36.天子奉戴

天子奉戴

  

 中原の至宝・洛陽を手中に収めた南蛮公・呂布は、久々に穏やかな年末を過ごすことになった。
 史実ならば赤壁の戦さがあり、天下三分の大きな分岐となるべき建安13年は、静かに過ぎ去ってゆく――

呂 布:ところで前から疑問に思ってたんだけどさ、「除夜の鐘」って、 「お寺」が鳴らしてるんだよなあ。

陳 宮:…そりゃそうですが。

呂 布:でも初詣って「神社」に行くだろ? 普通。 

陳 宮:はあ、まあ。 

呂 布:でもNHK「ゆく年くる年」は、お寺も神社もいっしょに映してるだろ? よく考えたらヘンな話なんだよ。

劉 循:言われてみれば…。

呂 布:だから俺様が思うにだ。原則として「年末」の時間は主に「寺」を放送して、年が明けた瞬間から「神社」に切り替えてるんじゃないかと。 

陳 宮:ということは。

呂 布:たとえば年明け番組に映りたい奴は、寺ではなく神社に行けってことだな。

呂文姫:なるほどー!父様っ、頭いいっ!ヽ(^0^)ノ

呂 布:がっはっはっは。

呂刀姫:……。

 

 …
 ……
 凍えるような夜気を貫き、建安14年の黎明が、洛陽を照らし出す。
 新年! 
 王城の地は、正月を祝う活気に包まれていた。
 当時の祝日と言えば、上元、三月の上巳、夏季の伏日、冬季の臘日、それに夏至と冬至があるのみであったから、いわば無礼御免の大騒ぎである。この日ばかりは休沐を待たずして、官吏たちも役所を出て自宅へ帰ることが許される。
 君主たるもの、こういう祭日にこそキッチリと祭祀を司り、国の無難を祈るものだが、呂布は真っ先に小間使いや公孫楼たちを誘って初詣(?)に出かけてしまい、どうにも連絡がつかない。
 陳宮が市街を捜させたが見つからず、おそらく上下の別なく流行っている洛水遊宴に出かけているものと思われた。

呂刀姫:――まあ、前からやりたかったみたいなこと言ってたけど…

陳 宮:申し訳ありません、姫様。我らの注意不足です… 

呂刀姫:とんでもありません、軍師どの。まあ、飽きたら戻ってくるでしょうから、こちらはこちらで始めましょうか。

呂文姫:そうだねー!

 

 年始の挨拶は、交戦中の諸侯間でも行われることがある。
 呂刀姫は呂布の代理として、そういう公式の場にも出ねばならない。洛陽の宮には、すでにゆゆしき身分の国使たちが、挨拶状を持って到着している。
 たとえば孫策の使者としては、重臣の張紘。袁紹からは、長子袁譚。曹操からも司馬朗なる人物が寄越されてきていた。
 呂刀姫は彼ら国賓らに面会し、礼に則って丁重な挨拶を交換し、互いの健康などを祝し合い、決まり通りのタイミングで盞をすすめるなど、もう大忙しである。
 ――正午が過ぎ、ようやく宴席の流れが停滞したところで、刀姫は更衣(この場合、トイレのこと)ついでに席を抜け出る。
 

呂刀姫:……ああもうっ!(ぼかっ) 

張 虎:痛っ!

呂刀姫:何で私がこんな目に遭うのよ! 私、何かした!?

張 虎:うう…何で僕が叩かれるかなあ… 

呂刀姫:魏延! 

魏 延:何だ? 

呂刀姫:もう会場の警備はいいから、父上を捜してきて!

魏 延:いいのか?

呂刀姫:お願い。こういう事、あなたくらいしか頼めないんだ…。

魏 延:…あいよ、お姫様。

  「ライバル宣言」をしてだいぶ立つが、まだ二人の間にそれほどの勲功差はない。
 むろん何度も戦に出陣している呂刀姫の方が上だが、魏延はもともと基礎能力が高く、何をやっても平均以上の功績を挙げるため、その出世は早いと言えた。
 比べて、張虎は下役の端に名を連ねているだけの少年下士官に過ぎぬ。まず訓練で能力値を上げねば、PCとしても使い物にならないのだ。
 
 ……
 午後。
 刀姫が席に戻って最初に逢った客は、懐かしの女性であった。

教 母:お久しぶりでございます、姫様。

呂刀姫:まあ、母上! ようこそ…!  

