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■ ★しょーとれんじすと〜り〜スレッド★

1 名前:★ぐっこ:2002/02/07(木) 00:41
はい。こんなの作っちゃいます。
要するに、正式なストーリーとして投稿するほどの長さでない、
小ネタ、ショートストーリー投稿スレッドです。(長文も構わないですが)
常連様、一見様問わず、ココにありったけの妄想をぶち込むべし!
投降原則として、

1.なるべく設定に沿ってくれたら嬉しいな。
2.該当キャラの過去ログ一応見て頂いたら幸せです。
3.isweb規約を踏み外さないでください…。
4.愛を込めて萌えちゃってください。
5.空気を読む…。

とりあえず、こんな具合でしょうか〜。
基本、読み切り1作品。なるべく引きは避けましょう。
だいたい50行を越すと自動省略表示になりますが、
容量自体はたしか一回10キロくらいまでオッケーのはず。
(※軽く100行ぶんくらい…(;^_^A)、安心して投稿を。
省略表示がダウトな方は、何回かに分けて投稿してください。
飛び入り思いつき一発ネタ等も大歓迎。

あと、援護挿絵職人募集(;^_^A  旧掲示板を仮アプロダにしますので、↓
http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi target=_blank>http://isweb41.infoseek.co.jp/novel/gaksan1/cgi-bin/upboard/upboard.cgi
にアップして、画像URLを直接貼ってくださいませ〜。
作品に対する感想等もこのスレ内でオッケーですが、なるべくsage進行で
お願いいたします。

ではお約束ですが、またーりモードでゆきましょう!

450 名前:国重高暁:2004/04/20(火) 16:54
いかがでしたでしょうか。
今回の出典は「綱鑑」です。
曹操と陳登との談義が実に
面白いので、SS化してみました。
政略結婚については公式設定がない(?)
ようなので、「マリア様がみてる」風に
「スール(義姉妹)の契り」と表現して
みましたが……これで宜しかったでしょうか?

以上、国重でした。

451 名前:はるら:2004/04/20(火) 17:56
国重高暁さまはじめまして、はるらです。
早速ですが読ましていただきました。国重高暁さまグッジョブ!!
呂布が接着剤・・・。思わず「おぉ!!」と感嘆してしまいました(^_^;)

452 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:36
■ 邂逅 ■(1)

「あれっ、憲和。この写真って…。」
帰宅部連合写真部の記録保管庫にて整理作業中に一休みしてアルバムを見ていた法正はその中にあった一枚の写真に目を留めた。アルバム自体もほこりの多い片隅に平積みと保管が悪かったため、ほとんどの写真はセピア色に色褪せていた。

法正が課外活動からの引退を決意したのは高2の12月。帰宅部連合の一員としてやりたいことは先週の漢中アスレチックス攻防戦の勝利で大体終え、受験を考えての惜しまれながらの早期引退を行ったのである。1つ上の悪友というべき簡雍も卒業を控えてほぼ同時期の引退を決意。以後、帰宅部連合を揺り動かす大事件が連続して起こることは神ならぬ彼女らには予想もできなかった。
ともかく、2人は年明け1月の引退を考えた引継ぎ作業に12月の中旬はてんてこ舞いであった。もっとも、主として引き継ぎ作業で忙しかったのは運営の重鎮であった法正の方で、ものぐさな簡雍のほうは帰宅部連合劉備新聞部写真班班長および帰宅部連合写真部部長であったのだが、書類仕事は前々から全部後輩に投げていたので事務上の手続きの手間は実質皆無であった。
なのに今、保管庫の整理を法正がしているのは新聞部と写真部に残された簡雍の管理物品(のはずの物)の整理に駆り出されたからである。当初は簡雍の手伝いをしていたのであるが、肝心の簡雍がすぐにサボるため、法正も途中で忍耐を切らし、気晴らしに古いアルバムを見ていた。
本当に闇に葬らねばならない、墓場まで持っていかねばならないような社会的に政治的にヤバイ代物、あるいは金になりそうな物件は簡雍自身がちゃっかり安全なところにいち早く動かしていたのだが、それ以外のあまり重要でないか重要そうに見えないもの、公的に発表して問題ない物は“やはり”新聞部の私物棚に投げっぱなしになっていた。こういう物件に関して簡雍は自分の手から離れた瞬間存在自体を忘れることも多々あるので、最初のファイル閉じのような整理作業自体も行ったのは実際にその写真を使用した別人であるに違いない。
当然、荊南地区を制覇して正式に帰宅部連合が発足した今年度初頭以前のネガやデータファイルは全て処分されている。片隅に積み上げられていたこのアルバムもそれ以前のものであるため、もはや焼き増しもできず後は朽ちる一方である。

セピア色に色褪せた写真には、満開の桃の花のした、筵に座って甘酒が入っていると思われる器を手にした人物が3人写っている。折りたたんだ三節棍を腰に挿し片膝立てて座り、左手に杯を持ち右手でヴイサインをしている張飛に、刀袋を脇に正座して両手に杯を持ちカメラに向かって穏やかな笑みを浮かべる関羽、そして二人の間で甘酒の入っていると思しき酒瓶と切り分けられた肉料理を載せた皿を前において、胡坐をかいた劉備が右手の張り扇を肩に担ぎ、左手に杯を持って、二カッと朗らかな笑顔を向けていた。また3名とも制服ではなく私服姿である。劉備はトレードマークの赤パーカーを緑のシャツとジーパンの上に羽織っている。関羽は黒のシャツとベージュのチノパンの上にカーキ色のトレンチコート。張飛はオレンジ色のタンクトップの臍だしルックにデニムパンツとジージャン。
日時は3年前の3月3日。劉備、関羽、張飛そして簡雍がまだ中等部3年もしくは新高1としての期待に胸を膨らませていたであろう時期である。それに日付。“桃の節句”
間違いない、“ピーチガーデンの誓い”の写真だ。

最近の帰宅部連合の隆盛はすさまじく、劉備、関羽、張飛の所謂“ピーチガーデン三姉妹”の名は蒼天学園でも知らぬものがない。
−我ら三姉妹、蒼天学園に入学した時期は違えど、願わくば同じ年、同じ月、同じ日に引退せん。−
“ピーチガーデンの誓い”は彼女らの交誼の固さを示すものとして既に学園の伝説となっている。帰宅部連合の前身である劉備新聞部発足時に、資金・印刷機器と取材の足を提供してくれた張世平と蘇双の縁者が現在、幽州校区における3姉妹関係のグッズやイベントに関しての権利を持っている。例えば、該当地の幽州校区涿地区のピーチガーデンにおいては、“ピーチガーデンの誓い”で当の三姉妹が食したという“桃園結義ランチ”なる便乗メニューがあったりする。
だが、その誓いが存在したかの真偽のほどが疑問とされていた以上、このメニューに付属する話も疑わしい。3人も初期の活動区域は涿地区だったため、ランチ自体はどの時期にかは食べていた可能性はある。つまり決定的な証拠がないのである。

ピーチガーデンの宣伝パンフに“ピーチガーデンの誓い”の説明として、咲き乱れる桃の花のした、劉備が差し上げた張り扇に両脇に居並んだ関羽と張飛がおのおの居合刀と連結式三節棍を交差させている写真が添付されているが、この写真は人差し指を突きつけての“異議あり”の連発である。3名とも蒼天学園“高等部”の制服姿であるし、つけている階級章も当時着けていたと思われる1円玉でなく高額の紙幣章である。第一、3人ともいかにも“やらせ”と分かるぎこちない笑みを浮かべている。この写真自体は実際の年以降、おそらく今年の春に撮影されたものであることは明らかである。

当事者の3名に聞けば一発で分かると思われるが、3名の名がここまで大きくなった今、“あれはあったのですか”と直に聞けるほどの度胸の持ち主はほとんどいない。とはいえ、宴会の席等でぽろっと漏れた情報が皆無というわけでもなかった。法正は、その証言内容を思い起こしてみた…。

453 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:37
■ 邂逅 ■(2)

尋問内容:
“3年前の3月3日 幽州校区涿地区ピーチガーデンであったことを証言してください。”

証言その1:赤パーカーと眼鏡着用の張り扇娘
「3年前なぁ、あの年は暖冬で桃の開花が早かったから桃の節句に花が咲いたっちゅうんでピーチガーデンに翼徳とバイトついでに花見に行ったんは覚えとるわ。もうひとりいたような気もするけどな…。そうそう、行った先でたまたま関さんに会うたんやった。“関さん”って呼び出したのもあの日からやったなぁ…。せやせや、関さん昔から年の割りに落ち着いてて貫禄あるから、てっきり上級生と勘違いしてもうてなぁ〜。」
韜晦が巧みなのか、大事な情報は多いものの直接関係のある証言はどうしても引き出せず。ゆさぶればゆさぶるほど脱線するようにも思えたので尋問は中断。

証言その2:長身の美髪嬢
「…私が蒼天学園に入学した日ですね。私は姉者や翼徳に出会い、共に蒼天学園での3年を過ごそうと心に誓いました。それで充分ではないでしょうか。」
核心は突いてるがあまりにも漠然に過ぎる。取り付く島もなくこれ以上の証言は引き出せず。

証言その3:スタイル抜群の格闘娘
「う〜ん、先週の宿題の内容忘れてるアタシが3年も前のこと覚えてると思うか?いや、そこで頷かれるとなんか腹立つんだけど。…あのときから姉貴たちにはほんと頭あがんねぇんだけどな。でも今やったら…。あ、やべ、姉貴や関姉には言うなよ。」
忘れた振りをしているのか本当に忘れているのかが判明しないところもあるが、何かをごまかそうとしているのは確かである。だが、釘を刺していたのが義姉二人らしいので尋問は断念。

はっきり“誓い”が成されたかは証明されなかったものの、3年前の3月3日に幽州校区涿地区ピーチガーデンの桃の花見で3人が出会ったことは間違いない。

興味深いのは劉備の「もうひとりいた」という発言である。
劉備新聞部の最初期メンバーは劉備玄徳、関羽雲長、張飛翼徳、簡雍憲和であるが…。
「この中にそのもう一人がいるのよね…。しかも見方を変えると2人…。」
ケース1:簡雍憲和
簡雍は劉備の幼馴染であり、劉備との縁はもっとも長い人物のはずであるが“ピーチガーデンの誓い”は3人姉妹である。
ケース2:関羽雲長
劉備、張飛、簡雍の3名とも蒼天学園の本籍地といってよい最初の登録は幽州校区涿地区内である。関羽の本貫は司州校区河東地区解棟である。このときが初対面だった可能性もある。

が、“もう一人”が関羽だと後の証言に繋がらないし、ピーチガーデン“3姉妹”である事実との矛盾が説明できない。
「…ここらあたりの矛盾に証言がはかばかしくない答えがありそうね…。」
その答えをくれそうな人物は法正に片付けの仕事を任せてサボっていた。

確かに重要人物の一人であることには間違いないが、うかつにつつくと何が出てくるか分からないのと、成都棟開放を除けばあまりにも蒼天学園の公務には関わってこなかったので誰もが尋問をスルーしていた人物でもある。彼女に尋問できる人物はごく限られている。ピーチガーデン3姉妹と諸葛亮、つきあいのある運営庶務三羽ガラスのあと二人である糜竺と孫乾を除けば法正しかいない。
「…どーした、孝直、仁王立ちになって。」
「どーでもいいわよ、キリキリ白状なさい!3年前の3月3日、何があったか。あんた知ってんでしょう!!」
「おいおい〜そんな昔のこと覚えてるわけ…。何、その右手で高々と差し上げた如何にも重そうなアルバムは?」
「いや、ショック療法してあげようかと…。」
にこやかに微笑みながらアルバムを振りかぶる法正に、流石に粘る限界を感じたのか簡雍は内心はともかく急いで寝転んでいたところから起き直った。これを見てとばかりに突きつけられた一枚の写真に、ほぉと目を丸くする。
「…しっかし、よくこんな写真見つけたよねぇ〜、アタシ自身今見せられるまでふと忘れてたのに…。」
あやしい。今の3姉妹の株を考えれば正統的に金を儲けられるこんなお宝写真を撮ったことを簡雍が思い出さないはずはない。何かしら忘れたあるいは積極的に忘れたがっていた理由があるはずである。
「…話してもらえるわよね、何があったか。劉備新聞部の最初期メンバーのあんたが知らないはずはないものね…。」
予想はできるが、この相手は転んでもただではおきない。
「じゃあ、対価は片付け全部やってくれるということで…。」
「うぐっ、多すぎ!せめて3分の1!もともとあんたの仕事なんだから!」
「誰も知らない情報なんだからねぇ〜。3分の2!」
「半分!これ以上は負けられないわよ!!」
「…ま、そこで手を打ちますか…。」
意外にすんなりと商談成立。
「...(ひょっとして謀られた?)…。」
なんとなく納得のいかない表情をしている法正に、簡雍が写真を見ながら思い起こしつつ話したのは次のような内容だった。

***

454 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:38
■ 邂逅 ■(3)

3年前の3月3日、蒼天学園司州校区河南地区洛陽棟にある司州校区事務課は学生でごった返していた。年度末の風物詩、事務手続きである。窓口のひとつでも背丈から中等部と思しき生徒が事務員と応対していた。その後ろは数名生徒が順を待って並んでいる。早くしろとの無言の威圧はかなり大きい。
「あら廖淳さん、あなた本貫の欄が抜けてるけど。」
「あぁ〜〜、すみません。えぇっとぅ、荊州校区襄陽地区です。」
廖淳と呼ばれた生徒は必要書類の不備を指摘されて、慌ててカバンから筆記用具を出そうとした。が、慌てていて見つからない。見かねた事務員が窓口の横にあるペンたてを指差す。すみませ〜んと頭を下げて、ペンを取ろうとしたがつかみ損ねて、途中で取り落としてしまった。
あっちゃ〜何泡食ってんのよ、アタシってドジ、と思ったところ、横からすっと伸びてきた手がペンを掴み上げた。慌てていたことと、急な動きでは無かったことでそのときには凄いとは思わなかったのだが、後にして思えば反射神経や運動神経が良いだけの者と違い、瞬発スピードに頼らない無駄のない動きで落ちる前に自然に摘み上げていたのである。よほど武道か舞の修練を積んでいないとできない動きであった。なお、廖淳自身も後に武闘派として年季を積んで帰宅部連合・右車騎主将という高位に着くのであるが、このときの動きはいつまでたっても真似できなかったという。
だからといって廖淳を後代において
“廖化当先鋒”− 廖化を先鋒にする = 人材不足
とあげつらうのは不当に過ぎるだろうが…。

「どうぞ。」
「あっ、ありがとうござい…(うわっ、デカっ!)」
声に応じてペンを受け取ろうとした廖淳は、振り向いたときに目に入った人物、いや正確には眼の高さにあった“物体”に驚いて声をとぎらせた。
そう、目の前の人物は“いろいろな意味で”大きかった。
170cmを越える長身に広い肩、癖がなく艶やかな腰に余るほど長い豊かな黒髪。そして廖淳の目の高さにある物体。そのくせ全体で見るとすらりと均整が取れている。
「どうかしましたか?事務員さんがお待ちしていますよ。」
廖淳の不躾な視線に気を悪くした様子もなく、女性にしては低い深みのある声で丁寧に廖淳に注意を促す。容貌も声のイメージに違わず、派手ではないが落ち着いた美貌である。

今は進学の決まった生徒たちが高等部の進学、そして大学部の進学手続きを済ませに来る時期である。各校区所轄事務課でも手続きができないわけではないが、蒼天学園という単位互換性を持つ仮想巨大学園が存在する華夏研究学園都市においてはいろいろな事情で手間取りそうな場合、中央事務管理課とでも言うべき司州校区事務課で手続きをするのが通例である。2月下旬から3月中下旬までの一ヶ月はこういった学生たちで大病院の待合室並みの大きさがある司州校区事務課のロビーはごった返すのである。廖淳もその口で、追試が幾つかあったため荊州校区での正規中等部進級手続きに遅れ、慌てて司州校区で手続きに来たのである。
“高等部の先輩かな…。”
担当事務員の手続きに時間がかかりそうな廖淳は、これまでの後ろからのプレッシャーもなんのその、件の人物をゆっくり観察することにした。
彼女は廖淳の隣の窓口で事務手続きを受けていた。
黒のシャツにベージュのパンツ、上に深緑所謂カーキ色のトレンチコート(長身の人が着るとすごく映える)を羽織った男装の出で立ちであるが、声高に上等を叫ぶ連中に在りがちな伊達や無頼を気取っているわけでなく、またマニッシュとも違う。マニッシュというのは“男っぽさ”というより敢えて男装することで逆に女性としての色っぽさをアピールしている感がなくもないが(宝塚の男役はどうみても“美男子”でなく女性の色気がある)、この女性の場合は単に動きやすい服装を選んだらこうなったという様子で、無駄を省いた機能美のほうを考えているようである。
左手に紫の袋(刀袋)に包んだ1 mを越える棒状の物を携え、脇には風呂敷包みを抱えている。蒼天学園の“武闘派”集団のなかには電動ガンや模造刀をこれ見よがしにぶら下げているものも多いが、本来銃刀法では刃のない模造刀といえど公共の場では刀袋に収めておくことが規定されている。
風呂敷には書類や筆記用具が包まれていたのがこれまた古風である。
ちろちろと横目で書類をみると、氏名は関羽、本貫は司州校区河東地区解良棟ということであった。
“…関羽先輩か、よし覚えた…。しっかし、妙に気になる人だなぁ…。”
事務課の他の窓口に来た生徒たちも廖淳ほどじろじろ見ることはないが、時折盗み見たり振り返る者がいた。
いかにも物に動じない穏やかな内にも威を納めた風だが無闇に威圧感があるわけでもない。整った顔立ちに出るとこは出て引っ込むところは引っ込んだ長身、そして腰に余るほど豊かにある癖のない艶やかな黒髪と、1つ1つがモデルでもなかなか見れないような要素を持っているが全体的には落ち着いてまとまっており花が咲き誇るような派手さがあるわけではない。きびきびと動きのつぼを押さえた水際立った挙措であるが、ありがちなオーバーアクションではないので身体の大きさに反して目立つわけでもない。
だが存在感は比類なく大きい。

この女性の方は廖淳と違い書類に不備がなかったようですんなりと事務手続きは終了した。
一度も廖淳の方には振り返らなかったが見遣っていたのは気がついていたようで、それではお先に失礼、と微かに微笑んで会釈し、事務課を後にした。
「…やっぱり、高等部の先輩方ってかっこいいですねぇ。私も後3年もしたらああなれるのかなぁ…。」
絶対無理よ、という社会的・教育的に問題のある突っ込みは内心にとどめ、書類手続きをしていた事務員さんは問題にならないほうの突っ込みを口にした。
「…あの娘、あなたと同じ中等部よ。あ、もっとも新高1という意味で高等部の先輩というのは正しいけどね。高等部への入学手続きだったから…。」
「…え゛っ!大学部への進学だったんじゃないんですかぁ?!」
この時期に進学でなく高等部に入学するというのは妙である。入学試験・正規入学手続き自体は既に終わっている。正確に言えば新高1への編入ということになる。蒼天学園への編入は言ってしまえば試験に合格さえしてしまえば365日いつでもOKである。ということは…。
「体育科だったんですか?」
あの体格ならさもありなんである。
「い〜え、それが普通科よ。久々に編入試験の数学で満点が出たという話よ。」
次の生徒の事務作業を済ましつつ、事務員は廖淳に返事を返す。
世間話をしながらでも作業効率がさほど落ちないのは流石プロというべきか。もっとも華夏研究学園都市の事務員は時折学生の年齢や入学年度が正規書類と合わなかったりと総じてかなり作業内容がアバウトらしいが…。
「え゛え゛っ!!」
一芸でも飛びぬけていれば入れる専門科でなく普通科であると編入の場合満遍なくかなり成績が良くないと入れない。コネでもない限り正規入学者の上位10分の1に入れるくらいでないと駄目である。聞くところによるとかなり珠算が巧みらしく、非常に素早く正確に検算していたため、膨大に計算せねばならないはずの数学で満点が取れたらしい。
…天は二物を与えずって嘘じゃないの…?いや、あの人だって何もせずにああなったわけじゃない、私だっていつかはきっと!廖淳、ガンバよ!!
廖淳、本質は打たれるほどに強くなる熱血体育会系である。
「…廖淳さん早くして…。」
廖淳の夢想は後ろからの催促で破られた。
約1年半後に廖淳はこの娘と再会する。

***

455 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:38
■ 邂逅 ■(4)

ところ変わって、冀州校区常山地区に存在する華夏研究学園都市唯一の神社である常山神社では近日に迫った“曲水の宴”の準備で大忙しだった。

〜 曲水の宴 〜
― 観梅の時期、三月の第一日曜日[古代では三月上巳(弥生はじめの巳の日)]に行われる雅やかな歌会。梅園の中を流れる曲がりくねった小川に小船に乗せた酒盃を流し、それが目の前を流れる前に漢詩(奈良時代)もしくは和歌(平安時代)を読む宮廷人の遊びである。作品が出来たらその杯の酒を頂き注いで再び流すというものと、作品が出来ない場合に罰として酒を飲ませるという2通りがあるようである。
東晋の右将軍 王羲之が353年3月3日に主催した流觴曲水(りゅうしょうきょくすい)が高雅な現在の形の曲水の宴の起源といわれ、日本では485年に始められた。現在も日本の各地で行われ、太宰府天満宮では、958年に太宰大弐 小野好古が菅原道真の往時を偲んで始めたと伝えられる。
本来、中国においては春の禊の行事であり、秦の時代に清らかな流れに杯を流して禊払いの儀式として行われたのが始まりと言われ、平安時代には杯でなく穢れ払いの人形を流していたのが貴族の姫の雛かざりとなって桃の節句に発展する。―

本来が節句の禊の行事のため、多数の参加希望者の中から抽選で選ばれた衣冠束帯(男役)や十二単(女役)の先輩方の歌会の前には白拍子の舞そして巫女の神楽舞がある。
常山神社の一人娘である趙雲子龍、常山流薙刀道の同輩にして巫女見習いの陳到叔至、そしてバイトで雇われた彼女らの友人にしてライバルの田豫国譲の3人は、この日、神楽舞の練習をしていた。長髪の趙雲と陳到、ショートカットの田豫はいずれもそろいの巫女姿である。
午前中は3人とも物珍しさも手伝って見物にきた生徒たちの撮影に気軽に応じていた。ところが暖冬の影響で桃の開花が早まったため、幽州校区のピーチガーデンでの桃の花見のついでに訪れる生徒がかなり多かったのである。
そのため舞の練習と撮影が度重なると流石に疲れ、午後は人の来ないところで一息入れようと、お茶とお茶菓子を用意して普段は人の来ない神社の裏手に向かった。
ところが薄暗く人けがないはずの裏手からは、やぁ、とぅ、と掛け声が聞こえてきた。
裏手に回ると先客がいた。それも抜き身の刀を持って。といっても危険人物というわけではない。見たことのない長身の生徒が模造刀と思しき刀で剣術の稽古をしていたのである。
関羽も最初は近場の体育館に行こうとしたのであるが、どの体育館も既に部やサークルが練習に使っており、個人が居合刀を遣うスペースを借りられそうになかった。地図を頼りに何箇所か歩き回った挙句、人けのない常山神社の裏手を借りて型を遣うことにしたのである。軒下に風呂敷包みをおき、コートを脱いだシャツ姿であるが既に長時間稽古していたようで寒そうではない。
巫女服姿の三人に気づいて、神社の関係者と思ったのか(趙雲がいる以上間違いではない)、練習を中断し、会釈して“お邪魔しています、ご迷惑をお掛けしたなら引き払います”と聞いてきた。場を弁えた態度に、趙雲が、ご自由にお構いなく、と返事を返すと謝意を示して再び稽古を再開した。三人もタオルで汗をぬぐい、湯のみ片手に軒下に座わり、休憩方々何とはなしに稽古を眺めていた。
大きく動く度にそれに合わせて豊かな黒髪がうねるように波うつ様は印象的であった。が、それ以上に3人の関心を引いたのは、この人物の滑らかな挙措と3人の耳に微かに聞こえた風切り音であった。
趙雲、陳到、田豫の3名とも中学生としては傑出した格闘技能を持っているため、挙動の一つひとつを見ただけで、この人物の力量のおおよそは見て取れる。滑らかな無駄のない動きで俄かには真似できそうにない。また、遠目には撫でる様に大きく軽く振っているように見えたのだが、風切り音はこれまで耳にしたことがないくらい短く鋭いものであった。
「…なあ、子竜。あの人の刀って普通より短いのか?」
疑問に思って、田豫が尋ねる。薙刀をたしなむ二人と違い、田豫は格闘畑である。
「どうしてそう思うの?」
「いや、竹刀に比べたら短いしさ。それだったら早く振れるのも分かる気はするけど…。」
だが、力任せに振ったからといって速く振れるわけではない。
この人物の動きは根本的に違う。
田豫の疑問にクスッと陳到が笑って答える。
「あの人の遣っている刀はかなり長いですよ。背が高いからでしょうね。」
確かに目の前の人物は3人に比べて頭一つ以上高い。
「…デカいのタッパだけじゃないけどな…。」
田豫の視線は胸の辺りにいっていた。
「…それは言わないほうが無難でしょう…。」
趙雲、陳到ともに、自分の胸部を無言で見た後に付け加えた。
竹刀は大体全長が3尺6寸から9寸ある(110 cm 〜120 cm)。真剣に直したならば刃渡り3尺(90 cm)クラスの大業物になる。現在、居合いによく遣われるのは刃渡り2尺4寸5分(74cm)のもの。江戸時代の常寸(普通の長さ:治安にも関わるので触れで規定が出されることも)は時期にもよるが2尺2寸から4寸位である(67 cm ~ 72cm)。
「そんなものだったのか?もっと長いものだと思ってたよ。」
「私の見たところ、2尺6寸(80 cm弱)かそこらだと思いますけど。」
「80 cmよりはちょっと長いんじゃないか?」
「2尺7寸(82 cm)ね。」
こういった得物の寸法の見極めは間合いの見切りの深さにも通じる。その技量はこの3人では陳到<田豫<趙雲であった。

456 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:39
■ 邂逅 ■(5)

外野の雑音を気にした風もなく、件の人物は稽古を続けている。ビュッ、ビュッと短い風切り音が聞こえるが、力任せに振っているようには見えない。つまり得物の重心を把握した上で無理なく全身運動で振るっているため、動きの途切れがなく“きれ”が非常によい。よほどこの得物を使いこなしているのであろう。
一つ一つの型の終わりでは血振りしての納刀が入るのだが、その血振りと納刀がまた一風変わっていた。通常の血振りと納刀は右手のみで握った刀を頭上を通るように斜めに振り、そのまま鞘の鯉口に当てた左手の親指と人差し指の又に刀の棟を載せて切っ先を誘導して納める。この人物の場合、諸手の残心の構えから右手を離し鍔のすぐ上の棟のところを握り拳にした右手で音を立てて叩くのである。そして逆手で握りなおした右手のみで柄を握り、そのまま下から刀身を半回転させて左の二の腕と少し抜いた鞘の鯉口に当てた左手の親指と人差し指の又に載せ、切っ先を誘導して納めるという見慣れない血振りと納刀の仕方をするのである。実際にやってみようと思うと少々ややこしい動きであるが、これもまたよほど遣り込んでいるらしく滑らかな動きである。
「あれは多分、香取神道流です。」
納刀を見て首をかしげていた陳到の疑問に答えるかのように趙雲が口を開いた。
「あの棟を右手でたたく血振りと持ち替えて刀身を回転させる納刀は香取神道流独特のものと聞いたことがあります。」
香取神道流の特徴は常に戦国時代さながらの実戦を念頭に置き、相手の攻撃に対し一瞬早い攻撃により必ず倒すという、全ての技に一撃必殺の工夫がなされていることにある。稽古では木刀を使い防具はつけず常に怪我、最悪死と隣合わせる厳しいものであるが、その一方で“試合は死に合い”、“兵法は平法なり”として戦うこと厳しく戒めている。事実、鹿島の本拠では開祖・飯篠長威斎以来600年もの間、他流試合が行われたことない。すなわち兵法は平和のための法であって、戦わずして勝利を得ることが最上であると教えている。門流に“無手勝流”の塚原卜伝がいることも無縁ではない。一撃必殺の技術の習得と平法の順守という一見矛盾したところにこの流派が600年もの間失われることなく昔の型を継承した答えがあるのかもしれない。

「あれで血振りができるのでしょうか?時代劇や先輩方の居合いですと片手でブンって振るものですし、握りは変えずに素早く納刀する人もいますが…。」
陳到の疑問も当然である。
「血振りのことを言うのなら、どのやり方も本当に血はぬぐい取れません。懐紙でぬぐわねば駄目だったそうです。居合いでの血振りの動作は敵を倒して所作の終了を示す合図に過ぎませんから。それに居合いで納刀するとき、古流では相手を既に倒しているわけですから早く納刀する必要はどこにもありません。却って指を切ったり鞘内にぶつけて刃を痛めたりことがあったそうです。抜くときは文字通り抜く手も見せないくらい早く行いますが。」
事実、抜き打ちを見せたが、居合腰で右手の甲を柄に当てそれが翻ったと思ったときにはビュッと短い風きり音とともに白い光が水平に走っていた。
一度見せた型などは、片膝立てて座った状態から瞬時に1mも飛び上がって抜き打ちを放ち着地時に間髪をいれず拝み打ちを切り下ろすとんでもないものであった(抜附の剣)。
居合、立合の抜刀術の後は、刀を改めたのち、太刀術の稽古を始めた。相手(打手)が居ることを想定して型を遣っていることは分かるのだが、1つ1つの型が他流派の数個分ほどに長い。
「しっかし、古流剣術っていったらいろいろ“奥義”とかがあったりする訳だろ。今日はたまたまとはいえ人前で見せていいものなんかね?」
「…普段の稽古では見学に来た他流の武芸者に技を盗まれないようにいろいろ工夫していると聞きます。たとえば、今遣っている太刀術でも一つの型が非常に長いのは、実戦なら打ち合わせず相手の動きに応じて変化して仕留めるところをわざと相手の太刀を受けて次の動きにつなげているからだと聞きました。」
それを表の型、相手の動きに応じて変化する技を裏の型という。それを抜きにしても、型が長いのは鎧武者による剣術(介者剣術)を想定して、長時間の行動に耐えうるだけの体力をつけるためという理由もある。また、鎧をつけない素肌剣術を想定した系統の技も存在する。

3人の持ってきた急須の茶が冷めるころまで件の女性は型を遣ったのち、稽古をやめて近くにあった笹の茂みの方へ歩いていった。
常山神社裏手にはここそこに七夕祭りで学園生が切りに来る笹が生い茂っている。その1つの前に居合刀を構えてしばらく佇んでいたかと思うと、3度大きく鋭く太刀を振るった。
ビュッ ビュッ ビュッっと連続した音が届いてくる。
しばらく残心したのち、よしとばかりに頷くや、血振りをくれて納刀し腰から居合刀を鞘ごと抜いた。これでおしまいということだろう。首筋の汗をぬぐってコートを羽織り、風呂敷包みの上においていた刀袋に居合刀を納めて本殿に一礼した後、荷物をまとめてスタスタと常山神社の大鳥居の方へ歩み去っていった。その際、律儀に“お邪魔しました”と三人に挨拶をするのも忘れていなかった。

「最後、何やってたんだろうあの人?」
「さぁ?」
「…ひょっとしてこれじゃ…。」
田豫の指差した先には小指ほどの大きさの笹の葉があった。何の変哲もない笹の葉である。他の葉と違い、同じ長さで縦に4等分されていたことを除けば。
3人は思わず顔を見合わせた。
「…出来る?」
「…アタシの得物は拳だよ…。」
「…無理ね…。」
3名とも武道や格闘と戦闘系の分野では中等部で期待の人材と目され自身でもそれなりの自負はあったのであるが、こと蒼天学園においてはいろいろな分野でいそうもない人物が集うという事実を改めて突きつけられた気がした。
「…練習に戻ろっか…。」
「…そうね、私も…。」
「…宮司さん、そろそろ探しにくるだろうしな…。」
しばらく無言でいた三人は誰からともなく練習再開を口にした。あたかも、衝撃から気をそらそうとするように。

***

457 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:39
■ 邂逅 ■(6)

関羽は、境内で香取神道流の型を一通り遣って一汗かいた後、山門から石段を下るときに目に入った桃園によることにした。
緑の木々の間に淡い桃と白の花が慎ましくも美しく咲き乱れ、遠目にも芳しく薫るようである。18年後に陶淵明が随説を書く、荊州校区は武陵地区の秘境・桃源郷にも見劣りはしないであろう。

桃はバラ科サクラ属モモ亜属、つまり桜の仲間で花を楽しむ花桃と果実も取れる実桃がある。3月の花であり、古来東洋では明るく美しい女性の象徴である。
“ほとんどの桃の花の開花時期は3月下旬から4月上旬。暖冬とはいえ今咲いているということは桃色は矢口、白色は寒白ですね…。”
花桃の主な種類としては早生種の矢口(桃)、寒白(白)、中生種の源平(一つの木に桃と白の花が咲く)がある。雛祭りで用意されるのは矢口であるが、これは枝ごと切ったものを温室においてより早く開花させたものである。
一般の桃の花の開花時期は桜とほぼ同じくらい、もしくは少し遅いのである。3月3日は“桃の節句”というが、本来は陰暦の三月最初の巳の日の行事であり、これは現在の3月末から4月中旬にあたる。ここらが通常桃の花の咲く季節である。今日は、暖冬の影響で、花開いたものと思われた。桃園に近づいていくにつれて周りの景色が華やかになっていくが、人の数も増していた。ごった返すというほどではないが、かなりの学園生が花見に訪れているようである。
人の流れに逆らわないように、桃園の奥へ向かう路を両側に立ち並ぶ桃の花を楽しみながら抜けていくと、陸上競技場ほどに大きく開けた広場にたどり着いた。広場を囲むように立ち並んだ桃の木々が遠めに見た以上に華やかに咲き乱れ、蒼天学園生が開いている花見客相手の出店も数多く立ち並んで食欲を誘うにおいを振りまいていた。客寄せの声が活気よくここそこであがっている。
花より団子というわけでないが、かなり運動したこともあり、昼食抜きは流石に応える。
飲食物を扱っている出店の一つに立ち寄ろうとして、ふと足を止めた。
“今日は手持ちが不如意でしたね…。”
進学手続きで授業料を納入したこともあり、帰りの運賃を払ってしまえば手元にはほとんど残らなかったのである。せいぜい、甘酒を1杯買える程度で食事するほどはない。編入試験が好成績だったおかげで、明日からは中等部の学生相手の家庭教師のバイトの口があり日々の食費は購えるのであるが…。
夕飯まで我慢することにしようとしたところ、食欲をそそる匂いに釣られて、ぐうぅぅぅぅ、と腹の虫が鳴るのが分かった。思わず顔を赤らめる。
“少々、見っとも無かったですね。”
武士は食わねど高楊枝という言葉もあるが、腹が減っては戦はできないのも事実である。少しは腹を満たしてからゆっくり桃の花を楽しみたい。さて、どうするかと思案しつつ出店を縫って歩いているうちに、解決策と思しきものが目に入った。
“ひとつやってみましょうか…。”
関羽は広場の一角の人だかりの方へと歩みを向けた。

ギャラリーの注目の中、がっしりとして体力に自信のありそうな女生徒が手に唾してハンマーを振りかぶる。掛け声と共にハンマーを勢いよく台に振り下ろした。
次の瞬間、激突音とともに錘が高く設えられたカウントタワーを跳ね上がっていったが、半分に到達したところで失速し始め、頂上まではまだだいぶ残したところで止まってしまった。あ〜あ、というため息が上がる。
「ざーんねん、惜しかったねぇ、75点。熊のぬいぐるみはあげられないわよ。」
制服を着ていた赤毛の生徒が、がっくりとうなだれた客からハンマーを受け取りつつ、得点の景品を渡した。
この日、簡雍憲和は広場の一角に設えたハンマーストライカーの担当をしていた。劉備玄徳とその義妹の張飛翼徳、そして劉備の幼馴染である簡雍憲和の3人で立ち上げた非公認サークル劉備新聞部の運営資金稼ぎの一環であった。

〜ハンマーストライカー〜
― 昔ながらの遊園地なら大体あるレクリエーションのひとつ。ハンマーで台をたたくと10mの高さのカウントタワーに錘が上昇する。上昇した高さに応じて点数が決められており、点数に応じた景品を渡す。返しばねの着いた板を押しのけて上昇していくので頂上に着かなければ最後に通りきったところで止まる。頂上にゴングが設置してあって最高得点に到達した場合には最後のばねとゴングの間で錘が跳ねてベルが連続してなるようになっている。最高景品は 熊のぬいぐるみ というのが定番。
使用するハンマーは大体、子供・女性用のものと男性用の2つが用意されており、男性用のものは2倍近くの重量がある。運動エネルギーを位置エネルギーに変換するゲームなので、ハンマーの重量よりも叩き付けるスピードのほうが効いてくる。―

458 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:41
■  邂逅 ■(7)

客の半数近くが中等部であるが、たまに高等部、時には大学部とも思える客も来た。そういった如何にも記録を出してくれそうな客にはハンディとして男性用のハンマーを使ってもらっていた。
このハンマーストライカーの最高得点は100点であるが、簡雍の目利きも効いていて、女性用ハンマーを使った最高得点は80点、男性用のハンマーを使った最高得点は今の75点というところであった。
景品が取れないと客から文句が出ないように、1時間に一回、張飛がサクラで男性用ハンマーを振り、最高得点を出すというデモンストレーションをしている。とはいってもこういった景品つきの出し物は、普通ならどうやってもトップ賞は取れないように仕組んであるものである。男性用ハンマーを使った場合、張飛が本気で叩かないと最高得点がだせないように錘と返しばねを調整してあった。ちなみに、張飛は中学3年生にも関わらず重量挙げのトータルで200 Kgをマークしている。なお、女子53 Kg級の重量挙げ世界記録はスナッチ(腕の力だけで一気に足元から頭上まで上げる)97.5 Kg、ジャーク(胸から頭上へ上げる)121.5 Kg、トータル217.5 Kgである。
この日の特賞の景品は、恒例の熊のぬいぐるみと大皿に盛られた見事な東坡肉“トンポーロー”だった。

〜東坡肉“トンポーロー”〜
― 北宋の詩人、蘇東坡(1036−1101)が政変で杭州に左遷されたとき、不作だったのを西湖の土木工事で領民を飢えから救った。そのお礼に領民が豚肉と紹興酒を送ったが蘇東坡は受け取らず、醤油と紹興酒で角切りにした豚肉を煮込んで振舞ったのが始まりと言われる。
もっとも、本場は黄州という説もある。実際、蘇東坡は杭州にも黄州にも赴任しているし、以下のように“食猪肉”という題の調理法を記した詩も黄州に残している。

食猪肉      豚肉を食べるなら

黄州好猪肉    黄州の豚肉は上等で
価銭等糞土    値段は非常に安いが
富者不肯喫    金持ちは食べたがらないし
貧者不解煮    貧乏人は調理法をしらない
慢著火      火はゆっくりつけ
少著水      水は少なめにする
火候足時他自美    充分煮込めば自然にうまくなる
毎日起来打一碗    毎日起きたら一皿にだけつくる
飽得自家君莫管    自分の腹が満たせればいい
              他人の知ったことではない

『漢詩紀行』(二)P.111(NHK取材グループ編、NHK出版刊)

日本の豚の角煮のルーツとも言われるが、中国の東坡肉は似て全く非なるものである。皮付きの豚バラ肉を土鍋に入れ、紹興酒と香辛料の入った醤油ダレで長時間煮込む。肉は、やわらかく、とろけるような口当たりに仕上がる。本場中国杭州の東坡肉は筆舌に尽くしがたいほどおいしいらしい。―

この東坡肉は劉備の義妹、張飛が手間隙かけてつくったものであった。張飛は実家が肉屋であることもあり、料理などできそうもないがさつな普段の行動とは裏腹に、肉料理に限っては実は大の得意である。ハンマーストライカーのそばに、これまた劉備新聞部の運営費を稼ぐため、豚肉料理を扱った出店を開いていたが、昼の食事時が終わる前に売り切れる盛況ぶりだった。なお、左脇に劉備担当の同人誌を出していたが、こちらもそこそこの客足であった。劉備と張飛は、今は休憩方々桃園内をあちこちを冷やかして歩き回っているはずである。
さて、この東坡肉であるが、もともとはハンマーストライカーの景品にするつもりはなかった。売り物に出している物とは別に、今日のバイトが終わった後に姉貴分の劉備に花見方々食べてもらおうとよい部分を選んで特別に時間をかけてじっくり煮込んで作った自慢の一皿である。
間違って売らないように取り分けておいたのであるが、特賞の景品がいくらかわいいからといって熊のぬいぐるみだけだと引き寄せられる客層が限られるので、簡雍が食欲旺盛な体育会系も取り込もうと「どうせ、だれも取れないだろうから貸してくれない?」と借り出したものであった。ハンマーストライカーの錘設定には張飛自身が立ち会って、主な客層である幽州校区の人間ではおそらく張飛以外では最高得点が取れないようにしくんでいたこと、劉備新聞部の運営費をもっと稼ぐためという簡雍の誘い文句にのったことで、張飛も借用には同意していた。もちろん、絶対に取られないようにと念押しはしておいたが。

459 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:43
■ 邂逅 ■(8)

