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2009.06.28

第8話 「ブロッサム・オン・ザ・ヒル【3】」

1-8 ブロッサム・オン・ザ・ヒル【3】

 

 建業の占領は、しかしこれで終わったわけではなかった。

 ひとたび政庁を占拠されたとて、建業市街の混乱は鳴門の渦のようにとぐろを巻き、もはや収拾がつかないレベルにまで膨れ上がっている。

 先年からの度重なる敗報に加え、こんどは盟邦の裏切りと急襲、そして占拠。これで動揺しないわけがない。
 ハルヒの本軍が無事入城を済ませたとはいえ、占領どころか、こんどは西から襲いかかってくるであろう袁術・孫策軍への対処に追われねばならなかった。

ハルヒ:――戒厳令を布くわ。

 ハルヒの声は苦い。
 確かに事態は深刻だった。
 暴動を防ぐため、軍団は帯甲を解かず城外へとどめ、ハルヒ自身、殿中へは入らず、本営を城外へ構える臨戦態勢だ。
 聞くところによると、開戦当初から早くも市場では物価の高騰がはじまり、逆に治安の低下は目に見えるほどの急落ぶりという。

董 襲:巡察くらいなら俺らに任せて貰っていいが、大将は早く城中に入っちまわないと、みんながソワソワしていけねえ。
ハルヒ:わかってるわよ!

 労少なくして勝者の座にありついたとはいえ、ここまで座り心地のわるい茨の席であるとは予想していなかったに違いないな。

 ――午後になり、ようやく殿に入った俺は、そこで意外な光景を目にする。

 敗将・劉の後室を接収したときである。
 入庁に先んじて、俺の捕縛部隊が城中の要人を確保していたのだが、その最後の身柄をここに残していたのが、劉さんの家族たちだった。

 …それと知らず、後宮エリアに足を踏み入れた俺は、さすがに面食らったね。
 完全武装の戟兵に囲まれ、恐怖に震えながら身を寄せ合う劉さんの妻子たちと、出会い頭に対面する羽目になったわけだ。
 
 子供、女性が10人ほど。娘さんなのか奥さんなのか側室さんなのか解らないが、それなりに美人と思える女性方が、怯えたような目で、あるいは怨みを含んだ目で、こちらを凝っと見つめてくる。
 中でも、大人たちを庇うように、センター位置で身構えている十歳くらいの少年…少女か?…は、半泣きになりながらも俺を真っ直ぐに睨み付けている。

 …くそ、なんて声を掛ければいいんだ。
 さすがに部隊の統率者である以上、兵士の最敬礼を受けた手前、然るべき身分の捕虜をシカトするわけにもいかず、彼女たちの目前に立つ。

 あー…。なんといいますか、この度はうちの団長が色々とご迷惑をおかけしまして…と阿呆な事を言い掛けて口を噤み、しばらく視線を左右に泳がせる。女性たちは、きょとんとした顔でこっちを見てる。
 こんな時に限って側にいない孔明コスプレ副団長を呪いつつ、どうにか「城中での身の安全は保証します。しばらく不自由を強いる事になりますが、ご容赦いただきたい」という内容を言い終えるまでに、何度か台詞を噛み、ゆうに五分は費やした気がするぜ。
 女性たちは不安げに視線を交わしている。そりゃあ、こんな見るからに頼りないガキが主将を名乗ってる時点で、なんのドッキリかと思うだろう。
 ――と。
 女性たちを庇うように、中央で気丈に立ちつくしていた少女が、俺を睨みながらも、初めて口を開いた。

少 女:――父上は如何なされましたか

 どうやら、揚州刺史・劉さんの娘さんであるらしい。
 ――劉さんは、すでに身柄を確保され、別の楼閣のひとつに監禁されている状態だったはずだ。

 そう説明すると、少女は眦に涙を浮かべて、悔しそうに天を睨み付けた。

少 女:父上は、袁将軍(袁術)に抗いながらも、この揚州の治教に励んでおられました。なぜ、あなた方は盟約を違えて、このような暴虐をなさるのですか。

 見る限り、十歳かもう少しか。要するに俺の妹と同じくらいの年だろうが、精神年齢は軽く5年くらい違うんじゃないかと思える。そして俺へ突きつける弾劾は、まさに正論そのものだ。
 ぶっちゃけると俺自身、多かれ少なかれこの少女と同じ思いは念頭にあるわけで、当然その思考回路ではこの子を論破するのは不可能だ。客観的に見るまでもなく、俺たちは悪の侵略軍団で、正義の味方がいるとしたら、一議もなく劉さんの肩を持つだろうからな。

 勝てば官軍、力こそ正義。強者が欲し弱者が呑まれる――なんて一方的に話を畳んでしまうのが、この場合は正解だったかもしれん。
 …が、この少女のストレートな問いを、受け取ったその手でシュレッダーに放り込む真似はできなかった。何より――

「俺にもわからん」

 というのが、正直なところだったからだ。

少 女:…あなたにもわからないのですか

 今度は怒りを含んだ口調で、少女は眼光をより鋭くしてきた。
 そうだとも、俺にもわからん。
 少なくとも今の時点で、俺たちに正義があるかと問われれば、正直そんなもん有るわけ無いだろと逆ギレするところだ。
 だが、一つ言えることは、ハルヒの奴が始めやがった覇業は、もはや中途半端で終わらせることの出来ない強制イベントであり、天下統一を果たすまでは誰にも止められないってこった。
 地方に割拠して、その地の安寧のみを望んだところで、いずれ他の勢力と対決するしかないのが戦略級SLGの運命だし、史実とてさほど変わらないだろう。
 マップ上のすべての都市を、ことごとく自軍のカラーに塗り替えてようやく、そのシナリオは終了する。少なくともハルヒがそれを望む限り、な。

 少女は、ところどころ意味が解らなかったらしく目を白黒させていたが、やがていくつかのフレーズを要約して呑み込んだようだった。聡い子だな。

少 女:つまりあなた方は、かつて高祖や世祖が成されたように、戦乱の世を鎮めるため、四海を制するおつもりなのですか。

 …まあ、そういう事になるな。あんたの親父さんには悪いが、ハルヒにとっちゃ、揚州は中原への足掛かり、中継地点みたいなもんだ。
 やってることはそれこそ袁術と同じなわけだし、そこに正義があるかどうかなんか解ったもんじゃない。俺たちに出来ることといえば、結果としてそれが正義になるよう勤めることくらいだ。泰平の世を実現すると言い換えてもいいが。

少 女:――。

 少女は少し考え込んだ後、初めて俺の方から視線を逸らして、呟くように言った。

少 女:…納得は出来ませんが、あなたの言は信じます。父上や継母上方の事、お願いいたします。

 ――驚いたね。
 これが、敵軍の兵士に白刃でもって取り囲まれている少女の振る舞いなんだぜ。妹との精神年齢差は、十年以上と修正しておこう。
 ふと、妹の親友ミヨキチの顔を思い出しながら、俺は尋ね忘れていた事を口にした。
 少女は、二、三度瞬きをしたあと、なぜか怒ったような口調で答えた。



少 女:…劉基といいます。※


 ――ようやく政庁入りしたハルヒは、本腰を入れて占領政策を開始する。
 宣言通り、まず市街一帯に戒厳令を布き治安回復をはかると同時に、部将を派遣して巡察を行わせる。
 そして、捕虜となった武将の引見だ。
 やや硬い表情で各自の去就を問いただすハルヒに向かって、

樊 能:巫山戯るな!

 と大喝して、どっかり座り込む連中もいる。いつでも首を打て、という事だろう。
 この樊能もそうだし、主立った大将株でいえば、張英、陳横などがそうだ。

ハルヒ:…。

 さすがのハルヒも、キュウリと間違ってゴーヤを噛み潰したような顔でそっぽを向き、堂上、ボリボリと行儀悪く頭を掻いている。が、やがて諦めたか、傍らの諸葛瑾さんに目配せをすると、彼らを数珠繋ぎに引っ立てさせた。

※劉基

後で古泉に聞いたが、普通に男子だったらしい…が? おまけに相当のイケメンに育ち、若くして孫権に仕え、絶大な信任を得、最終的には大臣クラスの重臣にるという。


 むろん処刑するわけはないだろうが、とりあえず、監禁を続けよと言うこだろう。※

 そんな僚将たちを横目で見ながら、やはりハルヒへの臣従を蹴り飛ばしているのが、江東最強の男だった。

太史慈:火事場泥棒に仕える気はござらん。

 と、はなから相手にしていない様子で、しつこく薦めるハルヒを鼻で笑うふてぶてしさだ。
 が、遅れて入堂してきたある人物の第一声を聞いて、その態度が一変する。

鶴屋さん:おおっ! 子義っちはハルにゃんのとこに転職しないのかいっ?
太史慈:し、子義っち!?

さすがに絶句する太史慈さんの肩をパーンと景気よく叩くと、鶴屋さんはハルヒの方へ向き直り、ケラっとした調子で恐るべきニュースをもたらした。

鶴屋さん:ハルにゃん、お取り込み中すまないけど、ちょっとばかし急な用事ができたっさ。
ハルヒ:急な用事?
鶴屋さん:やっぱり孫策さん、まっすぐこの建業めがけて進撃中なんだって! もう虎林港を出てるんだってさっ。 

 予想していたこととはいえ、これには一同騒然となる。

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 案の定、激怒したハルヒは憤然と立ち上がり、こう言い放つ。

ハルヒ:漁夫の利を狙おうっての!? 卑怯じゃない!

 この瞬間。
 この場に居合わせた者ことごとくが、それぞれの人生において希に見るほどのシンクロニティを、アイコンタクトも介さずに共有し合ったに違いない。

 それは、眼前の太史慈さんから、おそらくは隣の長門にいたるまで、同時に心の中で呟いた一言であった。

 『――おまえが言うな。』

 

※ハルヒ的に言えば雑魚武将たちだが、それぞれ殿様と呼ばれ、数千単位の家兵を擁する近隣の豪紳だったり名士だったりする。


そんなこんなの建業攻略からわずか数日後、東の曲阿方面から、8千という大部隊が、膨大な物資を連ねて接近中であるという急報が入る。むろん味方の軍勢だ。

ハルヒ:え? 何!?

急報を受けたハルヒが驚いている以上、俺たちも知らされていないサプライズだった。
 なにせ、南から精強極まる孫策軍団が恐ろしいほどのスピードで北上中という絶望的な戦況であり、今はただただ、味方の援軍が旱魃時の慈雨のように有りがたい。

 次にもたらされた続報を受けて事態は判明する。

「――徐州刺史との交渉成功。関羽軍は撤退を開始」

 という飛報が意味するところは一つだ。

ハルヒ:でかしたわ!古泉くん!

 詳細をびっしりと書き綴った帛を握りしめて、ハルヒは壇上でガッツポーズだ。
 参集した諸将も、口々に副団長を称揚する。
 まあ、俺とてあいつを褒めてやるに吝かではない。なにしろ、大吉報といっていいだろうからな。

 時期的に言うと、ちょうど太史慈隊が潰走し、攻城戦が始まったあたりには、曲阿の港に帰還を果たしていた事になる。
 その後古泉は、呉城からの増援を率いて曲阿の守備にあたっていた賀斉さんと共に、留守部隊のほぼ全軍と軍需物資をこぞって出撃したのだ。もはや劉備が攻めてこない以上、この地に守備兵力は必要ないと即断したんだろう。

 単に停戦交渉に成功したと言うだけでなく、すばやく先を見越して可能な限りの後詰めを催すあたり、小憎らしいほどに才走った奴だ。

ハルヒ:これで、諸葛瑾さんの交渉がうまくいけば、ホントに万々歳よね!
鶴屋さん:そうだねっ。もし失敗しても、次は古泉くんが交渉に行けばいいんだしさっ

はやくも戦勝したかのような喜色をうかべるハルヒと、合いの手をいれる鶴屋さん。そりゃ、そうスムーズに行けば文句はないが。
 そう。
 この間、鶴屋さんの進言に従い、孫策に対しても劉備同様の外交カードを切っている。 停戦交渉の使者は、古泉と同じ「論客」持ちの諸葛瑾さんだ。
 あくまで急場凌ぎの撤退依頼のため、停戦期間はわずか半年間に設定していたが、こちらが一息つくには十分すぎるほどの期間だろう。

 それからわずか数日後、無事、古泉と賀斉さん率いる後詰め部隊が建業へ入城を果たした。

古 泉:みなさん、ご無事でなによりです。

城外まで迎えに出た俺たちへ、相変わらずの微笑を口元に浮かべた孔明スタイルの古泉が、羽扇を手に仰々しく拝拱する。
 傍らには、例の傾寄者・賀斉さんと、なぜかSOS団専属メイド・朝比奈さんの姿までああり、ちょっとしたコスプレ撮影会の如き様相を呈している。
 城外、立ったままで互いの壮健を祝し合っているところ――

朝比奈:キョン君、涼宮さん、長門さん、鶴屋さん…
 江東一愛くるしい、ふわふわした先輩が、その大きな目に大粒の涙を浮かべ、不意にわあわあと泣き出してしまった。
ハルヒ:ち、ちょっと、みくるちゃん!

さすがに面食らったらしいハルヒ、慌てて朝比奈さんの元へ駆け寄ると、そのふわふわした頭髪を遠慮がちに抱き留め

ハルヒ:どうしちゃったのよ。みんな無事でしょ?

 あやすように胸元の朝比奈さんを慰める。
 と、不意に振り返って俺の方へ鋭い視線をつきつけてきやがった

ハルヒ:キョン、あんたみくるちゃんに何かしたの!?

どういう発想を経て、そういう疑念に辿り着くんだ!

ハルヒ:うっさい! それ以外何があるってのよ!

――と埒なく睨み合っていると、

王 朗:朝比奈嬢は、ずっと呉城で一人、皆さんをお待ちでしたからな。きっとお淋しかったのでしょう。

 新川執事――風の王朗さんが、ゆっくり歩み出ながら、孫を見るような目で朝比奈さんとハルヒに視線を巡らせ、次に何かを言わんとする風情で俺の方を見た。
 
 …軽く想像してみる。
 敵地へ一人赴いていく古泉。そしてハルヒや俺、長門、鶴屋さんまでもが兵を率いて出撃し、たった一人、城へ取り残される朝比奈さん。
 薄暗い城郭の中、周囲を見渡すと見知らぬ顔ぶれが、声も掛けられないくらい忙しげに駆け回っている。いつものSOSのメンバーは、お茶を淹れる相手は、誰もいない。
 もしかしたら、戦場で万が一の事があるかもしれない。もう会えない顔があるかもしれない…。

 俺は短い想像を終え、小さく首を振った。

 こいつはキツイいぜ。
 ただでさえ、殆ど孤立無援の形で派遣されてきた未来人の少女。さらにそこから1500年以上も大昔の世界に、擬似的とはいえタイムスリップさせられ、たった一人で仲間を待ち続けなければならなかったのだ。

 ――朝比奈さん。すまない。

 口から、まず謝罪の言葉が転がり出た。

朝比奈:…え?

 気づけなかったよ。なんだかんだで、俺たちはハルヒに振り回されて気が紛れていたが、朝比奈さんは、ずっと一人で待っていなきゃならなかったんだな。

朝比奈:…キョン君…?

 すまない。せめて誰かもう一人でも残るローテーションだったら、少しはマシだったかもしれないが…

朝比奈:…キョン君…違うの

 このふわふわした小動物のような先輩は、俺が口にする謝罪を、首を小さく振りながら、小さな声で遮った。
 が、結局、うつむいて。

朝比奈:――ごめんなさい。ちょっとだけ、寂しかったです。

  と呟いた。

ハルヒ:――。

 見ると、朝比奈さんを胸に抱っこしてる形のハルヒは、きゅっと形のいい眉根をひそめて、困ったような、怒ったような表情で空の一点を見つめている。

ハルヒ:――確かに、団員のメンタルケア面で、団長として至らなかったわ。ごめん、みくるちゃん。せめて手紙でも書いてたらよかったわ。
朝比奈:そんな――! そういうのじゃないんです。それに、お手紙なら長門さんからずっと――

 なに?
 ここにきて意外な名前が挙がった。

長 門:――。

 殺到する皆の視線に、絹糸一本ほどの変化も見せず、宇宙人謹製のヒューマノイド型インターフェイスは、いつもの無表情で朝比奈さんを見遣った。

朝比奈:必ず毎日一回、長門さんからお手紙が届いてたんです。真っ白のハンカチに、綺麗な字で、今日は何キロ進んだ、天候は晴れだった、食事内容はこうだった、みんなに異常はなかった、って。

 そんなそぶりも見せなかったが、長門、攻城兵器の運搬をしながら、そんな事までしてくれていたのか。

長 門:定時報告。防諜の都合上、出撃拠点との連絡は絶つべきではないと判断した。

 抑揚のない文字通り機械的な声で、長門のやつは、いつもより5ミリ秒ほど口早に、言語化された回答を読み上げる。
 が、ハルヒはその微細な変調などまるで頓着無しに、

ハルヒ:偉い!さっすが有希! ――ねえねえ、どうせなら、これから留守番の団員への連絡は、みんなの寄せ書き形式にしない!?

 と、長門の小さな頭をがしがし撫でながら、宣言するように言い放った。
 ――まあ、いいアイデアなんじゃないか。
 確かに、これからも出征組と留守番組に分かれることも多いだろうから、そういうコミュニケーション手段を確立させておくのはアリだろう。

鶴屋さん:おおっ!決まりだねっ!

 196年11月。俺たちSOS団員は一人の欠員もなく、この建業に集結している。





 ――孫策軍、停戦調停に応じ撤退開始。

 この吉報は、さきほど孫策軍の陣営へ赴いた諸葛瑾さん自らによってもたらされ、一同の快哉の中、ハルヒに復命された。

 朝比奈さんや古泉が戻って来てから、ほとんど間もない。城はちょっとした祝賀ムードである。

ハルヒ:でかしたわっ!よくあの暴れん坊みたいな人を説得できたわね!

 まだ20歳の若き説客へ、さすがに惜しみない賛辞を与えるハルヒ。確かに、意図定からぬ劉備軍とちがい、孫策軍ははっきりと建業目前まで侵攻してきていたガチンコ上等の軍隊だ。

 

諸葛瑾:直前まで長江上で連戦していましたからな。壊乱した劉軍ならまだしも、新手の我が軍勢と、立て続けに争うのを避けたのでしょう。世評通り激情家に見えて、意外に怜悧な御仁にございました。
ハルヒ:ふうん。ま、何だっていいわ!虎林港も返してくれたら文句はなかったんだけどね!
諸葛瑾:さすがにそれは…

 諸葛瑾さんが苦笑する。

 孫策軍は、長江南岸の虎林港を依然占拠し続け、1万という大部隊を駐留させていた。軍事境界線の落とし所としては、まあ、やむを得ないラインだろうな。

 停戦期限切れの半年後、建業にほど近い虎林港の争奪が、緒戦のヤマ場になりそうだ。

 そんなこんなで、陥落からようやく1ヶ月ほどが過ぎ、やけくそのような復興ラッシュが続く建業城中で、思わぬ珍事があった。

 SOS団の斬り込み隊長・董襲さんが、たまたま知己を得た在野の武人と意気投合し、話が巡り巡って、任官を賭けて府君の御前で一騎打ちをば致さん――という流れになってしまったらしいのである。

ハルヒ:面白いじゃない! ――董襲さん、我がSOS団のメンツにかけて、負けちゃダメよ!
董 襲:はっはっは。まあご覧じろだ。

 豪傑笑いをすると、董襲さんは対手となる武人、蒋欽さんなる武人を改めて一同へ紹介した。

 これまた董襲さんにひけをとらない巨漢で、すぐにでもミスターオリンピアに選ばれそうな隆々たる筋骨だ。年の頃は20代後半くらいだろう。

 特徴的なのは、背に人の丈ほどはありそうな大弓を掛けている事だった。

凌 操:(…あの弓は使わんのかいな?)

 一騎打ちですから、普通に立ち合うようですよ。

凌 操:(弓を使われれば、どうなるか解らんかったんだがな。見たまえ、あの右肩)

 隣に陣取る凌操さんが指さす先は、異様に盛り上がっている蒋欽さんの右肩だ。右肩、というか、二の腕に至るまで、左腕より明らかに大きい。

凌 操:(たぶん、右引きを徹底してきたんだろう。下手に左右両射できる奴より怖い)

 まるで自分が一騎打ちするかのように、爛々とした目で熱心に相手を観察分析する凌操さん。

 よく解らないがそういうものなのか、と感心して見ているうちに、両雄ぱっと馬を駆って100メートルくらい距離を取ると、互いめがけて同時に突進を始めた。

ハルヒ:みくるちゃん、よーく見てなさいよ!
朝比奈:は、はい――

 鼻息あらく試合を観戦するハルヒと対照的に、朝比奈さんの顔色はよろしくない。そりゃ普段からプロレスやらキックボクシングやらを元ネタに必殺技を研鑽しているハルヒとは違い、この天使のような先輩が、喧嘩や決闘の類を娯楽として見られる訳がないからな。

 すれ違い、駆け合いながら、双方の練達の武技が披露されるたび、どっと沸く特設会場。

 

 俺の目には全くの互角のようにも見えたが、わずかな差があるのだろう。やがて明らかに董襲さんの手数が増え始め、激闘四半刻、とうとう、董襲さんの一撃が蒋欽さんの鎧の胸当てを激しく打ち、勝敗は決した。

 
蒋 欽:いやあ、参った。当方の負けにござる。かかる豪傑を幕下に容れておらるる太守は、さぞ英明勇武の質に違いない。

 蒋欽さんはカラっと負けを認めると、いかようにもお使いくだされ、と快くハルヒへの臣従を申し出てくれた。

 もちろん上機嫌にそれを許すハルヒ。即座に部将の一人に任じ、高禄を約束する。

ハルヒ:あたしこそ、大満足よ! 我が軍一の豪傑と、ここまで渡り合える人材が来てくれるなんて、今日はパーッと宴会しないといけないわ!

 またかよ! 橋が架かったら宴会、米が取れたら宴会、人が来たら宴会。いったい年に何回お祭りをやるつもりなんだ。

古 泉:いいではありませんか。政事も祭事も、同じまつりごとと読みます。それに祀事を加え、等しくそれらの祭司たる事が、為政者のつとめですよ。

 用意する方の身にもなれ。なぜかこっちじゃ、俺がそういうのの手配をやることになってるんだぞ。そもそもこの手の幹事役はお前の専売特許だろう。

古 泉:手が空き次第、お手伝いしますよ。――まあ、鶴屋さんも朝比奈さんもいらっしゃいますし、少しは楽になったのではありませんか?
ハルヒ:そこ!くっ喋ってないで、早く準備しなさーい!