 むろん教母が刀姫の母親というわけではないのだが、呂刀姫は彼女をそう呼んで慕っている。
 教母の来訪は、ひとつの大吉報を供に連れてきていた。
 年が改まったのを契機に、五斗米教団は南蛮公国帰順するというのだ。
 益州牧・張の指揮で長く進められてきた流言・調略と無言の恫喝は、どうやら教団首脳部を直撃していたらしい。
 昨年末あたりから何度か予備交渉が行われていたが、この年のはじめ、ようやく正式な降伏勧告を受け入れる準備ができたということだろう(※実際のプレイでは、無論こういうイベントはありません。翌4月のターンで降伏勧告をしただけです)。

 ……さらに元日の演目が進み、呂刀姫がクタクタになった頃に、ようやく魏延が呂布を連れ戻してきた。

呂刀姫:……。

呂 布:がっはっは! 今帰ったぞ!

呂刀姫:……父上。

呂 布:心配するな!みやげも買ってきたぞ! あ、ここで開けようか? 温かいものだし…

呂刀姫:父上っ!。

呂 布:…どうかしたか? ホラ、オマエの大好物の胡餅だぞ?

呂文姫:おいしーよー(^^)

呂刀姫:…頂きます。

 むっつりとした表情で、竹皮につつまれたホカホカの胡餅に手を伸ばす呂刀姫。
 もはや父のズレ方に諦めきった顔であった。…もっとも、一個は張虎のために別に取っておくあたり、呂布の娘であった。

 
 ――許都を襲撃し、天子を擁し奉る!
 正月騒ぎが一段落するや、その論が喧しくなっている。 
 後漢王朝は今上劉協の代で14代、およそ185年もの歴史を持つ。…が、呂布には王室を敬うだとか、伝統を重んじるだとか、そういった感覚が端から抜け落ちている。
 呂布が天子を擁すると言うことは、すなわち傀儡→簒奪への直線道路を突っ走ることなのだ。

呂 布:ふん。じゃあ一つ、許を攻めるか! 「天子強奪作戦」開始だ!

陳 宮:御意。では強奪軍の手配は…

呂刀姫:父上、私にお任せくださいませ!

呂 布:…おう、やってみろ。

呂刀姫:はっ!

呂 布:刀姫、曹操はオマエらが考えてるより数段上にいる。死にたくなければ奴の部隊には近づくな。

呂刀姫:…。

 悔しそうに父を見つめる呂刀姫。
 が、呂布の言うことは事実そのものであって、大軍略であっても一部隊単位での用兵であっても、刀姫が曹操に勝つなどあり得ない。
 

張 遼:じゃあ、殿は…

呂 布:俺は今回はパス。高順、張遼、オマエらでやれ。

高 順:は――。

呂 布:…で、徐晃、貴様はどうする。

 呂布は傍らを省みた。
 曹操軍でも屈指の勇将・徐晃は、虜囚の身を解かれ、いまや南蛮軍の中央部にいた。
 三国志VIIIのパワーアップキットの改良・あるいは改悪の一つとして、捕虜登用率の高さがある。製品版では考えられないくらいにあっさりと、敵味方が入れ替わる怖さがあるのだ。
 それだけ人情が希薄になったと言うことだろうか? とりあえず今回に関しては、ありがたいの一言に尽きる。

徐 晃:――御意のままにされよ。

呂 布:なら貴様に先鋒を任せる。

徐 晃:はっ!喜んで!

呂 布:ひょっとすると陳留から、曹操が出てくるかもしれんぞ。

徐 晃:無用の心配にござる。司空は官渡で袁紹と対峙中ですゆえ、まさか放っては来られますまい。

呂 布:ふん、劉備も袁紹も、そう言って痛い目に遭ったのだ。

徐 晃:…は。

呂 布:ま、その時はその時だ。夏侯惇が汝南にいるのがラッキーだな。

 4月に入る前、許都を出撃した夏侯惇軍は、孫策軍を蹴散らして同地を奪回している。呂布はこのときも援軍を派遣して孫策を援護したのだが、かえって勇将冷苞を失う結果となった。
 ともかく、これで布陣は定まった。
 必勝、とは言わないまでも、曹操相手に恥じ無き戦さができるであろう。 
 呂布は手を撃って立ち上がった。

呂 布:命令は唯ひとつ!サーチ・アンド・デストロイだ! 正々堂々と正面から前進して押し潰せ!