昼時を回ったこともあり、熊のぬいぐるみ目当ての中等部生や、花見で浮かれたついでに仲間内の力試しを楽しむ連中に加えて張飛自慢の東坡肉の臭いにつられて挑んでくる体育会系の客層も多い。作戦は成功だったと気をよくしていた簡雍に、新たな客が声をかけてきた。
「…最高得点を取ったなら、この景品がいただけるのですか?」
トレンチコートを羽織った大柄な女性がトップ賞の札がつけられた棚に熊のぬいぐるみと共に置いてある東坡肉の皿を指差している。
「お目が高いねぇ〜おねーさん。こいつはちょっとやそっとじゃ味わえない、自慢の逸品さね。これをちょっとハンマー一振りしただけで差し上げちゃおうっていう、この気前のよさ。どうよ、ひとつ“力試し”してみない?」
取れないように仕組んであるからこそいくらでもいえる台詞。
相手も苦笑交じりに口上を聞いている。
「ええ、美味しそうですね。ひとつ、“運試し”してみましょうか。」
運試し、と言い換えた時点でそれなりに力に自信があり、何か細工していることに気づいてることは伺える。小脇に抱えた風呂敷包みと長い紫の紗の袋を置き、財布を取り出そうとしている間に簡雍は客をじっくり観察する。長身に広い肩。そして刀袋
“…この姐さんは武道系か。”
簡雍は、張飛という規格外の格闘マニアと知り合いであることと、劉備新聞部カメラマンとして多くの被写体を撮っていることもあって、体つきを見ただけでその人物の得意な運動を大体判断できる。剣道部やテニス部といった長物を振るのに慣れていそうな連中も挑戦していたが、ハンマーのように重いものを振るのはかなりの筋力と慣れが必要で、木刀やラケットを振るようにはいかなかった。柔道や空手やレスリングの格闘関係も、筋力は仮にあっても振り慣れていなくて駄目であった。張飛以外での最高得点である75点を出したのは巻き割りやくい打ちの経験がある山岳部の連中であった。
“…ま、男用だったら大丈夫か…。”
簡雍は何気ないそぶりで百円硬貨と交換に男性用のハンマーを渡した。客はハンマーを受け取ると、静止線から離れて、ごく近くに人がいないのを確認してハンマーを持ち上げた。
「おっとっと、走っちゃだめですぜ、おねーさん。」
ハンマーを肩に担いで走りこみ、勢いを稼ごうとする者もよくいるので、そこは注意する。
が、そんなことはしないとばかりに再び苦笑が返ってきた。
その場で2,3回ゆっくり振っただけだった。重心の位置を確かめていたのである。
改めて静止線に立って、静かにハンマーを上段に構える。真面目にすっとハンマーを構えた姿はかなり滑稽味がある。失笑が周りの客たちからあがった。
だが、簡雍の本能には警鐘がなっていた。
“なんか嫌な予感がするのよね…。”
思うに、相手の立ち姿とハンマーを軽く振った様子からより正確に筋力を推察していたのだろう。だが、劉備や張飛ほど喧嘩慣れしていなかったため、こういった類の推測の作動するのが遅れてしまった。張飛なら挙措を見ただけで能力をより正確に推し量ってくる。
既に料金は受け取っていた。受け取る前なら苦しいが言い逃れの仕様はあった。
簡雍の不安をよそに、件の客は一瞬後、短い気合と共にハンマーを振り下ろした。
豊かな長い黒髪が舞い上がる。
腹に響く鈍い衝撃音と同時に張飛の時と劣らぬスピードで錘がカウントタワーを駆け上がった。
“うそっ、やばい!”
カンカンカンカン!!
簡雍の心中とは逆に、済んだ鐘の音がギャラリーの歓声を圧して桃園に鳴り響いた。
「…では、お言葉に甘えさせていただきます。」
目論見が外れて呆然としていた簡雍の耳には、ギャラリーの歓声も相手の受領の宣告も届いていなかった。われに返ったときには、既に相手は景品の熊のぬいぐるみと東坡肉の大皿を持ってその長身を花見客の中に紛れ込ませていた。

関羽は広場の喧騒から離れ、より奥まったところに一本はなれて聳え立つ桃の大木に向かっていた。桃園を通り抜けている間に目をつけていた静かな場所である。大皿の東坡肉を左手に捧げ持ち、右手に刀袋と栓をした酒瓶をぶら下げている。あの後、甘酒売り場を担当していた中等部学生に交渉して、熊のぬいぐるみと甘酒とを交換してもらったのである。
大木の下に腰を降ろして、一息つく。
杯に甘酒を注ぎ、大皿に載せられていた小刀で東坡肉を切り分ける。
「では、いただきましょうか。」
小さく切り分けた東坡肉を一口含む。空腹だったこともあるが、それ以上にあまりの美味に思わず表情がほころぶ。箸で掴むのが難しいくらいトロトロと軟らかいのに、長時間じっくり煮込んであって油が抜けている。紹興酒とタレ、香料、砂糖もよくしみており、調理した人物の熱意が感じられる逸品である。

甘酒で疲れを癒し、美味い料理に舌鼓を打ち、咲き誇る桃の花を一人静かに楽しむ。
これほどの贅沢はそうはあるまい。
桃の花を見上げて寛ぐ関羽の口から、感に堪えぬかのように言葉が漏れた。
…幸せだ…

***

460 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:43
■ 邂逅 ■(9)

幸せに浸っている人間のいる一方で地獄の業火に焙られかけている人間もいた。
“…やばい、やばい。マジで翼徳にどやされるかも…。”
張飛に本気でどやされたら命に関わりかねない。
「.どーいうことだ、憲和ぁ!獲られないはずじゃなかったのかよぉ!!」
簡雍の前には、鐘の音を聞いて休憩を切り上げてすっ飛んできた張飛がいた。劉備をほっぽって全力で駆けてきたようで顔に血が上っており、中3にしてはかなり豊かな胸がオレンジ色のタンクトップの下で上下している。
「オレが姉貴のためにどれだけ手間暇かけてあれをつくったのか…」
怒りのあまり、知らないわけじゃないだろぉ、という後半のせりふは声にならなかった。
折角丹精込めて劉備のために用意した料理が反古になっただけでない。自分ほどに強いものなど学園全体ならいざ知らず、この校区程度なら絶対いないと思っていたプライドが傷ついたことも手伝って気が立っている。
「翼徳、ごめん!気持ちは分かるけど、まあ甘酒でも飲んで落ちついて。」
頭に血を上らせたまま状況を説明するのは危険だった。簡雍は持参のポットに入れてあった甘酒をコップに注いで張飛に渡す。これには落ち着かせる意味以外にも別のもくろみがあった。この甘酒は普通の甘酒ではない。中学生とはいえ呑み助の簡雍が普通の甘酒を飲むはずがない。
“翼徳は調理酒を料理の味見する低度しか飲んだことないはずだから、甘さにごまかされて多分分からないだろう。走ってきて息を切らしている今なら簡単に酔いが回って動けなくなるはず。”
ゆっくり事情を話して酔いが回る時間を稼ぎ、動けなくなっている間に劉備を探してなんとかなだめてもらおう。そう考えたのだが展開は再び簡雍の甘い予想を裏切った。
確かに特製甘酒の効果はあり、コップ片手に事情を聞いている張飛の視線に変化が出てきた。だが、とろんと視線がさ迷うなんて甘いものではない、完全に目が据わり始めた。
「…頭下げて少しでも返してもらうように頼み込むなんてまどろっこしいことしてられねぇな。憲和、そいつ武道やってるようだっていってたな…。」
あろうことか、隣の肉料理屋台の暖簾の竿代わりにしていた六尺棒を降ろし始めた。義理の姉の劉備に、他人様に向けるなとたしなめられていた得物である。
“翼徳のやつ、酒乱の気があったのか…。”
飲ませてしまったものはもどってこない。策士策に溺れる。
「…あの、翼徳サン、どうなさるお積りなんでしょう?」
一縷の望みを託して尋ねるものの、むなしい希望は打ち砕かれた。
「決まってんだろ!勝負して獲られたもんは勝負して獲り返す!うだうだ言うようだったら、張り倒してでもな!!」
“やばい、血の雨が降る…。”
張飛は暴走寸前である。相手の女性が話の分かる人間であることを期待するしかないが、張飛より先にあの女性を掴まえて事情を説明し、少しでも返してもらうよう交渉するしかなかった。
「あたし先に行ってその人と…」
「憲和、お前も着いて来るんだ。オレはそいつの顔を知らねぇ。探すの手伝え。」
簡雍の台詞を聞きもせず、襟首を万力さながらの握力でむんずと捕まえる。得意の逃げ足を披露する暇もなかった。
“…天中殺だ、今日は….。”

目立つ人間であっただけに、件の女性の足取りはすぐに判明した。
「いた、翼徳。あそこ。」
簡雍の指差した先には、満開の桃の花の下に静かに佇み、花を見遣る佳人一人。
甘酒を慌てるでなくゆっくりと口に運び、東坡肉を少しずつ味わうように食べている。
其処だけ切り出せば一幅の絵になる。
“いい被写体ジャン。”
切迫した状況に関わらず暢気な思考が生じたが、張飛のほうは東坡肉が半分近く無くなっているのを見て形相が一気に険しくなる。問答無用で腕ずくに出られてはたまらない。
「翼徳、ちょっと待ってて。」
喧嘩腰で話を進めては、まとまるものもまとまらない。ましてや、景品にしたこちらのほうが立場が弱い。諦めろと言われても本来返す言葉は無いのである。仮に返してくれるとしても、代償に何を要求されるか分からないが、できるかぎり穏便に済ませたい。事件を起こして活動停止などたまったものではない。
花を眺めていた女性は近づいてくる簡雍に気づいて振り返った。
「…どうかしましたか。」
実に切り出しにくい用件だが仕様がない。
「いえ、あの、その東坡肉、ほんとに申し訳ないんですけど、返品願えませんでしょうか?」
簡雍の不躾と言える要望に、訝しげに柳眉を顰めて問い返してくる。
「…詳しく事情を聞かせていただけませんか。そう伺っただけではなんともご返事できませんが。」
もっともである。
「…あれはこいつがうちの大将に食べてもらおうと手間暇かけてつくったやつなんです。客引きしようと景品にしたのはあたしの手落ちです。ほんとに済みませんけど、かわりの景品用意しますから、残った分だけでも交換してもらえませんか。」
頭を下げ下げ頼み込む簡雍の姿に、関羽はしばし顎に手を当てて考えた。軽率な判断ではあったが、ここまで頭を下げに来たのである。顔は立てねばなるまい。幸い、自分はそれほど大食漢ではない。空腹は完全ではないが満たされている。
「….成程、あらましは伺いました。こちらはもう充分堪能させていただきました。半分ほどしか残っていませんが、それでもよろしければ。」
「….憲和、なに長々とくっちゃべってんだ。ぺこぺこ頭下げる必要ないぞ!」
何とか話が通じ、助かったと思ったところ不機嫌そうな大声が後ろから飛んできた。二人が振り返った先には目を怒らせた張飛がいた。

461 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:45
■ 邂逅 ■(10)

張飛にとって、問題は東坡肉を食べられてしまったことにとどまっていない。東坡肉を食われて悔しいのもあるが、それ以上に自分より強い人間が目の前にいるかもしれないという事実に苛立ちを感じるのである。自分の苛立ちの原因がどちらに主にあるのか判断するには張飛は酔っていて冷静さを失っていた。また、簡雍が頭を下げているのを見るのも、自分の力量が足りないことを示しているようで腹立たしかった。
二つの鬱屈を収めるには、目の前の人間を叩き伏せて自分のほうが強いと証明し、東坡肉を獲りかえすのが手っ取り早い。
「翼徳、ようやく話がつきそうなところを。」
「黙ってろ。これはオレの問題だ。」
止めようとした簡雍を押しのける。完全に意地になっていた。
「オレは張飛っていって、腕っ節じゃちっとは知られた顔だ。そいつはあんたが勝ち取った景品だ。だがこっちもただで返してもらうわけにはいかねえ。勝負で獲られたもんは勝負で獲りかえすのがオレらの鉄則だ。」
目的が少しでも東坡肉を返してもらうことから喧嘩に完全に摩り替わってしまった。
「…勝負といわれましてもね。」
「な〜に簡単さ。こいつでケリをつける。あんたも腕に覚えがあるんだろ。その刀袋はお飾りじゃないだろうしな。」
ブン、と手にした六尺棒を一振りする。怪しい雲行きに何事かとギャラリーが集まり始めてきた。編入したての関羽に知る由はなかったが、階級章の強制剥奪権をかけた決闘・喧嘩は蒼天学園では日常茶飯事であった。
「翼徳、よしなって。玄徳が怒るよ。」
「うるさい憲和。文句言うくらいなら、お前の甘酒もう一杯よこせ。」
簡雍の文句も聞かず、有無を言わさずにもう一杯特製甘酒を注がせる。
関羽の鼻腔にぷ〜んと明らかに甘酒のそれと違う酒の香りが伝わった。張飛の思考が短絡的な理由が薄々分かる。
「酔っていますね…。」
びくっと脛に傷のある簡雍が反応する。
「酔う?甘酒で酔うやつなんているかよぉ〜」
呂律が少々回っていない。ぐびっと一気に飲み干して器を投げ捨てる。
“飲んだのが本当に‘甘酒’だったらね…。”
桃の木の下に転がった器を手に取ると、壁面に白い酒粕がこびりついている。そこまでは通常の甘酒であったが、ぷんと鼻腔にかなりきつくアルコールの匂いが伝わった。
“…やはり思ったとおりですか。いい加減な人間が知らずに偶然作っのたか、それとも手の込んだ悪戯だったかは分かりませんが…。”
甘酒の造り方は2通りある。
1) 米麹、ご飯、水を2:2:1の割合でまぜ55 ~ 60度で5時間ほど保って糖化してつくる。
2) 酒粕100 gに水1リットルの割合で水に溶かし砂糖と塩、生姜で味を調えて沸騰させつくる。
問題はこの2つめのほうである。
酒粕の含むアルコール濃度は8 %ぐらいのため、10分の1に薄めればアルコール濃度は1%未満になり酒税法上は「酒類」にはならない。
が、酒粕を使って作る元禄時代の焼酎は、酒粕を細かく砕いて水に漬け、これを温度を保って長期間発酵させて作っていたのである。‘92に再現された薩摩焼酎「辛蒸(からむし)」では7日間の発酵の後の一回目の蒸留で既にアルコール度数は20度あったという。
つまり、誰かが酒粕から甘酒を作ろうとして、水で溶いた溶液を数日くらいうっかりか確信犯かで寝かしておいて発酵させてしまい、それを煮詰めて外観は甘酒であるがその実、酒成分が充分高い濁り酒(どぶろく)を作ってしまったのである。一人暮らしの会社員が炊飯器にご飯を残していたのを忘れて長期出張から帰ってくると酒になっていたという話もあるが、もっとも湿度と温度が適度に(麹菌にとって適度ということで社会生活上はむしろだらしないほうに入るかもしれない)保たれていないとカビが生えてこうはならない。

酔っ払い相手にまともな会話は成り立たないと、無理やりつれてこられたと思しき簡雍と話をしようと思ったが既に近くにいない。見覚えのある赤毛がギャラリーの中へ紛れ込もうとするのが見えた。
“…逃げましたか…。”
当然の判断かもしれない。相手はかなり熱くなっている、衝突は避けがたい。無責任な野次や掛け声もギャラリーから飛んでくる。
「ここまで来て、逃げようって奴は学園にゃいないぜ。腹くくりな。…いくぜ!」
だが、ギャラリーはおろか張飛も知らないことだが、関羽も並大抵ではない。既に尋常でない修羅場をくぐっていた。この時期に編入したのも、とある事件を起こして県下の不良高校生を百人単位で病院送りにしたからである(参考:ぐっこ様“頭文字R”)。だが、そのような事件をまた起こすなど願い下げであった。
“腹をくくれ、ですか…。”
改めて張飛の得物を観察する。六尺棒のようであるが、三等分する位置に金輪が二つついている。それにスイングと風斬り音からただの木製とは思えないほどの重量があるのが分かる。
“六尺棒ではありませんね、あれは…。”
足捌きを駆使して迫り来る棍をさけつつ、刀袋の口紐を解いて模造刀を鞘ごと取り出す。
だが、まだ柄に右手はかけない。一度すっぱ抜いてしまうとただではすまなくなる。極力抜かずに済ませたい。左手で柄を、振った弾みで鞘走らないように右手で鞘の鍔元を握って構える。かわすのみで凌ぎぎれる相手ではない。杖のようにふるって対処しようとした。
“止むをえん!”
打撃のカウンターに柄で突きを入れ、左右の袈裟懸けを繰り出し、膝を払う。が、相手の反応は予想以上であった。棍棒を支点にして軟らかく上体を振ることで突きと斬りを外し、アクロバットのように開脚して飛び上がることで脛払いを避けたのである。当たりそうで当たらない。鞘ごと振っていた上に相手が避けに徹したとはいえ、同世代の人間にここまで完全に避けられたことはない。
“カンフー映画みたいな避け方をしてくれるとは…。”
また、攻撃をかわした張飛としても目を瞠ることであった。たいていの相手なら、少なくとも最後の開脚で飛んで避けるときに同時に棍を振りかぶり、相手の攻撃が空を切ったところを打ち降ろす余裕があったはずである。まだ相手を甘く見ていた分もあるが避けに徹せねばならないのは初めてである。
“やってくれるじゃねえか…、面白え!どっちが強えぇかとことんやってみっかぁ!”
血中のアドレナリンが(アルコールの助けを借りて)身体を駆け巡るのを感じる。
“…ちっとマジにいくぜ…。”

462 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:46
■ 邂逅 ■(11)

「喧嘩だ喧嘩だー!!」
ピーチガーデンを満たしていた長閑な雰囲気が破られた。
「張飛が新入り相手に喧嘩売ったんだって。」
「へえ〜相手もかわいそうに。秒殺?」
「それがまだ結構もってるらしいよ。見物らしいわ。」
災難を避けようとする生徒もいるが、野次馬に参加する生徒も多い。
良くも悪くも活気のある生徒がこの学園にはそろっている。もちろん、中には呆れたように、はぁ〜と長々とため息をついた生徒もいた。
「…翼徳のやつ、また羽目外しよったんかいな。性懲りもない話やなぁ…。」
赤パーカーを羽織った生徒は眼鏡のズレを直しながらぼやいた。
まあ、祭りや花見に喧嘩は付きもんやけどな、とつぶやくと、 
「どら、おおごとになる前に止めんとな。」
ホタホタと右手の張り扇で肩を叩きながら、喧騒轟く奥へ向かっていった。

真剣試合において精神的重圧は非常に大きい。剣道の試合においても気分をほぐすためコップ一杯ビールを引っ掛ける人がいるくらいである。まして生死とは言わないまで大怪我に発展しかねない野試合の場合のプレッシャーは想像に難くない。何も考えずに暴力を振るえる人間は真性の馬鹿かこれまで強い相手と当たったことがなくまた勝ったにしても大事に発展させるほどの力量もなくゲーム感覚で喧嘩をしてきた人間のみである。
さて、今の相手はアルコールのせいで判断力が甘くなり箍が外れてこのような暴挙に出たのは明らかだが、その実力のほどは関羽をして気を引き締めさせるものがある。
通常ならこのまま動き回らせてガンガンにニトロを燃やさせてエンジン加熱によるオーバーヒート(酔いつぶれ)、もしくは大惨事だがラジエータの逆噴射(バーストによる行動不能)を狙うところであるが、注入されたニトロがそれほど大量ではなかったようで適度に燃えているというところである。酔いの助けで身体能力のリミッターが外れ、威圧や痛覚に対しても鈍くなっているので、駆け引きを抜きにした単純な攻防能力では素面の時を上回っているであろう。頼みの綱は、ニトロが尽きるまで持たせるのみであろうが…。
“この相手に、抜かずにいつまでかわしきれるか…。”
模造刀の重心は杖のそれとは違うので、今の握りでは思うように扱いきれない。防御主体では限界が見えてきた。
「そらそらそらぁー!!何時までもよけてちゃ始まんねえぜぇ〜〜!!」
怒涛のラッシュが襲い掛かる。
“これほどとはッ!避けきれんッ!”
最大の危機に日ごろ鍛え上げた身体が無意識に反応した。瞬時に左手の握りを変え、腰を抜刀の位置に捻るや右手が翻る。白光が関羽の腰間から張飛目掛けてほとばしった。
ギャリンッ!
鈍い金属音が響く。間髪をいれず、両者は即座に飛び下がって間合いを開けた。抜き放たれた白刃が関羽の右手で光芒を放つ。
“…やってしまったか…。”
緊張に引き締まった張飛と違い、関羽は少し苦虫を噛み潰したような苦渋の表情を作っていた。それが次の瞬間には拭い取ったかのように表から消えた。
一度抜刀してしまうと却って開き直れたようである。動揺していた気持ちが落ち着き、目の前の人物をはっきり“打ち倒さねば止められない相手”と認識できた。
切れ長の目がきゅっと細くなる。
張飛のほうでも相手の雰囲気が変わったのは判った。これまでは感じられた動揺・躊躇いがなくなっている。それに先ほどの横薙ぎの一閃。とっさに柄の中ほどで受けたのだが打点を外したつもりが間に合わなかったようで、受けたと思われる場所に切れ込みが走り、その奥の隙間がキラリと日を受けて光るのが見えた。棒をしごいて構えを左右に変えると見せて回転させ、相手に切れ目が見えないようにし、棒の金輪部分を両の手の内に納めるように握りなおす。
酔っているとはいえ緊張からか、無意識にペロリと舌で乾いた唇を湿らせていた。いや舌なめずりかもしれなかった。
“…やっとマジになったってとこか。この張飛様をビビらせるたぁ、やるじゃねえか。だがな、まだこっちには奥の手がある。実戦にこれを使おうと思わせたのはあんたが最初だよ…。リーチの差とこの奥の手、あんたに凌ぎきれるかぃ?”

463 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:47
■ 邂逅 ■(12)

関羽は抜きつけの一閃後右手で刀を相手に擬したまま、張飛は構えの左右を変えたまま、間合いを空け、互いの隙を窺うかの様に回り始めた。対峙するその意識下で、彼我の状況の観察が続けられる。
関羽の模造刀は“超薄刃仕立て”というが本身ではない。遠めには真剣に見えるが焼入れのできない特殊合金製で、普通の模造刀なら刃の代わりに平面のでている部分が鋭角になっているものである。とはいえ、関羽ほどの達者なら刃筋が狂わず手の内がしまっておれば棍棒ぐらいは両断できる。その刀身の“物打ち”(切っ先から10 cm位までの刃部)が1cmほどにわたってわずかではあるが潰れて捲れ上がっている。
“…先程の音と手ごたえ、妙な位置に二つある金輪、そして捲れたこの刃。あの棍、やはり疑ったとおりか…。”
関羽は視線を相手から外さず右手で刀を擬したまま、左手で器用にベルトに鞘を挿すと、両手に刀を構え直した。

本来、刀を腰に帯びない状態から抜刀した場合は、諸手で剣を振るうことができないため、即座に鞘を捨てるのが普通である。巌流島の戦いで浅瀬に鞘を捨てた佐々木小次郎を宮本武蔵が“小次郎敗れたり、勝つ者が何で鞘を捨てようか。”と喝破したのは有名である。しかし、これは佐々木小次郎が “物干し竿”の刀身(3尺1寸5分=96 cmと1mない。だが、江戸初期の常寸とされた2尺4寸= 72 cmに比べれば圧倒的に長い)と“燕返し”(佐々木小次郎の流派・巌流では虎切あるいは虎切刀というのが正式名称。振り下ろしの一刀で相手の動きを牽制し、返す刀を振り上げて仕留める二拍子の技)を生かして、海から来た武蔵を足場の効かない浅瀬で仕留めようとしたのを、それを読んだ武蔵がまだ足場の効く波打ち際まで上がる時間を稼ぐために放った揶揄である。長い鞘なので身に帯びるのは邪魔になる。鞘に砂が入ると刀を納めるときに刃を痛めるので海中に捨てるのが乾かすのに要する時間を除けばベストである。けれども既に2時間以上待たされて精神力を消耗していた小次郎はこの揶揄に引っかかってしまった訳であるが。

ひゅんひゅんと唸りをあげて面上と膝に六尺棒の両端がマシンガンのごとく連続で襲い掛かる。関羽は間合いをぎりぎりに開けてこれをかわし、引き戻したところをピタリと張飛の六尺棒に剣先を貼り付けた。押し付け、圧力を加えることで張飛が思うように六尺棒を振るのを妨げる。少々振ったくらいで外れず、強引に振り払おうと張飛が足場を固めて一瞬、動きを止める。関羽はその隙をついて剣先を棒に沿って滑らせ、間合いを一気に詰めてきた。“橋掛かる攻め”である。
長物に剣先を付け、そこを支点にして力を加える(=橋掛ける)ことで長物の動きの自由を奪い、付け入って間合いをつめる。香取神道流では対長物の定石である。だが、張飛の方に動揺は無かった。純粋な長物ならこれは大ピンチだが、あいにくこの得物では一発逆転の対応策がある。足場を固めたのも有効に効く。
“いまだ!!”
両の掌に包み込んだ金輪を素早く緩め、六尺棒を一瞬にして三節棍に変える。先ほどの関羽の斬撃で生じた金属音は模造刀の刃が三節棍を繋いでいた鎖に切り込んだものだったのである。驚いたことに焼入れした刃がついていない模造刀とはいえ、関羽の一撃は棍の木製部を切り裂き、鎖にわずかながらも切れ込みを入れていた。だが、攻撃に支障はない。
固い足場を生かして腰を捻り、勢いよく振り出した。圧力を急に逃がされて、橋架けていた剣先が外れる。それだけではない。関羽の側からは死角になる張飛の背面から、反動で三節棍のもう一方の先端が飛んできた。
“もらった!”
だが、相手も然る者。とっさに歩をとめ、強靭な手首を利して、棟で打ち落とす。
ガシン!!
体の左に張飛の攻撃を捻り落とし、次の連続攻撃が来る前に飛び下がって間合いを開けた。

剣術の攻防において、最善は相手の打撃を受けずにかわして切り込むことである。かわしきれず受けざるを得ないときはまず棟で弾き、次善が刃で受けることである。流派によっては頭上に横たえた刀の鎬で受けカウンターで突きを入れる技もあるが、刀の側面である鎬は刀の弱点であるので、極力鎬で相手の打撃を受けないに越したことはない。
また、実戦においてはまったく見たこともない太刀筋、嵌め手を持っている剣士が存在しうる。現代剣道と違い、剣先が掠っただけで命獲りになりかねない武者修行をしていた武芸者達は、どうしても体捌きでかわしきれないときには、手首の捻りで相手の攻撃を棟で左右に払い落とし、身に掠らせもしない技術を身に付けていた。

“けっ、不発か。まぁ、あんだけ良い反応じゃしゃぁないか。だが、これで攻撃力はさっきより増えるぜぇ。”
ひゅんひゅんとヌンチャクのように一方の端を持って握りを左右変えつつ右肩、左肩そして腰周りを回して周囲をなぎ払う型を示して、威勢を振るう。最後に開いた左手を前に突き出して、バンッと型を決めたときにはギャラリーから畏怖のどよめきすらたった。
リーチの差を抜きにしてもその遠心力から来る打撃力、速度。そして真ん中の節で受ければ先端が襲い掛かり、先端で受ければ真ん中と手元の節での打撃をうけるという構造を持つ三節棍は、一刀での対処はきわめて難しい。間合いを十二分に空けて完全にかわすか、届くぎりぎりの間合いで先端の節を外せば防ぐこと自体は可能だが、これでは防戦一方である。リーチの差のため、一撃をかわして飛び込むのも難しく、張飛もそれは当然のこととして折込済みである。
だが、関羽は中段正眼に構えたまま、表情・様子は変わらない。
むしろ、予定どおりという雰囲気ですらある。
この連結式三節棍、六尺棒を格闘中に三節棍にするのはたやすいが、三節棍を六尺棒に瞬時に戻すのはほぼ不可能である。早めに奥の手と思われる三節棍での不意打ちをつぶして勝負を挑むのを選択したのである。
“その余裕…、気にいらねぇなぁ…。まあいい、化けの皮剥いでやる!”
掛け声とともに、中央の節と末節を握って間合いを変化させつつ左右の連打を頭部、胴、そして膝へ繰り出す。関羽は短い間合いを見切って足捌きでかわし、踏み込もうとするが張飛もすかさず引き戻しながら動いて間合いを開け、長い間合いでの打撃を踏み込んできた関羽へ繰り出す。踏み込む呼吸に合わされ、今度は足捌きではかわしきれず、棟で先端を弾いて払い落とした。三度、両雄は矛を交えたが、互いに付け込む隙はやすやすとは見出せそうになかった。

464 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:47
■  邂逅 ■(13)

生徒集団間の勢力争いが絶えなかった蒼天学園において、戦略や謀略のみならず、戦闘に直接関係する武道や格闘技、戦闘術に秀でた生徒はどの時期においても数多く出現した。後代からそれを振り返って、所詮“見てきたような嘘を言い”の域を超えはしないものの “最強コンテスト”なる私選の番付をするものは多い。その上位陣の常連となる面々はいずれも大規模な騒乱が起こった時期の学生に集中しているのも当然であろう。
後に陳寿著の学園史“学園三国志”で扱われる時期もよく取り上げられる年代であり、 人外の範疇に入りそうな常識はずれの豪勇を示すエピソードを持つ人物が数多く存在した。そういったいずれ劣らぬ猛者の中でも、こと剣技とその駆け引きにおいては関羽が一目置かれていたらしいことは次の言い回しが残されたことで明らかであろう。
“関公面前要大刀” ― 関羽の前で刀を振るう = 身の程知らず
当時の張飛では知る由もなかったが、関羽はその豊富な鍛錬・実戦経験を元に布石をしいてチャンスを待っていたのである。これまでの打ち合いで手の内をそれほど見せず、足捌きか棟での打ち落としで対処していたのも駆け引きであった。

「せやぁ!!」
数度の打ち合いの後、改めて繰り出した張飛の三節棍が関羽の右膝を薙ぐように襲い掛かるが、なんと片足立ちで膝を折り曲げ回避してきた。その足を下ろす動作に合わせた踏み込みで、大技・右片手打ちが得物の間合いの差を埋めて張飛の右側頭部を狙ってすっと伸びてきた。実際、対薙刀対策として古流には膝を狙ったときに狙われた前膝を折り曲げてすかしたところを切り込む手がある。
“これがその余裕かぃ!だが甘いんだよ!!”
空ぶった引き戻しに恐ろしく呼吸を合わせてきたが、余人ならいざ知らず張飛なら対応できなくはない。それが長物と刀の埋めようのないリーチ差からくる余裕だ。それよりこれで胴ががら空きになった。カウンターへのカウンター、ダブルクロスカウンター狙いだ。
“もらったぜ!!”
中央部を右手一本で握り、関羽の攻撃をかがんで避ける勢いで三節棍のもう一端を関羽の右胴へ振り込んだ。これを喰らえば如何に強靭な身体の落ち主であろうと耐えられまい。
ガシッッ!!
張飛の目に映ったのは、会心の一撃が、抜き打たれた左手の鞘で絡めとられている様だった。右片手打ちは三節棍を絡めとるための見せ業だったのである。二刀の心得もある関羽ならではの伏せ技であった。
“がぁっ、なにっ?!”
がしゃんと音を立てて、絡みついた三節棍とともに鞘が張飛目掛けてたたきつけられた。思わず左手で攻撃を受ける。視野がふさがって、一瞬ではあるが関羽自身からは注意が逸れた。即座に注意を引き戻したが、目の前に相手の姿はなく、長い黒髪がぶわっと尾を引いてたなびくのが映った、その先は…がら空きの左!
“本命は左か!!”
模造刀を諸手に振りかぶり、これまでと比較にならない鋭さで風を巻いて袈裟懸けに切り込んできた。
“いけねぇっ、やられる…”
模造刀とはいえ、相手は棍の木製部を切り裂き、鋼の鎖に切れ込みを残したほどの手慣れである。その刃が如何に鍛えたとはいえ人体に当たればどうなるか…。生命の危機に本能が反応して、全身の血が引き背筋に冷たいものが流れ、アルコールとこれまでの剣戟で高揚した気分が一瞬にして冷めた。切り込んでくる相手の鋭い視線がそれに拍車を掛ける。
“ちくしょう、動きがやたらスローモーションに見えやがるぜ…。”
が、こちらの体は指一本動かない。アドレナリンのせいで時が止まったように感じるだけだ。心臓の鼓動がやけに大きく響く…。
どくん
「その喧嘩っ、うちが預かったぁ〜〜!!」
一瞬後、張飛の視界は赤いもので遮られた。



どくん
予期した衝撃はなく、静寂は心臓の鼓動で破られた。一瞬恐怖のあまり意識が飛んだようであった。
“オレ、助かったのか…?!”
赤いのは血でなく、関羽と張飛の間に飛び込んできた人物のパーカーの色であった。
張飛に振りおろされるはずの模造刀は二人の間に飛び込んできた眼鏡の女生徒の眼前でぴたりと静止していた。
「…全く、無茶をする御仁ですね…。」
呆れとも叱責ともつかぬ言とともに関羽は刀を引いた。あまりのことに正直毒気を抜かれたのである。張飛の方も戦闘継続の意欲を失っているようであった。人騒がせな方法ではあるが、取り敢えずの水入りはなった。だが、これからの展開は予想もできない。流れは鉄砲玉のように飛び込んできたこの人物が握っていた。

465 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:48
■ 邂逅 ■(14)

「こらっ、翼徳!あれほど他人様にその道具むけたらあかんてゆぅたやないかぁ!!」
赤パーカーの生徒からは、先ほどまで続いていた剣戟に負けないほどの叱責の声が上がっていた。伴奏にスパコーン、スパコーンといっそ気持ちがいいまでに張り扇の乱れ打ちが続く。打たれるほうの相手もこれまでの勢いはどこへ行ったのか、両膝を折って、頭を守るかのように合わせた両手を持ち上げて平謝りの体勢に入っている。先ほどの瞬間にアルコールが全て飛んでしまったようである。
「うぅっ、姉貴ィ〜〜、相手が歯ごたえありそうだったんでつい熱くなっちまったんだよぅ〜!ごめんよう〜〜。」
どうやらこの眼鏡の人物が、簡雍の言う“うちの大将”らしい。
「皆さん、お騒がせしてすんませんでしたなぁ。さぁさぁ、見世物はお開きでっせぇ。」
どうやらこの人物はこのあたりでかなりの顔役らしい。ギャラリーにもこの人物の素性は知れ渡っているようで、口々に勝手な感想は言っているものの素直に場を離れていった。
血の雨が降るか、という状況を強引ではあったがあっさりかたを付けてしまったのだ。
“…たいした御仁のようですね。”
これで事は済んだもの、と鞘と刀袋を拾い模造刀を納め、甘酒の瓶と大皿の東坡肉は迷惑料に残してこの場を離れようとした。が、そうは行かなかった。
「そこのお人。すんませんなぁ、ウチのアホがご迷惑おかけしたようで。うちは新高1の劉備っちゅうけちな同人屋ですわ。親しいのは玄徳って呼んでくれますけど。こいつ、翼徳の姉貴分やってますんや。」
いかにもお気楽そうだが、いったんつかんだら離しそうに無い。なかなかの曲者だ。巧みにペースに乗せられそうである。
「大事に至らずにまとめられたのはお見事ですが、少々危険でしたよ。」
「いやなぁ〜、最初はちょっとやばいかって思うたけど、結局あんさん棟返したやないですか。それなら痛いで済むし。」
“!…この御仁、傍から見ていたとはいえ私が棟を返すのを見て取ったのか…。”

“棟打ち”というのは時代劇のように相手の見ているところで棟を返して打つことを言うのではない。真剣で切ると見せて振りかぶった一瞬で相手に判らないように握りを変えて切り下ろすのである。相手は棟で打たれた衝撃を真剣で切られたものと勘違いして戦意を喪失もしくは失神するのである。同様に、時代劇における剣術の誤用例として、握りを変えたときにチャッと音が入る“鍔鳴り”がある。効果音としては格好がいいが、実際のところ、鍔の上下を切羽という矩形の金具(切羽詰まるの語源)で挟みつけ、これを柄できっちり押さえて目釘という芯で刀身に固定する日本刀の構造から考えると、“鍔鳴り”がするというのは切羽が緩々になっていて手入れの悪い刀(酷いときは振ったときにガタついた振動で目釘が抜け落ちて刀身が柄からすっぽ抜ける)のことを示すものなので、実は非常に恥ずかしいことである。また“鍔鳴り”がするようだと手入れ云々を抜きに相手に握りを変えたことを悟らせる可能性があるので関羽の模造刀ではそのようなことがないように手入れはしてある。

関羽の選択は“棟打ちで張飛を当て落とす”ことであり、当然、当事者である張飛には棟を返したのは悟らせなかった。闘争の場では相手は一人とは限らないので棟を返すのは一瞬であるし、またすぐに元へ戻す。棟打ちによる無力化は時代劇ほど単純なものではない。張飛の横へ回り込んだ一瞬で握りを変えたので、岡目八目とはいえ、見物していた者でもそれを見て取れたものはいないはずである。それに刃を止めたときも、そのとき刃がどちらを向いていたかは正面にいたこの女生徒にはわからない。第一、これまでの剣戟の激しさから考えると、寸止めになると予想した見物人はほとんどいないため、剣が止まったことにのみ気がいったはずである。関羽自身がすぐ刀をひいて元の握りに戻したこともあり、そのとき刃がどちらを向いていたかは後でゆっくり思い返してもわかるかどうかは不明である。
となると、この女生徒は関羽が勝負どころで多分棟を返すと思って刀身を注視していたことになる。
「こら翼徳!どうせあんたが先に手ぇ出したんやろ!途中から見てたら、このお人、どうやら、極力あんたを痛めつけんようにことを納めようとしてたようやないかぁ!!」
お見通しである。関羽のほうを向いて続ける。
「…それに翼徳相手にして棟返すような優しいお人やったらうちが飛び込んでも多分寸止めくらいはしてくれるやろ思いましたしなぁ。」
あけっぴろげな人物ではあるが、そこまで自分の観察眼を信じられるものなのであろうか。それに、
“…私が、優しい…。”
面と向かって言われると面映いものである。関羽自身の持つ超然とした雰囲気もあいまって、ほとんどの相手は相対する際には良いにつけ悪いにつけ何らかのフィルターがかかっていた。このようなストレートな対応に関羽は弱いところがある。
「…だからといって、私が刃を止めるとは限りませんでしたよ。」
「でもあんさんは止めれたし実際止めてくれはった。それならええやないですか。」
裏表のないカラッとした笑顔でそういわれると反論に困る。こちらの弱いところというかツボを無意識であろうがついてくる。だが、それに付け込むという風もない。
ええでっか、とばかりに指を立てて、二カッと笑って続ける。
「なぁあんさん、“付き合い”ちゅうんはな、ウチの思うところ、心と心の“ドツキあい”ですねん。真剣になればなるほど相手の本音っちゅうか本質が見えてきますわ。ウチはけちな同人屋ですけど、そこらへんはちっとは分かってるつもりですわ。簡単に手ぇ出すようなこいつみたいな奴はまだ心が弱い。まぁ強い人はなかなか手は出さへんけど出すときは凄いんですけどな。あんさんは強いし優しいお人や。それは一件見てただけでもよう判りましたわ。」
不思議な人物である。こちらの心を意図せずに開かせるような懐の広さを感じる。争闘の直後ということで、張り詰めていた神経がほぐされるのを感じる。思わず表情が緩んだ。
それを見て、“おっ、笑いはった”と当人も嬉しそうに微笑んで、予期せぬ、いや内心期待していたかもしれない言葉を口にした。
「なぁ、あんさんお一人でっか?よかったら喧嘩の詫びというのもなんやけど、うちらと一緒に花見の続きでもやりまへんか?」
「…よろしいのですか?」
「折角ここまで足運んでもらいましたのに、このアホとの喧嘩でわやになったままお返しするのは気がひけますしなぁ。それに“袖摺りあうも多少の縁”言いますやろ。そうそう、あんさんのお名前聞いてへんかったなぁ、お聞かせ願えませんやろか?」
「…誠に失礼しました。申し遅れましたが、私、関羽と申します。皆は雲長と呼びます。」

466 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:49
■ 邂逅 ■(15)

関羽としては最初はごたごたが済めばこれ以上関わるつもりはなかった。だから無礼を承知で仲裁にたったこの人物に名を告げるつもりは無かったのであるが、この人物との縁をこれで終わらせるのも惜しい気がした。この人となら蒼天学園でやっていけると感じた瞬間かも知れなかった。それに一見して乱暴者の張飛がこの劉備の妹分であるあたり、張飛自身もこの劉備と共感しあうものがあるのだろう。この姉貴分のために手間暇かけて美味い東坡肉を作ったあたり、ただの喧嘩屋ではない。
関羽は東坡肉の大皿を取り上げ、劉備と張飛のほうへ差し出した。
「….お受けください、迷惑料です。」
「…いや、それは姐さんがとったもんで…。」
劉備に東坡肉を振舞って喜ぶ顔を見れないのは残念である。しかし、落ち着いて考えれば、事情はともあれ自分は景品にすることを承諾したのである。騒動を劉備に預かってもらったこともある。こだわってこれ以上姉貴分に迷惑をかけるわけにはいかない。
だが…、
「ここまで手塩にかけたものを、おいそれといただくわけには参りません。」
背景を知り、劉備が気に入ってしまった以上、景品としてとったとはいえ、関羽としても黙って受け取るわけにも行かない。
このままでは意地の張り合いでまた押し問答になりそうであった。
膠着しかけたところ、救いの手が文字通り伸ばされた。
関羽の持った皿に劉備の手がすっと伸ばされて、東坡肉を一切れ摘み上げる。二人が反応するまもなくむしゃむしゃと頬張った。ほうっ、見張った目がとくりくりと愛嬌たっぷりに眼鏡の奥で動いた。
「翼徳、腕上げたやないか。美味いでぇ。」
張飛が状況を飲み込めないうちに畳み掛ける。
「昨日からじっくり煮込んでくれててんやろ、ごっつう嬉しいわぁ。おーきになぁ。」
関羽もまた劉備の意図を読んで動いた。
「ええ、私も美味しくいただきました。もう少しいただくことにしましょうか。…絶品ですよ。」
自分もまた一切れ口にし、張飛に微笑みかける。
流石に張飛にも分かった。再び収拾が着かなくなりそうなところを劉備が収め、そして関羽が折れてくれたと。二人が自分を許してくれたと。
ぶわっと両の眼に光るものが溢れる。
「姉貴、ごめんな…。…姐さん、ありがと…。」
「こらこら、なに泣いとんねん。あんたも食べえや。美味いもんはみんなで分け合う、そうすりゃもっと美味くなるってもんや。なぁ、関羽さん。あんさんもそう思うでっしゃろ。」
「ええ、そうですね。甘酒もまだ大分残っておりますし、いかがです。」
「ほう、こりゃええですなぁ。ちょっとした宴ですなぁ。翼徳、あんたもお流れ頂戴しぃや。」
「う、うん。姐さん、ごめんな、ホントに…。」
先ほどまでいきり立っていた張飛が今はやけにしおらしく関羽の杯を受けているのがなんとなく微笑ましい。
「関羽さんか…。なんか呼びづらいなぁ、“関さん”で構いませんやろか?年上の人には無礼かも知れまへんけど…。」
「いえ、お構いなく。私も貴女方と同じく新高1ですから…。」
「え゛っ、そうなんや…。」
流石の劉備もこのときだけは絶句したという…。
誕生日は劉備が関羽より一ヶ月早く、関羽は張飛より4ヶ月ほど早かった。
以後新学期までの2,3ヶ月で、彼女ら3名の縁は深まり、いつしか劉備を長姉、関羽を次姉、張飛を末妹とした“ピーチガーデン3姉妹”として知られることになる。

