその剣を受け止めた。
「そうはいかねぇぜ大将、ここからは俺様が相手だ」
「ふ…そう言えば貴様にも、蒼天会旗奪取の屈辱の件で、叩きのめす理由があったな…甘寧!」
「報恩と報復、それが俺達"銀幡"のモットーだ…てめぇがかましてくれた上等の礼、気にいったか?」
「ほざいてくれる…」
膂力は互角。少女同士の立ち合いとは思えない鍔迫り合いは、張遼が不意に力を緩めて後方へ飛びのいたことで均衡が崩れた。
「…!?」
勢い余ってバランスを失った甘寧。
その隙を逃すことなく、張遼は踏み込みと同時に袈裟懸けの一撃を繰り出してきた。
茂みの中でその様子を見た丁奉が堪らずに叫んだ。
「先輩!」
「ちっ…甘ぇんだよ!」
驚異的なバランス感覚で踏み止まった甘寧は辛うじてその一撃を払い返した。
しかし張遼は怯むことなく、その刹那の間に剣を柳生天に構え直す。
(!)
甘寧の背筋に一瞬、悪寒が走った。
先に放った"仏捨刀"はオトリ。本命は、この構えから繰り出される"逆風の太刀"。
「これで、終わりだッ!」
火の点くような速度と勢いで、逆風に切り上げられた竹刀の一撃が、甘寧のがら空きになった左脇腹へと吸い込まれていった。

かしゃん、と音をたてて、グラスが床で砕けた。
「わ! 仲謀様っ、大丈夫ですか!?」
「あ…う、ううん」
谷利が慌てて箒と塵取りを持ってきて、破片を手際よく片付ける。
「ダメですよぼーっとして…仲謀様、どうかなさったんですか? 顔色、良くないです」
孫権のただならぬ様子に気づいた谷利が、心配そうに主の顔を覗き込む。
「あ、えと…大丈夫だよ…ごめんね阿利」
「…そうです、大丈夫ですよ…興覇さんだったら、きっと巧くやってくださいますよ」
あわてて取り繕ってみせる孫権の心中を悟ったのか、谷利はそう言って元気付けようとする。
「うん…」
しかし、孫権の胸騒ぎは収まる気配を見せようとしない。
窓の外を眺める孫権の表情は、今にも泣き出しそうなくらい、不安に満ちていた。

ふたりは技の極まった体制で、ピクリとも動かない。
少女達も茂みの中で立ち止まり、その光景に釘付けにされている。
「…捕まえたぜ」
「な…!」
見れば、甘寧は技を極められた状態で、脇腹と肘で竹刀を受け止めている。
甘寧は技の極まる一瞬、僅かに前へ踏み込んで、鍔元を受けたことでダメージを減殺したのだ。
「今度は、こっちの番だ…喰らえッ!」
甘寧は張遼が見せた隙を逃さず、その肩口を掴んで思いっきり頭突きを食らわせた。
「ぐあ…!」
直接、脳へダイレクトに伝わった強烈な衝撃に、さしもの張遼も大きく体制を崩した。
軽い脳震盪を起こした彼女の膝が地に付く。
「よし、今のうちにずらかるぞ!」
「くっ…待てッ!」
「待てと言われて待つバカはいねぇよ! あばよ、張遼!」
甘寧が茂みに飛び込み、少女達とともに逃げ去るのを、張遼はただ眺めていることしか出来なかった。

それから数刻、凌統と丁奉の救出に成功した甘寧ら"銀幡"軍団は、引き上げにかかっていた周泰の軍団と合流し、誰一人欠けることなく濡須棟へ帰還してきた。その際、甘寧は帰路に立ちふさがった蒼天会の一軍を散々なまでに討ち散らし、その将と思しき少女を負傷させるという活躍を見せた。
その討ち漏らした少女が何者だったかなどと言うことは、甘寧以下誰も知ることはなかった。ただこの日の一戦で、蒼天会でも夙に名の知られた良将・李典が帰還中の長湖部軍と遭遇し、それとの戦闘によって受けた怪我が元で引退を余儀なくされたという記録が残っている。
この二つの記録に整合性があるのか否か、はっきりはしていない…何しろ、その記録もいわゆる風説の類であり、その根拠として信用できる史料がないのだから。

617 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:23
「公績さんッ!」
抱えられていた凌統の姿を認めると、棟の昇降口で待っていたらしい孫権が泣き顔で駆け寄り、その傷ついた身体を抱き寄せた。
「ばかばかっ! なんでこんな無茶なことしたんだよっ! どれだけ、どれだけ心配したと思ってるんだよっ…!」
「…すいません、部長」
その様子を見ていた甘寧が呟いた。
「部長…差し出がましいことかも知れねぇけど、公績の気持ちも酌んでやってください。コイツはコイツなりに、必死に考えた末の事だと思いますから」
そして、しゃがみこんで凌統の肩を叩く。
「無茶をやらかすのは結構だが、せめて怪我してるときくらいは大人しくしてな。お前が万全なら、張遼のタコに負ける要素なんて何処にもねぇんだからな?」
「…うん。た…助けてくれて、ありがと…先輩」
恥ずかしそうに俯いて、呟くように言う凌統に、甘寧は苦笑した。
「ああ…でも先輩は止せ、そんなの承淵だけでたくさんだ」
「…わかったよ、興覇」
そうやって笑いあう二人には、もうこれまでのようなわだかまりはすっかり消え去っていた。
だが、異変が起きたのはそのときだった。
「っと、これで…俺様の……仕事、は…」
立ち上がろうとした甘寧の体が、突如力を失ったようによろめく。
動かない世界の中で、まるでスローモーションを見ているかのように、その体が大地に倒れた。
「興覇さんッ!?」
「先輩!?」
一瞬置いて、孫権と丁奉の悲鳴が上がる。
慌てて身体を抱き起こす少女達。
「ちょっと、リーダー! しっかりしてくださいっ!」
「先輩っ! 先輩っ!」
「ちぃっ、救急車だッ…誰か救急車呼んで来いッ!」
その騒ぎに、帰還してきた呂蒙、潘璋、徐盛も慌てて駆け寄ってきた。
「そんな……」
その光景を眺めていた凌統は、呆然と呟いた。

それから一週間の時が過ぎた。
合肥・濡須の攻防戦は、秋口からの風邪の流行のせいもあり、合肥棟と濡須棟の中間点を長湖部・蒼天生徒会双方の勢力境界線とすることで和議が成立し、束の間の平和が訪れた。
凌統の怪我も、彼女の強い自己治癒力のせいもあってかほぼ平癒し、日常生活には殆ど支障がなくなっていた。
しかし、甘寧の容態は予想以上に深刻で、未だに揚州学区の総合病院の集中治療室にいるらしい。
総大将不在という事もあり、丁奉を含めた"銀幡"軍団は臨時に潘璋預かりになった。
濡須棟の屋上で、孫権と凌統は互いに顔を合わせることなく、戦場となった大地を見下ろしていた。
「…肋骨を2本、折ってたんだって。内臓も少し傷つけてるって…全治六ヶ月って、お医者様は言ってた」
「そうですか…」
凌統には、その原因はわかっていた。
(もし、あれを受けたのがあたしなら…今頃は土の下か)
凌統は、甘寧が張遼の逆風の太刀を受けたシーンを思い返していた。
やはり、いくら技の威力を減殺したとはいえ、受けた場所が悪かったのだ。
それでも、やはり甘寧だったからこそ、こうして生き延びることが出来たのだろう。
「あたしは…あいつが、興覇がいなければ、今此処に居られなかったんですね」
「え?」
自嘲気味に呟く凌統に、初めて孫権は振り返った。
「もしかしたら、あたしがそれと気づいていないだけで…もっと何回も、興覇に助けられていたような、そんな気がします」
「…うん」
「あたしがもっと素直に彼女のことを理解することができていれば、こんな気持ちになる事だって…」
「公績さん…」
凌統の目から涙が溢れ、俯いたその頬を流れ落ちる。
「…まだ、決着だって…つけてないのに…」
「縁起でもない事言わないでくださいッ!」
その時、屋上のドアを勢いよく跳ね飛ばし、丁奉がそこから踊り出た。
「興覇先輩はあんな程度でまいるほどヤワな人じゃないです! そんな言い方、先輩に失礼ですよっ!」
そう言って、ぷーっと膨れてみせる。
呆気にとられた孫権と凌統だったが、そんな丁奉の様子がおかしかったのか、つい噴き出してしまった。
「う、うん、そうだよ。承淵の言う通りだよ」
「…そうだな…こんな程度でどうにかなるようなヤツじゃないよな、興覇は」
「そうですよ」
ふたりが笑顔に戻ったことを確認し、丁奉も少し笑った。
「そうそう、今日ようやく…先輩と面会ができるようになったんです」
「本当!?」
「ええ…そんな長い時間は無理だったんですけど…それで公績先輩に、届け物を預かってきたんです」
そうして差し出されたのは、一通の手紙だった。
凌統がそれを開くと、そこには、
-じきにこんなトコ抜け出て来てやるから、そうしたらお前との勝負、受けてやるから覚悟しとけ!-
そう簡潔に、勢いの良い字で書かれている。
「有難いこった…今からちゃんと技を磨いて、今度こそあっと言わせてみせるさ…」
どこか吹っ切れたように、凌統は手紙を握り締め、何処までも蒼く広がる空を見上げる。
その先で、苦笑する甘寧の顔が見えたように、彼女には思えていた。

余談になるが、公式記録では、この戦いののちにあった荊州攻略戦の参加主将の中に、甘寧の名を見ることはない。甘寧の武を誰よりも評価し、彼女を活かしてきた呂蒙が指揮していたハズのこの戦いにおいて、その名が見られないのは不思議である。
そのため、合肥・濡須攻防戦において華々しい戦績を挙げた甘寧は、その理由も定かならぬまま突如引退したとも囁かれたが…ある記録によれば、長湖部存続の危機とも言われた夷陵回廊戦の前哨戦にて、病に冒された身で出陣し、激戦の中で散ったとも伝えられている…。
(終わり)

618 名前:海月 亮:2005/03/16(水) 21:42
なんだかSSを持ってくるのがえらい久方ぶりになってしまいました…ってなわけで、海月です。
まぁ、一話ずつ上がり次第持ってくれば良いような気もしましたけど、そうすると、多分完成しないような気がしたんで…所詮、人間失格ですので_| ̄|○

前々から甘&凌の和解話を書こう書こうと思ってたんですが、なかなか構想がまとまらなくて(楽進も別件で飛ばされてしまいましたし;w)最終的にこの形になるまで随分かかりました。
甘寧の百人夜襲(ここでは十人ですが)もセットで。あと、「玉屋歴史館」(玉川様のページのコーナーですな)に取り上げられていた甘寧の最期に関する記事も取り入れてみたり。

でも出来上がってみると、拙作「風を継ぐ者」の冒頭展開につながってるようで居て、微妙につながってないような。
毎度の如く歴史考証もさっぱりだし…相変わらず承淵嬢ちゃんの出番むだに多いし…むぅぅ…いずれ書き直すかなぁ。

619 名前:岡本:2005/03/17(木) 15:49
海月様
>久方ぶりのSS
私から見れば驚異的なハイペースですが。お話としては、甘寧&凌統の魏呉激突
前後の諍いと和解ですね。凌統の無双W登場もあって学三の気運を高めるには
効果的な話題ですね。

>楽進
個々人によって解釈や膨らませ方は違いますので、無理に先人の作品に
こだわる必要はないと思いますよ。納得できない解釈がなされている作品例
も多々ありますし。異説によると...が蔓延しているのが学三ですから。
>丁奉の出番
呉の趨勢を長年見ていた人物としてはむしろ最適では。
そういえば蜀では廖化がいましたが、魏には該当する人物がいましたっけ?
私も関羽に比重が恐ろしく偏っていて、なんとか釣り合いをとらねばと
考えています。
気にされていると思われる、”贔屓がすぎて読者にひかれるのでは?”という
事に関しては、各筆者の常識と良識に任せるとしか申し上げれられません。

>痛い三国迷のコメント
私個人として、(張遼を持ち上げるためだけに)
逍遥津で凌統が楽進を倒したのと甘寧が李典を倒した設定は
蒼天航路の数あるミスでも容認できないものです。
魏書を読めば、李典や楽進は凌統や甘寧程度で釣り合う相手ではないと分かります。
(甘寧に関しては、限られた条件内では戦術能力で五覇に匹敵しえますが、将としてのトータルで
考えると大きく劣ると考えています。)
そもそも、水戦ならいざ知らず、陸戦で呉が魏と互角に戦えるはずがありませんから。
逆も真なりですが。合肥・濡須を巡る戦いでは双方共に強化された防御線と兵科特性の相性の
悪さで決め手に欠いていたのが実状ではないかと。
大体、キャラ数を三国でそろえるためだけに、どう考えても”三国無双”にはほどとおい連中の
比率が呉では魏・蜀よりも圧倒的に高いです。
もちろん、呉で上から拾っていけば凌統は無視できる存在ではありません。

620 名前:海月 亮:2005/03/17(木) 18:47
>異説
そいつを言われてしまうと…
ただ、楽進vs凌統の展開は活かしたうえで話を書きたかったってだけでして。
満寵達がキレて突っ込んでいくのも、何気に「蒼天航路」のオマージュですからね。

>「蒼天航路」逍遥津
仰られる事、確かに一理あると思います。
将器そのものに釣り合いが取れているかどうかの解釈は、人それぞれではないかとは思いますが、少なくとも張遼、李典、楽進の三人に関しては、そこまで差があるのかとは思いますし。
というより、むしろ「張遼がそこまで抜きん出ていたのか?」というところでしょうか。
甘寧の百人夜襲もですが、騎馬八百で孫権の本陣を急襲した件のインパクトが強すぎるせいもあるかと。
結局、目立ったもの勝ちなんですかね?

621 名前:北畠蒼陽:2005/03/17(木) 20:38
>海月 亮様
まずはわけのわからん名前でメールを出してしまったことに10万の謝罪を……
いや、あれ、私がネットゲームで使ってるキャラの名前なもので^^;

んで感想ですけどまぁ、私はシーンが最初に頭の中に思い浮かんでそのシーンを描くためにストーリーを作っていく、っていう邪道1207%(約12倍の邪道)な人間なんで
『あ、このシーンいいな!』とかそういうこと思いながら読んでました!
えぇ、孫権のばかばかっ!とか、ばかばかっ!とか、ばかばかっ!とか。

まぁ、全部の作品の設定をすべて包括しつつ描ければそれがベストなんでしょうけど、そげなこと難しいけぇ(方言)逆に学三、という世界の設定に幅が出て面白いんじゃないでしょうかね。
『この人はこう書いたけど自分はこう書くよー!』みたいな感じでしょうか。

そうでも思わなきゃ自分は……自分は……(ノ_・。

>今週の蒼天航路を読んでのご感想
……牛金の話を書いた直後に……_| ̄|○
近所のコンビニまで旅に出ます。探さないでください。

622 名前:岡本:2005/03/17(木) 22:06
>結局目立った者勝ち?
大抵の人が三国志に足を踏み入れる原因が三国志演義であり横光であり人形劇
であったり三国無双であったりするわけです。客引きができないとお話にならないわけです。
目立った活躍をした人物に光があたり、さらにファンが煽って尾ひれをつけて
新たなファンを生むという構造上、目だった活躍をする人間のファンが持ち上げられる傾向
にあるのは必然でしょう。
受け入れられる裾野を広げる意味では当然の流れでしょうね。

ただ、よりこの時代に興味を持つと単なる荒唐無稽な英雄譚に飽き足らなくなって
実状はどうであったのか個人的に調べるようになり、新たな見方を見つけていくのだと思います。
三国迷の誕生ですね。そしてマイナーといわれる人物に目をむけ、彼らも決して
メジャーな人物に引けをとるわけではないと見るようになるわけです。
学三で、”演義でメジャーな人物の登場が遅れる”というのもその例です。

ですが、最初っからそういう人物を好む傾向が現れるのは不気味でもありますよ。
例えば張遼の活躍する合肥戦役以前にも2,3回、孫権の10万の軍による襲来を合肥城は撃退
しています。これらの戦いには張遼は全く関係有りません。殊勲甲は揚州をにらむ上で合肥の重要性に
着目し廃城と化していた合肥城を整備して周辺の豪族を慰撫した劉馥です。
彼のような有能な人物が多数いたことが曹魏の強さの一つですね。
こういった人物の存在に気づくことで、張遼がいたから(もちろん、彼の果した役割も大きいですが)
合肥戦役で孫権を撃退できたわけではないと理解を深めていくことができるわけです。

けれども、蒼天航路で劉馥ファンになったならいざ知らず、最初から
「劉馥サイコー」といっている三国志ファンがいたらかなり怖いですよ。

623 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:35
-どおきのきづな-

……同級生は仲がいいものだ、とか世間では思われているようだ。
……確かに私にだって仲がいい人がいないわけじゃない。
……でも、なぁ、とか思う。

「んあ?」
……本当に同年代ってのは仲がいいものなんだろうか、そういったことを尋ねたとき彼女の第一声がそれだった。
……私の同級生といえば彼女……寮でも同室の王昶……文舒のほかに諸葛誕、胡遵、昜、司馬姉妹。それから今、眼前の寿春棟に自分の妹、カン丘秀とともに立てこもる彼女、カン丘倹……
……別働隊を率いている文欽、といったところだろう。
……彼女は叛乱を起こし、私たちはそれを鎮圧に来ていた。
……彼女がなぜ叛乱を起こしたか、ということはわからなくもないつもりだ。
……年下ながらひときわ強い光を放つ夏侯玄に魅せられながら、同じく彼女の未来に夢を見ていた李豊が司馬師を失脚させ、夏侯玄をトップに据えよう、などと考えたことから夏侯玄もトばされ……
……カン丘倹は夢を失った。
……今、カン丘倹には司馬師に復讐することしか考えてないんだろうなぁ、と思う。
……でも私には特にそれ以外の感慨も沸いてこない。
……しょせんヒトゴトなんだろうな、と思う。
……そんな関係の同級生が仲がいい、とかいわれてもぴんと来ないのである。
……文舒にそう言うと……
「伯輿ってば難しいこと考えてんね」
……んっと、あなたは考えないの? あっそう……

……私は王基、あだ名は伯輿。
……荊州校区総代として王昶と一緒に長湖部を攻めたりしている。
……自画自賛だけど文舒とのコンビプレーだったらそうそう負ける気はしない。
……今回もそれを買われてカン丘倹の反乱鎮圧に送り込まれた、わけだ。

……客観的に見てカン丘倹の叛乱は成功することはないだろう。
……司馬師を筆頭に文舒、昜、諸葛誕、胡遵……そして私。
……同年代のほとんどを敵に回したこの戦いで勝機など万に3つしかありはしない。
……1つ、戦いの長期化とこの叛乱に呼応する長湖部の援軍。
……2つ、戦いの長期化と病気なのに強行してこの戦いに参加している司馬師の病状悪化。
……3つ、カン丘倹と一緒に叛乱を起こした文欽は寿春棟から出ているので、その別働隊としての動き。
……まぁ、そういったことに気をつけていればほぼ負けはありえない。
……だから逆にかわいそうなんだよね、カン丘倹。
……滅びの美学、ってのは私も持ち合わせてるつもりだから。

624 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:35
「戦場で余計なこと考えてるとトばされるよ、伯輿。今は同級生がどう、って話じゃない。私たちが戦ってるのは同級生、カン丘倹じゃない。ただの敵」
……文舒に叱られた。
……反省。確かに王昶の言うとおり。迷いは戦いのあとに置いておくものだ。
……
……? 文舒?
「ん? なに?」
……その拡声器はなに?
「いや、これで投降促すの。戦いがなければそれに越したことはないしね」
……戦いがなければそれに越したことはない、という彼女の言葉は正論だ。
……でも、なぜか私は言い知れない不安を感じた。

「あー、あー……カン丘倹のとこのみなさ〜ん。毎度おなじみの生徒会ですー。あんたがたは完全に包囲されてまーす!」
……拡声器を通して文舒の声が響き渡る。
「みなさんが叛乱起こしてー、故郷のお母さん、泣いてるんじゃないかなぁ! きっとお母さん、涙流しながらこう言うんじゃないかなー? 『人生に絶対はない。でも人に迷惑かけたらあかん』……お母さんそう言ってあんたがたのことを育ててきたんじゃないかー!?」
……不安的中。文舒は説得に向いてない。それも致命的に。
……しかもなんでお母さん、関西弁?
「うぅ……お母さん!」
「まてまて、秀! あれは敵の誘降の策略だ!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……あれでなんで泣けるか。
「危ない危ない! 敵の策略に引っかかるところだった!」
……危なかったのか。

