27.韓公国無惨

韓公国無惨

  

 建安十年、冬。
 「南蛮王の大いなる午睡、あるいは覚醒」は、出し抜けに始まった。
 その第一撃は、荊州で炸裂する。――荊州方面の都督代行である長沙の張燕軍が、何の前触れもなく荊南の要衝、桂陽を電撃したのだ。

 呂布は先の敗戦で傷つき、軍団も半身不随であるはず…という劉表方の期待のウラをかいた作戦は、見事図に当たった。劉表軍はあわてて迎撃したものの、例によって発動した諸国連合軍の怒濤のような人海戦術に為すすべもなく、あっけなく全滅してしまった。
 これで、長江以南の荊州における劉表の勢力といえば、零陵のただ一郡を残すのみとなった形である。

呂 布め、めでたい…!

陳 宮:やりずらいなあ…。

 

 この張燕の快勝はおおきい。
 彼の独断専行(指示を「内政」にするのを忘れてただけ…)とはいえ、この一戦によって韓の勢力は完全に分断されたと言ってよい。
 陳宮はこの機を逃がさず一挙に荊南を陥とさんものと、前線基地のある武陵へと大本営を移した。
 呂布もまた、9ヶ月ぶりに荊州の地を踏みしめた。


呂 布ち、張燕。…で、でかした。

張 燕:は…っ!

呂 布れ、零陵を、と、取る。せ、先鋒で、ぜ、全軍を案内せよ。

張 燕:ぎ、御意。


 呂布の発する異様なオーラに圧倒されたのか、この人を喰ったような無頼漢が、妙に行儀よい。
 とにかく、零陵攻めの先鋒に指名された張燕、勇躍して陣地へ戻っていった。
 一方の呂布、先の遠征にも使用した仮屋敷に入り、準備を待つ。 


小間使い:おかえりなさいませー!

 

 いつもの通り、小間使いと忠吉さんが呂布を出迎えた。うれしそうに尻尾をふる忠吉さんを一瞥して、呂布は重々しく呟いた。

 

呂 布さ、先に忠吉さんの、さ、散歩に行く。ふ、風呂は、あ、あとでよい。

小間使い:わかりましたー! そのくらいに沸くようにしますー。

 引き綱をもって忠吉さんの散歩に出ていった呂布の後ろ姿を見送って、小間使いはうれしそうに風呂の準備を始めた。

 
 ――翌朝。
 急報を携えた陳宮が自ら駆けつけたとき、呂布邸ではいつもの食事風景が繰り広げられていた。

呂 布…………。

小間使い:あれ…、呂布様、椎茸は食べられないのですか…?

呂 布し、椎茸は、う、宇宙人ゆえ、く、喰えぬ…!

小間使い:はあ…。でも、ノーカロリーだからダイエットとかにいいんですよ。

呂 布お、俺のを、や、やる。く、喰え。

小間使い:わ、ありがとうございます!

呂 布ゆ、ゆるす。

陳 宮:………。なんか、前以上に異様な食卓風景になってるな…。

 一部始終を眺めていた陳宮、呆れたように言いながら上がってきた。 


小間使い:あっ、陳宮様、おはようございます!

呂 布ち、陳宮、き、貴様も、し、椎茸を、く、喰え!。

陳 宮:出がけに食って参りました。それより……  

 

 小間使いがさりげなく席を外すのを確認すると、陳宮はびっしりと文字の書かれた帛布を広げた。
 

陳 宮:――援軍として派遣していた冷苞らの早駆けですが…。

呂 布……

陳 宮:江夏が、陥ちましたぞ。韓公は孫策に捕らえられ、処刑された様子。

呂 布――――!