 笑顔のまま怒鳴るハルヒに一礼して、古泉は俺に目配せをする。わかったわかった。行けばいいんだろ。

 一足先に殿を立ち去りかける俺の背中へ、微笑の成分を含む古泉の声が届いた。

古 泉:いつか言いましたが、僕はこういう乱世の君主に、涼宮さんほどの適任は居ないと思っていますよ。

 お祭り好きのハルヒを、文字通り祭り上げて、まつりごとをさせる。 適任かどうかはともかく、似合っているのは似合っているんだろうよ。

 だがな、繰り返し言うが、俺はこう思っている。

 ――巻き込まれる方の身にもなれ

 きっと、歴史上の英雄達の、周りを固めた連中も、溜め息混じりについていったんだろうよ。

 ちょうど今の俺みたいに、な。

蒋欽さん

孫策の代から呉に使えた中堅部将…だったと思う。

エピソード少な目だからあまり印象に残っていないんだが、ゲームや漫画とかだと、弓に特化したタイプで描かれてるな。

統率:78 武力:84 知力:51

政治:42 魅力:74 弓将

 


2009.01.01

第7話 「ブロッサム・オン・ザ・ヒル【2】」

1-7 ブロッサム・オン・ザ・ヒル【2】

 ――劉備軍来襲
 というとんでもないニュースがもたらされたのは、その7月の内のことだ。
 急報をもたらしたのは、長江から外洋にかけての諜報を担当していた長門麾下の小隊で、その緊急速報はただちにハルヒの元へと伝えられる。もちろん、曲阿に駐留している主だった団員全員が呼び集められた。

ハルヒ:――何考えてんのよ!? 信じらんない!バカじゃないの!?

 開口一番、ハルヒは激しく徐州刺史の劉備政権を批判した。
 そういえば、陶謙から徐州を譲り受けた…ってなイベントがあったっけな。あの時は呉郡をめぐって厳白虎相手に泥臭い局地戦を繰り広げていたところで、文字通り対岸の火事、海外ニュースを聴くような感覚だったが。

長 門:劉備軍は既に徐州城(下)を進発。海陵港を経て沼沢地を迂回し、おそくとも9月中頃には長江上から曲阿を攻撃圏内に捉えるものと思われる。その戦力は――

 淡々と報告する長門の小さな唇は、あっさりと恐るべき名を告げた。

長 門:関羽を主将とする3部隊、約1万8千。

 古泉と俺、そしてハルヒが息を呑んだ。董襲さんや他の史実武将メンバーの表情が変わらないのは、さすがに後世の軍神伝説までは知らないからだろう。今のところ関羽だの張飛だのいっても、殆ど無名選手にちがいない。

 が、率いる将もさることながら、問題はその兵力だ。数で言えば勝てなくもないだろうが、今から狡っ辛い詐取作戦を展開しようというところに、随分とタイミングの悪い闖入だ。まさか同姓のよしみで、劉軍を支援するという意図じゃないだろうな。

古 泉:いや、それはないでしょう。むしろ、これまで空白地だった曲阿に、新興勢力が進出した事に警戒し、牽制するつもりでは。
ハルヒ:牽制だろうとなんだろうと、我がSOS団の前に旌旗に立ちふさがる以上、敵は敵だわ! 向こうから喧嘩売ってきてんなら、もちろん買ってやるわよっ!もう一軍を編成して、ただちに敵の鼻っ柱に先制パンチを叩っ込んでやるわ!

 鼻息荒く宣言するハルヒに、さすがに呆れたように董襲さんが水を差す。

董 襲:まあ落ち着いてくれ大将。劉と劉備が同時に攻め込んできたら、それこそ勝ち目はないぞ
ハルヒ:SOS団の斬り込み隊長がそんなんでどうするのよ!やってみないとわからないわ。

 熊のような巨体の荒武者が、渋面を作って自分の胸までくらいの背丈の女の子に慎重論を説いている姿は滑稽そのものだが、二人とも大真面目のようだ。
 が、他にも賀斉さんや凌操さんなど、武断派と目される猛将連中までもが、二正面作戦を断念するよう説得するに及んで、とうとうハルヒも折れた。

ハルヒ:――じゃあ、どうしたらいいってのよ? 劉備と同盟でも結ぶの?

 ふてくされたらしく、横の壁へ向かってぶつくさ話しかけるハルヒ。子供か、お前は。

古 泉:いえ、同盟よりも、停戦の協定を取り結ぶべきかと存じます。

 停戦協定――とは聞き慣れない言葉だが、要するに期限を定めて相互に兵を引き上げる協定のことらしい。
 「同盟」が期間を設けない漠然とした友好条約のようなものであるのに対し、「停戦協定」は期限が過ぎればまた戦端を開く、という事を前提にしている。
 逆に言えば、「同盟」は一種の紳士協定であり、たとえばハルヒが今やっているように、紙切れ同然に破り捨てる事のできる拘束力の弱い取り決めだ。だが「停戦協定」は、少なくともその期間内においては、きわめて強い拘束力を持つ。

ハルヒ:…そんな協定、劉備が受けてくれるのかしら?

 ハルヒの当然な疑問に対し、

古 泉:不肖この古泉が、府君の印を帯びて劉備の元へ赴き、この三寸不爛の舌をもって、兵を引き揚げて貰って参りましょう。

 と、羽扇を揺らがせつつ、いつもよりやや固いスマイルで応じた。

 ミーティングの後――危急存亡の秋と、すぐさま進発するという古泉を見送りに、SOS団メンバー全員で、ぞろぞろと夜の桟橋まで着いていく。
 まあ、「論客」のパラメータを持つお前に、外交内容に関して別に掛ける言葉はないが、本物(?)の劉備がどんな野郎だったか、よくよく観察して貰いたいもんだ。

古 泉:お任せください。実は、僕も興味津々でしてね。無事戻ってこれたら、詳細をレポートしますよ。

 すでに帆を揚げて待機中の軍艦に乗り込みながら、古泉は相変わらずのスマイルで答える。

ハルヒ:――古泉君、危ないと思ったら、すぐに逃げてくるのよ。どうせ交渉が決裂したところで、あたしたちがギッタンギッタンに叩きのめしてやるだけなんだから。

 威勢よく言いながらも、ハルヒの声は固い。
 無理もないな。
 俺たちがこのマヌケ中華時空に放り込まれて、かなりの歳月が経過しているが、SOS団員を単身、敵地へ赴かせるのは、これが初めてだ。
 もちろん扈従する兵士らはいるが、ほんの数人だけであり、戦力としては素手も同然だ。
 外交使者に危害を加えないのは、無論いまも昔も変わらない常識のはずだが、まもなく干戈を交えるであろう険悪な状況で、絶対安全という保証はなく、ハルヒの心配も解らないではない。
 夜風が出てきた。生暖かい長江の風が一同の髪を激しくなぶる。

古 泉:…では、皆さん。これにて。――お見送りありがとうございました。

 まとわりつくような湿っぽい沈黙を断ち切るように、古泉は渡し板から船へ乗り移った。

鶴屋さん:んじゃ、気を付けてねっ!古泉君!

 鶴屋さんがぶんぶんと大きく手を振ると、隣の朝比奈さんも、控えめに手をユラユラと振る。

朝比奈:古泉君、気を付けて…
ハルヒ:ちゃんと戻ってくるのよ!団長命令だからね!
古 泉:お任せください。命令は必ず遵守いたします。

 古泉を乗せた小型艦の帆は、意外な早さで遠ざかってゆく。そういえば川だったな、ここは。
 長江の流れに滑り込むように、そのちいさな船影は夜の闇へ溶け込んでゆく。
 …睨むように、無言でその様子を眺めていたハルヒ。完全に暗灰色の帆が見えなくるや、唐突に振り返って、手を一つ打った。

ハルヒ:さあ! もう北の劉備は古泉君に任せて、あたしたちは西の建業を獲るわよ! できれば古泉君が戻ってくるまでにカタを付けるわよ!

 もちろん、そのつもりだ。

 

 

 ハルヒが曲阿に居座って半月ほどが経過する頃、建業方面から急報がもたらされる。
 濡須口港から出撃した袁術軍の猛攻により、劉艦隊の一部が潰走し、皖方面で踏ん張っていた太史慈隊以下、対孫策戦線も崩壊の危機に直面しているという。
 これに対し、すぐさま建業から予備選力の切り出しが行われ、もう建業を守る兵力は、わずか5千余にまで減少しているらしい。
 なんとなくSOS団の諜報担当になっている長門は、すぐさま詳細を図面に起こしてハルヒに報告した。
 古泉不在の軍議はどこか違和感があるものの、替わりに鶴屋さんがケラケラ笑いながら的確に戦況を概略していくので、議事進行に滞りはない。

鶴屋さん:じゃあさっ、ハルにゃん。気の毒だけど、もう劉さんとサヨナラしちゃうって事で、いいかな!
ハルヒ:ええ――これも乱世のならい。きっと劉さんも分かってくれるわ!

 んなわけないだろうと思いつつも、これから断交の使者として旅立つ許貢さんの青ざめた表情を見ていると口に出して言えるはずもなく、とにかく、彼の無事を祈るばかりだ。…古泉の時とえらい違いだな。
 

 呉越連合、揚州刺史と断ず――!!

 の一報こそ、江東の政局を一挙にひっくり返す一大事変であり、はじめて天下レベルで、呉郡太守涼宮ハルヒの恐るべき奸猾さが知れ渡った瞬間でもあった。
 むろん、建業にいる人士もバカではなく、呉越を騒がす謎の一党が、いずれ郡境を犯して丹陽まで来寇する事は予測の内にあっただろう。が――まさか本当にこのタイミングでやらかすとは、さすがに想像したくなかったに違いない。
 建業に残留している軍は、現在5千余。
 ほんの半年前には4万を数えた駐留軍は、ことごとく袁術・孫策との決戦に出陣しており、その半数は既に失われ、残りの半数も現在激戦のさなかだった。本国の危急とて、すぐに引き返せない状況だ。
 そこへ、俺たちSOS団率いる3万の軍勢が背後から襲いかかったのである。

ハルヒ:進めえ――っ!とにかく速く!早くよ!
 兵 :ホアァ――!

 琵琶湖どころか滋賀県以上のサイズを誇る震沢の畔に、ハルヒの叱咤とSOS軍の奇声がこだまする。
 ハルヒが率いるのは主力である弩兵8千で、その後を董襲隊、凌操隊それぞれ5千が追い慕う。さらに遅れて、長門の率いる井蘭部隊と、その随伴槍兵部隊を率いる俺が、ゴロゴロと車輪を鳴らしながら追っかけている。
 曲阿を出てほぼ半月、ようやく俺と長門の部隊も丹陽郡の中枢へと突入する。はるか西の彼方に、丘陵めいた高地にそびえる建業の城塞が、うっすらと遠望できる。

ハルヒ:キョン!遅いわよ!

 んなこと言ったってな、こっちは攻城兵器引っ張ってきてるんだぞ。

ハルヒ:あーもう!苛っつくわねえ! ターボチャージャーとか付けられないの!?
長 門:不可能。この構造では、過給器を回転させるだけの排気を得られない。しかし車軸等の改良により、若干の速度向上の余地はある。
ハルヒ:とか言ってる間に、もうあたしの部隊は接敵しちゃってるわよ!

 などと伝令兵経由で怒鳴り合っているあいだにも、劉軍は、どうやら最後の一戦を挑む肚が固まったらしく、3千ほどの戟兵部隊を出撃させてきた。

ハルヒ:飛んで火に入るなんとやらよ!全軍迎撃っ!

 鞍上に躍り上がって、嬉々として命じるハルヒに従い、董襲さんと凌操さんの部隊がハルヒ隊の横をすり抜け、敵軍を半包囲すべく移動を開始する。逆にハルヒ隊は近接戦闘を避けてやや後退し、全体的にUの字の、いわゆる鶴翼の陣形へシフトする。
 そこへ、バネがはじけたような勢いで、建業軍が突撃してくる。

太史慈:下郎ッ、推参!

 部隊を率いていたのは、例の太史慈さんだった。皖方面へ出動していると思っていたが、孫策戦で部隊を失い、城へ戻ってきていたのだろう。とんだ誤算だ。
 その太史慈、さすがに劉軍最強の名を誇るだけはあった。
 高地から見下ろすと、「太史」と大書された旌旗の小隊が、みるみるうちにSOS団の赤い旗幟の海に分け入ってゆき、部隊単位で蹴散らし、粉砕してゆく状況が一望できた。

 なんてこった。
 …さすがに、呆気にとられるしかなかい。

 前回の戦場と、まるで風景が違う。
 俺が唯一知っている呉の戦場の場合、こちらの計略でホイホイ混乱を繰り返す敵軍を、兵士達がリーチの長い武器で遠巻きにチクチク削ってゆくという牧歌的な光景だった。
 だが、この太史慈の奮戦はどうだ。
 遠目にもそれとわかるような血煙が、太史慈の周囲で間断なく吹き上がって赤い霧となり、周囲の呉兵は、とにかく太史慈の双戟の範囲から逃れようと半狂乱に逃げまどう。その背中を、首を、太史慈軍の兵が嬉々としてカチ割ってゆくのだ。

 …朝比奈さんが居なくて良かった。

 もとより、ハルヒが朝比奈さんを戦場へ連れてくるはずもなく、今回も呉城で留守番をして貰っているのだが、万が一こんな地獄のような光景を見せてしまったら、おそらく向こう一生、深刻なトラウマとして網膜に留めてしまうに違いない。

 数で優るはずの董襲隊が、槍兵と戟兵という決定的な兵科の違いはあるにしろ、とにかく押されまくっていた。
 太史慈隊は、鶴翼の真っ正面へ突っ込む愚はおかさず、戦場を迂回する形で右翼たる董襲隊の、さらに外側へ回り込んで攻撃している。

長 門:…敵の指揮官はとても優秀。このまま状況が推移すると、次の攻撃で董襲隊との数が逆転する。

 長門が冷静に分析するように、太史慈隊は巧みに地形を利用し、半包囲されないように移動しながら、董襲隊のみに攻撃を絞っている。街道上の狭い戦域なので、左翼である凌操隊は、当の董襲隊が邪魔で太史慈隊と接触できない。
 だが――

ハルヒ:射てええ!

 その董襲さんの頭越しに、ハルヒの野郎が仰角最大の遠距離攻撃を開始しやがった。
 慌てて首をすくめる董襲隊の遙か頭上を飛び過ぎた矢嵐は、やがて放物線を描いて自由落下を開始し、豪雨のような音を立てて太史慈隊の頭上へ降り注ぎはじめた。
 さすがに太史慈隊、損害のすさまじさに鼻白んだか、董襲隊への猛攻が緩む。

董 襲:危ねえなー!
ハルヒ:当たらなきゃどうってことないでしょ!

 双方毒づきながらも獰猛な笑みを交わして、両隊はあらためて太史慈軍に対峙する。

凌 操:すまん、待たせた!

 そこへ凌操さんの部隊が滑り込み、ようやく半包囲の体勢が整いかける――が、太史慈部隊は右へ左へと、攻撃のたびに戦場を大きく移動し、容易に退路を断たせないのである。

ハルヒ:もう!ちょこまかと、しつっこいわねえっ!

 追いかけ回すハルヒ隊の損害もバカにならない。
 もう二千弱にまで打ち減らされている太史慈隊ではあったが、果敢にハルヒ本軍へ肉薄し、近接戦を不得手とする弩兵を蹴散らしている。
 敵ながら、称賛に値する――というべきだろう。
 トータルで言えば、すでにSOS団の損害は、太史慈隊が全滅する以上の数値だ。
 ランなんとかの法則第二に従うなら、彼我の戦力差は数の二乗どうしに比例すると言うから、本来であれば1:7.5の兵数差がある今回の戦闘だと、その実、1:50ほどの戦力差として計算しても良いはずだ。
 それが、互角以上の打撃を敵方へ与えつつ、なお旺盛な戦意と戦線を保ったまま、敵の大軍と城との間に立ちはだかっている。
 これが、歴史に名を残す勇将というものなのだろう。

 

 

 太史慈隊の全滅を見届けてから、ようやく長門の率いる攻城兵器部隊が前進をはじめる。
 井蘭といって、要は天井部に弓兵を満載したはしご車だ。洋の東西を問わず、映画なんかで城壁を攻撃するシーンでは、ちょくちょく登場してるアレのことだな。そういえば日本の戦国映画では見た事ないが。

ハルヒ:有希、気を付けるのよ!――キョン、しっかり有希を守んなさいよ!

 同じく矢戦で攻城戦に参加するハルヒ隊が、長門隊の横につける。いちいちハルヒからの伝令だ。長門を守れ?当然だろ、俺はそのために出陣してるんだ。

鶴 屋:太史慈さんが、またお城から出てくるかもしれないから、注意だってさっ!

 ハルヒ隊の軍師・鶴屋さんから追加のオーダーだ。
 先程、どうにか殲滅まで追い込んだ太史慈隊だったが、案の定というべきか、太史慈本人は手戟をふるって血路を拓き、無事、建業まで撤退している。憂慮すべき事態ではある。
 …まあ、城兵の残りは2千ほど。董襲さんと凌操さんが、郊外の兵舎施設を破壊しにかかっているから、もうこれ以上の徴兵もできないだろう。

長 門:攻城を開始する。…ついてきて。

 珍しく長門の方からコンタクトがあり、俺の5000ばかりの槍兵部隊も、ユラユラと危なげに林立する井蘭部隊とともに前進を開始する。

 城兵は、残りわずか2千弱。
 対して、直接攻城戦に参加しているSOS軍は、その10倍の1万7千だ。さきほどの太史慈戦以上に、容易い力攻めになるだろうな。

 指揮所で長門が軽く頷くたびに、鼓がうち鳴らされ、百台以上の搭車からいっせいに火矢が放たれる。
 城壁とほぼ同じ高さの、高々度での矢戦だ。
 火矢は建業に詰める将兵を無差別に殺傷し、さらに一部が市街地まで到達したか、次々と城壁の向こう側に黒煙が上がり始めるた
 負けじと、隣のハルヒ隊からも城壁へ火矢の雨がに放たれる。これはさすがに井蘭ほどの打撃では無さそうだが、もともと数で劣る建業守備兵にとっては十分な痛手を負わせているようだ。
 長門の指揮所にほどちかい丘陵に布陣した俺の部隊は、城方の襲撃に備えて、臨戦態勢のまま待機中だ。
 この位置からだと、攻城中の井蘭部隊最前列と、建業城の様子が一望できる。

 ――――!
 不意に、昨年の晩秋の光景がよみがえった。

 ちょうどあのとき、俺はこの地点から、あの建業城を振り返ったんだ。
 今となっちゃデジャヴュのような感覚だが、あの強烈な夕日に染まる深紅の城壁は、はっきりと思い出せる。
 そう、凌操さんの登用に失敗し、太史慈の桁外れの武力に怯え、鶴屋さんに助け出され――ハルヒが適当に付けやがったパラメータに対するやり場のない不満と、俺自身の無芸無力っぷりに対する自嘲とで、なんとも表現しがたい心境になっていたときだ。
 あのとき、黄昏れてる俺に鶴屋さんが声を掛けてきて、予言めいた事を言っていた気がする。

 確かその内容は――

ハルヒ:キョン!やっとあんたの出番よっ! あんたの兵力で、建業にとどめを刺しなさい!

 ハルヒからの急報だ。
 なんだ、俺は長門の護衛じゃなかったのか? それにこれだけ頑張ってるんだ、城攻略の手柄は長門が受け取るべきだろう。

ハルヒ:城壁上の兵力はほぼ殲滅したわ。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと攻撃開始しなさい!これは団長命令よ!

 団長命令なら仕方ない――というか、何故急にこんな展開なんだ? と首を傾げながらも、俺は麾下の兵隊さんたちへ突撃の命をくだした。
 何が嬉しいのか、嬉々として城門へ取り付いた兵士達は、ほとんど抵抗を受けないまま、梯子をよじのぼり、胸壁上へ躍り込んでゆく。
 途中、散発的な城兵の抵抗をことごとく粉砕しつつ、槍兵らは要塞の要所要所を制圧し、とうとう、巨大な城門の閂が、内側から外されるに至った。

ハルヒ:キョン!でかしたわ!

 後方から超太守のお褒めの言葉も頂き、馬廻りの兵隊さんたちに促され、あとは責任者である俺自身、城内を占拠する事務的な作業が残されているだけという状況なのだが…

 俺は、どうにも形容しがたい――どう表現すればよいかというと、表現しようがないとしか表現できない――しかし確実と自信を持って断言できるレベルの違和感を皮膚全体で認識していた。

 後ろがつっかえてるんだから、早くしなさいよ! …といわんばかりに後方から押し込んでくるハルヒ隊に、しばらく下がるよう伝令を出しておいて、俺は手近に待機している部隊と予備小隊すべてを招集した。
 ここまでくると、もう勘の世界なのだろうが、とにかく、俺は怪しいと思われるポイント――城外へ通じる橋梁、建業中を流れる水路の中、市街地の墻壁と墻壁のあいだ、閭門のそばの番所――などなど、人が潜伏しそうな箇所へ、兵達を展開させていった。

 ――その結果。
 出るわ出るわ。
 何がって、逃亡を試みている文武官の多いこと。
 真っ先にとっ捕まった劉さんを皮切りに、次々と重臣クラスの武将たちが網にかかり、なぜ見つかったのか解らないといった態で、首を傾げながら縛についていった。
 
 俺自身、政庁へ通じる大路から少し離れた水路の支流あたりから、妙なプレッシャーみたいなのを覚えてしまい、完全武装の兵団を引き連れて視察へ向かったところ、軽舟の積荷に身を潜め、脱出の機を窺っていたらしい男に出くわしてしまった。

  
 

 

 

 昨年と場所は離れているが、ほぼシチュエーションを逆にしての、それは双方にとって望ましくない再会だった。

太史慈:――なるほど、貴君か。見覚えがあると思った。

 やや高い位置から、俺たちは太史慈さんを取り囲んだ。
 頭上から槍ぶすまに取り囲まれてなお、自若としているのは、その気になればいつでも脱出できるという自信の現れか。
 一度でも、戦場でのこの男の無双ぶりを遠望してしまってる以上、俺と彼のどちらの身が安全かと言えば、明らかに俺の方が生命の危機に瀕していると断言できる。この男が本気で、俺たちを皆殺しにしてゆこうと思えば、たぶん30秒も要さないほどの手間なのだろう。
 そんな状況下、無駄と思いつつ投降をよびかけてみるも、やはり帰ってきたのは猛烈な殺気だった。

太史慈:必要があれば、そうするがね。

 若々しく、精悍な顔に苦笑を浮かべて、太史慈はそう断った。見ると、そろりと腰元の剣へ手が伸びている。…長話をしているほどのゆとりはないのだろうな。
 ――と、そこに。 

鶴屋さん:おーい!キョンくんー!

 また。まただ。以前のフィルムの再現だ。これは俺が悪運に恵まれているのか。それとも太史慈さんにここぞという時のツキが無いのか。
 いつものように天真爛漫、天衣無縫、底抜けに快活な笑顔のまま、SOS団名誉顧問の万能選手、鶴屋先輩が俺の横へ滑り込んできた。

鶴屋さん:やや、太史慈さんじゃないですかっ! 随分と探したよっ!