 応! と一同が一斉に拝跪する。
 中原の逐鹿はすでに天子の身柄争奪戦へと舞台を変え、いよいよ呂布の天下奪りも現実味を帯びてきていた。
 
 
 天子強奪軍団が出撃した、その夜――

呂 布:あー…そこそこ… 

小間使い:ここですかー(ぐにゅっ)。

呂 布:ゑはァ゛!

小間使い:どうしてこんなになる前に言ってくださらないのですかー。 

 
 呂布、小間使いにマッサージして貰ってる最中であった。広い呂布の背中にちょこんと乗っかり、小間使いは細腕に全体重をかけて、必死にお化けのような筋肉を揉みほぐしている。

小間使い:あー…凄い凝ってますよ。専門の先生に頼んだ方がいいですよー……よいしょお!

呂 布:そんなに大げさなもんじゃねえよ…うあだだだ!

小間使い:やっぱり、背骨の腰周りに集中してますよー。

呂 布:ぎくり。

小間使い:…?

呂 布:フ…俺様も何時までも若くはないと言うことか…。

小間使い:??

呂 布:それよりも、その体勢でマッサージするのはよせ。

小間使い:???

 ――許都近郊で行われた戦闘は、その激烈さゆえに、意外なほど早く終結した。
 戦場「許昌」は、中央部に山岳があり、塞があり、城の前を河(潁水?)が横切り…と、高低差のハッキリした地形だ。
 当然ながら、許都の防衛軍は山岳の塞に全戦力を集結させて呂布軍を迎え撃つ。
 が、初期からの南蛮軍団は、もともと山岳戦のエキスパートである。曹操軍としては、唯一の味方であるはずの地形効果さえ逆手に取られ、思うように進退できぬ。
 公孫楼や楊懐らの率いる山岳師団は、スルスルと森を超え、断崖を踏破し、曹操軍の中枢に躍り込んだ。
 次々と高レベルの落石が曹操軍の頭上に降り注ぐ中、降将・徐晃を先手にした鉄騎軍団が許都軍にくさびを打ち込み、猛烈な攻撃を加える。
 切っ先をぶつけ合うような激戦のさなか、張遼軍は猛将曹仁の反撃に遭い、潰走。張遼が曹仁に次いだというのは事実であったらしい。
 前後して、陳留から曹操軍が疾風のような早さで到着。
 街道を逆進して、許都軍を包囲している呂布軍を、さらに逆包囲しようと展開する。
 

呂刀姫:落ち着いて迎撃しろ! 

陳 宮:射よ――!  

 これあるを予測して待機していた予備兵力が、戦列を離れて陳留軍に対峙する。
 曹操、その様子を見て苦笑すると、鮮やかに軍を翻し、急進した楽進らと連携して、あっというまに呂刀姫と公孫楼の部隊を本軍から切り離してしまった。

曹 操:治ってないな陳宮。駄目だ。全然駄目だ。

 料理人の技倆のまずさを評するような口調で呟くと、曹操は赤子の手を捻る程の容易さで、女将二人への殲滅攻撃を開始した。
 包囲されている呂刀姫も必死だが、次々と「混乱」がヒットし、思うように兵団をまとめることができない。結局のところ、曹操がその囲みを解いて引き上げるまで、呂刀姫も公孫楼も、ついに鉄環を破ることも傷つけることもできなかった。
 ――会戦の決着は、いつもながら力攻めであった。
 反曹操同盟の諸侯が次々と参集する中、許都の防衛軍は押しに押され、塞を奪われ、さらに後退して河を背後に陣形を建て直したが、曹仁軍の敗走を切っ掛けに崩れ始め、形成は逆転した。
 曹操、さすがに憮然とした表情で、許都の放棄を命じる。
 その去り際、血漿にまみれた潁川の山渓へ、肩越しに別離の挨拶を吐き捨てた。