「私は生徒会の胡遵です! みなさんを説得しにやってきました!」
文舒の次に拡声器を持ったのは胡遵だった。堂々としてる、声だけは。
「みなさんの叛乱に一般学生は迷惑を被っています! 一般学生にこれ以上の圧力をかけないためにも矛を収めてもらえないでしょうか!」
言うことは立派だ、言うことは。
「うぅ……ごめんよ、一般学生!」
「まてまて、秀! そういったこと前もってわかってただろうが!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……面白いなぁ、棟内。
「このようなあなたがたの暴虐に対し……」
「うるさいぞ! 地味っ子、胡遵!」
……あ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! 地味なんて酷いーッ!」
胡遵は拡声器を捨てて泣きながら走っていった。
「ウィークポイントをついた一言。敵ながら見事だね」
……うん、お見事。
……いつの間にか役目を終えて私の隣に来ていた文舒に私も深く頷いた。
……文舒がやけにすっきりした顔をしていたのが気になった。そんなにお母さん話をできて満足なんだろうか。

625 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:36
「カン丘倹! なんで私に相談してくれなかったの!?」
……次に拡声器を持ったのは諸葛誕。
……うん、それだったら期待できそう。
「私に相談してくれればもっといい方法だって思いつくことが出来たのに! ……文欽ね!? 文欽でしょ!? あの女狐がカン丘倹をそそのかしたんでしょ! 文欽めー! 曹爽とかと同系列のくせにー! 死んじゃえー!」
……うーわ。まともだと思った私が早計だった。
「うぅ……そうだ、文欽が悪い!」
「まてまて、秀! あれ、もう説得になってないから!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……よくいえば感受性が強い、とかそういう感じなんだろうな。
「危ない危ない! 敵の策略に引っかかるところだった!」
……カン丘倹、大変だなぁ。

「えっと、あの……う、あ……えー、えっと……そ、その……あの……えっと、えー……あー、その……うん、あの……」
……次に拡声器を持ったのは……昜。
……ここでようやく私は気づいた。
……やばい、司馬師面白がってる。
「えっと……あの、えっと……み、みなさん……だから、その、あー……うん、と……あの、だから……えー、や、やめたほうがいいと思います、けど……えっと、な、なんでかっていうと、あ、あの、つまり……えっと……あの、や、やめたほうがいいと思います」
……どもるにも程があるだろう。
「うぅ……どもってるよぅ!」
「まてまて、秀! いや、だからなんでそうなるんだよ!」
……寿春棟の中から声が聞こえる。
……カン丘倹のことを思うと涙が出てくる。
「危ない危ない! 敵の策略に引っかかるところだった!」
……かわいそうなカン丘倹。

……私は司馬師のところにいこうとしていた。
……こんな説得ショーで時間つぶすより、今は速攻で片付けるべきだと思ったからだ。
……司馬師は、いた。そしてサイコロを振っていた。
「あ、王基、ちょうどよかった。今、2が出たから次、貴女が説得してきて」
……サイコロで決めてたのか。
「ね? 説得任せたから」
……私、口下手だから。
「あらそう、残念……んじゃショータイムも終わりってことでそろそろ動きますか」
……了解。その言葉を最初から聞きたかったけどね。

「イッツァショーターイム♪」
……嬉しそうに司馬師は叫んだ。

626 名前:北畠蒼陽:2005/03/18(金) 11:42
学園モノなんだから同級生モノってことでやっちゃいました……_| ̄|○
まぁ、王昶&王基がこの中じゃ一番仲いいんでしょうけどね。

ちなみにツッコまれる前に補足。
カン丘倹が立てこもってたのは寿春じゃないですね。
まぁ、学園における『棟』って単語をどこまで使っていいかわかんなかったのでこうなりました。
これは私の設定知識の不足ってことで反省してきます。
反省して三国志大戦してきますひゃっほう。

627 名前:海月 亮:2005/03/18(金) 18:16
自作品について、泣き言をひとつ。
結局のところ、初心者スレで呉派を宣言して入って来た以上、どうしても作品の方向性が呉に偏らざるを得ないのですよ、ワタクシ。
ただ、それだけですから。ええ。

でも次はそろそろ、蒼天会で何か書きたい気分…陳矯か、陳泰&昜あたりで。

北畠様へ。
>メール
つかこちらこそ、返信が随分遅れて面目次第も(以下略
もしかしたら、おいらのは宛名が本名になってる可能性が(オイ
>孫権たん
海月のなかでは大体、(シラフのときは)あんなイメージなんですよ。
あれが二宮の変の頃になるとどうコワれていくか、想像するだけでも萌えると思いませんか?
>毋丘倹と毋丘秀
仲恭ねーさん哀れすぎ…。
個人的には泣きながら走り去る胡遵がツボです。なんか、絵ぇ描けそうなくらいはっきり想像できました(w
あと、どもり昜と暴走諸葛誕もいい味出てますなぁ〜。

628 名前:★ぐっこ@管理人:2005/03/22(火) 01:35
>卒業
。・゚・(ノД`)・゚・

そうですよねっ!袁紹は曹操にとって、長年世話になったお姉さまですもの!グランスールですもの!
許攸…難しいキャラですよねえ(^_^;)
リヨみての中では白薔薇っぽい立ち位置にいますが。彼女の場合、「おこった事」の解説
(言い訳ともいう)は天才的。難解な事態に遭遇しても、蕩々と現状分析とかするから、
みんなそれに感心して、よほどの鬼謀の女と思い込むのですが、実は「これから起こる事」
の予測は凡人レベルだったり。荀揩竓s嘉たちとの決定的な差ですな。

袁紹や袁術は、それぞれ財閥の後継者として巣立ち、例えば荀揩ネんかは、後に天才
経営コンサルタントとして、財界に名を馳せることになったり。
曹操と劉備はどうなるんだろ(^_^;)


>王凌
なるほど…。最後まで読んで、王允の亡霊の意味がわかりました〜
太原王氏も含め、このへんの王姓のひとってややこしいなあ(^_^;)
揃いも揃って高官になってるし…久々に辞書読み返して再確認…。
そういや王淩も、叛乱を起こす直前まで、三議長のポストを歴任するほどの大物だったのですね…

>牛金
そういえば今週の蒼天。・゚・(ノД`)・゚・
牛金ネタといえばhttp://gukko123.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/12ch/read.cgi?bbs=sangoku&key=1036208714&ls=50
あたりが懐かしい。
彼女も曹仁の下で相当に鍛えられて、司馬姉妹に恐怖されるほどの女傑に成長したっぽい。
牛氏の小吏に関する真偽はさておき、学三的には彼女をピックアップしたいところ( ゚Д゚)!

>銀幡流儀
大作乙( ゚Д゚)!
むう、シーンとしてはあのへんか!
魏は魏で、呉は呉で色々あるんだなあ、というドラマが詰め込まれてるシーンんになって
ますやね〜。
まだまだ甘寧に貫目が足りない凌統はもとより、丁奉が健気な後輩ってのもいいなあ〜。
この暴風娘甘寧の姉貴分である呂蒙が、登場しないぶん頼もしく感じる…
でも、学三の戦闘、もうちとソフトのがいいかも…

>同期の説得とか
ワロタ。みんな個性がある…つうか毋丘秀いい娘や…(´Д⊂ そういや彼女だけなんとか
逃げ延びるあたりがまたツボ。
個人的には諸葛誕の「死んじゃえー」がヒット。さすがは諸葛たん!
全てにツッコミを入れてる王基のキャラに、新しい何かをかんじますた。

>議論
…(-_-)

>棟の範囲
ケースバイケースになりますねえ(^_^;) 特に魏呉の国境あたりは校区が入り乱れてるから特に…

629 名前:海月 亮:2005/03/22(火) 22:01
>戦闘
………………気がついたら結局殴り合いしか書いていないという。
「学園モノ」ならでは、という対決を考えつけない未熟者ゆえ…_| ̄| ...○オユルシヲ

このあたりはもちっと考えて然るべきところですよね。
樊城の曹仁vs関羽とか、漢中攻略とか、まだ誰もSSでやってない戦役も多いことですし、そのあたりで何か考えてみようかと思います。
どこかで水泳大会とかやってみたいなぁ…孫策の江南平定戦とかどうかなぁ…むぅぅ。


あと、ここでの争論も原因は私…狼藉の数々、平にご容赦の程を…。

630 名前:★ぐっこ@管理人:2005/03/28(月) 00:58
いえいえオキニなさらず〜。
というかアレです、最近リヨみてとかで、マターリした学園モノが念頭にあるから。
でもまあ、基本的に女の子同士の喧嘩ですから、流血とか骨折とかは無しで、
コミック時空よろしく、「吹っ飛ばす」くらいの流れの方がよいかなあ、と(^_^;)

631 名前:国重高暁:2005/05/21(土) 18:12
■■ シ水関 ■■

 劉備・関羽・張飛が蒼天学園高等部へ進んだ頃、その内側はかなり荒れていた。
 涼州校区総代だった董卓が、生徒会執行部員十名の追放を口実に洛陽棟へ入り、一挙に学園の主機能を制圧し、蒼天会長を少さまから献さまへすげ替えるなどの暴威を振るったのである。
 これをみて、陳留棟の曹操は中華市内各地へ檄を飛ばし、南皮棟の袁紹らと「董卓追討軍」を結成。横河の南岸のシ水関で衝突したが、苦戦を強いられ、果ては敵将・華雄により、孫堅軍の剛勇・祖茂をリタイアさせられたのであった。

「たれか、あいつを飛ばせる娘はいないの?」
 追討軍の盟主・袁紹が、本陣全体を見渡して号令した。と、そこへ、冀州校区総代・韓馥の部下、潘鳳が進み出て言う。
「俺が飛ばしてやるぜ!」
「頼もしいですね。では、お任せしましょう」
 癒し系の声援を受け、彼女は戦場へ飛び出した。
「行くぜ!」
 気合一閃、模造刀を振るって斬りかかった次の瞬間。
(き……消えちまった?!)
 何と! 相手の姿が、視界から外れたではないか。
(全く、あんたは猪武者ね)
 華雄は、潘鳳の切先をかわし、背後へ回り込んでいた。そして、自分の模造刀で、うろたえる彼女を袈裟懸けに斬った。葛餅みたいに三角に……はならなかったが、それでもうつ伏せにばったり倒れた。
「じゃ、これはもらっていくわ」
 華雄は、潘鳳の階級章を引きちぎり、横河へ向かって思い切り投げ捨てたのである。

「たれか、あいつを飛ばせる娘はいないの?」
 袁紹は、再び本陣全体を見渡して号令した。と、そこへ、彼女の異母妹・袁術の部下、兪渉が進み出て言う。
「先輩、わたしにお願いできないでしょうか?」
「では、あなたが潘鳳さんのリベンジを果たすというのですね」
「はい。この兪渉、必ず、あの娘を飛ばしてまいります!」
 不退転の決意と共に、彼女は出陣した。
「先輩、胸を借りさせていただきます」
 両手両足をおっ広げ、ちらちらと誘いの隙を見せる。
(もらったわ!)
 挑発された華雄は、模造刀を振るって斬りかかったが、それが相手の思う壺。先刻とあべこべに、自分がバックを取られる破目となった。
(見せましょう。わたしたち、柔道部員の力を……)
 兪渉は、腕をフックし、担ごうとする。
(甘い!)
 これをみて、華雄は右足を振り上げ、恥骨結合の辺りをぼかんと蹴りつけた。相手がびっこを引いて飛びのくと、容赦なく鉄拳制裁を食らわす。
「人の三大急所、それは眉間・鳩尾・恥骨接合よ。覚えときなさい!」
 彼女は、仰向けに倒れた兪渉の階級章を引きちぎり、横河へ向かって思い切り投げ捨てたのであった。

「たれか、あいつを飛ばせる娘はいないの?」
 袁紹は、三たび本陣全体を見渡して号令した。
「本初ちゃん、あんたの部下を出したら?」
 と提案したのは、傍らにいた曹操。彼女とは、幼馴染で同級生の間柄である。
「いえ、それが、その……わが冀州校区の誇る『ソードマスター』と『ナイトマスター』が、まだここへ到着しておりませんので……」
 袁紹は、歯噛みしてそう言った。
 こんな彼女たちの会話を、本陣の片隅で聴いていた三人娘がある。
「何や、かったるいな……」
 最も小柄な、ショートカットの眼鏡っ娘が、大きく伸びをしてそう言った。
「姉者、いかがなされた?」
 最も大柄な、ストレートロングの少女が問う。
「どないしたもこないしたもあるかい。本初先輩の派遣した娘が、あっちうまに二人も飛ばされて……うち、もう観ちゃおれんのや」
「よし、ほな、うちがやっつけたる!」
 立ち上がるなり、右手を高々と挙げて叫んだのは、両者の向かいに座っていたツインテールの少女である。
「益徳、行くな!」
 やにわにその場を離れようとする彼女の袖を引き、ストレートロングが警告した。
「何でやねん?」
「あの娘は腕っ節も強いが、頭脳プレーもできる。お前のような猪武者では危ない」
「はあ、さよか……」
ツインテールがしおしお引き返す。入れ替わりに、ショートカットがストレートロングへ近づいて言う。
「雲長、どないする?」
「姉者、お任せくだされ。私には、あの娘を飛ばす自信がある。早速、本初先輩へ掛け合うといたそう」
 寸考ののち、ショートカットはぽんと手を打って答えた。
「よし、ここはあんたに頼も。ほな、飛ばされんように頑張りや!」
 ストレートロングは小さくうなずき、袁紹の元へ馳せ参じたのである。

「見慣れない娘ですね……あなたは、一体たれなのでしょう?」
 盟主の問いに答え、かの少女は自己紹介をした。
「私は、姓を関、名を羽、字を雲長と申す者。平原棟の弓道部長を務めておる」
「平原棟といえば……玄徳さんのところですね」
「いかにも」
「わかりました。それはそうと、この私に何の御用でしょう?」
 関羽は、戦場の華雄を指して言った。
「当方、あの娘の階級章を剥奪したいと存ずる」
「何ですって?!」
 驚いたのは袁紹である。幾ら平原棟長・劉備の義妹といっても、身分の低い者を前線へ出すわけにはいかない。
「ちょっと、地位をわきまえてくださいません?」
「身分などどうでもいい。私には、あの娘を飛ばす自信がある」
「とはいえ、うかつにあなたを派遣いたしますと……」
 悩んでいるところへ、曹操が再び首を突っ込んだ。
「本初ちゃん、この娘は闘いたくてうずうずしてるわ。罪を糾すなら、負けて逃げ帰ってからでも遅くはないわね」
 寸考ののち、袁紹は答えて言う。
「わかりました。あなたがそうおっしゃるなら、私も従いましょう」
 そして、温かい緑茶の缶を関羽へ差し出した。
「雲長さん、景気付けに飲んではいかがですか?」
「いや、今はいらん。まず、あの娘を飛ばしてからいただくとしよう」
 彼女は、袁紹のもてなしをはねつけ、凛々と戦場へ向かったのである。

 腰の模造刀を抜き、関羽と華雄は身構えた。互いの眼が光る。
「華雄先輩、階級章は奪わせていただく!」
「さあ、それはどうかしら?」
 と、先に仕掛けたのは相手方であった。
「わが刃、受けなさい! 燕返し!」
 右腕一本で模造刀を持った華雄が、体をぶん回しながら斬りかかる。

 ジャキーン!

 互いの刃が触れた次の瞬間、彼女は仰向けに倒れていた。必殺の「燕返し」を関羽に受け止められ、頚動脈を斬られたのである。
(な、何という強さ……)
 あわれ、華雄は階級章を剥奪され、永久に蒼天学園の歴史から除去されたのであった。

 大きな戦利品を手に、関羽は本陣へ舞い戻った。
「お帰り。結果はどないやった?」
「うち、それだけを気にしとってん……」
 劉備や張飛から声がかかる中、彼女は華雄の階級章を提示する。
「わお、華雄先輩の階級章やないか!」
「ほんまや……ほんまに、華雄先輩の階級章や……」
 しばし茫然とする両者を差し置き、関羽は袁紹の元へ向かった。
「当方、約束どおり、あの娘を飛ばしてまいった」
「何ですって?!」
 盟主も驚きを隠せない。何しろ、既に友軍武将を三人も飛ばされたのだから。
「ちょっと、冗談は止してくださいません?」
「冗談ではない。彼女の階級章がここにござる」
 と、関羽は後ろ手に握っていた物を提示した。
「な、何と! あ、あなたが華雄さんを……い、一介の棟長の部下にすぎないあなたが、よくも、まあ……」
 不快感を覚えた袁紹が、彼女へ撃ちかかろうとすると、曹操が割り込んで制止した。
「本初ちゃん、あたしの言ったとおりでしょ? 『罪を糾すなら、負けて逃げ帰ってからでも遅くはない』って」
 そして、乳房の間から、先刻の缶入り緑茶を取り出す。
「これ、懐で保温しといたわ。さあ、一気に飲み干しなさい」
「かたじけのうござる。では、お言葉に甘えて……」
 関羽は、軽くタブを開け、両手で缶を奉げ持ち、まだ冷めていない緑茶をキューッと空けた。彼女の傍らには、華雄から奪った階級章が投棄されていた。

                   糸冬

632 名前:国重高暁:2005/05/21(土) 18:14
いかがでしたでしょうか。
当方としては、約七ヶ月ぶりのSSとなります。
虎牢関の戦いについては、既に新・参・者さんが
書いていらっしゃいますが……こちらは、それに
先行する「シ水関の戦い」を小説化してみました。
なお、潘鳳・兪渉の出撃順は、演義とあべこべに
してあります。

          以上、国重でございました。

633 名前:海月 亮:2005/05/24(火) 22:22
-水際の小覇王-

「暇だねぇ…」
揚州学区の中心地、寿春棟の屋上に少女がひとり、大の字になって流れる雲を見上げていた。
スタイルには難があるが、顔立ちそのものは十分に美少女の範疇に入るだろう。明るい栗色の髪をショートに切り、見た感じも少年のようである。
少女の名は孫策、字を伯符。
かつて荊州学区は長沙棟を中心に、様々な暴動を鎮圧して名をあげ、反董卓連合軍でもその人ありといわれた孫堅の妹である。

司隷特別校区における一連の騒乱が沈静化してきた頃、孫堅は荊州学区の覇権を賭け、襄陽棟において権勢を振るう劉表と妨害、直接攻撃何でもありのトライアスロンで対決したのだが…あと僅かで勝利、というところで劉表側の仕掛けたトラップに引っかかり、高さ数十メートルの崖に落ちて大怪我し、引退を余儀なくされてしまった。
普通の人間なら死んでるだろうが、それでも何の後遺症もなく、二月ほどベッドの上に居ただけで済んだのが彼女の凄い所だ。
とはいえ、この事件で孫堅の軍団は瓦解してしまう。その妹達を取りまとめることになった孫策は、彼女等を比較的騒乱の影響が少ない曲阿寮に留め置くと、数ヶ月前からここ寿春棟を支配する袁術のもとに厄介になっていた。

何をするでもなく、ただぼーっと空を眺める孫策の視界を、ひとりの少女が遮った。年の頃は孫策とさほど変わらない、ちょっとキツめの顔に散切りの黒髪を載せたその少女は、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「なによ伯符、またこんなことろでふててるの?」
「別にぃ」
孫策はその顔を避けるように寝返りを打つ。しかし、少女はその動きを見透かしたかのように一瞬早くその視線の先に自分の顔をもってきた。逆に返しても、その先には変わらぬ表情が待っている。
「…なぁ君理…あたしの顔なんか見てて楽しいか?」
呆れ顔の孫策。君理と呼ばれた少女は、その傍らに腰掛けた。
君理こと、朱治は揚州学区でも名門の一族の子息である。孫策の姉・孫堅が作り上げた軍団の若手として課外活動に参加していたが、軍団瓦解後は呂範、孫河らと一緒になって、孫策と行動を共にしていた。
「人に話をしたいときはその人の顔をちゃんと見なさいっていうのが、うちの父ちゃんの口癖でね。親孝行なあたしとしては、何時でもそれを実践するよう心がけてんのよ」
「自分で言うなっての」
孫策は苦笑して、その身体を起こして座り直す。
「で? その親孝行な君理さんが、このヒマ人に何の御用で?」
「御用もへったくれもないわよ…伯符、あんた何時までこんなところでくすぶってるつもり?」
朱治の表情から、笑みが消えて真剣なものにかわる。
「聞いたわよ、慮江の話。あのバカ令嬢、またあんたとの約束破ったんでしょ」
「毎度のこった。いちいち腹立ててられるかよ」
再び仰向けに寝転がる孫策の顔を、朱治は覗き込んだ。
「…ねぇ伯符、あんた何時まで袁術の飼い犬で居るつもり? いっておくけど、あんなバカが好き勝手やってられなくなるのも時間の問題よ」
「そうだな…でも、姉貴の軍団は散り散り、あたしに独り立ちできる基盤もない…せめて、袁術お嬢様から手下をパクる材料があれば…?」
そこまで言った時点で、何かを思い出したように跳ね起きた。唐突だったので朱治は吃驚して、
「きゃ…! な、何よ伯符」
「ある…あるぞ、あのドケチから兵隊をふんだくる方法が!」
嬉々とした表情の孫策に、朱治はその意味を図りかねて小首を傾げる。
「ちょ…どういう事?」
「へへっ、まぁ、今に解るさ」
怪訝な表情の朱治を尻目に、孫策はおもむろに立ち上がり、その場を立ち去った。