 商店街でたまたま探していた知人を見かけたときよりもフランクな口調で、鶴屋さんは恐るべき敵将へ声を掛けた。

太史慈:…どうも

 明らかに調子が狂ったらしく、太史慈さんは感情の選択に迷ったときのハルヒを思わせる微妙な表情で、こちら側を見上げてきた。
 その顔が、驚愕を示すように引きつったのは、鶴屋さんにやや遅れて、呉郡超太守の姿を認めたからだろう。

ハルヒ:――邪魔するわよ

 ずかずかと数歩前へ出て、ほぼ一対一の位置で太史慈さんと対峙するハルヒ。
 おい、おい。

ハルヒ:太史慈さん、降伏しなさい。もう、全てが終わったわ。
太史慈:…終わった?
ハルヒ:劉さんのことよ。もう、うちのキョンの部隊が、反対側の水路から逃れようとしているのを発見して、拘束したわ。どっちが囮だったのかは聞かないけど、どのみち、残念だったわね。
太史慈:…。

 太史慈さんが、ほろ苦い微笑を唇の端に浮かべる。

ハルヒ:他にもよ。この城にいて、脱出を図った文武の百官ことごとく、偉いさんから官吏の端々に至るまで、ここにいるキョンの部下が全員捕らえたわ。
太史慈:全員…だと?

 はじめて、太史慈さんの表情に動揺が走った。
 対してハルヒは、我が事のように得意げな声で、

ハルヒ:ええ、全員。こいつはね、見た目あんまりピンとこないかもしれないけど、逃げ隠れする人間を見つける勘だけは、もう凄いんだから。肝心なことには気づかないくせに。

 なんつう紹介だ。というか、俺の意味不明な固有スキル「捕縛」ってのは、つまりそういうことか。
 俺が城にとどめをさす役割を負ったのも、その特殊能力を見越してのことか。

ハルヒ:――観念しなさい。もう、何もかもが終わってるのよ。もちろん、捕虜としての身分、人権は十分に考慮してあげるわ。

  ハルヒが、重ねて言うと、もはや脱出する甲斐もなしと判断したか、太史慈さんは腰にやっていた手で佩剣を鞘ぐるみ掴むと、無造作にハルヒへ投げてよこした。

太史慈:いいだろう。投降しよう。

 急転直下、あっさりと太史慈さんは、ハルヒの降伏勧告を受諾。
 …このほか、個人レベルで色々と騒動はあったものの、逃亡を試みていた百官ことごとくが捕縛されたのが効いたのだろう。組織だっての抵抗は既に無く、武装放棄は粛々と進められていく。
 まあ、いの一番に親玉が逃亡に失敗して逮捕されてるわけだから、この時点で命運尽きた…ってところだろう。
 
 やがて政庁にひるがえる「劉」の旗が引きおろされ、替わりに不可解な文様(SOS団旗)が翻るにいたり、四囲から溜息のようなざわめきがおこった。

 ――西暦196年、10月も半ばを過ぎようとしている。

 

 


第6話 「ブロッサム・オン・ザ・ヒル【1】」

1-6 ブロッサム・オン・ザ・ヒル【1】

 西暦195年、夏6月の第一日を迎えた呉城。
 眩いほど真っ青な稲穂の海を縫うようにして、各邑各県から、郡治へ納める銭帛が陸続と到着している。

 SOS団自慢の文官団のみなさんのおかげで、この月も予想以上の税収だ。郊外に増築した造幣所も景気よくフル稼働中である。
 先月の収支はギリギリだったからな。
 ハルヒの奴が無計画に乱発する徴兵令と商業開発せいで、俸禄の不払いが発生するレベルまで窮乏し、王朗さんの判断で貴重な兵糧を売り飛ばして、なんとか銭を作る有様だった。
 まあ、そんなカツカツのやりくりの結果、俺たちSOS団が根城にする呉・越地方は、どうにか財政破綻を免れ、こうやって郡民のみなさんの血税を納入頂いているわけだ。

 …ここでちょっとおさらいするが、現在のこのマヌケ中華時空の勢力は、このような模様を描いている。

SOS団がいるのは地図で言うと一番右下だ。言うなれば中華の最果て、双六の振り出し地点で、俺たちは毎月ギリギリの資金繰りを行いつつ、はた迷惑な超太守・涼宮ハルヒの目指す「天下統一」なる目標めざして奮闘しているわけだ。
 さて、いつになったら、無事このゲームの目標を果たして、21世紀の日本へ戻れるのやら――だ。

 

古 泉:…どうにか乗り切りましたね。

 所変われど、あいかわらず城壁の上で風に吹きさらされている俺のもとへ、また懲りずに古泉がやってきている。

古 泉:毎月の事ながら、為政者としての緊張と幸福をこれほど味わえる時はありません。

 どっちかといえば、不渡りを出すか出さないかで綱渡りをしている零細企業の社長の方だろ。

古 泉:確かに、早いところ、この自転車操業から脱出したいものです。

 疲労の翳を眉間におとしつつ、古泉は苦笑した。
 軍師の肩書きをぶら下げてはいるものの、ここのところずっと都市計画局の開発部長みたいな役どころだったからな。なまじ高い政治能力を持たされたのが仇になったというべきで、まあ同情してやってもいい。

古 泉:臨戦下ですから、むろん武官集めも急務ですが、並行して、一人でも多くの内政官も確保したいですね。一人でも、ね。

 それは古泉の切実な心境であるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

米の収穫は秋7月にいっせいに行われるが(当たり前だが)、税収は毎月始めに入ってくる。

 2

 ――そんな古泉の願いが天へ届いたのか。その日の正午過ぎである。
 午後からのミーティングに、珍しく遅刻して現れたのは、王朗さんと並ぶ重鎮中の重鎮、華さんだ。※

:府君、お話が――

 華さんは、生真面目に遅参を詫びつつも、ハルヒへ言上する。

 呉郡太守を自称する超太守ハルヒは、相変わらず偉そうにふんぞり返ったまま、華さんのほうへ視線を向けた。

ハルヒ:なに、華さん。有意義な進言を頼むわよ。

 天下の君子と讃えられる人物をつかまえて、ここまで上から目線で語れる奴も珍しい。
 だが華さんは、世評どおりの温雅な微笑を湛えつつ、ハルヒへこう進言する。

 諸葛瑾という青年を、ぜひ招聘なさいませ――と。

 ハルヒは、何回か目を瞬かせた。

ハルヒ:孔明…じゃないほうよね。諸葛瑾って。

 傍らの古泉に小声で尋ねるハルヒ。どうやら、天才軍師伝説を背負う孔明と比べ、兄の方にはそれほど強い印象を持っていないようだ。
 が、古泉は俄然テンションが上がっているようで、

古 泉:素晴らしい! まさに天佑というべきです。府君、ただちに手配なさいませ!

 いつになく積極的にプッシュしている。まあ、な。

ハルヒ:…? まあいいけど。

 過労でいくぶんハイになっているらしい古泉の強い勧めもあって、この日の内に、華さんは自ら特使となって、諸葛瑾さんのもとへ赴くこととなった。
 この頃、22歳の諸葛瑾さんは、継母の孝養のため、この呉郡へ隠棲しているという。

 諸葛瑾さんは当然ながらハルヒへの任官を断った。
 が、さすがにそこは老練な華さん、うまいこと舌戦に引き込み、見事、彼をSOS団へ引き込む事に成功している。
 その経緯からして不本意な任官であったろうに、翌朝、華さんに伴われて現れた諸葛瑾青年は、篤実な青年文人らしく、粛々と拝礼して呉郡太守への忠誠を誓う。
 その顔を見たハルヒが「驢馬に似てるわねっ」などと口を滑らさないかどうかヒヤヒヤしていたが杞憂に終わり、わりと型通りの挨拶が取り交わされた。正直、ハルヒ的にあまり感興を催さなかったのかも知れないが、逆に古泉は文字通り手を取らんばかりの喜びようで、早速かれを執務室へ案内していった。

 ――さらに僥倖は続く。
 この月、後方都市の会稽より、太守代行の許靖さんの差配で大量の軍需物資が輸送されてきたのだが、その輸送隊の指揮官が、これまたハルヒの気に入りそうな武将だった。

 年の頃は20代半ばほどだろうか、若手官僚を思わせる秀麗な目鼻立ちながら、終業後はフットサルに打ち込んでいそうな引き締まった体躯で、見るからに「出来る男」オーラを満身から発している。そして何より特筆すべきは、そのアバンギャルドなまでに華美な装束だ。
 極彩色に塗装された甲冑に、紅白の市松模様の戦袍、朱柄の戟、触覚のような冠飾り…と、どこからツッコめばいいのか迷うような傾きっぷりである。
 こんなイロモノを、ハルヒが放っておくはずがない。

ハルヒ:あなた誰? 新規採用? その格好はロックなの!? 体制への不満!?

 猛暑の行軍を慰労するパーティー兼ブリーフィングの席上である。
 案の定というべきか、身を乗り出したハルヒは、ムダに大きい目を輝かせて矢継ぎ早の質問攻勢だ。
 太守の下問を面白そうに眺めていた指揮官は、涼やかに笑うと、「許会稽(許靖さん)殿に登用頂いた、賀斉と申す者であります」と名乗った。

 

 

 

 

 

 

さん
小説版(演義)では酷薄なキャラだが、正史では王朗さんと並ぶ有徳の人として天下に知られた程の名士。後の魏王朝の宰相。
当時、朝廷から袁術経由で豫章太守として派遣されて江東に来ていたはずだが、なぜか会稽で王朗さんの下にいて、ハルヒに郡ごとゲットされた。
そういえば、世間では華さん>>>王朗さんという人物評らしいな。後世、この二人が人物比較の例に引っ張り出される事が多いとかなんとか。実際は違う人達のエピソードでも、なぜかこの二人のエピソードとして語られたりするようだ。

統率:18 武力:33 知力:82
政治:83 魅力:87 名声

 

 

 

 

 

 

 

 

諸葛瑾さん
かの諸葛孔明の実兄にあたる人物で、史実であれば呉の孫権に仕え、内政や外交に重きを為した宰相クラスの重臣だ。孫呉政権は、孔明が取り仕切る蜀漢の劉備政権とはしばしば対立し、本来なら彼も嫌疑を掛けられるべき立場だったが、その人柄と能力で絶対の信頼を得ていたという。逆に言えば、孔明もそういう目で見られていた時期があっただろうな。
小説版(演義)では、弟に手玉に取られる、ちょっと情けない役どころが多いが。

統率:75 武力:34 知力:81
政治:91 魅力:90 論客

ちなみに15歳の孔明少年は、この頃まだ叔父さんのもとで育てられている。なお叔父・諸葛玄は、よりによって袁術の客分で、史実だとこの1年後くらいに江南の豫章へ派遣され、その地で勢力争いに敗れて殺害される。

 賀斉――と言われても、ピンとこない。オリキャラか?

古 泉:演義では登場しませんが、正史の呉書では名将と讃えられる人物です。

 ぼそぼそっと古泉が耳打ちをする。顔が近いぞ。

ハルヒ:ふーん。なかなか使えそうじゃない。賀斉さん、あなた、今日から呉郡勤務ね。すぐに屋敷を用意させるわ。

 実にあっさりと他郡の人事を壟断する呉郡太守ハルヒ。
 側にいた王朗さんと古泉が、同時に上座のハルヒへ目配せをする。さすがに会稽太守代行の許靖さんへ、慮るところがあるのだろう。

ハルヒ:構やしないわ。わざわざ輸送隊の指揮をさせたって事は、あたしに面倒見なさい、って事でしょ?

 確かに、言われてみればそうかもしれんが…

ハルヒ:賀斉さんだって、会稽みたいなド辺境で一生燻ってるつもりはないでしょ?せっかく男子に生まれたのなら、ガンガン前に出ないとね!
賀 斉:ははは、無論そのほうが面白うござる。

 そのド辺境である会稽出身の人間をつかまえて、えらく無礼な放言であるはずだが、賀斉さんはカラっと笑い了承した。やはり異色の人材であるようだ。

賀斉さん
会稽の人で、孫策の代から呉に仕えたらしい。外征の大軍を率いるというより、例の山越民族との抗争で名を挙げたという。ド派手なのは自分の服装だけでなく、指揮下の艦隊や兵卒の端にまでも、こだわりのコーディネイトを施したというから、デザイナー指向でもあったのだろう。だが、これで内政官としてもかなり有能だったらしく、まさに文武両道を地で行く俊傑だったようだ。

率:83 武:78 知:72 政:64 魅:73 昂揚

 そんなこんなで、呉越連合たるSOS団が着々とそのメンバーを増強しつつあるその間にも、既に北のかた長江上では、激烈な戦闘が開始されている。

 タイミングで言えば、華さんが諸葛瑾さんをつれてくるよりも前から、建業城を発した劉軍は、廬江まで進出している袁術軍の別動部隊(孫策軍)や、袁術軍の濡須駐留軍と艦隊戦を繰り広げているのである。

 この季節、長江下流域の川幅は呆れるほどに広く、日本で言えば軽く瀬戸内海を挟んだ本州と四国程度には懸け離れていて、対岸が見えないとかそういうレベルではない。
 そんな、四方に水平線を望むような大河での艦隊戦だ。
 開戦一月余――。
 廬江にほど近い皖口港、濡須口港を巡って、双方が火矢を交えた猛烈な矢戦を繰り広げ、長江上が一時火の海になるほどの激戦になっているという。

ハルヒ:…いよいよね!

 報告を受けたハルヒは、鼻息も荒くガッツポーズだ。
 前も言ったが、劉さんはこの時点で立派にSOS団の同盟者であり、我々は盟友が負った戦禍を悼み、ただちに共通の敵である袁術勢力を排除すべく、劉軍と連合するべきなのである。

ハルヒ:もちろん、同じ江東に住まう為政者として、あたしも遺憾の意を表せざるを得ないわ!

 などと、心の底から嬉しそうに叫ぶ。

ハルヒ:遺憾の意! みくるちゃん、これ便利な言葉よね! いっぺんこれ言ってみたかったのよね! 
朝比奈:はぁ…。
古 泉:劉軍は意外に善戦し、戦況は全体的に孫策軍優位で一進一退であるそうです。
ハルヒ:なにチンタラやってるのよ、とっとと全滅しちゃいなさいよ、劉軍!もちろん孫策軍もね!

 こんな悪質な盟友を背中に控えつつも、正面の勇敵と開戦せざるを得なかった劉さんには、心から同情申し上げたい。

ハルヒ:さ!古泉くん!我が軍の大戦略を皆に示してちょうだい!

 進み出た古泉が指揮鞭をのばし、巨大な江東の地図を差しつつ、SOS団の戦略を述べ始める。
 その悪辣な内容たるや、長門以外の一同の表情を曇らせるに十分なものだった。

 …要するに、俺たちはは劉軍を支援するという名目で、建業に近い曲阿の港を制圧し、そこを前進基地とする。そして建業の兵力が空になるや、劉勢力との同盟を破棄し、曲阿から一挙に建業を攻め滅ぼす――というのである。

ハルヒ:どう!? この電撃戦(プリッツクリーク)は! この作戦に必要なのは、一に神速、二に神速! 事変に気づいた劉軍が引き返してくるよりも早く、雷霆の如く建業を攻略・占拠する必要があるのよ!

 以前似たような作戦を目の当たりにしている古参メンバーは、もう馴れたと言うより一種の諦観をもって、得意げに語るハルヒの下知を大人しく聞いているが、さすがに新参のメンバーにとって、これは聞き捨てならない内容であったようだ。

諸葛瑾:府君、それでは劉揚州にとって酷ではありますまいか。それに天下へ対し、府君の御名にも障りがありましょう。何より、あまりに義に悖るものと存じます。

 

 

 宰相集団の中では最も若く、最も新参な諸葛瑾さんが、敢えて面を冒してハルヒに直諫する。

  こういう風に自分の構想に舞い上がっている状態のハルヒが、この種の良識的な意見に首肯を与えた事は皆無である。
 しかし、だ。
 このとき、ハルヒは何故か得心したように頷いて、にんまりと頬笑んで見せたのである。

ハルヒ:諸葛瑾さんの言う事ももっともだわ。じゃあ、この戦争は止めるわね。

 笑顔のままで、そう言った。

諸葛瑾:……。

 虚をつかれたのか、一瞬息を呑む諸葛瑾さん。俺たちだって同じだ。

ハルヒ:――なんてあたしが言い出したとして、よ。その後どうなるか、解る?諸葛瑾さん。

 顔に貼り付けた笑顔とは裏腹に、その問いかけの声にいつもの煥発さは無く、そしてそれが諸葛瑾さんだけに対してのものではないという事は、何となく解る。
 腕組みするハルヒは、辛抱強く諸葛瑾さんの返答を待っているようだ。

諸葛瑾:…劉揚州には、孫策・袁術の輩に拮抗するほどの武略は無く、ほどなく孫策に敗れ、建業は袁術の勢力下に落ちるでしょう。
ハルヒ:その後は?
諸葛瑾:さらに孫策は、本貫であるこの呉、そして越を制圧しようと試みるでしょう。

 諸葛瑾さんはそこまで言ったところで、論旨に気づいたか、深々とハルヒへ頭を垂れた。

ハルヒ:そうよね。結局は同じなわけなのよ。…そりゃ、地方の平和を考えるだけなら、テキトーに劉さんの支援をしていればいいけど、いつまでそれで保つと思う?バックに敵の大将の大軍が控えているのを相手に。

 いつの間にか外していた腕章をくるくる指先で回していたハルヒは、まだ諸葛瑾さんを許す気がないのか、しつこく問を重ねる。

ハルヒ:諸葛瑾さん。あたしたちはどうすればいい? 劉さんは倒れ、目の前に孫策軍、袁術軍が迫ってきているわ。無防備マンに頼んで降伏する?
諸葛瑾:……。
ハルヒ:――ああ、そうすれば無血で袁術領に組み込んで貰えるかも。おまけに降伏の功でもって、また郡の役人とかに取り立てて貰えるかもしれないわね!?

 意図してだろうが、ハルヒの言い様は底意地が悪い。
 見れば、諸葛瑾さんは耳元まで紅潮している。それが羞恥によるものか発憤によるものかは解らんが。
 と――たまりかねたか、諸葛瑾さんは深々とハルヒへ拝拱し、前言を翻した。

諸葛瑾:――浅慮でした。己の未熟を思い知りました。小義を知り大義を知らず、小義を高うして矜持を棄てる。目先の正義を弄して、ついに己の矜持さえ守れぬところでした。

 小難しい言い回しだが、要するにこうだ、――自分は目の前の名分に気を取られて、先々の大略を見失い、ついに己の誇りも捨てて袁術に従うという負け組人生を送るところでした――と。
 見ると、どうやら本気で打ちのめされているらしく、伝説通りの縦長い顔を振るわせ、目に涙を湛えて切歯している。
 ああ、また董襲さんに引き続いて、ハルヒの口車に乗せられた犠牲者が。
 なまじ頭がよいだけに、諸葛瑾さんは持論の僅かな綻びに自ら気づいてしまったのだ。どう考えてもハルヒの詐略のほうが穴だらけなのだが、諸葛瑾さんは過分に小義と大義の軽重に拘ってしまったらしい。

ハルヒ:解ればいいのよっ

 ハルヒは満足げに言い放つと、一同を見渡した。

ハルヒ:諸葛瑾さんは、あたしに良い進言をしてくれたわ。――でも、今はみんな知っての通り、右を向けば左から、左を向けば右から、下を向けば四方から殴り掛かられる戦乱の世よ。明日の大義の為に、今日の小義を棄てなさい!一日でも早くこの乱世を終わらせる為に、みんな、迷わずあたしに協力しなさい!

 そう言い放つや、ハルヒはいつものようにびしっと、北西の方を指さした。

ハルヒ:目指すは、曲阿! そして建業よ――!

 こうして超太守の号令一下、俺たちの建業詐取作戦が開始されたのである。

 ――俺を含め、呉のほぼ全兵力にあたる約3万の大軍は、一直線に曲阿県へ浸透し、すばやく城庁と港湾を占拠した。
 ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、形としては、無血開城というより単なる軍の移動だ。

 呉越軍動く――の報は、むろん建業の劉陣営にも届けられていたに違いない。
 が、建業の反応は、無、だった。

※繰り返すが、会稽の許靖さんも含め、SOS団の抱える文官団は、ほぼ全員が将来の宰相級ばかりである。

 無理もない。ひとたび袁術派の守将を追い払ってさんが勢力圏におさめたとはいえ、曲阿県は制度上なお呉郡に所属し、いわば呉郡太守ハルヒの正当な縄張りでもあるのだ。ゆえに、劉さんもことさら軍を派遣したりせず、一種の緩衝地帯として、空白地帯にしていたのだろう。

 このたび、同盟国であるハルヒがそこへ軍を移動させたところで、抗議する名分はない。
 おまけに、劉軍はいよいよ袁術軍と泥沼の消耗戦に突入し、一万、また一万、と次から次へと大兵力を長江上に展開させている。後背の動きに、対応できるものではなかった。

ハルヒ:さて、橋頭堡もこうやって確保できたし、いよいよ作戦第二段階ねっ

 曲阿の政庁を接収するや否や、ハルヒは古泉を顧みた。古泉は軽く頷くと、一同へかねて告知のあったとおりの作戦を述べた。

古 泉:――現在、建業の兵力は1万余。建業城の防衛能力は高く、このまま攻め入っても、まず相当の損害を覚悟せねばならないでしょう。ゆえに、今しばらくこの曲阿城で戦況を見定めます。

 見定めるったて、いつまで待つんだ。こんなちっさい港町に、いつまでも大軍は駐留できないぞ。

古 泉:おそらく、あと二ヶ月も経たないうちに、次の兵力が派遣されるでしょう。チャンスは、その一瞬です。

 などと言っているあいだにも季節が過ぎ、収穫の秋・7月が訪れ――

 

 ――劉備軍来襲

 というとんでもないニュースが、もたらされたのである。

※孫策の父方の伯父・孫賁や母方の叔父、呉景たちのこと。孫策が劉http://gukko.net/images/kanji/you2_s-.gifを攻撃しているのも、この一件があったからだ。
 

第5話 「ヒトメボレ猛将伝」

1-5 ヒトメボレ猛将伝

 西暦195年、4月。
 会稽郡全域の残務処理を許靖さん達に任せて、俺と古泉、長門、董襲さん、それに王朗さんたちは、越軍をまとめて呉の城に向かった。

 

 浙江を越え、郡境が近づくにつれ、越軍の兵士たちの間のお祭りムードが一変し、緊張が高まっているのが解る。
 ほんの数ヶ月前に侵略者として呉の田畑を荒らし、今度は征服者として彼らの上に君臨するわけだ。俺もそうだが、多くの将兵は、どういう顔をして諸県の市街を通過したらいいのか解らない、といった風情だ。

 ――というわけで投石の一つでも覚悟していた俺たちだが、これがなんと、実にあっさりと歓迎された。
 もちろん諸手をあげての歓迎光臨ムードというワケじゃないが、通過する先々で水や糧食の提供を受け、越軍団はすんなりと呉へ入ることができた。
 なんだか拍子抜けだな。

古 泉:まさに呉越同舟ですよ。この乱世の激流に漂う一艘の舟に乗り合わせたのですからね。呉だの越だの言ってられないのですよ。

 今回その舟を脅かした激流というのは、越の領袖たるハルヒ本人だけどな。マッチポンプもここに極まれりだ。

古 泉:そのポンプですが、現在、文字通り大規模な農業灌漑が郊外で行われているようですよ。どうやら涼宮さんが、官庫を開いて民政を始めているようですね。呉の人心が明るいのも、善政を我々に期待しているからでしょう。

 なんだ、ハルヒの奴が内政? 俄に信じがたい話だが。

古 泉:いざ進駐してみて、呉の窮状を見かねたのかも知れませんね。

あり得ない話じゃないな。呉の荒廃っぷりにアテが外れたってのは。
 前の厳兄弟はSOS団以上の軍事政権だったわけで、呉は会稽よりは規模の大きな都市だが、その内政状況は惨憺たるモノであったらしい。

 ――などと馬上でくっ喋っている俺たちの前に、ようやく都城の全景が広がってきた。
 先月さんざんに俺たちが攻め立てた呉の城は、いまは門を四方へ開け広げ、かつての侵略者を迎え入れようとしている。
 城に近づくにつれ、礼楽というのだろうか、α波を無駄に刺激しそうな奏楽がまったりと流れ来たり、見れば城外には、大勢の官吏・兵士の皆さんが立ち並んでいらっしゃって、何やら歓迎セレモニーでもあるらしい。

 そして――

古 泉:……な!?