****************************************

「…で、そのときの桃の花見をとった写真がこれってわけよ。私が昔っから歴史の観察者だってことがよく分かったぁ?こんなお宝画像撮ってたんだから。」
「…ええ、よく分かったわ。昔っから騒動の根源はあんただったって。張飛さんのそもそもの暴走の原因があんたの都合と酒にあって、起こした騒動が手がつけられないほど大きくなったことに慌てて、関羽さんと部長が沈静化させるまで逃げて部外者の顔してたから結局“3姉妹”に入れなかったってことが。」
表では如何に喧伝された歴史でも、その裏側など所詮こんなものなのかもしれない。
「うぅ〜、孝直ちゃん、お姉さんは悲しいよぉ〜。こんなひねた娘になっちゃってぇ〜。」
「多少ひねてるのは昔から。それに自業自得も少しは入ってるんじゃないの?大体、撮ったときはあの3人があれほどビッグネームになるなんていくら憲和でも夢にも思わなかったことはこの写真の存在自体忘れて保存が悪くてネガも処分していたことが何よりの証拠じゃない!!」
現在、この写真の焼き増しを持っている可能性があるのは当事者の3姉妹のみである。当然、非売品である。
「…いや、まだ遅くない最後の大もうけにはまだ…。」
「お生憎様。私たち階級章返却したから課外活動行為は退学処分よ。」
「…そうね、最期くらい後輩に土産やっとくか….。」
翌日、色褪せたこの写真は小さな額に入れられて帰宅部連合写真部の壁に歴史の瞬間として掛けられた。後、帰宅部連合が解体されたとき、その直後の騒乱で行方不明になったとの話があるが、司州校区洛陽棟の蒼天学園記念館の倉庫の片隅に眠っているという説もある。

467 名前:岡本:2004/04/20(火) 18:55
岡本です。全15回と意味も無くやたら長い作品で申し訳ありません。
一気に読むと疲れますので、ごゆっくりお読みください。
日本にいる間に完成させるつもりでしたが、今日になりました。

元ネタは桃園結義ですが、
関羽関係は民間伝承から引っ張ってきたネタが多いです。

断っておきますが、一応中国版の三国志演義連環画を読んで、演義では
どの武将がどの武器を使用しているか大体把握しています。
ただ、そのものずばりは面白くないという理由で、学三に起こす際には
イメージに合う武器やスポーツ・格闘技に置き換えています。
関羽が香取神道流というのはあくまで学三(もっと言ってしまえば、勝手な私設定)限定です。

468 名前:★ぐっこ@管理人:2004/04/23(金) 00:17
>>449
国重高暁さま、グッジョブ!曹操と陳登でしたか…
なるほど、タイトルの意味がわかりましたわ(^_^;)
虎にせよ鷹にせよ、呂布の存在をよくよく表しているワードですものねえ…
誰からも、飼い慣らす、という発想を得られなかったのが呂布の不幸か。
それにしてもスール制度か〜…ホント、結婚の類ってどうしたものでしょうかねえ。
「義姉妹の誓い」ってのはちゃんとありますし…


>>452-467
相変わらず凄いボリュームですね、岡本様(^_^;)
これほどまでの長さになると、しょーとれんじではなく立派な長編ですので、
メールで頂ければありがたいです…

さて、何度かに分けて読もうかと思いましたが、一気に読めました♪
ピーチガーデンの誓いの岡本版真相ですにゃ( ̄ー ̄)
随所ににやりとする民間伝承ネタあり! なるほど、劉備は通りがかった仲裁
ではなく、最初から張飛の悪徳商法のグルで…。簡雍が何故義姉妹から外れてる
かという謎も解決〜
廖化になる前の惇さんもいいなあ…

469 名前:那御:2004/04/25(日) 14:29
>国重高暁さま
結婚に関しては、これもまたちゃんと確定しておきたい事柄ですね。
だんだんと最期へと近づく呂布を見事に描いていますね。
「接着剤」、切れ者陳登のキツイ一言が、引導を渡すか・・・

>岡本さま
う〜む、膨大な知識に裏打ちされた大作!
毎度お馴染み武道ネタから、今回は料理ネタにまで、本当に知識が幅広い・・・
民間伝承も盛り込まれて、いやぁ楽しめました。

廖惇がイイのは私もですがw

470 名前:岡本:2004/04/25(日) 16:12
〜 移ろい行くもの、受け継がれるもの 〜

学園三国志の舞台となった時期は、まさに激動の時期であった。学園運営活動に対する価値観や行動理念が学年ごとにくっきりと色濃く分かれ、主たる統治形態に固定概念など存在せず、時流に流されるがごとく、様変わりしていった。
末期の連合生徒会で声望があったのは、双璧といわれた皇甫嵩に朱儁、気骨の文官・盧植、北方の監視者・丁原。政務では千里の駒といわれた王佐の才・王允、カムロと実務の調整役として重きをなした袁隗。やり方に違いはあったとはいえ、彼女らは当時の連合生徒会を支える屋台骨であったはずである。が、如何に個人として優れていようと、その人物の価値観を取り巻く情勢や時の流れが許さない場合、表舞台から駆逐され退場せざるを得ないのが歴史というものであろう。彼女らが学園、蒼天会や生徒会にかけた思いにも関わらず、黄巾事件や菫卓の専横に示されるように、既に連合生徒会には自力で学園を統率するだけの能力を失っていた。それが各校区の総代・生徒会会長や地区長の独立を呼び起こし、群雄割拠の事態を招いたともいえる。結果、彼女らは連合生徒会と象徴たる蒼天会の権威失墜を回復することかなわず、学園の表舞台から不遇のままに消え去ることとなった。

彼女らにとって変わって、群雄割拠の時節に学園の表舞台に上がったのは、袁紹・袁術姉妹や公孫瓉に代表される世代である。彼女らは蒼天会や連合生徒会の無力さを肌で感じて中央から脱却した経緯を持つ。それぞれ、基盤としたものは各地に連綿と受け継がれた名声であったり辺境守備戦の実績であったりしたが、蒼天会に依存しない実力を背景に独自の秩序だてを模索していた。一面、実力が物を言う時節に突入したわけであるが、力のみで泳ぎきれるほど甘くも無かった。公孫瓉は白馬義従と呼ばれ恐れられた当時随一の機動戦力を有していたものの、劉虞を問答無用で飛ばしたことなどで政治的な失敗が重なって諸勢力からそっぽを向かれ、結局は袁紹との政治力や統治能力、声望も含めた総力戦で敗れ去った。袁術は、袁家の権威のみでは求心力には決定的にかけるということに気づかず、地道に自勢力の運営を行って地力を付けることを怠り、諸勢力間の叩きあいで勢力を減退させ、退場することになった。

残った北方の巨人・袁紹は最大勢力となり無敵と思われた。だが、彼女ですら、時流を読み、波に乗った姦雄・曹操の前に激闘の末、敗れた。曹操は、最初は袁紹の下働きから始まったものの、学園の混迷がいまだ深い中、勢力間の権力闘争に参加することで徐々に力を蓄えた。どの勢力も、万人の総意として蒼天学園全体に対し自己の権威を確固たる物と認めさせる根拠は薄弱であった。その点を見据えて、蓄えた実力だけをあてにするのでなく、流浪していた蒼天会会長・劉協を擁立して権威面での補強を行い、のし上がっていったのが曹操というわけである。
強大な群雄がサバイバルレースから脱落した中、リタイア必至と見られながらも、今なお駆け続けている弱小勢力の主がいる。劉備、あだ名は玄徳。
盧植門下生であり、公孫瓉の後輩でもある。が、彼女の行動理念や価値観は、この2人とは全く違っていた。それが全てとは言わないが、生き残った原因のひとつであることは間違いあるまい。
「うちはうちや。蒼天学園や連合生徒会についての考え方や価値観もまるで違うしな。第一、盧植先生や伯珪先輩自身が、そんなことは望んでへんかったやろし。」

だが、変化の渦中においても連綿と受け継がれるものはあった。学園生活にかける思い、熱意である。
“おまえの思うようにやれ。だけど最後くらい、先輩面はさせろ。”
徐州校区生徒会会長・陶謙の厄介になると決めて、公孫瓉の元から離れることを決意し別れの挨拶に赴いたとき、公孫瓉はそういって、身に付けていたクロスタイを外して劉備に渡したものだった。丁度、公孫瓉と劉備の活動方針や考え方にすれ違いが見え始めていたころだった。袂を分かつことを劉備が必要以上に気に病まないように、せめてさっぱりと送り出してやりたいという、妹分に対する気遣いだったのだろう。己の信念を胸に駆けようとしている者同士だからこそ理解できる相似と相違。
「正しいか正しくないか、時節に合ってたか合ってなかったかは別にして、一所懸命、自分の信じるものを貫こうと頑張った人らがこの蒼天学園にはいた。それだけは忘れとうないし、そういう気持ちは後輩のうちらが引き継いでいかないかんことやと思うんや。」
盧植、公孫瓉、陶謙、袁紹、劉表。
劉備がこれまで厄介になった先輩達である。

劉備は、引退したり中道で果てたりした彼女らの思いを受け継ぐかのように、彼女らに由来するものをその都度身に付けていた。盧植からは張り扇。公孫瓉からはクロスタイを。そして、陶謙、袁紹、劉表からは新しくあつらえて貰った伊達眼鏡、総帥旗の旗竿に赤パーカーを。
それらを身に付けていると、苦難をものともせず学園生活を精一杯に駆け抜けた彼女らの思いが感じられる。それが劉備の力になる。
過去となってしまった人物だけではない。劉備と共に歩み続けてきた者達。自身の未来を劉備に預けようと集ってくる者達。
彼女らと思いと共に、玄徳は学園を駆ける。

帰宅部連合の門出のこの日。
指示を仰がんとする面々を前に、届いたばかりの帰宅部連合総帥旗を担いで号令をかける。
「皆の衆、ほな行こか!」
数多の先人たちの思いをはらんだかのように、帰宅部連合総帥旗が“宅”の緑字も鮮やかに蒼天に翻った。

471 名前:はるら:2004/04/25(日) 16:52
>>470
アサハルさまのイラストを見事活用しきって・・・
岡本さまお見事です^^
個人的には、伯珪姐さんの、
>“おまえの思うようにやれ。だけど最後くらい、先輩面はさせろ。”
が、かなりかっこよかったです^^

472 名前:★ぐっこ@管理人:2004/04/26(月) 00:35
(゚∀゚)! 確かにカコイイ! 
公孫瓉先輩、ホントにキャラとしてはつかみづらいところがありますが、
それでも盧植先生の「後輩」で、劉備の「先輩」でいたかったのですよね…
一代で駆け抜けた曹操と違い、劉備は多くの人の夢やら何やらのリレーを
引き継いでいたのですな(´Д⊂

473 名前:はるら:2004/04/26(月) 18:26
■■盧毓が行く■■


はじめましてー、盧毓です。
わたしはかなり前の連合生徒会の盧植の妹で、
今は蒼天会の文サマこと曹丕さんのもとでスカウトとして働いてます。
ところで、わたしはこの学園じゃあんま、たいした事じゃないかもしれませんけど、
結構数奇な学園生活を送ってるんですよー。
そこで!!
そのお話を皆さんに話そうと思います。



 〜 姉は総司令官!? 〜

と、いうわけで姉盧植との思い出について話していきたいと思いますー。
あれはあたしが中2の時でした………。

「あら、子家……。ここは連合生徒会の管轄の部屋よ。ダメじゃない…」
あっ、子家っていうのはわたしの事ですよ。で、話に戻ります。
「えっ、……でも、to不定詞がわかんなくって…」
姉は少し困惑してちょっと考えて、
「……わかったわ。不定詞は大切だからね。お姉ちゃんが教えてあげるわ!!」

姉はいっつもわたしに、いえ、皆に優しかったです。
姉の瞳を見てると、何かこう、”癒される”っていうか、なんか神秘的なモノがありましたね。
……でも神秘的って言ったら張角さんの方が数枚上手でしたけど。

「あ、ありがとー!おね―ちゃん!!」
姉は教えるのが上手かったです。あ、劉備さんと公孫サンさんも姉に勉強習ってたんですよね!!
しかも姉はそれでいて蒼天会の参事官。それに比べてわたしは……。うぅー。
っとと、話がずれちゃいましたね。

姉の教師魂に火がついて三十分くらい経ったとき、
 コンコン!
「盧植さーん?連合生徒会の何進ですけど、いらっしゃいますか??」
「あ、はい!どうぞ!!」
「失礼しま〜す。………あ、よく整理してますね〜」
「い、いえ、それ程でもありませんよ」
姉はきちっとした性格だったので整理整頓がよくできていてこの部屋もとても綺麗でした。
それにしても何進さん、何進さんの方が姉よりも位高いのに何か立場逆みたいに見えますよね。

「それで、今日は何でまた??」
「あっ、いや、最近張角さんが大変なことになってるじゃないですかー。
あっ、でも私は張角さんの声はいい声だと思うんですけど、蒼天会サイドはそうは思ってないみたいなんですよ。
それで実は盧植さんを総司令官として張角さんと戦ってもらいたいんですけど……、どうでしょうか??
…あ、嫌なら良いんですよ!!」
「…………身に余る光栄です…私なんかでよければ……」
「盧植さん、ありがとう!!。任命式はまた日を追って知らせますんで、今日はこれで!」

で、何かわたし、何進さんの眼中に完全に入ってなかったっぽいです。
うぅー、少しは気ずいて下さいよぉ〜。

で、それから二日後に任命式があったそうです。
………え、わたしですか?もちろん入れませんでしたよ。
忍び込んだんですけどね、捕まって怒られてしまいました。でも偶然通りかかったおねーちゃんに助けてもらいました。
おねーちゃんありがとー♪



というわけで、今回は姉盧植と何進さんの邂逅をわたしが
偶然見てしまった事を話させていただきましたー。
この後姉は、皇甫嵩さん、朱儁さん、丁原さんらと協力して張角さんを追い詰めていったんですね。
そして姉はちょっとした事で総司令官を辞任させられちゃうんですよね。
しかしそれはまた別の物語。またの機会に話させてもらうとしましょう。
    
     それじゃ、またね〜〜〜!!!!


 ― 盧毓が行く〜姉は総司令官!?〜 完 ―

474 名前:はるら:2004/04/26(月) 18:30
今回の作品は盧毓が語り部として今までの事を振り返っていく、
というもので一応短編集チックなモノにしようかなと思っています(w
第一弾は盧植と何進の会話でそれを盧毓が聞いてしまう、というものです。
・・・かなり無理がありますよね、スイマセンm(__)m

475 名前:岡本:2004/04/26(月) 23:12
>国重高暁様
虎と鷹。こういった何かに喩えるものを現代学園に置き換える作業は難しいですがその分、書き手の
方の解釈が伺えて興味深いです。国重様の場合は鷹=>接着剤ですか。二股膏薬にもつながりますね。

>はるら様
著名な人物の日常・非日常を裏から見たら、という切り口は面白いですね。
現実のほうでも、中郎将任官の打診・根回しが非公式にあったかも知れません。
このような作品を拝見すると、現実の三国志を女子高生の学園ライフにかなりの
精度で置き換えることは不可能ではないと実感します。...私も精進しますか。

>ぐっこ様、那御様
やたら長くてくどいマニアな話で恐縮でした。
関羽ファンの私の妄想が暴走したようで、注意したはずなのに比重がもろ偏ってますし。
しかし、なぜに廖惇の人気が高い?!

476 名前:★ヤッサバ隊長:2004/04/28(水) 00:19
よー、皆。あたしさね。
え?文章だけじゃわかんないって?
しゃーない、面倒いけど自己紹介するか。
あたしは姓は龐(ホウ)、名は統。あだ名は士元。襄陽棟出身。
世間じゃ「鳳雛」って言われて、ちーとばかり名前が知られてる女さね。
だけど、何故かセットで覚えられている「臥龍」諸葛亮孔明の方が知名度が高いだな、これが。
…ふん。どうせ、あたしゃ不細工で目立たない女だよ。

さて。今日は、そんなあたしが劉備さんの幕下に加わった時のエピソードでも話してやるかね。
ん? そんな話聞きたくない?
やなこった、嫌でも聞かせちゃるわ。


● 鳳凰飛翔 ●


あれは、劉備さんが荊州南部を統一した頃の話。
その頃のあたしゃ、長湖部の連中と一緒に行動する事が多かったっけ。
けど、あそこの上層部の連中ったら、あたしの事を口を揃えて「不細工」だとか抜かしよった。
そんな所にいたって気分が悪くなるだけだし、あんまりうだつが上がりそうになかったし、周瑜が引退した後、
魯粛の薦めで友人である孔明のいる帰宅部連合に参加する事になったんだけど……。


「なあ孔明。こないな娘が、ホンマにあんたの言っとった『鳳雛』なんか?」

部長の劉備さんってば、あたしのラフな格好を見てこう言い放ちよった。
やれやれ、人望厚い天下の劉備玄徳ともあろうお方までも、あたしの外見で判断して見下すなんてねぇ。
やっぱり所詮器の小さい奴なんだろうか…。

「いいえ、部長。外見で人を判断してはいけません。
 この女性こそ、紛れも無く私の友人である『鳳雛』龐統です」
「ん〜、さよか。せやけど、ウチの方針としてまずは『班長』からやってもらおか」

劉備さんは、まだ私の力量っつーもんを理解していないようだった。
しょうがないので、とある班の班長になってみたものの、あまりにも仕事の中身がショボかったので、とてもやる気が起きなかった。
周りの生徒達は、私のボサボサの髪に分厚いメガネ、さらにはそばかすだらけの顔を見て、皆避けていたので、余計気分が悪かったし。
酒でも飲んでなきゃやってられなかったよ、ホント。
そんな訳で、とうとう班長の仕事をクビにされようかという頃、事態は一変した。
あたしを帰宅部連合に推薦してくれた魯粛から、劉備さんに書状が届いたのだ。
その後、慌ててあたしの元を訪れた劉備さんは、これまでの態度を一変させ、土下座しながら私に訴えかけてきた。

「龐統はん、ウチが悪かった!
 あんたの才能を、もう少しで潰してしまう所やった!!
 これからも、ウチらの為に働いて下さい!!」

どうやら魯粛が、あたしの為に世話を焼いてくれたようだった。
あたしは決して自分の実力に自惚れているつもりは無かったけれど、それでもあたしの事を正しく評価してくれたのだから。

「劉備さん、顔を上げて下さいな。
 あたしゃ、そーゆーことをされるのが苦手でねぇ…ホント」

照れ隠しに、そう言ってみた。
帰宅部から除名される危機は去ったのでホッとしたのは確かだけど。
ともあれ、その後孔明の強い進言もあったのか、あたしゃいきなり孔明の次席について仕事をする事になった。
ついでに言っておくと、それまで溜まっていた班長としての仕事は半日で終わらせた。





「しっかしさぁ…アレだよねぇ。
 あんたも運が悪いというか、何と言うか…。
 あんたが部にずっと残っていたら、もう少し帰宅部のピンチを回避出来たかもねー。
 少なくとも、関羽が暴走する事は無かったんじゃない?」

それから数年後。
あたしは卒業の際、既に学園を卒業した簡雍先輩と出会った。
酒好きという共通点もあり、互いに先輩後輩の垣根無しで、良く夜通し語り合ったもんだった。
今でも、その交友は続いている。
ちなみに、あたしが部にいられなくなった直接の原因である通称「落鳳事件」の際には自主退学も考えたが、勉学第一と考えて踏みとどまった。

「歴史に『IF』なんて禁句さね。
 それに、もし『あの場』にあたし一人いたところで何かが変わったとは思えんし」
「ふーん、相変わらずの達観ねぇ。
 どう?卒業記念に一杯やらない?」
「おっ、いいねぇ」

おっ、孔明の奴もこっちに来たみたいだ。
あいつってば、帰宅部の存続に奔走する余り、学業をおろそかにして単位を落として落第たあ、本末転倒だねぇ。
まぁ、あいつらしいって言えばあいつらしいけど。

「お二人とも、お揃いのようで」
「やー、落第生」

わざと強調して言ってみる。
これくらいからかっても良いわな。

「不注意で階級章を取られて、リタイアした人に言われたくありませんね」
「そう言うのを五十歩百歩って言うんだぞ、あんたら」

簡雍先輩の鋭いツッコミ。
この人、ボケだけじゃなくてツッコミまで出来たのか。

「悔しかったら、あたしみたく平穏無事に学園を卒業すりゃ良かったのにさ」
「…ふぅ、あんたにゃ勝てんよ。色んな意味で」

梅の花が咲き始めた校門を、3人で後にする。
ま、これからも何とかなるさね。
好きな酒と、かけがえのない友がいれば……。

477 名前:★ヤッサバ隊長:2004/04/28(水) 00:29
てな訳で、三国志ファン(特に蜀ッカー)ならば良く知っている龐統初登場のエピソード+αを書いてみました。
本人視点からの内容という事で、あまり目新しいネタを入れられなかったのはアレですが…。
ちなみに後半部分の龐統卒業時の話に、矛盾点などのツッコミがあれば遠慮なく指摘をお願いします(^^;

478 名前:玉川雄一:2004/05/01(土) 21:45
 ◆ 学園世説新語・第六話 〜豪華三本立て! 荀勗の名門でいってみよう!〜 ◆

はぁい、アタシは荀勗。潁川の荀氏っていったらみんなも聞いたことあるんじゃないかな?
自分で言うのもなんだけど、まあちょっとしたお嬢様ってわけなんだなこれが。
…あー違う違うの、別にそんなこと自慢したいんじゃなくて!
今日はね、アタシの実力の程をちょこっとだけご披露しちゃおうってわけ。
清流会の七光りじゃないってところ、よーく見ておいてね。それじゃいってみよー!

 ★ その1・絶対音感頂上対決! ★
えーと、やっぱり自慢になっちゃうかなあ? アタシってば音感には自信があるのよ。
これは決して思いこみじゃないんだよ? オーケストラ部の人たちだって認めてくれてるんだから。
それで、みんなが使ってる楽器の調律をやったわけよ。
そうそう、どうしても合わせられない音階がひとつあったんだけど、
アタシは以前に趙で聴いたカウベルの音がそれだ!って閃いたの。
さっそく趙の学区からありったけのカウベルを集めてもらって調べたら、
そのものズバリの音が見つかった、なんてこともあったわね。
ちょっとした大仕事だったけど、効果のほどは覿面ね。
試しに演奏してもらったら、これまでよりは確実に音が良くなっていたわ。
微妙な、本当に微妙な差なんだけど、分かる人には分かっちゃうんだな。
『闇解』(これでも褒め言葉よ)なんて呼んでもらっちゃって、悪い気はしない… のだけど。
一人だけ、そうたった一人だけ文句ありそーな顔をしてる娘がいたの!

その娘は阮咸。ほら、阮籍っているじゃない? 気分のままに好き放題しててさ、
何様のつもり? ってカンジでアタシは嫌いなんだけど… って、ごめんあそばせ。
その阮籍の従妹なんだけど、悔しいけど音楽のセンスはなかなかのものを持っているのよね。
クラシックギター同好会をやってたりするんだけど、
ズバリ彼女の名前がついた“阮咸”なんてモデルが人気らしくてね。
ううん、別に羨ましいわけじゃないのよ? アタシは他人の実力だって認める…つもりだし。
なにせ彼女も『神解』なんて呼ばれちゃってね、まあ学園でも指折りの音感を持ってるって評判なの。
で、アタシが気に入らないのはよ? 言いたいことがあるんならはっきり言えばいいのに、
アタシの調律した演奏を聴いててもなーんだか文句ありげな顔して黙ってるのよ!
あーもうムカつくったらありゃしない! さすがのアタシも腹に据えかねて、
始平棟長に左遷してやったわ。あら、ちょっと意地悪だったかしら?

……でね、ここからはオフレコなんだけど。
倉庫の掃除をしていたら、学園設立のころに使われていたモノサシが見つかったの。
これがまた年代物のくせに、もうこれこそがスタンダードっていう精巧さだったわけよ。
それでこっそり調べてみたら、どうもアタシの調律はびみょーにズレてたんだなこれが。
でもでも、ちょっぴりよちょっぴり! ほんの黍(あわ)一粒分だけだったんだから!
…そりゃ、アタシだって完璧ではないってことよ。謙虚にならなきゃね。
でも癪だから阮咸には言わないでおくわ。


 ★ その2・違いの分かる女 ★

えーっと… そうそう、たしか、安世(司馬炎のこと)が蒼天会長になってからのことだったんだけど。
ちょっとしたパーティーをしよう、って話になってね、
そしたら安世が趣向を凝らした内容にしよう、とか言い出して、
まああの娘もちょっとかわってるところがあったんだけどさ、タケノコご飯を炊く、ってことになったのよ。
何とも渋い趣向もあったもんだけど、
安世はそりゃもう乗り気で材料の調達やらかまど(本格的!)の手配から指示して回ってたっけ。
さて、当日になってみれば気合いを入れただけあって、出来映えはさすがのものだったわね。
みんなたいがい舌の肥えた(それなりに、ね)連中ばかりだったけど、絶賛の嵐で安世も喜んでたわ。
そこで水を差すつもりはなかったんだけど、アタシは気付いてしまったの。
「これ、使い古しの木を薪にしてかまどの火を焚いてるよね」って。
みんなは信じようとしなかったけど、かまど担当の生徒に訊いてみたらどうしても薪が足りなくて、
古いリヤカー(というか大八車ね)を解体してその車輪の木を使ってたんだって。
どう、アタシの目利きもなかなかのものじゃない?


え? 薪が違うと何か影響があるのか、ですって?
そりゃアレよ、ご飯の炊きあがりとか、味の染み込み具合とか…
だからァ、その辺の微妙な機微がね、違いの分かる女ってやつなのよ!

 続く

479 名前:玉川雄一:2004/05/01(土) 21:51
 ★ その3・仁義なき戦い“潁川死闘編” ★

アタシは親戚がいっぱいいるんだけど、おなじ潁川の鍾氏なんかは家族ぐるみで色々お付き合いがあるの。
ウチの文若(荀彧)従姉さんや公達(荀攸)従姉さんもお世話になった元常(鍾繇)従姉さんなんか、
同じ女の子のアタシからみても憧れちゃうぐらい素敵な人で!
一緒に活動できなかったのが残念なんだけど、その元常従姉さんの妹がね…
とくに士季(鍾会)! アイツはもう天敵ね。
あのマセガキってばちょっと口が達者だからって憎ったらしいてばありゃしない… ごほんごほん!
えーと、まあともかく士季とはちょっとばかし相性が悪いっていうかウマが合わないっていうか。

で、ウチの実家にはちょっと自慢の(これは自慢していいわよね)ルージュがあるんだけど。
母さんが愛用してて、自然な感じなんだけど自己主張も忘れないっていうか、
よくぞこの色を選んだ! みたいな逸品なわけ。それをあの士季が目を付けてね。
まったくどこで覚えたのやら(※『学園世説新語』第四話参照)使ってみたい、とか言い出したのよ。
当然、そんなこと許すつもりはなかったんだけど…
士季ってばあろうことかアタシの筆跡を真似て手紙を偽造すると、母さんの所から取り寄せちゃったの!
信じられる!? それで本人知らんぷりして返そうとしないんだから腹が立つったらありゃしない!
だいたい騙される母さんも母さんよ! いくら身内(実は母さんは鍾氏の出身なの)だからって、
実の娘の筆跡を偽造されても気付かないなんて… それだけアイツの腕前が立つってことなんだけどね。
それどころか、母さんってば『士季ちゃんにもちょっと貸してあげればいいじゃない』なんて、
あーもう姪には甘いんだから! マセガキの得意げな顔がちらついて堪らないわ。

で、他人の助けは借りられないと、アタシはひとりでも戦うことを決意したの。
突然だけど、アタシは絵の方もちょっと心得があってね。美術部と漫研からスカウトされたこともあったっけ。
その線で行こうと決めたところにちょうどいい突破口が開いたってわけよ。
士季とそのすぐ上の姉の稚叔従姉さん(鍾毓。まあこの人には個人的な恨みはないんだけど)が、
寮の部屋を改装したの。二人は今の部屋からそこに引っ越す予定らしくて、
アタシもチラリと覗きに行ったんだけどあなたそりゃ実家じゃないんだからって程の豪華さだったわ。
そこでアタシはちょいと筆を振るったわけなんだけど、元常従姉さんの絵を描いたのよ。
ほら、学長室に歴代の学長先生なんかの肖像画とか飾ってあるじゃない? あんなやつね。
自分で言うのもなんだけど、そりゃもう従姉さんが現役だった頃の姿が浮かぶ様なほどの出来映えだったわ。
それを例の部屋の壁にひっかけといたら、もうクリーンヒット級の大当たり!
引っ越してきた二人がそれを見て、元常従姉さんのかつての姿を思い出しちゃったみたいなのよ。
ほら、あの娘たちってば元常従姉さんにベッタリだったでしょう?
まあ元常従姉さんの方も姉バカっていうくらいに二人を可愛がってはいたんだけど。
で、あの二人こんな部屋にいると元常従姉さんを思い出しちゃって耐えられない、ってんで
引っ越しは取りやめにしちゃったんだって! 士季のヤツに一泡吹かせたと思うとせいせいしたわ。

それであの娘も懲りれば良かったんだけど、相変わらずだったわね…
アタシたち身内同士の話で済んでいればまだしも、他人様にまで迷惑かけちゃあおしまいよ。
益州校区に遠征して帰宅部連合を解体した後、また手紙を偽造して鄧艾先輩を陥れたあげくに
自分は姜維に焚き付けられて自立しようなんてバカな事を言いだした時には心底呆れたわね。
さすがのアタシもかばうにも限度があるし、
ヘタするとアタシ自身があの娘の身内だからって疑われかねなかったから
心を鬼にして司馬昭会長に彼女の討伐を進言したわ。
まあ何とか大事に至らず済んだけど、とばされた士季は自業自得よね。
ちなみに例のルージュなんだけど、士季がリタイヤして退寮になったとき、私物整理の際に取り返してきたわ。

まったく、こんなご時世に大それた事なんて考えるものじゃないわよね。
アタシはお陰様で今の蒼天会でいいポジションをもらってるし、うまいことやってみせるわよ。
潁川荀氏の看板も使いよう、ってね。
さて、と。最近茂先(張華)が何かとうるさいからしっかり相手してやらなくちゃね…

 おしまい

480 名前:玉川雄一:2004/05/01(土) 21:57
ネタは世説新語から三つのエピソードを合体。
タケノコご飯(元ネタだとタケノコとご飯は別に食べたっぽい)のお話は
なんかほのぼのしてますけど、
他の二つは一筋縄ではいかないっぽいのがこの人らしいとゆうか。

ちなみに最後のネタで、ルージュは宝剣だったんですけど。
さすがに扱いが難しそうだし、以前書いた鍾姉妹のメイク話に繋げてみました。

しかし、はるらさん、ヤッサバ隊長殿に続いて自分語りネタ三連発になったんですが、
私のはおネエ言葉な上に頭悪そうでアレな気分です(^_^;)

481 名前:玉川雄一:2004/05/01(土) 23:30
ニューフェイスも増えて賑わって参りました。

■(゚∀゚)ゝプロフェッサー!
陳羣の墓参、これまでにも何度かネタにされてきましたがやはりジワリときますね。
どこか不器用な彼女だからこそ映えるシリアスな一コマ…
すれ違っても、ぶつかり合っても、二人が共に時を過ごした日々のことももっと見てみたいです。

そしてバレンタイン。バラエティに富んだ面々がそれぞれ繰り広げる逃避行。
…そうか、やっぱみんな逃げるんですね(^_^;)
あと簡×法は反則。なんだよイイ雰囲気ですやん!

さらには回を重ねてなお新鮮さと萌えを損なわない簡×法シリーズですか。
やっぱ簡雍ってば、日頃のはっちゃけ属性だけじゃここまでブレイクしなかったですよね。
法正とのこんな一面があってこそ、ここまで厚みのあるキャラクターになったってことでしょうか。
しかし張任ワロタ。特に牛丼屋でのエンカウントが。

■国重さん
おいでませー。これからもどんどん投稿よろしくお願いします。

さて一発目は陸績と袁術のエピソードですね。
陸績の健気なまでの孝心が微笑ましくありますが、袁術お姉さまの挙動にも注目。
各メディアで何かとアレな扱いを受けることが多いこの人ですが、
この学三では案外とおいしいポジションを貰うこともしばしばです。
(相応のポカをやらかしてることもありますけど)
国重さんの作品でも、名家のお嬢様らしい振る舞いが素敵な雰囲気を醸し出しています。
陸績をなだめるシーンはツボに来ましたよ!

続いて群雄割拠の角逐の水面下で密かに進むハンターキラーの策動という。
中堅勢力時代の曹操が、強敵・呂布を相手取るために布石を打つわけですが…
一方の陳登も自身の思惑を持って乱世の一角を(ほんの僅かの間ながら)占めることになるだけに、
侮りがたい深慮で虚々実々の駆け引きを繰り広げると。
餓狼軍団との本格的な激突がこれからどう展開してゆくのか、期待が膨らむエピソードでした。

■はるらさん
こちらもニューフェイス! 新風が吹いてイイ感じ。

東漢カルテットと後輩たちのタテの繋がりというのはいくつかありますが、
この盧植センセイを巡る面々は公孫サンに劉備と一癖も二癖もあるメンツですね。
盧植が先輩として、教師として後輩に臨む姿と、親友たる朱儁に対する姿が交錯するあたりが魅力的。
事ある毎に書いていますが、私はこういった異世代(この場合は学年が違う程度ですけど)間の
交流が好きなんですよね。まだまだヒヨッコの公孫サンたちも微笑ましいものがありました。

盧毓って今までなかなか出番がなかったのですが。
東漢カルテットのひとりである盧植を姉に持ち、
また自らは蒼天会の変転を長く見続けることになる貴重な存在ですよね。
彼女がこれから何を見て、何を綴ってゆくのか楽しみです。

■岡本さん
もはやしょーとれんじにあらざる超大作!
全体的なボリュームはおくとして、若干重く感じられもしましたが、
さすがに綿密な考証に裏打ちされた展開は読者を飽きさせませんね。
個々の場面に納得のゆくまでの説明が施されているので、
ストーリーが飲み込みやすいといえるでしょう。
また、格闘シーンにおいてもわずかコンマ何秒かという間に繰り広げられる
矢継ぎ早の動作をテキストで表現しながらもそれがビジュアルとして想像できる描写力は毎度ながらさすが。
基本的に読んでいて破綻していないんだから羨ましい限り。

内容については、伝説のピーチガーデンの近いにまつわる秘話(?)ということで、
それぞれの思惑が絡み合ってやがてまとまってゆく流れでした。
簡雍はまあ、あの頃からうまいことやっていたというか… とはいえ、
いくら当事者であっても将来を見通すことは難しいということですね。
浮き沈みの激しいこの一党ではなおさらのことでしょうが(-_-;)

ちなみにやっぱり廖惇いいですよね(^_^;) 彼女が関羽に再会してから、とかも… ねえ。

そして新生帰宅部連合の門出を前にした劉備の述懐を兼ねた学園史の俯瞰。
わずか数年の間に、それまでには思いも及ばなかった程の大変革が起こったこの学園で、
生き延びるということだけでもままならない中で無念の涙を飲んだ者は数知れず。
さらには僥倖と実力を兼ね備えた者だけが自らの手で学園を動かすに至ったわけですが、
去っていった者たちとの間はあるいは紙一重であったりあるいは遠く離れていたり、
その中で変わらずに受け継がれてゆく物は確かに存在するというのですね。
多くのものを背負い、劉備の新たな一歩が踏み出されるのか…

■ヤッサバ隊長殿

そういえば今までホウ統の出番ってなかったんじゃ…?
確かに活動期間は短い(考えたらものっそい短いやん)のですが、
その中でも印象的な場面は色々とあったわけでまずはその立志編ですやね。
卒業間際からの回想って形がポイントかも。諸葛亮と簡雍をふくめたやりとりがもっと見たいなあ。

そういや、キャラ絵描いたときには意識してなかったんだけど、無双口調が違和感ないですのう(^_^;)ゞ
しかし『落鳳事件』気になるなあ。隊長の次回作に期待してよかとですか?

482 名前:★ぐっこ@管理人:2004/05/02(日) 00:17
うほッ! またまた豊作だーヽ( ´∀`)ノ!
管理人はなくともサイトは育つ…←ってそれじゃ駄目だって。

>はるら様
ほほう! 盧植姉妹の日常エピソード!
当時はまだ平凡な中学生である盧毓たんから見た、お姉さんの姿…
妹から見たら、頼りになる姉である盧植は、実は学園の情勢を単身で
左右できるほどの超大物であるわけで、そのへんのギャップがまた萌える…

>ヤッサバ隊長
あー、そういえば龐統ってあまり出てこなかったですねえ(^_^;)
酒飲み、そばかす、面倒くさがり、眼鏡外せば割と美人、と萌えポイントがここまで
揃ってるキャラってのに…。やはり早死にだからキャラにしづらいのね…
んで、今回は落第県令・龐統のエピソードですやね(゚∀゚) 彼女の物語もまた、痛快な
サクセスストーリー。今回はまったりだけど、親友である諸葛亮との密かな確執とか、
色々面白くなりそう…

>義兄上
東晋系ストーリー乙! うーん、荀勗って私も蜀攻め進言したエピソード
しか知らなかったので、このSSで激しく学習。色々エピソードあるキャラ
だったのね…相変わらず、不思議と勉強になるサイトだ( ゚Д゚)!
最初にアレンジ読んでから、オリジナルの世説新語読むのも斬新。
こうして見てみると、完璧美女・鍾繇たんもカワイイかんじだなあ…。

483 名前:那御:2004/05/02(日) 21:25
溜まりに溜まった感想たち。

>岡本様
上手い!アサハル様の設定を見事に生かし切った形となりましたね。
そして相変わらずの知識量を強烈な文で綴ってらっしゃる。
あんな文は書けませんて(何。

>はるら様
盧植&盧毓ストーリー、出てきましたね。
学園屈指の女傑の妹って、立場的にビミョーなんだろうなぁ。
それでも明るく楽しく、姉に誇りを持って生きる盧毓タンに乾杯!
中学生っぽさ爆発の盧毓タンの行動に萌えw

>ヤッサバ隊長殿
龐統の出仕ネタ!語り口調で面白い!
しかし、人生を達観してるだけあって、なかなか毒のあるキャラですなw
そしてラストは簡雍と酒で締める!
簡雍はホントどこに出しても味のあるキャラですねぇ。

>玉川様
荀勗もまた毒のあるキャラですねーw
そういえば陳寿を左遷したのも荀勗じゃなかったですか?
『魏志』の自分の記述が不満だったとか・・・
鍾会との確執というか、ガキっぽい喧嘩がなかなかスリリングですね。
(しかしマセガキって・・・w

484 名前:那御:2004/05/02(日) 21:48
−占いに無い出会い−

「ふぅ・・・」
夜も更けた深夜1時。すっかり冷え切ったコーヒーを飲み干し、譙周は溜息をついた。
『仇国論』と銘打たれた、原稿用紙数十枚にも渡る論文。
幾度となく繰り返される無謀な北伐の意義について、友人の陳祗と語った内容を、文章で綴ったものである。
今回はこの内容をお話しすることはないが、彼女が帰宅部連合の行く末を憂いていたことが伺える。

譙周、あだ名は允南。
帰宅部連合随一の古典好きで、よくひとりでニコニコしながら古文を暗誦していたようだ。
明晰な頭脳の持ち主であったが、切れ者というわけではなく、不意の質問には答えられないことが多かった。
誠実かつ素朴な人柄で、トレードマークは長い髪の毛を束ねる緑色のリボンと縁無しの眼鏡。
どこか抜けたところがあり、諸葛亮と始めて会ったときには、諸葛亮の部下が笑いを堪え切れずに吹き出してしまったという。
諸葛亮曰く、「私ですら我慢できなかったのですから、あの娘たちに我慢しろと言う方が無理ですよ・・・」と。

最近、帰宅部連合について何度占っても、あまり良い結果は得られない。
事実、北伐によって疲弊した軍と、腐敗した中央政権。これで良い結果を望むほうが無理なのだろうか。
(これから連合は一体どうなっちゃうんだろうな・・・)
こんな時間は、なぜか物思いに耽ってしまうことが多い。
(伯瑜さん・・・貴女の言葉の重み、今になって実感しています・・・)


譙周の言う『伯瑜さん』とは、杜瓊のことである。
杜瓊はもともとは益州校区総代・劉璋の下で働いていたが、劉備が益州に入ると、書記として仕えることになった。
小等部に在学中に、周りの友人が『こっくりさん』に興じるのを見て、
「くだらない・・・」と言い放ち、これを聞き付けた占い部の部長・任安にスカウトされて占いを始めたという経歴がある。
そして任安が卒業するまで、その知識の全てを叩き込まれ、その技量は神業級であった。

一口に占いといっても、その種類は膨大なものである。
学園で正式とされている『易』では、筮竹と呼ばれる長さ30〜40cmほどの細い竹の棒50本と、
算木、もしくは卦子と呼ばれる1.5cm角で長さ9cmほどの棒を6本用いる。
筮竹を規則に従って両手で操作し、片手で掴み取った数によって算木を配列する。
算木の2面には、黒く色が塗ってある。これは陽爻を表す。
また、残りの2面には溝が彫ってあり、溝の内側は赤で目印が付けられている。これは陰爻を表す。
筮竹の操作によって得られた爻は、順番に並べられて卦を構成する。
六卦を得るためには、計18回もの筮竹の操作が必要で、算木はそれを暗記するための道具であるといわれている。


杜瓊は、その天才的な占いの技術の反面、彼女は口数も少なく、人付き合いが苦手であったため、
殆ど友人らしい友人はいなかった。
しかし、ある日・・・

「伯瑜さん、お願いですッ!私に・・・私に占いを教えてくださいッ!」
・・・もう何度頭を下げたことだろうか。でも、伯瑜さんの答えは素っ気無い。
いきなり押しかけたのがまずかったのだろうか。
「・・・何度も言わせないで。駄目な物は駄目。」

しつこく訊き過ぎたかもしれない。呆れられているかもしれない。
それでも、私は占いの道を究めてみたい。
占いで切り開ける未来。そういうものを私は見てみたい。
でも、今のままじゃダメ。何か決定的なものが、私には欠けている。
それを、伯瑜さんに教えてもらいたい。
そのためには、私は何度だってお願いする・・・

「なんでです?ど・・・して駄目なんで・・・か?こんなに・・・願いしているのに・・・」
なんだか鼻声になってきている。目の辺りも熱い。
もしかして・・・泣いてるのかな・・・私。
「お願いしますッ!」

485 名前:那御:2004/05/02(日) 21:50
気がつくと、私は中庭のベンチに横になっていた。
・・・あれ?さっきまで私は、廊下で伯瑜さんに頭を下げ・・・

「お目覚め?」
頭の上のほうから、聞き覚えのある声。

「・・・って、ええぇーーーっ!!!??」
私が今、頭の下に敷いているもの。それはなんと伯瑜さんの膝だった。

「・・・そんなに驚かないで貰えない?」
「うひゃあっ!」
私は思わず、がばっと飛び起きてしまった。
せっかくの伯瑜さんの膝枕・・・もうちょっと横になっていればよかったかも・・・