634 名前:海月 亮:2005/05/24(火) 22:23
「兵を借りたい?」
「ええ」
それからすぐ、孫策は袁術に面会の約束を取り付け、会うなりそう切り出した。
「従姉妹の呉景たちが今、丹陽地区で劉ヨウの圧力に苦しめられているのを、助けてやりたいんです。貴方にとっても、劉ヨウは勢力拡大の障害。悪い提案ではないと思いますけど」
ふぅん、と怪訝そうに鼻を鳴らす袁術。袁術としても、勢力拡大の手駒として孫策の存在は魅力的であったに違いない。
しかし、孫策の能力を知っているだけに、あまり大きな力を持たせるのは危険であることも、袁術は理解していた。このあたり、袁術がただのタカビーお嬢様ではないことを良く物語っているが…同時に、それが彼女の器の限界でもあった。
「でもねぇ…今徐州攻めの計画が進行中で、余分な労力を割く余裕なんてないですわ」
「ほんの数人で構いません。あとは、道すがら頭数を集めますから」
「う〜ん」
あくまでとぼけた感じで答えを渋る袁術。しかし、孫策にとってはそんなことも想定内の反応だ。
「まぁ、ご信用ならないのも無理もない話です。こちらもただで、とは申しませんよ。あたしの姉がかつて洛陽棟に一番乗りを果たした際、校舎の片隅で見つけた蒼天会のマスターキー、質として献上いたしましょう」
懐から袋を取り出し、中から一枚のカードキーを捧げ出す。
それを見た瞬間、袁術の顔は瞬時に綻んだ。
「え? 私にこれを?」
「歯牙無い居候の身が持っていても役に立たないものです。これを代賞とし、是非貴方の厚恩に対する恩返しの機会を与えていただければ、それ以上のことはありません」
その、由緒ある品物を手渡された袁術は、もはやそれを手に入れた喜びで頭が一杯になりかけていた。辛うじて保っていた僅かな理性でも、長湖周辺地区の勢力を孫策が平らげきれないだろうという考えしか出てこなかった。
「仕方ないですわね〜…でしたら、部下として三十名、貴方に預けて差し上げますわ。それに今確か、蒼天学園水泳部長のポストが空いていた筈…蒼天会に掛け合って、そのポストに就けるよう、取り計らいますわ。そうすれば、討伐遠征主将としての名目も立ちますわね?」
「勿論です…破格の待遇、痛み入ります」
恭しく一礼する孫策、その顔には「してやったり」の表情が張り付いていた。

「はぁ!? あんたいったい、何考えてるのよっ!」
水泳部長の認定を表すバッジを階級章の脇につけた孫策を迎えた朱治の第一声が、それだった。
「随分な言われ様だなぁ…要らないものを要るものに変えてもらっただけだぜ、あたしは」
「だからって…だからって何も蒼天会のマスターキーを渡すことないじゃない!」
「だって此処にいる分にはまったく使い道なんてないし、思いうかばないし」
孫策の言うことも、あんまりといえばあんまりな言葉である。
蒼天会のマスターキーといえば、東西南北へ広大に広がる蒼天学園都市の、いわば最大権力者の証。確かに司隷特別校区から遠く離れた一校区支配者にとっては、その実際の大きさからは想像もできないほど重い。ましてやそんな一校区の支配者の下に飼われているような身分であればなおさらだ。
そう言う意味で言えば、孫策の言い分も理解できないこともない。もっとも、孫策自身はカードキー一枚“ごとき”にどうしてそんなに大騒ぎしなければならないのかあまり解っていないようだったが。
この思い切りの良さだとか、物怖じしないようなところは彼女の長所でもあることは朱治も解っている。それでも、使い方次第では“天下取りの特急券”にもなるマスターキーをこんなにあっさり手放してしまったことを惜しくも思っていた。孫策の天運、天賦を考えればなおさらのこと…朱治は心底残念そうに項垂れた。
「それにしたって…くれてやる相手が違うよ。あいつがそんなの持ったら何仕出かすか…」
だが、孫策は真顔で言った。
「あたしが欲しいのはあんなちっぽけなものじゃない…この学園の覇権、そのものだ」
「伯符…あんた」
「抜け殻になった権力の象徴なんて要らないんだ…そんなの、欲しいヤツにくれてやればいい。今の公路お嬢様にこそ、お似合いだよ」
手摺りにもたれ、掻き揚げた前髪をそっと風が薙いでいく。
「あたしは手始めに、この地に覇を唱えてみせる。姉貴がやれなかったことを、あたしは存分にやってみたい」
「…伯符」
「それにさ」
振り向いた孫策が、不意にいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「本当に必要になれば、きっとまた戻ってくるんじゃないかな、ああいうのってさ?」
その笑顔が妙に眩しかったのは、照り返した太陽の光のせいじゃないように、朱治は思った。
その笑顔につられるように、彼女も微笑んだ。
「そうだね…あんたなら、またきっと手に入れちゃうかもね、あれくらい」
「そう言うこった」
朱治も孫策に倣って、手摺りにもたれて吹く風に身を任せてみた。
心地よい風。
「一応な、散り散りになってた連中とかにも声掛けたよ。子衡や伯海も来るし、徳謀さん達とは途中合流だ」
「そっか…じゃあまた、賑やかになるね」
「ああ、そうだな」
こんな風に、これから隣の少女が巻き起こす“風”に身を任せてみたら、きっともっと凄いだろう。
「さ、そろそろ出かけようぜ…あたし達の、天下を獲りに!」
「ええ!」
互いの拳を突き合わせた少女ふたり。
その眼下には、いくつもの水路が蒼く彩る揚州学区と、広大な長湖が広がっていた。

635 名前:海月 亮:2005/05/24(火) 22:48
うおー、二ヶ月ぶりになんか書いてみたー(゚∀゚)

てなわけで、海月です。
同じシーンでは居たはずの呂範がいなかったりとか、
話的には相方はむしろ周瑜のほうがしっくり来るんじゃないかとか、
袁術のキャラがえらく薄味な感じがするだとか…

久しぶりにやった割にはあまり覇気が感じられない作品だな_| ̄|○


>国重さま
お初にお目にかかります…(<今ごろかよ!)海月というケチなモノ書きもどきでございます。
いや、もうなんと申しましょうか、曹操の行動がナイスですね(´ー`)b
てか関さんもツッコミなしですか。さらしと流して飲み干しちゃうとこが更にいいです…すいません、真面目な話なのにヘンなトコばかり見てしまって(つД`)

636 名前:北畠蒼陽:2005/06/05(日) 22:03
飢狼の血族

「あんた、呂布に私と戦うな、っていったらしいね?」
烈女と呼ばれ、学園にその名をとどろかせた少女が両の指をぽきぽきと鳴らしながら横を静かに歩くその少女に語りかけた。
真っ暗で人気のない廊下。
月明かりが窓から差し込んでくる。
「ねぇ……」
少女……姉が無実の罪で陥れられたとき自分のチーム、たった十数人を率いて倍以上の数の護送者に囲まれた姉を助け、張角の乱では陶謙に従いそれを打ち破った武勇の人。のちに琅邪棟長の蕭建が呂布の脅迫を受け、その圧力に屈したとき、それに反発し蕭建をトばした硬骨の人。またそのまま蕭建の守っていた校舎に立て籠もり呂布の猛攻を守りきった知略の人……数々の賛美で彩られながら面白くなさそうな目で月の明かりを睨みつける少女、臧覇は感情を浮かべないまま自分の横でぴったりと歩む少女を見る。

臧覇は呂布と敵対し、しかしまた和睦した。
今、この下ヒ棟まで出向きこれからの方策について話し合ってきたところだ、が……

臧覇は人知れずため息をついた。
自分の横にいる少女はこの世の中になにも冗談がない、というような眼をして前だけを見ている。
呂布が今、ここでこの少女に臧覇をトばせ、と命令すれば少女は一瞬すら迷わずにそれを実行するだろう。
それでなくても少女のその鍛え上げられた体は歴戦の臧覇すら引くものであった。

つまり、これは……呂布はまだ自分を信用してない、ってことか。
私をこうして威圧して屈服できないようにするつもりか。
2回目のため息。
信用しないのなら盟約など結ばなければいい。盟約を結んだからには骨まで信用してほしいものだ。
臧覇は心のうちで自分の理論を展開し、憤慨する。

「……多方面に敵を抱えた状態で呂布さんにあなただけを見ることは危険だ、と思っただけです」

「?」
臧覇はきょとんとした顔でどこからか聞こえてきた声の主を探した。
廊下には自分たち2人以外誰もいない。
ということは……
「今、しゃべったの……もしかしてあんた?」
大柄な少女、高順はさっきまで無表情だった顔を少し照れたように歪ませながら一度だけ頷いた。

637 名前:北畠蒼陽:2005/06/05(日) 22:03
「私だけを見ること、って……」
なにを言っているのか、と笑い飛ばそうとして臧覇はふ、と気づく。
「もしかしてさっきの言葉って……私の『呂布に私と戦うな、っていったらしいね』って言葉の返答?」
無愛想に頷く高順。
臧覇は一瞬、唖然とする。
こんなに時間をかけて、そんなことを答えなくても、と思った。

よく見ると高順の頬はすこし赤く染まっているようだ。
『言わなければよかった』と後悔しているさまがありありと見て取れる。
それを見て……
「……ぷ」
笑いがこみ上げてきた。
「く、くく……」
そうか。
私も不器用な人間だった。
姉を救う方法がわからなくて殴り込んだ。
今、思えば中央に正式な抗議文書のひとつでも出せばよかったのかもしれない。
私も、不器用な、人間だったんだ。
だからこそこの高順の感情の表し方が……
「あっはっはっは!」
すごく好ましいものとして臧覇の目に映った。
「わ、笑わないでください」
憮然として高順が遠慮なしに大声で笑う臧覇に抗議する。
「だ、だって……ぷ……あーっはっははははは!」
腹を抱えて笑う臧覇にいつしか高順も笑顔を浮かべていた。

そうだ。
わかりあうのは夕日の河原で殴りあい、だけとは限らないじゃないか。
臧覇は苦笑にも似た笑みを浮かべる高順を見ながら大声で笑い続けた。

「見送りはここまででいい」
「はい」
ひとしきり大声を出した後、臧覇と高順は校門まで来ていた。
臧覇はバイクにまたがり高順を見る。
あれだけとっつきにくさを感じた顔が今では好ましいものとして映っていた。
「狼の血族はどんなに飢えても同族を裏切ることはない。私はお前を裏切らない……そう呂布に伝えてほしい」
そう……
呂布も私も……そして高順も、みな飢えた狼だ。
この世のなにもかもを噛み切ってやればいい!
「承りました」
頭を下げる高順に笑みを残し、臧覇は風になった。

638 名前:北畠蒼陽:2005/06/05(日) 22:11
文章家なら文で語れ!
語ると思う。
語るんじゃないかな。
ま、ちょっとは語っておけ?

とりあえず雑号将軍様は高順がお好きとのことで復帰1発目は高順&臧覇になりました!
まぁ、臧覇は1回書いてみたかったので書きながら楽しかったのですが……
しばらく書いてないと腕落ちるなぁ……
常になにかを書いて生きていきたい……

>国重高暁様
いやぁ〜……これがもともとの常連の人のお力ですよ……
華雄いい! とりあえず華雄ステキですよー!

>海月 亮様
ところでまったく関係ない話ですが海月様のHPのbbsで三国志大戦のことが書いてありましたがもしかしてやっておられる?
三国志大戦における朱治は弱すぎて……つ、使えなくて……(ノ_・。
それはさておきGJ! なのですよー!

639 名前:海月 亮:2005/06/06(月) 00:44
>三国志対戦
ええ。でも正確に言えば「やっとりました」なのですがw
朱治に限らず呉将はどいつもこいつも呂蒙が居ないと(ry

まぁ、こっちでは三国志対戦を置いてあるゲーセンがないみたいなので…。
…音ゲーは充実してるのになんでなんだろうな…。

>高順と臧覇
というか高順。「倚天の剣」でもあんまり喋らないって話は出てましたが…。
てか声を意外がられて照れるってシチュは高順ならでは、といったら言い過ぎなんですかね?
臧覇もカッコいいですね〜。学三の不良三巨頭(=臧覇、曹仁、甘寧/勝手に命名w)の一角としてもっと活躍の場を見せてほしいトコですね。
何はともあれ、復活作、お見事です。

640 名前:北畠蒼陽:2005/06/06(月) 01:38
>私をこうして威圧して屈服できないようにするつもりか
うああわ。屈服できないようにしてどうしますか、臧覇サン!

○屈服させるつもりか
×屈服できないようにするつもりか

これで脳内補完よろしくお願いいたしますorz

641 名前:北畠蒼陽:2005/06/09(木) 22:43
ハッピーハッピーバースデイ

「ぶ〜んわ♪」
聞きなれた声が私を呼ぶ。
今となっては私のことをこう呼ぶ人など1人しかいない。
王佐の叔母と姪も純粋軍師もすでにリタイアしている。もっとも彼女らが私に親しみを感じているなど冗談にしてもそう出来のいいものではないが。
あの無愛想な大女はまだリタイアしていなかったが私に対して感情は上記3人と似たようなものだろう。
つまり、この声は……
「なんでしょうか、魏の君閣下」
私が振り返ると敬愛する上司は子供のように歯を見せて笑った。

賈ク……
この私の名前がかつての閣下にとって絶対の悪魔、と同義語であったであろうことは想像に難くない。
私にとっても閣下の……曹操の名前はかつての上司、張繍さんと一緒に学園を支配するために絶対に打ち倒さなければならない名前だった。
今、こうして一緒にいることが不思議な経歴ではあるがそれこそ敵対したからこそわかる親近感、というものなのだろう。

「ねぇ、賈クってコンピュータ好きだったよね?」
唐突に曹操閣下が私に言った。
当然である。自慢ではないが私はこの学園でナンバー1のハッカーである。そして私は嫌いなものを続けられるほど人間が出来ているわけではない。
「よかった、それじゃあ……」
曹操閣下はいたずらっぽく笑い……
「誕生日おめでとう!」
私に箱を突き出した。

不覚だった。
私は子供のころから……親にすら誕生日、というものを祝ってもらったことがなかった。
はじめて私の誕生日を心から祝ってくれたのは張繍さん……
あとはもうゴミのような連中だ。
だからこの曹操閣下の不意打ちは……
胸の奥が暖かいもので溢れるほどの不覚だった。
私は頬に涙が流れるのを感じた。
「なにぃー? 文和、泣いてるのぉ?」
曹操閣下がにやにやと私の顔を覗き込む。
「ち、違います! これは閣下の心理を虜にするための策略です」
あわてて涙をぬぐいながら我ながら取り乱した弁解をする。
「ね、ね。開けてみて」
曹操閣下が期待のこもった眼差しで私を見る。
私は若干の照れを感じながら箱を受け取り……

http://www.thinkgeek.com/stuff/41/fundue.shtml target=_blank>http://www.thinkgeek.com/stuff/41/fundue.shtml

目が点になった。
箱の中のシロモノをじっと見て、もう一度、曹操閣下を見る。
100%の好意が目に溢れている。
……好意なのか、これ?
「あー、賈クが喜んでくれてよかった!」
喜んでるように見えるのか、おい。
しかし相手が好意でやってくれている以上、うん、なんというか……うん。やりづらいことこの上ない。
「あ、っと。そろそろこっちも仕事あるから行くねー」
私を残して曹操閣下が走っていく。
私に箱を持たせたまま曹操閣下が遠ざかっていく。

……これ、使わなきゃだめなんだろうか?

642 名前:北畠蒼陽:2005/06/09(木) 22:46
もうじき賈クタンの誕生日ですよ!
ってわけでどっちかといえば反則ぎりぎり一歩向こう側なネタ投下でございました。

>補足
USBフォンデュセットは今年のエイプリルフールのネタなので実在しません。
あったらほしいし!(笑

643 名前:雑号将軍:2005/06/10(金) 22:50
ほんとに遅くなって申し訳ありません!実はクラブの原稿の制作に追われてこの一週間ネットを開けなかったのです!と、そんなこと言っても言い訳にしかなりませんけど・・・・・・。
今日やっと皆様の作品を読むことができました。

>国重高暁様
はじめまして。最近書き込ませていただいた文字通り新参者の雑号将軍です。
それにしても国重高暁様の作品すばらしいです!僕には真似できませんね。有名なシ水関をここまで再現できるとは!
三国志の知識が豊富だからなせる技だと思いましたっ!見習いたいです。
ふと思ったのですが、曹操と袁紹って同級生だったのですか?曹操の方が一学年低かったような気がするのですが。

>海月 亮様
お見事です!孫策の袁術から羽ばたいていく瞬間と言えばいいのでしょうか?とにかく孫策の意気込みが伝わってくるような作品でした。
>話的には相方はむしろ周瑜のほうがしっくり来るんじゃないかとか
そういえばこのとき周瑜でてこないんですよね。このとき周瑜はどこにいたんでしょうか?勉強し直してきまーす。

>北畠蒼陽様
一週間の間に二作品も!すごいです・・・。僕は昨日やっとクラブ用の原稿が書き終わって、ここに投稿させて頂くための作品の制作に取りかかったとこだというのに。
>飢狼の血族
臧覇が呂布と盟約を結ぶ所ですか。よく知らないお話だったので、とても勉強になりました。臧覇の悟りが印象的でした。
>雑号将軍様は高順がお好きとのことで復帰1発目は高順&臧覇になりました!
北畠蒼陽様、ホントにありがとうござりまする。僕は正史の高順伝?を読んでからというもの、高順の大ファンになっています。
>ハッピーハッピーバースデイ
賈クの意外な一面がみられたような気がしました。賈クにもちゃんと感情はあったんですねっ!

新参者がながながと失礼いたしました。

644 名前:北畠蒼陽:2005/06/10(金) 23:44
>雑号将軍様
書かないペンは錆び付く一方なので1週間に最低1度は集中してものを書くようにしてるのですよ(笑
まぁ、集中してこの程度かよ! というのはあまり深くツッコまない話。

>周瑜はどこに
あの人は今? のノリですな!(違
正史周瑜伝にジョにずっといたんだけどおじさんが丹陽太守になったんでご機嫌伺いに出かけたらそんときに孫策が軍をあげてたらしいよ? みたいな記述があるんでそのころはまだ無名の人、ですね。

>臧覇
一時期、ただの武将ではなく群雄の1人でしたから、この人。
呂布亡き後は曹操に仕えてますね。
この人は爆笑三国志の『三国志より水滸伝に出てきたほうがしっくりするような経歴』という書かれ方が印象に残ってますね〜。

645 名前:雑号将軍:2005/06/11(土) 11:24
>書かないペンは錆び付く一方なので
それわかります。僕も一ヶ月ぶりにクラブ作品(続き物)を書いてみると、これがまあ散々なできで・・・・・・。
それで、一週間の間、必死になって書き直してのです。

>正史周瑜伝にジョにずっといたんだけどおじさんが丹陽太守になったんでご機嫌伺いに出かけたらそんときに孫策が軍をあげてたらしいよ? みたいな記述があるんでそのころはまだ無名の人、ですね。
そ、そうだったのですか!全然知りませんでした。まだ正史「三国志」は高順伝?と張嶷伝ぐらいしかまともに読んでないありさまで。教えてくれたありがとうござりまする。

>『三国志より水滸伝に出てきたほうがしっくりするような経歴』
そ、それはまあ。なんともな。きっとかなりのアウトローぶりだったんでしょうな〜

646 名前:海月 亮:2005/06/12(日) 13:54
>USBフォンデュ
そ…そんなネタがあったなんて…
しかしまた最近になってエイプリルフールって言われるようになりましたね。一時忘れ去られたような気さえしますが…。

ついでに言えば賈(言羽)の話、見たらまた「蒼天航路」16巻の烏巣攻めのシーンを読み返しちゃいました。いいわぁ。

>キャラクターの年齢
実は書く人によって解釈それぞれだそうです。おいらなんぞは、書いたSSの張昭が年表設定より一歳年上だったりしたし…。

>周瑜の事跡
補足(蛇足?)になりますが、周瑜伝ではこのようになっておるようです。
故郷の舒県から叔父の居る丹陽へ→そのとき孫策に手紙を貰って合流→横江、当利、秣陵攻撃に参加→劉ヨウ撃破後に丹陽へ一時帰還→袁術に招かれて寿春へ→外地勤務を願い出て居巣へ→呉へ帰還(一九八年/周瑜二十四歳)
参考までに。

>書かないペンは…
引越しのごだごだでしまいこんでいたインクが固まった私…。
ちょっとシャレになりませんね。気持ちの上だけじゃなくて、道具にさえ見放された私って…_| ̄|○

647 名前:雑号将軍:2005/06/12(日) 14:34
>キャラクターの年齢
ああ!なるほど。そうなんですか。そうとは知らず・・・国重高暁様疑ってしまい本当にごめんなさい・・・・・・。

>周瑜の事跡
おお!流石は呉を愛される海月 亮様ですな。
みなさん三国志に詳しくて勉強になってますっ!