 驚くべき訃報であった。
 韓公・劉表、斬死す…!
 この報は数日を経て天下を駆け巡り、一つの時代の終わりを人々へ痛烈に突きつけることになる。
 劉表、字は景升。皇族として、また自身すぐれた学者として青年代から清明を博し、身一つで荊州を切り伐り、学問王国とも言うべき楽土を乱世の中に十年以上も保ち続けた、希有の人である。
 実体は荊州豪族連の御輿的存在にすぎなかったにせよ、この巨人の死は中原の趨勢をも左右すること間違いなかった。

 

陳 宮:孫策にとっては、韓公は父・孫堅の仇。斬って当然といえば当然ですが…。

呂 布り、劉表の子の、な、名を言え。

 

 劉表には、年若い子が二人いる。長子劉と次子劉である。
 劉表は内々に、弟の劉を愛していたようだが、ゲームでは何の悶着もなく長兄・劉が後継者に立った。能力的には、父親をさらに大人しくしたようななタイプであり、多少の吏才の他に見るべき点はない。

 

陳 宮:交戦中の君主ですが、一応、弔問の使者は出しておきました。…まァ、年明けの零陵攻略を中止するほどのものでは無いかと。 

呂 布よ、よかろう。

 
 喪中の軍を撃つは人の道にあらず、などというお題目は、この主従には通用しない。
 呂布軍は冬のあいだに着々と出撃準備を整え、武陵に残す兵力を別にしても、約七万という大部隊を編成してのけた。
 ここ連年の敗北にもかかわらず、これほど迅速に軍団を編成できるのも、ひとつには今作に訓練値の概念が無いと言うことがあげられるかもしれない。召集した新兵たちをそのまま戦場に放り込めるのだから、楽なことこの上ない。…むろん、SLGとしては欠陥というべきなのだが…。  

 ――年が明けて、建安11年(二〇六年)。
 遠征軍の壮行式と新年の祝賀とを兼ねた大宴会が、武陵の政庁前広場で華やかに開催された。隣国では、先君の服喪で歌舞音曲を控えているというのに、いい気なものである。
 このたびの出師は、征旅とよべるほどのものではなく、ほとんど掃討戦にちかい。呂布はいちいち出陣せず、総大将張遼、副将張燕のほかは、蔡勲、趙範ら荊州投降組が主力である。
 そんな中……。
 宴の演目がとぎれた頃を見計らって、一人の少女が、呂布の前へ歩み出た。

呂刀姫:父上!

呂 布な、なんだ…!

呂刀姫:私は、もう今日から十五歳でございます! 何故、この度の戦列に加えていただけないのですか!

 
 呂刀姫、ちょっと年賀の酒を飲んでしまったらしい。
 頬のあたりに、かすかな酔色を漂わせながら、呂布に詰め寄っている。
 詰め寄られた呂布はというと、洗面器のような大盃を片手に、無表情なまま娘をにらみ返している。

呂刀姫:傅父(高順)にも、すでに戦の免許を頂いております! ぜひ、私を戦列の端に加えてくださいっ!  

呂 布:………。

呂刀姫:………………………。  

呂 布:……ゆ、許す。

 オオオオ、とどよめきがおこった。
 物見遊山のようなものであった今回の遠征は、たちまち姫殿下の初陣式となってしまった。
 張遼や張燕、苦笑するよりない。

 

張 遼:フフ…元気のいいお姫様だぜ。

張 燕:まァた陣を考えんとなァ…。後ろに引っ込んでて貰うかな。  

張 遼:いや、俺の予感だが、あのお姫様、案外やるかもしれねえぜ…。

 

 張遼の予感は、痛快なほどに的中した。
 張り切って出撃した呂刀姫は、行軍中、気負いすぎて兵をいたずらに駆り立て、張遼に張り手を喰らうという目にもあったのだが、そのせいあってか、戦場では想像以上に沈着であった。
 …数からして圧倒的優勢にある南蛮軍は、連合軍と協力し、大きく敵を包み込むような進軍を続けていた。
 が、マップ中央の山塞で敵の組織的な抵抗を受け、やや出足が鈍ったかに見えた。
 ――それが敵主将文聘ただひとりのバケモノのような豪勇に支えられているのを見て取ると、呂刀姫は自ら馬をとばし、張遼に敵大将を討ち取るよう具申した。