「・・・私、あの後どうなったんですか?」
私は恐る恐る訊いてみた。
「いや・・・さんざん喚いたあと、貴女、抜け殻みたいになっちゃって・・・。
放っておくのも悪いかと思って、ここに連れてきたわけ。」

「・・・まずかった?」
赤面して黙り込んでしまった私に、伯瑜さんは尋ねる。

「でも、貴女、面白い娘だね・・・私に好き好んで近付くなんて。」
「いや・・・あの・・・」
あぁ・・・私は今、憧れの伯瑜さんと話している。伯瑜さんって、思ったより取っ付きやすい人だったんだなぁ・・・
そして改めて見ると、美しい方だ。長い黒髪・・・どこか憂いを秘めたような瞳。
・・・って、私は何を考えてるんだ・・・

「貴女、占いやってるの?」
「えっ?」
伯瑜さんの唐突な、それも核心に迫る質問。
「そ、それは・・・」
「その顔を見ると、ある程度は齧ってるみたいね・・・」

伯瑜さんは、少し考え込んでから言った。
「私ね・・・私の知識を誰かに教えたいとは思ってないの。別に意地悪とかそういう意味じゃなくて。」
「どうしてですか?伯瑜さんの占いは、これからもずっと引き継いでいくに相応しいものだと思うんですが・・・」
「私は占いは『易』とかの概念とはちょっと違って、まずその対象をよく観察して、本質を見極めるの。」
「はぁ」
「だから、他人の目や言葉を信用したりしては、この占いが根底から崩れることになるの。分かる?」
「・・・」
「私の占いは、明らかにすることは困難だと思うの。だって他人を信用することができないから。
他人に話すことができないから。全て自分ひとりでやらなければならないのよ・・・。これって悲しいことだと思わない?」
「でも・・・」
「それに占いで知った未来が、必ずしも良いものだとは限らないのよ。でも、結果は結果として受け止めなければならないのよ。」

その言葉一つ一つに、伯瑜さんの心の憂いが詰まっていた気がした。
『他人を信用できない』もの。こんな悲しいことは、確かにない。
伯瑜さんの瞳に宿る、暗い影。その正体を、私はたった今、知った。

「・・・だから、こんな昏い世界に踏み込まないほうが無難だと思うの。どう?これでも分かってくれない?」
「伯瑜さん・・・。伯瑜さんは、私も信じていないんですか?」
「えっ?」
「他人を信じられないなら、私も信じることができないんですか?」

486 名前:那御:2004/05/02(日) 21:54
あぁ・・・言っちゃった・・・。自分でも爆弾発言だと思うくらいだから・・・
伯瑜さんは、やっぱり苦笑いを隠せなかった。
「・・・参ったわね・・・」
「伯瑜さん・・・ごめんなさい・・・」
「いや、参ったってのは・・・私が今、貴女を信じてることに気付いたってことよ。」
「えっ?」
「本当は、貴女みたいな良い娘には、この世界に入って欲しくないんだけどね・・・。
でも・・・どうしてもって言うんでしょ?そんなに頼み込まれたんじゃあ、無下には断れないわね。」
「それじゃあ・・・」
「えぇ。貴女に私の知識の全て、受け継いで頂くわ。」
やったぁ!ついに・・・ついに念願が叶った!
あれ・・・?またなんか目から涙が・・・
このまままた気絶して、もう一回膝枕・・・なんて、そんなうまく行かないよね。

「そういえば、名前・・・」
「あっ・・・」
しまった・・・弟子入りを志願しに行ったのに、名前も言って無かったなんて・・・
「譙周と言います。允南って呼んでください!」



暫しの間、回想に耽っていた譙周であったが・・・
「・・・あれ?」
長い髪を束ねていたはずの緑色のリボンが見当たらない。
先程、外してポケットに入れたことは、数分のうちに彼女の記憶から消えていた・・・


     −占いに無い出会い− <完>
**********************************
というわけで、占い師弟の杜瓊・譙周ネタ。
譙周に関しては、アサハル様の設定を利用させていただきました。
杜瓊ってマイナーですね・・・

487 名前:7th:2004/05/03(月) 09:07
内政戦隊ショッカン4  〜〜ショッカンロボ、大地に立てるか?〜〜


ある日の昼下がり、帰宅部は珍しく静かだった。………その時までは。
「…戦隊モノにはやっぱり巨大ロボが必要だと思うの」
事の発端は孫乾のその一言。折しも内政戦隊こと孫乾・糜竺・伊籍・簡雍が、仕事を終えて一息ついている時のことであった。
あまりに唐突すぎるその一言に、きょとんと呆ける三人。
しばしの沈黙の後、漸くその意図を理解したのか、「あー、そりゃ要るねぇ」と、こくこく肯く伊籍。何か思う所でもあったのか、額に指をあてて考え込む糜竺。そしてしょっぱなからやる気の欠片もない簡雍。「頭いてー」とばかりに頭を抱え込む。
そんな簡雍を尻目に、ますますヒートアップする孫乾。
「正義の味方あるところ、必ず悪の怪人が居るのよ。そして一度負けてから巨大化、これ鉄則。だから正義の味方にも巨大ロボが要る、これも鉄則よ!」
やたらテンション高い孫乾。
この人、かの鄭玄に推挙されて劉備新聞部に入ったほどの能力の持ち主なのだが、戦隊モノや仮面ライダーモノがやたらと好きなのだ。尤も、新聞部には更に個性溢れる面子が揃っていたため、さほど目立つことはなかったが。
その彼女が、その場のノリで最近結成したのが「内政戦隊ショッカン4」。半ば無理矢理ながらもまんざらでもなさそうな糜竺と伊籍、滅茶苦茶嫌がっている簡雍が隊員である。
「よし、多数決を取る!必要だと思う隊員は挙手願いたい!」
………賛成3、反対1。よって本案は可決されました。ありがとう。
「宜しい、では善は急げ!よって正義の味方も急げ!早急に本案を実行に移すべく出撃ー!!」
『おーー!!』
気勢を上げる三人と、それに引きずられていく簡雍。
「『正義の味方』って………何処に悪の怪人が居るのよ」
その問いは、誰にも聞かれず大気に消えた。


「と云う訳なので、巨大ロボを作りなさい」
「何故私が?」
「あなた以外に作れる人が居ないからよ」
益州校区、科学部部室。
劉焉・劉璋が益州校区総代を務めていた頃は只の地方弱小部の部室だったそこは、劉備の益州校区乗っ取りと共にその主を替え、閑散としていた部屋は魔窟へとその姿を変えた。
既に科学部は無く、そこの主は只一人。ガラクタの山の中で謎の研究を行っている。
主の名は諸葛亮。帰宅部連合の幹部にして生粋のマッドサイエンティストである。
「唐突な上にに命令形ですか」
孫乾が部室に入って開口一声それである。やれやれと首を振る諸葛亮。
「何よ、作れないって訳でも無いでしょう」
「左様、可能と言えば可能です。が、大事なことを忘れていらっしゃる」
「む?」
「予算は何処から出るんですか」
「う゛っ」と呻く孫乾。どうやらその辺の細かいところ迄は考えていなかったらしい。
「帰宅部の予算から―――」
「出る訳無いでしょう」
一撃轟沈。がっくりと肩を落とす孫乾。後の三人も簡雍を除いて心なしか残念そうだ。
がっくりと、この世の終わりでも来たかのように肩を落とす孫乾。他の人にはどうでも良い事なのだが、彼女にとっては非常に重要なことなのだ。「神は死んだー円谷も死んだー」とか訳のワカラン事を呟きつつ天を仰いでいる。錯乱し過ぎ。そして大袈裟過ぎ。
流石に見かねた――と云うか鬱陶しくなった――諸葛亮が孫乾の肩にぽんと手を置く。振り返った孫乾が見た物は、微妙な笑みを浮かべる諸葛亮と怪しく光る彼女の眼鏡だった。
「ふ……あなたの熱意には負けました」
正確にはそんなモノには負けていないのだが、この場合は方便である。時に真実は人を傷つけるのだ。
「確かに私には作ることが出来ます。が、それにはかなりの時間と、途方もない費用がかかることは先ほども申しました通り。ならどうするか。…簡単です、一から作るから時間と金がかかるのなら、最初からそこにある物を使えばいい」
そう言ってガラクタの中から一枚の紙を取り出す(もしくは掘り出す)諸葛亮。
「地図……かな?」まじまじと紙に書いてある点と線を見つめる簡雍。
「荊州校区辺りみたいですわね」思い当たる地形があったのか、位地を特定する糜竺。
「そしてこのあからさまに怪しい×点はもしや」伊籍がその特異点を指し示し―――
「宝の地図かーーっ!!」孫乾、大絶叫。
「左様。宝と言うにはやや語弊がありますが、まぁあなた達にとっては宝には違いありませんな」
そう言った諸葛亮の眼鏡が更に怪しげな光を放つ。
「取り敢えずそこへ行きましょう。話はそこで」


かつん、かつん、と。薄暗い階段に靴音が響く。
「随分と深いわね。かれこれ三階分は下りたと思うけど……」
「もうすぐですよ」
とは言うものの、通路は果てしなく続き、靴音は先の見えぬ闇に吸い込まれてゆく。
二度ほど折り返しただろうか。漸く暗闇が途切れ、大きな鉄扉が代わりに現れた。
「時に…皆さんは公輸般(こうしゅはん)と云う人を知っていますか?」
扉の前で立ち止まった諸葛亮が、芝居がかった口調で問う。
「何十年か昔、この町に住んでいたと云う発明家でしたわね」
「木製のグライダーを作ったって話よね。三日間飛び続けたとか云う奴」
眉唾ものだけど、と付け加える孫乾。
「で、それが何なのよ」
「鈍いですな孫乾殿。つまりここは公輸般の秘密の研究所。そしてこれが―――」
地響きと共に鉄扉が左右に開く。その奥、地下とは思えないほど広大な空間に横たわる巨大な物体。
それには腕があった。
それには足があった。
それには顔があった。
それは人の形をしていた。
「ここで建造された巨大ロボ。名を公輸8号と云います」
絶句。その大きさ、その存在、そして何より、その形に―――
「これって……」
「まさか……」
「ねぇ……」
「先○者じゃん……」


それには腕があった。…やけに細くて手の平がしゃもじ形の。
それには足があった。…これは本当に立てるのか?と思うほどにひょろい足が。
それには顔があった。…やけに安っぽい顔が。しかも何だかフレンドリー。
それには大砲がついていた。…あろう事か股間に。
「身長18m、乾燥重量36t、全備重量は64t。材質は主に鋳鉄、一部に謎の合金が使用されています」
「動力と武装は?」
「風水式龍気変換炉による大地のパワー。武装は股間にある中華キャノンです」
「パーフェクトだ孔明。……形を除いて」
「感謝の極み。形状は私の知ったことではありません」
何やら何処かで見たような会話を繰り広げる孫乾と諸葛亮。違いがあるとしたら、孫乾が話の中身の半分も理解し切れていないと云うことか。
「で、動くの?コレ」
「無論。ただ、変換炉を起動するのに多少のエネルギー投入が必要でして。勿論、そのための用意はしてありますが」
そう言って胸のハッチをあける諸葛亮。どうやらそれはコクピットハッチだったらしく、内部にはシートだのコンソールパネルだのが設置されていた。そしてその片隅に鎮座している、前輪を外して床に固定された自転車。
「…自転車」
全員の目が一斉に伊籍に集中した。


曰く、発電によって得たエネルギーを更に水晶髑髏により変換・増幅。そのエネルギーをもって変換炉を起動させると言う話だ。
「な、何で私がぁ……」
縦割り社会の不条理を嘆きつつ、ペダルを鬼漕ぎする伊籍。後輪に取り付けられた十連装ダイナモが唸りをあげて駆動し、伊籍の体力と引き替えに電力を生み出していく。
「98、99、100%! 変換炉、起動します!」
「リフト起動。地上まで上げるぞ」
天井が開き、床ごと機体が持ち上がって行く。約3分後、数十年の時を経て、ついに機体は日の目を見た。
「さぁ、立ちなさい!ショッカンロボ!」
正式名称そっちのけで自分のインスピレーションから湧き出た名を叫ぶ孫乾。片隅で簡雍が「センスねぇなー」と呟いていたが、無視した。
その叫びに応じたように、上半身を起こし、更に足を立てて起きあがるショッカンロボ。姿が先○者のせいか余り迫力はないが、とにかくショッカンロボは立ち上がったのだ。
「わー」と拍手する糜竺。「つっかえ棒無しで立てたのか」と驚きを隠せない簡雍。どうだ!とばかりに胸を張ってふんぞり返る孫乾。伊籍は…自転車に突っ伏して動かない。合掌。
「よーし!今からこの世の悪を打ちのめすべく、ショッカンロボ発進よ!」
「しつもーん」
「何よショッカングリーン」
「…悪って何処にいるわけよ?」

沈黙。

「何でそれを早く言わないのよー!」
「いや、言ったって」
泣きそうになりながら叫ぶ孫乾に、あくまで冷静につっこむ簡雍。
「こ、この振り上げた手の立場は何処に…」
「ないない、ンな物」
身も蓋もなく撃沈。と、そこに
『あー、孫乾殿。聞こえますかー?』
スピーカーから聞こえてくる諸葛亮の声。
「うぅ、何よ」
『簡雍殿の言は尤もですので、ここはひとつ穏便にいきましょう。……只、折角ですから動作確認を兼ねて中華キャノンを、一発ドーンと撃ってみませんか?』
「え、良いの?」
『構いません。ドーンといっちゃって下さい。ドーンと』
泣いたカラスがもう笑ったとはこの事か、と言わんばかりの早さで立ち直る孫乾。つくづく感情の起伏の激しい人だ。
「ぃよーし!派手に一発いってみよー! 総員、中華キャノン発射準備!」
「えーと、大地のパワー吸収っと……えいっ」
そう言って糜竺がボタンを押した途端、凄まじい揺れがコクピットを襲った。
外から見る分には足をバタつかせているようにしか見えないが、中はトンデモないことになっている。
シートに座ってシートベルトを締めていた孫乾・糜竺・簡雍はまだマシだが、自転車に突っ伏していた伊籍はたまったものではない。自転車からズリ落ちて、そこら中を跳ね回っている。
10秒ほどで充填は完了したものの、伊籍は白目むいてダウン。他三人もげんなりしている。
「ま……まだ続けるわけ?」
「も……勿論よ。今更止められるわけないわ。…次、キャノンにエネルギー注入」
「待て、確か次は……」
簡雍が言い終わるより早く、またしても激しい揺れが襲いかかる。
今度の揺れは縦。伊籍が床と天井をばいんばいん往復している。さほどの高さはないので命の危険は無いと思われる。死んだ方がマシとの見解もあるが。
今度は5秒ほどで終わった。が、三人の顔色は死人さながら。
「う゛ぇ〜、24時間耐久でジェットコースターに乗った気分」
「バーテンさんにシェイクされるカクテルの気持ちがよ〜く解りましたわ……」
「めげないで二人とも。…後は撃つだけよ。私たちの努力も、これで報いられるわ」
眼前にある操縦桿を握りしめ、照準機を起動させる。今回はカラ撃ちなので、照準レティクルを何もない空に合わせる。何時の日か、悪の巨大化怪人に向ける日を夢見て。
「よーしっ、中華キャノン、ファイヤー!!」
瞬間、世界は白光に満たされた。


「…オチは読めてたんだ、オチは。くうっ、一瞬でも淡い期待を抱いたアタシがバカだった…」
学園の保健室。体中を包帯でぐるぐる巻きにされた簡雍が呟いた。
「なら止めろ。体を、さもなくば命を張ってでも」
その韜晦をにべもなくあっさり斬って捨てる華陀先生。
「まぁあの爆発でその程度の怪我で済んだんだ。神様か何かに感謝しろ」
爆発半径30メートル。おそらくは市内全域から確認できたであろう大爆発。
原因は注入されたエネルギーのオーバーロードであるらしいが、何にせよ5人が生き残っていたのは奇跡に近い。と云うか奇跡そのものか。
「私、テロに巻き込まれても生き残る自信がつきました」
いや糜竺。今ので一生分の運を使い果たしたと思うぞ。
「うぅ、私今回良いこと無し?」
負けるな伊籍。きっと何時かいいことあるさ。何時かは知らんが。
「う〜ん、ちょっと勿体なかったかなぁ。ま、いっか。また今度に期待しよ」
まだ懲りんのか、孫乾。
「……所で先輩方。実はまだ調整中の機体が何機かありますが…また挑戦しますか?」
『あの人の機械には金輪際乗らん!!』
満場一致、簡潔極まりない結論によって、諸葛亮の提案は却下された。


………その後、公輸般の秘密の発明品を見た物は居ない。一説によれば、学園がその役割を終えた後も、静かにそれは荊州校区の地下に眠っていると云う。

488 名前:7th:2004/05/03(月) 09:18
ご無沙汰してました7thです。
しばらく来ぬ間に職人の方も増えて喜ばしい限りです。
…で、何書いてるんでしょうね自分。皆様がまじめな作品を書いてるのに何なんだコレは(w
時間軸としては簡雍改造計画の後。孫乾が暴走し過ぎたり、糜竺の影が薄かったり、伊籍がひたすら不幸だったりしますが、その辺は目を瞑っていただきたく思います。

…別に伊籍が嫌いなわけじゃないですよ?彼女には何とか幸せになって貰いたい物ですね。
内政戦隊モノの中では無理かもしれませんが。

489 名前:はるら:2004/05/03(月) 11:57
■■盧毓が行く■■


はい!!皆さんお久しぶりですー!!盧毓で〜す!!!
今回はわたしが中一のとき、乙女百合様にお会いした話です。
    はぁ〜、優しかったなー、劉虞さま………。


 〜女神さまとわたし〜

「………はぁはぁはぁ」
わたしは正直なところ運動が苦手です。ドッチボールでは常に逃げ惑って、そして途中で力尽きてあっさり当てられるタイプです。
特に中学生のころは運動音痴も甚だしいって感じでした。
でもこの時わたしは走り続けていました。なぜならこの時わたしは何故か道に迷って幽州女子学院の中等部ではなく、
高等部の区域に入り込んでいた事にさっきようやくきずいたからです。
それだけでもかなりダメダメなのにわたしはよりにもよって野良犬に追われていました。
・・・ぼけー、と歩いてた時尻尾を思い切り踏んでしまったようです。皆さんはちゃんと前を向いて歩きましょうね。
盧毓心の声「(あー、もう駄目……。声も出ないよー、助けて…)」
完全に力尽きようとしたその時、わたしは幸運にも女神様にお会いできました。
わたしが野良犬を巻こうと曲がり角を急に曲がったその時!!
  ドン!!!!!
「あう!!!」
出ましたね……、声。
「あ、痛い!!」
「…あ、すすす、スイマセン!!だいじょーぶですか!?」
見事高等部の先輩と頭がごっつんしました。
頭が割れそうに痛かったです。…向こうの方もそうなんでしょうけど。
「あ!!!!!」
わたしと高等部の方が倒れていたところを野良犬がゆっくりこちらに向かってきました。
そのときわたしは湿布を覚悟しました。
盧毓心の声「(うぅ〜、追いつかれたー。どうか優しく噛んでくれますよーに)」
「あら!!林芝!?こんなトコで何やってたの…。探したのよ…」
林芝「クゥ〜ン」
うそ……!?あの野良犬が懐いてる!?
「あなたが林芝を探してくれたんですか??ありがとうございます!」
その高等部の方の顔は満面の微笑みを顔に浮かべてわたしに言った。
やっぱ言えない……。林芝ちゃんの足を思いっきり踏んだなんて言えない…。
ていうか、野良犬だと思ってました。ごめんなさい。
「あの…、お礼をさせていただきたいんですけど……」
「貴女のお時間さえよければ、お茶でもしませんか…??」
え、なんか、その………、積極的。見かけはお嬢様って感じなのに…。
「………ダメ…ですか??」
え、そんな目で言われると断れない……。


「へぇ〜、劉虞さんっていうんですか〜。いい響きですねー」
んで、結局その高等部の人、劉虞さんっていうんらしいけど、一緒に
ピーチガーデンに行きました。…あ、林芝ちゃんも一緒に。
「盧毓さんは今、中一なんですよね〜。どうです?学園には慣れましたか??」
「うーん、ビミョーですね。」
うーん、我ながらあいまいな返事!!
「ふふ、ここであったのも何かの縁。何か困った事があったら私に言って下さいね」
「あ、ありがとうございます!!」
「ところで林芝ちゃんって劉虞さんの部屋で飼ってるんですか?」
せっかく食事に誘ってくれたんだから話をとぎらせ無い様にと何気ない話題を持ち出した。
「そう、ね。この子、もともと野良犬だったのを前の乙女百合さまの劉淑さまに頂いたの」
「あ、頂いたじゃ失礼よね、ゴメンね…、林芝……」
   …………劉虞さん…、優しい………。
盧毓心の声「(ところで、乙女百合……、劉淑さまとお知り合い……、で劉虞さん…
      どっかでつながってる様な、何だったっけなぁ……」
「あら、もうこんな時間ですね…。そろそろお別れですね」
林芝「クゥ〜ン」
そういえば林芝ちゃん、『クゥ〜ン』しか言わなかったわね…。
「はい、今日は会えてよかったです。それじゃ、劉虞さんごきげんよう!!」
「ごきげんよう…、盧毓さん……」


以上がわたしと劉虞さんの出会いです。
劉虞さん、ホントに女神さまみたいに優しかったですー。
ちなみにわたしが劉虞さんが現乙女百合さまで幽州校区総代である事を知ったのは
この日から四日ほど経ってからでした。何できずかなかったんだろー??
で、その後わたしは劉虞さんにお会いすることなく劉虞さんは姉盧植の教え子、公孫サンさんに
よって引退に追い込まれてしまいました…。 世の中って変なトコでつながってますよね……。
もう一度、もう一度でよかったから優しい劉虞さんのお世話になりたかったなー。

         それじゃ、皆さんサヨナラ〜〜〜!!!!

― 盧毓が行く〜女神さまとわたし〜 完 ―

490 名前:はるら:2004/05/03(月) 11:59
今回はなぜか盧毓が乙女百合様こと劉虞に会ったという話です。
正史だと明らかに劉虞が善人で伯珪姐さんが悪人ってかんじですよね。
まぁ、伯珪姐さんは悪な感じなのが魅力の一つなんですけど(^_^;)

以下感想文
>岡本様
やっと邂逅シリーズ読み終わりましたー!!(遅っ!)
巨編お疲れ様でした。お見事の一語に尽きる傑作でした。
何と言ってもやはり岡本様の武道や料理の知識量が凄すぎます。
私もそれだけ博識だと色々と便利なんですけどねw

>ヤッサバ隊長様
確かにホウ統の出番ってあまりありませんでしたね。
それだけにおもしろかったですw
特に孔明とホウ統の五十歩百歩なあたりがウケました。

>玉川様
学園世説新語乙です!!
荀勗……申し訳ないことにあまりイメージがありません。
でも何か色々凄い逸話をお持ちのようでw
個人的にはやはりキャラの濃い鐘姉妹に萌え。

>那御様
占い師弟……いいですね〜、何かオカルトな香りプンプンなトコが(爆
そして学園公式の易の説明が凄い…。かなり本格的( ゚Д゚)!

>7th様
初めまして、はるらと言います。
内政戦隊ショッカン4……笑いまくりました。
何気に戦隊ヲタな孫乾とトコトン不幸な伊籍がナイスキャラ!!
ショッカンロボこと公輸8号…何か凄い物体ですね…。そしてその存在を知っていた孔明って……。

491 名前:★ぐっこ@管理人:2004/05/04(火) 00:49
>那御さま
うお、譙周とは渋い選択を! 彼女もキャラ絵持ちでしたな(^_^;)
杜瓊さん相手に舞い上がっているのが可愛い…
それにしてもリアル譙周って、当時では三国中一位二位を争う大学者だったんですねえ…
門弟には陳寿をはじめ羅憲や杜軫などビッグネームが。
おまけに実家の譙家は益州土着の大姓で、劉氏でさえ憚るほどの実力者…。意外だ…

>7thさま
激しくワロタ( ゚Д゚)! 魯般神あんた何造ってるんだ!
あー、ていうか先行者ネタ、何かで使おうと思ってたんですねえ(^_^;)
学三世界だとガンダム等の版権モノが使えないので、その代替で。学三世界
の人気アニメシリーズで、先行者乙、先行者乙乙、先行者種、みたいな。
それにしても、7thさまの描かれる三羽ガラス(というか孫乾)は元気が
あっていいなあ…。

>はるらさま
や、今度はリリウム・ルベルムこと劉虞さまと!
お姉さん絡みと言えばそうとも言える関係。
意外に人見知りしないんですねえ、劉虞様。まあ、だからこそ異民族な男子生徒
たちと仲良くできるのか…
もし公孫瓉に一言言える立場であれば、盧植は絶対教え子を叱ってたでしょうね…

492 名前:★教授:2004/06/22(火) 03:33
◆◆復活ショートショート ある日の更衣室◆◆


「でさー…玄徳のヤツ、『頼む! 殺さんといてくれ!』って言うんだよねー。それがあまりにも悲痛だったから思わず情が移っちゃった」
「でも、殺っちゃったんでしょ?」
「当たり前じゃん。この憲和様の『爆弾包囲網』で爆殺してやった。そしたら『もう1回チャンスくれ!』って…何度もしつこいっての」
「ゲームでそこまで熱くなれる人も珍しいですよね」
 簡雍はスカートを下ろしながら隣で着替えをしている伊籍と談笑している。どうやら簡雍と劉備のゲーム対決が話題の中心になっているようだ。
「げーむとは云えど手を抜かないのが礼儀というものでしょう」
「お、いい事言った! その通りだってばー、玄徳に言っちゃれ言っちゃれ」
 伊籍の更に隣で着替えをしている趙雲も話に参加。談笑の熱がまた加熱された。
「………」
 そんな笑い声やおしゃべりが絶えない更衣室に一人ぽつんと椅子に座って姦しい3人の美女を物憂げに見つめている女子がいた。
「………(大きいよ、3人とも大きいよ…)」
 その恨めしそうな瞳の先には自分にない大きなもの。法正は心の中でため息を吐いた。
 自分は大きくない、むしろ小さい、お父さんお母さん、貴方達を恨みます…と、ずっとその事を呪い、気にしていた彼女に取って、今この空間は地獄にも匹敵する。もし、念で人に呪いを掛けられるのならこの3人の胸を小さくしてくれと心底考える辺り随分と心が荒んできてる。
 法正の恨みがましい視線に気付いたのが簡雍。憎悪とも取れる眼差しの奥にあるその羨望と嫉妬の心も勿論読んでいた。物凄くいやらしい笑みを浮かべると、いきなり隣の伊籍の胸を後ろから掴む。その行為に思わず吹き出す法正。
「きゃあ! 憲和さん…わ、私にはそんな趣味は…」
「愛い奴め、何食べたらこんな大きくなる?」
 耳元で息を吹きかけながら嫌がる伊籍を責めたてる簡雍、超危険な女だ。たまらず伊籍が隣の趙雲に助けを求めるが…
「………」
 手製のアトちゃん人形を見ながら遠い世界へ行ってしまっていて伊籍の助けを呼ぶ声は届いていなかった。伊籍の胸を掴んだまま方向転換して法正に向き直る簡雍。
「今年は豊作だぞー…ほれほれ」
「う、羨ましくなんかないわよ! 何さ、牛乳! 大きければいいってもんじゃないわよ!」
 カチンときた法正が食らい付いてきた。簡雍にしてみれば狙い通りであったのだが。 
「わ、私で遊ばないでくださいよ! それに牛乳って私の事!?」
 抵抗及び脱出を試みた伊籍だが、しっかり簡雍の巧みなロックに阻まれて文句の声だけが法正に届く結果に終わった。
「どうせ、私は小さいよ! 肩凝らない分お得だもんね!」
「んー…法正ったら可愛い!」
 伊籍を解放して今度はふてくされる法正に躍り掛かる簡雍。瞬間的に赤ランプが激しく点灯した法正、驚異的な反射神経でそれを回避した。
「待て待てー」
「あーもう! 何でこうなるのよ! あっちいけったら!」
 更衣室内に巻き起こる壮絶な鬼ごっこ。今日は捕まったら一巻の終わりの法正が逃亡者、捕まえたら悪戯三昧の簡雍が鬼…珍しい光景だった――


「更衣室が何が何やら騒がしいな」
「いつものアレでしょ。放っておこう」
 黄忠と厳顔がどったんばったん騒がしい更衣室を横目に通り過ぎる。大人の反応なのか関わり合いになりたくなかっただけなのかは分からないが…。
 20歳の現役高校生の二人、体育の授業なのだろう…体操服姿ではあるが…。
 飽きたのか更衣室から出てきた簡雍。二人の姿を見るなり正直な言葉が飛び出す――

「うわ、きっつ!」
「「何だとコラ!」」

今度は簡雍が二人に追い掛け回される。今日も平和だ――


「よいしょ…」
 簡雍、黄忠、厳顔がいなくなった廊下に法正と伊籍を担いで歩く趙雲の姿があった。
 法正と伊籍が何をされたのかは不明。当人達も語らないし誰も触れない――

              言迷を残して糸冬言舌

493 名前:那御:2004/06/23(水) 00:18
復活SS乙!そしていきなり超絶クラスのを投下してきましたな。
いよいよ簡雍はセクハラオヤジ化w。相変わらず法正は気にしてますねー。
良くも悪くも以心伝心の簡雍と法正、そして姐さんコンビの体操服・・・

短い中にも、読み応え(萌えとも言う)たっぷりでした。。

494 名前:★ぐっこ@管理人:2004/06/24(木) 00:09
やや、教授さま、ご帰還の手土産ゴチであります!
うーん、帰宅部位置頭がキレてひねくれ者な法正たんも、身体のことについては
コンプレックスが激しいようで(;´Д`)ハァハァ
逆に伊籍たんのぎゅーにゅー体型もまた、法正をからかうダシに使われて哀れ(^_^;)

ちうか、二十歳の大台コンビの体操服&ブルーマ姿(;´Д`)ハァハァ…

495 名前:takahisa:2004/08/12(木) 18:11
皆様、始めまして&お久しぶりです。
覚えている方は少し(ていうか、いない)と思いますが、私、昔「takayuki」と言う名前で何度か書き込みさせてもらいました。

結論から言うと、「takayuki=takahisa」ってことです。あと、別の名前で書き込んでいたこともあるような気が…。
えっと、まあその、一応、「しょーとれんじすと〜り〜2『曹操の涙』」の著者です。

手ぶらで復活ってのもアレですんで、『曹操の涙-りめいくばーじょん-』でも…。
今見ると2年前の文章は幼稚臭いなーとも思ったりしてかなり恥ずなぁと思ったんですが、
今書き直してもどうせ意味のわからん文章になっちまうんだろうなぁ…。
まあ、リハビリみたいなモノ(なんせ2年間来てないものでして…)なんで、「設定とは違うぞ( ゚Д゚)ゴルァ!takahisaしっかりしる」という点があればハリセンで突っ込んであげてください。

…というわけで、皆様以後宜しくお願いします。

しかしまぁ、『曹操の涙』ってかなりヤバい作品ですな。
何ですかあの郭嘉!もうtakahisa逝ってヨス!みたいな。
あんなの郭嘉じゃねぇ…(涙

なんか独り言だけでだいぶ使ってしまったな…。
とにかく、「曹操の涙-りめいくばーじょん-」スタートです!

 ― 曹操の涙 前編 ―

官渡公園にて袁紹を倒し、今やこの学園都市の北方をほぼ制圧した、連合生徒会会長、曹操孟徳。
彼女は今、冀州学院校区にある連合生徒会会議室にいた…。

生徒会室にカツ、カツと靴の音が鳴り響く。その音の主は、「連合生徒会 会議室」と書かれているドアの前で止まった。
「…ここだな…」
レーシングスーツをまとい、フルフェイスメットを2つ抱えた夏侯淵が呟いた。
ノックもせず、「孟徳…いるか?」と部屋に入って行く。予想通り、会議室の一番奥のソファーに、曹操が座っていた。どうやら寝ているようである。
起き上がった曹操は、「んぁ…もしかして、寝てた?」と夏侯淵に問う。
「ああ、爆睡してた…。それより、大丈夫なのか?」と夏侯淵は問い返した。
「大丈夫って…何が?……………っ!!!!!」どうやら気がついたらしい。
「あああああーーーーーっっっっっ!!!!!」…急に叫びだす曹操。
それを見て、夏侯淵はフルフェイスメットを1つ、曹操に投げた。「まだ間に合うだろ?出発は…9時だったな」こくりと頷き、曹操は走り出した。夏侯淵もそれを追う。
すべるように非常階段を降り、止めてあった夏侯淵の愛機・CB400Fに跨る。
「…さて、行くか。司隷までの道はピンクパンサーズに確保してもらってる」キーをひねりながら、夏侯淵が言った。
「さすが妙才!頼りになるわね…」曹操は右手を振り上げる。「目標は司隷!出発進行〜!」その右手を振り下ろしながら、曹操が叫んだ。
フルフェイスヘルメットを着けながら、夏侯淵が答えた。「了解!飛ばすからな!…振り落とされるなよ!」
力強くアクセルを踏む。もの凄い轟音を残し、バイクは走り出した。

司隷へと続く道。両端にはピンクパンサーズが警護している。その中を夏侯淵と曹操は駆けていく。
「絶対に…郭嘉に、絶対会わないと…」
郭嘉奉孝。
思えば曹操はかなりこの人に世話になっていた。
部費が足りない時、競馬で75万を儲けたてくれたこともあった。
―もっともその時、こっぴどく陳羣に怒られたりもしたのだが―。
そして、北伐。
軍師として獅子奮迅の活躍、そして烏丸の残党の降伏の時間をピタリと当てた。が…。
…それ以後、連合生徒会室で彼の姿を見ることは、一度しかなかった。

その病名は、ALS―筋萎縮性側索硬化症。
脳からの信号が筋肉から伝わりにくくなる病気である。
病状が進むと呼吸が浅く、困難になったり、何もないところでよく転ぶようになる。病状が進むと、寝たきりにもなる病気である。
校医の華陀曰く、「入学当初は卒業まで持つはずだったのに…」らしいが…。

―今となっては、それはどうでもよいこと。

…ふと、曹操の頭に郭嘉の台詞が浮かんだ。
「このあとは荊州、長湖だな。まあ、まかせとけって。最近自信が出てきてさ、あっと驚く戦略戦術が次から次に沸いてきてんだからな。これからは会長にもラクさせてやれるよ」

…ずっと郭嘉との思い出を思い浮かべていた曹操を現実世界に引き戻したのは、夏侯淵の声だった。
「…孟徳!近道だ、揺れるからしっかり捕まっとけよ!」
「へ!?」曹操が答える前に、夏侯淵はハンドルを右に切った。森の中へ入っていく。
「ちょっ…ここ、大丈夫なの!?」夏侯淵に捕まりながら、曹操が言う。
夏侯淵はちょっと間を置き、「司隷への近道って、曹仁が言ってたが…」と後ろを振り向く。

深くて暗い森を突き進むバイク。
数分後、「おし、森を出るぞ!」と夏侯淵が叫んだ。それと同時にバイクは森を抜け…宙を舞った…。絶叫する曹操。

「妙才!な、なんで飛んでるのーーーーーッ!?」

496 名前:takahisa:2004/08/12(木) 18:12
 ― 曹操の涙 中編 ―

「待ったーーーーーッ!」曹操が叫ぶ。郭嘉と郭嘉の両親が辺りを見回す。やがて、空を見上げると…。

ズッドーン! …ギリギリセーフ!

郭嘉の両親は驚きで顔面蒼白になっているが、郭嘉はいたって普通の様子であった。
この学園では何が起きてもおかしくないと、身をもって学んでいるからだろうか。

…バイクを降りると曹操は一直線で郭嘉の元へ走った。「会長…見送りか?」と、いつものように郭嘉は言う。
「そう…見送りよ…うっ…」いつの間にか、曹操の目には涙が浮かんでいた。反応に困る郭嘉。
少し離れたところで見守る夏侯淵。いつのまにか曹仁を先頭にピンクパンサーズも到着していた。
「それよりも…」郭嘉の一言に曹操が顔を上げた。「『これからは会長にもラクさせてやれるよ』…って言ったけど、嘘になっちまったな…。許してくれ」と頭を下げた。
「いや…もういいよ…今はゆっくり休んで…また、私と一緒に…」曹操の一言に、郭嘉は首を縦に振った。
「当たり前だ。またもう一度、会長のために働くよ。ちゃんと待っててくれよ?」二度三度と曹操は首を振る。
郭嘉の両親が、郭嘉の耳元で何かを呟く。「わかった」と郭嘉は答える。
「すまん、会長。もう行かないと…」すまなさそうに郭嘉が言う。曹操は右手をポケットに突っ込み、何か探しているようだ。
「あ、あった…。郭嘉、これ!」曹操が差し出した右手には、古いお守りがあった。曹操がいつもポケットに忍ばせていたお守りである。
曹操がどんな危機に陥っても、このお守りを握っていればどうにかなったという、結構有名なお守りである。
「大切な物だろ?預かってていいのか?」郭嘉が問う。「大切だから預けるの…。ちゃんと…返しに来てね…」
まだ半泣きの曹操の発言を聞いて、郭嘉は笑い出した。「ハハハ、嬉しいな!それだけ私は信頼されてるんだな!…何があっても返しに来るからさ、ちゃんと待ってろよ?」
そう言いながら郭嘉はお守りを曹操から受け取り、握り締めた。
「そんじゃ…会長の武運を祈ってるぜ」といいながら、車に乗り込む。
車の窓を開け、曹操に向かって手を振る。
「んじゃ、会長…元気でな!また帰ってくるからさ!…夏侯淵も曹仁も、見送りありがとな!」夏侯淵と曹仁にも手を振る。
「ああ…。お大事にな。」と夏侯淵。「また来いよ!」と曹仁。
車の窓が閉まり、車が走り出す。
「よーし、みんな!郭嘉を見送るわよ!…ミュージックスタート!」頬の涙を拭い、曹操が言った。
とたんに、司隷特別校区中に生徒会の突撃行軍歌が流れ出す。曹仁の指揮でピンクパンサーズのバイク部隊が郭嘉の乗る車を囲む。
そしてだんだんと野次馬が集まり、辺りは「英雄の出陣」という感じになってきていた。

「♪誇り高き学園の為に 命を賭けて敵を討て
 ♪胸に黄金の勲章をつけた勇者を 皆で称えよ我等が連合生徒会…」

「ヒュー、突撃行軍歌で見送りか…まるで英雄気分だな…」
外を見ながら郭嘉は呟いた。その右手には曹操から贈られたお守りが握られている。
空は素晴らしい蒼に染まっていた…。

497 名前:takahisa:2004/08/12(木) 18:14
 ― 曹操の涙 後編 ―

夏休みが終わって、曹操が郭嘉を見送って、2ヵ月後。
曹操は赤壁の決戦に敗北、失意のうちに連合生徒会室にいた。
「郭嘉がいれば…ね…」
郭嘉がいれば、どうなっていただろうか。
赤壁での敗戦はなかったかもしれない。もしかすると、孫権・劉備を倒し、学園のほとんどを手中に収めていたかもしれない。
椅子から立ち上がり、夕焼けの見える窓際へと行く。
誰もいない部屋。コツ、コツと足音だけが聞こえる。しばらく曹操は夕日を眺めていた…。

バタバタバタッ!誰かが走っている。「も、孟徳ッ!大変だッ!」と、雪崩のように夏侯淵が部屋に入ってきた。
「何?何処かから攻められたの?」窓の外を見ながら、曹操が言う。
「違う!それ以上に大変だ…。郭嘉が…ッ、死んだ…」
曹操は後ろを振り向き、一言「えっ…」と叫ぶと、その場に崩れ落ちた。「孟徳!?」と夏侯淵が駆け寄る。
「大丈夫…。嗚呼、哀れや郭嘉、痛ましや郭嘉、口惜しや郭嘉…。ありがとう、郭嘉…。私、あなたのことは、絶対に忘れないから…」
「…それから孟徳、これを…」と夏侯淵が取り出したのは、真っ白な封筒。「曹操会長」と宛名が書かれている。

「会長、すまないがもうヤバいらしい。主治医は大丈夫って言ってるが、自分の体は自分が一番わかってる。
 まあ、悔やんでも仕方ないんだが…それより、二度も裏切ってしまって、申し訳ない。
 これからは天から会長を見てるから。会長は学園の統一目指して頑張ってくれ」

そして、その封筒には、曹操が渡したお守りも入っていた。

「追記…。そのお守りのおかげかわからんが、予想以上に生きれた気がする。…ありがとう」

…曹操はただ泣くしかなかった。夏侯淵は何も言わず、無言で部屋を後にした…。

    ― 終わり ―

…っていうか、郭嘉って殺してもいいですよね…?

それから後半は眠くて疲れてかなり手抜き。誰か書き直して下さい_| ̄|○

ちなみに今回、『曹操の涙』をリメイクしようと思った(ていうか、再び「学園三国志」に参加しようと思った)のは、雪月華様の「烏丸反省会、懊悩」の最後に、
>このあとほどなくしてtakayuki様の「曹操の涙」にシフトします
というのを発見、「こんな素晴らしいお話の後に俺のクソッタレな、そして設定無視なお話を見せてしまっては読んでいる方もそうだが雪月華様にも失礼だッ!」という気持ちからです。どうでもいい話ですが…。
ちなみに現在は帰宅部連合オールスターズvs曹操軍団オールスターズの野球のお話を執筆してます。
「西方の守護神」郭淮、ついに復活…!?の予定。昜が!陳泰が!姜維が!夏侯覇が!グランドを所狭しとかけまわる!…予定。
ていうかあんまり三国志に詳しくない(ちょっと読んだ程度)の知識では架空の話しか書けないんですねぇ…。

それから、もひとつ予告を。
「学園三国志ゲーム化計画」がtakahisaの脳内で進行中です。確か昔、誰か(=takahisa)が宣言してからあんまり進行してなかった気が…。
ひとまず導入部分だけ作って公開しますんで、お楽しみに…。

498 名前:★ぐっこ@管理人:2004/08/13(金) 02:41
。・゚・(ノД`)・゚・

お久しぶりです、takayukiさま改めtakahisaさま。
曹操の涙リメイクバージョン、確かにお預かりしました…

あー、なんか今やってるゲームが結構こういうシーンとかある
ものだから、余計に胸にくるなあ…。勝手にBGMが…。
ええ、郭嘉は残念ながら、本当に死んでしまう役回りです。
急激に進行が早まったALSで、一日ごとに身体のどこかが動かなくなってゆく
状態でありながら、誰にもそれと悟られることなく、立っていられる最後の
日まで、曹操の側にいるわけで。

演義の構想だと、セクションごとのオムニバスになるので、官渡以降のあたり
は、実は郭嘉視点になる予定なんですねえ…(^_^;)
彼女の死に際しての態度とかは、これとはちょっと違ってくるのですが、もちろん
「曹操の涙」の郭嘉もまた、学園三國志版郭嘉の一つ…。

それにしても新企画をイロイロひっさげてらっしゃる(゚∀゚)!
期待しておりますよ〜!