あと、ここに書くべきじゃないのかもしれないのですが、まだ初来訪者様歓迎スレッドの僕の書き込みについてのぐっこ様の返事が来ていません。その状態で投稿はしてもいいのでしょうか?どなたか教えてください。
と、言ってみたものの、まだ作品は完成してないんですけど・・・・・・。

648 名前:★惟新:2005/06/12(日) 17:31
や、ぐっこ様は多忙につきお返事できずに
いらっしゃいますが、お気になさらずどうぞ♪

はじめまして雑号将軍様! 
私もご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません…orz
よろしくお願いいたします〜!

649 名前:雑号将軍:2005/06/12(日) 22:35
これはこれは惟新様。お返事&回答ありがとうございます。新参者のくせにやたらめったら書き込んでいる雑号将軍です。
惟新様のサイトにも行かせて頂きました。僕も一度、川中島合戦絵巻に出場したいものです。

>ぐっこ様は多忙につきお返事できずに
いらっしゃいますが、お気になさらずどうぞ♪
そ、そうですか。そうおっしゃって頂けるのなら、作品が完成次第投稿させて頂きます!
そのときはだめ出しをして頂ければ幸いです。

>私もご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません…orz
よろしくお願いいたします〜!
なんのなんの。お気になさらずに〜。こちらこそ大して役にも立ちませんが、よろしくお願いします!

650 名前:雑号将軍:2005/06/12(日) 22:39
こちらこそはじめまして。新参者のくせにやたらめったら書き込んでいる雑号将軍です。
惟新様のサイトへも行かせて頂きました。僕も一度川中島合戦絵巻に出場したいものです。

>や、ぐっこ様は多忙につきお返事できずにいらっしゃいますが、お気になさらずどうぞ♪
そ、そうですか。そう言ってくださるなら、作品が完成次第、投稿させて頂きます!
そのときはだめ出しをして頂ければ幸いです。

>私もご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません…orzよろしくお願いいたします〜!
なんのなんの。お気になさらずに!
こちらこそ大して役にも立たないと思いますがよろしくお願いします。

651 名前:雑号将軍:2005/06/12(日) 22:41
すみません。僕の不注意で同じ書き込みをしてしまいました。本当にごめんなさい・・・・・・。
できるなら削除をお願いします。

652 名前:★惟新:2005/06/13(月) 00:57
や、それは惟新違いの別の方でいらっしゃいます(^_^;)
私もあの方みたいにああいったのに出場してみたいなあ、とか思っていますが…
比較的近い、壇ノ浦の武者行列にはついぞ参加できませんでした(つД`)
でもあちらをご覧になられたということは、島津家についてもアレコレお読み頂けたのですかにゃ( ̄ー ̄)

さておき! 作品、楽しみにさせていただきます!(*´Д`)ハァハァ

653 名前:雑号将軍:2005/06/13(月) 22:01
遅くなってしまいました。

>や、それは惟新違いの別の方でいらっしゃいます(^_^;)
なっ!なんとっ!人違いとは!申し訳ありません・・・・・・。

>でもあちらをご覧になられたということは、島津家についてもアレコレお読み頂けたのですかにゃ( ̄ー ̄)
もちろん、読ませて頂きましたよ〜!なんというか、僕は日本の戦国時代は常人程度の知識しかないので、かなり勉強になりました。
高校の日本史のテストはもらいましたよ!?

>作品、楽しみにさせていただきます!
ようやく完成にこぎつけられたので、推敲した後に投稿したいと思います。

654 名前:北畠蒼陽:2005/06/14(火) 17:56
「全員、まだよー」
少女が微笑みすら口元に浮かべながら目の前の敵を睥睨する。
彼女の前には1000人にも届こうかという敵の一団が、そう、彼女に向かって突進してくる。
その迫力たるや無様に泣き叫んで許しを乞うても誰からも批判されることはないだろう。
それが戦場のプレッシャーというものである。
だが彼女は微笑み……
「はい、よく我慢したね。んじゃ撃とうか」
軽い調子でタクトを振るかのように自分の後方に控えていた少女たちに指揮を飛ばす。
我慢に我慢を重ねた少女たちは手にしたエアガンを一斉に放つ。
策もなにもなく、ただ1人の少女だけを目標に突撃を敢行していた一団はそれだけでパニックに陥り……
「た、退却だー」
やがてその声に従うように隊列を崩したまま撤退していく。
「追撃しますか?」
「んー、こっちも陣形を整えるのに時間かかるでしょ。今は撤退させてやろっか」
部下の言葉に気楽に言い放ち、そしてふと気づいたようにわざとらしく額の汗をぬぐうふりをした。
「あー、緊張した」
少女……王昶はににっと笑いながら言った。


策を投じる者〜王昶の場合〜


長湖部は揺れていた。
絶対的なカリスマである部長、孫権もその長きに渡る統治により水を淀ませている。
のちに二宮の変と呼ばれる事件により陸遜という稀代の名主将は放逐され、また部長、孫権ももはやすでに引退時期を考えている、という風のうわさすら流れていた。
そんな時期、荊・予校区兵団長の王昶が生徒会に1つの提案をした。
「孫権って最近、能力持ってる人間を次々トばしちゃって、しかも後継者争いなんかさせちゃってる状況みたいなんですよー。今のうちに長湖部を攻めたらいけるとこまではいけると思うんですよね。白帝、夷陵の一帯とか黔、巫、シ帰、房陵のあたりなんて全部、長湖のこっち側ですからね。あと男子校との境目だから混乱も起こしやすいし。今が攻め時、お得ですよ!」
生徒会はその進言を受け入れ、荊州校区総代の王基を夷陵へ。荊・予校区兵団長の王昶を江陵へ進撃させた。

荊州校区に熱風が吹き荒れる。

「しまったなぁ」
王昶は頭をかきながらぼやいていた。
眉間にはしわ、しかも相当深い。
「大失敗だぁ」
誰にともなく呟き、ため息をつきながらがっくりとうなだれた。
彼女の眼前には江陵棟の威容がそびえていた。

王昶は緒戦で長湖部の施績を完膚なきまでに打ち破った。
施績はそれにより江陵棟まで撤退せざるを得なくなった、それはそれで完全勝利といえる。
精神的優位に立った王昶はそのままの勢いで攻め続ける……そのつもりだった。
「まさか校舎に閉じこもったまま出てこないとわ……」
本日何度目かのため息。
王昶は撤退した敵はそのままある程度持ち直したら逆襲してくると考えていた。
そのまま校舎に閉じこもるなど思いもよらなかった。

だがそれはそれで正しいといえる。
一般的に篭城を打ち破ろうと思えば10倍の兵力が必要といわれる。
しかもそれで勝ったとしても多大な犠牲込みである。
兵力に劣り、さらに策謀に劣ったとしてもこうしてひたすら閉じこもり援軍を待たれれば疲弊するのは王昶の側である。
当然、王昶としても疲弊を望んでいるわけではない。
だからこそ……
「しまったなぁ……多少、強引でも追撃して校舎に立て篭もらせないようにすべきだったか」
……なのであった。

655 名前:北畠蒼陽:2005/06/14(火) 17:56
「ん〜」
少しだけ考えて……
「よし!」
王昶はパシンと両の頬を自分で叩き気合を入れる。
このあたりの切り替えの速さは名将の素質といえるだろう。
そのままアウトドア用の折りたたみいすに前後逆に座り両の頬に手を当てたまま目をつぶって前後に動いた。
「お姉ちゃ〜ん」
不意に響くどピンクのその声に王昶はびっくりしてバランスを崩す。
そして受身も取らずにいすに座ったまま後ろに倒れ、後頭部を地面に打ち付けた。
結構いい音がした。
「……っ……っっ……!?」
後頭部を抑えてうずくまる。
これは痛いですよ、実際。
「ど、どしたの、お姉ちゃん。なにやってるの」
「な、なにやってるように見える?」
痛みがようやく引いたか、しかし涙目になって王昶は自分のことを『お姉ちゃん』と呼び心配そうに見下ろす少女……王昶の妹で名前を王渾、あだ名は玄沖という……を据わった目で見返した。
「えっと……遊んで、ないよね?」
「当たり前でしょ」
不機嫌に勢いをつけて上半身だけ起こしながら王昶は王渾を見た。
「玄沖、あんた、ここは公の場所であって私は主将、あんたはその部下なんだから『お姉ちゃん』はやめなさい。ほかのひとに示しがつかないでしょ」
「う、うん。ごめんなさい、お姉ちゃん、じゃない。主将」
王渾の受け答えに王昶は転んだせいではないたぐいの頭痛を覚えた。
「……で、なんだって?」
眉間を揉みほぐしながら王昶は王渾に尋ねる。
「うん〜。おね……主将がこれからどうするのかなぁ〜、って」
「どうするのか、って?」
王昶の反問に王渾は少し困ったような顔をした。
「う〜んと、ほら、校舎って攻めづらいから……う〜んと、なんで攻めづらいのかって説明しにくいけど……う〜。もしおね……主将が校舎をそのまま攻めるつもりなら止めなきゃって思ったの」
王渾のたどたどしい説明。
しかし悪くはない。
もしここで校舎攻め強行なんぞを提案してきたらはったおしているところだ。
「じゃ、具体的にはどうする?」
「え、う……え〜と」
そこまで考えていなかったらしい。王渾は目を白黒させた。
まぁ、いいか……
校舎攻めが下策ってことを看破しただけでここのところは及第点としておいてやろう。
「玄沖、見ておいで。『お姉ちゃん』が戦い方を教えてあげる」
地面から上半身を起こしたままの格好で王昶は不適に微笑んだ。

施績は江陵棟の執務室で落ち着き払いタンブラーに入ったブレンドコーヒーを飲んでいた。
戴烈と陸凱の救援隊が今、江陵に向かっていることは知っていたし、諸葛融にも援軍を要請していた。
敵がある程度の能力を持っているやつらなら援軍到着前に撤退するだろうし、もしなんの取り柄もない無能モノが敵の主将なら大きい勲功を上げることが出来る。
私の役目はそれまでずっと校舎に立て篭もっておくことだけだ……
施績は余裕の笑みでタンブラーを傾け……
「し〜せきちゃ〜ん、あ〜そ〜ぼ〜!」
……思わずタンブラーを手から滑らせた。
「な、なに!? なに、さっきの声は!?」
床で転がったタンブラーを踏みつけ、転びそうになりながらなんとかバランスを保つ。
「誰か状況を説明しなさい!」
取り乱した施績の言葉に部下の鍾離茂が駆け寄る。
「え、っと……説明するより窓の外をご自分で見ていただいたほうが……」
なにやら言いにくそうな鍾離茂にクエスチョンマークを頭に浮かべながら施績は窓の外を見る。

敵主将、王昶がたった1人で拡声器を持っていた。

656 名前:北畠蒼陽:2005/06/14(火) 17:57
「し〜せきちゃ〜ん、あっそびっましょ〜」
遊びましょ、って……
おびき寄せるにしてもあまりにも幼稚な方法に苦笑を禁じえない。
これは敵は無能だわ。援軍到着と同時に大勲功かなぁ……
ここで大出世しちゃうのは悪くないなぁ……
施績は頬の辺りが緩むのを感じた。
「もぉ〜、しせきちゃん、いけずだね〜。遊んでくれないんだったら帰っちゃうぞ〜」
帰るの?
だったらそれはそれで悪くはない。
敵壊滅には劣るけど江陵棟を守りきるだけでも十分な功績だ。
「それにしてもここらへん湖が近いからかな? 寒いね〜」
寒いか?
施績は校舎を守りきった人間の余裕で王昶を見る。
あいつはしょせん敗残者だ。
ここを守りきった私の足元にも及ばない。
「あ〜、鼻水出てきた……ハンカチハンカチ」
……いや、そんなことをいちいち拡声器を通していわなくても。
苦笑する。
「チーン」
鼻をかむ音がやけにリアルに響く。
施績は吹き出しそうになった。
「ん? なにこれ?」
王昶の不思議そうな声が拡声器を通してあたりに響く。
なにがなんだというのだ?
「ん? ……んー?」
ハンカチ、にしてはやけに大きい……
「あー」
ハンカチ、のようなものを広げた王昶が照れの混じった声を出す。
施績はすでにそんな声など聞いていなかった。

王昶が鼻をかむのに使ったのは長湖部のジャージだった。

施績の頭が真っ白になる。
泣き笑いのような表情のまま……
「鍾離茂、全軍特攻準備を」
「……はい、わかりました」
鍾離茂も真っ白な頭のままで無表情に言う。

あいつらは長湖部の魂を踏みにじった。
この罪はトんでも償えない。

王渾は手近な建物に身を潜めながら姉の言葉を聴いていた。
「おね……主将いじわるだよぉ」
敵ながら長湖部の連中がかわいそうになる。
敵が校舎から総攻撃をかけようと出てくるのが見えた。
「……ふぅ」
息をひとつ大きくつき心を落ち着かせる。
戦場が頭にリアルに思い浮かんだ。
「じゃ……とっつげき〜!」
王渾の指揮で伏兵が熱い奔流となり、指揮系統のない狂乱の群れの横っ腹に突き刺さった。

凱旋。
圧倒的勝利を収め帰途につきながら……
王昶は遠く長湖を眺めた。
あれだけ混乱した状態でありながら結局は湖を渡ることが出来なかった。
本格的に湖を渡るには……時間が必要か……
横で嬉しそうににこにこ笑う妹を見る。
「玄沖、長湖はお姉ちゃんの代じゃ渡れないかもしれない」
王渾は笑いを収めて敬愛する姉を見た。
「もちろん私だって出来る限りの手は打つつもり……でももしお姉ちゃんが長湖を渡れなかったら……玄沖が渡るんだよ」
一瞬、王渾は不思議そうな顔をし……
「うんっ!」
元気に頷いた。

657 名前:北畠蒼陽:2005/06/14(火) 17:58
雑号将軍様が投稿しようとかいってらっしゃる空気を読まずに『策を投じる者〜王昶の場合〜』です。
タイトルの前に1シーンあるのはちょっとアニメっぽく、って感じですかね。
というか3つに分けたのに3つ目だけ省略されてしまった……orz

嘉平2年(250年)のこの戦いは赤壁なんかと同じで魏と呉でまったく書かれ方が違うんですよねぇ。
魏書だと戴烈&陸凱とか出てこないし!(戴烈&陸凱の記述は呉主伝参照のこと)
呉側から見た場合は……海月様に書いていただくとしましょうか(笑

あ、ちなみに王渾ちゃんはのちに呉討伐戦で建業一番乗りを王濬ちゃんにとられちゃったのでダダをこねちゃうんです。
「私が〜! 私が建業一番乗りしなきゃいけないのに〜! 私が〜!」
机をバンバン叩きながら超涙目。かわいいデス。

次回は『策を投じる者〜王基の場合〜』です。
ホントは当時、同時行動した州泰の場合も書きたいんだけど〜……州泰はねぇ〜……
資料がなさすぎで……
とりあえず州泰が戦った相手やら、なんか情報お持ちの方がいたら教えてほしいのデスよorz

658 名前:海月 亮:2005/06/14(火) 22:25
>王昶
「どおきのきづな」でもいい味出してましたが…やってることがエグくていいですな。
史実では馬に奪い取った鎧と兜をつけた首を乗っけて城の周りを駆けさせたらしいですが…。

>呉側で…
王昶伝では挑発に乗って出た朱績(施績)の軍を散々に打ち破ったってありますが、朱績伝だと逆ですからね。
朱績は退却する王昶の軍を追撃したんだけど、諸葛融の軍が来なくて不利に陥ったって書いてあったし。

そういえばおいらは東興堤しか書いてないや。

>州泰
一応魏書昜伝におまけで州泰伝がありますぜ御大。
それによれば、裴潜がまず従事として召し出したのですが、孟達が反逆した時司馬懿の軍に従軍して、そのとき軍を先導してたんだそうです。
当時州泰は両親と祖父を立て続けに亡くして喪に服してたようですが、司馬懿は彼の喪が明けるのを待って新城太守に抜擢したんだとか。
司馬懿は宴会で鐘ヨウに州泰をからかうよう仕向けたんだけど、州泰は見事に言い返して見せて喝采を浴びたとか。
後にはエン州、豫州刺史を歴任して高い治績を上げたとあります。
字が伝わってないのは、彼が平民の出だったせいみたいですが。


おいらも一本書いてる途中だけど…小分けして出してもあれなんで自粛するかな。
交州でのある人のお話。多分に異論が出そうです(^_^A

659 名前:海月 亮:2005/06/14(火) 22:36
>州泰補足
結局州泰伝も、そのくらいしか書いてないわけでして。
州泰が出向いたところに誰がいたか、なんて話は呉書にも書いてなかったですし…。

660 名前:北畠蒼陽:2005/06/14(火) 22:45
>王昶
いっや、彼女、それくらいやるだろう、と(笑
エグいのダイスキデス!(笑
ま、実際、兵書を書いてる程度には軍事に精通してるみたいなんで曹操のすでにいないあの時代では屈指の指揮官だったと思うのですよ。

>州泰
おー、さっそくチェック!
……なるほど、確かに司馬懿に新城太守に任命されてますね。
ただ問題はこの250年の戦いでは州泰はすでに新城太守なんですよね(王昶伝参照)
この戦いのことが書いてある資料はないのかー! ないのかー!
とりあえず調べていただきありがとうデスよ。
まさか昜伝に書いてあるとは^^;

>交州
あのひとか!? それともあっちか!?
わくわくしながら待ってますデスよ♪

661 名前:雑号将軍:2005/06/15(水) 21:44
  ■影の剣客 その一

 この年の一〇月、この蒼天学園を根本から揺るがす大事件が起こった。
 なんと張角をはじめとする「オペラ同好会」の会員が蒼天学園東部で一斉に蜂起したのである。それはもはや革命だった。
参加者は「オペラ同好会」の会員にだけにとどまらず、一般生徒も加わり、その数は見当がつかないほどだ。
この集団は「黄巾党」と呼ばれた。それは指導者である張角がいつも黄色のスカーフを巻いていたのにあやかって、参加者全員がどこかに黄色のスカーフを巻いているからである。
そして、その黄巾党の大軍が蒼天学園の首都ともいえる洛陽棟まで迫ろうとしていた・・・・・・。

そしてそんなある日の早朝
「皇甫嵩。そなたに左軍主将の位を与える。この学園の平和を取り戻すのだ」
「はっ、我が身に変えましても」
 静まりかえった会場に、マイクを通した声が響き渡る。ここは司隷特別校区、洛陽棟の第一体育館。床には真っ赤なカーペットが敷き詰められ、その中央に大きな舞台が設けられている。
 その舞台に立つのは二人の少女。ひとりは無表情で渡された文章を棒読みしている少女。彼女はこの蒼天学園の象徴である蒼天会会長・霊サマ。そして、いま一人・・・・・・皇甫嵩と呼ばれた少女は屹立して、それを聞いていた。
 そして、少女はうやうやしく、任命書と金の勲章を受け取り、一礼した。
 同時に一般生徒は少女にわれんばかりの拍手を送る。
 この少女の名は皇甫嵩。親しい者は義真と呼ぶ。蒼天学園一の用兵巧者との誉れ高い人物である。今の蒼天学園を救うことができるとしたら、彼女、以外には考えられないだろう。
 しかし、与えられたのは「黄巾党」討伐の総司令ではない。彼女に与えられたのは一方面軍の指揮官という役職で、総司令となったのは、また別の人物であった。
 皇甫嵩は謀略だと気づき、自身の左前側に立っている、おかっぱ頭の女生徒を鋭い目つきで睨み付けていた。
 その鋭い眼光で睨み付けられている、少女はすくんだ身をなんとか動かし、皇甫嵩から目をそらすことに成功した。
 この皇甫嵩という少女は、このおかっぱ頭の少女たち、つまり蒼天会秘書室と正面から対立している。そのため、秘書室としては皇甫嵩の名声を高めるようなことは極力したくないのだ。
 自らの地位を守ることしかできない。そんな秘書室に皇甫嵩は憤りを感じていた。
 しばらくすると、皇甫嵩は憤りを押さえ込んで、一般生徒の方に振り返り、微笑を浮かべ右手を挙げてその拍手に答えようとした。
そのとき。まさにそのとき――
キャーという黄色い悲鳴が一斉に沸き起こったのである。なかには、涙を流している者さえいる。
皇甫嵩はこの歓声に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
彼女のすらっとした長身から発せられる男口調は一部の腐女子から偏った影響を受けているため、今日みたいなことがあると、こういうことになる。
もちろん皇甫嵩にその気はないのだが・・・・・・。