曹 操:さようなら、陛下。陛下の余生に御多幸あらんことを。

  曹操は、とうとう掌中の珠を、天下を取りこぼしてしまったのだ。

 ……許都の会戦については、どちらかといえば曹操にペースを取られっぱなしというところで、とても戦捷のうちには入るまい。
 が、勝ちは勝ちであり、曹操が本拠地に築き上げた許の都は、攻城兵器の威力を知ることもなく、その門を呂布に向かって開いた。
 形骸と化した後漢王朝を支える九卿や内官たちは、震え上がって宮内でウロウロするばかりで、抗戦しようとか、出迎えようとか、そういう積極的な行動を起こせるオトナがいないようである。
 …さすがに、呂刀姫たちも途方にくれた。
 大兵力を擁して侵攻してきた彼女たちに対して、こうまで無反応であると、正直朝廷というものの存在さえ疑いたくなる。

高 順:…どうされますか、姫様。参内されますか。

呂刀姫:――もうちょっと様子を見ましょう。 

陳 宮:確認しましたが、天子は宮から動いておらぬよし。中にいるのは間違いないようですが…

呂刀姫:とりあえず、遠巻きに囲んでおこうか。

 世にも奇妙な光景である。
 戦象軍団まで引き連れてき異相異形の南蛮軍が広壮な宮殿を遠巻きに取り囲み、凝としているだけなのだ。いっそ突入でもしてきてくれたほうが、朝廷にとっては落ち着く光景であったに違いない。
 市街は戒厳令も解かれているため、市などでは平常通りの営業が再開されている。
 要するに呂刀姫軍は、曹操軍団を追っ払って宮廷を包囲しただけで、占領政策らしい行動を起こしていない状態であった

 ――一方、報せをうけた南蛮公・呂布は、ぶつくさ言いながら本営を許へと進めた。
 赤兎にまたがり、南蛮の王者として盛装した姿は、さすがに衆目を引く。
 獣皮の戦袍に金造りの鎧を着重ね、珍しく綸子(触覚っぽい例のアレ)をユラユラ揺らせながら、南蛮兵の兵列を従える様は、まさに皇帝へ謁見する未開地の蛮王そのものであった。
 

陳 宮:おー、久しぶりに触覚付けてますな。

呂 布:触覚言うな。それより、キチンと俺様が皇帝謁見するってことは伝えてあるんだろうな。

陳 宮:まあ、一応…

 許都の帝都としての造りは、基本的に洛陽と変わらない。
 市街地内に、牆壁で囲まれた広壮な宮殿ブロックがあり、朝政はすべてその中で行われている。
 宮殿と言っても、広大な建造物がドンとあるわけでなく、宮殿群と言った方が正しい。
 ――その中の一つで、皇帝は宴席を設けて南蛮公の来訪を待ち受けているという。
 意外と気が利くじゃないかと、などと左右と談笑しながら、なんと呂布はのっしのっしと履をはいたまま、剣を帯びた姿で参内した。
 慌てたのは、内官たちである。キーキーと可聴域スレスレの金切り声で抗議をしていたが、傍らの孟獲が斧を振り上げて威嚇すると、わらわらと四囲へ逃げ散っていった。
 戈を構えて誰何する衛兵二人を両手でつまみ捨てると、呂布はど真ん中かから堂々と謁見の間に押し入った。 
 むろん陪臣の陳宮らは、御目見得の資格を持たず、ここで待つことになる。
 さて、土足で御前に参上した呂布、ズカズカと玉座の下まで歩み寄った。

呂 布:つつがないか、皇帝陛下!

 呂布が軍礼でもって起立したまま挨拶した相手こそが、後漢王朝の現皇帝、劉協そのひとである。
 その僭越、その越権――! 怒りで蒼白になる内官たちを傍目に、玉座の主は、ニヤリと頬笑んだ。
  

献 帝:懐かしいな、南蛮公。朕を前にして表面上でも恐縮しないのは、汝か董卓だけであった。

呂 布:フッフッフ、あれから20年くらいかな?

献 帝:そうじゃ。あのころ朕はまだ子供であった。

 意外にも、諸葛孔明と同年齢である青年皇帝は、南蛮王の無礼不遜を咎める色がない。

呂 布:――それにしても、何で「献帝」なの? 龍狼伝なみにアレな名前だぞ?