499 名前:takahisa:2004/08/13(金) 02:57
お久しぶりですぐっこ様。
ひとまず2年分の遅れを取り戻すため怒涛の勢いでSS投下&ゲーム製作をするつもりなんで、まあよろしくお願いします。

ゲーム化なんですが、まずは素材集めからやってます。
何故かRPGツクールというソフトには中世っぽい素材しかないので現代風の素材を集めないといけないんですな…。
オマケにゲームの方向性なども決めないといけないわけでして、できればこの掲示板にゲーム化の本部スレでも立ててもよろしいでしょうか?

ひとまずオープニングだけでも、今月のうちに…。

それでは、ひとまずSS書いてきます…w

500 名前:国重高暁:2004/08/31(火) 17:15
 ■■ レリーフ ■■

(やはりあの時、素直に階級章を返上すればよかったか……)
 于禁は、深く後悔していた。

 思えば、今を去ること二ヶ月前。
 彼女は、樊棟を守る曹仁の援護に赴いた。しかし、その正門前に罠があった。
どこからか流れてきた油に足をとられ、同行したホウ徳とともにスリップ。巨大な大阪城の置物に頭から激突し、目を回したところを、帰宅部連合の将軍・関羽に捕らえられたのである。
敵陣内へ引き出され、ホウ徳はその場で階級章を返上。しかし、于禁はこれを選択しなかった。
「今回は思わぬ計略のために敗れたのだ。ここで終わるわけにはいかぬ!」
 熱意が通じ、彼女は階級章剥奪をまぬかれた。そして、帰宅部連合から長湖部を経、このたび生徒会へ戻ってきたのである。
 ところが、生徒会は既に「生徒会」ではなかった。姉の後を継いで会長となった曹丕が、「献サマ」こと劉協に蒼天会長を禅譲させ、生徒会を発展的解消させたのである。
 于禁は、それから冷遇されていた。安遠将軍に任命されたものの、どうにも遠征の機会がないのである。
 捕囚されている間、心労ですっかり青みの抜けた髪も、今やますます色彩を失っており、彼女がかつて学園の剣道部協会の総長であった頃の面影には程遠い。
(やはりあの時、素直に階級章を返上すればよかったか……)
 于禁は、深く後悔していた。

「……文則ちゃんね」
「いかにも」
 新・蒼天会長じきじきの呼び出しである。重要任務の依頼に違いない。
「本日は、どのような用件でございましょう?」
「あんた、長湖部へ行ってくれないかしら」
(なるほど、遠征の要請か……)
 于禁は、噂に聞いていた。妹分の関羽・張飛を相次いで失った劉備が、このたびリベンジの兵を挙げたということを。
 彼女は一礼して、言った。
「わかりました。早速、長湖部へ援軍を送り、私を解放してくれた恩に報いるとしましょう」
「……いや、その前に」
 曹丕の口から意外な言葉が漏れる。
「その前に?」
「ギョウ棟を視察してきてほしいわ」
(遠征の前に自勢力の視察……一体どんな思惑があるのだろう?)
 于禁は、曹丕に彼女の本心を聞いてみた。
「会長、そんなことをする必要はないのでは?」
「必要があるから言ってるんでしょ!」
 拳で机を強く叩くと、曹丕は更に言葉を続ける。
「実はね、ギョウ棟の構内に新しくできたものがあるの」
「剣道場か?」
「違う、孟徳記念館よ」
 前生徒会長(であると同時に曹丕の姉)の曹操は、于禁が捕囚されている間に引退したが、現役のうちから、巨大な記念館を造らせていたのである。
「ほーお、ついにそんなものができたのか……これは視察する価値があるな」
「でしょ、でしょ? だから、長湖部より先にそっちへ行ってほしいってわけ」
 于禁はぽんと手を打って、言った。
「わかりました。私、これより、ギョウ棟を視察してまいります」
 出発しようとする彼女に、曹丕は最後の楔を打ち込む。
「たれが今すぐ行けと言った? 行ってほしいのは明日よ、明日」
「そうですか……では、明日は日曜日ですから、朝食をとったらすぐに現地へ向かいましょう」
 于禁は一礼して、会長室を去った。

 翌朝。
 于禁がギョウ棟の正門をくぐると、陰から不意に飛び出してきた者がある。
「文則ちゃん、おはよう!」曹丕であった。
「会長、なぜここに?」
「あんた、孟徳記念館は初めてでしょ。だから、あたしが案内してあげるわ」
(な、何とありがた迷惑なことを……)
 于禁の心に一抹の不安が募る。
「何か言った?」
「べ……べ、べ、別に……」
「じゃ、さっさとついてきなさい!」
 于禁は小さくうなずいて、走る曹丕を追った。
 学生玄関を左へ折れ、本校舎と塀との間を抜けると、グランドをはさみ、向こうに巨大な建物。自分が見も知らぬ施設である。
「すいません。今日は部下を案内しに来ましたので……」
 曹丕の二人分無料入館願いは、あっさり認可されるところとなった。

 彼女は于禁を連れ、ずんずん奥へ通っていく。
 順路やフロアに所狭しと並べられた、姉・曹操の遺品。しかし、そんなものはどうでもよかった。
「会長。私は、ゆっくり時間をかけて見物したいのですが……」
「いいから、いいから!」
 広い館内のガイドを、曹丕は一気に進めてしまう。
 そして、最上階に設けられた「魏の君の間」へ到達した時のことであった。
「これは……前会長の等身大人形ですね。間近に見れば見るほど、小柄さがよくわかります」
「失礼なこと言わないの! その上を見なさい、上を」
 指示されるまま、于禁は視線を移す。
「う、浮き彫りのようですが……」
「レリーフと言え、レリーフと! とにかく、それをもっとよく見なさい」
「そ、そうおっしゃいましても……あーっ!」
 レリーフを凝視した次の瞬間、于禁はたちまち血の気を失った。
 何と、彼女が関羽の虜となり、階級章剥奪を恐れてぺこぺこしているさまが彫られていたのである。
 曹丕は、力強くこう言い捨てた。
「文則ちゃん……あんたは、永遠に、この情けない姿を見られる運命にあるのよ。姉さんも言ってたわ、『あんたを知って二年以上になるけど、階級章剥奪を恐れて降伏するとは思わなかった』てね」
 この声を聞くなり、于禁は憤怒の形相で、のっしのっしと曹丕に歩み寄る。
そして、次の瞬間、鳩尾へ肘鉄砲を撃ち込んだ。後は、「魏の君の間」を出て一気に走り去るばかり。
「……文則ちゃん?」
 曹丕がふらふらと立ち上がった時、彼女の周りにはもうたれの姿もなかった。
「あ、あいつ……蒼天会長に何ということを……」
 曹丕は、ただ呆然とするだけであった。

 翌日、蒼天学園事務局に、一枚の退学届が提出された。
 いわゆる「五将」の筆頭として重きをなした于禁は、高等部二年の十二月、転校という形で学園史から姿を消したのである。

        糸冬

501 名前:国重高暁:2004/08/31(火) 17:17
いかがでしたでしょうか。
僕としては約四ヶ月ぶりとなる学三小説、
今回のテーマは「于禁の最期」です。
年表に、彼女の転校は「夏侯淵のリタイアと
同時期」と記されていますが……
正史でも曹操より後に死んでいますので、
これは年表を修正してしかるべきでしょう。

      以上、国重でした。

502 名前:★ぐっこ@管理人:2004/09/05(日) 22:32
( ゚Д゚)!
曹丕たんのサディスティックな面が最も現れているエピソード!
降った于禁も于禁ならば、それを容赦なく辱める曹丕も曹丕と…
この件、誰にとっても後味悪いことになったでしょうね…

でも今回は、于禁が最後の意地を曹丕に返したと言うことで…救いには
ならないけど、ちょっと溜飲下がったカンジ。

503 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:17
こちらでは初書き込みの海月です。
やっとこさSSが仕上がったんで、もってきました。何気に全六話。
しかも詰め込みすぎて一話一話がバカみたいに長いので…全部見せるのにスレッドをいくつ消費するのやら…

というわけで今回は第一話のみを置いていきます。


「風を継ぐ者」
-第一部 鈴音の鎮魂歌-

「ええっ、叔武と義封が…!」
「はい…帰宅部連合の勢いは抑えがたく、早急に援軍を要するとの事です!」
揚州学園の中枢にして、長湖部の総本部がある建業棟に、その報がもたらされたのは孫桓出陣の二日目でのことだった。
その報を受け、まだ幼さの残る長湖部代表・孫権の表情が驚愕に染まる。集まった幹部達にも動揺は隠せない。
孫桓軍団の"三羽烏"こと李異、謝旌、譚雄のリタイア。
そして追い詰められた孫桓とお目付け役の朱然が夷陵棟に押し込められた格好で孤立しているという、最悪の戦況。前線からの報告から察するに、孫桓の類稀な指揮能力を百戦錬磨の朱然がサポートすることによって、辛うじて現状を維持しているという有様である。
そのとき、孫権の右側、廊下側の壁に腕組みしてもたれていた、ロングの黒髪をきちんと整えた眼鏡の少女…いや、年齢的には、女性というべきか…が、これ見よがしに溜め息をつく。
皆の注目を集めたその女性…既に学園から卒業したものの、いまだに長湖部の顧問を気取っているかつての功臣・張昭は孫権をたしなめるように、口を開く。
「言ったとおりでしょ、関羽を処断したことがどういうことを意味するかって」
「うぐっ…でも、でもあっちが悪いんだよ! ボクだけじゃなくて、お姉ちゃん達のことやみんなのことまでバカにするなんて…」
「………………」
その一言に、ロバの耳に見える特徴的な癖っ毛の少女−諸葛瑾は、バツが悪そうに視線を逸らした。先に関羽の元に使いにいって、その「暴言」を直に浴びせられ、せがむ孫権にそれを一言一句過たず伝えた張本人こそ、彼女であったからだ。
「確かにあの態度は頭に来るわね…あたしのことまで、散々馬鹿にしてくれたみたいだし。でも、荊州学区さえ手に入れれば十分にヤツの鼻もあかせるし、送還させたって勢力はこっちのほうが上になるから、仕返ししたくたって手出しできなくなるわよ」
「うう…でも、飛ばしておけば厄介事がひとつ減ると思ったから…」
「ええ、そりゃあひとつは減ったわよ、その意味では正解。その代わり、呂蒙は関羽軍団残党の闇討ちにあって飛ばされるし、今劉備の怒りも買っちゃった意味では、大失敗じゃない。収支はマイナスだわ」
「…うう…だってぇ…」
ほら見なさい、と言わんばかりの口調の張昭に、部長たる孫権は完全にやり込められ、半べそどころかもう完全に泣いている。張昭の言い方もどうか、と思う他の幹部達も、その言葉が正鵠を射ている以上フォローの言葉も出てこない。
一人息巻く張昭と、泣きべそをかいている孫権、いまだ視線を逸らしたままの諸葛瑾、そして現状の居辛さと事の深刻さに何の言葉も出てこない他の幹部達…普段は孫権以下和気藹々と進行していくはずの長湖部幹部会議は、ここ数日はそんな重苦しい空気に支配されていた。その理由は、既に学園を去りながらも、いまだにこうして首を突っ込んでくる"御意見番"張昭の存在だけでないことは、誰の目から見ても明らか…今、長湖部全体が置かれているのは、その存亡の危機だったからだ。
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事の発端は、荊州・益州の二学区を支配下に治めた劉備が、その統合生徒会長(←正史で言えば漢中王)の座に就いた事にあった。
かつては幽州近辺の非公認報道組織の長として、様々な実力者の庇護を受けながら各地区を流れ歩いていただけの少女が、遂に蒼天学園を三分する大勢力の一角を担うまでになったのだ。
早くから蒼天会の中枢部にいて、学園を動かす立場にあった曹操にすれば、実に面白くない話である。かつては自分の庇護の元に居たクセに、妙な野望をもって自分に歯向かい続けた挙句、自分と対等の勢力と権力を得る…曹操の性格を考えれば、黙って見ている筈がない。
だが、敵は劉備率いる帰宅部連合だけではない。それと手を結び、赤壁島で曹操の学園制覇の野望を頓挫させたもうひとつの勢力の存在が、劉備との全面戦争を躊躇わせていた。その存在こそ、今や孫姉妹の三女である孫権に受け継がれた長湖部である。
曹操はまず、長湖部を唆して帰宅部連合に当たらせることを考えた。
長湖部にしても、勢力拡大の為に荊州学区の領有、ひいては、益州学区までを制圧する遠大な戦略構想を抱いていた。だが、後に言う「赤壁島の戦い」のどさくさに紛れて荊州学区を抑えた帰宅部連合の為に、その戦略も大きな見直しを余儀なくされた。
曹操の蒼天会に対抗するために、劉備と結んだことが今や大きな癌となって、長湖部幹部を悩ませていたのだ。
曹操の申し出に議論百出する長湖部にあって、その重鎮の一人・諸葛瑾が一策を案じる。すなわち、劉備の名代として、荊州学区の生徒会長代行の座に収まっている関羽に個人的な友誼関係を持ちかけ、荊州学区併呑の布石にし、蒼天会に対抗する力をつけてからその申し出を受けるというものだった。
もし関羽がこれを突っぱねたら、それを口実に帰宅部連合との同盟を破棄し、このとき荊州を伺うために出張ってきていた曹仁をぶつけ、その隙に荊州を狙う…という二段構えの策だ。
その案が通り、言い出しっぺの諸葛瑾は関羽の元へと赴くが、関羽はそれ突っぱねるどころか長湖部を挑発するかのような暴言を吐く有様だった。口を渋る諸葛瑾からその口上を聴きだした孫権は、普段の彼女からはとても想像出来ないくらい激怒し、完全に頭に血が上った孫権の剣幕に押される形で、諸葛瑾が示した第二の策は決行された。
果たして曹仁と関羽の激戦が繰り広げられ、戦線は関羽軍有利の状況で進んでいた。蒼天会が送り込んできた大援軍も、関羽の水攻めによって壊滅、総大将の于禁は関羽の虜囚となり、名将(ホウ)徳を筆頭に多くの将が処断された。
それで勢いに乗ったことが仇となり、荊州学区は完全に手薄の状況となる。その一因には、荊州学区との境目に当たる陸口棟の責任者が、名将で名高い呂蒙から、その呂蒙の策謀で、当時学園全体ではまったくの無名だった陸遜にかわったこともあった。呂蒙はこの機を逃さず、荊州学区諸棟の責任者の調略にかかる。
関羽の勘気を被って後方支援を任されていた傅士仁、糜芳を筆頭に、長湖部の威容を恐れた各棟の責任者は先を争って帰順し、関羽の退路を断つことに成功する。
さらに曹仁の援軍として現れた徐晃の活躍もあり、関羽は荊州学区の外れにある、廃棄寸前の麦棟へ敗走した。そして長湖の大軍勢に包囲された関羽は、脱出に失敗してとらわれ、件の暴言に対する怒りの覚めやらぬ孫権の独断で、その部下もろとも処断されてしまったのだ。
その後、この復讐の機を劉備と共に伺っていたその義妹・張飛が、自身の不始末によって引退を余儀なくされたことで焦りを覚えた劉備は、学園生活最後のこの時期に、長湖部への復讐を遂げるための大号令をかけたのである。
関羽・張飛縁故の者達と、連合の荊州学区系構成員の意気は凄まじく、それを迎撃するために孫権の妹分の一人・孫桓が勇んで出陣していったのだが…その顛末は、冒頭のとおりである。
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「まぁ、過ぎたことを今更言っても仕方ないわ。向こうが烏合の衆でないことが解った以上、こちらも戦い慣れた古参の手練で対抗すれば良いだけの話でしょ」
「で…でも、ほとんどの人たちはもう、引退しちゃったんだよ?」
大学生にもなってこんなトコに顔出してるあなたを除いては、なんて言葉が喉まで出かかっていたが、孫権はぎりぎりのところでその言葉を飲み込んでいた。多少感情を乱していても、張昭を徒に刺激することの愚は承知していた。
後ろに控えた谷利から手渡されたハンカチで涙を拭うと、孫権はすがるような目で張昭を見つめた。
これまで部を支えてきた周瑜や魯粛、そして先に不慮の事故でリタイアした呂蒙といったメンバーが居ない以上、今この場にいるメンバーで一番頼りになるのは張昭しかいないこともまた、孫権は理解していた。
流石の張昭も、頼りにされるのは悪くないと見え、柄にもなくちょっと照れ臭そうに視線を逸らす。この甘え上手なところも、孫権の長所であり武器である。
「ん…まぁ、そうだけどさ。幸いにも韓当はまだ残っててくれてるし、周泰や凌統、徐盛だっているじゃないの。連中を駆り出して、当たらせるのが最善手ね。山越高や対蒼天会の護りは呂岱や賀斉で十分だし」
そこまで話し、急に普段どおりの真面目な顔に戻る。
「ただ、総指揮を任せるとなると適任は…」
「それだったら、俺様が引き受けるぜ」
そのとき、不意に会議室の扉が開け放たれ、全員の視線がそちらへ集まる。"御意見番"の完全な一人舞台状態に割って入ったのは、先に引退を表明したばかりの甘寧だった。

504 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:18
「甘寧…? 貴女、どうして此処に…?」
卒業生だから、という理由もあったが、呂蒙が不慮の事故で引退を余儀なくされた頃から、彼女も著しく体調を崩していた。
その理由については明らかではなかったが(その原因を聞いていたとしても、おそらく彼女のことだからそんなものをいちいち覚えてはいないだろう)、そのために風邪をこじらせていたのは事実である。
万全の状態なら誰も文句はつけないだろうが、今の甘寧はお世辞にも本調子とは言いがたい。
現に、甘寧はほんの数時間前まで病院のベッドの上にいたはずなのだ。顔は蒼白で、ほとんど気合だけで立っているふうに見え、今までの彼女を知るものから見れば、その姿にかつてのような覇気は感じ取れないだろう。だが…。
「公式にはまだ、俺の蒼天章も、階級章も返上されてないからな…それなら、問題ねぇハズだよな?」
「確かにそうだし、そりゃあ貴女が往ってくれるなら心強いけど…でもあんた、風邪こじらせて入院してたはずでしょう? そんな身体で…」
「引退直後に古巣がなくなりました、じゃ、寝覚めが悪すぎらぁ。理由(ワケ)なんざ、知ったこっちゃねぇが、これ以上、あんな山猿共にキャンキャン騒がれるのも…ムカつくんでな」
息は荒く、言葉も途切れ途切れだったが、そう言い切った甘寧の眼は未だ死んでいない。合肥で蒼天会の本陣に数名で奇襲をかける、と言い出したときの、そのままの眼光を保っていた。
そんな眼をしている以上、例え「駄目」と言ってベッドに無理やり寝かせつけようとしても、彼女は這ってでも独りで戦線へ突っ込んでいくだろう。その気迫に呑まれ、流石の張昭にも反対すべき言葉が出てこない。一息ついて、孫権の方を見る。
「…と、彼女は言っているようですけど…どうする部長?」
孫権も迷ったが、他に頼れる者も思い当たらない。悲痛な面持ちのまま甘寧を見つめ、断を下す。
「……………解った。興覇さん、お願い」
「へっ、そうこなくっちゃ…な」

「どうして、どうしてアンタがここにいるのよ、興覇ッ!?」
「なんでぇ、公績…俺様が、ここにいるのが、まぁだ気に喰わねぇのか…?」
その姿を認めるなり、手前にいた黒髪をショートにした少女…凌統は、思わず大声をあげた。
凌統以下、救援軍の編成に当たっていた諸将にとっても、彼女がそこにいることが信じられなかった。ましてや凌統は、先刻病室で甘寧を見舞っているのだ。
かつて姉を飛ばされたことで甘寧を激しく憎悪していた凌統だったが、先の合肥戦のさなか、楽進・曹休のタッグからの攻撃から身を呈して救った挙句、孫権を護って逃げるための殿軍(しんがり)まで買って出てくれた甘寧の行為に、その憎悪は彼女に対する尊敬へと変わっていた。
一方の甘寧にしてみても、相手が恨んでいない以上こちらからも恨む理由はない、ということで、ふたりはこれまでとはうって変わって、良き戦友と呼べる仲になっていた。
「そんなんじゃないわよ! アンタ絶対の安静だって、医者に言われてるんでしょ!? そんな身体で…」
「公績先輩の言う通りですよ!」
凌統の隣りに居た丁奉も声を挙げる。ポニーテールにまとめた、生来のものである狐色の髪が特徴的なこの少女は、中等部入学直後の夏休みに孫権直々のスカウトを受けた逸材である。並み居るの先輩部員を差し置いて、将として認められていることからも、その実力は明らかだろう。
彼女は現在潘璋の副将という立場にあったが、かつては甘寧の部下に配され、こき使われながらも一方で非常に可愛がられ、今では一番の妹分と言っても過言ではない。言うまでもなく、彼女の甘寧に対する尊敬の情も、ひとしおだ。
「ここで無理をしたら、大変なことになりますよ! ここはあたし達が…」
「やかましいッ!」
甘寧の大喝に、気圧されて黙り込むふたり。
蒼白の顔に、脂汗まで滲ませているその容貌にかつての精彩はない。だからこそなのか、その貌(かお)には鬼気迫る何かがあった。その勢いに、まだ中学二年生の丁奉は半泣き状態になり、気丈な凌統も言葉を失った。他の一般部員の中には、腰を抜かしてへたり込んでしまったものもいた。
「俺は…俺も、失いたくないんだ…! はみ出し者だった俺を"仲間"として扱ってくれた長湖部を…」
「…興覇」
「興覇先輩…」
甘寧の表情は、悲痛で、真剣だった。その心底を洗い浚い吐き出すような言葉は、少女達の心を打った。
「俺は、こういうカタチでしか、恩義を返せない、人間だから…だから、最期まで戦わせてくれ…頼むッ!」
そのとき、甘寧の身体がよろめく。しかし、その身体はすぐに背後から現れた人物に支えられる。
艶のある黒髪をショートに切り揃えた、整った顔立ちの少女。その少女は甘寧同様に卒業を控えた、初期長湖部からの功臣・韓当だった。
「義公…さん」
「いろんな意味であなたのその性格は、死んでも治りそうにないわね。居残り組最古参の私を差し置いて総大将に名乗りをあげたことの文句のひとつでも言ってやろうかと思ってたけどね…」
私だって有終の美を飾りたかったのに、とか言わんばかりの口調だが、これも悲痛な空気を少しでも紛らわそうとする韓当流の言い回しである。そろそろ付き合いも長い甘寧達にも、それはよく解っていた。
ふぅ、とひと息ついて、韓当は続ける。
「まぁ、部長の命令も出たことだし、今のを聞かされた以上、もう何も言わないわ。その代わり、承淵を副将に連れときなさい。文珪や上層部(うえ)には、私が話しとくから」
「すんません…恩にきります」
苦笑を浮かべる韓当に、何時もより弱々しくも、苦笑で返す甘寧。
「あなた達もいいわね?」
「そう仰られるなら…異存はありません」
「…任せてください! 全力でお守りします、先輩!」
「へっ、こいつ…ナマ言いやがって…」
もはやふたりにも反対の言葉は出てこなかった。苦笑して返す凌統と、涙を拭って極力笑顔で返す丁奉を軽く小突く甘寧を見て、韓当は「よろしい」と軽く呟いた。
それから数刻のうちに、編成を終えた総勢500名弱の夷陵棟救援軍は甘寧を総大将に、先手を潘璋、左右に周泰と韓当、後詰めに凌統、そして中軍の副将に丁奉といった錚々たるメンバーとともに建業棟を進発した。

505 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:19
夷陵棟に程近い(オウ)亭広場で、長湖部軍が帰宅部連合軍を迎撃する形で開かれたその戦況は、時間がたつにつれ長湖部にとって芳しくない状況になりつつあった。甘寧の想いとは裏腹に、帰宅部連合の勢いに押された長湖の精鋭たちはじりじりと後退を始めていた。
一説では、潘璋隊に帰宅部の"五虎(タイガー・ファイブ)"の一角として知られる黄忠が単騎で大立ち周りを演じ、自身は最終的に飛ばされてしまうものの、潘璋隊に壊滅的な打撃を与え、逃げる潘璋はその途上、関興に飛ばされた…などという説話もあったほどだ。
無論これは帰宅部寄りの誰かが言い出した俗説に過ぎず、黄忠はこのころ既に引退しており、潘璋が引退したのも夷陵回廊戦の翌年度である。しかしながらそんな俗説が飛び出るくらい、長湖部の孫桓救援軍が手痛い打撃を受けていた、ということなのだろう。
先に旗色悪しと見て、帰参を申し入れた傅士仁、糜芳の二人が、関興によって心ゆくまでぶちのめされた挙げくに処断されてしまったことも手伝い、荊州棟出身者で、関羽を裏切る形で長湖部についた者達は関興の姿を確認するや、その怒りを恐れて我先にと逃げ出す始末であった。
そのことが、長湖部軍全体に恐慌となって伝播し、さらには姉の復讐に燃える関興の働きもあって、先手は潘璋の奮戦空しく壊滅に近い状態となった。命からがら逃げてきた潘璋は、残存隊員をかき集めて既に退却を開始していた。
剛毅で無鉄砲な性格で知られる甘寧も、この状況にあっては流石に焦燥を隠せない。病状は会戦直前に飲んだ頓服薬のお陰で小康状態を保っていたが、今度はこの戦況のために顔色が変わる。
「くそっ…これじゃあ勝負にならねぇじゃねぇかよ!」
先鋒の潘璋隊壊滅の余波を受けて、恐慌は甘寧、凌統、丁奉のいる中軍にまで伝播してきていた。両翼に居た周泰や韓当の隊でも、副将を飛ばされて後退を始めている。勢いに乗った帰宅部期待の新星・関興、同じく張苞の隊が中軍に突っ込んでくるのも時間の問題だった。
「興覇先輩ッ、正面の敵本隊も進軍を開始しましたッ! このままじゃ三方向から挟み撃ちですよッ!?」
丁奉が悲痛な叫び声を挙げ、甘寧も舌打ちする。中軍の部隊も、外側では関興・張苞隊との戦闘が始まっていた。
「ええいッ、 引いて軍を整える! 俺らは後ろの凌統隊に合流し、来る連中を撃退しながら下がるぜ! 俺も戦闘に入る!」
「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ! "覇海"を寄越せ、来るぞッ!」
傍らに居た甘寧子飼いの親衛隊−かつて彼女を首領とした不良集団・銀幡あがりの少女が、ひときわ大きな木刀を甘寧に手渡したのと、正面の布陣が割れたのはほぼ同時だった。崩れた一角から、怒号とともに帰宅部の精鋭たちがなだれ込み…。
「いたぞッ!」
「甘寧を狙え! ヤツさえ飛ばせば軍は崩せるッ!」
「ヤツは半病人だ! 囲めば確実にとれるぞ!」
他には目もくれず、混乱する少女達を尻目に、甘寧をめがけて殺到する。
「興覇先輩!」
「しゃらくせぇ、やれるもんならやって見やがれっ! 承淵、遅れをとるんじゃねぇぞ!」
言うが早いか、銀幡時代からの愛刀・覇海を一閃し、群がってきた数名を吹き飛ばした。いくら病に体を蝕まれていても、やすやすと飛ばされるほど衰えてはいない。まさに鬼神の如き働きで、一時は帰宅部軍を押し返していた。
しかし、そのために彼女は、何時しか敵軍の深みに入り込み、孤立した状態になってしまっていた。
深入りを認識し、血路を開いて後退しようとする甘寧の前に、ひとりの少女が立ちふさがった。青みがかった髪を無造作にショートで切り、春先だと言うのに夏服を着ているその腕には無数の傷があり、頬にもバンドエイドを貼り付けている。
猛禽を思わせる鋭い目つきと言い、その雰囲気からも只者ではない気配を漂わせていた。
「甘興覇先輩とお見受けします…お手合わせ願います!」
「け、上等だッ! 病院送りにする前に名前だけ聞いといてやらぁ。かかって来な!」
「益州学区古武道同好会主将、沙摩柯。参るッ!」
言葉と同時に、沙摩柯と名乗った少女が、一陣の疾風に変わった。3メートルほどの間合いが、一瞬にして0になる。古武道の達人が成せるその驚異的な踏み込みに、甘寧の顔から一瞬にして笑みが消えた。
(! コイツ…っ)
一瞬にして間合いの中に斬り込み放った必殺の掌を、甘寧は恐るべきカンでぎりぎりかわしていた。それと同時に、逆手に構えていた覇海を振り上げる。スウェーでかわした沙摩可が反撃に出ようとした瞬間、即座に手首を返して全体重をかけた返しの一太刀を振り下ろす。
はっとして、沙摩可は即座にバックステップで回避した。仕留めるつもりで放った一撃をかわされた甘寧だったが、間合いを離してにらみ合った相手に対して、再びニヒルな笑みを浮かべて見せた。
「ちっ…右か左にかわしてくれれば、ワキにヒザでもくれてやろうかって思ってたけどよ」
「流石です…合肥での風聞は、本物だったみたいですね。その剣…いえ、格闘術は我流ですね?」
「こちとら、生まれてこのかたキチンとした武道なんてのに手ぇ出したことがないんでね…暴走族(ゾク)仕込みの喧嘩殺法ってヤツだ、よ!」
言うや否や、鳩尾を狙っての独特な前蹴り…俗に「ヤクザキック」と呼ばれる蹴りを放つ。踏み込むと同時に、左拳と木刀の歪なワンツーが沙摩柯を襲う。
木刀をいなすことは出来ても、拳は辛うじてガードする。一撃の重さで彼女の全身に衝撃が走った。攻撃の隙を見出して反撃しようにも、衝撃に痺れた腕が上手く反応してくれない。
(くっ…一見出鱈目に見えて、思った以上に無駄がない…単純に喧嘩慣れしてるだけで、ここまで出来ると言うの…!?)
休むことない連続攻撃に、沙摩柯は防戦一方だった。しかも木刀だけでなく、単純な拳打の重さもハンパではない。ガードの上からでも、ダメージは蓄積されていく。
「そら、足元がお留守だぜッ!」
「あっ…!」
拳打を受けるのに精一杯で、足元から注意をそらしてしまったのが仇となった。強烈な左のローキックを軸足に受け、沙摩柯は大きくバランスを崩した。そこに、かつて甘寧が凌統の姉・凌操を飛ばしたときに使った、全力のアッパーがよろめく顔めがけて飛んできた。
(くっ…やられる!?)
だが、その必殺の一撃を放とうとした瞬間、これまで小康状態を保っていた高熱が、強烈な眩暈となって甘寧を襲った。
自分の体調について決して無関心でなかった甘寧だったが、この一騎打ちは当人の予想以上にその体力を奪い取り、薬の効き目を打ち消していたのだ。アッパーを放つためにとった体制のまま、甘寧の体が大きくよろめいた。
(ちぃっ…こんな、時にッ!)
「もらった!」
体制の崩れたその一瞬を、沙摩柯は逃さなかった。バランスを失って前のめりになった甘寧の顎を、何とか踏み止まって放った右の掌底が捉える。甘寧の意識が、もぎとられるように吹き飛んだ。
「嘘ッ……興覇先輩ッ!」
ゆっくりと崩れ落ちる甘寧には既に、丁奉の叫びも届かなかった。

506 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:20
倒れ伏した甘寧の姿を見つめ、沙摩柯は何の感慨もなく、呟いた。
「まさか…本調子ではなかった…?」
切れ長の双眸には、長湖部軍の筆頭将を打ち破ったことへの歓喜はない。沙摩柯にも解っていたのだろう、もし甘寧の体調が万全であれば、あのアッパーで自分が飛ばされていたことを。
古武道の達人である彼女の実力であれば、徒手であっても並の剣士など物の数ではない。しかしながら、今打ち倒した相手は、剣術の心得はないものの、合肥で「学園最強剣士」として名高い張遼と互角に戦ったといわれる学園屈指の喧嘩屋なのだ。
何でもありの「喧嘩」ということであれば、その戦闘能力は帰宅部の誇る"五虎"とほぼ同等とまで言う者さえいる。それが誇張だとしても、明らかに今の自分より格上であったことは間違いないことは、現実に手合わせして思い知っていた。
「でも、此処は戦場…悪く思わないでください」
そう割り切った沙摩柯は、気を失った甘寧の階級章にゆっくりと手を伸ばす。その刹那。
「やらせるもんですかぁー!」
怒号と共に、頭上から降って来る一撃を、軽くいなす。
降って来たのは狐色の髪の少女。いなされてもバランスを崩すことなく着地すると、間髪いれずに横凪ぎの一撃を繰り出す。
「ふん…甘いッ!」
その少女−丁奉の一撃を見切った沙摩柯は、右手で難なく木刀を掴み取る。反撃の一撃を加えようとして引き寄せるが、予想外の"軽さ"に違和感を覚える。そこにあったのは木刀だけだったのだ。
「何…!」
気づいたときには、倒れていた甘寧の姿がない。丁奉は自分の木刀の一撃を囮に、甘寧の救出を第一義としたのである。てっきり自分に向かってくるはずだと思っていた沙摩柯は、完全に裏をかかれた格好になった。
加えて、甘寧との戦いで受けたダメージが、反応をわずかに鈍らせていた。
甘寧を背負って既に駆け出していた丁奉は、落ちていた覇海を空いている手で拾い上げ、前方の長湖軍に兵が集中したことで完全に手薄になった、帰宅部本営の方向へと疾走していた。
「興覇先輩は返してもらったよっ! この借りは、絶ッ対返してやるからねッ!」
「味なマネを…くっ…誰か奴等を追え! 逃すな!」
追いかけようとするが、甘寧からもらったローキックが激痛となって、彼女を阻む。駆けつけた来た古武道同好会の部員に追撃の指示を出しながら、沙摩柯は甘寧を連れて逃げ去る少女にも感嘆の意を禁じえなかった。
人一人を背負ってあれだけの速さで走るなどと言うのは尋常なことではない。それを、自分よりも頭一個小柄な少女がやってのけているのだ。
「あの娘、良い資質を持ってる…上手く逃げおおせたなら、手合わせする機会が楽しみだわ…」
自分の指示で数名が追いかけていくのを、足を抑えて座り込んだ沙摩柯はじっと眺めていた。その顔には、大魚を逸した悔しさではなく、期待に満ちた笑みを浮かべていた。

反射的に人手の薄い方へ駆け出してしまったものの、自軍本陣からは反対方向であることは丁奉も理解していた。前方への敵に集中していた連中が自分達に気づけば、本営に控える連中と一斉包囲されて一巻の終わりだ。
彼女は、進行方向を直角に曲げると、南側に広がる林の中へ駆け込む。比較的手薄な、長湖に続く支流周辺まで出れば、そこを辿って本営まで帰ることもできるかもしれない…丁奉はそう考えた。
しかし、沙摩柯子飼いの古武道同好会の部員が迫ってくるのを見て、その考えが甘いことを悟った。彼女等の対処に手間取れば、おそらく本隊も駆けつけてくるに違いない。
たとえ人一人抱えていても、水泳部のホープで、揚州学区から赤壁島までの遠泳を毎日の日課とする丁奉なら、安全な対岸へ泳いでいく事もできるのだが…。
(駄目っ…興覇先輩の体調を考えれば、この季節の渡河は命取りになっちゃう…!)
木々が疎らになり、目指す河岸にたどり着いた。だが、その先どう逃げるかの結論が出ない。河を渡ろうにも、船代わりになるものもない。
(どうしよう…このままじゃ…)
「…承淵、か? 俺は…一体…」
そのとき、気を失っていた甘寧が眼を覚ました。
「興覇先輩! 気がついたんですね!」
丁奉は甘寧をゆっくりと背中からおろすと、適当な樹にもたれさせる。
そのとき、はっとして甘寧の左腕を見た。あの時無我夢中で気づかなかったが、敵将は甘寧の階級章に手をかけていたことを思い出したのだ。
だが、その心配は杞憂に終わる。木々の中を無理に走ってきたせいで上着はボロボロだったが、それでも左側は幸運にも無傷で、彼女の殊勲に比べればあまりに低いのではないかと思える硬貨章も、そこに顕在だった。丁奉は、ほっと胸をなでおろす。
「…へへっ…俺様としたことが、あんな三下に遅れを、取るなんてな…」
「そんな日だってありますよ」
力なく笑う甘寧に、丁奉も精一杯の笑顔で応える。だが、来た道から無数の足音が近づくにつれて、丁奉の顔にも焦りの色が濃くなってくる。意を決したように、彼女は今来た方向へ向き直る。
「此処まで、か…ちょっと待っててくださいね。あんな奴等、すぐに蹴散らして…」
「止めておけ…タイマンならともかく、多勢に無勢ってヤツだ。ましてやお前、丸腰だろ」
「でも、足止めくらいになります…地の利もこっちにあるし…」
「時間が経てば、不利な状況は増える…奴等も、バカじゃない…おっつけ、こっちにも本隊が、来るだろうよ…大将を、ふたりも、飛ばせば、どうなるか…言わなくたって、解るだろ…?」
無鉄砲な性格で、暴れん坊として知られた甘寧を、「勇猛無策」と評するものもいる。だが、幾度となく死線を潜り抜け、学園にその悪名を轟かせた銀幡の首領の座を保ってきたのは、その状況観察能力に裏打ちされたところも大きい。
長期戦略の面においても、初期から周瑜同様、荊州から益州までの侵攻計画を献策したことで知られている。だからこそ、この危難の局面で防衛軍の総大将を任されたのだ。丁奉は今更ながらも、感嘆の息をついた。
「…だから俺様を置いて…お前だけでも、さっさと、泳いで逃げろ。お前一人なら、問題ねぇだろ?」
丁奉の腕をつかんだまま、甘寧が厳しい口調で言う。まるで先ほどまでの自分の思考を読み取られたようで、丁奉ははっとして甘寧の顔を見た。

507 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:20
本来の病状に加え、先ほどのダメージの為に顔色は目に見えて悪く、息も荒い。触れた手からは、明らかに高熱を発していることも理解できた。表情には出さないが、今こうしていることも、甘寧にとっては辛いことなのかもしれない。
「でも…先輩を置いていくなんて…ッ」
「バカヤロウ、此処でお前までっ、飛ばされたら…お前のことを任された、部長に、申し訳たたねぇんだ!」
その一喝に、丁奉は二の句が告げない。泣きそうな表情の丁奉に、甘寧は不意に表情を緩めた。
「俺が…お前のこと、任されたとき…将来長湖部に、とって、必要な人材になるから、大切にしてあげて、って…部長が、言ってたよ。俺なんかの、せいで…そんなヤツを、さっさと、飛ばされるわけに…いかねぇ。ここは、逃げ延びるんだ…部長の、ためにも…俺の、ためにも…」
「でも…」
「俺のことなら、心配ない…奴らも…俺が、病人だと、わかれば…そう悪くは、扱わないだろ…ましてや、既に……飛ばされて、いるので、あれば…っ!」
「え!?」
言うが早いか、甘寧は自らの階級章に手を伸ばし、無造作に引きちぎった。そして、呆気に取られる丁奉の手に、それを握らせる。
「これで、文句は、ねぇだろ…さ、解ったら、さっさと…逃げろ」
「そんな…先輩!」
「…いいから…行けっつってんだよ!」
甘寧は最期の気力を振り絞って立ち上がると、小柄な丁奉の身体を河へと突き飛ばす。大きな水音と共に、丁奉の身体は河へと投げ出された。
不意の一撃で頭から突っ込んでしまった丁奉は、河の流れに一瞬抵抗できずそのまま流される。しかし流石に水泳部のホープとまで言われただけあって、すぐに体制を立て直して顔を出す。そして、突き飛ばされた岸へ戻ろうとする。
「せ…先輩、どうして…」
「この、バカ…戻るんじゃ、ねぇッ! 行けッ! 行くんだッ!」
「興覇…先輩」
「後は、頼んだぜ…コイツは、俺様からの…餞別だ」
岸から甘寧が投げてきたものを、丁奉は反射的に掴み取る。それは、逃げるときに一緒に掴んできた、甘寧の愛刀・覇海。それには何時の間に付けたのか、甘寧の腰につけられていた鈴飾りも括り付けられていた。
「大切に、使ってくれよ…じゃあな、承淵」
「…うぐぅ…っ…先輩…」
まだ春から遠いことを知らせる冷え切った流れに身を任せながら、その冷たさも忘れたように丁奉は何時までも、岸辺に残った甘寧のほうを見ていた。流れ落ちる涙を拭うこともせずに。
そして、意を決したかのように顔だけで小さく会釈すると、覇海を抱いたまま流れに乗って、下流へと泳いでいった。本隊が集結しているであろう、陸口の本営に向けて。
(そうだ…それでいい…絶対、逃げ切るんだぜ…)
それを見て、甘寧は満足げに、普段とは違う穏やかな笑みを浮かべた。その姿が視界から消え、甘寧が樹にもたれたとき、木々の間から帰宅部の追っ手が姿をあらわす。
「ふふ、遅かった、じゃ、ねぇか…」
「長湖部の甘寧先輩とお見受けします」
その言葉を気にした風もなく、その中の小隊長と思しき少女が、問い掛けてきた。
「上意により、階級章を貰い受けに参りました。観念してください」
「だから、遅ぇっての…よく見な、俺はもう、飛んでるんだ…からよ」
「え!?」
そういう甘寧の左腕には、確かにあるべきものが存在していなかった。呆気に取られる少女達。一体どうしたのか、の誰何の声を上げる前に、甘寧はつぶやく。
「理由は、どうあれ…これで、俺も"戦死"扱いの、脱落者だ…囲むだけ無駄、だぜ。だがもし…慈悲が、あるなら…早く搬送して、くれると…助かる……」
「あっ!?」
崩れ落ちた甘寧を反射的に抱きとめてしまった少女は、その事実に驚愕せざるを得なかった。
「すごい熱……ま、まさかこの人、こんな体調で沙摩柯さんをあそこまで追い詰めたって言うの!?」
「なんて人なの…」
その事実に、もう一人の少女が既に安全圏まで逃げおおせたことなど、彼女等には気づけるはずもなかった。眠りに落ちた甘寧の寝顔は…その息づかいこそ苦しげだったものの…満足げに微笑んでいた。


(第二部へ続く)

508 名前:海月 亮:2004/12/17(金) 03:26
と、此処までで第一話終了です。
後の文章量もさほど、変わらんのですが…外見描写とか余計なんだろうか…。

史実どころか演義と比べてもなにやら無理のあるキャストになってます。
甘寧最期のシーン、実は横光三国志のオマージュなんですが…

…てか、承淵ちゃん活躍しすぎ?