 会場からでできた皇甫嵩を待っていたのは、最愛の友たちであった。
「義真、頑張ろうね!」
「ああ、もちろんだ!公偉」
 皇甫嵩が多少顔をほころばせ、赤髪の少女としっかりと握手を交わす。
 面倒な行事が終わりほっとしているのだろう。
彼女は朱儁。親しい者は公偉と呼ぶ。彼女もまた、黄巾討伐の一方面軍の指揮を任された逸材である。
 皇甫嵩は朱儁の横にいた、もう一人の少女を見た。
「義真・・・・・・」
 腰までありそうな緑色の長髪を赤いバレッタで結んだ少女が、力なく言う。その少女はただただ地面だけを見つめていた。
 彼女は盧植。親しい者は子幹と呼ぶ。彼女こそが今回の黄巾討伐軍の総司令であった。
「どうした、子幹。顔色が良くないぞ?」
 盧植を見た皇甫嵩があわてて言う。
それに盧植はうつむいたまま、呟くように答えた。
「・・・・・・私に司令官なんて、できるわけない・・・・・・。義真と公偉は別働隊で行っちゃうし、建ちゃん(丁原)は食中毒で倒れちゃうし・・・・・・。どうすればいいのかわからないの・・・・・・」
「そんな顔をしていてどうするんだ。それじゃあ、指揮に関わるぞ」
「・・・でも・・・・・・」
皇甫嵩の励ましはなんの効果もなかった。盧植はがっくりと肩を落とし、その声は今にも消えそうだった。
「子幹・・・・・・不安なのはわかる。私だって今回の作戦が成功するか不安だ。だがそんなことは言ってられない。ここで逃げたら、いったい誰がこの学園を守るんだ?だからお願いだ、子幹。今はその不安を押し隠してでもいい。総司令として、頑張ってはもらえないか?」
 皇甫嵩は子どもをあやすように優しく語りかけた。
 盧植は顔を上げて、皇甫嵩を見つめた。距離にして30センチ強。その潤んで光る盧植の両目を皇甫嵩はしっかりと見つめ返した。
 そして、盧植が恐る恐る、口を開いた。
「・・・・・・ええ、そうね。私は総司令。弱音なんか吐いちゃいけないのよ・・・・・・。わかってる、わかってるの・・・・・・だけどっ!」
 ついに堪えきれなくなった盧植の身体は地面から離れ、そして皇甫嵩にもたれかかってきた。
「おっ、おい!子幹!」
 なんとか盧植を受け止めた皇甫嵩だったが抱きしめる形になり、あたふたしている。
 皇甫嵩の狼狽ようは尋常でなく、眼をキョロキョロさせ、顔を真っ赤にして盧植から視線をそらす。
もちろん確信犯の盧植は離れる様子など無い。
「ごめんなさい・・・・・・。義真。帰ってくるまではもう絶対、弱音なんか吐かない・・・・・・だから、今だけ、泣いてもいいよね・・・・・・?」
 盧植の嗚咽が自分の顔のすぐ側から聞こえることに皇甫嵩はますます困惑して、顔をしかめた。
しかし、皇甫嵩にはどうすることもできなかった。
「あ、ああ・・・・・・」
 皇甫嵩はそれだけ言うと、盧植の長い髪をゆっくりと撫でてあげた。
 盧植はただただ泣きじゃくっていた。
 このとき、カメラのシャッターを切る音がしたのには、だれも気づいてはいなかった。
「・・・・・・義真に子幹。わ、私、兵の訓練をしなきゃいけないから、さ、先に行くね!そ、それじゃっ!」
 居たたまれなくなった朱儁はそれだけ言うと、その場から逃げ出すように、猛スピードで走っていった。

 それから、数分後。
「ありがとう。義真。おかげで楽になったわ。ごめんね。変なことしちゃって・・・・・・」
 顔と眼を真っ赤にした盧植がそう言った。皇甫嵩は咎める様子もなく、ポケットから何かを取り出した。
「私からの総司令就任祝いだ。・・・・・・その、なんだ、一緒に戦場に行ってやれないせめてもの償いというやつだ。それなら、寂しくはないだろ?」
 皇甫嵩は自分の言葉に恥ずかしさを感じ、口元を手で覆うようにして、照れ隠しした。
そして盧植の後ろに回り込むと、持っていたあるものを盧植の首からかけてあげた。
それは細い銀色のチェーンに繋がったロザリオだった。
「これ・・・。ありがとう、義真。これなら私、頑張れそう!・・・・・・でも、義真、知ってたの?自分が総司令になれないこと・・・・・・」
 盧植は目を光らせ、大事そうにロザリオを両手で包み込んでいる。
「ふっ、薄々とはな。今の蒼天学園は秘書室が支配しているようなものだ。
そんな世界で、秘書室と仲の悪い私が総司令に慣れるはずもないだろう」
 皇甫嵩は苦笑しながら言う。
その眼は雲一つ無い青空を見つめていた。
「そうね。変わってしまったのね。なにもかも。・・・・・・義真、私もそろそろ行くわ。このロザリオ大事にするからね。今日はありがとう。おかげで楽になったわ。公偉(こうい)によろしく」
「元気になったならよかった。さっきも言ったが、子幹ならできる。頑張れよ。子幹。絶対に飛ばされるなよ」
「義真も・・・・・・」
 二人はそう言うと、皇甫嵩は東側に、盧植は西側へと歩いていった・・・・・・。

662 名前:雑号将軍:2005/06/15(水) 21:50
  ■影の剣客 その二

 グランドの前にある何かのクラブの部室で待っていた朱儁はニタニタしながら、現れた皇甫嵩に話しかけた。
「あっ、もう、子幹との愛の誓いは済んだの?」
「なっ!何を言う。そんな誓いなどしていないっ!断じてない!そんなことよりも、黄巾党の動きはどうなんだ?」
 戦況不利と判断した皇甫嵩が無理矢理話題を変える。朱儁もしぶしぶ、それを聞き入れると、話し始めた。
「今、あたしたちが倒さなきゃいけない敵は豫州学院校区にいる。その数は報告によると三〇〇人。義真とあたしの兵がそれぞれ四00ずつ。それからたった今、秘書室から作戦が通達されたのよ。これよ」
 皇甫嵩は「秘書室」という言葉に顔をしかめて不快感をあらわにした。
そして、朱儁からその命令及び黄巾賊の情報がまとめられた書類を受け取ると、皇甫嵩は近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。
皇甫嵩は一通り目を通すなり低い声で言った。
「『敵は少数。そのため朱儁隊を先鋒とし、敵を壊滅させ、皇甫嵩隊は洛陽棟で命令あるまで待機』か・・・・・・。公偉。どうやら私たちの敵はどうやら黄巾の連中だけではないらしいな」
「あたし、一つのことしかできないからさ。今は豫州にいる、あいつらをどうにかしなくちゃいけない。それだけよ」
「前だけを見つめている公偉らしい意見だな。そういう公偉は好きだ」
 皇甫嵩は少し恥ずかしげにそう言うと、足を組み、椅子にもたれかかった。
「ありがと!・・・それで作戦だけど、命令に逆らうわけにはいかないから、あたしが先鋒隊として四〇〇人を引き連れて出るよ。義真は許可が出たら来てくれればいいよ」
 皇甫嵩は迷った。報告通り黄巾党の数が三〇〇人ならいいのだが、もし増えていたとしたら・・・・・・。だからといって、今出陣しなければ黄巾党の思うようにされてしまう。
「・・・・・・わかった。公偉、頼むぞ!私も許可がおり次第、直ちに援軍に向かう。それまで持ちこたえてくれればいい」
 ここまできたら、これは賭だった。味方の報告を信じるしかなかった。
「まかせといてよ!黄巾賊なんかあたし一人でなんとかしてみせるよっ!」
 そんな皇甫嵩の悩みに気づく様子もなく、朱儁は親指を上げてそれに答える。
 そして、朱儁は愛用の深紅のリボンを結ぶと、部室から出て行った。
(頼むぞ、公偉。絶対に飛ばされるな)
 皇甫嵩はそう願うよりほかになかった・・・・・・。

  それから約一時間後・・・・・・
「なっ、なんだと!公偉が敗れと!?」
 部室で事務処理をしていた皇甫嵩に届いたのは突然の悲報であった。
「そ、それで、公偉・・・いや右軍主将はどうなったのだ?それ以前に敵はどうやって我が軍を打ち破ったのだ?」
 皇甫嵩がいつになく動揺した様子で、報告に来た伝令に詰め寄る。
 伝令は一歩後ずさりすると、息も絶え絶えに話し出した。
「敵はあらゆる所に兵を隠していたようで、我が軍勢は広場に差し掛かった所を賊軍に包囲され、朱儁主将はなんとか敵の包囲を脱しましたが兵の半数が飛ばされました。賊軍の将は波才。その数は一〇〇〇人に上るとのこと」
 皇甫嵩は天を仰いだ。怖れていた事態が起こった。
しかし、皇甫嵩は怖れてなどいられなかった。
(十年来の友を助けねばならぬ!)
 皇甫嵩は即座に決断した。
「悪いがもうひと働きしてもらいたい。これからこの場所に行って、そこにいるメンバーを一人残らず連れてきて欲しいのだ。私が呼んでいると言えば、納得してくれるはずだ。頼めるか?」
 伝令が頷くと皇甫嵩は地図を手渡した。地図を受け取った伝令は、皇甫嵩に一礼する。そして、振り返って走り出そうとしたとき、それを皇甫嵩が呼び止めた。
「腕から血が出ているぞ。ちょっと待っていろ・・・・・・」
 皇甫嵩はそう言うと、ポケットから消毒液を取りだし、傷口を洗うと、今度はまた別のポケットから大きめのばんそうこうを取りだし、その伝令に張ってあげた。
「これでよし・・・・・・と。悪いな、怪我しているというのに」
 皇甫嵩は若干視線を下げるとそう言った。
 伝令はぶんぶんと顔を横に振ると、一目散に地図に書かれた方へと駆けていった・・・・・・。
 
 一〇分としないうちに、四〇〇人の女子生徒がグランドに集まった。
「これから、我らは豫州学院校区にはびこる黄巾賊を討ちに行く!しかし、我らの出陣は生徒会からは認められてはいない。これは私の独断である。故にこの出撃に異議のある者は待機していてくれればいい。もし私を信じて着いてきてくれるならば私と共にこれより出陣して欲しい!」
 皇甫嵩が彼らの正面に立ち演説する。
彼女から滲み出る風格、威厳は蒼天学園に籍を置くいかなる者も上回ることはできないだろう。
しかしながら、そんな皇甫嵩といえども、軍律違反はとなればその罪を免れることはできない。
それでも皇甫嵩はやめようとはしない。学園を護るためには自分の階級章など惜しくはないということだろう。
この皇甫嵩の決死の覚悟は四〇〇人の生徒の心を大きく震わせた。
四〇〇人の生徒は歓声を上げると共に、一斉に竹刀を天に向けて突き上げたのだ。そして一人の女生徒が一直線に皇甫嵩を見つめ、問いかける。
もうこれは睨んでいるといった方が正しいのだろう。
「義真!なに三年間も一緒に剣道やって来て、水くさいこといってんの!私たちはみんな義真のことを友だちだと思ってるのよっ!義真は私たちを友だちとは思ってくれないの?」
その声には怒気が込められていた。
 皇甫嵩はしばらく黙り込んだまま何も言わない。悩んでいるのだろう。
(友だちだと思っていないはずなどあるか。友だちだからこそ、こんないらない罪を着せるのは嫌なんだ。私はどうすれば・・・どうすればいい?)
 耐えきれなくなったさっきの少女が皇甫嵩の胸ぐらにつかみかかる。
「なに迷ってるの!そんな暇があれば早く命令出しなさいよ!私たち義真のためだったら階級章なんか捨ててやるよっ!」
 女生徒は皇甫嵩を見上げ、睨み付ける。
 二人の睨み合いがしばらく続いたが、ついに皇甫嵩が声を上げて笑った。
「はっはっはっは!お前たちも馬鹿な奴だ・・・・・・」
「・・・・・・義真にはかなわないけどね」
 二人はそう言うと、声高らかに笑った。もう皇甫嵩に迷いはなかった。
 一つ深呼吸すると断を下した。
「よし、全軍、出陣するぞ!」
 こうして皇甫嵩とその兵四〇〇人は出撃していった。

 皇甫嵩隊四〇〇人は驚異的なスピードで行軍し、通常三〇分はかかる司隷特別校区から豫州学院校区までの道のりをたった一五分でやってのけてしまったのだ。
 その甲斐あって、黄巾党が到着する一歩前に、彼女たちは豫州学院校区に数多く存在する校舎の一つである長社棟に立てこもることができた。
 外に陣を張らなかったのは皇甫嵩が数的不利だと判断したからだ。
 そして、防戦準備を整え終えたのと同じ頃、ついに正面のグランドに一〇〇〇人を超える人の群れがあらわれたのである。
 そして、なにやら何人かの生徒が拡声器を手に取って歩いてくる。
「やーい、へなちょこ。くやしかったらでてきてみなさ〜い!」
 罵声だった。それにまた数人の生徒が続く。
「あんたたちみたいな、おこちゃまなんか、家でおままごとでもしてなちゃ〜い!」
「あら〜でてこれないの〜?それとも腰が抜けちゃったのかなあ?え〜!おしっこ、ちびっちゃたの?もうだめね〜!」
 罵声はやむどころかどんどんエスカレートしていく。
 要は長社棟に籠城されて攻めあぐねた黄巾党は挑発して皇甫嵩たちを誘い出そうというわけだ。
 ついに耐えきれなくなった一人の女生徒が、屋上からその光景を眺めていた皇甫嵩のところに詰め寄った。
「義真っ!もう頭、来た!今すぐ出撃の許可を出してちょうだい!」
 皇甫嵩は首を二度、横に振った。
「いいか、戦とは実と虚の二つしかない。だからこそ、これら二つの組み合わせが肝要だ。あのような子どもにでもできる挑発しかできない奴らだ。後、二時間もすれば、おそらく彼らの語彙も尽き果てて、ぴくりとも動かない私たちに油断しているころであろう。我らがその隙をつき、そして、援軍を引き連れた朱儁隊が四方から攻め立てれば賊軍共は・・・・・・壊滅!する」
 そう言うと、皇甫嵩は左手を腰に当てたまま、右手で竹刀を大きく振り上げ、そして、振り下ろした。
(公偉、頼むぞ。お前なら、私の作戦・・・・・・理解してくれるよな)
 皇甫嵩は目を閉じ、後ろから吹いてくる風に髪をゆらせながら、そう自分を納得させると、棟長室へと戻っていった・・・・・・。

663 名前:雑号将軍:2005/06/15(水) 21:51
 ■影の剣客 その三
  そして約二時間後・・・・・・
 時間は午後五時四〇分。沈み駆けた夕日のまばゆいばかりの光を背中に浴びながら、一人の少女が屋上からグランドを見下ろしていた。
 彼女の見える光景は、もはや挑発の語彙が尽き果て、ただ馬鹿騒ぎをして挑発している者と、することもないので、弁当を食べている者のいずれかであった。
 皇甫嵩は右目と上唇をつり上げ、そして、ニヤリと一流の殺し屋のような笑みを浮かべる。
そのニヒルな笑みが夕日のバックには面白いようにマッチする。
そして、皇甫嵩は決断した。
(今こそ攻める!)
 このときに備えて、皇甫嵩は二時間前から長社棟の倉庫にあった、百本近いロケット花火に爆竹と煙玉をセットし屋上に配置させていた。
 
屋上から戻った皇甫嵩は四人の部隊長を集めて作戦を発表した。
「まず、棟長は元々この長社棟にいた一〇名と共に屋上にセットしておいた、ロケット花火を遠慮無く賊軍の陣に打ち込んでくれ。打ち尽くした後は背後から敵の強襲を受けないように注意!では、棟長は直ちに準備にかかってくれ!」
 棟長は皇甫嵩に一礼すると、準備のため屋上に駆け上がっていった。
 それを見送った皇甫嵩は話を続ける。
「我らは賊軍が混乱を始めたと同時に敵陣に斬り込む!我らが『抜刀隊』の剣技を見せつけてやるぞ!我らは出撃まで昇降口で待機する」
 皇甫嵩は両手でバンと机を叩いて立ち上がると、そう言いはなった。

  午後六時
 長社棟周辺が轟音に包まれた。ついに皇甫嵩の反撃が開始されたのだ。
屋上からは無数のロケット花火が流星雨となり黄巾党の陣に降り注いだ。
 着地するたびにドーンという炸裂音が鳴り響く。
 黄巾の将・波才は仮眠を取っていた急造仕様の小屋から飛び出してきた。
 状況を確認しようにも煙のおかげで一メートル先も見えない。
 波才はとにかく、敵の襲撃に備えなければならないと考え、小屋においてあった木製の薙刀を掴むと、必死に声を張り上げて事態を収拾しようとする。
 しかし、彼女の声はロケット花火の轟音にかき消されて、味方の兵たちには届かなかった。

 そんな、黄巾の陣を静かに見守っているものたちがいた。皇甫嵩率いる四〇〇人の精鋭部隊である。
「伝令!ロケット花火は全弾打ち尽くしました!」
 屋上から一人の生徒が駆け下りて来るなり皇甫嵩に報告する。
 皇甫嵩はこくりとそれに頷くと、声を張り上げて言った。
「これより我らは敵陣に斬り込む!全員藍色の鉢巻きは巻いているな。間違っても同士討ちはするな。よし、打って出る!」
 皇甫嵩は竹刀を右手で握り直すと、四〇〇人の先頭を切って、走り出した。
 正面にいた門番役の黄巾の兵士の胴を薙ぎ払うと、皇甫嵩を始めとする四〇〇人は一斉に斬り込んだ。
 彼女らは目の前にいる黄巾の兵たちをばったばったと切り倒していく。
 なかには竹刀を振りかぶり打ち合ったのだが、その竹刀が自分の顔面に跳ね返って脳震盪を起こし気絶する者さえいた。
 皇甫嵩とその兵四〇〇人のだれもが黄巾党の兵三人を同時に相手にしていた。
 それから数分後、五〇人ばかりのマウンテンバイクに乗った軍勢が戦場に現れた。その指揮を執っていた小柄な少女が戦場の光景を見渡す。
彼女の見た光景は凄まじいものであった。
 脇腹を押さえてもがき苦しむもの。竹刀で滅多打ちにあっているもの。顔が腫れ上がっているもの、恐怖に泣き叫ぶもの。
 その中で暴れ回っているのが皇甫嵩を中心とする部隊だと、その少女は気がついた。
 少女はこの光景に足が震え、前に進むことができなかった。
「あ、圧倒的じゃない!こ、これが、皇甫嵩先輩の用兵・・・・・・」
 そう言った少女の目は視点が合っていなかった。一種の錯乱状態に陥っていたのかもしれない。
 そのとき、放たれた矢のような物体が凄まじいスピードで少女に迫ってきたのである。
 その少女がそれに気がついたとき、それはもう数メートルの所まで迫っていた。
 少女は身体が動かなかった・・・・・・いや動かせなかった。戦場にうごめく恐ろしいまでの気迫に少女は飲まれてしまっていた。
 流星が少女にぶつかるほんの一瞬だけ、ほんの一瞬だけ早く、後ろに控えていた長髪の少女がそれを自らの竹刀で弾き飛ばした。
「げ、元譲!」
「何ぼやっとしているんだ、孟徳!敵は乱れている。今が攻め時だろ?」
「そ、そうだよね!全軍攻撃!あたしたちの力見せつけてやるよ!」
 正気を取り戻した少女は一度深呼吸をすると、一斉攻撃を告げた。