張 遼:さすがは姫様、よく見ている。が、俺では相手してくれませんぜ。  

呂刀姫:なら、私が参りますっ…!。 

張 遼:おいおい…! 姫様に何かあったら、俺が殿に斬られちまう。

呂刀姫:大丈夫です。父上なら、よくぞあれを一人前に扱ったと、誉めてくださいます。  

 張遼、苦笑いして、この満十四歳の少女を見遣った。
 同じ年頃の娘に較べれば長身なほうだが、周囲の厳めしい鎧武者どもにくらべると、ほとんど馬に乗ったリカちゃん人形である。これを戦場へ投入しようとする男たちの方こそ、どうかしている。
 だが張遼、

張 遼:ま、…どうせ人はいずれ死ぬか。早いか遅いかだな…。

 と、とんでもないことを呟くと、急にニッコリと笑って令箭を呂刀姫に投げてよこした。

 

呂刀姫:かたじけない!

張 遼:一つコツを教えておきましょうか。一騎討ちの時は、まず最初に気力を回復すること。

呂刀姫:まず気力を回復する…。

張 遼:あとは、ひたすら気力を消費して、隙狙い、一発狙い。たいがいの敵はこれで倒せるはずだ。

呂刀姫:――ありがとうございます、将軍!

 

 呂刀姫は元気よく一礼すると、馬腹を蹴って一目散に飛び出した。

 ――なんだ、アレは。
 敵味方の将兵が騒ぐ。なにせ、目立つ。すぐさま敵方の槍襖が取り囲むが、不思議に彼女の躯にかすりもしない。颯々と白い風が吹き抜けてゆくようなものであった。
 呂刀姫は、あっというまに敵の本陣へ肉薄した。あわてて旗本たちが駆けつけ、ばたばたと討ち取られてゆく。
  文聘は、自ら馬を駆って呂刀姫の前へ立ちふさがった。

文 聘:来れるは、南蛮公の息女とお見受けする。やれ勿体なし、勿体なし。

呂刀姫:……!  

 
 文聘としては、「女にしておくのは勿体ない武勇である」と武人らしく誉めたつもりであろうが、呂刀姫は、意味を取り違え、侮辱と取った。
 無言で馬を駆け寄せざま、激烈な斬撃を放った。文聘、これを槍の柄で鮮やかに流し、薙ぎ払う。
 実のところ文聘の武力は88(えぢた~済み)であり、呂刀姫は83。尋常に打ち合えば、呂刀姫といえど、この荊州屈指の猛将には及ばぬであろう。
 が、呂刀姫には、張遼に習った必勝法がある。多少の武力差など、問題ではない。
 一騎討ちが長引くに連れ、誰の目にも勝負の行方は明らかになってきた。

文 聘:し、信じられん…!ここまでとは…。

呂刀姫:それ、お一つ進上っ!

 呂刀姫の槍はますます精緻を極め、文聘は次々と浅手を負う。そしてついには、高腿を深々と突かれ、落馬した。  

  

呂刀姫:捕らえよ!

 
 息を弾ませて馬周りに命じると、自身はただちに兵を差し招き、そのまま敵の塞へ突撃する。
 彼女の突撃はデフォルトで「四」であり、呂布の後継者としての資質は十分すぎるほどに持っていたといえよう。 
 呂刀姫の獅子奮迅の活躍もあり、零陵は、張遼の計画よりも四ターン早く陥落した。

 後の南蛮皇帝・呂鳳のデビュー戦は、彼女の将来を占うが如く、かくも華々しいものとなった。
 零陵失陥により、韓公国の領土は、新野、襄陽、江陵のみとなった。逆に南蛮公国は長江以南の荊州の地をことごとく領有することとなる。
  

  

※新規武将登録時、姉妹の年齢計算ミスしてました(;^_^A

 

  期間限定の純一戦士・呂布奉先は絶好調!娘の刀姫もレギュラーに加え、南蛮公国はいよいよ荊州をかけての大戦! 第五部、好調な滑り出しです!