509 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:49
第一部 >>503>>507

風を継ぐ者」
-第二章 その涙は誰が為に-

「…そう…興覇のヤツ、最後の最後までカッコつけて…もうっ…」
すっかり落ち込んで、何時もの調子がない丁奉を慰めるかのように、凌統はそんな軽口を叩いた。その眼にも、かすかに涙が滲んでいる。
完全な濡れ鼠になって、陸口にある長湖軍の本営に丁奉がたどり着いたのはすっかり日が落ちてからだった。甘寧と沙摩柯の一騎打ちの決着から既に5時間以上が経過し、何とか敗走する本隊をまとめながら、凌統や韓当たちは此処まで退却して来ていた。
凍りつくような河の流れの中で、半ば意識を失いかけていたところを、ライフセーバーの卵である凌統が見つけてくれなければ、丁奉の身もただでは済まなかっただろう。
意識を失いながらも、丁奉は甘寧の階級章と、覇海をずっと離さなかった。
それから丸一日眠りつづけた彼女は、目を覚まして凌統の姿を認めるや否や、大声をあげて泣き出した。
何度も何度も、甘寧の綽名を呼びながら。
その様子から、凌統も甘寧の身に何が起きたかを悟った。かつては恨み骨髄の相手ではあったが、わだかまりを解いた今は、大切な仲間であり、尊敬できる先輩だ。それを思い、彼女も泣いた。
そして今、ようやく落ち着きを取り戻したところだった。揚州学区のはずれにある学生寮の丁奉の部屋には、凌統の連絡を受けた周泰と潘璋もやってきていた。
「さっき荊州学区の病院から連絡があったんだ、峠を越えたってさ。てことは、帰宅部の奴等もその辺のことは、ちゃんとわきまえててくれたんだな」
「まぁ、キミが無事だったのは、不幸中の幸いだったわね。興覇だけじゃなくて、キミまで飛ばされてたらどうしようかって思ったけど」
普段は寡黙な周泰や、口の悪い潘璋も、そう言って励まそうとする。しかし、そのことが責任感の強い丁奉にとっては、かえって耐えられないことだったに違いない。潘璋が甘寧の綽名を言ったあたりで、丁奉の眼には再び涙が溢れる。
「でも…でもっ…あたしは先輩を護ることが出来なかった…っ」
「……承淵」
居合わせた諸将に、返す言葉もない。
甘寧を護る事が出来なかったと言うなら、中軍を無防備に晒した左翼の周泰、先鋒軍の潘璋、そしてその危機を救うことを出来なかった後詰めの凌統にも共通した無念の感情である。
だが危地から上手く逃げおおせたとはいえ、最後の最後で結果的に甘寧を見捨てる形になった丁奉の心痛とは比べるべくもない。
赤壁後の南軍攻略戦以後、ずっと副将として付き従い、妹分として可愛がられた彼女を知る諸将にも、その気持ちは痛いほど伝わってきていた。
「そうね、確かにあなたは、副将としての役目を完遂できなかった」
「!」
沈黙を切り裂いたのは、部屋に入ってきた韓当だった。
総大将・甘寧リタイアの報を受け、最高学年生として臨時に軍の総指揮に当たっていた彼女も、丁奉回復の報告を受け駆けつけてきたのだ。
彼女自身も乱戦の中無数の傷を受け、手足や額に巻いた包帯にはわずかに血が滲んでいる。
「私の副将はね、私を護るため身代わりになって張苞に飛ばされたわ。もうすぐ卒業する私をかばって、これからも長湖部の一員として働かなきゃいけないあの娘が」
そう言って丁奉を見つめる韓当の表情は、一見普段と変わらない様に見えた。
しかし、その瞳はどこまでも深い哀惜を湛えている。
「あの娘は確かに副将の役目を果たしたわ…でも、あたら若い才能を潰してしまった私の気持ちはどうなるのよ…あの娘を目の前で飛ばされてしまった、私の気持ちは!」
「…先輩」
長湖部設立から部を支えつづけてきた、その少女の双眸からは何時しかとめどなく涙が零れていた。流れる涙を拭おうともせず、韓当はなおも続ける。
「あなたも興覇も幸せ者よ…あなたは彼女の意思を、継ぐことが出来た。何時までもめそめそしてるヒマがあるなら、これから何をなすべきか、それを考えなさい…彼女のことを思うなら、尚更のことよ…!」
「…………はい」
何時しか、居合わせた全員の目から、涙が流れ落ちていた。
だが、最初に泣き出した少女の表情に明るさが戻ったのを見ると、韓当も満足そうに頷いた。
その一方で、彼女の心の片隅で、これからの展望への不安は依然渦巻いていた。
(でも…興覇やあたし達総出でも支えきれなかったあの勢いを止めるなんて…せめて、せめて公瑾や子明…あるいは、それに匹敵する将帥がいてくれれば…)
敗戦に沈む少女の涙は晴れても、長湖部にかかる暗雲は、未だ晴れ間を見せる事はなかった…。

510 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:50
(や〜れやれ…まさか、興覇までやられちゃうなんてねぇ…)
この日…甘寧脱落の報を受け、さらに沈み込んだ長湖部本営の会議室を一番最初に出てきたのは、ボリュームのある色素の薄い髪を、無造作に二つ括りにした少女だった。
どこか人を食ったような細いタレ眼が特徴的なその少女の名は(カン)沢、綽名を徳潤という。
苦学生であったが、記憶力に優れた明晰な頭脳と、かつて赤壁島戦役において曹操に黄蓋の偽降を信じ込ませたといわれるほどの能弁を認められ、長湖部の重鎮に登りつめた一人である。
実家が寺であったことから仏教関係の事跡に特に詳しく、のちに揚州学区の外れにある古寺を改修した際、一言一句過たずに書き上げられた経典を奉納したことで知られることとなる…それは、さておき。
(カン)沢の明晰な頭脳は、先ほどの会議のあらましを正確にリピードしていた。
喧喧囂囂と意見のまとまらない幹部達。中には、先に協力関係を結んだ蒼天会に援助を求めるべき、などという意見を吐くものもいる。
(どいつもこいつも、わかってねぇよなぁ…表面上は友好関係にあるたぁはいえ、曹丕のやることなんざ信用できねぇだろ…そんなことを申し入れれば、どんな無理難題を吹っかけてくることか…でももし、このまま何もせずにいて、義公先輩達まで崩される事になれば…)
「…ぱい、徳潤先輩!」
考えながら歩く(カン)沢は、はっとして自分を呼ぶ少女に振り向いた。
光のあたり具合では緑がかって見える髪をショートボブに切り揃えた、利発そうな少女だ。制服の着こなしからも、その真面目な性格が読み取れる。
「あ…なんだ、伯言か」
「なんだ、とは酷いですよ。考え事しながら歩いていると、階段から落ちますよ? ただでさえ、徳潤先輩は熱中すると周りが見えなくなるんだから」
大げさなくらいぷーっとむくれてみせるその少女−陸遜をなだめるように、(カン)沢は笑った。「伯言」は陸遜の綽名である。
「悪ぃ悪ぃ…オマケに待ち合わせの時間もオーバーしちまったしな」
「…仕方ないです…こんな状況ですからね…」
「こんな時に転院だなんて、公瑾さんも複雑だろうなぁ。課外活動から退いたうえ、病院暮らしも長ぇのに、ずっと部長のこと、気にかけていたからなぁ」
公瑾こと、元長湖部副部長・周瑜は、かつて長湖部二代目部長・孫策の親友として、孫策のリタイア後も現部長・孫権を補佐し、圧倒的不利といわれた蒼天会の攻勢を赤壁島で撃退してのけた知将だ。
才色兼備の人物だったが、激情家としての一面があり、それゆえに南郡攻略戦で回復不能に近い大怪我を負い、今なお病院暮らしを余儀なくされている。
その周瑜は此度、現在入院中の揚州学区の病院から、より設備の整った司隷特別校区の大病院へと転院することになった。彼女の才能を惜しんだ学校側の配慮により、個人授業などで卒業単位を稼げるように配慮し、それを受けた周瑜の両親の勧めに従ったものである。
しかし、それは同じ学園に居ながらにして、場合によっては永劫の別れになる可能性があることも示している。司隷特別校区は、現在曹丕が支配する「蒼天生徒会」の本拠地…課外活動に参加できないリタイア組はともかく、現長湖部員がおいそれと踏み込める場所ではなかった。
そのことを鑑みて、陸遜の発案と呼びかけにより、周瑜の歓送パーティを開催することになった。もっとも、時期が時期だけに、幹部のほとんどは不参加で、参加者は後輩だらけになってしまったが。
不意に、その眼差しが真剣な光を帯びる。
「情けない話さ…これから部をどうこうしていくってヤツが雁首そろえて、なんの役にも立てねぇときてやがる。あたしにそんな力があれば、こんな気持ちになることもないのに」
この現状に際して、何も出来ないことに対する悔しさが、言葉に満ちていた。握り締めた拳が、まるで泣いているかのように、震えていた。
「…それは私だって、同じです。伯符先輩や公瑾先輩、そして部長やみんなの思い出が詰まった場所ですから…失いたくない気持ちは一緒ですよ」
陸遜の笑顔は、ひどく悲しげな笑顔だ。本当は泣きたいのだろうが、その感情を無理に押し込んでいるような、そんな悲しい笑顔だった。
「何も出来ないでいる自分が、悔しいです…赤壁島で蒼天会を打ち破った公瑾先輩のように、なれない自分が」
不意にその笑顔が、悲痛なものに変わった。これから行うことを考えて、その気持ちを解きほぐそうとしたのか、(カン)沢はあえて茶化すように言った。
「まぁ、なんつーか…あんたも健気だねぇ…あれだけあしらわれてても、その公瑾さんのこととなると真っ先に気を使ってさ。今回の件の為に、ヒマな連中をかき集めたり、プレゼントとか用意したり、病院に便宜を図ってもらうよう動いたのはあんたらしいじゃん」
「え…え〜と…」
「こんなときだからこそ、余計な心配をかけさせまいとするあんたの心がけは立派だよ。どーして公瑾さんは、そういうところを解ってくれないのかねぇ」
「………」
陸遜はちょっと困った表情で、俯いてしまった。
周瑜の陸遜に対する風当たりは厳しい、というのが長湖部構成員、特に幹部クラスの人間にとってはほぼ常識といって良かった。
周瑜が対応にてこずっていた山越高校の荒くれを手なづけて、協定を結んで後背の憂いを絶ち、しかもそのときに作った対応マニュアルは賀斉や鍾離牧といった後任者に「これじゃああたし達が新しい方策をわざわざ考える必要ないわよね〜」と絶賛される出来だった。
この完ぺきな仕事振りに、周瑜が嫉妬している…というのが、表向きの評判だった。
だが実際は、赤壁直前に行われた強化合宿の朝に起きた出来事が原因となって、周瑜が陸遜を一方的に嫌っているのだが…この事は、長湖部の幹部級の者たちで、そこに居合わせた者と孫権しか知らない。
(カン)沢も、その数少ない一人である。
「まぁ、そんなこと言ってても仕方ないか。早く行かないと、それを理由にまたどやされるかもしれないな…行くぜ、伯言っ」
「あ…待ってくださいよ〜」
困ったように黙り込んだ陸遜の様子に「余計なこと言ったかな?」と思った(カン)沢は、陸遜の肩を軽く叩くと、視界に映りこんだ病院の建物に向かって駆け出し、陸遜も慌ててそれに続いた。

511 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:50
「どうして、あんなに伯言に冷たくあたるんです、公瑾さん?」
群がっていた後輩達と陸遜を帰したあと、(カン)沢は周瑜と1対1になった個室の病室でこう切り出した。普段は飄々とした(カン)沢が、柄にもなく真顔で問い掛けてくるのを見て、周瑜は苦笑した。
「なにを言い出すかと思えば…まさか徳潤、そんなことを聴く為に残ったの?」
「…真面目な話ですよ。まさか去年の合宿の一件、まだ根に持ってるんですか?(「長湖部強化合宿〜ひと夏の思い出」参照のこと)」
この、ささやかな歓送パーティの際もやはり周瑜は、陸遜とまともに取り合おうとさえしなかった。
他の若手部員の手前、あからさまに無視するようなことはしなかったが、一瞥した程度ですぐに別の後輩達の相手をする。
それを何時しか一歩離れて見ていた(カン)沢には、なんともやりきれない気分になった。周瑜の表情を見る限り、このイベントを迷惑がっている風はなかった。
「仲…いえ、部長も、こんな気を遣わなくたって…」と声を詰まらせていたのは、芝居には思えなかったし、心からの一言に思えたからこそ、(カン)沢は横から、これは陸遜の仕業だ、とわざと茶化した風に言ってみせた。
だが、それを受けても周瑜は「部長が来れないから、代わりに来てくれたんでしょ? 無理しなくてもいいのにねぇ」なんて言い出す始末だ。
一見、陸遜に対する労いにも聞こえなくないが、これでは立役者の陸遜も浮かばれない。(カン)沢は、それが哀れでならない。
そんな周瑜の態度を気にした風もなく、輪から外れて言葉をかけかねている後輩を促して歩き、満座に気を遣う陸遜の姿を見れば、ひとしおだ。
分かれゆく陸遜にも、一言も声をかけない周瑜の態度を見かねたからこそ、(カン)沢は周瑜にその訳を問い詰めるつもりでいた。
「言ってる意味が解らないわよ…そんなことに付き合ってられる程ヒマじゃないわよ、私」
「とぼけないでください!」
あくまではぐらかそうとする周瑜の態度に(カン)沢は思わず手を壁に叩きつけた。その視線には、らしくなく怒気を含んでさえいる。
「伯言の力量(ちから)は、既にあなたの後継者として十分でした! 聞けば、子敬ねぇさんが引退するときに、わざわざ口を出して、伯言をその後継にすることを邪魔したなんて話も聞いてます! どうして、そんなことをしたんですか!? あいつは…あいつはあんなに、公瑾さんのことを…」
「…いい加減にして徳潤…誰か聞いていたらどうするの?」
そう言って(カン)沢の言葉を途切れさせようとする周瑜だったが、無駄なことだと悟っていたかもしれない。おそらく(カン)沢は、あらかじめ人払いくらいはしているだろう。この少女の抜け目ないところは、周瑜もよく知っていた。
「構うもんですか! それにあなただって今の長湖部がどういう状況だってわかっているでしょう!? せめて置き土産として、伯言を推挙してあげてもバチは…」
「……わかった風な……こと言わないで……」
興奮気味だった(カン)沢は、消え入りそうな声にはっとして周瑜を見つめなおした。何時しか目の前の少女は耳をふさぐようにして俯き、かすかに震えている。その表情はわからないが、声は泣き声だった。
「あなたに…あなたに、私とあの娘の何がわかるって言うのよ…!」
「解りますとも! 少なくとも、あの合宿から、あなたがそれとなく伯言を避けている位は…いえ、あなたがあの娘のことを嫌っているくらいは!」
「馬鹿言わないでッ!」
周瑜の凛とした、そしてトーンの高い怒声が、夕日の差し込む病室に響いた。眦を引き裂き、涙で真っ赤に腫れ上がった瞳で、キッと(カン)沢を睨みつけた。
その迫力は、かつて赤壁直前に黄蓋とやらかした芝居の喧嘩のときに見せた表情に似て、それにはない鬼気迫るものがあった。その迫力に、(カン)沢は思わず倒れそうになり、なんとかふんばって見せた。
あまりの剣幕に呆気に取られた(カン)沢が周瑜の方へ向き直ると、当の周瑜は俯き、泣いていた。
「公瑾…さん」
「馬鹿なこと…言わないでよ…私はあの娘のこと、嫌いじゃない…嫌いなんかじゃない……っ」
それこそ、それまでずっと彼女が抱きつづけていた、本音なのだと(カン)沢は悟った。
それと同時に、自分はそれを知らず、彼女の心の、決して他人が土足で踏み込んではいけないところに、自分が踏み込んでしまっただろう事にも、気がついた。
でも、だからこそ聞きたかった。聞かずにはいられなかった。わざと陸遜を避ける、その理由を。
「だったら…何故」
「徳潤、もうそのくらいにしてあげて」
不意に別の声が聞こえ、此処には自分と周瑜しか居ないと思い込んでいた(カン)沢はぎょっとしてそちらを振り向いた。そこには孫権の姿がある。
前線に駐屯している周泰ならいざ知らず、いつもちょこまかと後ろについてきている谷利の姿もなく、一人でそこにいた。

512 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:51
「部長…どうして、ここに?」
「…ボクも公瑾さんに、ちゃんと挨拶しときたかったから。子布さんを撒くのは大変だったけど」
必死に感情を抑えようとしているみたいだったが、眼と声は嘘をつけない。その声は、今にも泣きだしそうなくらい、震えていた。
「みんなには内緒だったんだよ…」
そう言って席につくと、孫権は懐から一枚の写真を取り出した。それを手にとった(カン)沢は怪訝な表情をして孫権に問い掛けた。
「これは…」
「ボク達が毎年、赤壁島でキャンプしてるの、知ってるよね? それが今年のヤツだよ。今年は、公瑾さんが入院中だったから、これは出発前に此処で撮ったんだけど」
その写真には、やや後ろで斜に構えた孫堅と、ベッドの傍らの椅子に座る孫権と、それぞれの両サイドに、ベッドから体を起こした笑顔の周瑜を孫策ともう一人、見覚えのある狐色の髪の少女が肩を組むように、ちょっとバランスを崩した真ん中の人物を抱き寄せている。
はにかみ笑顔のその人物は…。
「これは……どうして、伯言が…それに、この娘は承淵じゃないか? 何でこのふたりが」
そう、孫姉妹が身内だけで毎年の如く敢行している赤壁島キャンプに、孫策と義姉妹の関係である周瑜はともかく、陸遜や丁奉が参加しているのは意外なことであった。
ただ孫権と仲がいいだけの理由なら、ここに谷利と周泰が居てもおかしくないが、(カン)沢はちょうどその時期に、ふたりと揚州校区近くの繁華街でよく会っていたのだ。
谷利が「キャンプにまた連れてってもらえなかった」と、会うたびに愚痴っていたのを(カン)沢はよく覚えていた。
「……去年はね、一緒に過ごしてたのよ、ふたりと。だから、仲謀ちゃんが誘ったのよ」
俯いて肩を震わせていた周瑜が、少し落ち着いたと見えてかすかに、顔を上げる。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
病院暮らしが長かったせいでやや、やせこけて見えたが、その顔はかつての美貌の面影をとどめている。
「…あの一件が子敬たちの悪戯だったってことは、合宿の後に直接、子敬から聞いたわ…そうでなかったら、少なくとも夏の間だけは、絶対あの娘と口なんか利いてやるもんか、って思ってた…我ながら、大人気ないとは、思ったけどね」
涙を拭って、周瑜はまるで、その日のことを思い返すかのように視線を中空へ投げた。目には相変わらず涙が溢れ、一言紡ぐたびに、とめどなく流れてくる。
「その次の日、だったかな。文台姉様から"今年もキャンプするぞ"って連絡があって。知っての通り、あの年は休み明けに蒼天生徒会との決戦があったでしょ? だから、最初は何とか取りやめてもらおうかと思ってた…まぁ、結局、押し切られちゃったけどね」
「……」
「次の日、だったかな。たまたま自主トレの遠泳にやってきていた承淵と出会って…そしたら、伯言ったら、途中でボートをひっくり返してね、溺れてたみたいなのよ…承淵が見つけてくれなかったら、あの娘本当に、長湖の藻屑になるトコだったわね…」
「そうだったね…たしかあゆみちゃんが、じゃれて伯言のボートをひっくり返したんだってね」
泣きながらも、周瑜は微かに微笑んだ。孫権も相槌を打つ。あゆみちゃん、というのは、一昨年のキャンプのときに赤壁島で孫権が孵した首長竜のことだ。長湖部幹部は皆その存在を知っており、誰が言い出したか、今では「長湖さん」の方がとおりがいい。(カン)沢も見た…もとい、「会った」ことがある。
「あの娘ね、ずうっと私に謝りたくて、追っかけてきたって言うの。真剣な顔してさ、泣きながらそう言うから…子敬に事の顛末を聞いてなくても、きっと許してたと思う。そのときはいつもどおり過酷で、でも賑やかで楽しいキャンプだった」
(カン)沢はこのときになってようやく、去年の夏明けに陸遜が恐ろしくやつれていたことの本当の理由を知った。
それまでは、ずっと周瑜との一件で大げさに悩みつづけてたんだろう、としか思っていなかったのだ。そのあとに紹介された丁奉はけろっとしていたが。
「そうだったよね…伯言と承淵が仲良くなったのも、あのキャンプがきっかけだったかも。それに…」
「私だってそう。でも、仲良くなって、あの娘の才能を知って、でもそれ以上にあの娘の優しいところを一杯知ったわ…だから」
そこで、聞き入っていた(カン)沢の方へ向き直った。悲痛な眼だった。
「私がリタイアするときに、あの娘に長湖の副部長になれ、なんて言えなかった…確かにあの娘の才能なら、申し分はない…だけど、あの真面目で優しい伯言に、そんな重荷を背負わせたくなかったのよっ!」

513 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:52
日はすっかり落ち、何時しか、病室の電灯に明かりが灯っていた。時計は、5時半を少しまわっていたので、本来ならとっくに面会時間は過ぎていたはずだ。恐らくは、孫権が入ってくる時に職員に頼み込んだか何かしたのかもしれない。
そこには少女三人を中心に、沈黙があるだけだった。いったい最後の言葉から、どのくらいの時間が経っていたのだろう。その沈黙を突き破るように、(カン)沢は心なしか重くなったような、自分の口をようやく開いた。
「そうだったんですか…」
まるで独り言のように、そう言うのが精一杯だった。彼女の聡明さは、総てを聞かずとも、その真相を完全に解き明かしていた。
陸遜のことを大切に思っていたからこそ…その才能を知りながら…自分の後継者として申し分ないと思っていたからこそ、自分と同じ道を歩ませたくなかったのだ。
おそらくは自分と魯粛の跡目についた呂蒙の末路を聞き及び、その想いを一層強くしていたのだろう。
写真に写る、この笑顔を失わせたくないと思って。
孫権は当然として、おそらくは丁奉も、このときに言い含められていたのだろう。普段丁奉が陸遜のことを「仲のいい先輩」程度にしか言っていないのが、その証拠だ。
誰もがその実力を知る周瑜が皆の前で大げさに陸遜を避けて、その才能を大仰に過小評価しておけば、そんな辛い道へ引き込ませずに済む。陸遜もそんな周瑜の優しさを知って、あえて昼行灯を演じていたのかもしれない。思い返してみれば…。
「だからこそ、荊州攻略の後、かえって伯言は沈んでいたんですね…あなたを悲しませたことを、気に病んでいたから…あなたの心に反して、自分の名を高めてしまったと思ったからこそ」
だからこそ、しつこいくらいにへりくだって、それを呂蒙の功績として称えていたのだろう。
一瞬の沈黙をおいて、周瑜も口を開いた。
「…問題は他にもあるわ…ウチの娘達は、荒くればかりだと思えば、実は目敏い娘も結構いるでしょ? 子敬とか、あなたのように」
そう言って上げた周瑜の顔は、泣き腫らしたと見えて何時もの凛とした表情は何処にもない。
「そういった人たちが、あの娘の真の才能を見抜いてしまうのが怖かった。山越の連中との折衝云々にしても、本当は見事な外交手腕だと思っていた。でも、それをあえてひどい言葉で濁したのは、辛かったわ…でも子敬の場合、私のそんなところまで見抜いていたみたい」
ありうるかもしれない、と(カン)沢は思った。彼女の考えでは、長湖部で一番の目利きは、多分魯粛であろう。
ましてや魯粛は周瑜と仲が良い。気心の知れた友人の心の機微を読むとなれば、朝飯前だろう。
「だから子敬が、自分も伯言の名前を出さない、って言ってくれた時、正直ほっとした。子布先輩に仲翔、子瑜、元歎にすら、騙せ遂せたと思ってから」
確かに、一癖も二癖もあるが、張昭や虞翻、諸葛瑾に顧雍といった連中は、人を見る目は確かである。
もし周瑜が何もしていなければ、いずれその中の誰かしらが陸遜の類稀な才能に気づき、強く推挙したかも知れない。
特に、発言力の強い(というか、言い返せるものが居ない)張昭が言い出せば、即決定事項だ。
何も起こらないままなら陸遜は、以降もうだつのあがらない長湖部のいちマネージャーとして平凡に学園生活を送り、卒業していくのかもしれない。それが、周瑜や孫権の願いでもあったのだろう。
「だから…徳潤。あなたにも黙っていて欲しいの…御願いだから…あの娘に、そんな過酷な道を歩ませないで…」
その言葉の最後は、嗚咽に霞む。縋り付くように懇願する周瑜の姿に、(カン)沢は胸が締め付けられるようになった。
できるなら、彼女の懇願を受け入れ、自分も知らん顔をしていたいと、そう思った。これが普段の平穏な長湖部における、次期副部長を決めるとか言う話であれば、(カン)沢は一も二もなく、それを受け入れたことだろう。
でも、今は違う。多くの先人達の血と汗と涙で築きあげ、以降も陸遜がその一員として過ごしていくだろう長湖部存続の危機だ。その窮地を救える者もまた、彼女しか居ないのならば…彼女が、それを望んでいることを、知っているから。
(カン)沢は、周瑜の体をそっと立て直すと、その目を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「でも…それでも、今の長湖部には伯言の力が必要なんだと思います。あいつも言っていましたよ…あなたや他の先輩達が築き上げてきた長湖部を、失いたくないって…そのために、何も出来ない自分が悔しい…って」
「!」
「上手くいえないけど…あいつはあいつなりに、自分が何も出来ずにいる現状を、歯噛みしているんだと思いますよ…あなたや部長を、本当に大切な仲間だって…思っているから。それを、護りたいと思ってるから」
「徳潤…」
「だから…恨んでくれても構いません、公瑾さん、部長…あたしは、明日の会議で、伯言を推挙する。あの娘の決意を、無駄にしないためにも」
決意を秘めた視線が、二人の視線と交錯する。ここにいる彼女だけでなく、この場にはいない陸遜の想いさえも、その眼差しに込められているように思えた。孫権と周瑜は、一瞬視線を交わし、覚悟を決めたように頷いた。
「………………時がきた、ということかしらね。それが、あの娘の宿命だというなら」
「ボクの心も決まったよ…徳潤、キミの良いようにはからって頂戴」
悲しげに満ちた、決意の表情だった。
(カン)沢は、そんなふたりに対して、深々と一礼した。
その瞳から零れた一滴の涙は、まるで彼女の心の痛みをあらわしているかのようだった。

514 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 21:59
その翌日のこと。
会議はいまだ紛糾の様相を呈していた。先に停戦和議の為に赴いた程秉も、傅士仁・糜芳が関興によってぶちのめされる様を記録したビデオを上映しながら、劉備のドスが利いた「宣言」を聞かされたショックで寝込んでしまう始末だった。
いわゆる「文官系幹部」の中でも、肝っ玉の据わった程秉がそんな有様なのは、いかにそれが凄惨な有様だったかをよく物語っていた。和議が叶わないと言う事は、劉備の態度を鑑みれば帰順を申し入れても無駄だということと同義といっていい。
「まぁ、これで張昭大先輩お得意の"降伏ー!"は使えないわよね〜」
「聞こえてるわよ歩隲ッ! それどういう意味よ!」
「あ!い、いえ、これはただのジョークでして…」
「言って良い事と悪い事と、状況ってモンがあるでしょうが! だいったいねぇ……」
聞こえないくらいの小声で言った皮肉を聞き取られ、怒る張昭に慌てて弁明する歩隲を尻目に、それこそ誰にも聞こえないくらいか細い声で「言葉通りです」と顧雍が呟く。それを地獄耳で聞きつけた張昭は、今度は顧雍にも怒声を飛ばす。
まくし立てるうちに感情をヒートアップさせ、怒り心頭に達した張昭が歩隲と顧雍に飛び掛ろうとするに至って、流石に傍観していられなくなった諸葛瑾や陸績、虞翻等は張昭をなだめに入った。
その喧騒の外、孫権の後ろに侍立しながらその様子を困ったような苦笑いを浮かべて見ていたた谷利は、ふと、主・孫権に目をやった。
そんな喧騒さえ聞こえないかのように、孫権は俯いたままだった。
いまだ救出の目処が立ってない孫桓のこと、先にリタイアした甘寧のことなどが、彼女の心に重くのしかかって、不安で押しつぶされそうになっているのであろうか…。
孫権の悲痛に歪んだ表情と、何処か中空の一点を見つめて動かない瞳から、谷利はそんなことを考えていた。そこには、孫権第一の側近であると自負して憚らない彼女も知りえない感情があることなど、気付く筈もなく。
そのとき、不意に会議室のドアが開いた。おどろいた少女達の脳裏に、先日甘寧が入ってきたときの光景がオーバーラップする…が、そこに立っていたのは、本日大幅に遅刻してやってきた(カン)沢だった。
「なんでぇ諸君、あたしの顔になんかついてるかい?」
「なんだじゃないわよ! 貴女一体どこほっつき歩いてたのよ!?」
咎める張昭の口調は、先程からのテンションそのままに、その怒りを今度は(カン)沢に向けてきた。いつのまにか怒りの矛先が変わったことに胸をなでおろす歩隲と顧雍を他所に、その剣幕を気にした風もなく、彼女は飄々とした体を崩すことなく後ろ手に扉を閉め、部屋の中心に歩み出る。
「ヒデェなぁ子布先輩、あたしゃ一応、吉報ってヤツをお届けにきたのさ。ちょっとくらい大目に見てくれよなぁ」
「はぁ? 吉報ですって!?」
「あぁ。今もなお病床の身にありながら、部の行く末を案じて止まない公瑾大明神の有難いご神託だ」
公瑾、の名を聞いたとたん、満座の面々がお互いの顔を見合わせ、にわかに座はざわめく。俯いていた孫権がいつのまにか顔を上げ、ふたりの視線が交差する。(カン)沢は小さく頷くと、息を整えておもむろに口を開いた。
「どいつもコイツもあまりにも"人"ってヤツを見ていねぇ。確かに公瑾さんや子明とか、先日リタイアした興覇とか、こういう危難に頼りになる連中はどんどんいなくなっちまった。でも、そうして失ったものの大きさが解るくせに、残ったあたしらの中にとびっきりの大物が隠れていることに気づきもしない」
「馬鹿な事言わないで(カン)沢…それとも自分が、それに当たるとでも言うの!?」
「それこそ"馬鹿なこと"だよ。あたしがそんなんだったら、既に興覇の代わりに出撃(でて)るって」
「じゃあ貴女は…」
食って掛かる張昭を制し、孫権が割ってはいる。
「…言って、徳潤…キミの言う通り、その娘の力を用いるべき時が…来たのかもしれない」
幹部達は、その孫権の台詞に、一瞬怪訝なところを感じた。だが、真剣そのものの孫権の表情に並々ならぬ決意が現れているのを見て、先ほどの(カン)沢の発言に応えた揶揄程度のもの、と考えていた。居並ぶ幹部達の注目も集まる。(カン)沢は一度目を閉じ、一拍置いてから、口を開いた。
「それは他でもない…いま呂蒙の後釜として、臨時に陸口棟の指揮をとってる陸遜だよ」


(第三部に続く)
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ここまででようやく第二部。
何気に雪月華さまの作品のネタを引用させてもらっています…
この場をお借りして、お詫びいたします。できるなら、以降も容認していただければ…(おい

515 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:03
「風を継ぐ者」
-第三部 風を待った日-

一体どれほどの者か…と期待していた幹部達にとって、それはあまりに意外すぎる人物の名前だったに違いない。満座、呆気にとられて開いた口が塞がらない様子であったが、皆一様に「何を言ってるんだ、コイツは」と言う表情をしている。
ただ一人、孫権を除いては。
「なんですって!!」
「ちょっと徳潤、あんた正気なの!?」
「………………!!」
満座の沈黙が発する圧力をなんとか押しのけた張昭、歩隲、顧雍が同時に非難の声をあげる。もっとも、顧雍の声は相変わらず、聞き取れないほどだったが。
「元歎ですら、何か悪いものでも食べたの、って言いた気よ…徳潤、いくらなんでも悪い冗談は止めたほうがいいわ」
そんな諸葛瑾の一言に、顧雍は少しむくれた表情に変わる。実は顧雍は「熱でもあるの?」と言っていたのだ。その表情は、正確に聞き取ってくれ、という非難の意味合いであるらしい。
「冗談? 子瑜さんまでんなこと言うとは心外だな。冗談や酔狂でこんなこと言うかい?」
それを受けて、虞翻も続ける。
「そう聞こえたからだ。もし仮に、陸遜にそれだけの才能があったとしよう。でも、あの娘が公瑾に相手にもされてなかったことを知ってる者は多い…彼女と仲が良かった承淵ならまだしも、とてもじゃないがあそこにいる連中を統率できるとは思えない。舐められて戦う前に軍団が四分五裂が関の山だ」
「まぁ…あれはな、子敬ねぇさんや興覇にも原因があるんだけどな…それに、子明は常日頃から2つも年下の伯言を尊敬してた。陸口棟長に仕立てたのは計略のせいもあっただろうが、計略とはいえ本当にどうでもいいヤツを自分の代わりにするなんて、子明がするとも思えない」
「でも、あの娘はこんな血なまぐさいことに向かない優しい娘よ! 危険だわ!」
議論の俎上に上がった陸遜にとっては従姉妹に当たる陸績すらそんなことを言い出す。それを受けて幹部達も孫権に対し、口々に「危険だ」だとか「自殺行為はするべきでない」と声を挙げる。
その様子を見ながら頬を掻き、苛立つような仕草をしていた(カン)沢は、おもむろに息を吸い込み「やかましい!」と一喝した。
その瞬間、幹部達の口の動きは一斉に止まった。今まさに何か言おうとしていた張昭すら、それに面食らって口を噤んだほどだったので、よほどの剣幕であったことが伺えるだろう。
「危険は承知! どうせ負ければ長湖部は終わりだ! 失敗したら階級章と言わず、あたしの命もくれてやる! 満座の中で腹でも首でも、リクエストどおりにかっさばいてやるよ!」
眼をかっと見開き、物騒な宣言をしてのける(カン)沢の気迫に満座は呑まれた。いつも飄々とした(カン)沢しか知らない幹部達は、半ば呆気にとられているようにも見えた。
何しろ、普段表情の読み取り難い顧雍でさえ、それと解るくらいに目を見開いて、きょとんとした表情をしていたほどだ。
「…徳潤の言う通りだよ…どのみち、このままじゃ長湖部がなくなっちゃうだけ…」
そのやり取りを真剣な目で黙って見ていた孫権は、意を決したように言葉を紡ぐ。その顔は、真剣を通り越して既に悲痛な表情だった…だが、その真意を知るのは、この場に当人と(カン)沢しか居なかった。
孫権の顔が、不意に厳しい表情に変わる。
「ボクは、伯言に賭ける。谷利、伯言を呼んで来て…すぐにッ!」
「は、はいっ、ただ今!」
主の放つ聞きなれないトーンの声に吃驚した谷利は、矢の如く会議室を飛び出していった。
もっとも、指示通りに陸遜を伴って連れて来るまで、三回ほど帰ってきては、張昭に怒鳴られていたが。

「現時点を以って…陸遜、キミ…いえ、あなたを長湖部実働部隊の総司令官に任命します」
「…長湖部存亡の時、辞すべき理由はありません…大役、謹んでお受けいたします」
こんな日は、来て欲しくないと願っていた。
でも、荊州学区を力ずくで取り戻し、そのために呂蒙が不慮の事故でリタイアの憂き目にあったことで、陸遜自身にも何となく予感はあったのかもしれない。
前任者の魯粛、呂蒙の時の例に倣い、長湖部創始者たる孫堅が陣頭で用いた大将旗を孫権は、何処か釈然としない表情で、それでも整然と並ぶ幹部達の列の間に立つ陸遜へと手渡す。
「畏れながら、部長」
それを恭しく両手で受け取り、一礼した陸遜はそう切り出した。
「私は未だ名声無き弱輩の身…恐らくは、前線の諸将はただ私が出向いたところで容易に諾する事は無いでしょう。そして、鬼才・諸葛亮や名将・趙雲を欠くとはいえ、相手は強敵です。更なる大将の増援と、信頼できる副将を頂きたいと思います」
「承知します。副将には駱統と、既に前線に居る丁奉を命じ、部長権限において宋謙、徐盛、鮮于丹らに出陣命令を通達し、駱統以外の諸将には陸口棟にて合流の手筈としましょう。駱統、いいですね?」
「は、はいっ、畏まりました!」
幹部列の最後尾にいた、亜麻色のロングヘアーに青のリボンをあしらった、大人しめの少女が進み出て、緊張した面持ちで深々と一礼する。
その少女…駱統は綽名を公緒といい、陸遜とは同い年の親友であったが、お互いにその才能を認め尊敬し合う関係にある。早くから文理にその頭角を顕し、一年生ながら既に幹部会の末席を与えられている俊才である。
若手の中では、丁奉や朱桓の武に対して文の逸材として期待されている存在だ。温和な性格は先輩受けも良く、見た目に反して芯が強く弁も立ち、しかも合気道の達人でもある。腕っ節の強い荒くれを制するにはもってこいの人物だ。
「では以上にて、総司令官任命の式を終了とします…伯言、公緒、直ぐに出立して」

516 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:04
ところ変わって、陸口棟。
「何ですって? それ本当なの?」
「ええ…今通達が来ました。もうすぐ、到着するそうです」
陸遜、前線総司令の任に就く……その命令を受け、諸将は困惑の色を隠せない。
ただ一人、丁奉を除いては。
「部長も人が悪い…こんな時に新手の冗談を試さなくてもいいものを」
「あんな文学少女にこんな大役、勤まるわけないじゃん。部長も何考えてるんだか…」
仏頂面をさらに難しい顔に変える周泰、そして不満一杯の表情で毒吐く潘璋。陸遜に先立って棟の幹部室に来ていた宋謙や徐盛にとっても「とてもあの娘なんかじゃ…」というのが本音である。
長湖部に参画する数少ない文化部のひとつである軽音部のマネージャーで、賀斉の所属するビーチバレー部のマネージャーを兼任する陸遜は、経理の才能などは「そこそこできる」程度の認識はされていた。
だが当然ながら、そこからはとてもこの局面に総大将として用いるに足りる才能があるとは思われていなかった。
潘璋の揶揄も、普段から陸績と一緒に所構わず文庫小説を読み漁っている姿を目撃されていることに起因する。陸遜(と陸績)の「本の虫」ぶりはある意味では語り草になっているほどだった。
だが、丁奉だけは違う。去年赤壁島キャンプに紛れ込み、陸遜と仲良くなったことでその才覚をよく知っている彼女は、この局面をひっくり返せるだけの能力が、陸遜に備わっていることを信じて疑わない。
そのキャンプの後、周瑜にきつく言われていた彼女は、いつかうっかりそのことを話してしまった呂蒙以外にそのことを話していない。
「冗談じゃない…あの娘に止められるようなら、あたし達が既にやってるよ!」
「まぁまぁ…みんな、そこまでにしましょ。今までの印象はそうかもしれないけど、もしかした本当に何かあるのかもしれない…ここは、彼女の戦略方針を聞いてから判断しても、遅くは無いわ」
凌統をなだめ、最高学年として表面上取り繕ってみせる韓当にしてみても、不満の色は隠せない。諸将も彼女の顔を立て、渋々納得してみせたという顔つきだ。
そのことから見ても、此処での実質のまとめ役は韓当であることに間違いなく、韓当が陸遜の展望に不満を示せば、暴発は必至だろう。
しかし、丁奉はそれすらも、陸遜なら多分変えてしまえると確信していた。
恐らく、慎重な性格の陸遜なら、初めはいろいろ言われるかもしれない。その分、この戦いが終焉したときには、陸遜へ寄せる信頼や尊敬は揺ぎ無い物となるだろう。
(伯言先輩なら、きっと大丈夫…でも…本当にこれで良かったんですか?…部長、公瑾先輩…)
その一方で、丁奉はどこか、酷く寂しいモノを感じていた。
もう二度と戻らない、彼女達が願ったひとつの小さな幸せは、今ここに終わってしまったのだから。

「…という訳で、菲才ながら私、陸遜が此度の大役を任されることになりました。宜しく、御願いします」
諸将を幹部室に集め、命令文書を読み上げた陸遜は、手短にそう挨拶した。
丁奉、駱統以外の諸将の顔はなおも不満そのもの、韓当は「お手並み拝見」といった感じで、表面上は涼しい顔をしている。
「それでは、これからの戦略方針についてですが…公緒、近隣の地図を」
「はいっ、只今」
控えていた駱統が、あわただしくも手際良い動きで鞄から地図を取り出し、黒板に貼り付ける。そして陸遜の指示に従って、地図にマグネットの部隊マークを配置する。
赤のマグネットは帰宅部連合、青のマグネットは長湖部の布陣を表していた。
「現在、オウ亭を最終防衛ラインとして、既に韓当先輩が完璧な布陣を終えてくださいました。現状、この布陣において特に付け加えるべき点はございません。宋謙先輩、徐盛先輩は、それぞれ左翼、右翼の中核に配し、後は遊撃軍として、本陣に置きます」
それを聞くと、一部の者は明らかに小馬鹿にしたようにクスクスと笑った。「コイツ、やっぱりわかってないなぁ」といった感じのあからさまな嘲笑である。
「えと、お静かに。御意見がある方はお伺いします」
「では、僭越ながら一言、具申させて頂く」
座の中から、周泰が進み出た。
「先に出陣し、やむなく夷陵棟にて篭城を余儀なくされている孫桓殿と朱然殿のことだ。知っての通り、孫桓殿は部長の従姉妹であり、部長の一家の中では、もっとも部長の寵愛を受けている。その方の危難を一刻も早く救い、部長の心痛を安堵させることが重要と思われるが」
普段無口な周泰が、こうも饒舌になるのは珍しいことである。諸将も思わず、聞き入ってしまっていた。しかし陸遜は、気にした風も無く、彼女が言い終わるのを待ってから、おもむろに己の見解を述べる。
「確かに、それも重要です。しかしながら夷陵は堅牢な地であり、そこには非常食の蓄えなども十分との報告を頂いています。その上で、恐らくは若手随一の指揮能力をお持ちである孫桓さんと、実戦経験豊富な朱然さんがサポートについているのであれば、落ちる事はほぼ無いでしょう。むしろ、そこを包囲している帰宅部連合の精鋭を釘付けに出来ている意味では、現状のままにしておくのがベストです」
人物評価に誇張せず、その上で現状を踏まえた、これまた見事な答弁であった。この一言を吐いたのが周瑜や呂蒙であれば、諸将はみな感服して、大人しくその指示に従っただろう。
しかしながら、これまで歯牙にもかけていなかった一書生の意見、として諸将は見ている。ましてや、彼女等は先の敗戦の恥を雪ぐため、血気にはやる風をみせているだけに尚更であった。
「よって、現状で特に大きな変化が無い限り、我々も特に動いてみせることもありません。各員、指示があるまで防御を固めて待機といたします。軍議は、以上とします」