 援軍が到着した頃、皇甫嵩は敵陣深くまで斬り込んでいた。理由はもちろんこの軍勢の指揮を執っている波才を飛ばすためだ。
 皇甫嵩はただただ奥へ奥へと進んでいると、視界に数人の生徒を従え、薙刀を構える少女が飛び込んできた。
「貴様が波才か!?」
「そうよ!この計略は見事だった。けどね・・・・・・まだ終わったわけじゃないわよ!」
 波才がそう言うと、小屋の中から数十人の生徒が飛び出してきたのである。
 そうして、皇甫嵩の周囲は瞬く間に黄色の集団に囲まれてしまった。
「ふふふ・・・・・・。形勢逆転ね。冥土のみやげにその名前を聞いておくわ」
 腕を組んだ波才が不敵にそう言う。
「私か・・・私は皇甫嵩。貴様ら悪しきものを破るために生まれてきた剣だ」
「なによ。かっこつけちゃって!みんな、やってしまいなさい!」
 波才が断を下すと、まず三人の少女が皇甫嵩に斬りかかってきた。
皇甫嵩は大上段から斬りかかってきた少女の竹刀に合わせるようにして、下段から竹刀を振り上げた。
 すると少女の竹刀は根本から砕け散ったのである。次に少女が目にした光景は皇甫嵩の竹刀がめり込んでいる自分の胴だった。
 さらに体勢を立て直した皇甫嵩は右肩に向かって振り下ろされた竹刀を持ち前の見切りでかわすと、前のめりになった少女の首に皇甫嵩は手刀を見舞った。
そして左からの浮かび上がってくる竹刀は左手で持った竹刀を振り下ろして叩き折ると、間髪容れずに少女の脇腹に回し蹴りを決めた。
ここまでわずか6秒。皇甫嵩を囲んでいた少女たちは恐怖に顔をゆがめた。
「どうした。もうお終いか・・・・・・。貴様らにはもう、うんざりしていてな・・・・・・決めさせて貰うぞ!」
 皇甫嵩はそう言うと、正面に突っ立ていた少女を逆袈裟に切り上げると、同時に横にいた少女の腹に蹴りを入れた。
 そうして、皇甫嵩は流れた竹刀を引き戻すと、右手で自然に振り上げた形に左手を添えるようにして、上段に構えた。
 辺りにぴりぴりとした緊張感が漂っている。竹刀を上段に構えた皇甫嵩の頬からついに汗が流れた。
(どうする・・・・・・。敵はざっと見て二〇人。周りに味方はない。多勢に無勢というやつだな・・・・・・。まったく、あの将軍様はいつもどうやってこの修羅場をくぐり抜けているのか問い詰めてやりたいところだ・・・・・・)
 皇甫嵩が頭の中で皮肉を漏らす。
確かに今、皇甫嵩が置かれた立場は某時代劇番組に出てくる将軍様によく似ている。悪代官の屋敷で多数の手下に囲まれた将軍様・・・・・・敵将の陣近くでその配下に囲まれた皇甫嵩。そっくりである。
 皇甫嵩が考えていると、ついに前後から二人の少女が斬りかかってきた。
 前から向かってきた少女めがけて、皇甫嵩は竹刀を振り下ろす。少女は慌てて受けをとろうとしたのだが、気がついたときには右肩に重い衝撃を受けて、地面に叩きつけられていた。
 そうして後ろから迫ってきていた少女の胴を振り返る際の回転力を利用して薙ぎ払おうとした。
 しかし、皇甫嵩の竹刀は大きく空を斬った。なんと皇甫嵩は向かってきた少女は腰を曲げ、皇甫嵩の両足を掴もうとしていたのだ。
 皇甫嵩は体勢が崩されていたので両足を掴むのは容易であった。両足を掴まれた皇甫嵩は、そのまま地面へ押し倒されてしまう。
 そして、少女が皇甫嵩の階級章に手を伸ばした。
 そのとき・・・・・・
 少女は首に衝撃を受けて皇甫嵩に倒れ込むようにして気絶した。
 皇甫嵩がその少女をどかして、顔を上げる。飛び込んできたのは真っ赤な髪の少女。さらに髪のひとふさが逆立っている。
 こんな少女は皇甫嵩の知り合いに一人しかいなかった。
「助かったぞ、公偉!」
 朱儁だった。朱儁は皇甫嵩に気さくに笑いかける。
「なんの、なんの。義真、立てる?」
 差し出された朱儁の手につかまるようにして、皇甫嵩は立ち上がった。
 皇甫嵩が辺りを見渡すと、皇甫嵩を囲んでいた少女たちがばたばたと倒されていく。
 戦っているのは朱儁が連れてきた援軍だった。
「ごめんね。義真。遅くなって。兵を集めてたら時間かかっちゃったっ!」
 そう言って朱儁が舌を出す。
「構わんよ。さすが公偉だ。私の作戦に間に合うように来てくれたのだから・・・・・・」
「残念でした〜!義真の作戦に気がついたのはあたしじゃないのよね」
「なに!・・・・・・そうか、蒼天学園もまだまだ捨てたものではないようだ」
 皇甫嵩は朱儁の答えを聞くと一瞬驚いたような仕草を見せたが、すぐに微笑を浮かべてそう言った。
「義真、あたしたちも行こっ!まだ敵は残ってるんだから」
「そうだな。よし!行くぞ!」
 皇甫嵩はさっきの揉み合いで手放してしまった、愛用の竹刀を拾い上げると朱儁と共に地面を蹴って走り出した。

 この戦いで皇甫嵩軍は大将の波才こそ討ちもらしたものの、七〇〇人あまりの黄巾党員を飛ばすことに成功し、その半数以上が骨折などで入院生活を余儀なくされた。
 そして戦場には根本から折れた一〇〇〇本近い竹刀が残されていたという・・・・・・。

664 名前:雑号将軍:2005/06/15(水) 22:06
 ■影の剣客 その四
 激戦が終わり、長社棟の体育館で行われたささやかな祝勝会。
「みんな、よく頑張ってくれた!今日は戦いの疲れを癒してくれ!それでは・・・乾杯!」
 皇甫嵩の音頭と共に祝勝会が始まった。
音頭を終えた皇甫嵩が舞台から降りると、朱儁がグラスを片手に立っていた。その横には朱儁よりも小柄な少女が背筋をピンとたたせ起立していた。
「どうした、公偉。こんなところで」
「あっ、義真。紹介するわ。今回義真の作戦を見抜いた――」
「皇甫嵩先輩ですよね?あたしMTB(マウンテンバイク)隊長をしてる曹操、あだ名は孟徳って言いますっ!あ、あのよろしくお願いしますっ!」
 朱儁が紹介しようとするのを遮って、少女つまり曹操はあいさつすると、腰を曲げるようにして頭を下げた。
「上官を見て硬くなるのはわかるが、もう少し落ち着いたらどうだ。朱儁まで使って私を捕まえようとしたのだ。なにか訊きたいことがあるのだろう?」
 皇甫嵩は舞台裏の壁にもたれかかり、腕を組む。
「・・・・・・さすがは皇甫嵩先輩。では、率直に伺います。皇甫嵩先輩の部隊はいったいなんなんですか?あの異常なまでの強さ。恥ずかしいですけど、戦場に着いたとき、足が震えました。そんなプレッシャーを放てる皇甫嵩先輩たちはいったい何者なんですかっ!?」
 曹操は見上げるようにして、長身の皇甫嵩の目をしっかりと見つめる。
「今回の作戦に参加した私の部隊は『抜刀隊』だ」
「『抜刀隊』・・・・・・」
 曹操は自分の記憶をひもとくが、どこにもその名前は記されていなかった。
 皇甫嵩は続けて言う。
「知らないのも無理はない。今回が『抜刀隊』の初陣だったのだ。皆、私と同学年の『格闘技術研究所』に所属している者たちだ。私を含めた『抜刀隊』のメンバーは皆、示現流を使う。そのため『人に隠れて稽古すべし』という心得に忠実でな。今まで表立って何かをしたことがないのだよ。言うならば影の剣客だ・・・・・・」
 皇甫嵩の凛とした声が舞台裏に響き渡った。
「影の剣客・・・・・・」
 曹操はそう呟いた。
話し終えた皇甫嵩が腕組みを解いたその刹那、皇甫嵩の話に聞き入っていたかに見えた曹操が皇甫嵩の胸に飛び込んできた。
「なっ、なんのつもりだ。曹操!」
 皇甫嵩の問いかけもなんのその、曹操はなにか考え事をしている。
「七二・・・違う・・・見切った!七六だ!」
 曹操の言葉が皇甫嵩の耳の先まで真っ赤に染め上げた。曹操は皇甫嵩のバストをズバリ言い当てたのだ。
 横にいた朱儁も曹操の見事な答えに目をパチクリさせている。
「はっ、離れんか。この無礼者!」
 皇甫嵩が強引に曹操を自分の胸から引きはがす。
「はあ、はあ・・・・・・。まったく貴様にはわずかな油断が命取りとなりそうだ」
 なんとか曹操を引きはがした皇甫嵩の息は上がっていた。
「お褒めにあずかり光栄です。お礼にこれ、差し上げます」
 曹操はそう言うと胸ポケットから一枚の写真を取りだした。
「誉めてなどいない!・・・写真?・・・・・・なっ!」
 皇甫嵩は絶句した。その写真には盧植に抱きつかれて狼狽した自分の姿が写っていたからである。
 皇甫嵩が顔を引きつらせ、こみかみをピクピクさせている。
そして、曹操を捕まえようと顔を上げたとき、つい数秒前までそこにいた曹操の姿はなかった。
「・・・公偉。ヤツは?」
「写真を渡すなり、帰っちゃったけど?」
 朱儁の回答に皇甫嵩は目を丸くして驚いていた。しばらく目線を落としていたが、あるとき何かが吹っ切れたのか大声で笑い出した。
「はっはっは!曹操か・・・・・・その名覚えておくぞ」
 皇甫嵩は振り返ると舞台裏にある窓から見える空に向かってそう言った。
「そんなに胸の大きさを当てられたのが悔しいの?」
「う、うるさいっ!い、行くぞ、公偉!」
「あ〜ん。待ってよ、義真〜!」
 皇甫嵩は朱儁から目をそらすと、スタスタと会場の方へと走っていった。
 外ではさわやかな秋風が吹き抜けていた・・・・・・。


  「あとがき」みたいなもの・・・・・・

 長くなってしまいました。ほんともう、なんかぐだぐだになってしまってますね。次回までにもっと練習しておきます・・・・・・。
 僕が皇甫嵩萌えになった理由は雪月華様の「倚天の剣」を読んで皇甫嵩のかっこよさに気がついたからです。だから、雪月華様の「倚天の剣」で紹介されていた皇甫嵩が大活躍する長社棟を書いてみたいなあと思って書いてみると・・・・・・申し訳ありません!僕のレベルではここまでしか表現できませんでした・・・・・・。
 戦いは「倚天の剣」で書かれていたことを基本にし、ほんのちょっとだけ手を加えさせていただきました。
 後、雪月華様の設定には「皇甫嵩と曹操が師弟のような関係」みたいなことが書かれていたような気がしたので、皇甫嵩と曹操の初めて?の出会いを書かせて頂きました。
 雪月華様。雪月華様が創られた設定を無断で使用してしまったことに不快感を感じられましたなら、なんとお詫びしたらよいかわかりませんが、この場を借りてお詫びさせて頂きます。
 こんな長々しい文章にお付き合い頂きありがとうございました。

665 名前:北畠蒼陽:2005/06/15(水) 22:18
>雑号将軍
皇甫嵩の話、まずはお見事!
かっこいいデスよ、十分(笑
おもしろかったので今後にも期待! なのですよ〜。

666 名前:雑号将軍:2005/06/15(水) 22:48
これで一応「影の剣客」完結です!あとがきにも書きましたがホント長くなってしまい申し訳ありません・・・・・・。
ちょっと盧植の性格が違ったかな〜と苦悩している今日この頃です。

>北畠蒼陽様
遅くなってごめんなさい・・・・・・。
それで・・・『策を投じる者〜王昶の場合〜』読ませて頂きました!王昶ってなかなかの名将だったんですね!ドジなところがまたいい感じで。
僕は蜀が滅んだあたりぐらいから呉の滅亡までに出てくる武将はホントに有名な武将しか知りません・・・・・・。だから王昶がこんなに優れた人物であったとは露にも知らず。ふう、もっと勉強しないとなあ・・・・・・。

>交州
海月 亮様、僕は交州っていわれるとあの人しかわからないのですが、とにかく楽しみに待っておりまする〜!

あ、あと、どなたか、皇甫嵩が董卓と一緒に梁州の賊の王国を討伐しに行くときの流れを教えて頂けないでしょうか。次はその話を書きたいなあと思っていますので・・・・・・ご迷惑ばかりかけて本当にすみません。

667 名前:雑号将軍:2005/06/15(水) 22:53
うわっ!ごめんなさい・・・・・・ 北畠蒼陽様。全然気がつきませんでした。
感想ホントにありがとうございますっ!
そんな、まだまだです。もっと頑張らないといけない部分も多くて・・・・・・。
お褒めに預かり、光栄の限りですっ!

>おもしろかったので今後にも期待! なのですよ〜。
はい!いつできるかわかりませんが全力で頑張ります。

668 名前:海月 亮:2005/06/15(水) 23:29
-意思の担い手たち-


「…なんっつーか、あたしも御人好しだよな」
目の前をあわただしく走って行ったり、集まって何か指示を受ける少女たちを高台から見やりながら、緑の跳ね髪が特徴的なその少女が呟いた。
長湖部の本部がある建業棟は、長湖制圧を目論む蒼天会の大侵攻を迎え撃つべく出撃準備で大忙しの状態。
学園に在籍しているとはいえ、陸遜や朱然といった名将たちも既に課外活動から身を引き、長湖部は数の上でも質の上でも人員不足というこの時期に、狙い済ましたかのような今回の凶報である。
(そんな人材不足の元凶が…あの部長にあるなんてな)
少女はほんの数ヶ月前…年末にあった忌まわしい事件を思い返していた。
次期部長の座をかけた、ふたりの少女の取り巻きが引き起こしたその事件により、実に多くの名臣たちが長湖部を去っていった。
今でこそ健康を取り戻したが、陸遜に至ってはストレス性の胃炎で吐血し、病院に担ぎ込まれたほどだ。
この事件がきっかけだったかどうか…その不祥事を取りまとめられないほどの精神不安定であった部長・孫権が正気を取り戻したものの…。
(納得はしてないさ…そんな簡単に、割り切れてたまるか。伯姉や子範さん…敬宗まであんな目に遭わせたあの人は許せない。だけど…)
少女は、雪の舞う空へと、その思いを馳せた…。

「あなたの気持ちも、よく解る…双子の妹を傷つけられても黙っていられるって言うなら、むしろ私があなたを許さないわ」
「だったら!」
感情のあまり大声を出してしまったが、少女はそこが病室であることを思い出し、一端は口を噤んだ。
「だったら、どうしてそんな事…! あたしは、あたしは絶対に…」
「あなたが仲謀さんをどうしても許せないなら、私にそれを止める権利はない…でもね、敬風」
ベッドの少女は、あくまで優しく、穏かな口調でそう呼びかけた。
「それでも、あなたにも頼まなきゃならない…孫家のためにじゃなくて…これまで長湖部を支えてきた総ての人のために、あなたにも長湖部を援けていって欲しい…」
「…伯姉」
「一昨年の夷陵回廊…私は大好きだった公瑾先輩の意向に逆らってまで大任を受けた。大好きな人がいっぱいいて、いろんな思い出の詰まった長湖部を、無くしたくなかったから」
少女の表情は、酷く悲しげで…涙はないが、その声も、表情も、泣いているように見えた。
「私はもう、長湖部に関わることは出来ない…だから、これから部を支えていくだろうあなたたちに頼むしかないの。幼節や承淵、公緒、子幹、敬宗…それに、あなたに」
「そんな…そんな言い方勝手すぎるよ、伯姉…あたしたちに、伯姉たちの代わりなんて勤まるわけないよ…っ!」
少女の目から、何時の間にか大粒の涙が落ちていた。
ベッドの少女は身を起こし、傍らの少女をそっと、抱き寄せた。
「ごめんね…でも、私は心配なんて全然してないわ」
突然のことに驚いた少女は、間近になった族姉の顔を覗き込んだ。
「あなた達は、きっとあなた達が思っている以上に、ずっと凄いことができるって、信じてるから」

どんよりと空を覆う雪雲の中に、その時に見た族姉・陸遜の穏かな笑顔を見た気がして、陸凱は苦笑した。
「あんなこと言われたら、断るに断れないよ…」
尊敬する族姉を、大好きな妹を追い詰めた孫権のことが許せないのは変わらない。
それでも、彼女がこうしてまた、長湖部を守るために戦場に出ようとしている理由は、ふたつ。
「主将、出撃準備整いました!」
「解った、すぐに行く」
その妹が、族姉が、それでも長湖部を守りたいと言ったから。
そして、彼女の愛すべき友人たちが、その思い出と共にまだ長湖部にいるのだから。
「我らは江陵の援軍として赴く! 全軍、出撃!」
号令と共に整然と出立する少女たち。
雪の舞う校庭から、少女はその強い意思を胸に、戦場へと消えていった。

669 名前:海月 亮:2005/06/15(水) 23:30
「此処まで予想通りだと却って清々しいもんだねぇ…」
「落ち着いてる場合ですか! 早く助けに…」
「もうちょい待って。もう少し喰らいつかせてから」
陸凱は、気のはやる部下を宥め、草陰に潜んで戦況を眺めていた。
陸凱率いる軍団が江陵棟に辿り着いた時、雪のちらつく校門前は人並みでごった返していた。
要するに凄まじい大混戦だったのだが、恐慌状態だった長湖部勢がほとんど一方的に飛ばされている状態。
(ま、あっちの主将があの天然性悪の王昶で、こっちが感受性の塊みたいな公緒なら仕方ないか)
陸凱は王昶がどんな手を使って、江陵の主将である朱績を引きずり出したのか直接は知らなかった。
しかし、相手の性格の悪さならよく知っている。あの何とも言えないナイスな性格の持ち主である王昶なら、先に引退したばかりの長湖部総参謀・朱然の妹で、これまたその後を継ぐ者としてプレッシャーの中にいる朱績を江陵棟から引きずり出すなんて朝飯前だろう。
(でもっ、調子に乗りすぎだよ…王昶!)
伏兵の王渾軍があらかた出尽くし、後方に控えていた王昶の本隊が動き出すのと同時に、陸凱は叫んだ。
「よし、全軍突撃! あの座敷犬どもに目にもの見せてやんなっ!」
「おーっ!」
陸凱号令一下、彼女の軍団が怒号と共に勢いづいた蒼天会軍の横っ腹めがけて突っ込んでいった。

「てかさぁ…気持ちは解るけどそんな教科書通りの挑発に乗るなっての」
そんな挑発の仕方なんて教科書に載ってはいないんだろうが、と心の中で自分ツッコミする陸凱。当然ながら、この失態の悔しさに未だ涙を止めるきっかけすらつかめない朱績からそんなツッコミが飛んでくるとは、陸凱も思っていない。
「…だよ…っ」
「ん?」
そのとき、嗚咽の中からそんな声が聞こえた。
「あたしに…あたしなんかに…お姉ちゃんの…代わりなんてっ…」
「そ〜だろうね〜」
この重苦しい雰囲気を意に介するでもなく、軽く流す陸凱に、朱績は悔し涙を払うことなく睨みつけた。
「伯姉なら言うに及ばず、義封先輩だったらきっと笑って流したでしょうね。周りが呆れたって、自分の感情を無闇やたらと周囲に振りまくような人じゃなかったしね」
しかし、それでも陸凱は取り合おうともしない。更に少女の心を抉るような言葉を容赦なく吐きつけた。
「酷いよっ!…何でそんな、酷いこと…平気で…」
朱績が掴み掛かってきても、陸凱はまったく動じない。そのまま彼女の胸に顔を預け、再び泣き出してしまう。
陸凱は振り払おうとせず、その体を抱き寄せた。
「なぁ公緒、あたしたちはどう頑張っても、あんな人たちの代わりになんてなれやしないんだ」
「…ふぇ…?」
「いくら能力があったって、たとえ血のつながりがあったって…あたしや幼節が伯姉の代わりなんて出来ないだろうし、承淵が興覇さんの牙城に迫ることも出来ない。季文も休穆先輩と似てるのは性格だけだ。世洪は仲翔先輩みたいになれないだろうけど…まぁ、あれはならないほうが無難かもな」
冗談めかしてそんなことを言って、そして真顔で続けた。
「あんたも同じだ、公緒。だったら、あたしたちはあたしたちなりに、頑張るしかないんだ。失敗したら、また次へ活かしていけばいい…」
その言葉に、弱々しいながらも「うん」と朱績は頷いた。