みくる:え…? どうして…!?

 珍しく狼狽した古泉の小さな呻きと、朝比奈さんの可愛らしい狼狽が重なる。
 そりゃあ、俺だって驚いたさ。
 だがまあ、いずれそうなるだろうなという予感はあった。

 文武百官の中央で俺たちを出迎える呉郡新太守ハルヒの、その隣で満面の笑みを浮かべている人物――もうここまで言えば解るだろうが、朝比奈さんのクラスメイトにしてSOS団の名誉顧問、鶴屋さんが、このマヌケ中華時空に参戦するであろうことはな。



 

 

 

 

 
許靖さん
有り余る会稽文官団の一人。曹操を「治世の能臣、乱世の姦雄(逆だっけ?)」と評した許劭(許子将)さんの従兄。でも仲はよくなかったらしい。
元々朝廷の重臣だったけど、董卓から逃げ回って会稽の王朗さんの元に身を寄せていたところ、運悪くハルヒにゲットされて今に至る。
史実だと、このあと更に益州へ落ち延び、劉璋、劉備、劉禅に仕え、生涯蜀の偉いさんとして過ごしている。

統:3武:5知力:67政:79魅:68
名声

 

 2

 

鶴 屋:わっはっはは――! みんな久しぶりだっ! みくるっ!チャイナも似合ってるよっ!

 ハルヒに匹敵するであろう大声で、鶴屋さんは屈託なく手を振った。
 

みくる:鶴屋さん…どうやって…

鶴 屋:はははっ!みんなと多分同じさっ。気が付いたらここにいたんだよっ。流石にびっくりさっ!

 そりゃびっくりするでしょうよ。
 でもどうやって、ハルヒと合流したんです?

鶴 屋:状況が解らなかったから、とりあえず城の一番偉い人に会って話を聞こうと思ったら、ハルにゃんがいたのさっ!

 単身で異世界に放り出されながら、いきなり城を訪ねようという発想のスケールがそもそもからしてデカ過ぎる。定番RPGであれば、文句なしに主人公が務まる行動力だろう。

 …などと、思いがけない邂逅に沸く俺たちの横を素通りして、ハルヒは一直線に長門のもとへ駆け寄っている。

ハルヒ:有希っ!怪我しなかった!?

長 門:…大丈夫。

ハルヒ:でも有希、でかしたわっ!早馬で詳細は聴いてるわよ!二階級特進ものだわ!

 ハルヒは興奮気味に捲し立てながら、長門の両肩をがっしり掴んで、勢いよくその小柄な上体を揺さぶっている。そのたびにショートカットが前へ後ろへ飛び跳ねるように揺れた。
 おい、長門をムチむち打ち症にするつもりか。人間の頸椎というものはだな、これが意外に脆いものなんだぞ。

ハルヒ:うるさいわね。――まあ、とにかく立ち話じゃなんだから、みんな、城へ入りましょう!

 ぽかんと見守っている呉城の面々を置いてきぼりに、ハルヒは長門の肩を抱きながら、テンション5割増しできびすを返した。
 古泉と王朗さんがさりげなくその両サイドに並行し、鶴屋さんは朝比奈さんと腕を組んで、高々と道行く人に手を振りながら移動を開始する。
 置いてかれた形なのは、俺のほか、董襲さんたち、会稽組だ。

董 襲:なんだ、あの髪の長いお嬢ちゃんもあんたらのお仲間か?

 …そうなるでしょうね。なにかと頼りになる先輩ですが、こっちでは、どの程度のパラメータなんだか。

董 襲:んー。オレの見立てだが、たぶん大将と同じ種類の化け物だぞ、あのお嬢ちゃんも。

 化け物!?
 ハルヒの全能力100ってのが化け物なのは解るが、鶴屋さんも、けっこう遠慮無い数値を割り振られているらしい。

董 襲:あー…オレせっかく一番槍係だったんだがなあ。

 などとぼやきながら、董襲さんのごつい背中が心なしかトボトボとハルヒ達を追いかける。
 俺もなんとなくその隣に並び、そのあとをに華[音欠]さん達が続く。
 と。ふいに虞翻さんが、城門前に取り残されていた官吏の皆さんを振り返り、怒鳴るように声を掛けた。

虞 翻:出迎えは終わりじゃ。部署に戻り、上長の指示を仰げ。

 その一言で、居心地悪そうに突っ立っていた面々が、ネジを巻かれた人形のように、四方へ駆け戻っていく。

………
……

ハルヒ:まあ、色々あったけど、結果オーライよね! 呉越を抑えたことだし、このまま勢いに乗って江東を席巻するわよっ

 呉城の太守の間で、ハルヒは腕を振り上げて上機嫌に檄を飛ばしている。
 本拠を呉に移して最初の閣議となったわけだが、その顔ぶれはほとんど会稽時代と同じだ。
 ハルヒの左右に立つのは相変わらず軍師古泉と家老役の王朗さんで、やや後ろに離れたところで、朝比奈さんが盆を胸に抱いて控え、俺たち次列の文武官は、それに対面する形でズラリと居並ぶわけだ。
 だが、ここ呉城ではここからやや異なる。 

鶴 屋:わははっ、太守さまっ!何でも命令してくれたまいっ!

 と、ハルヒ以上に盛り上がっている鶴屋さんと、

厳白虎:…。

厳 輿:…。

 周囲へ往年の偏頭痛を訴えるような姿勢で憮然と佇む、かつての敵将の姿があった。

 あらたに呉の支配者となったハルヒは、虜将を処断追放せず、幕下に納めることに成功していた。
 武装勢力の指導者として一郡を領していたほどの兄弟だ。先の戦闘では散々な目に遭っていたが、もともと武将としての能力・統率力は言われるほど低くない。少なくとも、平成生まれの飽満しきった高校生以下と言うことはないだろう。
 ちなみに弟の厳輿さんのほうは、呉の陥落時、「オレをバカにしてるのか」と誰もが納得する至極もっともな理由でハルヒの説得に応じず、つい先ほど古泉が獄中で説得することになり、ようやくハルヒの下で働くことを了承していた。

ハルヒ:さあ古泉くん、次は建業攻略よね。いつ我が軍は出撃できるのかしら!

 案の定のセリフを吐きだし、鼻息荒くキラキラした瞳で傍らの古泉を顧みるハルヒ。古泉は羽扇で巧みに苦笑を隠しているが、こっちの角度からだと丸見えなんだよ。

 

 

 

 

 



鶴屋さん
俺たちより一つ上の学年で、朝比奈さんの同級生。草野球チームの助っ人として朝比奈さんが呼んできて以来の縁だ。誰とでも一瞬で仲良くなれる快活な先輩で、ハルヒに匹敵する行動力と実行力を駆使し、色々とSOS団のために助力してくれる頼もしい人。
実はかなりの名家のお嬢様であり、どうやら古泉が所属する『機関』とも繋がりがあるそうだが、色々と超越した存在でもあり、現時点では不明。

ハルヒ:会稽にしても呉にしても、ド田舎もいいところだわ。SOS団の覇業は、あのでっかい建業の城を奪って、ようやく始まるのよ。そうでしょう!?

 ハルヒがまくし立てるとおり、タテに回廊状になっている江東地方を抜け出すには、その出入り口を扼する建業を奪取しなければならない。

 建業は長江に面した巨大港湾都市であり、江南の政治・商業・文化の中心地であると同時に、攻め手の気が滅入るほどの防衛力を誇る城壁と、常時数万の兵馬が駐留する一大要塞でもある。
 ハルヒは、今すぐにでも、そこへ攻め寄せたくてウズウズしているようだ。
 ――おいハルヒ。俺たちが隘地に逼塞していて、かつこの世界がSLGベースである以上、帝国主義には目をつぶるが、問題が三つばかりある。お前はその辺を解って言っているのか。

ハルヒ:なによ。キョンの分際であたしに諫言するつもり?

 言いながらも、上機嫌らしいハルヒはこちらに向き直って「まあ聴いてあげるわ」のポーズだ。いちいち業腹な野郎だが、またこいつの死の行軍に付き合わされるよりマシと自らを諌めて、ハルヒの突撃脳にも解りやすく、現状を分析してやる。

 ――ひとつは、呉・越の兵力の少なさだ。建業の総兵力は3万に達しているが、いま会稽と呉の兵力を掻き集めても、どうにか1万そこそこだろう。外征どころか治安維持すらままならない状況であることは、先の山越襲撃でも明らかだ。

ハルヒ:…。

 もうひとつは、内政の不備だ。なにしろ、先の会稽軍の攻撃により呉は壊滅状態。会稽のありったけの兵糧と銭帛をこちらへ掻き集めても、どうにかその一万の兵力を半年維持できるかどうか、というレベルまで困窮しているわけだ。そのうえ国防予算が収支を上回っているとなれば、財政破綻は目に見えているだろう。

ハルヒ:……。

 最後に、山越民族だ。この間はたまたま長門が戻っていたから撃退できたが、また何万という軍団で襲撃されたときに、誰がどの兵力でそれを迎撃するんだ? 主力部隊が駐留する呉はともかく、がら空きの会稽はどうやって守るんだ?

ハルヒ:…………。

 俺が1ヶ条論駁するごとに、眉間の勾配を変えてゆくハルヒ。分かり易い野郎だな。もっとも、みるみる機嫌を損なう太守の様子に狼狽するのは、新参の呉の官吏たちばかりで、会稽からのSOS団員は平然たるものだ。
 二瞬ばかり視線が飛び交った後、一同を代表して王朗さんがあやすように言上する。

王 朗:キョン殿の申し様、三ヶ条ともに尤もでございます。揚州どの(劉)の正義を問う儀については、今しばらく民土を寧んじた後でも遅くありますまい。

 相変わらず、新川執事を思わせるロマンスグレーの英国風紳士・王朗さんは、慇懃な物腰でハルヒを諭す。
 この数ヶ月間で俺たちが学習したことだが、どうもハルヒの、後退のネジを外した強硬意見に対しては、早めに俺がツッコミを入れ、王朗さんか華画像ファイル "http://gukko.net/images/kanji/kin-.gif" は壊れているため、表示できませんでした。さんが微調整しつつ宥めすかし、最後に古泉が後工程処理をする、というパターンが有効であるらしい。
 この場合も、古泉が例の無害スマイルを浮かべながら、

古 泉:王朗さんの仰るとおりです。もちろん、のんびりとはしていられませんが、もうしばらく干戈を横たえて兵馬を休め、殖産に務めるのが、むしろ覇業の近道になるものかと。

と、無難そのものの纏めに入った。

ハルヒ:…………。

 ヘの字口とアヒル口の中間くらいの表情で、己を諫止する手下団員たちを交互に眺めていたハルヒは、しかし群臣をギャフンと言わせる有効な反論が思いつかなかったらしく、やがて不貞腐れたように溜息をつき、「まあいいわ」と呟いた。
 が、次の瞬間勢いよく上げたその顔には、またハルヒらしい楽観的かつ好戦的な光彩が新たに踊っている。

ハルヒ:みんな分かってるわね!必ず次の年には、建業にわがSOS団の旌旗を掲げること!その為の準備期間なんだから、今日あたしを諫めたことを後悔するくらい、みんなには働いて貰うわよ! ――もちろんみくるちゃんにもよっ

みくる:ふぇ――!? はいっ――!?

 まさか自分に振られると思わなかった朝比奈さんは、大きな目を白黒させてアタフタしている。奇襲効果の覿面さに満足げなハルヒの側で、鶴屋さんもその様子を見てゲラゲラと大喜びだ。
 まあ、ともあれ侵攻フェーズまであと数ヶ月は猶予を貰えたと言うことだな。

………
……

古 泉:さて、問題は山越の襲撃にいかに対処するか、ですが――

 内政について、やや事務的な討議がなされた後、古泉が一同の注意を喚起したことは、江東政権にとって死活問題とも言える、山越民族問題だった。
 先の戦いでは、たまたま長門や古泉という知力90オーバーの軍師級武将がいたから何とかなったが、実際は彼らを圧倒するだけの大兵力を常駐させておかなければ、撃退することは不可能だ。
 ちらりと長門を見ると、いつものように竹簡の黙読に余念がなさそうだ。いざとなれば、こいつを後方に残しておくという選択肢をハルヒに提言する機会かもしれん。前線にいるより安全で、読書の時間も多く取れるし、本人にとっても、その方が幸せだろう。ハルヒが承知するとも思えないが、言って損はないだろう。

ハルヒ:面倒ね。パーッと本拠地とか燃やせちゃえないの?

 無茶を言うな。推定何十万、何百万人という一つの民族だぞ。どんなジェノサイドを敢行するつもりだ。

ハルヒ:わかってるわよ。そうじゃなくて、戦闘集団を一箇所に集めて殲滅できないかってこと。

鶴 屋:ねねっ、何なら私が留守番してよっかっ? こっちは任せて、ハルにゃんたちはやりたいことを全力でやりなよっ

 屈託無く、鶴屋さんが申し出てくれる。
 そう、何かと俺たちを巧妙にバックアップしてくれる、いつもの頼もしい先輩の顔だ。
 しかし――

ハルヒ:うーん…鶴屋さんを後方に回すのは、もったいなさ過ぎるわ

  と、ハルヒが渋面を作るのも無理ないことで、このマヌケ中華時空における鶴屋さんのスペックも、かなり反則気味なものだった。

 鶴屋さん

統率 武力 知力 政治 魅力 備考
90 90 90 90 90 特技:洞察         

 ハルヒの場合と違って、たまに見え隠れする鶴屋さんの底知れない部分を考えると、そうあり得ない数値と感じられないのが怖いところだ。

ハルヒ:鶴屋さんには、政戦両略でガンガン活躍して欲しいのよ! もう一人くらいあたし級の人材が欲しいなあ、って思ってた矢先にフラっと来てくれたのよね。これは天が遣わしたものだわ。それを呉越に埋まらせるわけにはいかないわっ

鶴 屋:わはははっ、天を持ち出されると照れるにょろよっ

 ケラケラと笑うSOS団臨時顧問は、ふと表情を改めて、んー、と舌を出さないペコちゃん的思案顔を一同へ向けた。

鶴 屋:でもさ、山越って人たちも、絶対に攻めてくるわけじゃないんだよねっ。じゃ、攻められない方法も考えたらどうかなっ

 山越の襲撃が起こらない方法――
 と言われてすぐに思いつくのは外向的な懐柔策あたりだが、こちら側からお願いする立場である以上、然るべき手当金を用意するのは当方であり、さて唯でさえ倒産寸前の呉越連合にそんな事が可能なのかどうか。
 と、脳内で2bit算盤を弾いているところに、「おお」と声を上げた人物があった。

厳白虎:そういえば吾輩ら兄弟であれば、彼らを押さえることが出来るであろうな

 と、かつての敵将は、こともなげに言い放った。

ハルヒ:…本当に?

 と疑わしげな様子のハルヒに向かい、厳兄弟はニヤリと笑って見せた。

厳白虎:なめて貰っては困る。吾輩は山越の渠帥どもと互いの血を啜り、義を契った中だ。吾輩か弟がおる城には、彼らは決して寄せては来るまいよ

 なるほど、武将特性「親越」だ。
 すっかり忘れていたが、厳白虎兄弟は山越民族の有力者という設定だった。彼らのもつ特性「親越」は、文字通り山越民族と近しい武将に与えられ、彼らの襲撃を未然に防いでくれるのである。江東でなければ活かしようのない特性だが、城に居るだけで効果が発揮されるレアなものであった。

古 泉:ありがたいですね。厳氏お二人に、それぞれ会稽と呉に駐留して頂ければ、それだけで全域をカバーできます。

ハルヒ:でかしたわっ!何よ、これで問題ひとつ解決じゃない!

 ま、そうだな。出来すぎといえば出来すぎな配剤だが。
 会稽に弟の厳輿さん、呉に厳白虎さんが籍を置くだけで、あっさりと山越の数十万の脅威が片付いた事になる。
 さんざん雑魚雑魚言っていたハルヒも、さすがにこのときばかりは、二人を見直しただろうな。

ハルヒ:とりあえずマイナス要因は払拭されたし、後は武将集めとか、計略とか、そのへんの話よね。――みんな、トイレ休憩とか挟んだ方がいい?

古 泉:府君、いかがでしょう。色々と重要な決議も出ましたし、ここは一度閉会して内容を消化して貰い、明日あらためて会同するというのは

 俺たちの顔にそろそろ浮かんできている疲労を汲み取ったか、ふいに古泉が休会を提案する。まあ体感時間で7時間くらいぶっ続けだったからな。脳細胞のためにも、糖分の補給が欲しいところだ。
 ハルヒはというと、あと10時間でも軍議を続けられそうなコンディションのようだったが、一応、王朗さんに視線を投げかけ、王朗さんが切り揃えた口ひげの下でやんわり頬笑んで頷くのを見ると、

ハルヒ:そうね。今日ももう遅いし、懸案事項も解決したし、一眠りして頭を休めたほうが効率いいかもね。

 と、案外あっさりと明日への持ち越しを認めた。

ハルヒ:じゃあ、明日、また朝イチで集合。手ぶらで来ちゃダメよ。ちゃんと明日話し合うための腹案とか資料とかを各自まとめて持ってきなさい。そうね、一人一案、何か策を用意すること。

 宿題つきかよ。策ったって何の策を提出すれば良いんだ。テーマを明示してくれ。

ハルヒ:内政でも軍事でもかまわないわ。テーマは「富国強兵」ね。――じゃ、今日はこれで解散。また前みたいに客楼でミーティングするから、みくるちゃん、用意よろしくね

みくる:は、はいっ

鶴 屋:おっ!二次会もあるのかっ。私も手伝うよっ

 嬉々として手を挙げた鶴屋さんが、朝比奈さんが慌てて断るよりも数瞬早くその腕を取って、ぐいぐいと引っ立てていく。
 今日からSOS団のブリーフィングも、これまで以上に騒がしくなりそうだ。
 


建業
現在の南京。ちなみにこの当時はまだ秣陵と呼ばれる中程度の都市だったらしいが、この世界じゃもう建業という大都市になっているので、今後もそのままで通す。

 

 

 

 

 ――そんなこんながあってから、約半月後のことだ。
 現在俺の孤影は、目下のところSOS団本部移転予定地である、大都会建業の雑踏にあった。
 むろん呉越のSOS団軍が、わずか20日足らずでこの一大要塞を攻略したわけではなく、単に旅客としてだ。

 意外なことだが、呉越のSOS団と、ここ建業は相互不可侵の同盟関係にある。
 建業の支配者劉と、王朗さん時代の会稽郡は、ともに長安の魔王董卓を滅ぼさんとする連合体だったからな。
 同じく反董卓同盟員だった厳白虎との関係を一方的に精算した挙げ句、その翌月には攻め滅ぼした会稽の新太守涼宮ハルヒと代が変わった今でも、建業・呉・会稽の同盟関係は継続しているわけだ。
 なんという無防備さか。
 俺なら、こんな油断ならない隣人は到底放置できんだろう。すぐに違約を口実にして建業の兵を挙げ、疲弊しきっている呉・越を攻め滅ぼすところだ。
 それをしないところに、建業の支配者劉の限界があると見るべきか、すぐ膝元まで迫ってきている袁術軍団の膨張を警戒していると見るべきか。


 さて、そんな仮想敵国の本拠地をたった一人でうろついている俺の目的は、もちろん買い物でも物見遊山でも傷心旅行でもなく、わがSOS団にふさわしい人材のスカウトにあった。
 凌操さん、というハルヒ垂涎の猛将タイプだ。

ハルヒ:キョン!あんた絶対に連れてきなさいよ! もしミスったら、今月の給料から経費天引くわよ!

 というハルヒの理不尽な叱咤を背に、この建業までやってきた俺だったワケだが、しかし任務を全うできずにいた。
 以前会稽で董襲さんを見つけた経験を活かして、建業の大街の辻々をめぐり、どうにか目当ての凌操さんには会えたのだが――

凌 操:俺に、呉君に仕える理由が無いな

 と、まさに反論の余地が1ミリも介在しようのない完璧な理由でもって、丁重に断られた次第だ。
 そりゃそうだ。
 なんだって、この乱世に生まれた大丈夫が、好きこのんで出来星大名のハルヒに仕えなきゃならないんだ。俺でも当然断るね。
 というわけで、早々に説得を諦めた俺は、「あ、どうも、それじゃ」とヘコっと会釈して、その場を立ち去ったわけである。

 …だが不思議なもので、ミッションに失敗した直後はむしろ晴れ晴れとした開放感すら満喫していたのだが、こう時間が経つにつれ、あれこれと悔恨の虫が胸中に蠢動しはじめる。
 ――もっとしつこく食い下がるべきだったか? 他に交渉する手段はなかったのか?
 思えば、ヘッドハンターにしては引き際が良すぎた事は認めざるを得ず、俺は営業職に向いてなさそうだなと将来を憂う程には反省している。
 セールスマンというのは、結構ですと断られてからが仕事というからな。先方に断られたのに、何でそこから食い下がらなきゃならんのだ、と思う時点で営業失格なんだろう。

 やれやれだ。
 これから呉へ戻って、ハルヒにここぞとばかりに嫌味を言われ、とどめに古泉の野郎に憫笑されるのかと思うと、もう総てを投げ出して山野に庵を結び、仙道を修めるまで隠遁したくなる。朝比奈さんが後で励ましてくれるという特典がなければ、もうとっくにそうしていただろうな。
 

 などと一歩毎にダウナーなオーラを濃くしながら雑踏を歩くうちに――
 
 俺はいつの間にか、周囲を完全武装の兵士に取り囲まれていた。


 何のドッキリだ、と思いかけて、俺は今さらながら己の不注意に気づいた。
 呉から見て建業が次の標的であるように、建業から見て呉は同盟国であると同時に侵略者予備軍でもあり、南方からの来訪者に哨戒の目を光らせるのは当然だ。
 ましてそれが、市井の情報収集、人材の勧誘まで働いていたとあっては、即刻、敵対工作員として拘禁するのが当局として必然の対応である。
 俺自身、特に目立った行動をとった覚えはないが、ステルスした覚えもないしな。いつのまにやら監視されていたのだろう。とんだ間抜けスパイだ。

 ――さて、どう切り抜ける?