517 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:05
「馬鹿なことを!」
解散の指示を出そうとした刹那、諸将から一斉に不満の声があがる。誰も皆、満面に怒気を浮かべ、もし後ろに立てかけてある大将旗が無ければ今にも飛び掛ってきそうな勢いである。突然のこの勢いにおろおろする駱統を他所に、卓に着いたままの陸遜は、何の表情も無くそれを眺めている。
怒気を露に不満をぶちまける諸将を制し、今まで事態を静観していた韓当が進み出た。
「伯言…あえて、こう呼ばせてもらうわ」
本来なら総司令ともなれば、「都督」の尊称で呼ばなくてはならない。いくら相手が下級生といえども、例外ではないはずで、まして韓当であればそのあたりの礼儀をきちんと弁えている。
それがあえて綽名を呼び捨てるという行為に及んでいるあたり、彼女もかなり腹に据えかねているものがあるとわかる。
「ここに居るのは、皆一様に長湖部の命運を賭け、一身を顧みない覚悟でやってきている娘たちよ。ましてや私や幼平、文珪なんかは、緒戦の恥を雪ぐため、玉砕も辞さない覚悟で居る。特に計略も無く、待機せよなんて言われて、収まりがつくと思う?」
「お気持ちは解りますが先輩、良くお考えになってください。ここで私達が無策のまま玉砕覚悟で決戦を挑み、僥倖にも勝利を得ればそれで良いかもしれませんし、そのほうが簡単でしょう。しかし、敗北は破滅に直結します。こちらで我々が持ちこたえ、その間に相手の破綻を見出し、そこを突く事が出来れば一戦にして、より安全に勝利を得ることが出来ます」
「しかし、その間に劉備たちが兵を引けば?」
「ありえないことだとは思いますが、そうなればこれ以上ない幸運です」
その一言に、場はどよめく。駄目だ、コイツはといわんばかりの嘲笑もあがる。陸遜の表情は相変わらずだったが、傍に立っていた駱統と、意見の為に正面に立っていた韓当はその変化に気付いた。
何かメモを取ろうとしていたのか、持っていたボールペンが…いやその根元、陸遜の両拳が震えていた。
次の瞬間、ボールペンは派手な音を立てて真っ二つに折れ、陸遜の形相は夜叉の如く豹変した。
「お黙りなさいッ!」
卓を叩いて立ち上がり、そう叫んで凄まじい形相で睨み付ける少女の迫力の前に、呆気に取られた諸将は思わずそちらを振り向いた。普段の彼女を知るものであれば、尚更にそのギャップで固まっている。
キャンプ以来、陸遜と親しくしている丁奉も、親友である駱統も、陸遜のそんな表情を見るのは初めてのことだった。
「私は一書生の身ながら、此度大命を拝して部長に代わって貴女方に令を下す立場にあります! これ以上の"異論"に対しては、何者であろうと、この大将旗の元に処断し軍律を明らかとします!」
凛とした良く通る声と、毅然とした態度には「虎の威を借る狐」なんて形容は出て来そうにない。その迫力に不覚にも怯んだ諸将は、未だ釈然としない表情をしながら、静かに退出していった。
ただ、陸遜当人と駱統、そして韓当の三名を除いて。
机に叩きつけていた右の掌からは、既に血が滲んできていた。慌てた駱統が薬箱を取りに部屋を飛び出したところで、ようやく韓当が口を開いた。
「…あなたにも、あんな表情(かお)が出来たのね」
「……まだ何か、御用ですか?」
昂ぶった感情がいまだに収まらないのか、陸遜の表情は険しい。陸遜の警戒はまだ解けない…そう感じた韓当は、不意に表情を緩めた。
「正直、納得がいかないのは確かよ。あなたが去年の夏合宿の一件以来、公瑾に嫌われていたのを知らないわけじゃない。でも、この局面においてあえてあなたの名前が出てきたことを考えれば…公覆も徳謀も、去年の赤壁の時にあえて公瑾に歯向かってみせて大略を成し遂げたことを思い出したのよ」
「えっ…?」
「最後の最後になって、やっと私にもそのお鉢が回ってきた、と受け取るべきなのかしらね」
韓当は自分のポケットからハンカチを取り出し、彼女の右手にそれを巻いた。戸惑う陸遜だったが、彼女の真意を察して、ようやく表情を緩めた。
目の端には僅かに涙も滲んでいたが、それは掌の痛みからではない。
「…ごめんなさい、です。私みたいな娘が来たことで…」
「そんなこと、言うものじゃないわ。で、私は…何をすればいい?」
「このままで構いません。私に対して諸将が不満を抱きつづけ、先輩を中心にしてまとまりを持っている状態を見れば、劉備さんの油断を確実に誘えます。その後は…」
「…勝算は、あるのね?」
小さく頷く。その目には、己のプランに対する絶対的な自信と、確信があった。
「かつて関羽さんが使おうとした発煙筒と、"風"を使います。この時期、必ず吹いてくる、春を呼ぶ嵐を」
陸遜の告げた一言に、韓当は納得のいった表情で頷く。
「!…そういう事…解ったわ。なら私は、あなたの思惑通りに動いてみる。このことはもちろん、口外無用よね?」
「はい…ご迷惑をお掛けします」
「いいのよ。けど、本当に"来る"の?」
韓当は、当然の疑問をぶつけた。微妙なずれはあるが、この時期にもお決まりの自然現象が起こる。それが長湖部にとって、確実な"春を呼ぶもの"になるだろう。
しかし、自然というものは気まぐれである。人間の小賢しい頭でコントロールできるようなものでないことは、ウォータースポーツに勤しむ彼女等にとってはわかりきったことであるが…。
「雲の流れ、長湖の波の動きを見る限り、間違いないと思います。流石にこればかりは、孔明さんといえども手出しできないと思いますから…期日は、来月の頭」
「一週間か…永いわねぇ」
冬と春の微妙な境目にあるこの時期の、まだ多分に寒々とした色を湛える茜空を眺めながら、韓当はそう呟いた。

518 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:07
「陸遜? 誰や、ソイツは」
長湖部の総大将が代わった、と言う報告は、夷陵に程近い馬鞍山に仮設テントを張る帰宅部連合の本陣にも届いていた。その総大将の名を聞き、帰宅部連合総帥・劉備は首をかしげた。
この局面において、わざわざ総大将に抜擢するほどなのだから、それなりに出来た人物だとは思うのだが…幕中の帰宅部連合幹部達も、誰一人として知らないようだった。
「まぁ、だぁれも名前知らへんようなヤツなら、どうせ大したモンやないやろなぁ」
「そんなことありません! 孫権さんは、思い切った人選をしてきたようです」
本陣の大きなテントの幕を開けて飛び込んできたのは、南郡の実力者達の調略に動いていた馬良であった。
「お、季常やんか。いつ戻ったん?」
「たった今です。長湖の司令官が代わったと聞いて、慌てて戻ってきたんですが」
「へぇ…あんたが慌てるくらいなら、相当なモンなんやろな。でも、まったくそんな名前、聞いたことあらへんけど」
「確かに陸遜さんは、今までは長湖部のいちマネージャーでしかありませんでした。どういう経緯からかは存じませんが、周瑜さんからは随分と嫌われていたようです。そのために、あまり重用はされなかったそうですが」
「ふ〜ん…あ、そや思い出した。もしかして、ウチが長湖部に遊び行ったとき、そんな名前のヤツが公瑾はんの傍をウロチョロしとったかも知れへん。確か…こんな感じの娘やなかったかな?」
劉備ははっと思い出したように、手を打った。周瑜の謀略で長湖部に招待されたときに見た、周瑜に睨まれて退散していた気の弱そうな少女の顔が、彼女の脳裏に浮かんだ。
置いてあった紙の裏に、彼女が3年間の同人生活で培った画力は、そこに正確な陸遜の似顔絵を描いていく。それを見た馬良は、何時もながらの劉備の腕に感服し、頷いた。
「ええ、その娘です。私が江陵で面会した人相と一致します」
「そないなヤツなら、尚更大したこっちゃないんやないか?」
「いいえ、早くから山越高校との折衝術において長湖幹部でも彼女に一目置くものは多いです。そして何より、呂蒙さんは彼女の才覚を見抜き、実は荊州学区攻略の際の戦略は呂蒙さんの立案というより、陸遜さんの知嚢から出たものといっても、決して過言ではないのです。私にとっても、不覚でした」
「なんやて…!」
いままで軽く聞き流していた劉備だったが、それを聞いたとたんに、わずかに眦を吊り上げた。
「せや何か、その陸遜こそが、関さん追い落とした真犯人とちゃうねんか!?」
「そう考えても、宜しいかも知れません」
「何で早よそれを言わんのや! せやったら、即座に出てヒネリ潰したるモンを…」
「それは早計です。彼女の才能は、決して周瑜さん、呂蒙さんに劣りません…いえむしろ、この二人以上の強敵です。軽々しく出ては…」
「ふん! いくら能力がおっても、実際他の連中に舐められて、統率出来てへんゆうやないか。そんなん恐れるに足らんわい!」
興奮して息巻く劉備の姿に、もはや馬良にも止めるべき言葉が出てこない。劉備は今までの経験からしっかり相手の陣に間諜を放っており、敵陣の様子をうかがわせていたようだが、今回はそれが見事に裏目に出ているようだった。
その翌日、劉備の号令の元、先陣は長湖部の先陣近くまで移動した。しかし、相手の陣があまりにも静か過ぎ、挑発にも乗ってこない。流石の劉備も、相手の異常な静けさに不気味なモノを感じたらしい。
「ち…そっちがそのつもりなら、こっちも持久戦や。思いっきり威圧してくれて、ビビッて出てきたところを粉砕してやろやないか…!」
しかし、長湖部の陣はまったく動きを見せない。いや、正確には周泰、潘璋などといった血の気の多い連中が、時折陸遜のもとへ駆け込んで、ひと悶着起こしているという報告が入ってきている。
それにすっかり安心したのか、劉備は諸将の言葉を容れ、まだ春の遠いことを示す冷たい風を避ける場所へ陣を動かすことを許可した。
なんとも言えぬ不安を抱いた馬良は、たまらず劉備に進言した。
「今の陣立てにしてしまっては、敵に何かしらの計があった場合反応が鈍くなるのでは?」
「敵も寒いんは一緒や。せやったらこっちはそれをなるべく避け、鋭気を養おってコトや」
「それも一理ありますが…なにか嫌な予感がしてなりません。今、孔明さんが漢中アスレチックに出張ってきているそうなので、現状に対する意見を聞いておこうと思うのですが」
劉備はふっと、溜め息をついた。
「心配性やな、季常は。まぁええわ、孔明が近くにおるなら、近況を教えてやっといてもええかもな」
「ありがとうございます」
一例をして退出した馬良は、地図に敵味方の陣立てを書き込み、なにやら一筆したためるとそれ一式を封筒に詰め、呼びつけた少女にそれを手渡した。
「一刻も早く、孔明に届けて。なんだか嫌な予感がする」
「はい」
そのやり取りは、まさに陸遜が決行を予言した、その当日の出来事であった。
風はないが、雲の流れは速い。同じ空を陸口の空から眺めていた陸遜は、力強く頷いた。
「公緒、皆を呼んで。かねてからの計画を実行にうつす時が来たわ」
傍らの駱統に振り向いたその表情は、自信に満ちながらも、微塵の油断もない。長湖部の命運を背負って立つ、総大将としての威厳が、そこにあった。

519 名前:海月 亮:2004/12/20(月) 22:13
なんだかミョーな歌を大音響でたれ流しながら、漢中アスレチックの管理人棟の一室にソイツはいた。
目鼻の整った顔、軽くウェーブのかかったセミロングの髪、そして白衣をまとった上からでもわかる、高校生離れしたプロポーション。
黙ってさえいればほとんどの人間が「美人」と呼ぶだろうその人は、しかして蒼天学園"最凶"の名をほしいままにする奇人、帰宅部連合ナンバー2の鬼才・諸葛亮、綽名を孔明である。
彼女の趣味でその部屋に取り付けられた、部屋の殺風景さから見るとどう考えても不似合いな、豪華なダブル・ベッドに寝転びながら、その脇に山と積まれたアニメ雑誌、ゲーム雑誌の類を貪るように読んでいた。
恐らくは、次のイベントで描く同人誌のネタを、そこから探しているのだろう。既存の人気作品にこだわらず、常に新しいところから読者のニーズに応える作品を生み出す…これが、彼女や劉備のポリシーでもある…と、考えているのは恐らく当人だけではなかろうか。
そんな彼女の一時をぶち壊しにしたのは、前線からやってきた一通の封筒だった。
「ふむふむ、これはまいすてでぃ・季常からのラブレターというわけだな。我輩との関係であれば、メールのひとつでも事足りるというのに…」
やれやれ、と肩を竦めて、少女から封筒を受け取る。先ずは、手紙に目を通す。手紙にいわく。
 長湖部の総大将は陸遜が抜擢されている。
 長湖諸将は弱輩の彼女を侮っており、我が総帥以下殆どの者がまるで無警戒の状態だ。
 恐らくは、これこそが彼女の狙いだと思われる。
 乞う、総帥は君の忠告にならば耳を貸すかもしれない。
 あわせて、敵味方の現状の陣図も送る。
そのとき、諸葛亮の顔が一変する。封筒から乱暴に地図を引っ張り出し、広げ…
「……何よ、これ…っ」
諸葛亮の顔が、これとわかるくらいに青ざめた。
「マズい、これはマズすぎる! 一体何処のどいつよ、こんな陣立て献策した大馬鹿は!」
「え?…えっとこれは、総帥自らのご立案で…」
その言葉を聞いていたのかいないのか、諸葛亮は窓から劉備たちのいるあたりを眺めた。雲の流れが速い。その向きを見れば、長湖部の陣から劉備たちのいる陣に向けて流れている。その顔は何時になく真面目で、悲嘆の色が伺える。
「これでは…あぁ、我等の大望も、此処までなのかもしれない」
「え…あの、孔明さん…どうしてそんなコトを仰るんですか? 見たところ、相手は与し易く…」
「そこが大問題なのよ。私が長湖部に遊びに行ってたとき、あの娘に直に会って、その人となりはよく知ってるわ…確かに彼女は一見周瑜に詰られるだけのつまんない娘に見える…けど、あれは多分見せかけだわ。あの娘が山越折衝で開花させた能力は本物よ」
先程の諸葛亮の絶叫を耳にしたのか、彼女にくっついて漢中に来ていた楊儀が口をはさむ。
「あたしにはそんな、大騒ぎするような娘には思えませんけどねぇ…荊州の一件だって、ほとんどは呂蒙の手柄でしょ?」
「理由は知らないけど、そう見せかけているだけよ。あの娘はもう多分、行動を開始している。恐らくは一部の連中が陸遜の考えを読み取って、あえて陣内に不和を掻き立てているかもしれない。それに、この陣立て、相手がこれから来る"モノ"を戦略に練りこんでいたなら、多分一人として無事に戻ってこれない…今から止めに行っても、多分手遅れだわ」
そこまで言われて、楊儀も気付いた。
「まさか…今年の春一番」
「それに雲長さんが緊急連絡用に残した大量の発煙筒…多分、気づいてるでしょうね」
かつて関羽が荊州学区に君臨していた頃、彼女は陸口に詰めていた呂蒙の侵攻を警戒し、狼煙による連絡網を完備していた。その設備がそっくり、長湖部に接収されていることは、想像に難くない。
それに発煙筒の使い道は、連絡のためだけではない。数が集まれば、立派な目くらましになる。長湖部は風上から風下に攻めれば煙の影響を受けにくいので、有利になるのだ。
そこまでいわれ、連絡係を仰せつかった少女は、ようやく事の重大さに気付いた。
「…そんな…じゃあもし、私が戻ったときに本陣が崩れていたら」
「戻る必要はないわ…多分、今から戻っても無駄。あなたはすぐに江州棟の子龍のトコへいって、玄徳様を迎えに行くように指示して」
「で、でも、相手がそこまで追って来たら」
「大丈夫。多分、それ以上は踏み込んでこれない…それどころか、上手くいけば頭痛の種がひとつ消える」
「え? どうして?」
妙に確信に満ちた顔で、諸葛亮は笑みを浮かべる。その顔には、いつのまにか普段の表情が戻り…そしていかにも絵に描いたような、悪代官の笑みを浮かべていた。
「そのときが来れば解る…ニヤソ」
釈然としない少女だったが、不意にまた真面目な顔に戻った諸葛亮に命令書を託され、少女は自転車に飛び乗ると江州棟を目指した。日は大きく西に傾いている。
ふと、劉備の陣の方向を見ると、うっすらと黒煙があがっているのが見える。事態の異常さを再確認した少女は、自転車をこぐスピードをあげていた。皮肉なことに、吹き始めた強烈な春一番が、彼女の助けとなった。

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ここまでが、現時点で推敲が終わった部分です。六部構成の前半部分が丁度終わってますね。
何気にここから玉川様の「春の嵐」へ読み継いで貰った方が無難かも…

実は三部の主役は、陸遜と見せかけて韓当とかいうウワサ(w

520 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:30
-覇者と英雄(1/4)-

「あら、おいしい」
袁紹が少し驚いたように箸を止めた。
世界有数の名門、袁ファミリーお抱えの料理人の手によるものである。不味いわけがない。ないのだが……
「なかなか上質の和牛が手に入りましたもので……」
慇懃に料理人が頭を下げる。
袁ファミリーの厨房を預かる人間をして『上質』と言わしめるその素材の味はいかばかりか。
もちろん値段も庶民的なものではないであろう。
「ふ、ん」
袁紹は少し感心したように皿の上の料理を見た。
料理人のセンスをうかがわせる上品なもりつけに袁紹好みの薄味。
不意に袁紹は箸を置いて立ち上がった。
「え、袁紹様。なにかお気に召さないことでも……?」
狼狽する料理人に袁紹は大輪の笑顔を見せる。
「その逆。すごくおいしい。すごくおいしいから……」
袁紹は言葉を切り、傍らに控える張コウに声をかけた。
「車を出してちょうだい。曹操にこれを食べさせてやりたくなったから」

曹操と袁紹が対立を始めて久しい。
学園最大手新聞『蒼天通信』を掌握した曹操と冀州校区の覇者でありまさに最強の勢力を誇る袁紹。
その対立こそ学園の事実上の最高峰へと登る道であった。

521 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:31
-覇者と英雄(2/4)-

「も、孟徳ッ!」
「……う、にゃあ!?」
夢の中で泣きながら電子レンジの塩焼きを食べることを強制されていた曹操はその慌てたような声に叩き起こされた。
時計を見る。
……布団にはいってから1時間ほどである。
曹操は恨めしげに自分を叩き起こした隻眼の少女……夏侯惇にいった。
「いい夢見てたのに……それに寝てから1時間って起こされると一番つらいんだけど……」
本当に『いい夢』だったのかはよく思い出せないが。
「ばッ……! それどころじゃない! 袁紹が今、本陣のすぐそばまでやってきてるんだッ!」
「……ふぇ?」
曹操はぼ〜っと瞬きをした。

「久しぶり」
夜闇を照らす月明かりの中の袁紹の笑顔に曹操は苦笑する。
袁紹が今、いるのは自分の陣の前だ。
今、自分が『かかれ』と一言言えばいかに袁紹といえどもひとたまりもないだろう。
現に曹操側の面々は曹操のその『ヒトコト』を待ってじりじりしている様子が見て取れる。
今は敵味方に別れてはいるが曹操と袁紹は幼馴染だった。袁紹のその口調はまったくその当時のままだった。
今のこんな現状でも昔のままでいる袁紹を曹操はほんのちょっとだけすごいと思った。
「今日はうちの料理人がいい素材、手に入れたんでね。おすそ分け」
曹操は不審を顔に浮かべた。
「まさか電子レンジ?」
「……は?」
「いや、なんでもない。忘れて」
袁紹はなにを言っているのかわからない、という顔をしばらくしていたがすぐに肩をすくめてぱちん、と指を鳴らす。
曹操側の面々が『おぉ〜』と控えめな歓声を上げた。
「おすそ分け……昔はよくやったでしょ」
袁紹はくすり、と笑う。

522 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:32
-覇者と英雄(3/4)-

運び込まれる肉の塊をちら、と横目で見て曹操は袁紹になんとなく、の疑問をぶつけた。
「袁紹は私が憎くないの?」
月が雲に隠れ、完全な闇があたりを包み込む。
一瞬の無言。
そして……
「……ぷっ」
袁紹の吹き出すような声。
「なッ……まじめに聞いたんだぞー!」
「ごめんごめん」
そう言いながらも袁紹はおかしそうに目じりをぬぐいながら……
「バカね、孟徳。あなたのことが憎いわけなんかない」

曹操はその言葉に衝撃を受けたように黙り込む。
その様子に気付いているのか気付いていないのか、袁紹は微笑みながら言葉を継いだ。
「私は次期蒼天会長になる。そして孟徳、あなたは私が誤ったらそれを正しい方向へと導く大事な人間。憎むはずがないじゃない」
「じゃあ……今は……」
呆然と声を震わせながら曹操が問いを口に乗せる。
「そうね……」
袁紹が少し考えこみ……そして悪戯っぽく微笑んだ。
「かわいい部下との武力を使ったレクリエーション、ってところかしら」
曹操は完全に黙り込んだ。
そして袁紹がその場を立ち去るまで身動き一つしなかった。

523 名前:北畠蒼陽:2005/01/21(金) 21:35
-覇者と英雄(4/4)-

曹操は夜闇の中、立ち尽くす。
「孟徳……夜風は体に悪い。風邪を引くぞ」
夏侯惇の言葉に……曹操は火がついたように……
苛烈に地団太を踏んだ。
「う、うああああああああッ!」
獣のような声を上げ、あたりかまわず殴りつけようとする曹操を……
「やめろ、孟徳!」
少し驚いたように、しかし慌てずに夏侯惇が曹操を背中から抱きすくめ止める。
曹操は……人目をはばからずに泣いていた。
泣き、わめいても発散できないストレスを押さえつけるように暴れた。
「元譲……私、いったん許に帰るから……蒼天会長にいろいろ報告もあるし」
曹操は夏侯惇に抱きかかえられたまましゃくりあげながらそれでもしっかりと言葉を刻んだ。
「再び私がカントに帰ってきたとき、本初お姉ちゃんを全力でつぶす」

「袁紹様、よかったのですか?」
張コウが車内で袁紹に声をかけた。
袁紹は、曹操とあったことで明らかに憔悴していた。
(無理もない)
張コウは心の中でそう思う。
袁紹が生まれついての『覇者』なら曹操も生まれついての『英雄』だ。
むしろあの曹操を相手に内心はともかくまったく表情を変えなかった自分の主君を誇りに思った。
「……張コウ」
袁紹は目を閉じながらがぐったりと口を開く。
「私は孟徳との勝負に勝つかもしれない。負けるかもしれない」
張コウが口を開こうとするのを手で制し、袁紹はそのまま言葉を紡ぐ。
「もし私が負けたら蒼天学園は孟徳のものよ……でも長湖部をはじめとしてまだまだたくさん敵はいる」
張コウは黙って袁紹の言葉を聴く。
「あなたは顔良、文醜すらがリタイアしたこの戦いで生き残っている。これからも生き残りなさい。そして孟徳軍の要になりなさい」
目を閉じ、月明かりに身を任す。
張コウはその主君の横顔を見つめ、そしてハンドルを握りなおした。

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というわけではじめてこういう形式のbbsにカキコして、しかもはじめてのSS投稿です。
泣きそうです。泣きませんけど(ぇー
大目に見ながら宍道湖くらい広い気持ち(中途半端)で読んでやってください。
お目汚し失礼いたしました。

524 名前:★惟新:2005/01/26(水) 07:34
むしろ田沢湖並の深さでキュンキュンしてしまいました(;´Д`)ハァハァ
軽妙な流れの中、グッと引き締まる、宿敵となった幼馴染同士!
二人とも優れていればこその複雑な心境…くぅ!
それにしても袁紹さまの大物っぷりにやられました〜(=´∇`=)

525 名前:北畠蒼陽:2005/01/26(水) 14:49
>惟新様
ぇ〜、こんなモノに過大な評価、光栄の至りです。
またなんか思いついたら投下しますねー。

526 名前:北畠蒼陽:2005/01/26(水) 23:16
-或る少女の最後の日-

「うふふっふ〜♪」
少女はうかれていた。
子供の頃からずっといじめられてきた自分が今、この場に立っていることが信じられなかった。
自分は一生、地虫のようにはいつくばって生きていかなければならないのだと思っていた。
それが……
今の状態はどうだ!
これだけの戦功を打ちたて!
あの才能の塊のような少女を出し抜いた!
この自分が、だ!
それがなによりも嬉しく、だからこそ少女は有頂天になっていた。
「や、やっと荊州校区に錦が飾れるかな」
少女の名前は昜士載。漢中アスレチック攻略戦の最大の功労者であり……

……そしてこれから悲惨な末路をたどる、そんな少女。

「おきろ、田舎モノ」
「……へ?」
いつの間にか寝入ってしまったのだろう、昜を起こしたのは冷たい声だった。
「え……? 鍾会、さん?」
冷たく自分を見下ろすその少女と少女が引き連れる部下たちに周りを囲まれている状況に昜は目を白黒させた。
鐘会士季。
生徒会の大功労者、鍾ヨウ元常の実の妹にして生徒会の次代を担う、と期待される逸材。
子供の頃からずっといじめられてきた昜とは正反対の陽光のあたる場所をずっと歩いてきた才能の塊。
そしてともに漢中アスレチック攻略戦を任された戦友……

だったはずだった……

パシッ!
鋭い音が室内に響く。
昜はなにが起こったのか理解できないような顔をする。
事実、彼女にはなにが起こったのかわからなかった。
いや、なにが起こったのかはわかったがなぜそうなったのかがわからなかった。
鐘会が昜の頬を打ったのだ。
「え……あ、え? 鐘会、さん?」
「うるさいぞ、田舎モノ。私の名前を呼ぶな、汚らわしい」
鐘会の冷たい言葉に昜は魂が抜けたように黙り込む。
なぜこんなことになったのか……
少なくとも攻略に挑む前はこんなことは言われなかった。
昜の言葉も認めてくれたし、だから昜も彼女のことが嫌いではなかった。
なのに、なぜ……
「昜士載、生徒会からの辞令だ。あんたのどもりはうざいから階級章剥奪とする」
鐘会が昜の目の前に紙を突きつける。
確かにそれは昜の階級章剥奪の辞令だった。
もっとも反乱を企てたことによる命令であり、決してどもりが理由ではなかったが。
「そ、そ、そんなこと考えてません! 鐘会さん、お、お願いです! 生徒会に抗弁の機会をください!」
しかし鐘会はその昜を鼻で笑う。

「バカか、あんたは。抗弁なんかさせたらあんたが反乱を企ててないことがばれるだろうが」
なにを言われたのかわからなかった。
わかりたくなかったのかもしれない。
「い、今、なんと……?」
「田舎モノは理解も遅いなぁ」
鐘会が酷薄な笑みを浮かべる。
普段は小悪魔的な少女であるだけに凄みがある。
「つまり、ね」
鐘会が昜の階級章に指をかけながら優しく諭すように言う。
「私よりも才能のある人間は許さない!」
昜はもう疲れたような表情をして鐘会のほうを見ることしか出来なかった。
「鐘会さん、わ、私は……あなたのこと、ダイスキだったんですよ……」
「奇遇ね、昜。私もあなたのこと好きだったわ。この漢中アスレチックであなたがそんな煌くものをひけらかさなければもっと好きでいられたのにね」
ぴっ……
音を立てて昜の胸から階級章がはずされた。

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完全に救われない話を書いてみました。
いや、鐘会・イン・ザ・ダークはこんな感じじゃないかな〜、と。
鐘会ファンのみなさん、ごめんなさい ><
でも頭の中で考えてた段階では昜のこと足蹴にしてたんです ><

527 名前:海月 亮:2005/01/26(水) 23:58
>北畠蒼陽様
お初にお目にかかります、半年ほど前から入り浸って、このサイトで狼藉の限りを尽くしている海月という者です。
考えてみれば1/20の時点で、SSスレに最期の投稿やらかしてたのは私だったから、本来は私が一番最初に気づいていなければいけなかったとか何とか…
_| ̄|○無礼の段、何卒お許しを。

っと、昜&鍾会ですな。
私めも鍾会なら他人を足蹴にすることくらいなんとも思ってないとは思ってましたが…。
救われないなぁ…昜。

さすれば私めもひとつ。祭のテンションを引きずる形で、長湖部・東興戦役SSを放り込んでおきますね。

528 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:00
-東興・冬の陣-(1)

「左回廊、弾幕薄いよ! 何やってんの!」
トランシーバーを左手に、蒼天学園公認のモデルガンを右手に、長身の少女が檄を飛ばす。
小さなお下げを作った黒髪を振り乱しながら、窓の外へモデルガンを乱射しつつ指示を飛ばすその少女の名は留略という。長湖水泳部の現部長・留賛の妹である。
長湖部次期部長選抜に伴う内輪もめ…後に「二宮の変」と呼ばれる事件を経て、孫権が引退した直後の混乱を突いた蒼天会の大侵攻作戦が実行に移されたのだ。それを、前線基地である東興棟で留略と、先に引退した全Nの妹・全端がその猛攻を食い止めている状態だ。
その形式は、蒼天会お得意のサバイバルゲーム形式。数だけでなく、その形式では戦闘経験も武器の質も勝る蒼天会にとって有利であったが、それでも留略達は地の利を活かしてぎりぎりで食い止めていた。
「主将! 向こうのほうが火力も上です! もう保ちませんよぅ!」
「泣き言なんて聞きたかないね! なんとかおしッ!」
隣りの少女の泣きそうな叫び声に叱咤を返し、空いた手にモデルガンをもう一丁構えた留略はそれも眼下の敵軍に打ち込んでいく。
留略とて不安でないわけではない。何しろ、ここを取り囲んでいる大軍とて、相手の先手に過ぎない。その背後には、名将で知られる諸葛誕の率いる第二陣が控えている。同時に南郡も王昶を総大将とする軍の大攻勢を受けており、近隣からの応援は期待できそうにない。
援軍として進発した長湖副部長・諸葛恪や水泳部副部長・丁奉らの到着が遅れたら…最悪のシナリオを頭から振り払うかのように、留略は叫んだ。
「皆ッ、元遜さん達が来るまでの辛抱だ! ここが踏ん張り所だよっ!」
不利な戦線を懸命に守り抜こうとする少女達への激励は、何よりもむしろ、挫けそうな自分に対する叱咤のようにも聞こえていたに違いない。
(正明姉さん…承淵…御願いだから早く来てぇ〜!)
それが偽らざる、今の留略の本心である。

「奇襲をかけろ、と?」
「ええ」
出陣を目前にして、総大将・諸葛恪に意見する少女が一人。狐色の髪をポニーテールに結った小柄な少女は、長湖部の最高実力者であるクセ毛の少女に、臆面も無く告げた。
「確かにあなたの威名は、蒼天会にもよく知られています。さらに王昶、胡遵らの輩はあなたに及ばず、あなたの親戚の諸葛誕さんも、才覚としてはあなたに一歩譲るところがあり、良く対抗できるものはいないでしょう」
少女の言葉に、諸葛恪は思わず顔を綻ばせた。諸葛恪というこの少女、確かに智謀機略に優れ、長湖部にも右に出るものが無いほどの天才である。しかし、やや性格に難があり、自信過剰で不遜な一面がある。
少女は諸葛恪のそうした性格を良く熟知しているらしく、先ずはその顔を立てて見せ、そしておもむろに思うところを述べた。
「しかしながら、相手は許昌、洛陽に詰めているほぼ全軍とも言える大軍を投入しています。負けることは無くとも、相当の苦戦は免れません。ここは機先を制し、我々の威を示すことが、戦略の妙かと思われます」
「ふふ…その言葉、尤もだわ。ならばあなた達水泳部員に先鋒軍を任せるわ。存分にやって頂戴、承淵」
「畏まりました」
上機嫌の諸葛恪の言葉に、恭しく礼をすると、その少女…丁奉は、本営のテントを退出した。
すると、そこには松葉杖をついたセミロングの少女が待っていた。
「承淵、首尾はどう?」
「バッチリですよ。季文にも教えて下さい、すぐに出ますよ正明部長」
「流石だわ」
にっと笑って見せる丁奉に、セミロングの少女…現水泳部長・留賛も笑顔で返した。
「で、先輩にも御願いがあります。あたしは集めた決死隊の連中引き連れて先に行くので、他の娘達と一緒に後で来て下さい」
「ちょ…どういう事よ?」
留賛はその言葉にちょっと気分を害した様子だった。
留賛はかつて初等部にいた頃、黄巾党の反乱に巻き込まれ、反抗的な態度をとった見せしめとして片足に大怪我を負い、後遺症で今でも杖無しで歩くことはままならない。それゆえ、水泳に青春をかけたことで知られている。
そのことを馬鹿にされたと思ったのだろう。しかし、
「いえ、あたしが先行して敵の目を惹きつけます。その間に、先輩達には蒼天会の連中が作り始めてる浮橋を始末して頂きたいと思いまして。アレを壊せば、勝敗の帰趨は決まると思いますから」
留賛はつまらない邪推をしたことに気付き、それを恥じた。だが、それでもなお、納得のいかない表情で、
「あ…で、でもアンタの子飼いだけじゃ、いくらなんでも兵力差があり過ぎるわ…危険よ」
「相手の先鋒は韓綜だって聞きました。アイツなら、寡兵で行けば相手にもしませんよ。その隙を突けばいくらでも時間は稼げます。任せといて下さいよ!」
自身満々の表情で言う少女に、その少女の経歴を知らないものなら危ぶんで止めに入るところである。
しかし、留賛は知っている。目の前の少女は、高校二年生にして、既に課外活動五年目に入ろうというベテラン中のベテランであるということを。
「ん…解った。妹のこと、宜しくね」
「はい!」
留賛がその肩に手を置いてやると、その小柄な少女は元気のいい笑顔で応えた。

529 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:01
-東興・冬の陣-(2)

そのやり取りから三十分ほど後、丁奉率いる奇襲部隊は、東興棟を対岸に臨む地点へ到達した。遠目に、未だ東興守備を任された少女達の奮戦も見て取れる。
「間に合ったみたいです、主将!」
「お〜、流石は略ちゃんだよ〜。頑張ってるわね〜」
三十に満たない人数の先頭に立ち、丁奉は感心したようにそう言った。
「感心してる場合じゃないですよ主将。それに、この人数で奇襲をかけるってもどうするつもりなんですか? 向こう、少なく見積もってもうち等の十倍は居ますよ?」
彼女達長湖部員が本陣を置く揚州学区では、校舎の棟と棟の間は幾つものクリークに分断されており、普段の移動には船やボートを利用するのが普通である。
まぁ中には、泳いで棟移動するツワモノもいるにはいるのだが…今は二月である。はっきり言って、この時期の渡河は命がけだ。この先遣隊を率いる丁奉も、かつてこの時期の渡河で死にかけた事があった。
だが…
「決まってるじゃん、泳いで渡るんだよ」
「うげ……………やっぱり」
あっけらかんと言い放つ丁奉に、少女達はげんなりした様子でうなだれた。
「ボートなんかで渡ったら狙い撃ちだからね〜、水の中なら治外法権よ?」
「いや、それはそうですけど…主将アンタ、いっぺん死にかけたこと忘れたんですか?」
そう言った少女も、又聞きの話なので大袈裟な表現ではなかったか、とも思っていた。だが、冬だけは熱帯から寒帯に気候が激変する長湖周辺である。
現に今、気温は10℃を割っている。水に入ったときはいいとして、上がった途端に地獄を見るのは容易に想像できた。
「あのときはあのときだよ。それに何のために、下に水着着て来てって言ったと思ってるの? まさか、気合入れるためとかそんなことだと思ってた?」
いや、むしろそうであって欲しかった…それが少女達の正直な感想だった。
うなだれる少女達を見て、丁奉は怒気を露に言い放った。
「こうしている間にも略ちゃん達は追い詰められてるんだよ!? 皆だってあの娘を助ける為に決死隊に参加したんじゃない! …もういいよっ、あたし一人で行くから!」
言うが早いかジャージの上下を脱ぎ捨て、いわゆる"競スク"一枚になった彼女は、傍らの少女から愛用の大木刀を引っ手繰ると、凍るような河へ飛び込み対岸へ向けて泳ぎ始めた。
「あ〜あ、行っちゃったよ…どうする?」
「どうするも何も、主将一人で行かせる訳にもいかないでしょうが」
「仕方ないなぁ…あたし達も行くよ、主将に遅れるな!」
主将の姿を眺め、少女達も意を決したように頷くと、各々ジャージを脱ぎ捨て水着一枚になると、次々と獲物を手に河へと飛び込んでいった。

その頃、対岸では…
「主将、対岸に敵の応援部隊が現れました! 数はおよそ三十!」
「…は?」
その報告に、寄せ手の先鋒を任された韓綜は首を傾げた。
この韓綜、長湖部の立ち上げからその重鎮として名を馳せた烈女・韓当の実の妹であり、元々は彼女も長湖部の幹部候補として優遇されていた少女である。
だが、生真面目で礼儀正しい人格者の姉と異なり、この妹は放蕩に耽り品行も悪く、自分を常にかばってくれた姉の引退後、わが身に危険を感じて蒼天会に寝返りを打ち、以来隣接する長湖部の勢力範囲内で散々悪行を重ねていた。それゆえ、前部長・孫権を筆頭とする長湖部員全員から恨みを買っていた。
「うちらの十分の一にも満たないわね…てゆーか、どうやって渡ってくるつもりかしら?」
「えっと…物見の報告では、何でも河に次々飛び込んでるらしいんですよ」
「マジ? ……あ、ホントだ」
韓綜は双眼鏡を手にとると、その光景を確認して唖然とした。そして、心底呆れたように、
「どうしようもないアホも居るモンねぇ。冬の長湖で寒中水泳なんて、正気の沙汰じゃないわね」
「どうします主将? もし泳ぎ着けば、ここを強襲されそうですが…」
「…放っといていいんじゃない? あんな自殺行為して、もしここまで辿り着いてもマトモに動けないでしょうし…来たところで数も少ないし、せいぜい好きにやらせときなさいな」
「それもそうですね」
そうやって取り巻きと時々その様子を眺めては嘲笑し、その姿が水面から消えると、その侮蔑の笑い声はさらに大きくなった。
韓綜以下、これが命取りになろうとは、誰も想像できなかったに違いない。

530 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:03
-東興・冬の陣-(3)

対岸からここまでゆうに300メートルある。先に報告が入ってから僅か3分で、丁奉率いる先遣隊は韓綜のいる辺りに上陸を果たした。
対岸まで数十メートルというところで少女達はわざと水中に身を隠し、その恐るべき肺活量でまったく水面へ顔を出すことなく、残りを泳ぎきったのだ。
「ぷはっ…よ〜し、到着〜」
丁奉の能天気な声とともに、冷たい河の流れの中で潜泳を敢行した少女達が、一度に顔を出した。
その水音に驚いた韓綜達を尻目に、一番に河から上がった丁奉は、唖然とした蒼天会軍の少女達の目の前で、まるで子犬のように顔を震わせると、満面の笑顔で小さく手を振りながら、
「は〜い、お元気ぃ?」
と、やってみせた。目の前の少女達は、呆気に取られてぽかんとそれを眺めていた。
「う、ノリ悪いなぁ…挨拶は?」
「駄目ですよ主将〜、韓綜程度のバカにそんなユーモア通じませんって」
「そ、そ。コイツ等、オツムの血の巡り悪いから」
「むぅ…それもそうか」
続々と泳ぎ着いた少女達が、ちょっとむっとした丁奉にそんなことを言った。
「…はッ! て、敵しゅ…」
「遅いッ!」
正気に戻ったが早いか、少女は叫ぼうとした。その刹那の間に、木刀を構えた丁奉が駆け抜けざまに次々と少女達を打ち据え、昏倒させていく。
北辰一刀流の極意、"仏捨刀"である。
夷陵回廊戦で垣間見せた見様見真似の剣技は、その後に水泳の片手間に入門した剣術道場での修行の成果があって、二年経った現在では見違えるほど洗練されていた。
「皆、主将に続けッ! 寒けりゃその分動き回りゃいいんだよっ!」
「応よ!」
丘へ上がってきた少女達も、獲物を手に取り、四方八方の敵を打ち崩していく。蒼天会先鋒軍は、瞬く間に恐慌を来たし、大混乱に陥った。
そして、恐怖にかられ逃げようとする韓綜の前に、丁奉が立ちふさがった。
「あなただけは許さないから…覚悟しろ、この裏切り者ッ!」
「く、くそッ! 承淵の分際でぇ!」
「あなた如きに分際呼ばわりされる義理はないわよッ!」
丁奉は韓綜の繰り出した一撃を無造作に弾き飛ばすと、先ず肩口に強烈な一撃を見舞う。さらに間髪入れず、逆風に放たれた太刀を左脇腹に叩き込むと、韓綜は呻き声を上げることなくその場に崩れ落ちた。

蒼天会の軍勢をあらかた追い散らし、戦況も落ち着いてきたその時。
「…あ、お〜い、正明せんぱ〜いっ!」
ノーテンキな笑顔でぶんぶんと手を振る丁奉の姿を認めた留賛は、一瞬呆気に取られた。と同時に、丁奉が何を仕出かしたかを理解した。
早足をするかのように杖をつき、そちらへ向かっていくと…
「くぉのおバカ! この寒い時期になんつーカッコしとるんじゃあ!」
ごきん!
「あうっ!」
ややフック気味に振り下ろした拳骨を、その狐色髪の天辺に叩き込んだ。
「…う〜…痛いですぅ〜…時間稼ぎはちゃんと成功したじゃないですかぁ…」
「やかましい! 皆にまで迷惑かけやがって…そういう馬鹿にはこうしてやるッ!」
「あうぅぅ! なんでぇ? どうしてぇぇ!?」
留賛は丁奉を小脇に抱え、額にウメボシを食らわせつつ東興棟へ歩を返す。
その光景に苦笑した少女達も、それに続いていった。

531 名前:海月 亮:2005/01/27(木) 00:14
-東興・冬の陣-(4)