献 帝:便宜上の処理じゃ。赦せ。

 そんなことよりも…と、献帝は呂布を階のすぐ下まで招き寄せる。

献 帝:汝の悪名が高かった故、保護を求める書状が出せなんだ。だが、よくぞ曹操を追い払ってくれた。

呂 布:フフン…。俺様も曹操の類かもしれんぞ?

献 帝:はっはっは、心配はしておらぬ。公についてはよく知っておる。最近ヤンマガと間違えてアッパースを買ったということもな。

呂 布:…何故それを? 

献 帝:ふむ…実は朕も今週のマガジンを読んでおらぬ。それゆえ朝議に身が入らぬので困っておるのだ。

呂 布:俺様の読みさしならあるが…

 ごそごそと懐から最新号を取り出す呂布。侍官が恭しく皇帝へ取り次いだ。
 

献 帝:うむ! 礼を言うぞ、公! ――そう言えば公は何を読んでいる?

呂 布:最近はクロマティ一歩だけだな。GTOも終わったし…

献 帝:新しい系統は読まぬのか?

呂 布:何かどれも同じような絵柄で、取っ付きにくい。セリフもくさいし。

献 帝:感心できぬな。あれはあれで面白いものだ。一度我慢して、隅から隅まで目を通してみるがよい。

呂 布:フン…。

献 帝:それにしてもラブひなの終了は朕の痛恨事であった。というか、最終話を読みのがしてな。未だにどういう最後だったのか知らぬのだ…

呂 布:何年前の話だよ。つーかコミック買えよ…。

 と――ふいに献帝の視線が鋭くなった。

献 帝:朕を見損なうな、南蛮公!

呂 布:え? え?

献 帝:朕はコミックを買うほどのラブひなヲタではないぞ! ただ、その、何となく興味本位で、読んでいただけだ! そのところ間違えるな!

呂 布:そ、そうか。

 一瞬だが、気圧された呂布。なぜ人は、この種の否定になると妙な鬼気を帯びるのだろうか?
 呂布も献帝の気を察して、それ以上の追求はしない。誰にだって、他人が踏み込んではいけないゾーンがあるものなのだ。

献 帝:だが、それにしても南蛮公が思ったより話せる相手でよかった! 朕はいままで、こういう話ができる友がいなかったのだ!

呂 布:俺 同類かよ!

 露骨に迷惑そうな表情を浮かべる呂布。が、献帝は皇家のおおらかさというか、鷹揚さというか、そういう表情にまるで気づいた風もなく、目を輝かせ、かなり長時間にわたって語る気配だった。

呂 布:――さ、さて、今回は顔見せだ。詳細はまた後日に話し合うだろう。

 巧みにおりを見て、呂布は腰をあげた。
 献帝はもう少し話したそうな表情であったが、呂布はこれ以上痛い会話を続ける気はない。
 例の触覚をユラユラさせながら、南蛮公はのっしのっしと皇帝の御前を去った。

 宮殿を出ると、呂布は大きく息を吸い込み、吐き出した。
 陳宮が駈け寄ってくる。

陳 宮:首尾の方は如何でしたか――?

呂 布:なんかどっと疲れたぞ…

陳 宮:ところで、今後の皇帝の処遇ですが…。彼を傀儡と立てるなら――

呂 布:あー、その話ナシ。なんかどうでもよくなってきたぞ…

 手ヒラヒラと振って話を遮る呂布。むろん、だからといって呂布が漢王室に忠義を尽くすわけではないのだが、この話は素早く広がり、二、三日後にはえらい美談となって許都中に伝わることになる…。

 ともかく、天子の身柄を擁した南蛮公・呂布。
 洛陽と許都の連絡を密にしながら、いよいよ曹操軍との本格衝突に備えるべく、各将帥に準備を急がせる。
 あとひとつ。
 おそらくは、あと一つの勢力を滅ぼすことで、天下の形勢はほぼ固まるであろう。
 南蛮王呂布の痛快活劇、第5部終了――!

 
 
 ある夜――

呂 布:皇女の降嫁…?

陳 宮:…らしいですな。皇帝の内意だそうで。

呂 布:フン、ばかばかしい。

陳 宮:お受けにはならないので?

呂 布:当たり前だ。

 陳宮が、宮内から持って帰ってきた情報は、呂布に一笑されただけで終わった。