 俺の武力は70。武将としては、初登場ページの2行目くらいで関羽とかの前に立ちふさがり、次の行で一抹の血煙と化して退場する程度の役どころなのだろうが、単なる兵士の群が相手であれば、一直線に切り抜けるくらいはできる、と信じたい。
 現実世界では、そもそも一介の高校生が屈強な兵隊さん相手に勝てるはずも無いのだが、ここは一応ハルヒが適当につけたパラメータに支配されているマヌケ時空だ。武力にしたって、殺傷能力にはならなくとも、相手を突き飛ばすときぐらいには反映されるかもしれん。
 一か八か、全力ダッシュで突破するか。
 そう思い定めて、ジリジリと姿勢の重心を低く落としかけたときだ。
 突然、兵士の壁が割れて、この隊の指揮官とおぼしき武将が、黒いマントを翻しつつ、傲然たる風に姿を現した。
 30前後の若々しい風貌で、董襲さんほどの大男ではないものの、肩広く胸厚く、鮮やかな金鎧に身を包み、どう見ても雑魚キャラではない。男は剣巴に手を添えて、じっと厳しい表情で俺を見据えている。

 ああ――
 俺は、一目で悟った。
 こいつには勝てっこない。
 冗談抜きで死ぬ。致死率に換算すると有事の朝倉に匹敵するくらい、俺と目前の武将は戦闘力に差がありすぎた。武力は90を軽く越えているだろう。
 犬で喩えれば、ちょうど尻尾を左右の後足の間に巻き込んで後ずさっているカタチの俺を見て、男のほうも哀れを催したのか、渾身から吹き上がる殺気をわずかに解いた。
 


 

 

 

 

 

 

 

 

http://gukko.net/images/kanji/you2_s-.gif
れっきとした漢王朝の皇族で、揚州刺史。兄のhttp://gukko.net/images/kanji/en2_s-.gif州刺史劉岱とセットで、当代の英雄だの二匹の龍だのと絶賛されていたほどの有名人らしい。演義のほうじゃ、バカ殿のイメージが強いけどな。
董卓戦後、圧倒的軍事力を誇る袁術に本拠地を追い出されてしまい、今の建業で力を蓄え反撃の爪を研いでいるところ、らしい。
ちなみに現在袁術陣営の先鋒として、すぐ対岸まで遠征してきているのは、若き孫策だ。

統:62 武:67 知:52 政:70 魅:64


 

 

 

 

凌操さん
史実コースだと孫策に従い、董襲さんクラスの武名で鳴らした猛将。常に先頭切って戦うタイプだったようだが、後の夏口城攻めでそれが災いし、敵将甘寧の矢によって戦死。
このとき15歳だった長子の凌統の方が、その復讐劇で有名になるな。

統:75 武:81 知:42 政:35 魅:55
掃討




 男は自らを東莱の太史慈である、と名乗った。
 …道理で、な。この国最強の武将だ。
 こんな歴史的な有名人に、俺が勝てるはずがない。

太史慈:吟味したいことがある。ご同行願おうか

 謹直そうな声で、しかし厳しい視線はそのままに、太史慈さんはこちらへ手を差し伸ばした。
 剣を渡せ、という事だろう。
 どうする?
 これまで何だかんだで、死線らしきものを気が付けば幾つかくぐり抜けてきた俺だが、ここまで露骨な、かつ単身で窮地らしい窮地に立たされた経験は、実は無かった。
 俺の目は無意識のうちに、極度に無口な文芸部員の姿を探したが、無論この場に長門が居ようはずもなく、ただ兵士らの鉄環に穴がないという事実を確認しただけだった。
 
 …ここは剣を渡して、無抵抗のまま縛に付くか?
 
 それが正解なんだろう。これが敵対国であれば問答無用で切り捨てられるだろうが、まだ建業と呉は同盟関係だしな。
 ここで斬り暴れたところで、数秒保つか保たないか。それなら大人しく捕虜となって、救助を待てばよい。
 そういうシナリオのあるゲームかどうかはしらんが、あの騒々しいSOS団の団長が、こんな面白そうな脱線を見逃すはずがないだろうからな。
 おそらくSOS団の皆を引き連れて、上を下への大活劇を繰り広げるに違いない。
 おおかた最後は敵の要塞を爆破炎上させて、ジエンドだろう。
 
 などと無意識に都合の良い妄想を受け入れつつ、俺が太史慈さんの武装解除令に応じようとしたところ――。

「おーいっ、キョン君――っ」

 と、まるで場違いな呼びかけの声が、その辻中にこだましたのだった。

太史慈
言わずと知れた東呉の名将。当時でも既に有名人で、この揚州刺史・劉http://gukko.net/images/kanji/you2_s-.gifの客分として逗留している。ただ私兵を持たない客将の悲しさで、軍内での地位は高くなく、偵察や防諜あたりの任務を任されるだけだったらしい。
中国軍事史上でも稀少とされる、袁術軍の孫策と繰り広げた大将どうしの一騎打ちは、そのあたりの鬱憤が遠因となっているかもしれないな。
律儀で生真面目な人だったらしいが、反面、乱世の英雄としての資質もあったらしく、敗戦後は流亡する劉http://gukko.net/images/kanji/you2_s-.gifを見限り、周囲の小勢力や山越民族を糾合して独立勢力を築き上げ、最後まで孫策に抵抗した。
孫策に捕らえられて後は、一騎打ちの奇縁もあって孫策に重用され、大兵力を任されたという。本当に少年漫画みたいな展開だ。

統:82 武:93 知:66 政:58 魅:79
戟神

鶴 屋:キョン君、いたいた! わはは、ごめんよっ。凌操さんのことだけど、あたしの方で勧誘成功しちゃったにょろよっ

 場違いな声で、また場違いな内容を、SOS団員団名誉顧問は思いっきり大声で伝えれくれた。
 何故鶴屋さんがここに、という疑問についてはまあ察しが付く。ハルヒの野郎は、俺だけでは心許ないと感じたのだろう。凌操さんハンティングの第二陣として鶴屋さんを差し遣わしたに違いない。

 鶴屋さんは、槍の矛先を向け直す兵士たちをまるで無視して、俺の方へ一直線にスタスタ歩み寄った。

鶴 屋:いやー。キョン君の時はタイミングが悪かったみたいだったさ。ちょうど、ここの城の殿様からもオファーが来てたみたいで、条件面で悩んでたらしいっさ。キョン殿に詫びておいてくだされ、だって。いい男だよねっ

 屈託無くケラケラ笑う鶴屋さんには、もちろん功を誇る風もなく、先に失敗している俺への変な気兼ねもない。
 ありがたいね。計算され尽くされているのか自然体なのか、たぶん鶴屋さんの場合二週くらい回って後者なんだろう。
 ――っていうか今そんな話をしてる状況じゃないんですが。

鶴 屋:ささ、用事も済んだし、いったん呉へ帰ろっ

 鶴屋さんは、もうわざと言っているとしか思えないほどハッキリと所属元を四囲へ告げ、ぐいっと俺の手を引いた。

太史慈:待たれよ!

 さすがに唖然としていた太史慈さんが、慌てて制止しかけるのを、鶴屋さんはケラっとした笑顔で遮った。

鶴 屋:お勤めご苦労様っ。お城の殿様にも、よろしく伝えといてっ。

 ヒマワリのような極上の笑顔で、しかも至近距離でぱっちりウインクされた太史慈さんは、目に見えて解るくらい狼狽した。逃げるように飛びすさり、挙げ句後ろの兵士に支えられるほどだ。

太史慈:そ、尊名を――!

 先程までの破格の英雄っぷりはどこへやら、パニックのあまり太史慈さんは何故か鶴屋さんの名前を聴いてらっしゃる。
 鶴屋さんは、俺の手を引いてぐんぐん歩きながら、くるっと振りかえって、大声で自分の名前を告げた。
 しばらくして、だいぶ遠くから太史慈さんの声が聞こえた。

太史慈:拙者、東莱の太史慈でござる!

 史実において曹操からラブレターを貰う程の英雄児の、渾身の自己紹介である。

 ――なんなんだ、いったい。

………
……

 ともあれ、俺と鶴屋さんは、虎口を逃れたというか、とにかく建業城外への脱出に成功した。
 といっても、特に緊急手配が回っている様子もなく、亭の厩舎に止めていた馬に悠然とまたがり、二人は堂々と轡を並べて街道を進んだんだがな。
 凌操さんは、道々落ち合うということらしい。

 なんだか太史慈さんが参入したあたりで色々あり過ぎて混乱気味だが、とにかく今回の目的、凌操さんをスカウトするというミッションは、鶴屋さんによって果たされた、という事でいいんだな?
 さすがは全能力90の完璧超人だ。
 無論俺とて天才と凡人の差は充分自覚しており、またハルヒがデタラメに決めた能力値のせいでその格差が余計に広がっている事を知悉している以上、別段結果に対して忸怩たるものはない。
 だが、己を憫笑するほどの皮肉な心境にはなろうというものだ。
 
 なあハルヒよ、何だって俺だけこんな中途半端な能力設定しやがったんだ?政治力でも何でもいいから、一つくらい他者に負けない能力値があれば、何らかのミッションは成功させていたかもしれず、土産のひとつでも買って帰ろうという気分になったろうにだ。

  夕刻が迫り、数里も離れた地点で、ふたたび建業を振り返る。
 幾重の防衛施設を連ね、難攻不落を謳われる江東随一の城塞都市は、夕日を浴びて緋色に染まっている。

 来年の今頃、あの化け物のような城にちっぽけな戦力で挑まなければならない俺たちの惨たる将来を、まるで象徴してるようじゃないか。

 長江の豊富な水資源を循環させた堀は攻城兵器の密着を赦さないだろうし、林立する矢倉からは雨のように矢が降り注ぎ続け、二重の城壁は寄せ手を二乗倍に疲弊させるだろう。
 俺のような凡将パラメータの人間は、ひたすら戦線に粘着し、兵力を摩耗し合う作業を続けるしかない。
 突撃を命じ続けるハルヒに従い、俺たちは何度も何度も、壊滅するまで攻撃を繰り返すことになるんだろうな。
 想像するだけで、今から胃下垂になりそうな光景だ。

 ――と、アンニュイに佇む俺を見て、何を思ったか、鶴屋さんが馬首を巡らせ、建業城の方向へ歩みを戻した。

鶴 屋:キョン君キョン君。――今からさ、一つ予言するよっ

 唐突に言うと、鶴屋さんはひらりと馬から飛び降り、遙か先の建業要塞群をぐるっと指さした。

鶴 屋:あのお城は、あと一年以内に、なんとキョン君の手によって陥落するのだっ!


(夕日の中の鶴屋さん:かづき様)

 …予言にしては、希望的観測が強すぎるんじゃないかと思いますが。
 能力から言っても、最も活躍するのはハルヒか鶴屋さんでしょう。そもそも、今の呉軍がどれだけ努力したところで、一年やそこらであの城は陥ちそうにありませんが。

鶴 屋:あっはっは――。まあ見てなよキョン君! ハルにゃんがどんだけキョン君の能力値決めるのに時間かけたか。スモークチーズ賭けてもいいけど、多分あたしたちの中じゃ一番悩んだと思うなっ。

 それはないでしょう。長門や古泉の場合、知力と政治力の調整は悩んだ形跡があるっぽいですけどね。
 俺なんか、相当テキトーに決めているっぽいな。政治力とか魅力とか。

鶴 屋:んっふっふっふ。ちなみにー、キョン君のパラメータだけみんなみたいな一発芸がないのは、キョン君がこの三国志世界のバランスを崩してしまうからさっ

 はは。絶体絶命のピンチ時に真なる力が解放される隠れイベントでもあるんですか。映画の例をみれば、朝比奈さんあたりに隠しパラメーターがあってもおかしくなさそうだが。
 しかし、できればその手の発動がある状況だけは御免被りたい。

鶴 屋:わはは。そーゆーのもいいけど、そうじゃなくて、普通にだよっ。ハルにゃんでも長門っちでもなく、キョン君の能力がこの世界観を壊す鍵になっちゃってるっさ

 俺のどこにワールドブレーカーの要素が有るっていうんです? それを言うならハルヒのアレはバランスがどうこういう以前の能力値でしょう。

鶴 屋:んー。数字自体は作業の効率を上げるだけで、そんなに意味がないにょろ。あたしにしてもハルにゃんにしても、戦場の活躍じゃまずキョン君には敵わないっさ。

と、理解不明なことをさらっと言うと、呆気にとられる俺を放置するように、鶴屋さんはまた馬上の人となった。

鶴 屋:まあ、そのうち解るよっ!

 再び南へ馬首をかえした鶴屋さんは、白馬の首をひたひた叩いて、さ、帰ろっかっ、と声をかけると、馬腹を軽く蹴った。
 俺もあわてて馬を返し、その後を追いかけてゆく。


 

 

 

 建安195年夏――
 呉越に本拠を構えるSOS団は、あらたに猛将凌操さんを得、着々とその陣容を整えつつある。

 相変わらずハルヒは思いつきでバカな戦略命令しか下さないが、多期作化を中心とした農政改革のほうは予想以上の成功を収め、数万人単位での餓死者が予想されていた四半期を、どうにか乗り切った。
 侵略が切っ掛けとはいえ、曲がりなりにSOS団という一つの政体に纏められた呉と会稽の二郡は、ギリギリのラインでやりくりできるようになっていた。
 これは全部王朗さんをはじめとする文官団の尽力の賜だろう。
 相変わらず、貧乏国家には違いないが、それでも少しずつ商業施設を拡大し、景気は上向いてきているといえる。
 
 
  それとは対照的に、北の堅塞・建業城は異様な緊張感に包まれているという。
 嵐を孕んだ黒雲が刻一刻と迫るように、昨年から長江対岸に布陣している袁術陣営先鋒の孫策軍団が、いよいよ渡渉の準備に入ったらしい。
 頻々たる早駆けが要塞の支城間を駆け回り、長江に水門を開く港湾部は、今や戦闘用の艦艇でびっしりと埋め尽くされている。
 建業の要塞を盾に迎え撃つか、それとも下手な海域より広大な長江上での水上決戦となるか。
 揚州刺史の政庁は、大いに狼狽しているところだろう。

 

 遠く離れた呉の城で、以上の報告を受けたハルヒは満足げにほくそ笑んだ。

ハルヒ:ふふん、鳥と貝どうし、せいぜい派手に噛み合ってなさい! あたしが結局美味しく頂くんだから

 はやくも漁夫の構えで待ち受けるハルヒ。見事なまでの悪役っぷりだな。

ハルヒ:ふん、何とでも言いなさい。我が敵をして我が敵を衝かせしむるのが、ええと、兵法の常道よっ

 格好いいことを言っているつもりのハルヒは、しかし上機嫌らしく古泉に向き直った。

ハルヒ:古泉くん、だいぶ間が空いたからもう一度問うわ。――我が軍はいつ出撃できるのかしら?

 今回は、古泉も苦笑を浮かべない。羽扇を軽く揺らし、いつものスマイルで答える。

古 泉:あと1ヶ月ほどで、井蘭の第一号、第二号が会稽の工廠で完成します。いかがでしょう、この兵器の到着をもって出陣なさるというのは

 ここで新兵器情報の投入である。ハルヒの顔が劇的に輝いた。

ハルヒ:わかったわっ! じゃあ、出陣まであと2ヶ月ほどの我慢ねっ

 嬉々として、力いっぱい掌を打つハルヒ。まるで来月遊園地に行くことが決まった幼稚園児だ。

ハルヒ:そうと決まれば、じっとしていられないわ! もっともっと、我が軍を増やして、精強に鍛え上げなきゃ! みくるちゃん、また募兵するわよっ!

みくる:ええーっ、またあれやるんですかぁ

 朝比奈さんが情け無さそうな声でか細く抗議するも空しく、ハルヒは朝比奈さんの腕をむんずと掴んでズカズカと連れて出てゆく。
 なにせ朝比奈さんは魅力100だからな。
 募兵要員としてはこの上ない適職であることが災いし、ここのところ結構なローテーションで日がな一日中プラカードを持って、街頭で兵隊募集を呼びかけさせられていた。
 さすがにバニースーツは手に入らなかったらしいが、代わりにハルヒが自ら意匠を起こして特注させた、チャイナ風ウサ耳ドレスだ。
 その格好でプラカードを持って、情けない声で街頭へ呼びかける姿は、いつぞやの自主制作映画を思い出させ、何ともいえん気持ちにさせられるものだ。

古 泉:…まあ、我が軍もこの半年間で飛躍的に増強されています。純軍事的には、けっこう善い戦いが期待できると思いますね

董 襲:そりゃいいんだが軍師どの、あんまりモタモタしてたら孫策軍に先を超されるんじゃないか?

 ハルヒが出ていった先を見送りつつ、なんとなくざわつく一同。ハルヒが自分の言いたいことしか言わないから、必然的にこういう間の雑談が、実質上の軍議にになっていたりする。

凌 操:太史慈がいるから、そう簡単には陥ちんだろう。硬いぞ、あの部隊は

 直にあった俺としては、大いに頷きたいところだ。ただ、その太史慈さんとも、俺たちは時おかず戦うことになるわけだが。
 戦闘力にしても、用兵にしても、残念ながら俺や古泉では全く相手にもならない。ここは董襲さん、凌操さんのツートップで押さえ込むしかないだろう。鶴屋さんやハルヒは、パラメータでは勝っているとはいえ、陣頭には立たせるわけにはいかんだろうからな。

 …と皆で用兵を案じているところに、またまたハルヒが朝比奈さんを引きずるようにして戻ってきた。
 朝比奈さんは、また例のチャイナバニー姿を皆の視線に晒されて、羞恥に顔を赤く染めている。
 が、俺よりも先に虞翻さんが一喝したことに、こんどはハルヒも色違いの同じ似非バニー姿だったのである。

ハルヒと赤兎
(ハルヒと赤兎:亜栗様)

ハルヒ:どう? こないだ作らせてたのよ。――さ、いくわよ、みくるちゃんっ!

虞 翻:待ちなされいっ! 太守自ら何たる面汚し、国の恥だ!

ハルヒ:いいでしょ別に。団員募集ってのはね、やっぱり団長自ら率先して行うべきものなのよ。思えばあたしも原点を忘れていたわ

 原点回帰は結構だが、せめてお前くらいは普通にやれ。

ハルヒ:へぇ…

 ハルヒは、にんまりと底意地の悪そうな笑顔を浮かべた。

ハルヒ:じゃあキョンは、みくるちゃんはこのままでいいって言うわけね? ふうん?

 いや、朝比奈さんも普通にやらしてあげてくれ。お前はって言ったのは、お前は太守という立場があるからであってだな…

朝比奈:あの…皆さんこう言ってるんだし、やっぱり――

ハルヒ:決めたわっ! やっぱりこのまま募兵に行くわ! みくるちゃんっ!今日もめいっぱいみんなを悩殺するわよっ!

 バネが弾けたように、ハルヒの野郎は朝比奈さんをかっ攫って、一気に飛び出していってしまった。
 諸将とも制止しようと突き出した手を、空しく宙に漂わせたまま、無言で顔を見合わせる。
 そして溜息とともに、揃ってこう言うのだ。

 ――やれやれ。


 
 

 

 

 

第4話 「呉越同舟」

1-4 呉越同舟強制中

 古来より、呉と越の因縁対決は数々の伝承や説話の元になるほどだ。俺も漢文の授業で多少囓った程度だが、なんせボルテージの高い国同士だったようだな。
 いわば江東のトムとジェリー、虎vs巨人の伝統の一戦。兵士達の沓音も高く、なにやらやる気満々の様子だ。
 
 その先頭を騎行する総大将のハルヒも、上機嫌を隠す素振りさえ見せず、

ハルヒ:みんな! 臥薪嘗胆よっ!今度は勝つしかないわ!

全 軍ホアアーッ!!

 奇声をあげて槍や戟を突き上げるSOS会稽団員軍。部下は主に似るというか、俺が想像していたのとはだいぶ違う軍風に染まっているようだ。
 というかお前は薪の上で臥せてもなければ、肝も嘗めてないだろうが。
 そんなツッコミも晩秋の涼風が流すに任せ、ハルヒは鞍上で上体をひねり、傍らの古泉を顧みる。

ハルヒ:古泉くん、戦況の報告を。

 古泉は例の孔明スタイルで押し通すつもりらしく、羽扇を携えただけの軍師姿で従軍している。

古 泉:我が軍の接近を察知して、すでに厳白虎が6千余の軍を率いて進軍中。その後を、弟の厳輿が3千ほどの支軍を率いて別道中とのこと。


ハルヒ:ふふん。のこのこ出てきたわね!もはや勝ったも同然だわ!

 鼻息を勢いよく吹き出しつつ、ハルヒが戟を天に突き上げた。

兵 士ホアアーッ!

 さすがは気力100の会稽軍、ノリだけはハルヒ並だ。
 さて、前回よりは確かにマシな布陣とはいえ、このまま勢いに任せて正面衝突しても、こちらの損害はバカにならないはずだ。

ハルヒ:もちろん、今回はちゃーんと策戦行動をとって貰うわよ。古泉くん、説明して。

古 泉:仰せのままに。――さて、今回の基本骨子は、敵になるべく多くの城兵を出撃させ、野戦でこれを撃滅する、という点にあります。

董 襲:攻城戦を避けると言うことか

古 泉:その通り。幸い厳白虎も厳輿将軍も凡将です。城に籠もられるより、よほど与し易いでしょう。それに、今回は計略を多用して敵軍を奔命に疲れさせ、なるべく当方の損害を押さえるつもりです。

 なるほど、正統的な戦立てだ。というか前回が無策すぎた。
 だが、避けられないのは兵の士気低下だろう。前回はろくに戦う間もなく、兵の士気不足で戦線維持を断念したはずだ。

ハルヒ:なるべく早く済ませるつもりだけど、今回も長期戦の可能性があるわ。だから有希がいるのよ。

 ハルヒがニヤリと笑う視線の先では、小柄な白馬にまたがった長門が、無機質な双眸をこちらへ向けているところだった。

古 泉:長門さんは、緒戦は計略要員として参戦し、敵が混乱をはじめたら、すぐに軍楽台建築の指揮に当たって貰う予定です。

 なるほど、遊撃隊というところか。
 軍楽台は文字通り自軍を鼓舞する奏楽をする施設で、周囲の部隊の士気を回復する。建築に1ヶ月ほどかかるが、まあ3ターンの我慢だ。
 
 相変わらず表情一つ変えることなく、長門はほんの微かに頷くと、静かに自部隊を率いて戦列を離れていく。
 まさかこのとき、このたった3千ほどの長門隊が、会稽という郡全体の危機を救うことになるなどとは誰一人想像もしていない。









臥薪嘗胆
ハルヒは景気よく報復のスローガンに掲げているが、ウチが勝手に侵略して敗退しただけなのだから、逆ギレもいいところだろう。
あと四文字熟語の意としては「復讐の為に耐え忍ぶ状態」を表す言葉だから、行軍中に使っちゃ駄目な用語だ。
ちなみに薪の上で臥せてたのは呉王の夫差で、肝を嘗めたのは越王の勾践。この歴史的な二王がドMだったワケでは無論なく、復讐心を持続させるために、敢えて自らを辱め続けていたらしい。三国志からは700年くらい前の話だ。

 2


 会戦の最初の一撃は、ハルヒの率いる弩兵隊だった。
 正午、突進を開始した厳白虎軍に対し仰角で照準を合わせている弩弓手が、いっせいに引き金を絞った。

ハルヒ:――射てぇっ!