その後、後続の諸葛恪率いる本軍が到着し、蒼天会本隊の胡遵軍は壊滅状態となった。更に朱異らの手によって、蒼天会軍が作成中だった浮橋が壊されたことで、諸葛誕率いる蒼天会軍第二波の侵攻も食い止められたのである。王昶率いる南郡棟攻略中の別働軍も、南郡棟守備隊の奮戦に攻めあぐね、東興侵攻軍の敗北の報を受けて退却した。
とりあえず、当面の危機は去ったのである。
ついでに言えば、丁奉達の脱ぎ捨てたジャージやらなにやらは、後から来た諸葛恪達が回収して東興棟に届けたくれたのだそうな。
で、その翌日…丁奉の寮部屋では。
「くしゅん!」
「…八度五分…文句つけようも無く、風邪ね。馬鹿も風邪ひくなんて、意外だわ」
体温計の表示を見て、陸凱は呆れたように呟いた。その脇では、先に引退した陸遜の妹・陸抗も心配そうにその様子を眺めていた。
「しょーちゃん、大丈夫…?」
「あぅ〜…頭痛いよぅ〜…寒いよぅ〜」
「ったく、アンタ何時か死にかけたの忘れたの? それとも、馬鹿は死ななきゃ治んないって?」
「ふーちゃん、言い過ぎだよぅ…しょーちゃんだって、頑張ったんだから…」
「甘い、甘いよ幼節! 一度きちんと思い知らせておいた方が、この馬鹿の為だ! 喰らいやがれッ!」
怒り心頭に達したらしい陸凱は丁奉を無理やり起こすと、こめかみの両サイドにウメボシを仕掛けた。
「あうぅぅ〜……勘弁してぇ敬風ぅ〜…」
「駄目だよぅふーちゃん…病人にそんなことしたら…」
おろおろしながらそれを宥める陸抗。
後に、その場は違えど、一致団結して斜日の長湖部を支えていく少女達の、ささやかな平和のひとコマがそこにあった。

余談だが、この時丁奉とともに寒中水泳に望んだ少女達は、やはり皆風邪をひいたという話である。
さらに言えば、一番酷い症状を出した丁奉は、その後一週間ほど寝込んだという。
その悪化の裏に陸凱や留賛のウメボシ攻撃が作用していたかどうか…知る術は無い。

(終劇)
------------------------------------------------------------
というわけで、東興戦役・承淵ちゃん薄着突撃のお話…ってか、寒中水泳やってますな(w
演義とかだと渡河中に鎧を脱ぎだしたとかそんな話だったので、そちらを参考にしたのやらしてないのやら(どっちだよ
あと…拙作「風を継ぐ者」でもやった仏捨刀→逆風の太刀コンボとか、丁奉の口癖とか、冒頭の留略の台詞とか…悪ふざけしすぎてます。
平にご容赦の程を…_| ̄|○

532 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:48
>海月 亮様
こちらこそよろしくお願いします〜。
ちなみに昜は足蹴にしようと思ってそのシーン、書くには書いたんですけど……
あまりにも救いようがなくて……えぇ(ノ_・。

そして東興・冬の陣はお見事! 丁奉かわいいなぁ(ぇー

さてんじゃあこっちももいっこ投下ですよ〜。
最近のログ見ると海月様と私のリレーになってますか!?
かまうもんか!(ぇー

ってわけでまだ誰も語ってない(っぽい?)夏侯惇の隻眼ストーリーです。

533 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:49
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(1/3)-

「叔母様、準備はいいですか?」
「その名前で呼ばないでっていってるでしょ!」
「こちらも準備はできたぞ」
「あらあらあら、もう死ぬ準備ができたんですの? 賈ク様のことですからきっと素晴らしい遺言を聞かせてくださるんでしょうね♪」
「はっ、おもしろい冗談ですな、荀攸殿」
明るいざわめき、というには多少とげとげしいものがある。
そんな声を聞きながら隻眼の少女は苦笑しながら手を叩いて注目を自分に集めた。
「はいはいはい、今日はいい日なんだから2人ともいがみ合うの禁止」
少女……夏侯惇が話をはじめただけでざわめきはぴたっとおさまりその言葉にみなが聞き入る。
「みんな、準備はいい? じゃあ烏丸・袁姉妹連合留守番部隊の打ち上げはじめるよー」
打ち上げとはいっても名目は反省会であり、ここで飲み食いしたお金は経費で落とされる。
冀州校区ではそれなりに名前の知られた中華レストラン『鳳陽』を借り切って反省会、とは名ばかりの宴がはじまろうとしていた。

みながハメをはずさぬように、ドリンクバーで持ってきたメロンソーダを飲みながら夏侯惇は少し離れた場所でぼ〜っと喧騒を眺めていた。
「ふぅ……」
最近、前線に立っていない。
現地で祝勝会に参加している許チョや張遼たちに嫉妬すら感じる。
なぜ孟徳は私を後方に残しておくかなぁ……
夏侯惇はくしゃりと髪をかきあげた。
まぁ、理由は自分以外に世話係がいない、というだけなのだが。
理由も自分でわかっているだけに夏侯惇の口元からは苦笑しか漏れてこない。
「夏侯惇さん、もっと真ん中にきてくださいよ。そんな隅っこに貴女みたいなひとがいるってのも落ち着きません」
苦笑を浮かべながら韓浩が夏侯惇に近寄ってくる。
「貴女みたいなひと、って私はどんなのだよ」
韓浩の言葉に苦笑を浮かべ、またメロンソーダを一口。
韓浩も夏侯惇にそれ以上真ん中にくることを薦めることもなく口の端に笑いを見せた。
「隣、いいですか?」
「あぁ……」
そのまま2人で人の流れを眺める。

「夏侯惇さ〜ん☆」
しばらくぼ〜っとしていると夏侯惇に黄色い声がかかった。
それを見て韓浩は顔色を変えた。
「いっぱい食べて楽しまなきゃいけませんよぉ☆ これ、おいしいですよぉ☆」
娘の手にはアップルパイがあった。
「離れて!」
夏侯惇に声をかけてきた娘に注意するよりも早く夏侯惇の手が娘の手にあったアップルパイを叩き落す。
そして娘を睨みつけた。
「ひ……」
そのあまりの迫力に娘はへたり込み、泣きそうな顔になっている。
「どうしたんですか、夏侯惇さん……元嗣?」
騒ぎを聞きつけて史渙が近寄ってきた。
「どうもこうもないわ、公劉。この子が夏侯惇にりんごを見せただけ」
韓浩の簡潔な説明に史渙は手で顔を覆って天を見上げた。
「あちゃ〜……」
「ホント、あちゃ〜、ね。公劉、この子のことお願いできる? 私は……」
ちょいちょい、と夏侯惇を指差しながら苦笑する。
「ん、おっけ……はいはい、もう大丈夫だからちょっと外いこうね〜」

534 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:50
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(2/3)-

娘を離れた場所に連れて行く史渙をちら、と見やってから韓浩は夏侯惇に視線を戻した。
「まぁ、『りんご』ってのは夏侯惇さんのNG品目だから仕方ないんですけどね。あの子にだって悪気があったわけじゃないんだし許してやってください」
幾分落ち着いたか、それでも興奮の冷め遣らぬように夏侯惇は椅子に乱暴に腰を下ろした。
「あの子に悪気がないのはわかってる。あとで謝らなきゃね」
そんな怖い顔で謝っても逆効果だよ、という本音をちら、とも見せることなく韓浩は頷いた。
「夏侯惇さんのりんご嫌いは有名ですからみんな知ってると思ったんですけどね」
「有名ってのもあんまり嬉しくないわね」
夏侯惇はメロンソーダに再び口をつけ、ようとしてやめた。
「でも私だって夏侯惇さんがりんご嫌いな理由までは知らないんですから、もしかしたらあの子が知らなかったのも当然かもしれませんよ」
夏侯惇は韓浩の言葉にぎこちない笑みを浮かべる。
「あんまりおもしろくない話よ? それにどれだけいっても孟徳のバカ話だしね」
そして夏侯惇はゆっくり口を開いた。

シャギャア、シャギャア……
モケケケケケケケケ……
よく密林の探検隊とか動物番組とかで聞かれるようなよくわからない動物の声があたりに響いている。
足元に多い茂る草をかきわけ、木の間に道を見出し2人の少女は前へ前へと進んでいた。
正確に言えば小柄な少女に大柄な少女が引っ張られていた。
2人ともエン州校区初等部の制服に身を包み、いかがわしい幼女マニアが見れば一発で役満に振り込むこと間違いなしだ。
「孟徳〜、ほんとにこんなとこなの?」
「間違いないよぉ。元譲だってりんご好きでしょ〜?」
いやまぁ、好きなのは好きなんだけどさぁ……
元譲と呼ばれた少女、夏侯惇は口ごもる。
夏侯惇と小柄な少女、曹操は交州校区の片隅の密林を歩いていた。
なぜこんなところに2人の少女が歩いているのか……
話せば長くなる。
だが語れば短い。
要するにテレビを見ていた夏侯惇が『りんごおいしそう』と言ったのを聞きつけた曹操が夏侯惇をりんご狩りに誘ったのだ。
交州に。
ばさばさばさばさ……
頭上を極彩色の鳥が飛んでいく。
ここは本当に中華市なんだろうか……
夏侯惇の頭に至極真っ当な疑問が浮かんだ。
しかし夏侯惇はりんごがどんなところに生息する植物なのか知らない。
だから少し怖いがこんなもんかも、と思っていた。
りんご狩りって命がけなんだなぁ〜、と少し的外れなことを思いながら。

535 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 18:52
-隻眼の小娘とりんごの悪夢(3/3)-

「う〜ん……」
「ど、どうしたの、孟徳」
「いや、ここに来る前にね、おばあちゃんに聞いたの」
おばあちゃん……曹騰である。
現在の蒼天会長である桓さまこと劉志の3代前の蒼天会長、順さま、劉保の親友にして学園の伝説的カムロ。AAAカップの守護者、と呼ばれ学園史に巨名を轟かせた鬼才である。
そして曹操はおばあちゃん子であった。
「おばあちゃん言ってたもの。『りんごは交州校区のような危険な場所にできるものなんだよ。怖いんだよ。1人でいっちゃいけないよ』って」
夏侯惇はしばらく考えて口を開いた。
「……あんた、それは……あんた1人で勝手にいかないように怖がらせようとしただけじゃないのか……?」
「あ〜、夏侯惇もそう思う? 私もそんな気がしてきたよー」
「ッ!!!!!!??????」
夏侯惇の声鳴き悲鳴が密林にこだました。
モケケケケケケケケケケケケ……
こだまはしたがすぐにかき消された。

「元譲〜、機嫌直してよ〜」
「……」
あからさまに不機嫌な夏侯惇とあまり誠心誠意とはいえない態度で謝る曹操。
2人は今、遭難中であった。
とにかく帰り道がわからないのである。
当たり前な気はするが。
なぜ帰り道の目印の一つもるけておかなかったか。
曹操曰く『あ、そっか。帰んなきゃいけないんだっけ』とのこと。
バカ丸出しである。
「帰ったらりんご食べたいねー」
ヒトゴトのように言う。
誰のせいでこうなったんだ! という言葉を夏侯惇は口に出さない。
曹操がどんなヤツかってことは昔から身にしみている。
「とにかく帰ろう」
憮然と呟いて歩いてきた方向……と思われる方向に向かって歩き出す。
「あぁ! 元譲まってよ〜」
待ってやる自分がいじらしいな、と夏侯惇は足を止め、曹操のほうに振り返る。
そして両目を見開いた。
「も、孟徳! 後ろッ!」
「ふぇ?」
トラが唸り声を上げて2人の方向を見ていた。
「はぁい♪」
手を振ってみた。
トラは飛び掛ってきた。
「バカ孟徳ーッ! 逃げろーッ!」
「ごめんよー! ごめんよー!」
2人は全力で逃げ出した。

「……んで2人で全力で逃げて。ふ、と気付いたら片目がなかった」
中華レストラン『鳳陽』の片隅。
夏侯惇の腕組みしながらの告白に韓浩は口元を引きつらせた。
隻眼に関してはなんらかの武勇伝があると思っていたが想像以上の武勇伝だった。
しかも想像の上斜め50度くらいを横切っていくような予想外っぷりである。
「そ、それは大変でしたね」
それしか言えない。
そしてしばらく2人は見つめあい……
やがて韓浩はなにかに気付いたように口を開いた。
「りんごがトラウマなのはなんとなく理解できましたけど……その話を聞いてると私が当事者だったらりんごよりも曹操さんに対してのトラウマが出来そうな気がするんですが……」
夏侯惇は韓浩を呆然と見やった。
「……そ」
「そ?」
「そんなこと考えたこともなかった……」
「か、考えてくださいッ! 重要重要!」
そんなあらゆる意味で平和な日のことだった。

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カムロ設定は岡本様の『十常侍の乱』より。百万の感謝を。
ちなみに実際に目を失ったシーンは私が書くとどうやってもグロにしかならないのでぼかさせていただきました^^;
もう、いろいろぐだぐだなんで許してやってくださいけぷ☆(吐血

536 名前:海月 亮:2005/01/28(金) 19:44
おお、今度は惇姉の隻眼秘話ですな。
確か人物設定のところでも、課外活動とは無関係の所で、恐らくは曹操が原因で片目を失った、とあったと思いましたし。
しかし、トラですか。片目で済んだのが奇跡みたいな話で笑えるなぁA^^)

>ログがリレーに…
なってますね…まぁ、私もですけど、きっと皆様こないだの祭(←旭記念日スレ)で萌え尽きてるor現在も奮闘中でしょうから…。

537 名前:北畠蒼陽:2005/01/28(金) 20:08
>こないだの祭
ちょうどおわったあとくらい(ROMを含めたらもうちょい前からこのHPにいましたが)に
カキコはじめた私にはお祭りに混じれなくてはふんorz
もうどうしたもんか、って感じですprz<スネ夫

>片目で済んだのが奇跡みたいな話
今、思いついたのはそこを救ったのが許チョとか(笑
蒼天航路リスペクト! なのですよ〜(笑

538 名前:★ぐっこ@管理人:2005/01/30(日) 00:54
正直スマンカッタ( ゚Д゚)!
あらためましてはじめまして、北畠蒼陽さま!
旭祭に夢中なあまり、素で>>520に気付きませんでした_| ̄|○
このバカを存分に罵り辱めてくださいませ(;´Д`)ハァハァ…

>覇者と英雄
(゚∀゚)! 蒼天テイスト!
そんでもって、やはり背伸びしても袁紹の王者っぷりには届かない曹操!
これイイ!袁紹ってなんだかんだいって、曹操のお姉さまですから!

>鍾会と昜
これもキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
鍾会の性悪さより、昜たんのうろたえっぷりにときめきました。
存外、二人ともプライド高いので、水面かでの張り合いが激しかったのでは
と推測。萌える…

>-隻眼の小娘とりんごの悪夢
(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル
そうだったんだ( ゚Д゚)! いや私も全く考えてなくて、なんとなく曹操のせい
だろうな…とか思ったたのでマジ採用! 交州校区にて夏侯惇隻眼!
そして許褚の登場!?うわははは!これいいッ!
北畠蒼陽さま!ありがとうございますっ!

>海月 亮さま
うお、丁奉たんの寒中水泳( ゚Д゚)! で、韓当たんの不詳の妹の始末と!
相変わらず学三はレアなキャラが出てくるなあ…留姉妹あたりが出てくるとは。
(゚∀゚)GJ! そういや留賛も、最後は結構壮絶な散りざまでしたやね(´Д⊂

539 名前:北畠蒼陽:2005/01/30(日) 01:25
>ぐっこ様
拙作に過大な評価痛み入ります。1億の感謝を。
ただすべての作品でいろいろミスってるのが難点といえば難点orz
曹操&袁紹はサバゲ決戦だってことを知らずに書いてるし
鍾会&昜はあだ名を名前の後ろに書いてるし
曹操&夏侯惇は3/3で「あ〜、夏侯惇もそう思う?」って……
元譲って呼んであげて(ノ_・。

あと曹騰は従姉妹のお姉ちゃん、ってことで正式に後漢話を
書き出しました。
新参者のクセにすげぇ長編になりそうでそれはそれでへこみorz
「読みたくねぇ」とか言われると地の底までへこむので
心の中で思うだけにしといてください(笑

それはともかくこれからよろしくお願いします! なのですよ〜。

540 名前:★教授:2005/01/30(日) 14:52
■■ 合肥の戦 〜凌統vs楽進〜 ■■

「このままくたばれっかよ!」
「きゃあっ!!!」
 凌統は襲い来る敵に自慢のヌンチャクを振るいながら自身の置かれている状況を再確認する。周囲には傷付き倒れた自分の部下、そして敵が無造作に横たわっていた。そして凌統自身もまた全身に痣や切り傷を作り大きく肩で息をしている。勇猛果敢の遜色に少しずつ翳りが見えていた。
 その姿を小高い丘の上で見ている少女がいた。最近、長湖部では『泣く子が更に泣く』やら『鬼道娘』で恐怖の的とされている蒼天会屈指の実力者――張遼、その人であった。マウンテンバイクに跨り双眼鏡で戦況を確認しつつ、手に握る模造刀に力が篭る。
「意外と頑張るわね…あの娘」
「そうみたいだな…見た目はフツーなのにな」
 感嘆の声を漏らしてにやりと口端を歪める張遼に相槌を打つのは楽進だった。こちらは少し難しい顔をして望遠鏡を覗き込んでいた。ちらちらと張遼を見ながら不満の声を挙げる。
「ねぇ…何で、私は望遠鏡で見てるのかな…。近すぎて見えたり見えなかったりなんだけど…」
「仕方ないじゃない。双眼鏡はこれしかなかったんだし…あ、その望遠鏡は壊したら弁償って徐州天文部が言ってたからね」
「分かってるよ…流石にこんな高い代物は経費で落ちないだろうしな…。つーか、何で望遠鏡なんて借りてきたのさ…これなら肉眼の方が…」
「なら、李典を叱らなきゃね…それ借りてきたのはアレなんだし」
「ごめんなさい…我侭言いませんからケンカはしないで…」
 溜息を吐きながら楽進は再び望遠鏡を覗き込んだ。恐らく胃も痛くなってることだろう。
「……まあ、あの調子だと長くは持ちそうにないわね。私はその辺りに潜伏してるかうろついてる長湖部の残党を制圧してくるか…。ここは任せたわよ」
 双眼鏡を楽進に投げて寄越す張遼。楽進はそれを振り返る事なく片手でキャッチして頷いていた――

「はぁ…はぁ…………もう終わりかっ! 怖気付いたのなら…そこを退けぇっ!!!」
 息が上がり疲労困憊が誰の目から見ても明らかな凌統。しかし、檄する声には気迫――いや、ここは鬼迫とも言うべき殺気が濃縮されている。その鬼の咆哮に張遼軍の生徒達が息を呑み、間合いを取りはじめた。鬼腕張遼の直属の配下、死をも恐れぬ狂戦士の隊。通称『羅刹隊』がたじろいだのだ。これには遠くで見ていた張遼と楽進も驚きの色を隠しきれなかった。
 しかし、凌統の敗色を秒刻みで濃くなっている。彼女の周囲に味方は誰一人として残ってはいなかったのだ。凌統の配下は唯の一人として生き残ってはおらず、全員見事に飛ばされていたからだ。唯一の救いは降伏した者がいなかった事くらいだろう。
「怯むな! あの姿を見ろ! あれで満足に戦えるはずもないだろう!」
 羅刹隊の一人が凌統を指差し、周囲を見る。しかし、自分で発した言葉に誰も頷く事はなかった。全身青痣だらけ、そして自身の血と返り血で赤く染まった制服。大きく肩で息をしているその姿に戦える余地は何処にも見えない。だが、それでも羅刹の軍は動けずにいた。目が――全く死んでいないのだ。それどころか襲い掛かれば襲い掛かるほどに満ちていく殺気に彼女達も慎重にならざるを得なかった。
「来ないのかよ……来ないなら…こっちが行ってやるよ!」
「ひぃっ!」
 じりじりと間合いを詰め始める凌統に明らかな怯えを見せる羅刹隊。死への心構えが出来ているとはいえ、こんな魔界の生物を相手にしてしまった事を後悔しつつあったのだ。
 ――と、羅刹隊の後方に砂煙を立てながら迫ってくるマウンテンバイクが凌統の目に映った。
「どけどけぇっ!」
 羅刹隊が何事かと振り返った瞬間、その姿は宙を舞っていた。その軌道はスローモーションの様に目に映り、ゆっくりとトレースするような不思議な感覚に陥っていた。そして、その人は激しい音を立てて着地する。無造作に切った髪、傷だらけの顔、体操服に身を包んで身の丈はある棍を手にした堂々たる姿に羅刹隊も喚声を上げた。凌統もその威風堂々たる姿に一瞬呑まれそうになる程であった。
「私は楽進。アンタに引導を渡しに来た! いざ勝負されよ!」
 マウンテンバイクから降りると羅刹隊に下がるよう指示を出す楽進。
「ふん…勇ましい事だね。気に入った…私は凌統、いざ尋常に!」
 凌統は口元を吊り上げ、構えと間合いを取る。楽進もまた棍を中段に構え出方を窺う。
 互いに隙を見せる事なく一歩、また一歩とその間合いを詰めていく。冷たく重い空気が漂う二人の周囲に固唾を飲んで見据える羅刹隊。どの少女を見ても瞬き一つしていない。そして二人の間合いは2メートル弱にまで詰まる――

 
 ――――――刹那の瞬き、空気を裂く乾いた鉄音と縫う様な深く重い鈍音が戦場に轟いた――――――



「ふぅ……」
 孫権は船上で深い溜息を吐いていた。彼女の周りには甘寧や周泰達が控えており、散々たる戦況を思い返し怒りとも悔恨とも付かない表情を浮かべていた。
「本当に拙い戦にしてしまったわ……赤壁で一度勝ったくらいで何を浮かれていたの…私」
 ぎゅっと船縁を握り自分への怒りを露にする。飛ばされた部員や幹部の数は数えても数え切れない、全ては自分の慢心がさせた事。悔いても仕方ない事だが、悔わずにはいられなかった。
 そして、一番気掛かりなのは自分を助ける為に戦場に残った凌統だった。まだこれから伸びる可能性を秘めた長湖部のホープの一人…こんな所で飛ばす訳にはいかなかった。しかし、それでも自分には生き延びなければならない責任があった。姉二人に託された長湖部、それをこんな形で終わらせるわけにはいかない。まだ何も成し得ていない。飛ばされる訳には行かない、慕って徒いてきてくれる部員達の為にも―――
 悲しみと怒りを抑え付け、前を見据える孫権。その視線の先には先ほどまで居た戦場があった。そして、船に近づいてくるマウンテンバイクが一台。近づけば近づくほどに見覚えのある姿、そして孫権が目を凝らしその姿を確認した時、驚嘆と驚喜が入り混じった。
「あれは…公績! 助けに行って! 早く!」
「御意!」
 孫権が言うや否や、周泰が直属の部員を引き連れ船を飛び降りた――

「公績…」
 長湖に帰る船上。凌統に掛ける言葉が見つからず涙ぐむ孫権と満身創痍の凌統が船縁にもたれかかって寝息を立てて、そこにいた。その胸には血塗れの階級章が鈍く赤黒い光をぬらぬらと放ち、その傍らに砕けた愛用のヌンチャクと誰の物か分からないマウンテンバイクがあった。彼女は飛ばされていなかったのだ。生きてこの場にいるのであった。
「公績……ごめんね…そして、ありがとう…。私は…もう今までの私じゃない、安心して」
 孫権は目元をごしごしと拭うと船頭に振り返る。そこにいた甘寧、そして周泰や徐盛は主の姿に迷いが無い事を悟った。先ほどまでの幼さが残っていたその風貌には、最早それは無かった。精悍な表情、そして統率力という名の気勢を全身から放つその姿は正しく姉である偉大なる初代、孫堅。そして長湖の覇者、二代目孫策にも勝るとも劣らないほどであった。
「部長……」
 凌統は孫権の大きく成長した後姿を薄目でしっかりと見ていた。そして、ゆっくり双眸を閉じて戦場を振り返る――


「ぐふ…」
「く……」
 ヌンチャクの鎖が引き千切れ、四散していく。そして凌統の右肩の横で棍が小刻みに震えていた。
 楽進の渾身の棍撃は凌統に命中する事はなかった。そして自身の胸に凌統のヌンチャクの柄が減り込んでいた。
 紙一重の世界だった。楽進の棍の僅かな狂いに凌統が一撃を合わせたのだ。それは達人の域ではなく、神の領域が為せる潜在的なものに近かった。
 楽進の口元から赤い雫が零れ落ちる。確かな手応えを凌統は感じていた、恐らく肋骨の数本は持っていったはず――だが、楽進は倒れなかった。震える膝を懸命に踏ん張り、棍を落とす事無く凌統に満足げな笑みを浮かべていたのだ。
「…み、見事……まさか…あの一撃にカウンターを入れるなんて…」
「偶然…だよ。正直…やられるかと思ってたから…。……これ、借りるな」
 壊れたヌンチャクを懐に入れると、ふらりと振り返り…重い足を引き摺って楽進のマウンテンバイクに跨る凌統。そして楽進も黙って頷きバイクを凌統に委ねた。
 今まで唖然としていた羅刹隊は、楽進が敗れた事に大きなショックを隠しきれないでいた。しかし、ふと我に返った。このままあの娘を長湖に帰してはいけない…いずれ必ず大きな災厄となる…。そう思った時には既にモデルガンを握り締めて凌統にその銃口を向けていた。
 ――が
「行かせて…やんな」
「楽進…さん? しかし…」
「指揮を任された私が負けたんだ。これ以上は恥の上塗りだよ…」
 息も絶え絶えの楽進がそれを制したのだ。その言葉に二の声も上げられなくなる。
 遠ざかる凌統の危なっかしい運転を見ながら楽進は満ち足りていた。真剣勝負の中で倒れられる事は彼女に取って喜ばしい事だったから――ゆっくりと目を閉じるとうつ伏せに倒れた――
「楽進さん!」
 羅刹隊が駆け寄った時には、既に楽進の意識は無かった。

 後日、楽進はこの時の怪我が元で課外活動から退く事になる。曹操、夏候淳、夏候淵、李典、張遼、除晃らの必死の呼びかけに気丈な返事を返していたが、傷は思ったよりも深く致命的でドクターストップが掛かったのだ。
 その後、病室で楽進は紫の髪の少女を思い返していた。満足な戦い、そして苦くない敗北の味。いつか、またリベンジしたいものだ、と――

541 名前:★教授:2005/01/30(日) 14:56
はい、お粗末様でした。いや、ホントに粗末なんですけど(T_T)
時間に猶予も無く死兆星を見ながら書いてましたが…いやぁ、読み返すと短い短い…。
もう少し内容詰めて書きたかったというのが本音です。

その内、リメイクするかもしれません。つーか、する(断言)

542 名前:北畠蒼陽:2005/01/30(日) 18:18
>教授様
(゜V+゜)b
素晴らしいSS、眼福でございます。
一騎打ち、というか戦闘シーンがあまり書けない人間なのでうらやましいなぁ。すごいなぁ。

自分もがんばらなきゅあ……

543 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:25
>教授様
凌統vs楽進ですか! しかも凌統のエモノがヌンチャクですと!
何気に三国無双新作で凌統登場という情報に、嬉しさのあまり魂抜けかけてたタイミングにこれを読むことになろうとは…
お見事でございます(´ー`)b
…ぬう…書きかけだった甘寧と凌統の仲直りの話、書き直さねば…(え?

それでは私めもひとつ。
毎度毎度長湖部員ネタで恐縮ながら、投下の機会を得ずにお蔵入り寸前だった子瑜さん話を。

544 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:27
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのいち

電子音のベルが鳴り、少女は枕元の時計に手を伸ばす。
デジタル時計の表示は八時。少女はゆっくりと体を起こし、伸びをする。
のそりと布団から出て、眠たい目をこすりながら洗面台に向かい、大して乱れてもいない髪を梳かし始める…すると、
「…………………え?」
少女は何故か唖然として、洗面台の姿見に映る自身の顔を、始めて見る物のように覗き込んだ。
ややツリ目がちな、見慣れた自分の顔。
その頭には、艶のある栗色のロングヘアー。
しかし、そこにはあるべきものが存在していなかった。
「アレが…ない?!」
そう呟く少女…諸葛瑾は、何度も自分の頭の両サイドを触り、呆気に取られていた。

「いやゴメン、マジで気ぃつかなかった」
「…別にいいんだけどね」
放課後の揚州学区のカフェテラスで、見慣れたクセ毛のない諸葛瑾と、魯粛は向かい合って座っている。
諸葛瑾にとって親友である魯粛でさえ、初めはその少女が諸葛瑾だと気付けなかった。
「でもさ、いったいどうしたってのかねぇ…突然"ロバの耳"がなくなるなんて」
"ロバの耳"…それは、諸葛瑾のトレードマークといっても過言ではない、彼女の頭の左右両サイドに、普段存在するクセっ毛のことである。その形がロバの耳のように見えることから、友人達からはその名で親しまれていた。
幼い頃、ある日突然出現したそれは、長い間彼女のコンプレックスでもあった。どんな整髪料を使おうとも、その部分を逐一切り落としても、やがては元通りになってしまうのだ。
諸葛瑾もやがて諦め、かれこれ十年以上この"ロバの耳"と付き合ってきた。何時しか、彼女もそれに愛着を持つようになり、毎日念入りに手入れしていたりもしていた。
「そんなの、むしろ私が訊きたいわよ」
「心当たりは? 例えば、何か違うシャンプーか何か使ったとか」
「朝起きて、一番に鏡を見て、その時にはもう無かったのよ。ついでに言えば、昨日使ったシャンプーもトリートメントも、何時もと同じモノだし…濡れてる間にタオルで締め付けたってなくなるようなモノじゃない事だって、子敬も知ってるでしょ?」
「そりゃあ、まぁ…」
「どうしたらいいかなぁ…これじゃ、誰も私だって解んないだろうし…第一落ち着かない」
諸葛瑾は本気で困っている様子だった。誰だか解らない、というのも、そもそも魯粛にも解らなかったんだから、多分他の長湖部員も目の前の少女が諸葛瑾だと解る者は居ないだろう。
現にこの日、多くの幹部仲間とすれ違ったが、誰も気付かなかった。たまりかねた諸葛瑾が、魯粛に話し掛けたからからこそ、やっと気づいてもらえたようなものだった。
何だか気の毒に思えてきた魯粛も、真剣な顔になって考えていた。ふと、周りを見回すと、様々なヘアースタイルの少女の姿が目に飛び込んできて…。
「!…そうだ、子瑜。ちょっとここで待ってて」
「え?」
魯粛は何を思い立ったのか、席を立つと、そのまま何処へとも知れず駆け出していった。

545 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:28
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのに

よ〜し…こんなもんですかね。目、開けて」
「ん…」
言われるがまま、ゆっくり目を開けると…そこには、両サイドの丁度"ロバの耳"があったあたりに、根元を紅いヘアゴムで結ばれた、小さなツイン・テールが出来ていた。
「ちょっと感じが違うけど…まぁ、見えなくはないんじゃないかと思う」
魯粛はあの時、カフェテラスの隣りにある購買へ駆け込み、ヘアゴムを買ってくると諸葛瑾をトイレに連れ込み、その髪を"ロバの耳"っぽく結い上げることにしたのだ。
「う〜ん…なんか、子供っぽくない?」
「いいじゃないの。結構似合ってるよ、子瑜」
「でもなぁ…」
「何時までも気にしないの! さ、そろそろ幹部会の時間だよ、行こっ」
様相をいつもと違えた"ロバの耳"モドキを弾いたり摘んだりしながら、尚渋った様子の諸葛瑾を引きずり、魯粛はその場を後にした。

「あはははは! そ、それ傑作! 傑作ですよ子瑜先輩っ!」
こくこくこくこくっ。
「…………………煩い」
爆笑する歩隲と、表情を動かさないものの普段より明らかに勢いよく頷く顧雍の姿に、諸葛瑾はむすっとした表情でそっぽを向いた。
その様子を見、傍らの魯粛が「あっちゃ〜…」といわんばかりに首を振った。
案の定、幹部会で誰もそれが諸葛瑾と気付くものは居なかった。傍にいた魯粛が逐一説明し、その都度皆同じような反応を示していた。
ほとんど表情の解らない顧雍以外は、皆笑いをこらえているのが見え見えだ。中でも歩隲に至っては、この有様である。
「え?…えっと、可愛らしい感じでいいですね…あはは…」
「あ〜、なんて言いますか、そういうのも悪くは…ないっスね、うん」
メンバーの中でも比較的気を遣ってくれる部類に入る駱統や吾粲ですら、言葉とは裏腹に必死で笑いをこらえている有様だった。
メンバーが姿をあらわすたびに諸葛瑾は不機嫌になっていくのも自然な反応と言えた。
そして…
「みんな揃った?…って、あれ? あなたは…えっと…どなたでしたっけ?」
孫権のその一言に、笑いをこらえていた顧雍以外の幹部会メンバーは遂に我慢の限界を迎え、どっと笑い声が上がり、たちまちの内に大爆笑になる。
慌てて魯粛が耳打ちをすると、孫権は慌てて、
「あ…え、えっと、髪型、変えたんだね?」
と取り繕おうとしたが、むしろ、それは逆効果であった。
再び、満座がどっと沸き、それが止めになった。
「……っ!」
「あ…!」
「お…おい、子瑜っ!」
諸葛瑾は立ち上がると、倒した椅子を直すこともせず会議室を飛び出していってしまった。
慌ててそれを追って孫権が飛び出していったのと、満座から一名を除いて笑いが消えたのは同時だったと言っていい。
魯粛はその唯一の音源…歩隲の頭に拳骨を一発見舞って黙らせると、会議室を飛び出していった二人の後を追いかけていった。

屋上に続く踊り場に座り込み、彼女は泣いていた。
愛着のあった"ロバの耳"がなくなったということもショックだったが、何より、孫権すら自分が誰かを理解してくれなかったことが、一番ショックだった。
荊州学区返還交渉の際、相手の参謀に自分の妹が居る、ということで随分陰口を叩かれたが、孫権はその都度「子瑜がボクを裏切らないのは、ボクが子瑜を裏切らないのと一緒だよ!」と、彼女をかばってくれていた。
それ程の信頼を寄せてくれた人が、ハプニングのためとはいえ髪形が変わってしまった自分に気づいてくれなかった…それが、悲しかった。
「…あ、こんなトコにいた」
「子瑜っ!」
後ろから抱き付かれた感覚にはっとして振り向くと、そこには孫権の姿があった。階下には、魯粛の姿もある。
「ごめんね、ボクが無神経すぎたよ…何時もとちょっと感じが違ったから、からかってみようと思ったんだ…」
「……え…じゃあ…私の事」
「ちゃんと解ってたから…その髪型も、似合ってるよ、子瑜」
そう言って、笑って見せた孫権の目の端にも、うっすらと涙の跡があった。
「…ありがとう…部長」
涙を拭うことも忘れ、諸葛瑾は孫権を強く抱きしめていた。

546 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:29
-子瑜姉さんと"ロバの耳"- そのさん

「……ふむ…まさか、こんな長い間効き目があるとは思わなかったが…」
「やっぱり、テメェの仕業だったのか、孔明」
荊州学区・公安棟。かつては江夏棟の名で呼ばれたそこは、帰宅部連合と長湖部の勢力範囲の境目にあたり、その二勢力の中立地帯となっていた。
魯粛は今回の事件の原因が諸葛瑾の妹・諸葛亮にあると考え、渋る彼女を無理やりに引きずってきたのである。
「勘違いしないで頂きたいな。私がやったのは、"ロバの耳"を作り出したことだ」
「はぁ?」
「何ですって!?」
諸葛亮のしれっとした一言に、二人は唖然とした。
「お姉様も知っての通り、お母様の寝癖は相当に酷かっただろう。毎朝、何十分もかけて髪を梳かすその姿を見て、幼いながらも私は心を痛めていた…」
そう言って、視線を遠くへ投げる。
「そこで私は毛根に作用し、決まった髪形を維持する髪質に変える整髪料を開発したのだ。実際の効能がどれほどのものか試すため、私はある日、お姉様と元遜が寝入ったところを見計らい…」
「…………………………ようするに、貴様の仕業か」
妙にドスの利いた声。普段聞きなれないその少女の声に、魯粛は愚か、諸葛亮でさえ思わず息を飲んだ。
言うまでもなく、その声の主は諸葛瑾である。
諸葛瑾がゆらりと立ち上がると、その背後は怒りのオーラで景色が歪んでいる。
「お、お姉様落ち着いて…まさか私も、効果が10年も持続するなんて考えても…ひぃッ!」
その言葉か聞こえていないかのように、壁際に追い詰めた妹の襟首を、諸葛瑾は千切りとらんばかりにねじ上げた。
「し、子瑜…アンタが怒るのも解るけど、そいつ殺したらヤバい事になるから…いろんな意味で」
「………直せ」
魯粛の言葉も無視し、諸葛瑾は普段より数段トーンの低い声で、妹に命令した。
「え? でもこれでお姉様の髪型は元通り…」
「いいから、私の髪型を普段通りに戻せと言っている…ッ!」
何故か目深になった前髪から、殺気立った目が覗く。
その形相に恐れをなしたらしい諸葛亮は、まるで壊れた人形のようにがくがくと首を縦に振った。

かくして一週間後、その特徴的な"ロバの耳"は再び元通りになった。
「いや〜、ホンッと良かったですねぇ、先輩。あの髪型もキマってたのに残念ですね〜」
こくこくっ。
「……黙れ、子山。元歎も同意すんな」
先日の一件で一番大笑いしてた張本人の一言に、直前まで上機嫌だった諸葛瑾はむっとした顔で二人を睨んだ。
「でもやっぱり、その髪型のほうが子瑜らしくていいと思うよ。可愛いし」
「それもそうですねぇ…いっそ、その根元にリボンでも結ってみます? もっと可愛くなるかも知れないですよ」
こくこくっ。
孫権の言葉に冗談とも本気ともつかない提案を投げてくる二人(?)。
「お前等なぁ…それより、今回は孔明のヤツも災難だったかもな」
「いいのよあのくらい。たまにはいい薬だわ」
そうである。
何せその薬そのものが残っていなかったため、諸葛亮はかつて自分が作った試作品のレシピをほじくり返し、急遽作ることになったのだ。
しかも、材料も入手困難なものばかりらしい。
その内訳が明かされることはなかったが、材料をかき集めて帰ってきた諸葛亮の白衣は見るも無残な状態で、しかも供をしたらしい趙雲たちに至ってはそれ以上の有様だったことを鑑みれば…。
「…………なんてーか、いろんな犠牲を払ったんだなぁ…その"ロバの耳"は」
孫権の言葉に再び上機嫌となった諸葛瑾の姿を眺めながら、魯粛はしみじみとそう言った。
そして、成都棟の(元)科学部部室では…
「!………う〜む、まさか、また何年後かに同じ事が起こるんではなかろうな………」
姉の見慣れない形相を思い出し、思わず身震いした諸葛亮であった。
ちなみに、諸葛姉妹の母親にこの薬が使われたか否か、定かではない……。

(終劇)

547 名前:海月 亮:2005/01/30(日) 20:38
以上でござる(゚∀゚)>
「風を継ぐ者」の閑話休題的に書いたお話なのですが…出来上がってみるとまったく無関係に(オイ
時期的には長湖部&蒼天会が合肥と濡須でドンパチやる直前くらいになるでしょうか。

>ぐっこ様
留賛。そうなんですよ、彼女の散り様はいずれ書かねばならぬと思っておるのですよo(>ω<o)
でも先に審配さんの散り際やっちゃいそうです。何気に、キャラデザがないのをいい事にイメージだけで描いていたら、その光景が脳裏に(ry
とりあえず、それもうぷろだに置いて帰ります。

548 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:26
ご無沙汰です。
えっと、まだ未完成の作品なんですが前に言ってた曹騰の話です。
実は今週引越し予定でして、しかもまだ引越し先にネット環境が整ってない、いつ復帰できるかもわからない状況なのでとりあえず出来ているところまで投下です。
ちなみに全8話の予定。ちょい長いですな……

549 名前:北畠蒼陽:2005/02/10(木) 16:27
-Sakura-
第1話:紅華

時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる。
曹騰はうららかな昼下がり、1人で縁側に正座し緑茶をすすっていた。
すごくおばさんくさい。
しかし普段着ではなくぱりっとスーツを着ているのは違和感がある。
茹でた青菜のようにはんなりとした時間が過ぎていく。
自分の学生時代の激動からは考えられないようなゼイタクな時間に曹騰は人知れず笑みを浮かべた。
「あつつ……」
お茶の熱さに舌を火傷しそうになり苦笑する。
あの頃の熱さにもう一度戻ってきてもらいたいとは思わないが懐かしく感じることは事実だ。
「ただいま〜!」
静寂のときを破る声。
曹騰はぼんやりと時計を見た。
(あぁ、ほんと、学校の終わる時間だわ)
かなり長い間、ぼ〜っとしていたことに気付き、少し赤面しながら曹騰は立ち上が……ろうとしてこけた。
足が痺れていた。
上半身を床に突っ伏したまま、ひくひくとうごめく。
虫みたいだった。
「お姉ちゃ〜……って、う……えっと……どうしたの?」
曹騰の頭上で本気で心配する声がした。
心配しなくていいから見ない振りをしてほしい。
「な、なんでもないわ、孟徳ちゃん。おかえり」
脂汗をかきながら必死で笑顔を浮かべる。
痛々しい。
「……!」
孟徳……自分を実の姉のように慕ってくれている従姉妹の曹操。今はエン州校区の小学校に通っている……に微笑みかけた曹騰の目に飛び込んだのは泥にまみれた服と無数の擦り傷だった。
「孟徳ちゃん、どうしたの!?」
「え、あ……なんでもない! なんでもないよっ!」
曹操は焦りながらぶんぶんと手を振った。
あからさまになにかある、という態度である。
曹騰は片ヒザ立ちで座り……足の指を両手でほぐして痺れを取ろうとちょっと必死になりながら……真剣な顔を曹操に向ける。
「孟徳ちゃん、ちょっとそこに座りなさい」
ちょっとホンキ。
こうなると曹操は弱い。
まず年齢が一回りも違うのだからその潜り抜けてきた修羅場の回数も当然のようにまったく違う。
その従姉妹の『ホンキ』に曹操の小学校レベルのキャリアが太刀打ちできるわけがない。
まるで『曹騰に怒られる曹操』のようにしゅん、となって曹騰の前に正座する。
比喩じゃなくてそのままである。
「孟徳ちゃん、いじめられたのね」
「……」
「返事は『はい』。それ以外認めません」
『はい』しか認めないんだったら聞く意味ないだろう! と、ちょっとだけ曹操は思ったが反論できない。
「……はい」
「私が『カムロ』だから『カムロの従姉妹』って言っていじめられたの?」
「……言いたくない」
とたんに曹操のほっぺたが曹騰に掴まれた。

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