670 名前:海月 亮:2005/06/15(水) 23:31
それから少し時間が空いて、落ち着いた朱績はこれまでの戦況を語りだした。
「…本当はね」
「うん」
「本当だったらね、叔長と挟み撃ちにするって話、昨日の打ち合わせでしていたんだ。でも、アイツはまったく動いてくれなかったんだ」
「…叔長だって!?」
陸凱は耳を疑った。
叔長とは諸葛融の字だ。彼女はかつて“長湖部三君”の一角になぞらえられていた諸葛瑾の末妹にあたり、今現在、長湖部でも中心的な立場にあり、次期部長の後見役と目されている俊才・諸葛恪の妹だ。
穏かな性格で、質実剛健を旨としていた諸葛瑾と対照的に、諸葛融は派手好きで奔放な性格…陸凱に言わせれば、我侭なお子ちゃま丸出しのガキ。陸凱は大雑把なくせしてやたらと才能を鼻にかける諸葛恪共々、彼女らのことを快く思っていない…いや、むしろ嫌いな範疇に入るだろう。
それはさておき、
「バカな…アイツ、あたしが此処へ来る前に建業棟で見たぞ。それに、こっちへ来たのはあたしと戴陵だけだ」
「そんな…!」
その瞬間朱績の顔から一気に血の気が引いた。
恐怖からではなく、信用していた人間に裏切られたというショックからだったことは、次の瞬間一気に顔が紅潮して来た事からも明白だ。朱績は怒りで震える拳を、思いっきりテーブルにたたきつけた。
「…結局、あいつらも子瑜先輩には遠く及ばない。しかもあいつらは、自分にそれ以上のことが出来て当然って勘違いしてやがる…現実を見れないって悲しいことだな」
嫌いではあったが、陸凱は彼女らのことが心の底から哀れだと思った。

「さて、机と書きモン貸してくんないかな。諸葛融の件も一緒に報告するよ」
「え…」
今度は朱績が自分の耳を疑う番だった。いくら相手が約束を違えたっていっても、相手は次期部長後見役の妹だ。下手に告発すれば、逆に陸凱が処断されかねない。
「ダメ、それはダメだよ敬風! あんな連中のために敬風の手をわずらわせるなんて…」
「今までならいざ知らず、正気を取り戻した孫権部長が黙ってるとも思えないしな。大丈夫、勝算はあるさ」
そうして部屋の机からメモ用紙と筆箱を取り出すと、陸凱はその場で何やら書き出し始めた。恐らくは、きちんとした報告書として報告するための草案を書いているのだろう。
「…やっぱり、敬風は凄いや」
そんな陸凱の姿を見て、朱績はそう呟いた。
「そうかい?」
「うん。今のあたしじゃ、太刀打ちできそうにないよ。いろんな面で」
その言葉に、羨望はあっても嫉妬じみたものはない。この素直なところは、陸凱に限らず多くの同僚たちが好感を抱いている朱績の美点でもあった。
「でも、あんただっていいとこはいっぱいあるだろ。例えば…」
「例えば?」
朱績にそう真顔で聞かれて、陸凱は返答に困ってしまった。こう言うときは「そ〜お?」とか言って能天気に流してくれる丁奉や鐘離牧の方が数倍やりやすいと、陸凱は思った。
「う〜ん…まぁ、少なくとも奴らよりはマシだわな。少なくとも今回の失敗で、次どうすればいいか勉強にはなったろ?」
「う〜…やっぱりバカにしてる?」
「あのなぁ」
ぷーっと膨れて抗議する朱績に苦笑しつつも、陸凱はあえて、彼女の良いところはまだおおっぴらに言わないほうがいいかも、と思った。これからは、もっといいところが増えていくかもしれない、と思ったから。
(そうなれば、あたしたちも伯姉たちの期待に、少しは応えられるかな?)
窓の外を見れば、雪はもう止んでいた。
雲に覆われた、くぐもった茜色の空のなか、彼女は満足げに微笑む陸遜たちの顔を見たような気がしていた。

(終)

671 名前:海月 亮:2005/06/15(水) 23:43
で、触発されて書いてみました(゚∀゚)
挙げて見たら「号令一下」の前、接続詞「の」が抜けていましたので、各自補完の事w
あと施績が朱績になっちょりますが、同一人物なのには変わりませんので気にしないでくださいな。
これはまぁ、書かれ方が違うということで。

おいらの本命、ある人の交州日記話はもう少しで完成です。週末には完成予定…かな?

672 名前:海月 亮:2005/06/15(水) 23:51
>影の剣客
雑号将軍様、初投稿乙です!(>Д<)ゝ
いや、正直な話皇甫嵩関連は何か語り尽くされた感があったと思っていましたが…なんのなんの、また新たな切り口を見出せそうですぞ!!
いや、お見事でござる。

というか、DG細胞かTウィルスに冒されてそうなあの丁原たんが食中毒ってw


以上、自作うぷ直後に作品があげられていることに気づいたw海月でした。

PS:何も交州って言っても、そこで活躍した人をメインにするとは限りませんよ?

673 名前:北畠蒼陽:2005/06/16(木) 01:19
>海月 亮様
わおー!
陸凱だー! 陸凱だー!
私の中で陸凱の評価って蒼天航路の張遼の関羽まんまの評価なんですよね。
『互角に見えて打ち倒すのは至難』ってやつです。
ま、イメージ的なものですケドね(笑

>天然性悪の王昶
ある意味最大限の好評価、ありがとうございます(笑

>交州
歩さんか虞さんという予想をしておりマス(笑

>王国についてあれこれ
まず『梁州』ってなぁなにか、デスよね〜。
梁州は益州を分割した漢中一帯なんですけど、これ、晋になってからはじめて作られるんですよねぇ。
後漢書皇甫嵩伝に以下記述があります。

(※英雄記に書いてあるんだけどね。涼州の賊王国とかが兵を起こしちゃってさ、閻忠に迫って盟主とかやっちゃって三十六郡を統べさせて、車騎将軍とか自称しちゃったんだってさ。閻忠、もうプレッシャーとかいろいろで死んじゃった。なむー)

ってとこから梁=涼カナ? と。
そのわりに王国サン、陳倉を包囲してるんでもうゴチャゴチャ! どっちがどっちやねーん!
まぁ、後漢書の成立年代がかなり下ってるんで『涼』のほうが間違いかもしれんです。

とりあえず王国とのいろいろについて書くとかなり長くなるのでパス。
『皇甫嵩 董卓 王国』でGoogle検索して一番上にあるページはかなりわかりやすいのではないかと思われマス。

とりあえず皇甫嵩にクーデターを薦めておいて却下されたら身の危険感じて逃げて、逃げた先でなぜか賊の大将に祭り上げられてる閻忠タン萌えー。

674 名前:雑号将軍:2005/06/16(木) 22:25
>海月 亮様
おおぅ!陸凱が遂に主役となるとはっ!
海月 亮様の陸凱を拝見して以来、彼女が動くとどうなるのかなとわくわくしながら考えていましたが、遂にこのときがやって来ました〜!
まさに、お見事!見習いたいものです。

海月 亮様、北畠蒼陽様・・・・・・これが、常連の技というものですな!

>丁原たんが食中毒
ああっと、それは、丁原が盧植と一緒だった記述がなかったからどうにかしないと→アサハル様の設定をお借りする・・・・・・とまあ付け焼き刃なんです。

>王国についてあれこれ
な、なるほど、難しいですな〜。これは設定を練るのに時間がかかりそうです。まずは教えて頂いたサイトを検索してみます。
本当にこんなに細かく教えて頂きありがとうございます。

675 名前:海月 亮:2005/06/17(金) 00:49
-蒼梧の空の下から-
第一章 「追憶」


交州学区、蒼梧寮。
今でこそ長湖部の勢力範囲となっている僻地、交州学区に籍を置く生徒たちの多くが生活の場とする場所である。
かつては士姉妹を初めとして、長湖部の勢力拡大を良しとしないものたちが互いに覇権を競い合ったこの地だが、呂岱、歩隲の活躍によりその問題勢力は一掃された。
後世、交州統治といえば歩隲と呂岱(あるいは、稀にだが陸胤)の名が挙がるのは、それだけ彼女らがこの地の統治に心血を注いだ結果であったと言って良い。

加えてこの地は長らく、長湖部の中央で何らかの不始末を犯した者達の左遷先、というイメージも持たれていた。
しかし、一般的な記録では「左遷されてきた」者達の中にも、別の目的があってあえてこの地へ来ることを望んだ少女が居たことは、ほとんど知られていない。

それもそのはず。
それはあくまで、後世の学園史研究家の間で「もしかしたら…」程度に言われる説のひとつに過ぎない。
その実情を知るのが、その当人を含む、ほんの数人の少女だけしか居なかったのだから。


蒼梧寮の前庭。休みの日で昨日からその住人たちは学園都市の中心街に出払ってしまい、すっかり人気のないその場所に、ただひとりだけ、彼女はいた。
この地に住む人種としては珍しい、柔らかそうなプラチナブロンドの髪。スタイルも背丈も、歳相応と言ったところ。
その出で立ちは学園指定の体操服、夏用の半袖とブルマという姿。真冬の朝に外に出るには心ともない格好だが、彼女は意に介した風を見せていない。
手にはその背丈と同じくらいある木製の棍が握られている。
彼女はふぅ、と一息つくと、その棍をゆっくりと構えた。
様になっている、というどころの話ではない。その構えは堂に入っており、全身から達人特有の気迫が感じられる。
「はっ!」
気合とともに、踏み込みから一閃。
そして立て続けに、連続で払い、打ち下ろし、打ち上げと技を繰り出していく。
ただ闇雲に振り回しているのではない。彼女の動きは、型通りの演舞から、次第に乱調子の動きへ変化するが、その動きにはまるで無駄が感じられなかった。もし彼女の目の前に人体模型でも置いてあれば、そのすべての一撃がその急所すべてを打ち据え、薙ぎ払い、衝きとおしていることだろう。
そして彼女は渾身の横薙ぎを放つと、そのままの勢いのまま最初と同じように構えなおした。彼女はこうした演舞を、何回かに分けて、既に一時間近く行っていた。それゆえか、季節外れの薄着でも、気にならないのも当然である。
彼女は一息ついて、構えを解こうとした…まさにそのときだった。
「!」
僅かに風を切る音が聞こえた瞬間、彼女は反射的に振り回した棍で何かを叩き落し、それを地面に押さえつけてから視認した。その間コンマ何秒という世界である。
その目に飛び込んでいたのは、己の棍と地面のアスファルトの間できれいにつぶされていた空き缶…と思われるものだった。
「お見事ですね」
拍手とその声が聞こえてきた方向には、ひとりの少女の姿があった。
棍を構えていた少女と、背丈は同じくらい。色素の薄い髪の、あどけなさを残した温和そのものといった表情が特徴的な少女…彼女こそ、この交州学区現総代・呂岱、字を定公である。
棍を地面に突き立てたまま、少女は苦笑した。
「…毎度毎度不意打ちを食らわせてくるなんて…あまりいい傾向とは言えないわよ、定公」
「そんな事言わないでくださいよ、ほんの挨拶程度じゃないですか」
「それはまた随分なご挨拶ね。仮にも二年年上の人間に空き缶を投げつけるのが挨拶とは畏れ入るわ」
「それはあんまりじゃないですか〜。だって先に“隙があったら何時でも仕掛けて来い”って仰ったのは仲翔先輩のほうじゃないですか」
「…そうだったかしらね」
少女は缶のなれの果てを、見事な棍捌きでかち上げ、近くにあったくず入れに放り込んだ。


棍の少女の名は虞翻、字を仲翔という。
元は会稽棟にその名を知られた名士・王朗の副官であったが、この地を席巻した小覇王・孫策の眼鏡に適い、長湖部の経理事務を一手に引き受けたほどの人物である。
孫策が思いもがけぬ理由でリタイアすると、そのあとを継ぐことになった孫権に仕え、張昭らと共に長湖部の活動を裏方でバックアップしていたのだが…彼女生来の歯に衣着せぬものの言い方と、正しいと思うことを憚りなく主張するその性格が災いして孫権の怒りを買い、ついには孫権の個人パーティーの席で失態を犯して左遷させられたのだ。

しかし、彼女が交州の地に送られた頃は、丁度帰宅部連合との一大決戦があって、その事後処理で政情不安定だった時期である。いくら虞翻の性格が災いしたとはいえ、人使いに長けた孫権が一時の怒りに任せて彼女ほどの逸材を左遷してしまったことは、後世学園史研究者の疑問の種となった。
その多くは結局、「二宮の変」に代表される孫権の狭量さを表す一事例、として片付けてしまった。
しかし僅かながら、そこに何か別の意味を見出した者達も、確かに存在していた。

676 名前:海月 亮:2005/06/17(金) 00:50
一息ついて、寮玄関の花壇に腰掛ける虞翻。羽織った自前のコートを汚すのを厭わず、呂岱はその近くに腰掛けた。。
「しかし勿体無い事ですね。それほどの腕をお持ちなら、部隊の主将としても申し分ないでしょうに」
「どうも荒事には向いてないみたいでね。本来は護身術兼息抜きとして始めたものだったんだけど」
「知ってますよ。前部長が孤立したとき、先輩が傘一本で血路を切り開いたって話」
「大げさな…まぁ確かに、相手の獲物を奪った最初のときだけ使ったんだけどね」
苦笑しながら彼女はそう言った。
「え、本当なんですか?」
「一発でダメになったわ。流石に相手が木刀だとコンビニ傘じゃ荷が重過ぎるわよ。相手が一人だった事も幸運だったかもね」
「へ〜え」
なんともウソっぽく聞こえる話だが、呂岱は虞翻が、弁が立つくせに冗談を言うのが苦手なことを良く知っていた。ましてやあの見事な演舞を日常的に見ていると、ウソには聞こえないだろう。だからこそ、素直に感心した。


会稽寮から程近い山中。
虞翻は道なき道、草の生い茂った獣道を遮二無二突っ込んでいく。彼女の制服は所々土で汚れ、手には一本の木刀を持っている。普段も寡黙で気難しそうにしている顔を一層険しくし、彼女は何か…いや、誰かを探していた。
「部長っ、何処ですか! 孫策部長!」
「おう、仲翔じゃねぇか」
不意に彼女の左手の草陰から、ひとりの少女が姿を現した。明るい色の髪を散切りにし、真っ赤なバンダナを巻いている、少年のような風体の少女だ。その少女こそ、虞翻が探していた長湖部の部長・孫策である。
「大声出さなくたって聞こえてるって。てか、何をそんな慌ててんのさ?」
あまりに能天気なその応えに、虞翻は一瞬眩暈すら覚えた。
無理もない、このとき彼女らは、活動再開して間もない長湖部の利権を守るため、学園都市で不祥事を起こす隣町の山越高校の不良たちの取締りと摘発の真っ最中なのだ。
「…何を、じゃないですよまったく…部長の腕が立つのは良く存じてますが、こんな時にこんなところでひとりで居るなんて正気の沙汰じゃありませんよっ! おまけに親衛隊まで全部散らしてしまって! あなたの身にもしものことがあったら…っ!」
大声でまくし立てる虞翻。どうやら彼女、何時の間にかはぐれてしまった孫策が心配で追って来た様子。激昂のあまり、そのまま泣きわめきそうな勢いだ。
「解った解った。それ以上言うなって。それにあんたが来てくれただけでも十分だよ」
孫策がそういってなだめると、虞翻は一瞬目をぱちくりさせた。
「そ…そんなことっ……と、とにかく此処も危険です。私が先導しますから、皆と合流しましょう」
そして気恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまった。声の調子も少し上ずっていて、孫策も思わず苦笑した。
そのとき、ふと孫策は気づいた。
「そういや仲翔、その木刀どうしたんだ?」
「え?…あ、これは…その、此処へくる途中でひとり捕縛したのですが…彼が持っていたモノを拝借して…」
「え、まさか素手でか!?」
「あ、い、いえ。実は私、杖術の道場に通っておりまして…ビニール傘で応対したんです。結局、傘は壊れちゃったんですけど…」
「へぇ…」
先導する虞翻が丈の長い草を掻き分け、その後に続きながら孫策は感心したようにそう呟いた。
「ああ、じゃあその手のタコはそのせいだったんだな」
「え?」
孫策が納得したようにそう言ったのに驚き、虞翻は思わず足をとめてしまった。そして虞翻が振り向いた瞬間、歩みを止めていなかった孫策と見事に額を衝突させ、獣道の中にひっくり返ってしまう。ふたりの背丈が丁度、同じくらいなのが災いした。
「痛ぁっ…急に振り返んなよ…」
「うぐ…ごめんなさい…」
そして、お互い額を真っ赤にし、涙目になってるのが可笑しくて、同時に噴出してしまった。
一息ついて、虞翻は上目遣いに孫策を見る。
「…気づいて、いらしたんですね」
「ああ。初めて会ったとき、会計担当って言うわりに随分身のこなしに隙がなかったしな。それに、可愛らしい顔してるくせに、握手したらえらくごっつい手だと思った」
孫策の一言に、虞翻は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
こんな時にというのもあったが、こんな真顔で“可愛い”なんて言われた事、自分の体に女の子らしからぬ表現をされてしまった事、そのどちらも恥ずかしかったからだ。
流石に悪いこと言ったかと、孫策も気づいたようだ。
「ま、気にすんなよ。別にそんなこと気にすることないって。徳謀さんとか義公さんだって、あの顔で結構ガタイいいし…それに比べりゃあんたはルックスもいいし、スタイルだって十分…」
「も、もういいかげんにしてくださいよっ…行きましょう」
うつむいたまま立ち上がり、虞翻は足早に再度前進し始めた。
「あはは…解ったもう言わないよ。てか置いてくなってよ〜」
「知りませんっ」
そのあとを、さして慌てた様子もなく孫策が続いていった…。


ほんの僅かな間、虞翻は当時のことを思い返していた。ふと我に帰った彼女は、傍らの呂岱に問い掛けた。
「ああ、そういえばあの頃、君はまだ中等部に入ったばかりだったっけ?」
「ええ。運良くというか悪くと言うか…中等部志願枠に入ってすぐですよ。次の日にいきなり、部長がリタイアですからね。お陰でまた一般生徒に逆戻りで…」
「それもすごい話ね」
「部長も、一日しか参加していなかったあたしのこと、すっかり忘れてたみたいだったし」
呂岱はそう言って苦笑する。
「どうかな…仲謀部長のことだから、わざと知らないふりをして、君のことを試したのかもね」
「そうですかね?」
「あの娘はよく気のつくいい娘だよ…あ、今や平部員の私がそんな言い方をしたら、いけないか」
虞翻はそう言って、少し寂しそうに微笑んだ。
でも、呂岱はそれを咎め立てる気にはならなかった。彼女は十分理解していたのだ…目の前の少女が、その風説とは裏腹に、孫権とは深い信頼関係で結ばれていると言うことを。
そして、その身を案じてやまないからこそ、虞翻が今の立場を受け入れていることを。

677 名前:海月 亮:2005/06/17(金) 00:51
-蒼梧の空の下から-
第二章 「少女の檻」


実は呂岱も、元々虞翻と気の合う方ではない。
そもそも虞翻はその難儀な性格ゆえか、本音で語り合えるような友人というものが少ない。先にこの交州に左遷され、間もなく課外活動から引退した陸績、劉備の元で蜀攻略に参加した「鳳雛」ことホウ統…あるいは、いまやほとんど連絡も取らなくなった王朗くらいが、彼女にとって“友人”といえる存在だった。
虞翻は多くの有能な少女たちにアプローチをかけ、その少女が大成するよう世話を焼いたことも少なくはない。しかし、そうした少女たちもまた、彼女を尊敬することはあっても、親しく付き合うまでには至らなかった。あるいは虞翻自身が己の性格と、鼻つまみ者である自分との関わりが足枷にならぬよう、わざとつき離していたせいもあっただろう。
だから呂岱も始めは、あまり彼女に関わらないようにしていた。

「突然で、なんですけどね」
「ん?」
暫くの沈黙の後、呂岱はそういって切り出した。
「あたしも始め、やっぱり仲翔先輩のこと、とっつきにくい人だって…正直、あまり関わりたくないと、思ってました」
「…随分はっきり言うじゃないの」
「すいません…でも、これだけはどうしても言っておきたくて…あたし、最近よく思うんです。もし先輩が裏から色々と手引きしてくれなければ、今此処にこうして居れなかったんじゃないか、って」
その思いつめたような表情に、虞翻は呂岱が何を言わんとしているかに気がついたようだった。
「…考えすぎだよ。交州平定は君や子山の成し遂げた功績…私には何の関わりもないわ」
「その子山先輩名義で来てた手紙だって…よくよく考えればあの先輩がマメに手紙を書くような人じゃない事だって解るでしょう! 仲翔先輩、本当はあなた、部長のために敢えて罪を…」
そこまで喋りかけたところで、その口に指を当てられた。不意を突かれて呂岱は思わず口を噤む。
「それ以上は言わないで、定公。それはあくまで、私の我侭でやったことだから」
言いながら、虞翻は頭を振る。その口調は何時になく穏かな、それでいて何処か寂しげだった。