 6千人という、県立高校の全校生徒5校分くらいの一斉射撃だ。一瞬空が真っ黒になったかと思うと、数秒遅れて、敵陣の方へ夕立のような黒い豪雨が音を立てて降り注ぐ。
 つづけて、その横につけた古泉隊が、知力95にものを言わせて攪乱の計略を厳白虎へ仕掛ける。
 最初の一斉射撃でかなりの損害を被ったらしい厳白虎軍は、さらに情報戦の餌食となって上を下への大混乱だ。
 そこへ、会稽軍のトップバッター、猛将董襲さんが突っ込んだのだから、呉軍の混乱ぶりは悲惨の一言に尽きる。
 さらに戦場の外縁部をスルスルと移動していた長門隊が、後続の厳輿軍へ同じく攪乱の謀計を仕掛けたため、主戦場から数理離れた地点で、厳輿軍も見事に立ち往生してしまった。

ハルヒ:でかしたわ有希っ! さあキョン、やっちゃいなさい!

 ハイテンションで怒鳴るハルヒを傍目に、俺の率いる戟兵隊も突撃を開始。厳輿軍にけっこうな痛手を与えている。

 回復しては古泉か長門に再度混乱させられる厳白虎軍の、情報管理体制の不備について俺が色々思いを巡らせているうちに、長門隊が城にやや近い地点まで進出して、大胆にも野戦体制を解いて軍楽台建築をはじめた。
 もはや敵に反攻能力が無いと判断したのだろう。事実、厳白虎軍も厳輿軍も、出撃当初の7割を失った上に依然混乱中、ひるがえって会稽軍は殆ど損害がない。

ハルヒ:圧倒的じゃないの、我が軍は!

 既に勝利を確信しているらしいハルヒの、慢心しきった叫びが戦場にこだまする。
 遠目に、敵将厳白虎と厳輿の両将軍が同時に吹き出したのがチラッと見えた。こんな矛を交わす出会いでなければ、案外仲良くなれたかもしれん。
 緒戦の楽勝ムードは前回も同じだったな。問題は攻城戦なんだが…

 10月、厳輿軍が壊滅した。
 ハルヒにも古泉にも凡将呼ばわりされていたが、野戦指揮能力だけでいえば、俺や古泉と遜色無いレベルだったんだが。
 俺が持つ「捕縛」の特技が、どのへんから引っ張られてきた設定かはわからんが、とにかく俺の部隊が撃破した敵部隊の将は確実に捕縛される運命にあり、厳輿将軍は後高手小手に縛り上げられたうえに猿轡を噛まされ、陣中へ引きずられてきた。
 おいおい、誰の趣味か知らんが、そこまでせんでいいだろう。
 体中に突き立ったままの矢とか、噛み締めすぎて血の滴っている猿轡を見て、さすがに気が引けた事もあるし、既に古泉から俘虜の処遇について伝達があった事もある。慌てて縄を解かせると、厳輿は怪訝な顔をして俺を見返してきた。
 おまけに、ほどなく馬を与えられ、戦闘区域外で解放されると聞き、彼は目をむいて驚いた。

厳 輿:何のつもりだ?

 さあてね。

 やがて、本隊たる厳白虎軍も董襲軍に打ち破られた。
 厳白虎は自ら矛を振るって血路を切り開いたらしいが、どのみち捕縛されていても、弟と同じ事になっていただろう。
 戦場から呉軍の姿が消滅して数日、軍楽台がようやく完成し、連戦でバテ気味の将兵を鼓舞し始めた頃、ふたたび呉の県城に動きがあった。

古 :泉また、厳兄弟がそろって出撃してきたようです。兵力は3千強と2千強。もう戟や矛のストックが無いのでしょうね。

 古泉の報告にも、余裕がにじみ出ている。
 そりゃ、彼我の戦力にこれだけ差があるとなると、すでにそれは会戦ではなく、よくいって掃討戦みたいなもんだろう。
 で、何回これを繰り返せばいいんだ?

ハルヒ:決まってるじゃない!あの二人が完全にヘロヘロになって我が軍門に降るまでよっ!

古 泉:城を攻めずして心を攻める――まさに七縦七擒ですね。いにしえの諸葛孔明もかくやという良計です。

 いやいや、今は孔明がリアルに生きてる時代だ。あと心攻めて無いぞ。

ハルヒ:ごちゃごちゃ言ってないで、迎撃の支度をしなさーい!

兵 士:ほーッ!

 結局、厳兄弟は緒戦と同じく攪乱、火計、攻撃のコンボを数発食らって壊滅の憂き目にあい、またまた俺に捉えられて放たれるという醜態を晒した。
 だが、まだハルヒは攻城戦にかからない。
 数千という兵の籠もる呉城は意外に堅牢で、一隊一隊では5千を割り込んでいる俺たちにとって、その反撃はけっこう深刻な打撃となるのである。
 
 翌ターン、またまた出撃してきた厳白虎軍は、遠目にも満身創痍が丸わかりの剣兵部隊で、たちまちのうちにリーチの違う戟や矛にボコボコにされた。
 とどめとばかりに長門の火計をくらい、潰走の最中、俺の隊に手捕りにされる厳白虎。涙目で「頼むから捕虜にしてくれ」と訴えかけるもハルヒに退けられ、また城へ追い放たれた。
 こうたびたびキャッチ&リリースされては、いい加減、城にも居づらいだろう事は容易に想像が付く。
 が、もう野戦を挑む気力もなくしたのだろう。
 呉城の険に頼るしかないと気づいたか、貝のように城へ引きこもり、最後の抗戦に挑むつもりらしい。


 ――実はこの間、長江以北の情勢に大きな変化があった。
 長らく刺史として広大な徐州でやりたい放題やっていた梟雄・陶謙が、大往生を遂げたのである。
 在任中の死亡のため、本来は中央からしかるべき後任者が選出されるはずなのだが、現在の長安政府の地方人事任命権など無きに等しく、後継劇はすべて徐州内だけで進められたらしい。
 伝え聞くところによると――というか歴史的時事として俺も知っていることだが――徐州刺史の後任は、隣州に居座っていた流浪の傭兵軍団長の劉備が、急遽指名されたそうだ。
 まあ、徐州が曹操に攻められたとき、すぐさま救援に駆けつけたのも、当時売り出し中だった劉備傭兵団だったし、その後も政権野党として徐州外縁部の鎮撫任務に当たっていたようだから、故陶謙の側近や親族に強い反対意見がなければ、成立する人事だったのだろう。

 だが、他の勢力としては、実に痛い、いや、怖い新体制の発表だ。
 関羽だの張飛だの、御伽話に出てくるような英雄たちが、中原にほど近い一州をまるまる領有したのだ。
 これは脅威といってよいはずだ。

 …が、まだ遙か中華の外れの、一県城を巡って千だ2千だいう兵力を潰し合ってる俺たちにとっては、全く別次元の話だ。
  所戻って、呉城近郊である。
 厳白虎が城に閉じこもって20日ほどが過ぎ、いまだ出撃の気配もない。

ハルヒ:もーいいわね!? 今度こそあの城を力攻めに攻め潰すわよ!

 ようやく攻囲を開始したハルヒ。
 だが、ここにきて気がかりなのは、長門隊の消耗ぶりだ。
 軍楽台を建築した後、計略を連発したばかりか、先刻は自分の隊が火計に巻き込まれたこともあり、残り1000程まで打ち減らされている。

ハルヒ:有希、いったん会稽へ戻りなさい

長 門:大丈夫。戦線維持可能なレベル。後退の必要性を認めない。

 いつもの無表情の下に不退転の決意を淡々と滲ませて、長門は撤退命令を頑として受け付けない。
 こうなると、ハルヒでさえ説得は不可能だ。
 はあ、仕方がないな。
 ――おい長門、敵が自棄になって出撃する可能性もあるんだ。その進路上にお前の部隊がいないとも限らないんだぞ。

   長 門:……。

 頼むから一度戻ってくれ。いったん会稽に戻って、新兵と合流してから来ればいい。まあ、その頃にはこっちも片付いてると思うが。

 話している間中、凝っと俺の顔を見上げている長門の硬質な瞳の中に、よく見れば俺の顔が映っているなと気づいた頃、ようやく長門は小さく頷いてみせた。

長 門:…あなたがそう言うなら、後退する。

 呟くように答えた台詞は、ハルヒの耳に届いたかどうかわからんが、隣に立っていた董襲さんは片頬の犬歯をむき出しにしてニヤリと笑った。何なんだいったい。

  ハルヒ:有希、あんた疲れてるかもしれないんだから、移動中ムリしちゃだめよ。

  気を取り直したように掌を打って、ハルヒは下知をとばした。

  ハルヒ:さ、攻城戦の続きするわ! あと一息よっ!

 ――滞陣3ヶ月。
 遊軍たる長門隊がその役割を終えて引き上げたのみで、いまだ圧倒的優勢を維持している会稽軍。
 対する呉軍は、すでに全兵力の7割を失い、残余の兵で城に立て籠もり、天佑を頼みとするしかない状況だ。 いよいよ、SOS軍が厳白虎軍を、越が呉を制圧する最終局面。
 その、最後の最後というべきタイミングで。
 俺たちの本拠地会稽から、救援を求める悲鳴が届けられた。

 曰く

 山越民族の軍勢が、諸県を荒らしつつ、山陰城を目指して進軍中――と。



 誤解を恐れつつも極論すると、会稽や呉などといった地を含む「揚州」は、本来は越人とよばれる長江文明圏の末裔によって営まれていた土地だった。
 そこへ黄河文明の民たる漢人たちが入植し、県城を建て、郡国をつくり、行政府を置いた。
 数も文化力も劣る越人たちは、漢人たちに山間部まで追い散らされ、とうとう部族単位でひっそりと棲息する存在となってしまった。
 そんな「山の民」が、今回登場した山越民族の姿である。

 で、いま危急に直面しているのが会稽郡だ。なにしろ漢人フロンティアの最前線なうえに、今はハルヒがほとんど全軍をあげて北伐しており、諸県を守る守備兵にも不足している。

 山越人の部族長たちは、千載一遇の好機と見たのだろう。
 連中はここに連合を発足させ、一挙に会稽郡を襲撃してきたのだ。
 その数、およそ1万5千。


ハルヒ:会稽に戻るわ!有希が、みんなが危ない!

 急報がもたらされた時のハルヒは、久々の真剣モードだ。
 無論、それはハルヒだけではない。なんせ長門を会稽へ帰らせたあとだからな。下手すれば鉢合わせしちまう。
 山越人たちは概して精強らしく、非武装にちかい剣兵の千やそこらじゃ瞬殺されるだろう。
 が、ひとり古泉の野郎は、困ったようなスマイルで肩をすくめ、

古 泉:――呉攻めはどうされますか。あと一息なんですがね。

 敢えてこういう言い方をしているのは解るが、このときは瞬間的に本気で腹が立った。
 思わず詰め寄ろうとする俺の腕を、だが正気に戻ったらしいハルヒが掴んで引き寄せた。

ハルヒ:…古泉くん、よく言ってくれたわ。ここまできてあたしが引き上げては意味がないわよね。キョン、古泉くんと董襲さんと一緒に会稽へ戻りなさい。

 俺は口を開きかけて、また芸無く閉じた。
 この時点でハルヒ隊は弩兵の4千そこそこであり、各所で黒煙を吹き上げている呉城を陥とすだけの戦力は保っている。

ハルヒ:呉を踏み固めたら、あたしもすぐに戻るから。でもそれまでに山越の連中なんかケチョンケチョンにやっつけなさいよ、あんた達!

 おそらく真っ先に駆け戻りたいであろうハルヒの、強がりに似た発破だ。
 異を唱えられるわけがない。
 ただちに、俺、古泉、董襲さんの三部隊、あわせて1万弱が陣を引き払い、会稽郡を目指して撤退を開始した。

 ――行軍のうちに年が替わり、西暦195年を迎える。





※まあ、これまた極論になっちまうが、西部劇あたりのネイティブアメリカンと事情が似ているといっていいだろうな。
 実際はだいぶ混血が進んでいたらしいが、それでも「入植者」と「原住民」の抗争は実に深刻で、日常レベルでの襲撃は後を絶たない。村落ごと越の襲撃で焼き払われたり、その報復として部族を皆殺しにしたりと、こういう抗争が後々、数百年もつづくということだ。
 ちなみに厳白虎・厳輿兄弟も、山越人の有力者といわれている。


 
 ここに、布かれざる布石として、長門隊1400人の存在があった。

 一個連隊にも満たない微弱な小部隊だ。
 が、結果として、この長門隊が会稽郡を救うのである。

 長門隊が、山越の猛兵たちとバッタリ遭遇したのは、会稽の治府まであと20日弱という地点だった。
 山越の部族連合軍は、このとき兵力を1万と5千の二手に分けて進軍中だったが、長門が出会ったのは後発の本隊1万の方だ。
 
 まともに開戦すれば1ターンも危うい戦力差だったが、長門は知謀をもって大軍に挑んだ。
 その本軍に対して偽の伝令を遣わし、越人の侵攻本拠地が攻撃されている、という虚報をばら撒いたのだ。
 情報戦で、越の連中が長門に勝てるはずがなく、越人の大兵力は目前の長門隊を打ち捨て、あたふたと軍を翻して後退してゆく。
 その醜態を後目に、長門はさらに軍を急行させ、山陰の本城を猛烈に攻め立てていた山越の別動軍に肉薄。今度は細作と偽伝を駆使して背後から攪乱し、行動不能に陥らせた。
 翌ターン、混乱の極みある山越の包囲を突破して、長門隊は無事、入城することに成功したのである。
 

 一方、ひた走りに帰路を急ぐ俺たちが、ようやく浙江を越え、会稽郡境にさしかかった時。
 目前を横切るようにして、1万ほどの大部隊が、怒号も荒々しく南下してゆくのを目撃する。
 これは、虚報の謀計で引き返していた本軍が、はかりごとに気づき、再度山陰城を目指して進軍しているところなのである。

董 襲:…どうする軍師どの。後ろから攻撃するか?

古 泉:いえ、すぐに反転されて飲み込まれてしまいます。とりあえず、距離を保って後を追いましょう。


 古泉の戦術は堅い。こんな山野のど真ん中で孤軍を晒すより、山陰城を視界に納めながら戦端を開くつもりだろう。癪だが、俺も同じ戦術を選択するだろうな。 
 
 やがて、山陰城が近づくにつれ、戦塵かと思われていたもやが、城周辺を包み込むほどの黒煙と知り、俺も古泉も蒼白となった。
 長門は、城は無事なのか――!?

 と、しばらく進軍して、ようやく事態が正確に掴めてきた。
 なんと、あの活火山の火口のように黒煙を吹き上げているのは、ことごとく山越兵の野戦陣であり、会稽の城は多少傷つきながらも健在であるという。

 会稽に戻った長門は、臨時に徴収されていた新兵を糾合し、守備兵3千を残して再び4千余の弩兵を率いて出撃。混乱中の敵軍を包み込むように火計を仕掛け、敵は炎と矢に追われて潰走中だという。
 みれば、彼方の黒煙の切れ目から、長門隊と思われる「SOS」の旌旗が、チラチラと見え隠れしている。


古 泉:やってくれましたね、さすがは長門さん。情報統合思念体経由の情報操作能力が無くても、十分に彼女はSOS団一の戦略級ユニットですよ。


 古泉が感心したように何度も頷いている。
 俺も、心底嬉しいというか、なんだか身内が褒められた時のような誇らしい気持ちだ。

 最初に、このマヌケ中華時空で途方に暮れた顔を見合わせたときを思い出す。
 古泉は超能力を失い、長門は情報処理能力を失い、朝比奈さんはタイムなんとかデバイスを失い、しかもハルヒに何らかの能力補正を与えられた上で、勝手分からぬこの世界に放り出されたんだ。
 だが長門ひとりだけが、「特別な能力が無くても、みんながいれば大丈夫」という類の発言をして、皆を驚かせた事がある。
 それを、長門はたった一人で証明してみせたのだ。
 偉いぞ、長門。

 黒煙の正体に面食らっていたのは、俺たちだけではない。
 山越の本軍が覚えた驚愕こそ天地転覆のようなものだったろうな。
 その動揺を、ふたたび長門が捉えた。
 またしても「本拠危急」の虚報に惑わされ、山越本軍は撤退を開始する。これで二往復目になるのだからご苦労なことだ。
 
 目前をぶざまに反転する山越本軍を、今回は見過ごしておいて、俺たちは長門隊との合流を果たした。
 朋輩どうしなのだろう。泣きながら抱き合う兵士たちを後目に、俺は長門の姿を目で探した。
 と、ふいに陣列の一角が割れ、長門の小さな姿が現れた。
 ――長門!
 思わず小走りに駆け寄る。


長 門:…。

 長門の白い頬が煤と戦塵に汚れている。拭ってやりたかったが、あいにくハンカチもティッシュも持ち合わせがない。――甲帯を解いたら、きれいに洗うんだぞ。…いや、後でいい。今脱がなくていいんだ。

長 門:…。

 なあ、本当によくやってくれた。ハルヒの馬鹿がなんにも考えずに徴兵しまくったから、結局こういう事になっちまったんだがな。
 でも、凄いぜ。10倍以上の大軍を向こうに回して、お前は一人で持ちこたえたんだ。本当にチートなんてする必要ないんだな。

長 門:この擬似世界のルールに従い、私に与えられた能力値で、最も普遍的に有効と思われる方法を選択しただけ。――それ以上の選択肢は、あなたの指示に反する事になる。

 ああ。そうだったな。どのみちお前は宇宙人的なイカサマを封印してるんだったな。
 それで、きちんとルールに則って、キッチリと己の役割以上の役目を果たした。偉いぞ。
 俺はごくごく希に妹にそうしてやるように、長門の小さな頭に掌を載せ、サワサワと撫でてやった。
 別に理由はないが、何となくそうしてやりたい気持ちになったんだ。

 長門は無表情のまま、撫でられるがままに突っ立っている。
 なんだかおとなしい犬を撫でてるみたいだな、とぼんやり思い始めたころ、横合いから不意に声がかけられた。

古 泉:僚将どうし仲がよいのは結構ですが、涼宮さんの前でやると微妙な事になりますよ。あまり僕の仕事を増やさないでくださいね。

 …。
 いろんな意味でツッコミどころ満載だが、逆に考えれば、この世界に閉鎖空間なり神人なりが現れるかどうか実験できるんじゃないのか。

古 泉:涼宮さんも、ゲーム中のモニター内で巨人が暴れ始めたら、さぞ驚くでしょうね。――さて、潰走している方の部隊を追撃しますので、宜しければ兵の指揮に戻ってください。先程引き上げていった本隊が反転してくるまでに、完全にこの戦場を掌握しなければ。

 そうだったな。長門が火を付けて蹴散らした5千程の別働隊は、約半数を失いつつも、どうにか混乱から回復し、数里離れた平地に布陣し直しているところだった。

古 泉:まずあの小隊を殲滅した後、県城内で軍を再編成し、本軍の逆襲に備えましょう。ま、我々がこうして揃っている以上、勝利は目に見えていますけどね。

 ――結局。
 俺たちが、今回来寇した山越軍を完全に殲滅したのは、ハルヒが遠く呉城を陥落させてから、だいぶ後だったらしい。
 ハルヒが上機嫌に嫌味を言う姿が、今のうちから想像できるな。
 最後の最後になって山越が現れたせいでグダグダになっちまったが、一応戦争のコツのようなものは掴んだ気もする。
 それにSOS団は呉と越の2カ国を領有する大所帯になったわけだ。やれやれ。これからが、色々と大変になるだろう。
 だがハルヒは単純に戦力が二倍になったと勘違いして、また騒動を巻き起こすに違いない。
 これまた今のうちから、そのときの俺の溜息と古泉の引きつりぎみのスマイルが想像できるというもんだ。

 しかしまあ、今は長門が守りきったこの会稽の復興と残務処理をとっとと終えて、ハルヒの待つ新たなる根拠地、呉の城へ急がないとな。



 

第3話 「猛将募集中!」

1-3 猛将募集中!

 ――という経緯で「猪突猛進」という、亡国の掛け軸にうってつけのスローガンが掲げられるに至った俺たちSOS団@会稽郡だが、さて猪突しようにもその牙に事欠き、猛進したくともその燃料すら無いのが現状だ。
 総じて、貧乏なのである。金がない。兵糧もない。兵も無い。ハルヒの馬鹿が、ド辺境会稽郡のただでさえ乏しい元資金を、最初っから打上花火のように浪費してしまったため、次の出兵計画作成さえままならない状況である。

 財務方から、以上の報告を聞かされたときも、ハルヒは別段関心がある風でもなくのたまった。

ハルヒ:それよりも武官が足りないのよね。

 …人の話を聞け。

ハルヒ:会稽って文官は有り余ってるのに、武将が居ないのよ。深刻な問題だわ。

 つまらなさそうな顔で一同を見渡すハルヒ。
 ハルヒの傍若無人ぶりには慣れっこのSOS団員と、口ひげの下で苦笑を隠しているらしい王朗さんは別として、他の面々は喉元まで込み上がっている罵声を押し殺すのに必死そうだ。今の一言で忠誠値が20くらい下がったんじゃないかと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武官
システム上、文武官に明確な違いはないが、基本的に見た目で判断できるレベルだろうな。
また武力か統率力が70以上であれば、武官と言わずとも、佐官か将官級の軍事技術者と言える。

しかしまあ、的はずれの指摘ではない。
 いま会稽にいる武将は俺たちを除いて5名だが、王朗さんを筆頭に、見事に文官揃いだ。武力か統率が70以上の人間が一人もいない。
 だが、有り余るとはまた贅沢過ぎる物言いだ。呉の厳白虎が聞けば泣いて悔しがるに違いない。あっちは武官ふたりで切り盛りしてるんだからな。

ハルヒ:事実は事実よ。これから戦争やるってんだから、群がる敵兵を千切っては投げ千切っては投げ――って活躍してくれる猛将が必要なの!

確かに戦時下にあって武官不足というのは深刻ですな。明府が神の如き武勇をお持ちでも、手足となる者に事欠いては、王業もままなりませぬ。

 さすがはオトナというべきか、王朗さんに目配せされた華さんが、恭しく言上した。
 一方、露骨にいやな顔をしたばかりか、中国映画でみかける「フン!」という鼻音も高くそっぽを向いたのは虞翻さんだ。ぎょろりとした瞳、剛い髭、反り返った広い額と、絵に描いたような硬骨漢である。何しろ、ハルヒの太守着任に反発してただひとり下野騒ぎを起こした男だ。 

ハルヒ:何よ。文句あんの?

 ハルヒがおびえた風もなく、そんな強面の虞翻さんを睨み付ける。

ハルヒ:文句があるなら論拠を示して反論したら? いい年して、態度だけで反発を示して終わりなの?

 ドキッとするようなことを、ハルヒは虞翻さんを睨みながら言う。
 お、おい。ハルヒ、いい加減にしろ。
 さすがにこの緊迫した空気はまずいと思ったんだが、この場を納めるべき王朗さんも古泉も、別々の試薬に突っ込んだリトマス紙の色を見比べるような表情で、ハルヒと虞翻さんを交互に観察しているだけだ。
 ――結構長い沈黙の末、先に口を開いたのは虞翻さんだった。

虞 翻:…この件は太守が正しかろう。事実は事実だ。

 虞翻さんが、さすがに大人げないと思い直したのか、ムスッとした顔のまま折れてくれた。
 ハルヒは一瞬頬を弛めたが、すぐに例の獰猛な笑みを浮かべて一言、

ハルヒ:解ればいいのよ!

 と得意げに勝利宣言を掲げ、虞翻さんはいっそう渋面を歪めている。
 …はあ。
 毎回こんな黒ひげ危機一髪みたいな軍議をされては、こっちの胃と精神が保たん。
 げんなりとする俺を一瞥して、古泉が歩み出た。

古 泉:府君、いかがでしょう。この会稽にはまだ名を惜しむべき勇将が眠っているかもしれません。諸県の市井を探索し、勇者を募ってはいかがでしょう。

ハルヒ:いいわね。スカウトってやつね。――で、誰がいけばいいの?

古 泉:他ならぬ人財のこと。やはり、ここは太守自らが御出座しになるべきかと。

 サラリと言う古泉。ハルヒは面倒くさそうな表情を浮かべたが、不意に眉をはねあげ、何か呟いたかと思うと、

ハルヒ:キョン!

 なんだよ。

ハルヒ:あんた暇でしょう。巡察命じるから、ついでについてきなさい。

 勘弁してくれ。


 ――で。
 ハルヒとともに人材探索という名の市井探訪の最中である。
 予想はしていたが、まじめに人材を問うていたのは最初だけで、途中からはもういつもの不思議探しと変わらん風景だ。
 ぶつくさと文句を言っていたかと思えば、次の瞬間には目を輝かせて辻向かいの露商へ駆け寄るなど、相変わらずハルヒは全く次の行動が予測できないため、疲れることこの上ない。
 ああ、隣にいるのがハルヒでなく朝比奈さんだったら、さぞや趣の深い市井巡察になっていただろうに。

ハルヒ:キョン、あれ見なさい! あれじゃないわよバカ!あっちよ!あの緑の!

 などと、こいつは縁日に小学生が親と間違えて知らないオッサンの手を引いて駆け回ってるくらいのテンションだ。情緒もクソもない。
 おまけに方向転換のつど袖だの襟元だの掴みやすそうな部分を引っぱられ、最後の方は面倒くさくなったのか、手首をがっしりと掴まれて引きずり回されていた。この馬鹿力なら武力100というのも頷けるってなもんだ。
 道行く人々も、ハルヒがこの郡の太守であることを知っているらしく、すれ違うたびに奇妙な笑みをこちらに向けてきやがる。そいつらの表情が、掃除時間中ハルヒに捕まってる俺を眺めるクラスメイトのそれに似ている気がしないでもないが、まあそれはどうでもいい。
 おいハルヒ、人材探しはどうなってるんだ。

ハルヒ:やってるわよ。そのうち見つかるわよ

 いい加減だなおい。
 だいたい、人材探しってのは、もっと地味にコツコツと、砂漠の砂から宝石を探すように、市井の噂をつぶさに集めてだな――

ハルヒ:キョン!あれ見て!

 だから人の話を――!
 と俺が怒鳴りかえそうとするのを片手で制して、ハルヒはちょっと真剣な表情を浮かべた。

ハルヒ:あの酒場で管まいてる素浪人みたいな奴。あれ、けっこう強そうじゃない?

 む?
 ――見てみると、なるほど地方巡業中のマイナー団体レスラーめいた大男が、昼間っからイイ感じに出来上がっていた。
 年の頃は20そこそこか、どろどろに垢汚れた熊みたいな顔、鬢もボサボサ、ボロ布と見まごう衣服を腰に巻き付け、どこからどう見ても山賊か職にあぶれた浪人だ。
 目を見張るべきは、肩や首にみっしりと巻き付いている筋肉だろう。
 上半身を半分はだけているため、見事な逆三角形の肉体が露わになっている。

ハルヒ:うわ、臭あっ――

 俺はそうでもないと思うが、ハルヒ的には駄目な体臭らしい。確かに酸っぱい臭いが周りに充満している。
 さすがにこの当時の中国でも、この手合いは珍しいのか、遠巻きに見物客が垣根を作りつつある。

ハルヒ:キョン、あんたついてきなさい。

 臭いに馴れたらしいハルヒが、また俺の手を引いてズンズンと男へ歩み寄ってゆく。
 たちまち奇異の視線が俺とハルヒにも集中する。なかには「おお、太守だ」とか呟いてる声も聞こえた。

ハルヒ:ちょっと、そこの人。いいかしら。

 そんな周囲の視線を意識しないのか、ハルヒは男のすぐ隣の席に、横ざまに腰掛けた。俺は半歩離れた後ろに突っ立ったままだ。
 男は、うろんな顔でハルヒを見たが、小さく首を振った。

   男 :子供が昼間っからこんな店に来てちゃいけねえ。帰んな。

 意外に良識あるまっとうな台詞を吐いて、しっし、とハルヒを追い払う。無論それで怯むハルヒではなく、むしろ面白そうなオモチャを見つけた子供のように目を輝かせ始めたのは、そのリアクションが気に入ったせいだろう。

ハルヒ:あたし、この郡の太守の涼宮ハルヒ。こいつが手下その1。で、あなたの名前は?

 ハルヒが対人スキルの低そうな名乗りをあげると、男はきょとんとした表情で俺とハルヒを見比べる。
 が、ハルヒの高価そうな装束と、俺が身にまとっている郡吏の束帯を見て、嘘ではないと即断したらしい。
 すぐに姿勢を正し、

    :董襲と申す。

 と、錆のある声で答えた。


 

有り余る文官
ちなみに王朗さんの他、華さん、虞翻さん、許靖さん、許貢さんという顔ぶれだ。
孫策に処刑された許貢さんはともかく、王朗さんも華さんも後の魏王朝の元老だし、虞翻さんは呉王朝の御意見番、許靖さんは蜀王朝の名誉大臣になる人物だ。
 要するに、色んな国の宰相級の人材が最初から4人もいる、この会稽こそ異常なのである。

ハルヒ:――董襲さん…ねえ。何かで聞いたことあるわねえ。

 そりゃそうだろう。一応、地味ながら後の孫呉を代表する部将の一人だ。

ハルヒ:で、董襲さん。あなた、私に仕えなさい。

 いきなりかよ。
 周囲の人垣からも失笑が漏れる。

董 襲:……。

ハルヒ:見たところ定職もなさそうだし、どうせ暇してるんでしょ。

 ハルヒはあっさり決めつけると、上機嫌そうに卓上の酒瓶を取り、まだ中身のある董襲さんの杯に酒をつぎ足した。無礼きわまる奴だな。ついでに言えば、それは普通に董襲さんの酒だ。
 真意を測りかねているというより、あきらかに呆れた表情で、董襲さんはハルヒを眺めている。

ハルヒ:ここで会ったのも何かの縁だわ。あなたなら我が軍のトップバッターになれるわ。その後の働き次第では、さらなる高みを目指せるかも!高禄は保証するわよ!

 などと手を取らんばかりにまくし立てる。
 対する董襲さんのほうも、見た目よりはずっと取っ付きやすいタイプだったようだ。
 呆気にとられていたのは最初だけで、やがて速射砲のようなハルヒのペースに馴れたか、ぼつぼつと己の事を語り始めた。

 董襲さんの弁によると――今は浪人しているが、ゆくゆく天下国家のために己を活かしたいと思う、と。今は生涯を託せる主を捜しながら、各地の豪傑たちと交わっている最中である、と。故に、今は特定の主に仕えるを良しとしないと――

 ふーむ。
 なるほど、無頼めいているが、その志操は高い人物のようだ。
 忠義とは、大志とは…と、男子の本懐について、俺さえも深く考え込まざるを得ない、そんな気持ちにさせられる。

董 襲:ははは。まァ長くなったが、要はそれよ。俺の力は唯この身の為だけにあるのではない、と俺は思いたいわけだ。こう言っちゃ悪いが、一郡の部将なんかでは、天下の為に活かせない、とな。

 誇大妄想と嗤わば嗤え。身代こそ単家の素浪人だが、志は常に天を向いている――と。
 …まさに漢だな。
 俺だって、第三者としてはこういう型の男に憧れなくもない。自分でなろうとは思わんが。
 などと、そこはかとなくシンパシィを覚え始めたまさにその瞬間――

ハルヒ:何それ? 俺が本気を出せば凄いんだ、って部屋に閉じこもってるニートと同じじゃない。

 お前はいったい何を聞いていたんだ!?
 冷え切ったハルヒの声を聴き、さすがの俺も本気で目眩を覚えた。
 まして董襲さんは目眩どころではないだろう。みれば、羊飼いに石をぶつけられたペリシテの巨人のように、唖然と硬直している。
 ハルヒは、つまらなさそうに、しかも多少トゲを含めたため息をついてみせた。

ハルヒ:悪いけど董襲さん。それワナビーってやつだから。それも公募とかコンテストとかに出ないタイプのね。

董 襲:なに…?

ハルヒ:あんた、その腕自慢を自分以上の責任で使ったことがある? 気まぐれの人助けって意味じゃないわよ。それは自己責任の範疇だから。

 董襲さんの底響きのする呻り声を、ハルヒはぴしりとへし折った。

ハルヒ:あたしはあるわよ。団長やってるし、太守もやってるもの。どっちも最高責任者よ最高責任者。毎日決断して、人を動かしてるのよ。みんなそれに従って働いてくれるのよね。

董 襲:…それがどうした。

ハルヒ:郡のみんなから集めた税金がぐるっと還元されて郡政になって、その集合で国が運用されるのは知ってるわよね。その税金を末端で運用する人たちも、規則や上司の命令に従ってるとはいえ、都度都度の機能と責任は自分で負ってるのよ。…その意味わかる?

董 襲:…何が言いたいのだ?

ハルヒ:つまりよ。

 ハルヒは、だん!と卓を叩くと、董襲さんにビシッと指をつきつけた。

ハルヒ:あんたが後々の天下の為とか言いって、いま出し渋ってる力よりも、今この瞬間もあたしの下で働いている官吏や兵士たちみんなの方が、百万倍も天下に有用だってこと!

 一刀両断に、ハルヒは董襲という男の生き様を否定した。

ハルヒ;あんたは自分の力こぶだけ面倒見てればいいんだろうけど、他のみんなは、間接的にこの県の、この郡の、この国の未来を担いで生きてるのよ!その決定的な違い、まだ解んない!?

董 襲:む…むむ…!

ハルヒ:なぁにがむ…むむよ! 今のままじゃ、あんたの言う「一郡の部将なんか」どころじゃないくらい、自分の人生無駄遣いしてるってことなのよ!?

 董襲さんの上体が、なんと、落雷でも受けたかの如くグラリと泳いだ。
 正直学生の俺にはピンとこない話なんだが、董襲さんには堪えているのか? そりゃあ今だけ見ればそうかもしれんが、ゆくゆく董襲さんも天下に力を尽くしたいと思ってるわけで、ハルヒの一方的な弾劾は酷なんじゃないか。

ハルヒ:董襲さん、あなたが思ってるような君主と、もし若いうちに出会えなかったら? 一生フリーターで過ごすの? それとも40前くらいに焦って適当な就職に走るクチ? 60過ぎて振り返るわけ? 俺は本分を出せなかった、主君に恵まれなかった、って。

董 襲:ム…ム…!

 董襲さんがぶるぶると震えている。それは怒りではなく、己が立っていた大地が突然裂けた怯えか。
 …って、んなアホな!おいおい、こんなペラっペラに薄い口車に乗せられちゃだめだぞ、董襲さん。あんたの志を思い出すんだ!

ハルヒ:バカキョン!あんたどっちの味方なのよ!

 これ以上お前に人生を狂わされる犠牲者を出したくないんだよ。

ハルヒ:アホ言ってないで手伝いなさいよ!もう董襲さんのゲージはあとわずかよっ!

 お前は何を言ってるんだ。
 などと俺とハルヒが咬み合ってる端で、ゆっくりと、董襲さんの巨体がくずおれた。

董 襲:嗚呼…われ誤てり。俺は自らの青雲をむなしくするところであった。明府、この愚物でよければ、今日より存分に使い潰してくれい!

 なんと。
 董襲さんが、墜ちた!
 その途端、

 ――どおおおおお!

 っと、周囲のギャラリーから歓声がわき起こる。…いつの間にこんなに増えてんだ!?


董襲さん
史実だと、孫策の代から孫家に仕えた猛将で、武勇だけじゃなく言動も立派な人だったらしいな。
鎧二領を着込んで矢嵐の中に突進したり、潜水して敵艦の繋留ロープを水中で切ったりと、なんというかこう、肉体的なエピソードに事欠かない。
自分の旗艦が転覆しかけたとき、退艦を潔しとせず、結局艦と命運を共にしたという、最期までドラマティックな人物だったらしい。

統率:80 武力:84 知力:53
政治:51 魅力: 69

うなだれている董襲さんに歩み寄ると、ハルヒはその手を取って立ち上がらせる。ああ、なんかそういうアスキーアートも一時期よく見かけたよな。

ハルヒ:立つがいいわ、董襲さん! あなたは今からわがSOS団の斬り込み隊長なんだから! 今日から毎日、明日にさえ悔いを残さないくらいにガンガン活躍してよね!

 ハルヒがびしっと北の方を指さして宣言するや、ふたたび周囲から大喝采だ。

ハルヒ;みんな!わが会稽郡に頼もしい戦力が加わってくれたわ! ともに乾杯しましょう!あたしの奢りよっ!

 ハルヒが高らかに叫ぶと、ふたたび歓声がわき起こる。
 おいおい、いいのかよ。と俺の突っ込みは例によって無視される。その場のノリというやつだ。この場に居合わせた一同の手から手へ、次々と盃がリレーされ、また数の足りない分は近所の市場から大至急調達され、その全てへありったけの濁り酒が振る舞われた。

ハルヒ:未成年はお酒飲んじゃだめよ!あたしと同じ黍のやつを取りなさーい!

 手をぐるぐる回しながら怒鳴っているハルヒを後目に、なぜか俺が盃の買い出しとかツケの交渉をやらされてるわけだが。
 そして200名くらいの人垣に一通り盃が行き渡ったところで、ハルヒの馬鹿でかい声が、夕暮れ迫る会稽の空へ響きわたった。

ハルヒ:乾 ッ 杯 ぃ ー !

 それに唱和して突き上げられた盃。飛び散る酒。
 なんだかお祭りみたいだ。
 嘘みたいに緋い夕日のなか、降り注ぐ酒のしぶきを、笑いながら避けようとするハルヒと、いつのまにかハルヒに手を掴まれて振り回されてる俺と、重そうな大鼎を持ち上げて喝采を浴びている董襲さんと、次々と盃を干すかぶち撒けるかして呵々と大笑する市の人々と。

 みんなが明日知れぬ乱世ってことを忘れて、まあ、心底楽しめたんじゃないかと思う。
 まったく。人材探しが、えらい騒ぎになっちまったもんだ。
 やれやれ、と言わせてくれ。


……………………
…………………
……………
………


 ――西暦194年、9月。
 会稽郡太守のハルヒは、郡兵のほぼ動員限界にあたる2万2千を率い、ふたたび北上を開始した。
 中軍に太守直下の弩弓手6千を配するほか、槍兵、戟兵がそれぞれ6千余。
 先鋒の大将に董襲さんを抜擢し、左右の軍を率いるのは俺と古泉。また軽兵3千を率いて遊撃しているのは長門だ。

 渡渉地点に敵影無し――という知らせを受けた会稽軍は、未明に浙江を一挙に押し渡り、銭唐より進路を東へ転じて呉郡へなだれ込む。

 対する呉郡の支配者・厳白虎は、県城の守りに1万を留め、残りの1万6千を率いて呉近郊に布陣した。
 いよいよ、呉越相争う二度目の会戦が始まろうとしていた。

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第2話 「紹興酒トッカータ」

1-2 紹興酒トッカータ

ハルヒ:思うんだけど。

 なんだ。

ハルヒ:今回の敗因よ。あんな凡将ども相手に、あたし達ほどの名将が苦戦した理由よ。

…厳白虎は三国志的には雑魚キャラかもしれんが、16や7の子供にそんな事言われる筋合いは無いと思ってるぞ、きっと。

ハルヒ:いちいちうるさいわね。とにかくよ、能力的に勝る我々が敗れた以上、やはり用兵を誤ったと、認めざるを得ないところだわ。

 所移って、ふたたび治府の中である。
 先ほどの太守の間ではなく、瀟洒な造りの別楼みたいな場所だ。
 俺たちはブリーフィングを終えると、たいていここで茶を飲んでダベったりする。まあ、いつもの駅前の喫茶店みたいなスポットだ。 

みくる:お待たせしましたー。

 ありがとうございます、朝比奈さん。
 
 我らがSOS団の専属メイド、もとい、一年先輩の朝比奈みくるさんが、素焼きの椀に淹れたお茶を盆に載せ、一人一人に配り歩いてくれている。
 舞台が北高の文芸部室であろうと、戦乱の中国大陸であろうと、朝比奈さんの役どころは変わっていない。
 代わっているのは、いつものふわふわのメイド服から、やはりふわふわした絹製の装束になっているくらいだ。
 例によってハルヒが市から買い付けてきたその服は、どうも宮女の装束というより踊子の衣装っぽい気がしないでもないが、なんにせよ朝比奈さんの小柄な体と天使のような童顔と、目眩を覚えるほど見事なプロポーションの肢体を絶妙に際だたせていた。
 この一事に関してのみ言えば、ハルヒを評価してやっていいだろう。

みくる:今度は、キョン君のお口に合えばいいんだけど…

 朝比奈さんが手ずから振る舞ってくれる飲食物に合わない口など、俺が持ち合わせていようはずもなく、一口啜ってみた今度のお茶は、まさしく甘露だった。
 第三者的にみれば、日本で飲み慣れていたそれと違い、少しばかり土臭く、青臭かったかもしれず、嚥下後に残る渋みが少しばかり強かったかもしれないが、それでも俺は心に偽る事なく、こう言えることができた。

 俺 :――美味しいですよ、朝比奈さん。

 こぼれそうな大きな瞳を不安げに揺らめかせて、こちらを凝っと見つめている、この小動物のような美少女に、ほんの僅かでも否定的なニュアンスが滲み出るような言葉をかける奴はこの世から消え去った上に二度と戻ってこなくていい。
 案の定、ぱああっ、っと満面に安堵の笑顔をうかべて、朝比奈さんは笑み崩れた。それは曇天を払って、眩い陽光が天を覆うような温かさを思わせる。
 つられてにっこりと微笑んでしまう俺の隣で、古泉の野郎もコーヒーのTVCMあたりに出てくる違いのわかる男めいた口調で、

古 泉:なるほど。烏龍茶のような香気はありませんが、薬味が強く、質朴の中に喫茶の起源を感じさせる野趣がありますね。中国では古来、茶を烹(に)て薬湯に用いたといいますが、その工夫に従ったのでしょうか

 と、褒めてるのか貶してるのかよくわからんコメントで、朝比奈さんを喜ばせている。巧言令色とはこいつのような奴を差すんだろう。が、薬湯といわれれば、確かにニュアンスはわかるな。

ハルヒ:そう? まだちょっと苦いっていうか渋い味が残ってるわよね。みくるちゃん、まだ及第点とは言えないわ。

みくる:す、すみません…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳白虎
厳密に言えば太守ではなく、武装勢力の指導者のようなもの。このときの呉郡の実質上の支配者。
ちなみに姓が厳で名前が白虎。偽名っぽいな。

統率:75 武力:70 知力:23
政治:21 魅力: 41

 

 お前は空気を読め。

ハルヒ:このへんはお酒くらいしか特産品ないんだから、せめてお茶とか、もう1アイテムくらい地場産業の目玉が欲しいのよね。なんか高級品らしいし。

みくる;はあ…

 相変わらず太守気取りで無茶を言う。おまけに朝比奈さんになんて重圧をかぶせてやがるんだ。
 と、俺が眉間のあたりから電波を送信していると、ハルヒは朝比奈さんが一日じゅう工夫を凝らして淹れたと思われるお茶を一気に飲み干し、俺の方を向き直った。

ハルヒ:で、さっきの続きなんだけど

続き? ああ、敗因か。問答するまでもないがな。なんなら教えてやろうか。

ハルヒ:あんたの意見なんか聞いてないわ。あたしに具申したければ、所定の申込書を書いて王朗さん経由で提出しなさい。

なんだそりゃ。

ハルヒ:もちろん古泉くんは別よ。副団長だし、軍師だからね。献策があればいつでも言って頂戴。

古 泉:光栄です、府君。――では、お言葉に甘えて、策を献じてよろしいでしょうか?