「…本気、なんだね…仲翔さん」
「ええ。是非ともその大任、私にお任せいただきたい」
人払いの済んだ…常に孫権の元に同席している周泰や谷利の姿すらないその部屋で、虞翻と孫権は二人きりで居た。
「既に子布先輩の許可も頂いています。あとは、部長の指示次第です」
「でも…それじゃあ仲翔さんは…」
「覚悟の上です。それに、変に肩書きがないほうが隠密行動の上では便利ですよ。それに、私と部長の関係が表面上巧くいっていないからこそ取れる戦法ですし…皆も、私が交州に流された所で、誰も異を唱えることはしないでしょう」
「だって…そんなのって…ねぇ、やっぱり考え直してよっ…ボクにはそんな残酷なこと、できないよ…! 伯符お姉ちゃんの時から、仲翔さんたちがずっとずっと裏方を支えてくれたからこそ、今の長湖部があるって…皆だってちゃんと解っているから…だから…そんな事言わないでよっ…」
泣きそうな表情で、虞翻に取りすがる孫権。
帰宅部連合との全面戦争、そしてその隙を突いた蒼天会の急襲。そのふたつの危機を乗り切ったとはいえ、それがために長湖部勢力下の政情は非常に不安定なものだった。
それまで鳴りを潜めていた反乱分子、あるいは山越高校の不良たちの暗躍が再燃し、それに同調する形で交州学区にも不穏な空気が渦巻いていた。それでも、士一族の棟梁格である士燮がいたうちはまだ良かった。彼女が大学生活の合間を縫って、その妹や親戚の少女たちの不満をなだめていたおかげで、爆発寸前の士一族はまだ抑えられていたのだ。
しかし、彼女が協力してくれる期限も残り僅か。この局面で交州勢力が暴発すれば、三度長湖部崩壊の危機だ。
この危機に虞翻は、先だって交州入りし、後に士一族勢力の根絶をも視野に入れた交州平定の人的な橋頭堡を作る策を提言した。
しかもそのために、自ら平部員として赴くことも併せて、である…。
これには孫権もかなりの難色を示した。表面上、孫権は何処か、苦手とする張昭によく似た虞翻を快くは思っていなかった。張昭同様、姉・孫策の信頼していた少女たちであり、実際長湖部に必要な人材だからと割り切って付き合っていた。
だから…孫権は虞翻が己の一身も省みず、自分のために尽くしてくれる覚悟を聞かされたことで、明らかに当惑していた。
「…私は…長湖部の危機を、既に二度も見て見ぬふりをしてしまいました」
虞翻は孫権を抱き寄せると、静かにそう言った。
「え…」
「赤壁島の時と、今年の夷陵回廊と…私は、あなたと長湖部に尽くすという、伯符さんとの約束を二度も破ったのです。私は、公瑾や伯言のような勇気のある人間じゃない…でも、今度も見て見ぬふりをしてしまえば、私には伯符さんに合わせる顔がないから…」
「仲翔、さん」
「だから、征かせてください」
寂しげな笑みだったが、その瞳には悲壮ともいえる決意があった。
「…解ったよ」
孫権は止めても無駄だということを悟り、その意思を尊重した。その瞳から大粒の涙が溢れ、抱き寄せてくれた少女の胸に、その顔を預けた。

翌日。
彼女は孫権や張昭との打ち合わせ通り、パーティが盛り上がりを見せたところで暴言を吐き散らすという暴挙に出て見せた。シャンパンのアルコールが効きすぎた上での失態と周りが取り成したが、それでも孫権は彼女を許さず、即時幹部会の任を解き、交州往きを命じたという。
このとき、彼女と親しかったはずの敢沢すら彼女を庇おうとはしなかった。敢沢はこの事件について多くを語ろうとしなかったが…恐らくは、この事件が彼女たちの仲にヒビを入れたのだろうと噂された。その真実は、明るみに出ることはない…。

678 名前:海月 亮:2005/06/17(金) 00:52
「本当に…これで良かったんですか、仲翔さん…」
「ええ…ごめんね、君や伯言にも不快な気持ちにさせてしまって」
そのパーティから数刻の後、荷をまとめる虞翻の元を敢沢が訪ねてきていた。
「構いませんよ。それにアイツには、折をみてあたしから事情を話すつもりだし」
「そんな必要はないよ。むしろ、私のことなんて忘れてもらったほうが良いかもしれない」
「そんな…」
実のところ、虞翻は予めこのことを敢沢に打ち明けていた。
彼女も思いとどまるよう口を極めて説得したが、結局は折れた。敢沢も一度決めたら梃子でも動かないという虞翻の性格を良く知っていたし、むしろ敢沢自身も夷陵回廊の時何も出来なかった無念があったため、虞翻の気持ちは痛いほど解ってしまったのだ。そうなると、もはや止めるべき言葉も出て来なかった。
「それに皆、僻地だというけど…高望みの受験をする場合、むしろ中心街から離れた静かなところのほうが受験勉強には良いかも知れないしね」
珍しく、冗談めかした台詞が、その口から飛び出した。
敢沢の瞳には、その寂しげな笑みが、柄にもない冗談が…その仕草の総てが、痛々しいものに映った。

さして多くもない身の回りのものを、一通りまとめ終わると、彼女は待たせてある配送屋にその荷物を託し、部屋を後にした。
「…徳潤、部長のこと…よろしく頼むよ」
「ええ…仲翔さんも、お気をつけて」
それきり虞翻は振り返ることなく、住み慣れた会稽の寮を後にしようとした…その時だった。
目の前に、ふたりの少女が駆けて来るのが見えた。
「…部長…それに子瑜まで」
「仲翔さんっ!」
飛びついてきた孫権の勢いに思わずよろけそうになったが、彼女は何とか踏みとどまってその体を抱きとめた。
その腕の中で泣きじゃくる孫権をなだめながら、ようやく追いついてきたクセ毛の少女−諸葛瑾を見やった。
「これは…どういう事、なんだろうね?」
「聞きたいのは私のほうよ…私はどうしてもあなたの交州左遷に納得がいかなかった。子布先輩や徳潤まで何も言わないし、それを部長に問いただそうとしただけよ」
諸葛瑾の表情は何時になく険しい。
「ねぇ、どういうことよ! 一体どうしてこんなことに…!」
「ごめん…これは、私の我侭なんだ。私も、自分の身を切り捨ててでもこの娘の…長湖部の力になりたい」
「…!」
その一言と、後ろにいた敢沢の表情から、諸葛瑾も何かを悟ったようだった。
「やっぱり…狂言だったのね」
「ええ。どうせ私がどうなろうと気にする人なんてそう多くないと思ったけど…念には念を入れて」
「…馬鹿よ、あなたは」
俯いたその瞳から、大粒の涙が地面へと吸い込まれていく。
「あなたは他人だけじゃなくて、自分自身も傷つけなきゃ気が済まないなんて…本当の馬鹿だわ…」
「否定はしないわ…それが、私だから」
口ではそう言ったが…虞翻はその心の中で、ただ純粋に自分のことを心配してくれていた者がいた事を嬉しく思うと共に…己の預かり知らぬところで、そんな存在を傷つけてしまったことに慙愧の念を禁じえなかった。
ただひたすら、心の中で謝り続けることしか出来なかった。


「私…先輩が部長に当てた手紙、見てしまったんです」
「え?」
「部長が長湖部を生徒会執行部組織として独立したとき、仲翔さんが部長に当てた手紙を、です」
その正体に気がついた虞翻は、思わず大声をあげてしまった。
「ちょっとちょっと…あの手紙見られたの? ていうか人様の手紙盗み見るのはあまりいい趣味じゃないわよっ」
「あ、やっぱり恥ずかしいモンなんですか? 確かにちょっと、ラブレターっぽかったですしね」
「あんたねー!」
顔を真っ赤にして、照れたような怒ったような口調で呂岱を責める虞翻。以前の彼女ならそれこそ人の肺腑をえぐるようなキツい一言が飛んで来るところだろうが…彼女の言葉が以前よりずっと丸くなったのも、余計な肩書きがなくなったせいだけでないのかも知れないと、呂岱は思った。
「あはは…すいませんってば。…でも、確かにあの手紙で私も、ずっと仲翔先輩のこと誤解してたんだって思いました。でも、それだけじゃなくて」
全然本気ではないけど、しつこく小突いてくる虞翻を宥め、呂岱は続けた。
「あのあと、私はふと気がついて、今まで子山先輩名義で届いていた手紙を引っ張り出したんです。あの手紙を見なければ、今まで子山先輩からだと思い込んでいた手紙の、本当の送り主も知らずにいたかもしれません」
「そう…私かなり練習したんだけどな、子山の筆跡」
「なんとなくですけど…字の運びとか違和感は感じてました。でも倹約家の子山先輩が、あんなマメに手紙を書く人だとは思ってませんでしたから、だからさして気にしてはいなかったんです」
「そっか…そうだったわね」
虞翻はそれを聞いて、ため息を吐く。
あまり親しくもしていないから、そんなちょっとしたことも忘れてしまっていた。そのことが少し寂しかった。
諸葛瑾のことにしてもそうだ。
彼女なら、どんな点からでも、どんな僅かな長所であろうと、見逃さずに褒めてくれる様な心の優しい少女だということを忘れていたのだから。
「私は…私が思っている以上に、周りに対して無関心に過ごしてきたんだね…」
そう呟いた彼女の表情は、涙こそないものの、泣いているように呂岱には思えた。

679 名前:海月 亮:2005/06/17(金) 00:53
-蒼梧の空の下から-
第三部 「還るべき場所」


「これって…どういう事?」
「さぁ…私はただ、部長にこれを届けてくれって頼まれただけなんですが」
交祉棟の執務室で、呂岱はそれを受け取ると、その意味をはかりかねて首を傾げる。
なんでもない、一通の手紙。
問題は、その宛名が部長・孫権宛だった事、そして、差出人の名前が…。
「あの虞翻先輩ってところが、どうも引っかかるのよねぇ…」
「ですよね」
虞翻が常々孫権の意向に反した言動を取り、ついには年度始め、帰宅部や蒼天会との悶着がひと段落ついたところで、孫権の怒りを買って交州流しにあったことを知らない長湖部員はいない。ただ、御人好しの権化ともいえる諸葛瑾ひとりが、最後の最後まで彼女のことを取り成した以外、誰も彼女を庇ってくれるものがいなかったという話も。
「とりあえずそのまま渡しに行くのも怖かったんで…此方にお持ちしたんですけど」
「好判断だわ。今、長湖部の独立政権樹立に向けての準備に忙しい折…こんな時に部長の機嫌を損ねられても困るしね…解ったわ、コレは私が預かっておくわ。もし行方を聞かれたら、もう出したとか何とか行って誤魔化しておいて」
「解りました」
手紙を持ち込んだ少女は、その手紙を呂岱に宛がうと、一礼して執務室を退出した。その顔が、来た時の困りきった表情から、あからさまな安堵の表情に変わったのを見ると、呂岱も苦笑するしかなかった。
「ったく…こんな僻地に居ても、周りの顔色変えさせ続けるなんてたいした先輩だわ」
その手紙をひらひらと弄ぶ。
今度はその手紙を宛がわれた呂岱が困る番だった。受け取ったはいいが、相手が相手だけに一体どんな内容なのかを考えるだけでも悪寒が走る。
孫権は相変わらず張昭と、年齢と立場の垣根を越えたバトルを展開する毎日。別に虞翻が張昭と仲が良いとかいう話も聞かないが、このふたりの言うこと成すことは何処か似ていから、どうせ碌なことは書いてなさそうだと、呂岱は思った。
(でもそう言えば、私はっきりと虞翻先輩が部長に何か言ってたの、見たことないのよね)
そうである。
長湖幹部会のことなんて、それ以外の人間には噂話でしか聞こえてこないのが常だ。虞翻の毒舌ぶりだって、噂でしか聞いたことがない。
確かにとっつきにくそうな人ではあったが、直接何か言われたわけでもない。それどころか、口を利いたことすらなかった。
(…なんかそう思ったら、ちょっと見てみたい気が…)
人様の手紙の内容を覗き見るのはマナー違反のような気もするし、ちょっとは心も痛んだりするが…留まる所を知らない好奇心がそれを押し切った。
(これもこの地の風紀を守る総代としての責任…災いの芽を摘み取るためだからね)
そんな建前をつけ、とうとう呂岱はその手紙の封を切ってしまった。

それを読んでしまったことで、深い感銘と、深い慙愧の念を同時に抱く事になるとは知る由もなく。

「そんな…そんなことって」
彼女は普段は整えていた本棚の中身をひっくり返し、その中心で呆然と呟いた。
その目の前には、数え切れぬほどの手紙をばら撒いて。
その宛名から、どれも同一人物によって書かれたものだと推測される。そして、件の手紙とは字の細さは全然違うが、その筆跡は同じことに気づいた。
今まで、その宛名を鵜呑みにしていた彼女は、それがまったく違う人物の手によるものであったことを知り、愕然とした。
それと共に、その手紙の真の差出人に対して、自分が今までとってきた態度を思い返し、自分の不明が情けなく思えてきた。
その人物は、己を殺し、あとからやってきた自分がやりやすいように、実に細やかな心配りをしていてくれたというのに…それを知ることさえしない自分がたまらなく恥ずかしかった。
(こんなに…こんなにも、誰かのために尽せる人だったなんて)
知らず、涙が溢れてきた。
(こんなにも…部長のことを、好きでいてくれているなんて)
いてもたってもいられなくなった呂岱は、執務室を…交州学区を飛び出していた。
その手に、件の手紙を握り締めて。

680 名前:海月 亮:2005/06/17(金) 00:53
「そっか…気づかれちゃったんだね」
それから小一時間後、呂岱は建業棟にいた。
目の前には、長湖生徒会の座に就任したばかりの孫権。その手には、虞翻が寄越した一通の手紙がある。
その手紙をいとおしそうに眺める孫権の姿に、呂岱は衝動的に地に手をつけ、その額をリノリュームの床に押し付けた。
「申し訳ありませんっ…」
「…え?」
「私は…私は衆目の邪推を間に受け、先輩の真情も知ろうともせず、あまつさえ総代の地位を盾にそれを踏みにじりました…! そして、今まで先輩が影ながら助けてくださっていたことも知らず、己の功績ばかりを鼻にかけて…私のような人間が総代など、おこがましい話…なにとぞ!」
その表情はわからないが、激昂したその声には嗚咽が混ざっていた。
「私の如き菲才ではなく、是非とも仲翔先輩に…!」
「駄目だよ」
穏かだが、はっきりとした否定の響きを持つその声に、呂岱は思わず顔をあげた。孫権の視線は、その手の中にある手紙からまったく動く気配がない。
「仲翔さんは、きっとそんなの喜ばない…ボクだって何度も仲翔さんをこっちに帰してあげたかった…でもね、自分はもう十分働いたから、どうかこのまま卒業まで居させて欲しい…って。もう自分の出番は終わったから、これからの長湖部を担う子達の席次を、私なんかに与えないでくれって…」
言葉と共に、孫権の碧眼からも涙が伝わり、落ちてゆく。呂岱は、その涙に孫権の真意を見た。
「ボクはそれ以上何もいえなかった。ボクだって、あの人のことずっと誤解してたから…理解しようとしなかったから。だから、最後くらいは、あのひとの望みをかなえてあげたいんだ」
「…はい…」
呂岱はただ、頭を下げることしか出来なかった。


「そっか…あれはちゃんと、部長の下に届いていたんだね」
「…本当に」
座ったまま大きく伸びをする虞翻に、俯いたまま呂岱が問い掛けた。
「先輩は本当にこのままで良かったんですか…? あなたなら、私なんかよりずっと総代として相応しい才覚を持っている…その気になれば、始めから総代としてこの地に赴き、平定する事だって出来たはず…」
「…性に合わないんだ、そういうの」
跳ねるように立ち上がり、もうひとつ伸びをしながら言う。
「私はやっぱり、こういう裏方仕事のほうが好きなんだ。それにさ」
そして棍を一振りし、それを担いで振り返る。
「私には決定的に人望ってモノが欠けているからね」
「そうでもないと思うよ?」
不意に背後から、酷く懐かしい声がする。呂岱も思わず目を丸くした。
恐る恐る振り返った、その視線の先には…。
「部長…それにみんな」
その視線の先には、孫権を筆頭に、彼女が交州へ赴く直前の幹部会メンバーが居た。
ただし、家の事情で既に学園を去った駱統と陸績はおらず、その代わりに潘濬と陸遜がいたのだが。
虞翻はこの突然の事態に、言葉を失った。

「あなたは冗談だけじゃなくて、芝居を打つのも下手だってことなのかしらね…まぁ、アレは私の立案だから言えた義理ないけどさ」
「およ、ご自分のことはちゃんとお解かりでしたか大先輩」
張昭の一言にすかさず茶々を入れる歩隲。その隣では顧雍と薛綜が納得したように頷いた。
「まぁ子布先輩の独りよがりは今に始まったことじゃ…」
「なぁんですってぇ〜!」
厳Sが余計な追加攻撃を叩き込むが早いが、張昭の怒りが爆発し、蜘蛛の子を散らすように散開する少女たちを追っかけていく。
「…ったく、アイツは何時も一言多いんだから」
「まったくですね」
逃げ惑う少女たちのきゃーきゃー言う声と、ヒステリー全開の張昭の声をBGMに、諸葛瑾と敢沢が呆れたように呟く。
視線のその先では、立ち位置のせいで無理やり巻き込まれた感のある潘濬が張昭に捕まっていた。
「…どうして」
虞翻はようやく、それだけの言葉を喉からしぼり出すことが出来た。相当に感情が高ぶっているのを最大限に抑えたような、震えた声だった。
「どうして、こんなところへ来たのよ…こんなところ、せっかくの休みの日にくるようなトコじゃないでしょ…?」
「どうして…って言われても」
「ねぇ」
手前に居た陸遜と孫権が顔を見合わせた。
「会いたくなったら、会いに来ちゃいけないんですか、先輩?」
「そうだよ〜」
その笑顔を見たら、もう歯止めなんか利くはずもなかった。
人目もはばからずに、まるで幼い子供のように大声をあげて泣き出した“仲間”の姿を見て、張昭たちも追いかけっこを止めて微笑を浮かべていた。
「話には聞いてましたけど…現物は凄いですね」
潘濬が感心したように呟くと、
「“泣きの仲翔”は健在、って所かしらね」
「あ、巧いこと言いますね。それいただき」
張昭と歩隲がそう付け加えた。その隣で、珍しくそれと解るほどの微笑を浮かべた顧雍が頷いた。


その日の夜。
彼女は別れ際、孫権から手渡された一通の案内状を、飽きることなく眺めていた。
約一ヶ月後に控えた長湖部体験入部、その案内状だった。しかし彼女はその裏側…本来何もない面を眺めている。其処には、孫権が書いたと思われるもうひとつの“案内状”があった。
曰く『そのあと、みんなで打ち上げをやります。先に引退した人もみんな呼んで楽しくやりたいから、絶対に来てね』と。
「…打ち上げ、か」
そろそろ、学園生活も終わりに近い。
一匹狼で居るのにもいささか飽きていた彼女は、このまま、誰とも打ち解けずに学園を去ることが寂しいと思うようになっていた。
「推薦入試の結果ももう出てるし…楽しみだね」
呟いて、彼女は目を細めた。
もう既に、その心は一ヵ月後に飛んでしまっているようだった。

その飲み会で何が起こるかなんてことは、今の彼女には知る由もなかっただろうが…。

(終わり)

681 名前:海月 亮:2005/06/17(金) 01:13
というわけで、こんなお話。

実は虞翻左遷の裏には何かしらの意図があったんではないか、っていう話が、いつか立ち読みした三国志関連の書籍にあったんですよ。その書名は忘れちゃったんですけど。
それを読んだ時「ああ、こう言うのがネタでも良いかもなぁ」とか思ったものですが、当時は色々あって一本の話に練り上げるまでに至らなかったのです。

何せ、海月がいちばん最初に上梓した「風を継ぐ者」を書いてた頃の話ですから(^^A

>互角に見えて…
あ、確かに。「三国志]」の能力値見ると本当にそんな感じがします。
そう言えば、「三国志]」の王昶と陸凱、能力値構成似てませんかね?よく見ると。

>歩さんとか虞さんとか
解りやすい答えを引っ張りすぎて本当すみま(ry
次は陸胤の話っつーことでどーですかね?

>王昶付記
まぁなんつーか、ナイスな性格ですね。海月の貧相な語彙で巧く表現するにはアレが限界です…。

>丁原
むしろそのギャップが良いと思うんですよ(^^
いや、それこそ本当に巧いことやりましたね。それこそ脱帽ですわ。

682 名前:北畠蒼陽:2005/06/17(金) 02:27
>海月 亮様
虞翻お見事です!
いやぁ、なんというか私が長湖部メンバーの中で虞翻左遷後の話は書いてみたいなぁ、と思ってたんでたまたま予想が当たってしまっただけです^^;

>互角に見えて…
言い方変えれば『誰とでもライバル足りえる存在』って感じですかね。
陸凱ってのはそんなひとのような気がします。
で、能力値、確かに似てますね(笑

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