 古泉、おまえがそういう言い回しをするから、こいつが増長するんだ。

ハルヒ:いいわよ古泉くん。ただし、あたしが納得するような戦術じゃないとだめよ。

古 泉:戦術というより、まず先ほどの敗因についてですが――戦地にあっては、やはり我々の不慣れが、そして戦場の外では、準備不足が祟ったのは否めません。せめてあと10ターン、もとい3ヶ月は戦備に費やしたかったところです。そこで――

ハルヒ:兵法は神速を尊ぶのよ、古泉くん。問題はそこじゃないのよ

 いや、そこだろう。 

ハルヒ:あたしたちは、結構いいところまでいってたはずなのよ。現に敵軍を何度も潰走させている。でも、そのつど城へ戻った敵将が新しい兵を率いて戻ってくる。城に接近すれば矢を撃たれるし。この底なしの消耗戦に引き込まれたのが、戦場での失敗よね。

古 泉:なるほど。確かにそう言われると納得できます。――やはり、消耗戦に備えて、こちらも同程度の兵力を確保するのが得策ということでしょうか。

 古泉のやつ、論破されるふりして、話を内政の方向へ持っていこうとしてるな。
 が、相手は、たまに異常な勘の鋭さを見せるハルヒだ。

ハルヒ:ふふん。駄目よ古泉くん。消極は退嬰につながるの。あたしに保守の2文字はないわ。

 あっさりと古泉の詐略を看破したたらしく、底意地の悪そうなニヤニヤした笑みを古泉に向けた。

古 泉:――涼宮さんには敵いませんね。ここは雌伏の2文字をお耳に入れたかったのですが。

 古泉、悪びれずに肩をすくめてみせる。

ハルヒ:まあいいわ。で、あたしが思うによ。

ここからハルヒのターンらしい。

ハルヒ:我がSOS軍の編成と戦場運用に不備があったのよね。速攻で勝負をつけるため攻めに徹しようとした。古泉くん、「攻め」の反対は?

古 泉:受――「守り」、ですか。

ハルヒ:そう。防御よ。やっぱり、戦場では攻守のバランスが肝要だったと、今にして思えば悔やまれるところだわ。

 さっきと言ってる事が違うじゃねえか。

ハルヒ:戦場での事を言ってんの。いい? このテの戦乱時代は、たいがい先に手を出した方が勝つのよ。道義だ人倫だって鶴首ならべてる弱者から順に征服されていくでしょ? 歴史が証明しているの。だから、大戦略は先手必勝。必ず相手が軍備を整える前に決着をつけるべきよ。――そうでしょう?古泉君。

古 泉:仰るとおりです。

 爽やかなスマイルで、すかさず迎合する古泉。
 ちょっと待て。確かに先に手を出す方が序盤は有利だろうが、それこそ歴史に事例を問うならば、先に手を出した方がたいてい滅んでいる、という解答が得られるぞ。

ハルヒ:だから、戦場での慎重さが要求されるのよ。歴史上の英雄も独裁者も、負けたら駄目、ってところで蹴躓いて、みんなズルズル敗走モードへ引きずり込まれてるわけ。先人の失敗は教訓とすべきよね。要は負けなきゃ負けなかったわけなんだから。

 …誰か、いまの理論を俺に解りやすく説明してくれ。

ハルヒ:あんたは理解しなくていいの。いまは乱世なのよ。あたしが必要としてるのは、団長であるあたしの命令を執行する意思と服従よ。――そうでしょう、古泉くん?

古 泉:仰るとおりかと。

ハルヒ:いい? つぎから、戦場では冷静沈着、戦場の外では猪突猛進。これをもって、わがSOS団の戦略方針とするわ。

 普通、その逆だろう。なんか怪しげなドクトリンが10秒ほどの議論で採択されようとしてるぞ。
 ハルヒはそんな俺を冷ややかにシカトしつつ、ふいに首をひねって、部屋の片隅へ声をかけた。

ハルヒ:有希、異存はないわね。

 その視線の先には、室の隅の方にひっそりと腰掛け、先ほどからひたすらハードカバー本ならぬ竹簡に視線を走らせているショーカット姿の少女がいた。
 ――SOS団の団員にして、文芸部員の長門有希は、ハルヒの問いかけに否とも応とも答えず、一瞬前髪を揺らしただけで、また竹簡の方へ視線を戻した。
 馴れているハルヒは、その反応でも十分に満足だったようだ。  

ハルヒ:満場一致ね。じゃあ、この方針で突っ走るわよ、みんな!

 好きにしてくれ。あと、俺はどうでもいいが、せめて朝比奈さんからも確認とってあげてくれ。 

 



 舞台は、またまた城壁上に戻る。
 なんとなく、来てしまうんだな。特に絶景というわけではないが、眼下に市街を見下ろすせるのと、遠く四方に広がる山野を遠望でき、一人で黄昏れるにはもってこいのスポットなんだが――

古 泉:それにしても涼宮さんには驚かされます。

 こいつがアットランダムで現れるようになってから、俺もおちおちと独り言を呟いていられん日が続いている。
 だから何の用なんだ、古泉。

古 泉:ああ、差し入れです。胡餅といって、ご覧の通り饅頭みたいなものですよ。

 そういって古泉は、湯気上るソフトボール大の物体をよこした。…見たところ屋台あたりの作りたてみたいだが、変な素材が混ざってないだろうな? 可食物以外とか。

古 泉:――成分分析まではしかねますが、まあ大丈夫と思いますよ。この仮想世界は、我々日本人が過ごしやすいような調整を受けていますね。

 日本語が通じるくらいのデタラメ中国だからな。
 で、古泉がよこした饅頭もどきは、多分に穀物臭が強いことを除けば、意外に美味かった。中に入ってるのは、肉じゃなくて、豆のペーストか何かか?

古 泉:胡桃がメインですね。100年以上後ですが、この胡餅は内容物のバリエーションを替えて、この街の名物になるんですよ。我々は、その時代の先取りをしているわけです。

 そう言いながら、古泉は袂のあたりからゴソゴソと一枚の帛を取り出した。 びっしりと、文字が書かれている。
 まだ流通量の少ない紙の代用として、こうやって利用されているが、シルクのハンカチに字を書いてるのと同じだからな。凄い贅沢だぜ。

古 泉:このあたりの文化の再現度は高いですよね。色々と興味深いところです。

 古泉が広げたのは、忘れもしない、というか覚えたくもない、ハルヒ流人物評価――というか、俺たちのこの世界におけるパラメータ一覧表だ。
 白い絹布に勢いよく筆を走らせたと思われる墨痕は、この国の文化をまるで無視した横書きであり、律儀にもところどころ表組みである。

古 泉:さきほどの涼宮さんドクトリンを受けましてね。もういちど、僕たちの戦力をおさらいしておこうと思いまして。

 やくたいもない。
 憮然とする俺のとなりで、古泉は悠然と帛を広げる。A2サイズはあろうかという、けっこう大きなものだ。
 ばかばかしい限りだが、あらためて内容を黙読してやる。

 

お酒
この揚州は会稽郡の治所がある山陰県ってところは、21世紀現在、紹興市と呼ばれている。まあ、紹興酒と魯迅のおかげで、わりとメジャーな観光地だな。

涼宮ハルヒ

統率 武力 知力 政治 魅力 備考
100 100 100 100 100 特技:覇王 / 全兵科Aクラス         

 

いまどき小学生でもやらないだろう、これ。自ら知力20台くらいであることを証明するようなマヌケ能力値だ。

兵科が全Sでないことくらいが唯一の救いだが。

古 泉:根拠のある数値だとは思いますよ。基本的にスポーツ万能、成績優秀。あらゆる障害を力尽くで突破する破壊力、一を聴いて百を知る要領の良さ。すべてにおいて乱世向きの人材です。

 明らかに姦雄のほうだろうな。まあ、ハルヒの能力をマックスとして考えれば、他の連中の能力値にも目処が付くが、強制的にハルヒ以下に能力を引き下げられることになる実在の英雄各位には、同情を禁じ得ないところだ。

 

 


■涼宮ハルヒ(君主)
「時空の歪み」だか「この世界の創造主」だか「情報体としての自律進化の可能性」だかしらんが、とりあえず尋常ではない存在であるとされていて、いまでも未来人と超国家機関所属の超能力者と宇宙人が張り付いて監視中だ。
何より迷惑なのは、本人がそのことを知らないと言うことだな。

朝比奈みくる

統率 武力 知力 政治 魅力 備考
20 20 60 60 100 特技:傾国          

ハルヒが朝比奈さんをどう見てるかがよく解る数値だ。キャラの特徴は出てると思うが、SLGのユニットとしては、相当に使いづらい能力値だな…特殊能力の傾国、って何をさせる気だ!?

古 泉:いつかの草野球大会では、まさにそのような投入のされ方でしたね。

 ああ、あの時のチアガールか。確かに朝比奈さんのおかげで、だいぶ敵投手の動揺を誘えたと言える。
 しかし能力があまりに戦争に向いて無さすぎる。かといって内政官といえるほどの事務能力も与えられていないので、後背地での活躍も期待できそうにない。
 結局、朝比奈さんは俺たち専属のメイドさん、ということで落ち着きそうだ。
 

 

■朝比奈みくる(メイド)
SOS団のメイドとして甲斐甲斐しく働いてくれている愛くるしい先輩だが、その実、遙か未来から、ハルヒを監視するためにやってきた当局の人間らしい。そのわりりにはタイムトラベル用のデバイスをどこかに落として半泣きになったりするお茶目でかわいらしい人である。

古泉一樹

統率 武力 知力 政治 魅力 備考
70 70 95 90 80 特技:論客         

 ハルヒのを見た後だと毒気も抜けるが、やっぱこの能力値もやりすぎだろう。特技の弁舌というのは解るが、知力95・政治の90って何なんだ

古 泉:こんなにも高く評価して貰えたのは、正直嬉しいですが、実際のところ涼宮さんなりのキャラ付けですね。ゲームを始めるに当たって、まず軍師役が必要ですから、そのためのデフォルメが必要だったんでしょう。

 軍師ねえ。わからんでもないが、Aクラスユニットとしては中途半端感があるな。

古 泉:中途半端…ですか。

 万能ユニットというにしては、統率と武力の70代ってのがな。使いではあると思うが、武の主力に据えるのは厳しい数値だ。

古 泉:なるほど。――言われてみると涼宮さんらしい自制が現れてますね。全権を任す事の出来る分身タイプの副将というよりは、補佐役向きのイメージを強調したのでしょう。

 
■古泉一樹(軍師)
「機関」とやらいう超国家組織に所属する、場所限定・期間限定の使えない超能力者。
いつも爽やかスマイルを絶やさない、ハッキリ言って怪しい奴。
この世界では、知力90代の軍師役だが、意思決定はハルヒに任せてるから、結局はいつもの役だな。

長門有希

統率 武力 知力 政治 魅力 備考
60 60 90 95 60 特技:鬼門         

 なかなか反応に困る能力値だ。長門の場合、その正体を知ってる人間にとってみれば、全能力256でも全然足りないくらいなんだが、知らない人間にとっては、たんなる読書好きの無口少女だからな。スポーツ万能といっても、武力とはイメージが異なるわけだし。

古 泉:涼宮さんは、その博識なところと、事務処理能力に強調点を見出しているようですね。知力が僕よりも低く設定されているのは、普段から参謀的な助言を涼宮さんに与える場がないからでしょうね。

 武将としてはおまえに輪を掛けて中途半端感がなくもないが、文官としてみれば最強クラスだな。武力も65536くらいでいいと思うんだが。

古 泉:長門さんは、どちらかと言えばゲームの登場武将ではなく、メモリエディターみたいな存在ですからね。でも、涼宮さんはそれを知り得ない。よって、涼宮さんの世界の中では、読書好きの万能選手どまりにならざるを得ない、と。

 ん? ――長門の特技って、前は「明鏡」じゃなかったか?

古 泉:そうでしたか?

 なんとなくそんな気がしたんだが…気のせいか。

 

■長門有希
文芸部所属で、俺たちと同じ学年だ。
その正体は、宇宙人。より正確に言うと、宇宙的存在(情報生命体?)が、人類とコンタクトするために作り上げたインターフェイスであるという。宇宙を構成する情報そのものにアクセス(?)できるため、事実上、こいつこそ神に等しい能力を任意に行使できるのだ。
この世界では、もちろんそんな能力は再現されていないが。

俺(キョン)

統率 武力 知力 政治 魅力 備考
74 70 61 73 69 特技:捕縛         


   古 泉:…。

 …。なんか言えよ。

古 泉:特に序盤にかけて、政戦両面で重宝しそうな中堅ユニットです。何より特技の「捕縛」は、あらゆる特技の頂点に君臨するスペシャルスキルといっても過言ではありません。

 …ああ。
 C級武将としてのバランスは、悪くないと思うが。しかしだ――何がおかしい、古泉。

古 泉:いや、あなたの能力値だけ、他のメンバーとは決定的に異なる点があるのに気づきましてね。からかってるのではなく、羨望を禁じ得ません。

 …なんだ、それは。

古 泉:見てすぐに解る事なんですけどね。

 その、してやったり感の漂う意味ありげな微笑みはやめろ。もういい、俺は興味ない。

古 泉:そうですか。――まあ、SOS団のメンバーは出揃いましたし、とりあえずこの面々で、中原に鹿を逐う戦いが始まるわけです。涼宮ハルヒ指揮・演奏SOS楽団。とんな物語組曲になるかは、終わってみないとわからないですね。

 とか言いながら、作曲家はおまえだろう、軍師閣下。

古 泉:そうでもありませんよ。僕はこの世界においても、あくまで助言者兼イエスマンにすぎません。

 古泉は肩をすくめた。

古 泉:なぜなら、涼宮さんは軍師に政戦両略を一任して、後方で安穏とするタイプではないからです。僕に要求されるのは、涼宮さんに戦略と戦術を決定するための情報を整理して提供すること。あとは実行フェーズでの駒の一つであること、のみです。――覇道になるか王道になるか、天下統一への道は、あくまで涼宮さんが決める事になるでしょう。

 結局は、作曲無しの風まかせか。指揮者の気侭なタクトを追って、俺たちは必死こいて演奏するってことか。

古 泉:いいじゃありませんか。元の世界のSOS団だって、いきあたりばったりで色々な事態を乗り越えてきたのですから。この即興曲の果てにどんな終章を迎えるか楽しみなくらいですよ。

 はあ… 軍師役がはなから思考放棄とはな。
 いつになったら、元の世界、21世紀の日本に戻れるやら、だ。

古 泉:ま、慌てずにいきましょう。おそらくは終了条件である天下統一にむけて。

―やれやれ。
  


■俺(治安回復要員兼雑用係)
いまや普通であることに憧れる、ただの高校生だ。その願望が叶ったのか、この世界内の能力値は、悲しいほどに普通だ。戦闘も内政も謀略も平均以下。実際そうかもしれんが釈然とせんな。

 

第1話 「後ろ向き反省会」

1-1 後ろ向き反省会

 

ハルヒ:なんで勝てないのよ。あたし達SOS団が。あんな三下連中に。

  むすっと不機嫌に吐き捨てるハルヒの声が、太守の間に整列する一同の鼓膜を、ちくちくと責める。

ハルヒ:ねえ、キョン。あたし達はなぜ、今こうやって、ここで反省会を開いているのかしら。

 俺 :……。

 俺、黙して語らず。

ハルヒ:予定では、今頃もう戦勝パーティーの二次会ぐらいやっててもおかしくないのよね。ええ、もちろん奪った敵城の太守の間でね。SOSの旌旗がひるがえる、あの呉の城でね。――ねえ、そうでしょう?キョン。

 俺 :……。

 ハルヒの低い声が、だんだん粘っこくなってきた。喋りながら自分で自分の台詞に激高するような奴だからな。このまま独り言を喋らせておくと、そのうち抜刀して斬り付けてくるかもしれん。
 そのへんの危険を悟ったのか、

古 泉:――涼宮府君。このたびの敗戦は、われわれ麾下の力不足。一同を代表し、謹んでお詫び申し上げます。

 ハルヒの傍らに突っ立っていた軍師役の古泉が、一歩歩み出て、深々とハルヒに陳謝する。
 ハルヒ、フンという表情で古泉を一瞥し、また一同を見渡した。

ハルヒ:古泉くんの言う通りよ。みんな、猛省しなさい。

 ちょっと待て

ハルヒ:なによ。

 そもそも今回の出兵はお前のゴリ押しで決められた事だろうが。俺だって古泉だって、時期尚早と反対したはずだ。
 だいたいだな、武将数はともかく、兵数はあっちの方がずっと多かったんだぞ。

ハルヒ:…。

 都合が悪くなると黙ってこっちを睨み付けてきやがる。

 ――と、膠着した俺とハルヒの様子を見かねたか、ハルヒを挟んで古泉の反対側に侍立していた文官風の男が、おっとりと間に入ってきた。
もう少し齢を重ねたら、いつぞやの執事・新川さんみたいになるであろう英国風(?)紳士だ。
 名を、王朗さんと仰る。

王 朗:府君、お腹立ちはごもっともですが、皆さんは初陣、しかも寡を以て衆に当たる戦にしては、よく働きました。緒戦の様子見としては、悪くないでしょう。幸い戦死もおりませんし。

 声も物腰も新川さんそっくりな風情で、王朗さんは俺たちを弁護してくれた。
 ハルヒは、二、三度まばきすると、

ハルヒ:――まあ、王朗さんがそう言うなら、別にいいけど…

 拗ねたように呟いた。例のトンデモ能力で王朗さんから太守の座を奪い取ったんだからな。彼に対しては、さすがに色々遠慮があるらしい。

 王朗さんはほがらかに掌を打った。

王 朗:さて、後ろ向きな反省会はこれまでにして、次に打つ手を考えるべきでありましょうな。

古 泉:その通りです。幸いわれわれの損害も致命的ではありませんし、むしろ敵将・厳白虎の方が、膝元を荒らされ、満身創痍であると見るべきでしょう。

 で、「涼宮府君、御下知を」などと左右から恭しく拝拱されて、ハルヒはたちまち機嫌を回復させたらしい。
 眉の角度を好戦的に跳ね上げて、ニヤリと不適な笑みを浮かべる。

ハルヒ:二人ともよく言ってくれたわ!――あたしのSOS団に、停滞は許されないの! みんな、ブリーフィング再開するわよ!

 もう大きな目をキラキラ輝かせ、満足げに鼻息を吹き出しながら宣言するハルヒの左腕には、こう大書された腕章が巻かれている。

「超太守」

 ――と。

 

 

 さて。
 突然だが、俺たちはいま三国志の世界にいる。
 5W1Hのクエスチョンは抜きだ。とにかく、ふと気がついたら、世界がそうなっていたのだから、これはもうどうしようもないのである。

 いつからか? なんでまた? どうやって?
 知ったことか。
 21世紀の日本に存在していた県立北高の、非公認生徒組織SOS団団長・涼宮ハルヒ。この種のろくでもない騒動は、いつだってあいつを中点に据え置いて旋回しているんだ。

 何度、このマヌケ中華時空が俺の夢の中か、せめて大がかりなドッキリの撮影なんだと言い聞かせたかわからない。
 しかし、風の強い城壁の上に立ち、眼下に広がる山陰県城の市街をこうして見下ろすと、そこには3万の人々が住む確かな生活の景色が広がっていて、よくできた撮影用のセットだと思いたがる俺の期待を裏切るのである。
 
 ――やれやれ、だ。

古 泉:久々に聞きましたね。あなたのその台詞。

 もう見慣れてしまった孔明コスプレの古泉が、顔を寄せてくる。
 いい加減言い飽きたが、顔近づけるな、気色悪い。何の用だ。

古 泉:まあ、王朗さんが仰った通りです。結果的に敗北はしましたが、波状攻撃の第一波を撤収させただけ、と言えなくもありません。

 ろくでもない表現だ。つまり、また第二波、第三波を布陣しろ、ってことか。

古 泉:幸い、こちらの損害は思ったほどではありませんでしたからね。涼宮さんの性格を考えると、年内には第二波の出陣となるでしょう。

――はあ。
 無意味な爽やかスマイルを横目で見ながら、俺は何度目かのため息をついた。

 俺たちがこのエセ三国志時空へやってきて、すでに現地時間で数ヶ月は経過している。
 といっても、気が付けば1週間過ぎていたり、いつまでたっても日が沈まなかったりと、もう時間の感覚は在って無きがごとしだ。俺たち不在の現実世界では、どのくらい時間が経っているかなど、考えたくもないね。

 で、この会稽郡という中華の端っこに君臨したハルヒが、就任早々やらかしたのは、こともあろうに「無名の師(いくさ)」だ。要するに理由無き越境侵略だった。
 俺たちに害を加えたワケでもなければ、会稽の民を虐げたわけでもない、お隣の呉という郡に、ハルヒの野郎は山があるから登山するというくらいに当たり前な顔をして、郡兵の出動を命じたのだ。
 むろん、俺や古泉、知らない間に太守の座を乗っ取られていた王郎さん他の反対を完全に無視して、だ。
 無策なハルヒは、突撃を命令していれば勝てると思いこんでいたらしいが、現実は、冒頭の反省会の通りである。

 …古泉、この世界は、ハルヒがやってるゲームの世界だと言ったな。

古 泉:ええ。今のところ、その可能性が一番大きいですね。涼宮さんと歴史SLGという取り合わせも珍しいですが…歴史映画や小説という可能性もありますが、どちらにしても、涼宮さんが興に入るあまり、我々をも巻き込んでしまった、というシナリオです。

 そしてくすくすと笑って付け足した。

古 泉:一人で楽しむのはもったいない、と思ったのでしょうね。

 電気製品もない、石油製品もない、風呂もシャワーも水洗トイレもない、そのくせ日本語がふつうに通じる、なんちゃって古代中国世界。
 おまけに、ハルヒは最初から一郡の太守で、俺たちはその幕僚だという訳のわからん初期設定までついてきてやがる。
 俺たち、というのはSOS団メンバー全員だ。
 ご丁寧に、各自ハルヒ流人物分析とやらで、知力だの武力だののパラメータを割り振られていた。
 …本気で迷惑な野郎だ。
 皆でSLGをやりたいなら、それこそ部室のパソコンでやればいいものを、わざわざ幻想世界を作り出して、俺たちを召還して好き勝手に君主ごっこに興じているのだ。

古 泉:涼宮さんは、自分自身にそんな能力があるとは思ってもいませんからね。あくまで、無意識の行動です。

 そこらへんが迷惑だといってるんだ。地方軍閥の君主なんぞ、宇宙艦隊司令長官の次くらいにハルヒにやらせちゃならない職業だろう。

古 泉:そうですか? 僕は、なかなか似合ってるように思えますけどね。

 どこがだ、と突っ込もうと思った矢先、でかい声が遙か下の方から聞こえてきた。

ハルヒ:何油売ってるのよ二人とも! さっさと降りてきなさーい!みくるちゃんのお茶が冷めちゃうじゃない!

 竹簡を器用に丸めて、メガホン代わりに叫んでいた。

古 泉:さ、降りましょうか。

 いったいお前は何をしに来たんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


太守

まあ殿様か総督みたいなものだと認識していいだろう。
世襲制ではなく、中央政府が派遣する領主だ。行政単位としては「郡」というブロックを統治する。
ちなみに日本だと県>郡だが、中国は郡>県だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

府君
太守に対する敬称。気取りすぎだろ。
今ハルヒの中でブームらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王朗さん
ハルヒの超法規的トンデモ能力によって、自らの初期設定の地位をハルヒと取って代わられた犠牲者第一号である。
ロマンスグレーの紳士だが、実はまだ34歳。
現実世界だと、確か後に魏王朝の宰相になるほどの凄腕の政治家だ。

ただ、小説版(演義)では性格が悪くて、諸葛孔明と陣頭で舌戦して、負けた途端に血を吐いて亡くなる、かわいそうなやられキャラだったかな。

統率:47  武力:35  知力:80
政治:81 魅力:79
特技:名士